4. いざ黒点式会場へ
一階に降りていくと、すでに式典用のローブをビシッと着こなした
じいちゃんとルナが何やら話をしているのが聞こえてきた。
「すまんのう、ウチのバカンタレが散々迷惑を掛けてしまったようで。
それにそんな傷まで負わせてしまって、なんとお詫びしてよいものやら」
「いえいえ、あんなのいつものことですから気にしないでください。
それにこの傷は、また別のものですし……」
会話の内容は案の定、今朝のことについてだった。
じいちゃんは俺がしでかしたことへの謝罪をしたのち、
グレート・コックスがまだ俺達のことを狙っているかもしれないということを手短かに説明した。
俺は腰のベルトに剣を差し、ローブを羽織ると二人の会話に時々頷きながら黙って聞き入った。
最初の内は笑顔だったルナもグレート・コックスのことに話が移ると
さすがに顔をこわばらせ、動揺した様子を見せた。
だが、すかさずじいちゃんが町にいれば安全であることを伝えるとホッと
安堵したような表情に戻る。
そして、じいちゃんは俺たちを交互に見ながら話を続けた。
「よいかお前たち。いくら安全といえども、この世の中に絶対はない。
常に周囲には気を張り巡らすのじゃ。特に”空”には気を付けるのじゃぞ」
「は~い」
「はいっ」
俺たちは同時に返事をすると、戸締りをしてから行くというじいちゃんを残し、
一足先に式典会場である島の西部の大発着場に向かった。
会場に近付くにつれ、それまでまばらだった人たちの密度もどんどん濃くなっていった。
老若男女、皆おそろいの濃い青地の式典用ローブを纏っている。
このローブも町の建物が青と白で彩られているのと同じく古来からの伝統だ。
ベースとなる生地は濃い青色で袖口と裾が白く縁取られている。
背中には金色の紋章が施されており、これはその昔、天空王シャハーンが従えた
竜族の王”バルドル”を模したものだといわれている。
通りの両側には様々な屋台も出ていて、まさに島を上げてのお祭り騒ぎだ。
11年に一度しか開催されない大イベントなので、会場に来ることができない人を
除き、島の住人ほぼ全てが参加するため当然と言えば当然だろう。
いつの間にか陽の光もかなり傾いていた。家を出た頃にはまだ軽く見上げるくらいの
位置にあった太陽も今は島の端にかかりつつある。もうしばらくしたら雲海の下に沈むだろう。
ふと隣を見るとルナが立ち止まり、首を目一杯傾け空をくまなく見まわしていた。
家を出てからこれで何度目だろう。
「おいおい、気を付けろとは言われたけど、これからずーっとそうやって
空ばっか気にして生活してくつもりか」
「だって、いつ来るか分かったものじゃないでしょ。あなたこそ心配じゃないの」
「全く、といったら嘘だけど大丈夫だって!
いざとなったら俺がこの剣で、でっかい鳥だろうと何だろうと一刀両断さ」
ローブを開いて腰に下げた剣を見せると、それをパンパンと叩いてニカッと笑ってみせた。
「それ祭礼用の剣でしょ。斬れないしそもそも」
「…………」
「…………」
「細かいことはいいんだよ! ほら、さっさと行こうぜ」
彼女の手を引いて先を急ごうとした時、彼女が頭につけている髪飾りに目を留めた。
「ん? その髪飾り……」
「あっ、これ……って今頃気づいたの」
「ああ、もしかして何年か前に俺があげたやつか」
「うん、そう。だって折角もらった綺麗な髪飾り普段つけるにはもったいないかなって。
今日みたいな特別な日につけようと大事にしまっておいたの」
それは俺が数年前にお詫びの品として彼女にあげた物だった。
ノイル山の崖にだけ生える幻の花ミンカを彼女がどうしても見たいと
言っていたのを耳にした俺は単身ノイル山へ赴き、そして見事……足を折って帰ってきた。
足は痛いわ、じいちゃんには怒られるわ、結局ミンカの花は見つからないわと散々な目に遭った。
けど、一番つらかったのは彼女の悲しそうな顔だった。
あまりに悔しかった俺は痛む足を引きづりながら隣町まで行き、
そこでだけ売られているミンカの花に似せて作られた
淡く透き通ったピンク色の髪飾りを買ってくると町に戻り、無言で彼女に手渡した。
その時とても喜んでくれていたのを覚えているが、まさかそんなに大切にしてくれていたとは
夢にも思わなかった。
「へ、へ~え、そうか……まあなんだ、その、似合ってるんじゃないの」
「えへへ、ありがとっ」
何だか少し気恥ずかしくなった俺たちは薄暗くなりつつある空をしばらくの間、共に眺めていた。
開会式まで残り40分を切ったところでようやく会場内に設けられた式典本部に滑り込んだ。
会場に着いた生徒はまず、この場所で点呼を取ることになっていた。
二人がぜえぜえ、はあはあと息を切らしていると眼鏡を掛けた細身の男が一人近付いてきた。
「遅い! 生徒は準備のため、余裕を持って1時間以上前に会場へ来るよう
に言われていただろう! 君たち以外はすでに持ち場へ向かったぞ」
眉間に皺を寄せ、そう叫んだこの男の名はセカッチといい俺の2つ年上だ。
学校での授業や行事で何度か顔を合わせたことがある程度だが、
あまり好きな奴じゃないことだけは確かだった。
「きみはルナ=セレーネ君で、そっちがレオン=バルディアだな。
それで、どうして遅れたのか理由を教えてもらおうか」
「すいません先輩。ちょっと途中でハプニングがありまして、それで少し遅れてしまったんですぅ」
ルナがいつもより少し高めの甘えた声で言った。
こういう時、俺も女だったら良かったのになって少し思う。
「ハプニング? 何だねそれは? 二人でケンカでもしたのかね」
そう言われ俺とルナは顔を見合わせた。確かに二人とも頬にガーゼを貼りつけていた。
「そ、そうなんです~。この人、私が歩くの遅いからって急に殴りかかってきたんです」
おい~~~~っ! この流れに乗っかろうとするその努力は認めるが、流石にその理由はないだろう。
歩くの遅いからって急に殴りかかるとかどんだけ短気な人間だよ、俺。
ちなみにルナは昔からウソや言い訳が絶望的に下手くそだった。
「なにっ! まさか本当にそんな理由で!?
うら若き女性を殴るとは最低な男だなお前。僕は女性を殴るような男は大っ嫌いなんだ」
あんたもあんたで信じるのかよ。素直すぎるだろ、もう少し人を疑えよ。
「ルナ=セレーネ君、私はこんな暴力男と違って決して君を殴ったりはしないよ。
どうだろう、今度一緒にソラブタの狩りにでも出かけないか?
その後、美味しいランチでもご馳走しようじゃないか。
実を言うと僕は以前から君のことを気にかけていてね……」
何だ? 何かどさくさに紛れて口説こうとし始めたぞ。
あ~やっぱコイツ嫌な奴だ。絶対関わり合いになりたくないタイプの奴だ。
「せ、先輩、その申し出は大変うれしいのですが、今は早く持ち場へ行かないと……
そのお話はまた後日ということで」
「おっと、これは失敬。では残念だがこの話はまた改めてするとしよう。
ルナ君、きみは来賓の接客担当だったね。ここを出て左の建物だからすぐにそちらへ向かうように」
「ハイ、ありがとうございますっ先輩」
ルナはどこから出したんだという、とびっきりの可愛らしい声で返事をすると出口へ向かった。
その後を隣で苦虫を噛みつぶしたような顔で話を聞いていた俺も続こうとした。
「おいおいおいレオン=バルディア君、きみの行き先は彼女と同じではないよ」
そう言って行く手をセッカチ……じゃない、セカッチに遮られた俺は
これ以上ないくらいのうんざり顔を奴にかましてやった。
「と言われても……俺、ルナと持ち場同じなんすけど」
「ああ、それなら問題ない。つい先ほどそちらの人手は足りているとの報告を受けた」
いつだよ。あんたさっきからずっと俺たちと話してただろうが。
「それに君のような男が大切な来賓の方々のお世話など勤まるはずもないだろう。
考えただけでゾッとする」
本音はそっちか、このナンパ野郎。
「なので、君にはこの会場の端の端の端にある第8警備所へ行ってもらおう。
せいぜい島の端から落ちないようにな。いや君なら落ちても誰も悲しまんか。ハハハハハッ」
最悪だ、嫌がらせにもほどがある。殴ってやりたい。
すぐにでもこの目の前のナンパ眼鏡をぶん殴ってやりたい。
「さあ、分かったか? 分かったらさっさと持ち場へ行きたまえ」
「……はい分かりました」
震える拳をいさめながら俺は嫌々渋々了解した。
今、コイツをぶん殴ったらとてもスッキリするだろうが、せっかく楽しみにしていた祭りに
参加できなくなるかもしれないし、それに今日はこれ以上問題事を起こすわけにもいかなかった。
出口の方を見ると俺たちの話が終わるのを待っていたルナが、
申し訳なさそうな顔で両の手の平を合わせ、
「ごめんなさい、あとでね」
と声には出さず口の形だけで謝ると静かに外へ出て行った。
はあ~~~。
俺は深い溜息まじりにがっくりと肩を落とし、会場の端の端の端にあるという第8警備所へと向かうため
式典本部を後にした。