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13. 冷たい地下牢

ピチャン、ピチャン……


「う~ん……」


顔に当たる水滴から逃げるように頭を右に動かした。途端、軽い痛みが背中に走る。


痛っつ……。


その痛みで目を覚ますと、横たわったままボーッと目の前の天井を眺めた。


ゴツゴツとした岩肌。何の飾り気もない剥き出しのそれは、この部屋に入れられる者が

どういう扱いを受けるのかを端的に表している。

室内は薄暗く、壁に申し訳程度のろうそくの明かりが灯されているだけ。

出入り口には頑丈な鋼鉄製の扉が備え付けられ、何人たりとも逃さない強固な

意思が感じ取られた。


ふと傍らを見ると、俺が横たわる粗末なベッドに寄り掛かるようにして銀色の髪をした

少女が気持ちよさそうに寝息を立てていた。


そんな彼女を起こさぬよう静かにベッドから起き上がる。と、自分が着ている服も変わっている

事に気がついた。これまた粗雑な服だ。何かの繊維で編まれたものなのだろうが、

所々ほつけて穴があいている。


そのまま床に足を着き、ペタペタと裸足で狭い部屋の中を歩いてみた。まだ背中に多少痛みは

残るが、昨日ほどじゃない。これなら明日には完全に元通りとなりそうだ。


もっとも、この部屋から出られない以上、体だけ回復したところでどうしようもないのだが。


「う~ん……あ、もう起きて平気なのか? 」


おっ、やっと起きたな。そういえば、こいつずっと俺のことを看病してくれてたんだろうか。


「ああ、もう平気みたいだ。見ろよこれ」 そう言ってその場で二、三度飛び上がって見せた。


「おいおい、あまり無茶をするなよ。傷が開くぞ」


「大丈夫だって。俺、昔から傷の治りが早い方だからな」


「フッ、そうか。昔からバカは何とやらと言うからな」


「おい、お前まで俺をバカ呼ばわりか。それにそれを言うなら馬鹿は風邪を引かないだろ。

 意味がまた違ってくるじゃないか」


「あら、意外に物は知ってるんだな。小馬鹿だが……」


「もう、バカバカバカバカ言い過ぎだ。こんちくしょう」


「あはは、悪い悪い軽い冗談だ」


くそ~、この女、俺の個別授業行きリストに絶対追加しといてやる。


カチャカチャ……


そこへ入口の重厚な扉が開く音が聞こえ、一人の男が入ってきた。

黒髪に白髪交じりの頭。

顔はじいちゃん程ではないが、それでもかなり厳つい方だと思われた。

体には簡易な革の鎧を着けている。


「お父様! 」 銀髪の少女は彼を見るなりそう叫んだ。


お父様だって!?

さっきまでの俺に対する口ぶりからは想像できない意外な言葉が飛び出した。


「すまないな、ヒナ。ここへ来るのが少し遅れてしまった。こちらも色々と

 立てこんでいたのでな」


「いえ、いいのです。それで外の様子はどうなっているのでしょうか。

 この中にいると、全く分からなくて……」


すると、彼女の父親は険しい顔つきで話を続けた。


「事態はとても厳しいものとなっている。先ほど大ババ様は神の啓示により

 彼をただちに処刑するよう村の男たちに命じた」


「大ババ様が?! そんな……どうして」


「私にも分からん。ただ、こうなってしまった以上、グズグズしてはいられないんだ」


そう言って彼は鎧の下から小振りなナイフと伸縮性のある靴を取りだすとナイフは彼女の手に、

靴は俺の手にそれぞれ握らせた。


「いいか、ヒナ、よく聞きなさい。お前が彼を助けるんだ。今、この村で彼の味方なのは

 私たちだけだからな」


彼女はうつむき加減で「はい」とだけ小さく返事をする。


「この地下牢には村の中でも限られた者しか知らない秘密の抜け道がある。

 まあ、昔脱走しようとした奴が掘った抜け穴が塞がれず残っているだけなんだがな……。

 まあいい。それで、そこを通ると村のはずれにある地下墓地まで抜けられる。

 そこまで行くことができれば、後はこの村から離れるだけだ」


「分かりました。ですが私一人で彼を守りきれるでしょうか」


不安そうにそう問いかける彼女を父親は優しく抱きしめた。


「心配するな。お前は私の娘だ。きっとうまくやるさ。自分を信じなさい。

 そして、彼のことも信頼しなさい」


少女は俺のことをちらりと見たが「はあ」と短く溜息をついた以外は

それ以上何も言わなかった。


「君も地上に初めて来たばかりだというのにこんなことになってしまって、

 本当にすまないな」


「いいえトラブルには昔から慣れてるんで全然平気ですよ」


渡された靴の具合を確かめながらそう軽口をたたいた。が、内心はかなり焦っていた。

処刑……俺、殺されるの? 地上に落とされたと思ったら、こんなすぐに殺されちまうのかよ。

冗談じゃねえ。雲の上に帰るまで、俺は絶対に死なない。死んでたまるかっての。


「抜け道はここを出て、左に行った突き当たりの壁にある。

 その壁の右下辺りを思い切り蹴り飛ばせ。

 見張りの注意は私がしばらく引きつける。

 二人とも準備はいいか? 」


「はい」

「はい」


俺たちは小声で最後の確認を取り合うと、手はずどおり、まずは親父さんが部屋から出て

見張りの注意を引きつけた。


そしてその隙に俺たちは言われたように部屋を出て、左の通路の突き当たりを目指す。

所々にろうそくが灯されただけの薄暗い通路を進むと確かにレンガで作られた

壁が見えてきた。


壁際まで寄ると、その右下だけ新しく補修されたような跡があったので、

俺と彼女は顔を見合わせると同時にその場所目がけて静かにかつ大胆にローキックを入れる。


ガンッ……ボコッ


人一人がやっと通れそうな穴がぽっかりと口を開けた。


「痛てててて」


しかし、今蹴り飛ばした方の足先がかなり痛い。

おじさんに貰った靴が想像以上に柔らかかったんだ。


痛む足をさすりながら、まずは俺がその穴に体を潜り込ませた。

入口は狭かったが、何とか体をグイグイと押し込み、奥の方へと這っていく。

奥に行くに従って段々と穴が広がっていき、遂にはだだっ広い空間に出た。


後から彼女も同様に穴から這い出てくる。体に余計な出っ張りが少ない分、

狭い穴の中でもさぞ楽だっただろう。


出てくるなり彼女は「うわあ」と興奮した声を上げる。


「村の地下にこんな広い空間があるなんて今まで知らなかった」


そうか、さっき親父さんが言ってたな。村の中でも限られた者しか知らないって。

まさに”秘密の空間”ということか。


しかし、誰もいないということは明かりも全くないということだ。

辺りは真っ暗でこのままじゃ、足元もおぼつかない。


「暗くて何も見えないわね」


「なあ、その辺に木の棒でも何でもいいから何か棒状のものが落ちてないか

 探してくれないか」


「それでどうするつもり? 」


「まあ、すぐに分かるよ」


言いながら辺りを手探りで探り始めた。だが、何も見えない中探すってのも

なかなか大変だな。


「あった、あったわよ。こんなのでどうかしら」


彼女に手渡された棒はちょうど手頃な長さで手に持って歩くのに邪魔にもならなさそうだった。

自分が着ている服の袖を右肩辺りからビリッと破るとその棒に手際よく巻き付けていく。


彼女はその様子を不思議そうに見守った。


「よーし、これで準備オッケーだ。あとは……」


棒を左手で持つと、巻き付けた布に右手を当て意識を集中する。


「出でよ炎よ! 」 その言葉と共にポッという音を発して布にかすかな火が燃え移り、

やがて立派な松明代わりとなった。


「すごーい。それ、魔法なの? 初めて見たわ」揺れる炎に目を輝かせて嬉しそうな声を出した。


「ああ、まあ正確に言うと魔法”もどき”なんだけどな。俺が使えるのはこれだけ」


「へっ? それだけ? もっとこうバーンとかドカーンってのは? 」


「一切なし」


「……それじゃあただの着火マンね」


「……ぬおっ! 」


言われた。やはり言われてしまった。ああ分かってたさ。学校でもそうだったんだ。

みんな色んな魔法もどきを次々と覚えていく中、俺はいつまでたっても火、火、火……

火しか出せない能なしだった。


でも、今はこんなのでも役に立ってるからまあ良しとしようじゃありませんか。


着火マン呼ばわりされたことに肩を落としつつも、改めて広い空間の中を照らしてみせた。


辺りには瓦礫や木材の破片などが散乱しており、遠くの方には何か崩れた建物のようなものが

いくつか見える。地下に家? 一体なぜ?


「これは……もしかしたら古代大戦の名残かもしれないわね。

 大戦時、戦火を逃れるため地下に住居を構える町や村もあったと聞くわ。

 そう考えるとこの隠された空間や、あの建物も辻褄が合う」


「なるほど、この村のご先祖様たちは戦火を逃れ、ここに隠れ住んでいたということか」


「そう言うことね」と彼女は言うと、ゆっくり歩きだしてしまったので、俺も慌てて

後を追った。


釘やガラス片などを踏み付けないよう慎重に歩を進める。

辺りは静寂に包まれており、二人のザクザクと地面を踏みしめる音だけが、広い空間に

反響する。


時折、立ち止まっては崩れた建物の隙間から中をうかがったが、やはりかなり長い間、

誰かが立ち入った様子も見られなかった。


「そういえば……」 俺はずっと気になっていた事を聞いてみた。


「お前、親父さんからヒナって呼ばれてたけど、あれが本名なのか? 」


そう質問した途端、彼女は急に眉をしかめ不機嫌な表情になった。


「そうですけど、悪い? どうせ鳥のヒナみたいだなとでも思ってるんでしょ?

 私の名前を聞くとだいたいみんなそう、ヒナちゃん、おヒナちゃん……って」


「いやいや、親父さんがつけてくれた名前だろ大事にしないと。

 それに、可愛い名前じゃないか」


そう聞いた彼女の顔が一瞬、紅潮したように見えたがすぐにプイッと顔を逸らしてしまった。



しばらく崩れた建物の間を歩き続けた所で突き当たりに到達したようで、かなり上の方まで

そびえ立つ岩壁が目の前に現れた。

「こっち」と案内してくれた彼女について壁を右沿いに歩いて行くと岩をそのまま

くり抜いただけのトンネルがあった。


「よくこっちに出口があるって分かったな」


「私にもよく分からない。ここへ来たのは初めてなはずなのに。

 なぜか、こっちへ行けば出られるような気がしたの」


俺は、ふーんとだけ返事をすると、トンネルの中を持っていた松明で照らしてみた。


大丈夫、何とかここは崩れていないようだ。

この先が村はずれの地下墓地と繋がっているのだろうか。


トンネルの中へ入ろうとした時、先ほど自分たちが通ってきた抜け穴の方から

誰か大勢の人間が入ってくる足音が響いてきた。


「マズイ、追手が来たみたいね。急ぎましょう」


俺も黙って頷くと、ゆっくりとトンネルの中へ歩を進めた。


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