12. 地上の村 ラクイ
「では、これより雲の上から来た少年の処遇ついて議論を始める」
顔に深くシワが刻まれ、腰が曲がりつつある小さな老婆が椅子の上にチョコンと立ち、
そう宣言すると、同じ楕円形のテーブルに着いている6人の男たちは皆一様に頷いた。
と、そこへ息を切らしながら、もう一人初老の男性が部屋へ駆け込んでくる。
「はあはあ、遅れて申し訳ありません」
「むっ……ヴェクトか。自分の娘も関わっている大事な話し合いだというのに
遅れてくるとはどういうことかのう」
老婆はその小さな目をさらに細めると、男性を皮肉るようにそう告げた。
「すみません、大ババ様。何分急な知らせだったもので、北の鉱山から戻るのに
少々時間がかかった次第にございます」
「なるほど……それで謎の光の正体について何か分かったのかい? 」
「いいえ、鉱山に着き仲間と共に周囲を捜索しましたが、何かの痕跡らしきものすら
見つけることはできませんでした」
男性が老婆の目をじっと見据えながらそう報告すると、老婆もまた男性の目を真っすぐ見つめた。
「……そうかい。まあ、それなら仕方ないねぇ。その件はまた後ほど考えることにしようか。
とりあえず、そこの席に座りな」
男性にそう促した後、老婆も腰をいたわりながら、ゆっくりと椅子に座り直した。
「はい、では失礼します」
男性は他の出席者に向かって一礼すると、空いていた端の席に腰を下ろす。
「それでは改めて本題に入る。今日の主題は昨夜、予想だにせずこの村へやってきた
天上界の少年、名前を……えーっ、何と言ったかのう……」
「レオンです。レオン=バルディアとたしか申しておりました」
老婆の横に座っていた眼鏡を掛けている男性がすかさず答えた。
「そうそう、そのレオン何某を今後、この村でどう扱うかについて皆の意見を聞きたいと思う」
老婆がそう質問すると、黒髪の中年男性が間髪いれずに答えた。
「私は天上人の少年にまずは詳しく話を聞くべきだと思います。そもそも今回、使者として
雲の上へ行った者たちが、まだ一人も……いえ、一人は戻ってきましたが、
他の者たちは戻ってきていないのが現状です。絶対に上で何かあったはず……」
その時、老婆と数人の男が体をピクリと動かしたが、男性は気づかず続けた。
「だから、彼に上で何があったのかよく聞いてから処遇を決めても遅くはないと思います」
「ふむ、なるほどのう。他には? 」
すると茶髪を刈りこんだ男が手を上げたので、老婆は話すよう合図した。
「俺は話を聞くだの何だのまどろっこしいことなんてせずに、さっさと帝国に引き渡しちまうべき
だと思うぜ。天上人ってのはこの地上じゃ貴重だからよ、高く引き取ってくれるらしいしな」
「馬鹿なっ、お前気は確かか? 帝国が偶然地上に紛れこんだ天上人に対し、どういう扱いを
してきたかよく知ってるだろう」
先ほどの中年男性が茶髪の男の発言に対して噛みついた。
「ケッ、相手は雲の上だ。しかも昨日、雲にぽっかり開いてた穴も今は閉じちまって次に開くのは
11年後だぜ。それまで、そのガキをずーっとこの村で面倒見ようってか? 冗談じゃねえ」
「別にそこまでは言ってないだろう。 私はただ……」
「あ~よいよい、もうよい。双方言い分があるのはよく分かった。
ならば、もう一人くらい意見を聞いてみようかの」
そう言って老婆は、テーブルに座った男たちの顔を順番に見ていった。
「ふむ、お前はどう思う? ヴェクト……ヴェクト=アルテミスよ」
「わ。私ですか? 」
男は老婆が自分を指名したことに少し驚いた。なぜならこういった議論の場で
自分の意見を尋ねられること自体が普段から少なかったからだ。
「そうじゃ、そもそもあの少年はお主の娘がこの村までおぶってきたのじゃぞ。
ぜひ、お主の意見も聞きたいものじゃと思ってな」
「は、はあ。……私もあの少年はしばらく村で預かることに賛成です。
地上に来てまだ一日しか経っておりません。昨日の今日で、全て決めてしまうのは
あまりにも時期尚早というものでしょう。
しかも、彼は地上へ来た際の傷もまだ癒えていません。今も私の娘が付きっきりで看病
しているような状態です。
ですから、もうしばらく、もうしばらくだけ時間を与えてあげてもよいのではないかと
思いますが、いかがでしょうか」
彼の返答に黒髪の中年男性含め何人もの男たちが感心したように頷いた。
「なるほどのう。相、分かった。今日のところはひとまず何もせず、後日、
少年の傷が癒え、話ができるようになったところで再び処遇は考えることとする。
本日の議題は以上じゃ。みな、御苦労であった」
老婆が再び椅子の上に立ち上がると、男たちも同時に立ち上がり一礼した。
その後、順番に一人ずつ退室していく。
初老の男性、ヴェクト=アルテミスは入口に近い場所に座っていたため、一番最初に
建物の外へ出たのだが、一緒に出てくる男たちの人数がどうにも少ないことに気がついた。
特に雲の上へ向かった者たちがまだ戻っていないという話が出た時にわずかに反応した男たちが
いないのが気にかかる。
いつもであれば会議の後は、大ババ様が太陽神ホグルスとの対話のため一人、
議場に残るのが通例となっていた。
これは何かあるな。そう直感した彼は再び、建物の中に戻ると対和室がある地下への階段を
足音を立てずにそろそろと降りて行った。
階段を降りきり、松明が所々に掲げられた通路を少し進んだ所に対和室の重厚な扉がある。
その扉を片手で少しだけ開き、わずかなすき間から中の様子をうかがった。
対和室の中心には祭壇が設けられており、周囲の壁には松明が灯されている。
案の定、先ほど議場にいた男たちのうち、何人かも部屋の隅に控えていた。
大ババ様は祭壇の正面に立つと、神との対話を始めるため深々とお辞儀をした。
「おお、我らが偉大なる神、ホグルスよ。この卑しきヒトに教え給へ。
我、天上より来たりしおのこを如何にすべきかを……」
天上より来たりしおのこ? あの少年のことか……、それなら先ほどの議論で結論は出たはずだ。
何故、再び神に聞く必要がある……。
「どうか、どうか、神よお教えください。我々は、如何にすべきでしょうか……」
大ババ様が声を張り上げれば張り上げるほど、祭壇の左右に置かれている松明が
ゴウゴウと火柱を上げ、遂には天上まで届こうかとするほどになった次の瞬間、
フッと一瞬で消え去った。と同時に大ババ様もその場にバタリと倒れ込む。
男たちは周囲の壁から松明を抜き取り、大急ぎで彼女の元へ駆け寄っていく。
そして、抱き起こされた彼女は目を大きく見開いたまま言った。
「あの……少年を……ただちに……処刑せよ。そして……祭壇にその血を捧げるのじゃ。
神は……彼の者の血を……望んでおる」
ヴェクトはその言葉を聞いた途端、思わず後ろに仰け反りそうになったが、
深呼吸して冷静になると再びゆっくりと扉を閉じ、対和室をあとにした。
これはマズイことになった。いくらあの少年を助けようと声高に叫んだところで、
神のお言葉の前ではどうすることもできない。それがこの村でのしきたりだ。
極端な話、神が殺せと言えば、たとえ身内ですら殺さねばならない。
他の村や町から見れば全く持って馬鹿らしく見えることだろう。
だが、そんなことは今はどうでもいい。問題はあの少年をいかに助けるかだ。
彼は足早に建物から出ると、少年と自分の娘が収容されている地下牢へと急いだ。