第七話
奏志は後退しながら黒い塊がこちらに向かって来るのを確認する、途中街灯をへし折ってしまったがこのような状況下では仕方ない。ロックオンカーソルが奴の中心を捉えたところで彼はアサルトライフルを乱射した。ダダダダダッ!閃光とともに銃口から放たれた弾は正確に目標に飛んでいった。しかし奴はそのまま突進を続けている。
「くそったれェ!なんでまだ生きてんだよ!」カチッ、弾切れだ。まぁいい、カートリッジは十分にある。そうたかをくくった時だった。黒い塊の腕に見える部分が伸長し、二五式の胴体をを凪ぎ払う。ガラン、という音と共に増加装甲が崩れ落ちる。間一髪のところで機体を傾けて回避する、大事には至らなかったため、もう一撃喰らったら即死であるのを忘れ、ホッと胸を撫で下ろす。
そう言えば…後ろの女の子に火気管制を任せてしまったことを思い出す。大丈夫だろうかサブシートに座った女の子は既にヘッドセッドを装着してモニターの前で構えている。あ…と軽く声をあげた奏志に任せて!と言わんばかりにアイサインを送ると彼女は再びモニターにかじりついている。す、すごいな…呆気にとられている間に奏志は黒い塊を見失ってしまった。
クソッ!レーダーを注視するも、奴は見当たらない、絶対にその辺にいるのにーーー
「二時の方向から来ます!」声を聞いて奏志は脚部のバーニアを急噴射し、機体を反転させる。誤ってビルを引っ掻けてしまった。グギギギギギィィィイ、酷い音がして、ビルの五階部分をくりぬく
「これ以上の市街地での戦闘は危険です!」轟音に混じって女の子の声が響く、確かに避難が完了しているから死人は出ないもののバレればただじゃすまない、訴訟の嵐だ。
「じゃあ市街地を出ます!何処なら大丈夫そうですか?」
「タルシス台地が一番近くて開けてます!」モニターの隅に映ったマップを一度見ると、奏志は二五式の背部ブースターを全開にして、市街地上空にあがる。上空からも二、三度奴にめがけてライフルを乱射した。奴は倒れることはなかったが、それでも注意を引くには十分だった。
「ばぁ~ばぁ~」やはり不快な声を漏らしながら奴は翼を広げて機体を追ってくる。
「そうだ、こっちだこっち、いいぞ…そのままついてこい」等と余裕ぶってみたものの、そうは上手くいかない、最新鋭の正式量産機のAF-8でも奴を追いきれていなかったのに、旧式、重武装、鈍重の三拍子がきっちり揃ったこの機体であわよくば逃げ切ろうなんてのは虫が良すぎる。
「二十秒後には追い付かれます!」かなり慌てた様子で女の子が叫ぶ
「ミサイルで牽制して!」負けじとこちらも叫ぶと彼女は肩部のミサイルポッドを後ろに向けてミサイルを発射した。シュボシュボシュボッ!間抜けな音がした後、背後で爆発が起きた。爆圧に奴がバランスを崩す、もうじきタルシス台地だ…機体を着陸姿勢に持っていく、赤い地表を削って着陸するとそのままの勢いでターンし、奴を迎え撃つ体勢を整えた。
数秒遅れて奴はフラフラとしたまま岩場に激突し破れた翼をバタバタとせわしなく羽ばたかせているようだ。今がチャンスとみた奏志はライフルを乱射しながら奴を正面に捉える。
「今だッ!」カチッ、後ろでトリガーを引く乾いた音がすると同時に荷電粒子が前方に光の尾を引いて行く。ドカン! 辺り一体が土埃に覆われる。
「やったか…?」
「効果判定はC、仕留めてはいないと思います」彼女のいう通りだった。すぐに黒い塊は煙の中からその巨体を起こし、突進してきた。今度は咆哮をあげている。ヤバイ、シールドを構えてショックに備える。ベキコン!グキョオオ、シールドが軋んでいく音だ…咄嗟に横に飛び退く、それを見計らって女の子がミサイルを発射した。白煙を引いた最後のミサイルは目標の胴体にぶつかって爆発し、大きな風穴を開けた。ズシン、倒れる黒い塊、胴体に空いた穴から吹き出した鮮血は火星の赤い大地をキャンバスにして染みを広げていたーーー