八十六話 蝕王の果樹園
予想よりも移民政策が順調だったので、ヴァンダルーは予定よりも早くイモータルエントの森のダンジョン攻略と、スキルの検証を行う事になった。
『今回はお母さんも憑いて行きますからね!』
ダルシアを憑けて。
『お母さんも寂しかったのに、ヴァンダルーったら……親離れには早いと思うのよ』
「いや、帰って来た時母さんはまだ寝ていたじゃないですか」
弱い霊のダルシアは、宿っている小さな骨片の中で眠っている時間の方が長い。ヴァンダルーが帰って来た時、偶々そうだったのだ。
ただ、あの場にダルシアが居るのは少し違うのではないだろうかと思わなくもない。
『それで母さん思ったんだけど、私もレビアさんみたいにファイアゴーストに成るのってどうかしら? 私も火炙りの刑で死んだんだし、きっと適性があると思うのよ』
「待って、ホムンクルスの作り方を手に入れて来たからもうちょっと待って」
『でも、ゴーストに成ったら母さんもヴァンダルーの力に成れるし、ずっと一緒に居られるわ』
「お願いだからもうちょっと待ってください。後邪神か悪神が居ればどうにかなるから」
これは急がねばなるまいと、ヴァンダルーは思った。
「悪い神はいねーか、邪な神はいねーか」
「……坊や、何故片手に鉈を持っておる? あと、流石に悪神や邪神は出来たばかりのダンジョンには居ないじゃろ」
「いや、一縷の希望があるかなと」
ヴァンダルーしか知らないナマハゲの真似を止めて、ヴァンダルーはイモータルエントの森に出現したダンジョンを見上げる。
今回の探索メンバーは、パウヴィナ達年少組やエレオノーラを除いた女性陣+骨人、ヴィガロ、セメタリービー十匹、そして荷物持ちのルチリアーノである。
「私は頭脳労働者なのだがね、師匠」
「本当に荷物を持たなくて良いです。後ろで俺達の魔術を見て、何か助言があればお願いします」
ルチリアーノは冒険者としては特殊でC級でも戦闘力は低い。しかし、半ば破門されているそうだが正規の魔術師ギルドで師匠について学んだ魔術師だ。ほぼ我流のヴァンダルー達には無い知識や、違う発想があるかもしれない。
「それに一応俺の弟子でしょう? 俺の魔術を見て、応用できそうなところがあったら言ってください」
「そうさせてもらおう、師匠」
その結果、これは無理だと諦めてくれないかなーとヴァンダルーはうっすら期待している。
「でも中が狭いか、出て来る魔物が強かったら一旦戻って仕切り直しますからね」
「解ってるって。でも大丈夫、あの時よりもずっと強くなったんだから!」
「泣きません?」
「泣かないっ! 絶対泣かない!」
カチアをからかいつつ、ダンジョンの中に入るとそこは森に成っていた。密林やタロスヘイム周辺の広葉樹森、ボークス亜竜草原の巨大シダの森ではなく、松や杉等の針葉樹林だ。
『主が留守の間、魔物の暴走が起こらないよう様子を見るために一階までは降りたのですが、中はこのように成っておりまして。
魔物の方は……あのように』
骨人が指差した先では、針葉樹林の雰囲気をぶち壊す極彩色な巨大茸……ランク3のポイズンマッシュだ。
巨大茸に手足が生えたような外見で、その愛嬌がある見た目に反して生き物を襲って殺し、死体に胞子をかけて子孫を残す、凶暴な魔物だ。
それが三体ほど突っ立っている。
「立っていますね」
「……この距離なら普通に弓矢が届くが、何故あの魔物は立ったままなんだ?」
『私達の数が多いから、警戒しているんじゃないかしら?』
「いや、それなら逃げるじゃろう。まあ、試しに攻撃してみるか」
とりあえずと、バスディアとザディリス、カチアがそれぞれ魔術で攻撃してみる。どれも様子を見るための攻撃で、それほど威力は無さそうだ。
それらをポイズンマッシュは不動のまま真面に受けた。茸が風の刃で切れ、熱で焦げる香ばしい匂いが漂う。
「動きませんね」
「うーん、不気味じゃ」
『このような様子で。因みに、私も何匹か弓矢で倒しましたでヂュウ』
「我も何度か斧を投げて倒したぞ。今居るのとは違う魔物だが」
「倒したんですか……ちょっと気になる事があるので、あのポイズンマッシュを倒してみてください」
「よし、任せるのじゃ」
ヴァンダルーが魔術師ギルドのギルドマスターの屋敷から持ってきた杖を貰ったザディリスは、【光刃】の術を使って瞬く間にポイズンマッシュを倒していく。
そして人型茸が倒れた後も暫く様子を見ていたヴァンダルーは、首を傾げた。
「あのポイズンマッシュ、魂がありません。何故でしょう」
『確かに見えないわね』
「魂が無いって、そりゃあ一応植物だからじゃないの?」
「ビルデ、植物でも魂は在りますよ」
他の世界ではどうか知らないが、ラムダでは植物にも魂は存在する。正確に言えば、生物とされる存在には全て魂が宿っている。
流石に電子顕微鏡が無ければ見えない極小の微生物やウィルスに魂が存在するかまでは、ヴァンダルーにも見えないので分からない。しかし、植物にも魂があるのに魔物のポイズンマッシュに魂が無いとは考えにくい。
「それに、他の場所で倒したポイズンマッシュには魂がありましたから」
『じゃあ、いったい何で無いのかしら?』
「まだ中に入っているだけではないのか?」
「いや、あれは死んでます。でも確認のために魔石があるか確認してみましょう」
魔石は、魔物の心臓がある部分にその死後発生する。だから魔石が体内に在れば、それは魔物が死んでいる証拠だ。
ポイズンマッシュの身体を裂いてみると、魔石が発生している事が確認できた。このポイズンマッシュは、間違いなく死んでいる。
「うーん、分からない。砕いた訳でもないのに、何故魂が無いまま存在できるのか。ルチリアーノ、何か心当たりは?」
「師匠、私は魔術師であって【霊媒師】ではないので分かりかねる」
『ヂュ~、私は気にしませんでしたが、改めて考えるとやはり奇妙。主が作ったダンジョンだからではないでしょうか?』
「そうじゃな、今まで人為的に創られたダンジョンと言うのを儂は知らんから何とも言い難いが……そもそも魂の在る無しなんて、アンデッド以外では坊やか【霊媒師】でなければ見えんからの」
何とも言い難い。そもそも、ダンジョンがどう言った原理や仕組みで内部に魔物を発生させるのか解明されていないので、全く分からない。
「まあ、何故魂が無いのかは神様に会う機会があったら聞いてみましょう」
そうヴァンダルーは言うが、聞いても教えてくれるかどうかは不明だ。質問が定命の存在には教えられない領域に踏み込んでいるからだ。
ダンジョンに魔物が次々に発生するのは、魔王グドゥラニスが作り上げた魔王式輪廻転生システムの恩恵だ。システムに流れる無数の魂を、そのままダンジョンで発生する魔物に使っているからだ。
他の邪神や悪神が出現させたダンジョンも同様である。
ただ、ヴァンダルーは自前の輪廻転生システムを持っていないし、他のシステムを利用する術も知らない。
そのため、ヴァンダルーが作ったダンジョンで発生する魔物は、魂が存在しないまま動く生身のロボットのような存在なのである。例外は、ダンジョンの外から入った魔物か、魂が空の状態の魔物に憑りついて後天的に魂が宿った場合だけだ。
これはニアーキの町の近くの『ハインツ骸骨洞』も同様で、ヴァンダルーの憎しみを代弁するために動くようプログラミングされており、誕生した瞬間からプログラムに従って活動しているだけで、最初期に大暴走の先頭に居た個体以外は魂を持っていない。
しかし、それ等の知識は神々しか知らない事なのでヴァンダルー達は推測も出来ない。とりあえず棚上げして、先に進むしかなかった。
『まあ、良いじゃない。経験値は稼げるんでしょう?』
ダルシアの言葉にヴァンダルーは首を横に振って応えた。
「稼げますけど、案山子みたいに立っているだけじゃあスキルの練習に成りません。勘も鈍りますし。
普通に襲い掛かって来てくれた方が助かります」
ヴァンダルーがそう言った瞬間、まるでスイッチでも入ったかのようにポイズンマッシュ同様に硬直したまま動かなかった唾液に毒を持つ猿の魔物、ポイズンエイプが「キキィー!」と雄叫びを上げて襲い掛かって来た。
ちょっと驚きつつも危なげなくポイズンエイプを倒した後、ヴァンダルー達は何故突然あの魔物が動き出したのか、他の魔物で検証していた。
「止まれ、伏せ、お手、待て、かかってこい、やっぱり止まれ。……うん、有効なのは『止まれ』と『来い』だけですね」
ヴァンダルーは、彼が指示する度に人形の様に佇んだり、枝の腕を振り乱して襲い掛かったり、忙しく様子を変えるランク4のポイズンエントの様子を確かめて、言った。
「驚いた……テイムしているのとは違うの?」
「ええ、違います。他に言う事を聞きませんし。例えば、俺を三回回してください」
ヴヴヴヴヴヴ。
セメタリービー達はヴァンダルーを足で掴んで飛ぶと、そのままクルクルと三回周囲を旋回してから地面に降ろした。
「対して……俺を三回回してください」
同じ事をポイズンエントに頼んでみるが、固まったまま微動だにしない。
「このように、俺の言葉に反応もしません」
「普通は、三回回れでは?」
「確かに、テイムしているのとは違うようだな」
ルチリアーノの呟きは聞き流され、皆この奇妙な魔物達に首を傾げる。
「やっぱり、魂が無いからじゃない? 魂が無い生き物って言うのが、良く分からないけど」
『ヴァンダルーの言う事を少しだけ聞くのは、このダンジョンを作ったのがヴァンダルーだからじゃないかしら?』
「確かに、考えてみればゴーレムに近いな」
「ゴーレムにですか?」
今度は聞き流されなかった事に安堵しつつ、ルチリアーノは説明した。
「ゴーレムは錬金術師が作る人形で、方法は様々だが共通しているのは魂が無い事だ。なので、動かすには主人である錬金術師が逐次命令を出すか、あらかじめ命令を入力した疑似人格を埋め込まなければならない。
神代の時代には人間と変わらない判断力と応用力を持ったゴーレムも存在したらしいが、現代では主人の声に反応して簡単な命令を幾つか実行する程度でも高級品なのだよ、師匠よ」
「ヴァンが作ったゴーレムとは随分違うな」
「……師匠が作ったゴーレムと同じ性能の物は、どんな錬金術師でも作れんよ。作れたら、世界は変革を避けられないだろう」
タロスヘイムに来て、機械の代わりにゴーレムが動くゴーレム工場やらゴーレム監視網やらを見て、何度目かの「今までの常識が破壊される驚き」を味わったルチリアーノは、口元を引きつらせた。
奴隷鉱山では美しくも恐ろしいゴーストを数多く使役し、それを用いた標高五百メートル程とは言え岩山一つを窪地に変えてしまう魔術を、呪文の詠唱を用いずに行使する凄まじさに感服し弟子入りしたルチリアーノだったが、タロスヘイムに来てまだ数日と経っていないのに、何度魔術師業界の常識がひっくり返されたか。もう数える気にもならない。
「変革は兎も角、やはり魔物の行動が奇妙なのは魂が無いからみたいですね」
その魔術師業界の常識に微妙に疎いヴァンダルーは、そんな物かと思いながら頷く。そしてとりあえず、目の前のポイズンエントを鉤爪で斬り倒す。
「とりあえず、このままだと修行に成らないので普通に襲い掛かって来てもらいましょう」
ヴァンダルーがそう言って以降、魔物は他のダンジョン同様に普通に襲い掛かって来た。どういう仕組みかは知らないが、別の階層に降りてもそうだったのでダンジョンの魔物全体がそうなっているのだろう。
「後でヴァンダルーが居ない状態で入ってもこのままか、確かめなければいけないな」
「そうじゃな。いちいち坊やに命令して貰わないといけないなら、修業には使えんし」
「……安全に素材と経験値が手に入るのに、何故態々難易度を上げるのか」
戦闘民族なヴィガロとザディリスがそう言い合うのに、ルチリアーノが理解できんと首を傾げる。安全にランク4以上の魔物を狩れるダンジョンなんて、存在を知ったら何処の国でも欲しがるのにと。
「何を言っておる、冒険者じゃろ、お主」
「冒険者だが、別に冒険が好きな者ばかりではないのだよ」
「うん、これ以外で稼げないから続けてる人も多いしね。それにスキルのレベルは上がらなくても、レベルは上がるし……グールに成る前の私だったら喜ぶかも」
ルチリアーノに同意するカチア。どうやら冒険者は戦闘民族ばかりではないらしい。その事実は二人以外を驚かせた。
「何じゃとっ!? あいつ等いつも戦意を滾らせておるのではないのか!?」
「全員命知らずだと思っていたぞ、我は」
『違うのですか? タロスヘイムの戦士達は戦いこそ日々の糧と、特にボークスは言っていましたよ』
『ヂュウ、驚きのあまり顎が……主、拾ってくだされ』
「俄かには信じがたいが、ヴァンはどう思う?」
遭遇する冒険者はほぼ全員自分達を狩りに来る敵だったザディリス達グールだけではなく、レビア王女も冒険者は戦いが大好きな戦闘民族ばかりだと思っていたようだ。
そして骨人の顎を拾ってやりながら、ヴァンダルーは答えた。
「俺が知っている冒険者は、母さんやカチア、ボークス達だったので……カチア達は少数派かなと」
やはり世界が狭いと正しい常識は育たないらしい。
三階、四階と降りながら、ヴァンダルー達は出現する魔物や罠の有無を確認して行った。
このダンジョンの内装は針葉樹や広葉樹、密林、湿地帯等の違いはあったが、基本的に森だった。
そして現れる魔物は上層の数階以外は、ランク4以上の植物系の魔物が最も多く、後は蟲、両生類爬虫類、動物、魚の順で続く。
魔物の多くが毒や病気を持っており、前もって準備していないと思わぬ不覚を取りそうだ。攻略者がアンデッド以外だったら。
それに罠もそれなりに在る。落とし穴や、上から落ちてくる網、脚を釣り上げる蔦。不用意に歩いて張られた縄に足を引っかけると、スパイクが生えた丸太が横から突っ込んでくる事もある。
遺跡に仕掛けられるタイプでは無く、ゲリラ戦で仕掛けられるタイプの罠が殆どだった。
「総合的な難易度で判断したら、C級ダンジョンぐらいですかね」
「C級か。今まで『ボークス亜竜草原』しかC級ダンジョンは無かったからな、皆喜ぶ」
「連日混んでいたからな。魔物より挑戦者の方が多い日も、最近では珍しくないし」
「逆に今のD級ダンジョンは石工と猟師以外は攻略する人が少ないから空いているけどね。私も最近は行かないし」
タロスヘイムの近辺にはこのダンジョン以外に四つのダンジョンがあるが、B級とC級は一つずつだけなので最近バスディアやカチアは修行場に困っていたのだった。
「C級ダンジョンが混雑!? ……ここの連中は化け物か」
普通、C級以上のダンジョンが混み合うなんて事はまず無い。何故なら、C級以上からそこに至れる冒険者の数が減るからだ。
数の多いD級冒険者が挑むD級ダンジョンなら、混み合って狩場を取り合うような事も少なくないのだが。
C級ダンジョンが混み合うのは、D級冒険者でもベテランなら挑める事が多い一層目や二層目等の上層階か、何らかの依頼でそのダンジョンで取れる産物や倒せる魔物の素材が通常よりも高く買い取られる時ぐらいだ。
ルチリアーノが驚愕するのも無理は無い。
『流石に、二百年前はそこまでじゃなかったのだけど……』
『ヴァンダルーがレビアさん達を連れて帰って来るまで、私と子供達以外は全員冒険者みたいな国だったから』
『しかも、私やボークス達アンデッドは疲労を覚えませんので。連日の様にダンジョンで修行できます、ぢゅう』
「その上俺自身がダンジョンで修業しますし、魚醤や味噌、醤油の材料に成る魚や塩がダンジョンでしか取れませんから。
皆頑張っちゃうんですよね」
結果、疲労を覚えないアンデッドと本来は怠惰な者が多いグールまでダンジョンに通うようになった。そしてみんなレベルが上がり、タロスヘイムでは元奴隷の移民が来るまで国民の大多数がC級冒険者並の戦闘能力を持つ状態に成っていた。
「ダンジョン以外だと、ランク5以上の魔物が出る場所までは町から半日程歩かないと行けないからな。あまりジャダルを長く預けたくはない」
『育児も大変よね。でもここなら町の中だし、上層なら日帰り出来るんじゃないかしら?』
「後、交換所も近いから素材を運び出すのも楽よね」
バスディアとダルシア、ビルデの子育て中の主婦の物騒な会話である。
「やっぱり働く女性にとって職場までの距離や移動手段って重要ですよねー。今度ダンジョン作る時は、もっと町の近くに……『ガランの谷』や『ドラン水宴洞』なんかも、移築できないかな」
「出来たら便利じゃが、ダンジョンを移築とは聞いた事が無いぞ」
「は、ははは、師匠があまりにもフリーダムなのだが、誰に相談すればよいのだろね、私は」
『ぢゅぢゅぢゅ、主の弟子は生半可な事では務まらないとやっと気がついたようだな』
その後は、延々攻略しながらスキルの検証を行ったり、ダンジョンの産物や魔物の素材を使えるか調べたりした。
まず【業血】は、単純に【吸血】の上位互換だった。
血を飲んで回復する体力や魔力の量が【吸血】よりも飛躍的に上昇し、傷の治りも早くなり、更に数パーセントだが能力値も上昇するようだ。
後、このスキルはそれなりに有名らしく、ルチリアーノが詳細を知っていた。
「上位スキルに変化する程大量の血を飲み続けた業の深さを表したスキルでもあり、所有者の多くは定期的に強い吸血衝動に襲われるそうだが……師匠はケロリとしているね?」
スキルの性質上所有者の多くは上位の吸血鬼であり、彼らが人間を裏で支配するのは血を吸うための供給源を確保するためだ。
「血ぐらい適当に魔物を狩れば好きなだけ飲めるじゃないですか」
しかし、ヴァンダルーにとって吸血衝動は忌避するものではなかった。地球やオリジンだったら苦労したろうけれど、自然の脅威が豊かなラムダではすぐ魔物を狩る事が出来る。
特にヴァンダルーは処女の血を尊ぶ通常の吸血鬼と違って、中年の山賊だろうがオークだろうが構わず血を飲む。味の好みは、あまり無い。
ただゴブリンの血は臭みが強い等、肉が不味い生き物の血は不味く感じるが。
「そう言えば、エレオノーラや配下の吸血鬼ゾンビは血をどうしてるのじゃ? あまり飲んでいる所を見かけんのじゃが」
「我達とダンジョンで修行している時は、魔物の血を吸っていたぞ」
「後、時々俺の血を少し飲みますね。吸血鬼ゾンビ達は……生肉を食べる時に一緒に摂取しているのでは?」
「アンデッドが国民の国で言う事ではなかったか……」
人間社会ではキワモノ扱いされていたルチリアーノは、タロスヘイムでは自分が常識人枠である事に愕然とし、【退廃】の二つ名が解除されたりしないかと心配になった。
次に【装蟲術】の検証だが、これも簡単に分かった。
「入って来ますねー」
「ますねーって、それで大丈夫なの?」
「特に問題は無いようです」
ヴァンダルーの手に、鮮やか過ぎて毒々しい色の巨大ミミズが半ばまで入り込んでいた。そのまま、ゆっくりと手の中に潜り込んで行く。
「えーっと、それってランクは1だけど全身に小さな毒針が生えてるペインワームじゃなかった?」
「みたいですね」
「いや、何で平気なのよ」
若干声が引きつっているビルデとカチアの前で、ペインワームは完全にヴァンダルーの手の中に消えた。だが、蠟を塗り固めたような不健康に白い肌には、傷一つない。
「生命力も減っていませんし、やはり特に問題は無いようです」
『ぢゅう? それはあの蟲を食べたという事ですか?』
「いや、食べたという訳でも無いと思いますよ。ほら、勝手に出てきますし」
逆の手からペインワームがのそりと出て来た。そのままボトリと地面に落ちるが、それを追ってピートが飛び出してペインワームを咥えると、そのまま手の中に戻って行く。
「信じがたいが、【装蟲術】は自分の身体に蟲を装備するスキルのようだな」
「蟲を装備……何か役に立つのか? 蟲で殴り掛かる訳にもいかんだろう?」
「ピートが何で俺の髪の中に収まるのかの謎も解けましたね。役には、多分立つでしょう。セメタリービー、同じように俺の中に入れますか?」
そうセメタリービーに尋ねると、蜂達は特に嫌がりもせずヴァンダルーの中に音も無く入って行く。大きさ的に容赦無くヴァンダルーの頭に突っ込んでくるので見かけはグロテスクだが、やはりヴァンダルーには特に痛みも違和感も無い。
そして、完全に体の中に入ったセメタリービーを、ヴァンダルーは身体の一部の様にコントロールする事が出来た。手から頭だけ出したり、舌の先端に毒針だけ出現させるなんて事も可能だった。同様に、意識して命令するとピートも身体の何処からでも出し入れ出来た。
「なるほど、テイムしている蟲タイプの魔物ならコントロールできると。
ところで、どうしたのですか?」
自分の頭をペタペタと触っている弟子以外の一同をヴァンダルーは見上げた。
「いや、さっき思いっきり頭から入っていったから、大丈夫かなと」
『主、主は平気かもしれませんが、傍で見ていると主が蟲に喰われているようにしか見えないのでヂュウ』
「……使う時は人目を避けるようにしましょう。
ところでルチリアーノは?」
「そこで失神してるけど……無理も無いと思うわ」
【装蟲術】は身体の中に蟲を装備するスキルで、装備した蟲はテイム済みの蟲なら自由に出し入れでき、身体の一部だけ出すような事も可能。
ただ、数時間までなら兎も角長時間蟲を装備していると、蟲が必要な栄養をコストとして装備者が負担しなければらない。つまり、沢山食べるか、生命力を削るかしなければならない。
そんなスキルの様だ。
【死霊魔術】に続いてヴァンダルーには優良なスキルに成るだろう。
「これでテイムした蟲型魔物を装備したまま町に入って、テイマーギルドに登録するのはどうでしょう?」
「儂はグールじゃからギルドの事は分からんが、止めておいた方が良いじゃろうな」
『ヴァンダルー、お母さんも止めておいた方が良いと思うの。きっと、みんなビックリするわよ』
「ビックリじゃすまないって。まだルチリアーノ起きないし」
「ピクシー等の、割と無害で大人しい魔物って何処に生息しているんでしょう?」
少なくともこのダンジョンには居ないようだが。
『ピクシーって、蟲なのかしら?』
「とりあえず、これからは使えそうな蟲型魔物が居たらテイムして装備しましょう。どれくらい入るのか確かめておいた方が良いでしょうし」
「えーっと、出来たら可愛いのにしてね?」
「善処します」
彼女の言う可愛い蟲ってどんなのだろう? 蜂と百足は違うようだし、ダンゴムシかな? カチアの要望に頷きながらも、答えに中々思い至らないヴァンダルーだった。
そして今回の目玉、【迷宮建築】スキルの検証だが、これはすぐには全貌が見えなかった。調べれば調べただけ新しいスキルの効果が明らかに成るからだ。
まず、ヴァンダルーは新しく降りた階層の構造が何となく分かった。一歩踏み込んだ瞬間、頭の中に地図が出来上がる。
次に、ヴァンダルーは一度攻略した階層の構造を変える事が出来た。壁を建てたり、罠を設置したり、下の階層も攻略済みの場合だけだが、上下の階層に繋がる階段まで設置できる。
「おお、見る見るうちに樹木の壁が!」
「落とし穴や、階段まで出来るとは……」
「結構魔力を使いますけどね。小さな罠や壁なら一万、階段なら上下両方だと一千万くらい」
「だが、ヴァンにかかれば安い物だろう?」
「実はそうです」
『凄いわ、ヴァンダルー。これで壁を四方に作ればダンジョンの中でも安全に休憩できるわね』
ダンジョンの壁は内装によってこのダンジョンの様な樹木だったり、崖だったり、石やレンガ、正体不明の金属や生き物の内臓のような物だったりするが、共通して人為的に構造を変える事が出来ない。
『ガランの谷』の崖や『ドラン水宴洞』の鉱物など、ダンジョンの壁を一時的に削り壊す事は可能だが、長くても数日もすれば元に戻ってしまう。解除した罠も、誰が仕掛けたのかは不明だが仕掛け直されている。
そうでなければ上級のダンジョンは高ランクの魔物とそれを倒す強大な攻略者が戦う内に遠からず崩壊してしまうだろうから、自己修復機能が備わっていて当然かもしれない。
逆に壁を作ったり、罠を設置する事はより不可能だ。ダンジョンに資材を持ちこむ事が難しい事もあるが、苦労して設置しても魔物が破壊するか、いつの間にか消えてしまう。
石の壁で迷路状に仕切られているダンジョンでも、戦闘の余波以外で魔物は基本的に壁を破壊しない。だが攻略者が人為的に設置した壁等は、構わず破壊してしまう。
魔物が破壊しなくても、異物と認識されるためかダンジョンの自動修復機能で損傷と同じように消えてしまう。
ヴァンダルーの【ゴーレム錬成】スキルでも、石材や鉱物を採掘する事は出来ても、ダンジョンの構造を大きく変える事は出来なかった。
しかし、この【迷宮建築】で作った壁はダンジョン自体が変化した物なのでそのまま残る可能性が高い。
『魔物は【ゴーレム錬成】で作った壁の方は壊したけど、【迷宮建築】で作った壁は避けて通ったもの』
『本当にすごいです陛下、このスキルが他のダンジョンでも使えるなら、皆の生活がどれ程楽に成るか……』
「いやー、それほどでも」
ダルシアとレビアに賞賛され照れるヴァンダルー。ただ、もっと大きな発見がこの後在った。
何と、ヴァンダルーは自分と一緒に居る同行者も含めて、攻略したダンジョンの階層に自由自在にテレポートして行き来できたのだ。
二十三階から、一階に。一階から、十七階に。中ボスが居る階層だろうが、ダンジョンボスが居る最深部だろうが、宝物庫以外には自由に行き来できた。
しかも移動できるのはその階層の入り口である階段の前だけではない。攻略した事のある階層なら、どの場所にも移動する事が出来た。
高度な錬金術によって作られたマジックアイテムが設置されているダンジョンでもここまでは出来ない。
「テレポートって面白いですね」
「坊やはもう一度攻略したダンジョンなら無敵じゃな」
「うん、ダンジョンで活動する冒険者なら誰でも欲しがると思うわよ」
そして素材や手に入れた宝物、テイムした魔物をゾロゾロと引きつれてヴァンダルー達はダンジョンを後にした。
「魂が無い魔物に、自分の周囲を漂う霊を憑けるとは……疑似的な転生なのでは?」
『主よ、弟子が今にも泡を吹きそうですが、もう少し自重した方が良かったのでは?』
ルチリアーノが驚愕と感動で不自然にガクガクと震えているが、ヴァンダルーは大袈裟だなとしか思わなかった。
主観では、ゴーレムやアンデッドを作る手間と何も変わらなかったからだ。それに、今引き連れている魔物は彼にとって必要な存在だった。
「だって、フルーツや香辛料が欲しいのです。自重なんてしていられません」
このダンジョンの中には、様々な植物型の魔物が居て、中には果実を実らせる樹木が変化したエントや、モンスタープラントが大量に含まれていた。
野イチゴやスイカ、唐辛子のモンスタープラント、洋梨や梨、サクランボにラズベリーにブルーベリー、コーヒー、柑橘系のフルーツやバナナ、マンゴー、アボカドを実らせ、またはシロップに成る樹液を垂らすエント。
中にはヴァンダルーが知らない果実を実らせる魔物も居た。地球に在るかどうかは不明である。
『ぢゅう。なら、仕方ありませんな』
骨人はあっさりとヴァンダルーに倣った。彼も初めて見る果実を食べるのを楽しみにしているのである。骨なのにグルメな奴だ。
後日、このダンジョンは『蝕王の果樹園』と名付けられた。
・名前:ルチリアーノ
・種族:人種
・年齢:29歳
・二つ名:【退廃】
・ジョブ:奴隷
・レベル:81
・ジョブ履歴:見習い魔術師、魔術師、生命属性魔術師、アンデッド使い、錬金術師
・パッシブスキル
精神汚染:2Lv
精神耐性:3Lv
魔力増強:4Lv
魔力使用量減少:3Lv
気配感知:2Lv
疲労・飢餓耐性:1Lv
・アクティブスキル
生命属性魔術:7Lv
土属性魔術:3Lv
無属性魔術:3Lv
魔術制御:7Lv
錬金術:5Lv
杖術:2Lv
忍び足:1Lv
礼儀作法:1Lv
採掘:1Lv
研究者タイプの珍しい冒険者。一応C級だが、実際の戦闘力はD級で、レベルの高い魔術もアンデッドを作る事に特化している。
彼が作れるアンデッドは新鮮な死体を使ったライフデッド等、死体に魔術で生命力を付与して動かす物で、ヴァンダルーが作る個体とは異なる。
尚、奴隷に堕ちる時に彼の冒険者資格は失効している。
ネット小説大賞に参加しました。宜しければ応援お願いします。
3月10に87話、14日に88話、15日に89話を投稿する予定です。