八十五話 会いに行ける王様
奴隷鉱山に物資を届ける隊商の商人達を束ねるコーフは、妙な胸騒ぎを覚えていた。
最近、このハートナー公爵領では立て続けに色々な事が起きている。
まずニアーキの町ではダンジョンが出現し、魔物の暴走が起きて大騒ぎになった。
その魔物の暴走と『ハインツ骸骨洞』と名付けられたダンジョンはA級冒険者パーティー【五色の刃】によって解決した。ダンジョンは探索の結果、三十階層のC級ダンジョンである事が発表され、これから定期的に魔物を間引けば魔物が出て来る事も無いだろうと言われている。
何でもアンデッドと毒を持つ蟲型と植物型の魔物が多く、階層の多くは洞窟か沼地、密林で構成されているらしい。
暴走の時は全ての魔物がランク以上に強かったが、今の魔物は通常通りの強さらしい。
ただ【蒼炎剣】のハインツがダンジョンに入った時だけは、彼に対して魔物が殺到する事態に成るそうだ。
これまで近くに中小規模の魔境が幾つかと、D級ダンジョンしかなかったニアーキの町、特に冒険者ギルドにはチャンスと言う訳だ。出て来る魔物が特殊だから、一般受けはしないだろうが。
隊商の商人たちは魔物の毒から珍しい薬が作れないかとか、そんな事を期待していた。魔王の残党が英雄の【五色の刃】を、特にリーダーのハインツを殺すためにダンジョンを出現させたのだと言う与太話はどうでもよかった。精々、雑談の種になるかと思った程度だ。
次に、ハートナー公爵領の都、ナインランドの城が傾いた。財政危機を表す比喩表現では無く、物理的に傾いているらしい。商人達は直接見ていないので信じ難かったが、大きく壊れたのは確かだろう。何でも北で暴れていた無法者が関わっているらしいが、詳細はまだ伝わって来ていない。
どちらにしても、辺境で細々と商売をする自分達には直接の関係は無い事だろうと思っていた。城の建て直しのために税金が上がったら嫌だなと考えるぐらいで。
しかしニアーキの町を出て開拓村に一泊し、それから更に南の奴隷鉱山に向かっているとそうではない事が解って来た。
「親方……やっぱり、何度数えても山が一つ足りません」
「そうか、お前にもそう見えるか」
開拓村を出て一日、二日と過ぎる度に目的地である奴隷鉱山に近づき、並び立つ岩山が見えて来るのだが……何度も見たその景色が変わっていた。
岩山が一つ減っている。
「どう言う事だ? 大きな地震でもあったのか?」
「山が崩れるほど大きな地震が起きたら、ニアーキの町だって無事じゃすまない。開拓村の奴等も知っているはずだ。第一、それなら他の山だって崩れるだろ」
「じゃあ、坑道が崩落してそのまま山が崩れたとでも言うのか?」
「これはきっと恐ろしい魔物が出たに違いないっ、きっと城を傾けた悪魔がやったんだ!」
「それはデマだって言っただろ、落ち着けっ!」
「狼狽えるんじゃない! 慌てればその分損をすると、日頃から言っているだろう!」
隊商の長たるコーフは、部下の商人達を叱責する。しかし、非常事態である事は彼自身も解っていた。
だが、ここで町に引き返す訳にもいかない。
「全員武器を手元に。護衛の皆さんはいつでも戦えるようにしてください」
「このまま進むんですか!?」
「当たり前だっ、何が起きているのか分からないまま逃げてどうする。我々は商人だぞ!」
非常事態なのは確かだが、目に見える脅威も危険も今はまだ無い。火山噴火や恐ろしい魔物の咆哮も聞こえていないのだ。
この状況でコーフ達が引き返したら、それは契約違反となってしまう。彼らの馬車には奴隷鉱山に納める食料品や生活必需品、嗜好品が乗っているのだ。
もし奴隷鉱山で何かの災害が起きていて生き残りが救助を待っていたら、コーフ達が現地を確かめずに逃げ帰ると全滅してしまうかもしれない。すると、罰金を請求されるどころか最悪コーフの首が物理的に飛ぶ。そうでなくても、「何かが起きているようなので、ただ怖くて引き返しました」と言う臆病者に、辺境で隊商を組む資格は無い。
なので、コーフ達は奴隷鉱山で何が起きているか確かめなければならないのだ。
この世界では商人も銭勘定だけでは生き残れない。信用の為には命を張る事も必要なのだ。
そして三日目、近づいてくる奴隷鉱山の城壁は門を中心に大きく崩れ破壊されていた。だが、凶暴な魔物の気配や占拠している武装集団の見張りは無い。
これならいきなり全滅するような事は無いだろう。そう思いつつも、警戒しながら近付くと……コーフ達は恐ろしい物を見てしまった。
「が、骸骨! 兵士が……いや、奴隷も全てスケルトンになっている!」
カシャリカショリと動く度に音をたて、笑い声の代わりにカタカタと顎を鳴らす白い骨だけの魔物。
兵士の鎧や武器で武装したスケルトンに、鶴嘴やスコップを片手に下げ服の代わりのボロ布を身体に引っかけたままの二メートルを超える巨人種のスケルトン……それらの数は数百を超えているようにコーフ達には見えた。
「逃げろっ、町に逃げるんだっ、この事を町に知らせなければ!」
既に生き残りは居ないだろう、居たとしても自分達の手には余ると判断したコーフ達はすぐに逃げ出しニアーキの町に奴隷鉱山が消え、兵士や奴隷はスケルトンと化していると報せを持ち帰った。
ハートナー公爵領を揺るがす三つ目の大事件は、こうして広まったのだった。
【五色の刃】のメンバーの一人、エドガーが『闇夜の牙』の幹部がアンデッドにすり替わっている事に気がつき、彼らの活躍でヴァンパイアゾンビも退治された。その後、ハートナー公爵家とアルダ神殿の連名で出された指名依頼によってナインランドに向かった頃、ヴァンダルー達はタロスヘイムに帰りつき、一息ついていた。
『御子よっ、神託の成就おめでとうございます! つきましては新しい御子の像の建立の許可を!』
『陛下、新たな国民を迎えた今こそ独自通貨を導入する機会です!』
「ヴァンダルー、通信機でも言ったが新しいダンジョンが出来たぞ。いつ攻略する?」
【ヴィダの御子】の二つ名を獲得したヴァンダルーを現人神のように崇拝するヌアザと、数百人規模で一度に国民が増えた事でハッスルしているチェザーレ、そして新しい冒険にワクワクしているヴィガロ。
彼等三人は城でヴァンダルーにそう口々に進言するのだが、ヴァンダルーはそれに応えるどころではなかった。
「このすべすべひんやりとした撫で心地、随分久しぶりに感じるな」
「全くですわ~。ところであなた方、ちょっと遠慮してくださらない? そうでないとあなた方と抱き合っているように感じてしまうのですけど」
「そう思うのじゃったら少しは肉を減らせ。二の腕以外も脂肪を減らさんとな、坊や?」
「うわぁ、キングの舌ってこんなに伸びるんだ~! 見てママっ、ミミズみたい!」
「本当、ヴァービの背よりも伸びるのね。キング、口の中ではどうなってるの?」
「キチキチキチ……」
「あれ? これ舌じゃなくてムカデさん?」
『う゛ぁ゛ぁぁ?』
「いや、あんたの舌は伸びないから。……伸びないわよね?」
何故なら女性陣が殺到していたから。
ヌアザ達は、約一月ぶりに再会したヴァンダルーとスキンシップを取る女性陣の間から見える手足や舌しか見えなかった。
『話には聞いていたけど、本当におモテに成るのね』
「そうよ、ヴァンダルー様だもの」
『ふふふ、驚きましたか』
『ねぇ、何でエレオノーラとリタは自慢げなの? 普通もうちょっと違うんじゃないの?』
あらまぁと驚くレビア王女に、何故か自慢げなエレオノーラとリタ。そして自分も似たような事をしただけに、バスディア達を諌められないサリア。
因みに、ボークスはゴーファ達に町を案内していて、サムは何故か空を飛ぶ練習をしに行ってしまった。ヴァンダルーが怪鳥形態に成って空を飛べるようになった事に触発されたようだが、馬車は練習すると空を飛べるようになるのだろうか?
「そろそろ落ち着きませんかー? 後これ以上舌は伸びないので引っ張らないでー」
ヴァンダルーは、暖かくて柔らかくいい匂いがする人肌に挟まれたまま言った。
「皆ここまで積極的じゃなかったでしょうに。それに数日程度なら会えない期間も今まであったでしょう?」
修行でダンジョンを攻略している間など、攻略メンバー以外と会えない期間が何度もあった。しかし、その時は帰って来た後これ程熱烈に抱きしめられていない。
「そうは言うがの、坊や。ここしばらく大変じゃったのじゃぞ。ボークス達巨人種アンデッドが一度に半分以上タロスヘイムから抜けたのは、まあ別に良いが」
「ああ、ヴァンが城壁をしっかり作っているし、普段からダンジョンも攻略して周りの魔境でも狩りをしているから、魔物の間引きは十分だったからな。だが――」
「新しい住人や帰って来た人達を迎えるための準備がすごく大変でしたのよ。特に、私達以外のグールに結婚制度を教えて、理解させるのが」
「ええ、本当に。あたしやタレアの元人種組で一日中講義してたのよ。反発は無かったけど、解ってもらうのにひたすら時間がかかったの」
ゴーファ達新しい住人をタロスヘイムに迎える際、最も予想されたトラブルがグール達との性関係だ。グールには元々結婚文化がほぼ無いので、子供が居ようが配偶者が居ようが声をかけてしまいトラブルに成る可能性があった。
最近ではヴァンダルーが配ったマジックアイテムの効果で子供の出生率が劇的に改善され、日々の生活も安定したため、グール達の夜は昔ほど盛んではなくなってきているし、自然と手当たり次第に相手を探すような事はしない様になった。別にグールにも好みが無い訳では無いので。
それに前々からヴァンダルーやヌアザ達が「外の世界では、他種族の社会では男女はこんな感じです」と説明してきた。そのため、グール達も結婚について「子供を産み育てる間、特定の相手と特に密接に協力している状態」だと認識するようになった。
でも「今相手いないし、ちょっとどう?」的な軽さで声をかける事がまだある。子供が出来たら「分かった、子供が大人になるまで手伝うよ」となるので、完全に無責任と言う訳ではないが……寿命が長い種族同士なら。
しっかりとした結婚観を持った相手だと、最悪痴情の縺れで刃傷沙汰に発展しかねない。
だからグールの長老であるザディリスや、その娘で将来のヴァンダルーの相手であるバスディア、そして人間社会で生活していた元人種のタレアやカチア達がその辺りもしっかり教育したと言う訳だ。
因みに、ラムダでの結婚制度は地球程しっかりしておらず、庶民は書類等を役所に届けたりしない。結婚しましたと両親や親類縁者やご近所さんや仕事先に挨拶して終わりである。
書類に残すのは家系図を残す王侯貴族くらいだ。
ただ新生タロスヘイムでは全ての人が書類に残す事になるが。
「皆ご苦労様です、お蔭で助かりました。チェザーレ、戸籍の方はどうですか?」
『書類は既に用意してあります。後は記入して貰えば完了です』
タロスヘイムではヴァンダルーの意向により戸籍制度が導入されていた。食料の配給制度を運用するのに、戸籍があった方が便利だと言う理由で。
今ではチェザーレ達が管理している。……彼は文官では無く将軍なのだが。もしかして本人も忘れてはいないだろうか?
「じゃあ、ダンジョンの方はどうなってます?」
「とりあえず様子を見て周りを見張っているだけだが、魔物は出て来ていない。攻略はこれからだ」
「ありがとうございます。多分そのダンジョン、俺が作っちゃったやつなので普通のダンジョンと違うかもしれないでしょうし」
タロスヘイムのイモータルエントの森に出現した新ダンジョンは、タイミングを考えれば明らかに【迷宮建築】スキルの影響を受けていた。
しかし、それでも普通なら驚くべき事なのだろうが……。
「やっぱりか。だと思ったぞ」
『でしょうな』
『国民全員、そうだと考えていました』
誰も驚かなかった。
「……皆のリアクションが薄い」
「ヴァンがあの森で魔力を大量に垂れ流していた事はみんな知っているからな。その内ダンジョンでも生えるんじゃないかと、皆話していたぞ」
「普通、人為的に創れるものではないのじゃが、坊やの魔力は億単位じゃからな。普通の枠に入らん」
「ああ、素晴らしいですわ。敵対的な国にダンジョンを大量に作って魔物の暴走を頻発させれば、戦わずして勝利できると言う訳ですわね!」
「ちょっと、出て来た魔物がアンデッドや蟲以外だったら、あたし達も滅亡するじゃない!」
「ダンジョンの中の地形を自由に出来るなら、ちょっと『海』を見てみたいなーって思うんだけど、出来る?」
とりあえず、ダンジョンが作れる事に関しては受け入れられているらしい。ちょっとタレアが危険思想だが、カチアが窘めているし。
因みにヴァービやジャダル、パウヴィナはウナギの掴み取りならぬ、ヴァンダルーの舌の掴み取りをして遊んでいる。
肌に優しいローション的な分泌物を舌から出しているので、衛生的には問題無い。
「とりあえず、ゴーファ達に住む場所や当座の食料や生活必需品を割り振り、犯罪奴隷の待遇を決めて、それからダンジョンの攻略と検証から始めましょう。
通貨に関してはダタラにハートナー公爵領から持ってきた硬貨を渡しているので、それの貴金属の配分が解ってからですね。でも通貨の名称は候補を考えておいてください、思い付いたらチェザーレまで。
俺の像については……好きな時にどうぞ」
「『『分かった(りました)』』」
安全保障上ダンジョンの攻略と検証が最も優先度が高い。通貨はその後、そして像は……もう毎年一つずつ増えているので、もういいやと思っている。
「とりあえずダンジョンの見張りは骨人やクノッヘンに任せて、まずは新しい国民に慣れてもらう事から始めましょう。それを疎かにすると将来の禍に成ります」
オリジンではどうか知らないが、地球ではどこでもあった新住民と旧住民の軋轢。移民政策で出た歪み、光と影。
連れてきて住まわせたらそれで終わりでは済まない。
「だから、そろそろ離して」
「え~、もっと遊ぼうよっ!」
結果、皆をぞろぞろ引きつれてゴーファ達の様子を見に行ったのだった。
しかし、ヴァンダルーが想像していたよりも新住民達はタロスヘイムに早く馴染みそうだ。
「最初は色々驚いたよ。まるで二百年前に戻ったみたいだったし、中に入ってみれば二百年前よりも建物や道が華美になってるし」
パチンとリバーシの駒を打ちながら、ゴーファが言う。タロスヘイムの町並みは、ヴァンダルーが倒壊して廃墟になっていた物を、【ゴーレム錬成】でそのまま修理した物だ。なので、基本的に滅びる前と変わらない。
しかし、巨人種アンデッドの石工職人達の手によって作られた人や鳥獣の顔や目のレリーフがそこかしこに取り付けられている。実際にはそれらは全てゴーレムで、侵入者を見つけるための物なのだが、見た目が芸術的なので神秘的な街並みに見える。
結果、タロスヘイムの町並みはハートナー公爵領の都であるナインランドと比べても劣らない物に成っていた。
「それに、あんたの気前が良いからね」
うっすらと蜜色をした貫頭衣を着たゴーファが、その布を指して言う。ボロボロの麻布で作った服しか持っていなかった彼女達が、タロスヘイムで配られたものだ。
全てがセメタリービーから採れた蜜絹で作った貫頭衣だ。それを一人数着。他にも靴に帽子に、最低限の家具、それに家まで渡している。
『……結構安物ですよ? 布は染めてませんし、冬はきついでしょうし。家具も半分以上俺がぱぱっと作った物ですし、家は元々あったのを割り振っただけです。って、言うか家は元々皆さんのじゃないですか』
「確かにそうだが、その家を瓦礫から修理したのはあんたじゃないか。陛下、あんた解って言ってるだろう? 元開拓村の連中なんて、大騒ぎだったじゃないか」
このラムダではどんなに恵まれた開拓事業でも、開拓民に生活必需品から家まで何から何まで支給するような事は無い。特に、貴族か富豪でなければ着られないような上等な絹の服や、家具付きのしっかりした石造りの家を支給する事は、大国の国王肝いりの事業でもここまではしない。
元第一開拓村の者達は「これは夢か」と騒いだり、支給品を配るグールを拝んだり、結構なカオスだった。
それも、鉱山奴隷と言う底辺から一気に元の地位を超える生活レベルにまで至ったのだから当然かもしれない。
『若干は。でも、一応理由もあるんですよ。皆元奴隷で生活必需品も奴隷鉱山で奪ってきた物しかありませんでしたから、支給しないと生活できませんし。
それに、家は空き家が沢山ありますから寧ろ住んでくれないと困ります』
元奴隷のゴーファ達は財産と呼べるものはほぼ無かったので、支給するしかなかったのだ。そして支給する以上、故意に不良品を渡す事は出来なかった。……そもそも、不良品が無い。
布は蜜絹が最も安定して作れる物で、逆に生産量が少ない麻布や綿を要求される方が困る。家具だってヴァンダルーが半分以上作った物だが、別に特別な材料を使った訳ではない。その辺の木切れを【ゴーレム錬成】で形を整えただけだ。
家に関しては空き家を割り振った以上の意味は無い。一か所に固まらないよう多少はシャッフルしたが。
『寧ろ、支給しないで適当に暮らしてって言ったら、どんな鬼畜ですか。空き家をコレクションする趣味は俺には無いのです』
パチンと黒い駒を打って、言うヴァンダルー。
『あ、でも感謝して貰えるのは嬉しいです』
「はいはい、感謝してますよ」
『それより、生活面以外にはどうですか? 例えば宗教についてとか、アンデッドや魔物についてはとか』
「ああ、そっちかい。あんたが想像しているよりもみんな穏やかだよ。拒絶してる奴は誰も居ないさ」
当初最も心配されたのは元奴隷達の、アンデッドやグール、ブラックゴブリン等の新種達に対して拒否反応を示す事だ。だが、ゴーファによればその心配は今のところ無いらしい。
「レビア様や親父達の姿を見た時点で、皆ある程度心構えは出来ていたからね。グールも、実際に会ってみれば気の良い奴等じゃないか。
黒いゴブリンやオーク、コボルトにはちょいと驚いたし、畑や森の植物が動き回るのには唖然としたが……まあ、大丈夫ならそんなもんじゃないかね」
思っていたよりも寛容なようだ。やはり、姿や生態が異なる異種族が存在する世界の住人だからだろうか。
後、元々アンデッドに寛容なヴィダの信者が多いのも理由の一つだろうか。
「宗教に関しては、言うまでもないだろ。元々好きでアルダを拝んでいた訳じゃないからね。ここに【ヴィダの御子】も居る訳だし」
『はぁ。そーなんですよね』
だが、一番大きいのは、ヴァンダルーが新たに獲得した【ヴィダの御子】の二つ名だ。
この二つ名をヴァンダルーが持つという事は、女神ヴィダが彼の行っている事にお墨付きを与えたに等しい。実際は女神も全て見ている訳ではないだろうが、そう解釈される。
そのため、元々ヴィダを信仰していたタロスヘイム出身のゴーファ達や、ヴィダの信仰が盛んだった元サウロン領出身の元開拓村の面々には、聖人や預言者のような扱いを受けている。
ヴァンダルーからすると、色々出来る事やしたい事をしていたらその結果こうなっただけなのだが。でもこの世界で唯一自分達に友好的な神様なので、認めてもらえたのなら嬉しい。
「って、言うか勇者ザッカートと似たようなもんなんだろ、あんた。とんでもない魔術を使うはずだよ」
そしてタロスヘイムで戴冠する時に発表したヴァンダルーの来歴を、ゴーファ達も既に知っていた。別に箝口令を敷いた訳ではないので、これぐらいなら誰からも聞く事が出来る。
『微妙に違いますけどね』
チート能力とか無いしと言いながら、パチンと黒い駒を打って白をひっくり返して黒にする。
これからもタロスヘイムに人が来る度に、ヴァンダルーの過去は知れ渡る。将来外国と交易を始めたら、信じてもらえるかは兎も角大陸中に知れ渡るだろう。
特に危機感など覚えないが。
転生者達に対してばれるとか、アミッド帝国やアルダ教関係者にばれる等は、意味が無い心配だからだ。
町の中で味噌や醤油、マヨネーズにケチャップにと再現した異世界の産物がこれだけあるのだから、隠し通す事が出来ると思う方がどうかしている。
転生者達が外国で味噌や醤油を輸出している国があると聞けば、まず自分達と同じ存在がその国に居る事に気が付くだろうし、異世界の知識や技術を禁止しているアルダ教の連中やそれを国教にしている帝国も気が付くだろう。
だから、周りに秘密を作ってストレスを溜め込むよりも「俺、前世異世界です」と発表してしまった方が精神衛生上健全だろう。そう思ったのである。
「それより――」
『ああ、犯罪奴隷ですか? 彼らには暫く適性毎に割り振った仕事に就いてもらって、その働きに応じて解放して行く予定です』
連れて来た犯罪奴隷の多くは日本人の価値観では凶悪犯に当てはまらない者達が殆どだが、いきなり無罪放免ともし難い人達だ。
だから本人からの希望も聞いて、肉体労働や石工職人や鍛冶職人、武具職人、陶芸職人等の下働きや、農作業などに就いてもらっている。これは就業訓練も兼ねているので、解放後の生活にも役立つだろう。
因みに、待遇は日本の刑務所よりも悪くした。日本の刑務所並にすると、自由が無い以外はラムダの下層労働者どころか、中流労働者よりも豊かな生活に成ってしまうからだ。
一日三食十分な量と栄養のある食事が食べられて、労働時間は八時間で残業無し、週休保証。労働基準法も無いラムダ世界から見れば、涎が垂れそうな高待遇だ。
そのためタロスヘイムでは食事は十分な量と栄養がある物を出すが一日二食、休みは十日に一日とした。
それでも一年に数日しか休みが無い下働きや使用人と比べれば悪い待遇とは言い難く、鉱山奴隷の生活と比べれば天国のような物だが。
「いや、そうじゃなくて――」
『子供達の事ですか? 暫くは読み書き算術を習って、その後は希望や適性毎に交換所や神殿で働いたり、色々です。一部では将来俺の夜伽をさせるのではないかと囁かれているそうですが、そんな予定はありません』
「解ってるって、あっちのあんたを見ればそんな暇が無いだろうって誰でも思うさ。あたしが聞きたいのは、あっちとこっちそこら、どれが本物なのかって事だよ」
ゴーファは眼の前に居る指先だけ実体化して駒を動かす霊体ヴァンダルーと、それ以外もそこかしこで住人の話を聞き何か診察していたり、鉄板で何か焼いて調理したりしている他のヴァンダルー。そして少し離れた場所でグールの美女やレビア王女や巨人種の子供より大きな幼女に囲まれている肉体のあるヴァンダルーを見比べて聞いた。
『どれもこれも本物です』
「……一番訳が分からないのは、やっぱりあんただね、陛下」
『むー、やっぱりコミュニケーションって難しいですね』
何故だろう、こんなにも秘密を持たないアットホームでフランクな、会いに行けるし来る王様なのに。そう思うヴァンダルーだった。
・二つ名解説 :ヴィダの御子
所有者が『生命と愛の女神』ヴィダから特別に愛され、また認められた人物である事を示す。過去、この二つ名を獲得したのは、ヴィダの直系である吸血鬼やダークエルフ等の新種族の始祖か、ヴィダから与えられた神託や試練を達成した者のみ。
そのため、ヴィダの信者や新種族からは聖人に等しい尊敬を集める。
ヴィダからの神託を受けた時の理解力が高まり、ヴィダの【聖職者】スキルに補正を受ける。
本来なら生命属性の魔術に補正を受ける事が出来るが、ヴァンダルーの場合適性が無いのでそれを受ける事は出来ない。
ネット小説大賞に参加しました。宜しければ応援よろしくお願いします。
3月7に86話、10日に87話 14日に88話を投稿する予定です。