八十三話 お願いと選別の違い
奴隷鉱山の壁の内側に在る奴隷達の居住区……奴隷村では、巨人種の奴隷達の中でも纏め役など主だった者が集まっていた。
本来なら居住区でも監視の目があり、反乱や暴動に繋がる事が無いように巨人種達が命令以外で集まる事は無いのだが、今見張りについている兵士達は皆人形の様にされている者ばかりだった。
「レビア様……レビア様じゃないかっ」
「おお、記憶に在る姿と比べると少々違うが、間違いない。見間違うものか、レビア様だ」
「レビア様を連れて来たのと言うのは、本当だったのね……」
目を見開き、涙を流し、何処か呆然とする巨人種達にレビアは嬉しそうに炎を揺らめかせるも、悲しげに胸に手を当てた。
『皆……今日まで生きていてくれて、ありがとう。私があなた達を守れなかったばかりに、苦労を掛けてしまったわね』
二百年と言う年月は、三百年の寿命を持つ巨人種にとっても長かった。当時老人だった者はとっくに、大人だった者も全員亡くなり、子供だった者も大人になっている。
巨人種は十五歳程まで人種と同じ速さで成長し、それ以後はゆっくりと歳を取って二百歳前後で肉体のピークを迎え、二百五十前後から老けはじめる。そのため、外見が老け込んだ様子の者はあまり居ないが。
「良いんだよ、皆ハートナー公爵が悪いんだ。あたし達を裏切った奴らがね。レビア様は死んだ後もあたし達の事を気にかけてくれてるじゃないか、それだけで十分だよ」
「そして、こうして助けに来てくれた。それでもう十分だ。お袋も、爺さんも、弟も、レビア様を責めるもんか」
巨人種達は一様に痩せ、血色が悪かった。腕や脚、顔に鞭や火傷の痕が残っている者も多い。
奴隷鉱山での扱いは通常の犯罪奴隷と比べてある程度加減されていたが、その扱いは「死ななければいい」「一人二人なら死んでも構わない」と言った過酷なものだった。
実際避難民の内老人は全て早死にし、女子供の中には耐えきれずに死んだ者が少なくない。
勇者の結界の様に魔術的に閉じ込められていた訳でもない彼らの霊の多くは、既に鉱山の何処にも残っていない。
「見張りの兵士もどうやったのか知らないけど人形同然だし、こうしてレビア様も連れてきた。あんたの言った事は全て本当だった。最初はあんたみたいなチビが言う事、とても信じられなかったけど……。
じゃあ、この鉱山からあたし達を助けるっていうのも本当なんだね? ヴァ……?」
「ヴァンダルーです、ゴーファさん。ボークス同様に坊主、でも構いませんが」
普通に奴隷に混じって兵士を【精神侵食】スキルで次々に廃人にしたヴァンダルーは、ボークスの娘ゴーファに答えた。
「でもチビは止めてください、気にしているのです」
巨人種や獣人種等は、大きければ強く小さければ弱いと言う価値観がある。女性でも二メートル半ばに達する巨人種と同年代の子供と比べても小柄なヴァンダルーでは、そうでなくても頼りなく見えるのだろう。
やはり【死属性魅了】の効かない、生きている人とのコミュニケーションは難しい。
(本当にレビア王女を連れてきて良かった)
そう内心思っているヴァンダルーに、ゴーファは苦笑いを浮かべた。
「あの親父らしいね、死んでも元気なんて。坊主は止めておくよ、レビア様が陛下って呼んでるのに、あたしがそんな風に呼んだんじゃ変じゃないか」
「その辺りは気にしないで良いですよ。それでこれからですが、皆さんを奴隷鉱山から解放しようと思います」
「いや、でもそう簡単な話じゃないだろう。あたし達の首には奴隷の首輪が嵌ってるからね」
奴隷の首輪、隷属の首輪、呼び方は様々あるが奴隷が主人に逆らわない様に嵌めるマジックアイテムだ。
主人を害そうとしたり逃げ出そうとすると、首輪が絞まって窒息したり電撃が流れて感電したり、苦痛を味わう事になる。
外すには幾つかの方法があるが、主人の同意だけでは外せない。更に通常の解呪の魔術では解除できず、特殊な術が必要だがその方法は秘匿されている。
「代官を脅しても外せないだろうからね。幾らあんたでも簡単には――」
「外せます」
えっとゴーファ達が聞き返す間もなく、ヴァンダルーは黒い死属性の魔力を出して彼女達が嵌められている首輪を包む。すると、かちりと音を立てて首輪は外れた。
「う、嘘……」
重い音を立てて床に落ちた首輪を見ながら呆然と呟くゴーファ達だったが、勇者が施した封印も魔力による力押しで解除したヴァンダルーの手にかかれば、これくらい簡単な事だ。
「い、今のを一日で何回出来る? あたし達は全員で五百人以上居るんだよ」
「一人を解放するのに魔力を千使うので、三十万人居ても余裕です」
「本当にできるのかっ!?」
「すみません、時間的な問題もあるので一万人までにしてくれると助かります」
「良し、分かったっ、一日で俺達全員を解放できるんだな! これで戦えるぞ!」
『皆、陛下はちょっと人見知りするから。それに見張りの兵士達は全員味方だけど、あまり声が大きいと……』
「解ってますよ、レビア様! それであたし達は何をすればいい!? 何時決起するんだい!」
「武器は普段使ってる鶴嘴やスコップ、何なら石でも構わねぇ! きっと今までで一番工具や石を軽く感じるだろうぜ!」
「奴らめ、目に物見せてやる!」
理不尽な支配からの解放と報復の機会が訪れた事に沸き立つ巨人種達に、見た目は無表情のまま泰然と、内心は話しかけるタイミングが掴めず狼狽えていたヴァンダルーは、何とか口を開いた。
「えーと……今夜、真夜中に」
「そうか、今夜か……って、ちょっと待っておくれよ。幾らなんでも早すぎるっ」
まだ真夜中には早いが、既に日は完全に沈んでいる。これから全ての奴隷の首輪を外して蜂起を呼びかけるには時間が足りない。
作戦も何も無く暴れれば、兵士としては二流以下の連中相手でも大きな犠牲が出る。それに、奴隷全てがすぐ蜂起に加わろうとする訳ではない。
「あたし達は兎も角、奴隷の中にはもう全て諦めちまっている奴等も居る。そいつらを説得する時間が必要だ。協力しないでも良いから、せめてその間隠れていて欲しいってね。
……まさか、あの兵士達を人形にしたのと同じ方法を使うつもりじゃないだろうね?」
ゴーファがそう言った瞬間、他の巨人種の顔にも疑念が浮かぶ。それはそうだろう、人を一時間から数十分で廃人の人形にしてしまう事が出来るヴァンダルーを、恐れずにいられる方がおかしい。
とても健全な反応である。なので、気にしない。
「いえ、そんな事はしません。でも真夜中に決行します。問題はありません」
「だから、それじゃあ時間が足りないんだよ」
「いえいえ、時間はもう十分です。明日の早朝には俺達がこの奴隷鉱山を占拠しています。協力してくれない人が居ても関係無く、俺が呼んできた皆が実行し、完遂します」
「な、何だって!?」
ゴーファ達は驚いた。彼女達はヴァンダルーが、自分達を助けに来た事は信じている。だが、そのために自分達の協力を必要としていると思っていた。
しかし、ヴァンダルーは協力を必要とはしていない。ゴーファ達が何を考えていようと勝手に時間を決めて、独力で奴隷鉱山を占拠すると告げたのだ。
じゃあ、何で前もって自分達を集めたのか?
そう困惑するゴーファ達にレビアが告げた。
『皆には、今夜じっとしていて欲しいの。そして、その後選択して。新しいタロスヘイムの民と成るか否かを』
堅牢な要塞の様だった奴隷鉱山は、朝日が昇りきるその時には静かに陥落し、占拠された。
兵士達の夕食に毒が盛られていたのだ。無味無臭の毒に兵士達は気がつかないまま夕食を口にして、ベッドで昏睡状態に陥った。
極少数の耐性スキルを持っていた兵士達は異変に気が付き、自分達と同じように起きていた同僚の兵士達に異変を訴えたが、その同僚に……ヴァンダルーの人形と化していた同僚に不意を突かれて次々に拘束された。
眠っていたベッサー子爵や、その護衛の騎士、使用人も全員生きたまま拘束された。
そして起きたまま城壁で見張りに着いている兵士達は、本隊の異変に気が付いても対応する事が出来なかった。
「ぶ、武装集団が近付いてきます!」
「あれは、巨人種……ひぃっ! 巨人種のアンデッドだ!」
正面から恐ろしい咆哮を上げながら、ボークス達が巨体に不似合いな速度で走って近付いてくる。
見張りの兵士達は笛を吹き、鐘を鳴らして緊急事態を知らせるが、応える者は無い。いや、彼らが望まない形で応える者達が迫る。
『どうせテメェ等は皆殺しだ! だったら俺達の気晴らしに付き合って死ね! 【鋼断ち】!』
『【鎧砕き】ィィィィ!』
『【鉄穿】!』
ボークス達が次々と武技を使用して城壁を攻撃する。すると城壁も城門もまるで豆腐か何かで出来ているかのように断たれ、砕かれ、貫かれた。
兵士達が瓦礫に混じって吹っ飛ぶ様は、傍から見る分には滑稽にすら思えた。
そして翌朝、城壁と見張りの兵士を残骸に変えたボークス達は
『……物足りねぇ』
昏睡状態で縛られているベッサー子爵以下奴隷鉱山の兵士達や非戦闘員百数十名の様子を見下ろしながら、ボークスは剥き出しの頬骨を掻いた。
「ボークスが心行くまで楽しんだら、ここが更地になるじゃないですか」
『そこまで暴れねぇよ。瓦礫ぐらいは残るぜ』
「兵士は元から皆殺しにする予定ですけど、建物はまだ残してもらわないと困ります」
『ははは、そうだったな!』
恐ろしい事を言いながら笑うボークスと頷いているヴァンダルー。二人の会話を聞いて、元奴隷達の半分程は引き気味である。
「面は変わったのに、相変わらず子供みたいな事を言ってるね、親父」
引かずに話しかけたのはゴーファだ。彼女は半分が骨だけになったボークスを見て、苦笑いを浮かべた。逆に、ボークスは彼女の顔を見て笑い声を引っ込めた。
『すまねぇな、嘘を吐いちまって』
「ミルグ盾国の連中を追い返して迎えに行くって約束かい? 誰も本気にしてないよ」
『だけどよ、死んだ後二百年もお前等の事を放っておいた』
「いいって。レビア様とそこの陛下から聞いてるよ、ザンディア様達と、地下の女神の遺産を守ってたんだろ」
『そのつもりだったんだけどよ……』
実際にはザンディアの遺体は手首だけで、地下の遺産はボークスが守らなくても呪いの氷によって封印されていた。だが「気にする事じゃないよ」とゴーファは冷たい父親の背を叩いた。
「しょぼくれた顔を見せるんじゃないよ、親父らしくもない。孫に紹介できないじゃないか」
『ま、孫? 孫だとぉっ!? 居るのか!?』
「ああ、三人ね。紹介できるのは二人だけだし、誰が父親かは言えないけどね……」
奴隷鉱山では兵士達が女の奴隷を慰み者にしていた。この世界では避妊薬は高価なので、奴隷に使えるものではない。
そう言う事だ。
『そうか……坊主?』
ヴァンダルーは首を横に振った。奴隷鉱山で死んだ霊は、殆ど残っていなかったからだ。アンデッドが発生するラムダ世界では、犯罪奴隷が次々に使い潰されていく鉱山に神官が居るのは兵士や正規の労働者を治療するためだけではない。死者の霊を浄化するためでもある。
残っていた霊の中に、ゴーファの子だと言う者は無い。
『そうか……いや、良いんだ。きっと、ロクデナシの神の所じゃなくて、女神様の所に逝ってるはずだ。あれだけ祈ったんだからよ』
「そうですね……」
周囲では巨人種アンデッドとタロスヘイム出身の奴隷達の、再会を喜ぶ声と、この場に居ない者を悼む声が幾つも響いている。
(ハインツも殺せないし、輪廻の環に還った者を生き返す事も、アンデッドにして取り戻す事も出来ない。相変わらず、無力な事だ)
前者は当然として、何時かは後者も何とかしたいものだ。そう思いながら、そろそろかなとレビアに「お願いします」と促した。
『皆、私達は陛下と共にこれからタロスヘイムに戻ります。皆には、私達について来るかここで別れるか選んで貰います』
ゴーファ達タロスヘイムの避難民はボークスやズラン達の身内なので、当然連れて帰りたい。しかしそれはヴァンダルーが王として治める国に来ると言う事だ。ちゃんと意思確認はしないといけない。
『今のタロスヘイムは、ヴァンダルー陛下が治めるアンデッドやグール、陛下がテイムした魔物の国です。昔と違う事も多いと思います。私も、生きていた時とは随分変わってしまいました。
敵も多いです。ハートナー公爵は私達の事を知れば許さないでしょうし、ミルグ盾国を初めとしたアミッド帝国は変わらず私達の滅亡を望んでいます。陛下を狙う邪神を奉じる原種吸血鬼も居ます。そしてこれからも敵は増えるでしょう』
「勿論、敵とは戦います。去年も六千人のミルグ盾国の遠征軍を迎撃しました。皆からの要望もあれば聞きます。
ですが、何でも出来る訳ではありません。何事にも限界があります。それでも良ければ俺の国に来てください」
今のタロスヘイムは敵が多く、法律は借り物。問題だらけの国だ。とても理想郷や楽園だと胸を張って言える場所ではない。
暫くは良いだろう。だが何時か死属性魔術を知り尽くした転生者や、今よりもずっと強くなったハインツ達、そして『法命神』アルダや『氷の神』ユペオン等の降臨した神々に率いられた、一人一人が一騎当千の超人で構成された数千万単位の大軍勢が攻め寄せるかもしれない。
そんな国に来いと言うのだから、お願いするのが当然だ。
そうヴァンダルーは思うのだが、ゴーファ達は「何言ってんだい、付いて行くに決まってるだろ」と答えた。
「助けてもらった恩もあるし、親父にも会えたしね。それに、この鉱山を占拠した手並みがあれば大丈夫だろうさ」
「アンデッドと魔物の国って聞いて不安が無い訳じゃないが、親父殿達が見た目以外は生きてた時と変わらないからな。あんたを信じるよ」
「それに、ここで別れてもこの公爵領に……いや、選王国に生きていく場所が無いしな」
どうやら、元避難民組は全員ついて来てくれるらしい。
『皆、ありがとうっ』
喜ぶレビアにこれからの予定の説明を任せて、ヴァンダルーは次のグループに向かった。
奴隷鉱山にはゴーファ達以外にも二種類の奴隷が存在する。普通の犯罪奴隷と、売れ残りここに送られた奴隷、そして元第一開拓村の者達だ。
(棄民政策すれすれじゃなくて、実質棄民政策だったのか。……もう少し城を傾ける角度をきつくしてやれば良かったかな?)
そんな事を考えながら、普通の犯罪奴隷のグループに向かう。彼らの奴隷の首輪は外さず、更に兵士達と同じように縛り上げ、人形兵士達に見張らせている。元凶悪犯だった連中なので、油断できないからだ。
中にはつい先日奴隷鉱山に連れて来られたばかりの者もいて、気力と体力が残っている者も多い。
「話は聞いていましたね? ではこれから選別を行います」
「……俺達には選ぶ権利は無いのか?」
顔に傷のある髭面の奴隷の周りを見ながら、ヴァンダルーは答えた。
「選ぶ権利はあります。でも、それを叶えるかどうか決める権利が俺にはあります。他国での犯行でも、凶悪犯を迎えるつもりはありません」
タロスヘイムに酷い事をしたハートナー公爵領で酷使されていた犯罪者だから実は善人だなんて、そんな馬鹿な事は無い。
余程の事情が無い限り、彼らを連れて行くつもりはヴァンダルーには無かった。
「そうかい。じゃあ俺はここでお別れさせてもらうぜ。餞別代わりに兵士共の予備の装備と、食堂の食料を幾つか分けてくれないか?」
「分りました。ハンナさん、彼はこの世とお別れです」
「なっ!? ちょっと待て、そんな事俺は選んで――」
『はーい。分かりました♪』
「ぎやああああああああああ!?」
フレイムゴーストのハンナに引っ立てられた傷跡のある男が、火達磨と化す。そしてすぐに倒れて動かなくなった。
「じゃあ、次の人ー」
「ちょ、ちょっと待てっ! お前何のつもりだ!?」
「何であいつを焼き殺したんだ!? あいつは別にあんたに逆らった訳でも、金を寄越せって要求した訳でもないだろ!?」
驚愕し怯える犯罪奴隷達に、ヴァンダルーは瞬きを何度かした後答えた。
「貴方達の選択を叶えるかどうか決める権利が俺にはあると言ったじゃないですか。その権利に基づいて、あの人の選択を叶えないと決めました」
「だ、だから何で殺したんだ!?」
「だって、元々山賊だった人に武器と食料を与えて解放なんてして、この後また山賊に戻って人を害したら被害者の人達に悪いですし」
奴隷鉱山で死んだ霊は神官に浄化されてしまっているが、犯罪奴隷に憑いている霊はそのままだった。なので、凶悪犯の場合は、大体背後に憑いている人達の話を聞けば分かる。
ヴァンダルーはハートナー公爵領を諦めているが、悪人を野に解き放とうとは考えていなかった。それに、ここで悪人を解放すると一番近い人里の開拓村に迷惑がかかるかもしれない。
「で、でもあんたに助けられて改心したとか――」
「俺は貴方達犯罪奴隷を助けていません。ボークス達の身内を助けたら付いていた付着物を、一緒に連れて行くかこの場で捨てるか決めるだけです」
別にヴァンダルーは弱者の守護者や奴隷の解放者に成ろうと思っている訳ではない。目的はあくまでもタロスヘイムの避難民、ボークス達の身内だ。
そんな彼にとって、他の犯罪奴隷達はあくまでも「ついで」に過ぎない。生かしておくと害に成りそうなら、奴隷鉱山の兵士共々殺して利用するだけだ。
「わ、分かった! 俺はあんたに着いて行くよ、何でも言ってくれ! 俺は役に立つぜぇっ!」
「じゃあ焼死してください。アリアさんどうぞー」
『はいはい、こちらですよ~』
「ぎやああああああああああ!? なんでぇええええええっ!?」
「いや、連続強盗強姦殺人犯に来られても困りますし」
タロスヘイムの女性陣は性犯罪者の首くらい軽く捻るだろうけど、パウヴィナ達の教育に悪い。
「では、次の方ー」
「ま、待ってくれっ! 俺は奴隷のままでいいっ、解放して欲しいなんて言わないっ、だから火炙りだけは勘弁してくれぇっ!」
三人目の男はそう言うなり縛られたまま器用に額を地面に擦りつけた。その背には霊は着いていない。凶悪犯では無いかもしれない。
「因みに、奴隷落ちした罪状は?」
「ぬ、盗みだよ。宿に盗みに入って、金目の物を……それがたまたま貴族様縁の方の持ち物で……」
窃盗で鉱山行きとはやや罪に比べて罪状が重い気がするようにヴァンダルーには思えるが、相手が貴族の関係者ならあり得るかもしれない。
「じゃあ、暫くタロスヘイムで労役に励んでください。でも、タロスヘイムでまた盗みを働いたら酷いですよ」
一年かそれぐらい働かせて、問題が無ければ解放する。ハートナー公爵領の貴族はタロスヘイムの貴族ではないので、こんなものだろう。
「は……へへぇ~っ! 謹んで務めさせていただきますっ!」
それで死ななくて済むならと、縛られたまま器用に平伏する男に頷いてから、次の犯罪奴隷に視線を向ける。
「俺はお前に着いて行くのは御免だぜ、薄気味悪い死体使いが。だが殺すならテメェの手で殺しやがれ、手下の手ばかり汚させやがって」
「えー」
「どうした、やっぱり出来ねえのか。おいっ、巨人種共! こいつに着いて行ってもいいように使い潰されるだけだぜっ! だから俺達と、な、なにやがう゛げぎょっ」
ヴァンダルーはゴーファ達を扇動しようとしていた男の頭を両手で掴むと、そのまま【限界突破】スキルまで使用して一気に首を百八十度回転させ頸椎を破壊した。
経験値が入らないから自分の手ではやりたくないのにと思いながら、男の顔と背中に溜め息を吐き、ぽいっと捨てる。
「では次の方ー」
その後、犯罪奴隷達は「奴隷のまま連れて行って貰う」事が最善の選択肢だと認識したのか、全員それに倣った。
尤も、それでも凶悪犯はヴァンダルーにその場で始末されてしまった。
一方、ゴーファ達は犯罪奴隷の選別を終え、元第一開拓村の者達の所に向かうヴァンダルーの様子を、顔を引きつらせて見ていた。
「み、見た目通りと言うか、普通じゃないみたいだね」
表情一つ変えずに人を焼き殺させたり、自分の手で首を捻って殺したり、尋常ではないヴァンダルーの様子に彼女達はヴァンダルーの印象を改めていた。
「別に、奴隷の救世主様とか、そんな風に思ってた訳じゃないけどね……」
『そうか? あれでも結構お前らを怖がらせない様に配慮してる方だぜ』
「あれで!?」
『ああ、さっき首を捻ったのだって血をお前らに見せない様に気を使ったからだしな』
「……だったらこの臭いもどうにかして欲しいんだけどね」
当然だが、犯罪奴隷の肉が焼け焦げた臭いが周囲には漂っている。多少離れているので、マシではあるが。
『確かになぁ、腹が減って来るぜ』
そう答える父親に、ゴーファは「全くだよ」と答えかけて硬直した。そしてボークスの顔を二度見してから、レビアを見る。
『?』
どうかしたの? そんな表情のレビアにゴーファは思わず天を仰いだ。彼女が思っていた以上に、ボークスやレビア達は生前とは違う事に気がついたのだ。
「親父とレビア様達はちょっと違う種族に生まれ変わっただけだとでも考えて、慣れるしかないか。
しかし、あんたもとんでもない息子を産んだもんだね」
「……それは私に言っているの?」
急にゴーファに話しかけられたエレオノーラは目を瞬かせて振り返る。
「ああ、あんたが陛下の母親なんだろ? やっぱり吸血鬼って若いね、羨ましいよ」
その言葉で、吸血鬼の自分がダンピールのヴァンダルーの母親だと勘違いされている事に気がついたエレオノーラはむっとして否定した。
「違うわっ! 私はヴァンダルー様の僕であって、母親はダルシア様よっ!」
肉の焼ける良い匂いに食欲を刺激され、(バーベキュー食べたい)と思いつつヴァンダルーは第一開拓村の面々と話を終えた。
彼らはかなりヴァンダルーに引いていたが、結局タロスヘイムに来る事を選択した。ハートナー公爵領に残っても、彼らに生きる居場所が無いからだ。
捕まれば悪くて処刑、良くても再び奴隷の身、他の公爵領まで逃げようにもここから長い旅に成る。なら、着いて行った方が生きられる可能性が高い。
「奴隷のままでも構いませんが、今より少しでも良いのでマシな扱いをして頂けますと……」
「いえいえ、身分は普通の人……自由市民で迎えますよ。犯罪者でもない貴方達を俺が奴隷にする理由は在りませんし」
奴隷暮らしですっかり卑屈に成ってしまった村長の息子だと言う若い青年が頭を下げるのを止めて、そう約束する。
そのヴァンダルーに母親疑惑を解いて来たエレオノーラが囁いた。
「このまま連れて行っていいの? 彼らは将来ヴァンダルー様を裏切るかもしれないわ」
元第一開拓村の面々の行動を強制的に縛る枷は無い。ヴァンダルー達に奴隷の首輪を解除する技術はあっても、新しく作る技術は無い。サウロン領生まれの難民で、元々はヴィダを信仰していたとしても、それがヴァンダルーに忠誠を尽くす保証には成らない。
彼らには【死属性魅了】が効かないのだから。
「少し、【精神侵食】で縛っておいた方が……」
「いえいえ、そこまでしなくて良いですよ。タロスヘイムは国であって、秘密結社じゃないのですから」
だがヴァンダルーは別にそこまでの忠誠を彼らに求めるつもりは無かった。
「でも……もし将来裏切ったら……」
「もしもの時に裏切るかもしれない、それが人です。一応俺は王で、彼らはただの民。それならこんなものです」
ヴァンダルーの感覚では、犯罪者でもない一般人の意思を洗脳までして縛るのは異常だ。それに家族の命を人質に取られたり、法外な報酬を約束されたりすれば思わず揺れ、裏切る事がある。それが正常な人だろう。
その後本当に裏切るかは兎も角。
もし裏切られたらその時はその時、ケースバイケースで対応すれば良いのだ。
しかしまだエレオノーラは納得していないようなので、続ける。
「それにほら、エレオノーラは裏切らないでしょう? なら大丈夫」
ぱあぁっと効果音が聞こえそうな程、エレオノーラの顔が輝いた。そしてすぐヴァンダルーを抱き上げる。
「ヴァンダルー様っ、もう一生離さないっ!」
「……だんだん俺を抱き上げるスピードが上がって来ましたね」
リタやサリアとは違う温かさのある柔らかさに抱きしめられながら、一連の動きに無駄も淀みも無いエレオノーラにヴァンダルーは驚愕していた。彼も既に地球なら達人級の【格闘術】の使い手だが、エレオノーラの動きが見えなかった。
今も絶妙に腕を回して、ヴァンダルーが抜け出せない様にしている。
見事なものだ。抜け出せないので、そのまま最後のグループの所に運んでもらった。
売れ残って、若しくは最初から売れないだろうと思われて奴隷鉱山に叩き売られた奴隷達だ。その多くは娼館も進んで買わない幼い年頃の少女や、肉体労働に使えるまでに時間がかかりすぎる幼い少年。顔や身体に大きな傷や欠損がある奴隷だ。
それらの奴隷達は一様に目が死んでいて、何も考えていないようなぼんやりとした顔をしている。
通常なら、奴隷達の意思を確認するのが良いのだろう。自分で考える判断能力が弱っているが、それを奮起させ自身の意思で選択させる事で、立ち直れるよう促すのが最良だ。
しかし、奴隷達はヴァンダルーが近づくと一様に彼を見る。吐息を漏らし、呻き、待ち焦がれた何かの様に仰ぐ。
【死属性魅了】が効いているのだ。
「どうしてもやりたい事、戻りたい場所、殺したい相手が居るなら言ってください。善処します。
なければ俺に付いてきなさい。俺が与えるものを受け取って、やれと言われた事をやって、力を付けたら好きにしなさい」
【死属性魅了】が効いている以上、意思確認は形だけになってしまう。だから形だけ聞いて、後は命令にした。スキルの影響下にあっても、心身共に回復し読み書き算術が出来るようになれば、自分でも考えるようになるだろうと。
「はい……分かりました」
「ご主人様……」
人形状態の兵士よりも生気が薄い奴隷達が頷く。ここから移動する前に治せる傷は治療して、しっかり食べさせなければならないだろう。
その前に残った最後の一人の処遇が問題だ。
「……それで、何であなたがここに居るのですか?」
半眼になったヴァンダルーが見るのは、縛られて転がっている【退廃】のルチリアーノだった。
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3月2に84話、6日に85話、7日に86話を投稿予定です。