八十一話 傾いた公爵家と再びの開拓村
その日の午前中も、ハートナー公爵の城は何処か不穏な空気が漂っていた。
現ハートナー公爵はほぼベッドに寝たきりで、意識がはっきりするのは数日に数時間あるかないかという容態が続いている。
だが当主が公務に就けない時は代理と成る筈の跡取りは、その座を巡って二人の兄弟が対立を深めている。
大事なのはハートナー公爵領を帝国から守る事であり、公爵軍はあくまでも盾であるべきと唱える内政家。次男ながらも正妻の息子であるベルトン公子。
サウロン領奪還の機運に乗ってアミッド帝国を討ち、ハートナー公爵家と領に更なる繁栄をもたらすべしと唱える主戦論者。愛妾の息子ながら長男であるルーカス公子。
本来なら圧倒的にベルトン公子が有利なのだが、やはりハートナー公爵領がアミッド帝国との最前線になってしまった事で、公爵軍が支持をするルーカス公子の存在感が大きく増している。
以前はベルトンが当主として内政に辣腕を振るい、ルーカスは軍の要職に就いて軍才を発揮する事が理想ではないかと語られていたが、今では逆にルーカスが当主として公爵軍を雄々しく率いて活躍し、内政家のベルトンが領に残って支える形の方が良いのではないかと唱える者も少数だが出始めている。
だが、本来なら周りが何を唱えようが現当主が跡継ぎを決めれば意味は無く、この跡継ぎ争いは終わる。しかし、現当主のハートナー公爵は目を覚ます度に言う事が変わるので、意識がはっきりしているように見えるだけで頭はもう呆けているのではないかと、重臣すら頭を抱えている有様だ。
結果、公爵領ではベルトン派とルーカス派、そしてどちらが公爵家を継いでも利益も損も無いので日々職務を熟す中立派に別れている。
当然空気もギスギスとしているのだが、この状態がもう長く続いているので使用人達もすっかり慣れてしまっていた。
「ベルトン様、少々お話が」
早めの昼食を取るために食堂に向かっていたベルトン公子を、腹心の一人であるイクス男爵が呼び止めた。彼は文官を務める法衣貴族で、戦争で経済を活性化させたいルーカス派の財務卿の部下でありながら、ベルトンに付いた男だ。
勿論、ベルトンが公爵に成った暁には昇爵や昇進を期待しているからこそだが。
「どうしました、イクス男爵」
「実は、魔術師ギルドの様子がおかしいようなのです。ギルドマスターのキナープと幹部数名が何をしても上の空で、彼らが雇っていた護衛には、姿の見えない者が何名か出ているようです」
イクス男爵の報告に、ベルトン公子は柔和な容姿を保ったまま「おやおや」と小さく呟く。魔術師ギルドはベルトン公子の支持基盤の一つだ。政治的には中立であるという建前を各ギルドは掲げているが、様々な魔術やマジックアイテムを研究開発し、優秀な魔術師を輩出する魔術師ギルドの支持は今の状況では無視できない。
特にベルトンは領内の治安維持や魔物対策に守備兵や騎士団に対応させる方針なので、冒険者ギルドからの受けが悪い。本部のギルドマスターには鼻薬を良く効かせてあるが、各地の支部には反感を持っている者も多いのが現状だ。その分他のギルドや神殿の支持は維持したいのだが。
「それは、もしや兄上の?」
ルーカス公子の手の者に鼻薬でもかがされたのだろうか? それとも、何か弱みでも握られたか。言葉少なくそう尋ねたベルトン公子に、イクス男爵は「それが、そうでもないようで」と答えた。
「ルーカス様の手の者が動いた様子は確認できませんでした。ですが幾つか気になる事も報告に上がって来ています。確認が取れ次第、御報告が出来るかと」
「分かった。イクス男爵、苦労を掛けてすまないけれど、しっかり頼むよ」
「ははっ」
すっと一礼して下がるイクス男爵。彼は密偵を使った情報収集に秀でた男だ。彼なら何があっても真実を調べ上げ、報告してくれるだろう。
ベルトン公子はイクス男爵の後ろ姿を頼もしげに見送っていた。
すると、前触れも無く足元から小さな揺れを感じた。
「地震か?」
小さいが珍しい。そう思った途端、揺れは轟音を伴って大きくなった。
「おっひゃあああああああああっ!?」
そして床に大穴が空き、丁度その上に居たイクス男爵が成す術も無く落ちて行った。
「だ、男爵ぅぅぅぅっ!?」
「ベルトン様っ、危険ですっ、お下がりくださいっ! お下がりください!」
それまで影の様に付き添っていたベルトン公子付きの使用人が慌てて彼を押し止め、下がって行く。
この日、ハートナー公爵の城は物理的にやや傾いた。
《【大工】、【土木】、【ゴーレム錬成】スキルのレベルが上がりました!》
魔術師ギルドのギルドマスターを務めるキナープは、ハッとして意識を取り戻した。
「わ、儂は一体何をしていたのだ?」
辺りを見回すと、自分と同じようにハッとした様子の魔術師ギルドの幹部達が……その中でも原種吸血鬼テーネシアの手の者と通じているという共通点を持つ、同士ではないが共犯関係にある者達が居た。
「キナープ殿、ここは一体?」
「わ、我々は何をしていたのです、な、何も思い出せない」
「落ち着け、皆よ。ここは儂の屋敷だ」
キナープもここ数日の記憶は殆ど思い出せない。しかし、彼はやるべき事を見失ってはいなかった。
「皆、思い出せ。我々にはやるべき事があるはずだ」
「やるべき事……そうだっ、それがあった!」
「こうしてはおられん、急がなくてはっ!」
「待て、慌ててはいかん! 下手をすれば全てが無意味になってしまうのだぞ」
「では皆よ、必要な証拠と成る物を集めて、それぞれの伝手を頼れ。ベルトン様とルーカス様の手の者はいかんぞ、闇に葬られかねんからな」
「確かに、お二人は対立していてもハートナー公爵家の汚点と成る事なら協力して隠そうとするでしょう」
「では、やはり他の公爵領の大使の元に持ち込みますか?」
「それしかあるまい。さあ、動けっ!」
キナープ達はその後、それぞれの屋敷に隠していた犯罪や後ろ暗いあれやこれやの証拠等を掻き集めた後、他の公爵領から赴任している大使がいる大使館にそれぞれ駆け込んだ。
『悪事を告白し、世に明らかにしなさい』
脳裏に焼きついた命令に従って。
後日、ハートナー公爵城が傾きイクス男爵が重傷を負った事故の原因は調査の結果、城の地下に存在した勇者の結界が施された地下空間、通称「地下墓地」が崩落したからだと判明した。
城が建造されるよりずっと前、十万年以上前から存在した場所が何故急に崩落したのか。それは発見された一人の男の死体から、その「カナタ・カイドウ」という男の犯行だとされた。
この男は商人から略奪を働き、冒険者ギルドでは高位の火属性魔術を使用して何人もの死傷者を出している。その言動が奇妙である事から、邪神や悪神の手先だろうと推測された。
そして魔王の復活を企み、勇者の封印を何らかの方法で破った。しかし仲間割れか、封印を解いた際に何か事故でも起きたのか、死亡してしまったのだろう。
それを知った現公爵は心労の為か一気に病状が悪化。これまでは数日に一度は目を覚ましたのだが、うわ言を漏らすだけに成ってしまった。このままでは、来年の春まで持たないだろう。
更にベルトン公子を支持していた魔術師ギルド、ギルドマスターであるキナープを始め幹部数名が自分達の犯してきた大小様々な犯罪と、邪神を奉じる原種吸血鬼と通じていた証拠を手に他の公爵から派遣されていた大使達の元に駆け込んだ事が明らかに成り、オルバウム選王国の上層部に衝撃が走った。
九割方ハートナー公爵家を継ぐだろうベルトン公子の有力な支持者が、人類の裏切り者である事が明らかに成ったのだ。しかも、意識を失ったまま目を覚まさないイクス男爵が、キナープ達が持っていた証拠によって吸血鬼と通じていた事が判明した。
ベルトン公子自身は知らなかったと証言し、実際公子が吸血鬼と通じている証拠は何一つ無かったがこの件でハートナー公爵領の貴族達のみならず、選王国の有力貴族達にベルトン公子の管理能力が大きく疑われる事になった。
後、公爵家の宝物庫に何者かが侵入し、幾つかの宝物を盗む事件が発生していたが、上記の事件が大き過ぎて対応が後手に回り、碌に捜査されていない。
因みに、夜空を飛ぶ巨大な怪鳥の影を見たと証言する者が数名いたが、酔って夢でも見たのだろうと誰にも相手にされなかった。
法命神アルダは、複数の難題を抱えている。その内大きなものが、後数年はバーンガイア大陸南部に潜むだろうと思われていたヴァンダルーが山脈を越えて大陸東部に現れた事。
ただ、やっているのは大規模な陰謀ではなく地道な布教活動の様だが。
『アルダ様、この者は何を考えているのでしょうか? まさか本気で冒険者に成ろうとしていると言う事は、無いと思いますが』
『分からん……オルバウム選王国で活動するための拠点を作ろうとしているのか?』
アルダ達神々の情報網は、彼らを奉じる信者だ。だから、信者が知らない事はアルダ達も知る事は出来ない。本来なら地上にもっと頻繁に御使いを派遣するなどして情報を集めるべきなのだろうが、魔王やヴィダとの戦いで多くの神々が力を失って未だ復活しておらず、世界を維持するのにとてもではないが手が足りないのだ。
『眠りの女神』ミル等の新しい世代の神も増えているが、まだまだ十分ではない。
それに、ヴァンダルーを監視するために御使いを派遣すると、霊的な存在である御使いを発見されて魂を砕かれてしまう危険性がある。普通の人間なら不可能だが、あのダンピールなら躊躇い無く行うだろう。
そして次に大きいかは兎も角、妙な事件が起きた。
出来事自体は、ヴァンダルーが行った事の大きさと比べるまでも無い事だ。商人の父娘と護衛の冒険者が殺され、荷物を奪われた。痛ましいが、事件そのものはラムダで数多く起きている悲劇だ。
『何だ、この男は?』
妙なのは、犯人の男だ。
アルダの所に他の神からもたらされた報告によると、今までラムダでは確認されていなかった未知のユニークスキルと高度な火属性魔術を使う、あの辺りではまず見ない色の髪と瞳をしている三十代前後の男性で、名前はカナタ・カイドウ。そして、事件以前の記録は全く無い。
最も奇妙なのは記録が全く無い事だ。
神々の誰もこのカナタという男を知らず、記録が無い。それはおかしい。このラムダでは神々の存在が認知されている。だからどんなに不信心な者でも、一度は何かに祈った事があるはずだ。
もしかしたら一度も祈った事が無い者もいるかもしれないが、その者の周辺の人物全てがそうだと言うのはあり得ない。
少なくとも、町や村に滞在した事があれば誰かと言葉を交わしている筈であり、見られている筈だ。
それすら無いとしても、人間である以上両親は絶対に存在する筈だ。
カナタと言う男にはそれすら無い。突然現れて突然凶行に及んでいる。
その年齢まで何処で過ごしていたのか、何処でそのレベルに至るまでスキルを高めたのか、全くの謎なのだ。
無理矢理考えれば、近くにアルダに協力しない神々だけを奉じるコミュニティが存在していて、カナタはそこの出身だと推測できる。だが、近辺にそんなコミュニティが存在する様子は無い。
遠方から間道を使い、誰にも見られる事無く密やかに行動して来たとしたら、その後の無思慮な狼藉と結びつかない。
『フィトゥンよ、このカナタという者について心当たりがあるそうだが』
『はい、我等がアルダよ』
カナタについての報告を、フィトゥンはやや言い難そうに述べた。
『実は、このカナタ・カイドウと申す者は、私が特別に目を付け加護を与えた男でして……』
『何だと? 【記録の神】キュラトスの記録にも残っていないぞ』
『はい。このカナタと言う者は、夫の元に向かう旅の最中乗合馬車が魔物に襲われ死んだ妊婦の胎から生まれた男でして……その後は気紛れか非常食にでもするつもりだったが、魔物に育てられたようです。記録に残っていないのは、そのせいかと』
確かに、フィトゥンが言う様な生まれならキュラトスの記録にもカナタが残っていなくてもおかしくはない。
『私は偶々カナタの存在に気がつき、その才と素質が気に入り加護を与えていたのですが、どうやらそれが彼を歪めてしまったようです』
『……では、この妙なユニークスキルもお前の加護によるものだと?』
『はい。相違ありません』
『この者が殺した被害者の中には、お前の信者もいるようだが』
『はい、どうやら私が加護を与え特別に守護していた事が、この男の性根を歪め堕落へと導いてしまったようです』
『何故、キュラトスにもこの男の事を黙っていた?』
『それは……加護を与え守護する事に反対されるのではないかと思いまして。私の浅慮でした』
質問に答え続けるフィトゥンに、アルダは不信感を拭いきれなかったが、確たる証拠も無く責める事は出来なかった。
『何故カナタの骸が魔王の封印が存在した地下の聖域から発見されたのかは、彼が私から離れてしまっていたため私にもわかりませんが……』
『分かった、もう良い。解かれた封印については、ナインロードに尋ねよう』
魔王に滅ぼされ今は亡きシザリオンに選ばれた勇者、ナインロード。彼女は神に至り、シザリオンに変わって風属性の神々を束ねている。アルダ以上に手が足りない状況だが、問題の封印が彼女の施した物である以上協力を要請しない訳にはいかないだろう。
『では、私はこれで――』
そう一礼して下がるフィトゥンに、アルダは最後に問いかけた。
『待て。カナタ・カイドウと言う男、妙な名前だがもしや異世界から現れたのではあるまいな?』
カイドウという聞き慣れない妙な性から、アルダはもしやと疑っていた。だが、フィトゥンは何故そう問われたのか分からないといった様子で答えた。
『いえ、彼の名は魔物が適当に付けたようで……街道で拾ったからカイドウだとか、何処かから来たからカナタだとか……』
『そうか……引き止めてすまなかったな』
『いえ……』
フィトゥンが去り、アルダは「考え過ぎか」と被りを振った。
『考えてみれば、ズルワーンが力を取り戻していない以上異世界の住人を召喚する事は不可能。魔王の残党にも、そこまでの力を持つ存在は無い』
もし出来る者が居るとしたら、【輪廻転生の神】ロドコルテぐらいだ。発展の必要性を繰り返し説くだけ、しかしアルダが知る中では最も力を溜めこんでいる神だ。その権能から、異世界の住人をこのラムダに輪廻転生させる事も難しくないはずだ。
『だが、それにしてはこのカナタと言う男の行動が愚かすぎる』
行ったのは数十人の殺害や、略奪、強姦、そしてまだ疑いの段階だが、魔王の封印を解いた。ロドコルテが唱える「発展」に行動が掠りもしてない。
やはり気のせいだろう。
今取り組むべきは謎の行動を繰り返すヴァンダルーと、封印されていた魔王の欠片の行方だ。
アルダから離れ、自らの神域に戻ったフィトゥンは、上手くアルダを騙せたことに喝采を上げていた。
『ははははっ! やったぞっ、これで面白くなる!』
異世界からの転生者に自分が最初に気が付けたのは、幸運だった。弱い信者が一匹死んだが構わない、寧ろこの情報をもたらしてくれた信者を、良く奴に殺されてくれたと褒めてやってもいいぐらいだ。
『三十年程前に実際に起きた魔物の襲撃で死んだ妊婦の子供が生きていた様に偽る事を思いついたのは、我ながら上出来だった。
さぁ、ロドコルテ……お前が殺したいヴァンダルーはまだピンピンしているぜ。次の刺客は何時送ってくれるんだ?』
フィトゥンはカナタの事を知った瞬間、自らの肉を削ぎ落とすようにして分霊を創り出し、カナタを秘密裏に監視した。そして、ヴァンダルーについてアルダも知らない情報の数々を手に入れる事に成功した。魔王の封印を解いたのがヴァンダルー以外あり得ない事も、フィトゥンは知っている。
だから、フィトゥンはこの情報を秘匿する。
神となって五万年余り。退屈極まる日々がやっと終わるのだ。
『さあ、俺を殺せるかもしれない愛しい敵よ。その調子で育つがいい。
さあ、ロドコルテよ。あの屑ではなく、俺が加護を与え分霊を降ろすに相応しい転生者をこの世界に送り込むがいい。
くふふ、きはははははははは!』
早朝、第七開拓村の「何でも屋」の裏ではカシムとフェスター、ゼノの冒険者三人組が熱心に修練に励んでいた。
「ふんっ、はっ!」
「フェスターっ、声は抑えろ」
「あっ、すまん」
彼らは以前からこうして修練をしていた。だが、これ程熱が入るようになったのは少し前……この村に立ち寄ったヴァンダルーから一度稽古をつけて貰ってからだった。
色々と信じがたい、奇跡のような事をしてのけたヴァンダルーだったが、カシム達が最も驚いたのは彼の見た目にそぐわない地力の高さだ。
【格闘術】と【投擲術】だけだったが、技量はカシム達の誰よりも高く、しっかりしていた。特に【格闘術】は高い身体能力に頼っている訳では無く、ちゃんと技が身に付いている。冒険者学校の教官の様だった。
「だけどさ、つい夢中に成っちまってさ。もっと脇を締めてとか、足元に注意とか」
「あー、『脇を締めろ』は俺も言われたな」
「俺はもっとスタミナを付けろって言われたよ」
しかも助言が的確だ。
一人一人模擬戦をしてから問題点を指摘して、「俺も前、そう注意されました。だからあなた達も出来るようになると思いますよ」と励ますのも忘れない。
「でも、そう言えばあいつの母親って、どんな人だったんだろうな?」
「凄い人だったのは確かだな。あいつに魔術に、格闘術の鍛錬を付けたんだから……やっぱり吸血鬼って凄いな」
やや誤解していたが。
「今頃ヴァンダルーの奴、何してるかな?」
「えーっと、町に行ってもう一週間くらいか。多分、今頃冒険者学校の寮に入っているんじゃないか?」
「でも、あいつだったら特例で学校に入らなくてもいきなりD級に成ってもおかしくないよな。ユニークスキルだけじゃなくて、魔術も武術もあの腕だろ? 学校の教官、教える事無いんじゃないか」
「寧ろ、教わる事の方が多かったりして」
「いや、だけどいきなりD級は無い。試験があるだろ」
D級冒険者への昇格には、「人を殺せるか否か、実際に試す」という試験を受ける必要がある。地球では非人道的だと非難されるだろうが、ラムダの冒険者は危険な山賊を討伐し、護衛対象を守らなければならない。
その際殺す事を躊躇って取り逃がして更なる被害者を出したり、護衛対象を殺されたりしたら冒険者を雇う意味が無くなってしまう。
だからD級冒険者は人が殺せないと成れない。
「あいつに出来るかな?」
「その心配よりも先に、俺達はヴァンダルーに追いつかないとな。一応、冒険者の先輩なんだし」
「そうだな。次に会う時までにはあいつから一本取れるぐらいに――」
「なんかごめんなさい」
「おいおい、何を……うわっ、ヴァンダルーっ、お前なんで居るんだ!?」
門番に呼び止められなかった(気がつかれなかった)ので、そのまま村に入って来たヴァンダルーは何でも屋の裏で修練に励む三人を見つけて近付いたのだった。
「町で冒険者に成ったんじゃないのか? もしかして、町で何かあったのか? 来るはずの行商人が遅れているって親父さんが心配してたけど」
どうやら、ニアーキの町で起きた魔物の暴走はまだ開拓村には伝わっていないらしい。
「いえ、制度が変わってダンピールは十歳未満だと登録できなくなったそうなので、今回は諦めました」
「ええっ、制度が変わったのか!?」
「それよりも、十歳より下だったのか!?」
やはりカシム達はヴァンダルーの年齢を誤解していたようだ。種族によって成長の仕方は様々なので、無理も無いだろう。
「今年中に冒険者学校にもダンピールは入れないようになると言う噂もあるそうなので、機会を見て他の公爵領で冒険者登録しようかと思います」
何処かのA級冒険者が何かやるらしいが、今は関わりたくないので間違っても期待はしない。奴のお蔭で冒険者に成れたと思われるなんて、絶対に嫌だ。
「いや、機会を見てって……他の公爵領まで行くのに一月近くかかるぞ。まあ、お前が飛べば数日くらいかもしれないけど」
「そうだな、飛べるもんな」
ヴァンダルーが他の開拓村に【飛行】で行き来していた事を知っているカシム達は、特に止めようとはしなかった。
「じゃあそれまでの間、良ければ、俺達とパーティーを組まないか?」
そう言いだしたカシムに、ヴァンダルーは目を瞬かせた。
「俺は一般人ですけど」
「別にパーティーに一般人を加えちゃいけないなんて規約は無い!」
「普通、決めるまでもない事だからな。でも、お前なら俺達より強いし……組まないかなんて偉そうな事を言ったけど、実際には弟子にしてくださいって感じだな」
「ゼノの言う通りだ。俺達、お前より弱いけど足手まといには成れるぜ!」
「フェスター、冗談だとしても最低だ……そして本当だから笑えねぇ……」
何時の間にか先輩達に慕われていたらしい。一瞬、一般人と冒険者のパーティーも良いかなと思うヴァンダルーだが、彼にはやるべき事がある。
「それも良いですけど、一度育った家に戻ろうかと思いまして」
ちょっとこの先に在る奴隷鉱山を襲撃して奴隷を連れ出しますとは言えないので、前に言った設定を活かして誤魔化す事にする。
「そうか……じゃあ、機会があったらまた稽古をつけて貰って良いか?」
「勿論です」
特に疑う様子の無いカシム達に(都会で荒んだ心が和むー)と思いながら、頷くヴァンダルー。カシム達三人は、彼にとって癒しであるようだ。
「それですぐに発つのか? 秋には祠の建立と収穫祭をするつもりだから、その頃には来てくれよな」
ヴァンダルーは開拓村を巡って人助けをする度に、報酬はヴィダの祠の建立でと頼んでいた。どうやらそれが秋には完成するらしい。
しかし、この第七開拓村では頼んでいなかったはずだが。
「この村で、ですか?」
「ああ、何でも屋の親父と村長が。良い機会だし、縁起も良いって」
「イワンが凄い張り切っていてな。あいつ、このハートナー公爵領に逃げて来る前は故郷で石工をやってたんだ」
「お前の石像も彫るって言ってたぞ」
知らぬ間にパワースポットか何かにされそうになっているらしい。ヴィダの信仰が盛んに成る事はヴァンダルー達にとっては歓迎すべき事だが、石像まで彫られるのはどうなのだろう?
あまり似てないと良いなと失礼な事を思いつつ、ヴァンダルーは尋ねた。
「えーっと、じゃあ他の開拓村はどんな様子ですか?」
イワン一人を助けただけのこの村で石像が掘られつつあるのだ。他の開拓村ではどんな事になっているのだろうか。
「他の村か? えーっと……まあ、神殿で神様の像以外にも聖人や英人の像が建立されるのは、そう珍しい事じゃないらしいぜ」
「そうそう。それに像って言っても、そう大した物じゃないしな。大きくても、一抱えぐらいじゃないか?」
どうやら村の歴史には残りそうだ。
《【開拓地の守護者】の二つ名を獲得しました!》
ステータスにも反映された。何気に訳を説明しなくても社会的に受け入れられる二つ名なので、これは嬉しい。
「あ、それで今日はちょっとジョブチェンジ部屋を借りたいのですが」
「それなら村長さんの家に在るぜ」
ジョブチェンジ部屋は主にギルドの建物内に設置される施設だが、ジョブに就くのは何も冒険者や魔術師、兵士や騎士だけではない。農村で働く農夫や猟師だって、【農夫】や【猟師】のジョブに就くのだ。
なので、小さな村には村長の家にジョブチェンジ部屋が設置される事が多い。
魔術師ギルドのギルドマスターの屋敷に在ったワインセラーから、適当に貰って来たワインをお土産にして村長の家に行き、ジョブチェンジ部屋に入る。
そして、タロスヘイムにあるものよりもずっと小さな水晶に触れる。
《選択可能ジョブ 【蟲使い】 【大敵】 【ゾンビメイカー】 【樹術士】 【屍鬼官】 【病魔】 【霊闘士】 【鞭舌禍】(NEW!) 【怨狂士】(NEW!) 【死霊魔術師】(NEW!) 【冥医】(NEW!) 【迷宮創造者】(NEW!) 【魔王使い】(NEW!) 【魔導士】(NEW!)》
「また一気に増えたー」
もう一生ジョブチェンジ先には不自由しないかも知れない。いや、三千年から五千年寿命があるから、そこまでではないか。
【鞭舌禍】は、「べんぜつか」と読むのか? 多分、舌を使って戦っていたからだろう。
【怨狂士】は、何だろう? 【叫喚】や【精神侵食】、【異形精神】等新しく獲得したスキルに関係があるとは思うが。
【死霊魔術師】は、そのまま【死霊魔術】を扱うジョブだろう。レビア王女達の力をもっと引き出せるようになるかもしれない。
【冥医】は、多分【手術】や【毒分泌】のスキルに補正がかかるのだろう。開拓村でした医療行為の結果出現したジョブだろうか。
【迷宮創造者】は、ダンジョンを作ったから、【魔王使い】は封印されていた魔王の血を飲んだからか。
しかし【魔導士】とは何だろう? 呪いで未発見のジョブにしか出現しないはずなのに、普通に出てきそうな名称のジョブなのだが【魔術師】とは違うのか? ……逆に怪しい。何かの罠ではないだろうか?
「とりあえず、【迷宮創造者】と【魔王使い】は一見してヤバさが伝わって来るので後回しにして……【死霊魔術師】もかなり、でも【魔導士】は怪しい……っと、成ると【蟲使い】と【樹術士】と【霊闘士】と【冥医】の中から選ぶか。
ああ、冒険者登録出来ていれば気にする必要無かったのに」
登録時にステータスを見られるため、見られたら拙いジョブにはまだ就きたくない。それとも魔術師ギルドのギルドマスターを洗脳したついでに、魔術師ギルドに登録するべきだったろうか? でもすぐ失脚する予定……ほぼ確実に斬首、良くても一生幽閉される人物の推薦で登録するのも後々面倒そうだし。
「じゃあ、【蟲使い】にしよう」
《【装蟲術】スキルを獲得しました!》
《【遠隔操作】、【魔術制御】、【装蟲術】、【身体強化(爪舌牙)】スキルのレベルが上がりました!》
・名前:ヴァンダルー
・種族:ダンピール(ダークエルフ)
・年齢:7歳
・二つ名:【グールキング】 【蝕王】 【魔王の再来】 【開拓地の守護者】(NEW!) 【忌み名】
・ジョブ:蟲使い
・レベル:0
・ジョブ履歴:死属性魔術師、ゴーレム錬成士、アンデッドテイマー、魂滅士、毒手使い
・能力値
生命力:344
魔力 :379,120,344
力 :188
敏捷 :251
体力 :159
知力 :784
・パッシブスキル
怪力:4Lv
高速治癒:6Lv
死属性魔術:7Lv
状態異常耐性:7Lv
魔術耐性:4Lv
闇視
死属性魅了:7Lv
詠唱破棄:4Lv
眷属強化:8Lv
魔力自動回復:6Lv
従属強化:4Lv
毒分泌(爪牙舌):4Lv
敏捷強化:2Lv
身体伸縮(舌):4Lv
無手時攻撃力強化:小
身体強化(爪舌牙):2Lv(UP!)
・アクティブスキル
業血:2Lv
限界突破:6Lv
ゴーレム錬成:7Lv(UP!)
無属性魔術:5Lv
魔術制御:5Lv(UP!)
霊体:7Lv
大工:5Lv(UP!)
土木:4Lv(UP!)
料理:4Lv
錬金術:4Lv
格闘術:5Lv
魂砕き:6Lv
同時発動:5Lv
遠隔操作:7Lv(UP!)
手術:3Lv
並列思考:5Lv
実体化:4Lv
連携:3Lv
高速思考:3Lv
指揮:2Lv
農業:3Lv
服飾:2Lv
投擲術:3Lv
叫喚:3Lv
死霊魔術:2Lv
装蟲術:2Lv(NEW!)
・ユニークスキル
神殺し:4Lv
異形精神:4Lv
精神侵食:3Lv
迷宮建築:4Lv
・呪い
前世経験値持越し不能
既存ジョブ不能
経験値自力取得不能
「【装蟲術】? 操じゃなくて装? まあ、後で検証するとして……じゃあ元ゴブリンキングの集落でボークス達を待ちましょうか。時間がかかるようなら、一度様子を見に奴隷鉱山まで飛んで行っても良いし」
・ジョブ解説:毒手使い
様々な薬物の知識に精通し、自らの身でその効果を知っており、実際に作り出して使用し、また逆に解毒する事も出来、更に一定以上の能力値と【格闘術】スキルを2レベル以上で習得している者に出現するジョブ。
正確な科学知識が必須であるため、現在のラムダではヴァンダルー以外にこのジョブに就ける者は存在しない。
牙や舌、手足の爪から様々な薬物を分泌する事が出来る【毒分泌】スキルや、爪舌牙を強化する【身体強化】スキルを習得する事が出来る。また、【格闘術】等に補正がかかる、前衛寄りのジョブ。
能力値でも生命力や体力、敏捷が上昇しやすく、逆に魔力や知力の伸び幅は少ない。
・二つ名解説:開拓地の守護者
開拓民を助け、難題を解決する等してその開拓地の九割前後の民に認められた場合得られる二つ名。
この二つ名の所有者が関わる開拓事業は成功する可能性が高まる。また、関わった開拓地に危機が迫っている場合偶然居合わせる等して、対処する事が出来る可能性がある。
効果が類似する二つ名に、開拓地の女神、開拓地の救世主等が存在する。
ネット小説対象に参加しました。宜しければ応援よろしくお願いします。
2月27日に82話、28日に83話、3月2日に84話を投稿する予定です。
主人公のジョブチェンジ可能ジョブの「魔導師」を「魔導士」に変更しました。