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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第四章 ハートナー公爵領編
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七十九話 煽っていくスタイルで地下墓地へ

『GAAAAAAA……』

 最後の魔物、複数のポイズンゾンビが組み合わさって巨体を成したランク7、ポイズンゾンビジャイアントを蒼く燃える炎を纏った魔剣で断ち割ったハインツは、新手の出現が無い事を確認してから息を吐いた。

 中年から壮年程の女ゾンビを核に纏まっていたこの魔物は、他の魔物よりも一際強かった。


「暴走は終わったようだ。皆、大丈夫か?」

「ああ、問題無い。疲れたけどな」

「こっちも無傷よ……疲れたけど」


 ハインツ達の消耗は激しかった。暴走で現れた魔物は主にランク4から5で、ランク7の魔物は先程止めを刺したポイズンゾンビジャイアント一体のみ。数も、魔物の暴走としては平均よりも少ない千数百匹程度。

 A級冒険者パーティーである【五色の刃】が苦戦するような相手では無く、それどころか雑魚として一方的に蹴散らすのが普通だ。それが千匹を超える大群でも。

 それがA級冒険者のパーティーの力だ。


 だが、ニアーキの町に迫った魔物は普通では無かった。

 群は魔物の七割以上がアンデッド、残り三割が植物と蟲型の魔物で構成されていた。そして、言葉を紡ぐ器官をもつ魔物は、「ハインツを殺せ」と呪文のように唱えていた。

 キングの名を持つ強大な統率者に率いられた魔物の群れは一つの生き物のように行動するが、これは異常事態だった。


 尤も、それは幸いだったとも言える。魔物の群れはニアーキの町に入る事に拘らなかったからだ。町に居た警備兵と騎士、そして冒険者達が集まって急遽結成した防衛隊が出陣すると、魔物の群れは町を無視する様に防衛隊の最前線に立っていたハインツめがけて突撃してきたのだ。


 手の届く所に傷を負って動けない兵士が倒れていようが、疲労困憊で隙だらけになっている冒険者が居ようが、構わずハインツを狙おうとする。

 だが魔物全てがランク以上に強力な個体ばかりで、しかも倒されても倒されても、際限なく襲い掛かって来た。


 倒された蟲型の魔物はアンデッドと化して、倒されたアンデッドの残骸から菌やカビが生え、それがポイズンマッシュやヴェノムモールド等の植物タイプの魔物が発生し、更に植物タイプの残骸から蟲が発生してそれが魔物と化す。

 終わりの無い魔物の連鎖によって、ハインツ達は実際には万を超える魔物に立ち向かわなければならなかった。


「しかし……随分恨まれたものだな。何をやったんだ?」

「わたし達冒険者は魔物を数え切れない程倒していますから、恨まれる理由は幾らでもありますが、尋常ではありませんでしたね」

 オルバウム選王国にハインツ達が活動拠点を移してからパーティーに加わった、人種の格闘士のジェニファーと『眠りの女神』ミルの司祭、エルフのダイアナ。


 問われたハインツは二人に答える前に、ニアーキの町の在る方向を振り返る。

 魔物達は【五色の刃】を、ハインツだけを狙っていたため、町の城壁は無傷で、防衛隊は流石に無傷ではなく重傷者は何人も出たが死者は運が悪かった数人しか出ていない。


「一つ心当たりがあるとすれば、あのダンピールの少年だ」

「冒険者ギルドで突然逃げだしたあの? 彼に恨まれるような覚えがあるのか?」

「いえ、そもそもあの少年とこの魔物の暴走は何の関係も無いじゃありませんか」


 ジェニファーとダイアナに、どう言えば良いかとハインツは迷ってから口を開いた。

「私もそう思う。だが……彼の名前はヴァンダルーと言うんだ」

 二人はその答えを聞いても訳が解らず目を瞬かせる。ハインツも、確信は無かった。


 だがミルグ盾国で彼が捕まえたダークエルフの「魔女」の名は、ダルシア。それは今から約七年前の出来事だ。

 そして冒険者ギルドのカウンターに残された、受理されないまま処分された登録希望の用紙には、ヴァンダルーと言う名と、年齢は七歳と記入されていた。


「もしかしたら、彼は――」

「考え過ぎだ、ハインツ」

「エドガー?」

「あのダンピールの子は、どう見ても片親がダークエルフじゃない。あんな真っ白い肌で、そんな訳があるはずないだろ?

 ハインツ、お前の罪の意識でそう思い込みかけてるだけだ」


「それは……そうかもしれないな」

 ダンピールの目に見える特徴は片方が血の様に紅いオッドアイと牙と出し入れ自由な鉤爪。それ以外は、必ず両親の特徴を受け継ぐ。片親がダークエルフなら、蠟のような白い肌に成る筈が無い。

 それに生後一歳にも満たない赤子が、野外でたった一人生き延びられるはずが無い。しかも、境界山脈を越えてオルバウム選王国にまで逃げ延びて来るなんて。


「考え過ぎだな。それに、この魔物の暴走との関連まで疑うなんて、どうやら自分で思っているよりも疲れているようだ。彼が魔王の再来じゃあるまいし」

 最近アルダ神殿で囁かれている噂を口にして苦笑いを浮かべるハインツに、「そうさ」と応えるエドガーだったが、言葉とは裏腹にヴァンダルーについて町に戻ったら調べてみるかと考えていた。


(確か、ニアーキの町で情報屋を纏めてるのは『闇夜の牙』って組織だったな。聞いてみるか)

 エドガーのこの行動が、首領と幹部全員がアンデッド化した後も組織を運営し続けていた驚愕の『闇夜の牙』事件が発覚するきっかけになったのだった。


「それよりも、町に帰って休んだらこの魔物が溢れ出て来たダンジョンを探しに行くわよ。群は発見済みのダンジョンとは全く別の方向から来たんだから、新しいダンジョンが発生している筈よ。

 もしかしたら、【ザッカートの試練】かも」


 百年ほど前から、この大陸の何処かに前触れもなく突然現れて一か月前後で消えてしまう、世界で唯一確認された移動する迷宮。等級識別不能で、ハインツ達【五色の刃】が仲間を一人犠牲にして撤退に成功した以外では生還者皆無のダンジョン、【ザッカートの試練】。迷宮の最深部にはザッカートが残した秘宝が眠っているとも、アンデッド化したザッカートが待ち受けていて、討伐した英雄は勇者ベルウッドの後継者になれるとも伝わっている。


「だとしたら……今度こそ攻略してみせる。マルティの為にも。

 だが、そうだな。まず、セレンを待たせている宿に戻らないとな」

「いや、その前にギルドで報告が……はいはい、俺がやっておくよ。受付嬢の姉さん方の人気を俺が独占しても文句を言うなよ」

 ダンピールの少女の所に戻ろうとするリーダーに、エドガーは苦笑いを浮かべた。




「はぁ……ほほぅ……それは酷い……赦せませんね。万死に値します」

「ヴァンダルー様、突然どうしたの?」

「冒険者パーティー『西の凪』の皆さんや、受付嬢のアリアさん、ハンナさんとそのお父さんです」


 地面をゴーレム化させ、【ゴーレム錬成】で形を変えて通路にする方法で、ヴァンダルーは魔術師ギルドのギルドマスターの屋敷から、ハートナー公爵の城の地下にトンネルを掘っている最中だった。

 ブラガ達ブラックゴブリンと彼らの恋人達には屋敷に残ってもらい、廃人と化したギルドマスター達は『置き土産』を準備している。


 因みに、ギルドマスターの屋敷には価値がある上等な杖等もあったのだが、ヴァンダルーは相変わらず無手のままだ。人間用の杖を化け物染みた魔力量の彼が使うと、細心の注意を払って術を行使しなければ爆ぜ割れたり、腐ったり、塵に成ったりするからだ。

 魔術の助けになる杖を使うためには、米粒に文字を書くような集中力が必要になるので、ヴァンダルーは杖を使わない。何処かに人以上の存在の為に作られた杖は無いだろうか?


 それは兎も角、通路を作っている途中で突然ヴァンダルーが独り言を言い出した。

 ただ、アンデッドであるズランの目には、無残な姿の霊に纏わり憑かれているのが映っている。

『御子がここに来てから無数に集まって来た霊の一部だな。今居るのは最近死んだ連中ばかりみたいだが』

 ニアーキの町に来た時の様に、都に着いた途端ヴァンダルー目掛けて町中の霊が殺到してきたのだ。あまりに数が多いので、ズランは彼等が何を話しているのか聞き取れない。


 ただ、今ヴァンダルーに何かを口々に訴えている霊達は他の霊とは少し様子が違った。


「エレオノーラ、ズラン、これから黒い髪と瞳の、海藤カナタと言う三十代前後の男が現れたら指示を出すまで俺に任せてください」

「カイドウ・カナタ? ……まさか!?」

『前世で御子を殺したクズ共の一人か!? 野郎、良い機会だ、ぶち殺してゾンビにして情報を吐かせようぜ!』


 ヴァンダルーは、カナタの犠牲者達の霊から彼の情報を既に得ていた。

 彼女達によると、カナタはナインランドにもう入り込んでおり、何故こちらの場所が解るのかは不明だがヴァンダルーに近づいていると言う。

 霊達によると何故か剣や槍、魔術が通用せず、カナタの攻撃は彼女達の身体や防具を透過してしまうらしい。更に、【格闘術】や【短剣術】の使い手で、高い火属性魔術や風属性魔術まで使うのだとか。


(透過は、ロドコルテから貰ったチート能力、火属性と風属性は貰った属性の適性を、オリジンで伸ばした結果。後、【格闘術】や【短剣術】は……オリジンでの経験かな? 全く、呪われてない奴はこれだから)

 自分は全て一から努力し直したのに不平等だと内心では思いながら、殺意を顔に出すズラン達を宥めにかかる。ズラン達は並の冒険者や騎士では太刀打ちできない戦闘能力を持っているが、チート能力はそうした力量差をひっくり返す危険性がある。


 だからチートなんて呼ばれるのだ。


「だから俺に任せてください。彼を殺すなら……いや、まあ目に余る狼藉三昧なので確実に殺しますけど、俺がやりたいですし」

『相当な悪党だろうなとは、その霊を見れば分かるが……そんなに酷いのか?』

「かなり。正気を疑います」


 カナタの事を知ったヴァンダルーが覚えたのは、憎しみよりも困惑だった。短く纏めると、「こいつ何をやってんだ?」と思った。

 人を人とも思わぬ残酷な行いだが、何よりもあまりに無思慮過ぎる。少しでも都合が悪かったり、その方が手っ取り早いと思ったら、すぐさま殺して犯して奪う。

 そんな事をしていたら、幾らチート能力を持っていても長生きできないだろうに。


 オリジンで最初に死んだはずのヴァンダルーよりもずっと大人の姿をしている事や、何故ヴァンダルーの居場所が解るのかと行った事よりも、そちらの方が気になる。

 どうせそれらはロドコルテが何かしたのだろうし。


「とりあえず、奴が俺を殺しに来るのは確定ではあるのですが……定期的に【生命感知】を唱えるようにしましょう」

 カナタが口にしていたらしい「仕事」と言うのは、ヴァンダルーを殺す事を指していただろうし。

 どうでも良いが、何故このタイミングで邪魔に来るのだろうか? ヴァンダルーを直接狙いに来る分、ギルドマスターの屋敷で待機しているブラガ達を狙われるよりは、良い展開だが。


「確か、その連中って正義の味方らしい事をしていたのよね?」

「正義の味方なんてそんなもんです。ベルウッドもアルダ信者からすれば英雄ですけど、俺達からすればそうじゃないのと同じで」

「確かに、そう言うものね」


 そんな事を言いながら、ナインランドの最深部にヴァンダルー達は到達した。

 暗い石造りの通路とその先には、【生命感知】では人の反応は無い。ただ、【危険感知:死】には反応がある。

『トラップか?』

「いえ、この形は結界でしょう。勇者が残した結界があるらしいですし」


 開通したトンネルから通路に出てすたすたと進み、ヴァンダルーは弱い【死弾】を通路の先に撃った。

 すると、何も無かったはずの場所に光の壁が現れ、音と光を発して【死弾】を弾けさせた。


「これが、勇者ナインロードの残した結界……っ!」

『御子の【死弾】を弾きやがった!』

「では解除しますねー」

「『えっ?』」


 いや、幾らなんでもそんなあっさり?

 驚くエレオノーラとズランの見ている前で、ヴァンダルーは死属性の魔力を使い勇者の結界を解いて行く。

 難しい事は何もしていない。ただ単に、結界が耐えられない負荷を一気にかけてブチ破るだけだ。


 数十秒ほどナインロードの結界は耐えたが、最後はガラスが砕け散るような音を立てて砕け散った。

「ふぅ、アイスエイジの氷よりも硬かったな。魔力を三億も使いましたし。あ、お弁当下さい」

『お、おう』

 ズランは驚いた顔のまま、荷物の中から水袋を取り出す。中に入っているのは、魔術師ギルドのギルドマスター子飼いの用心棒の新鮮な血液である。


 原種吸血鬼の協力者である雇い主から散々甘い汁を吸っていたらしいので、その血も美味い。

「ふぅ、一仕事終えた後の一杯は格別ですね」

「ヴァンダルー様、ちょっと――」

「中年ぽかったですか?」

「いいえ、ちょっと背伸びしている子供みたいで可愛いらしいわ」


「そうですか……」

 やや肩を落としつつ、魔力の回復を待たずに再び進む。カナタがこちらに向かっている事は知っているのだが、【魔力自動回復】スキルによって一秒毎に魔力が一万以上回復するので問題無い。


 結界を越えると、そこは通路からは想像できない程広い地下墓地になっていた。大小様々な窪みの中に骨や殻が転がっている。とても聖域と呼べる光景では無い。

 漂う空気は不快な湿り気を帯びていて、何処か禍々しい。生命は存在しないはずなのに、何処からか呻き声の様な音が小さく響く。


「うーん、居ませんね、王女様」

『おーいっ! レビア様っ! 俺だっ、ズランだっ、出て来てくれ!』

 しかし怨霊や悪霊の姿は見えない。第一王女のレビアの姿もだ。


「まだ結界が在るのかもしれないわ。何かを封じ込めるための結界は、二重三重に仕掛ける事が多いのよ」

 エレオノーラの言葉に従って探すと、それらしいものが見つかった。

 鞭で縛られた銀の棺。これが結界の核だろう。


「……なんでしょうね、この趣味」

『あー、ナインロードは【鞭術】の使い手だったらしいぜ。だからじゃないか?』

「ところで、棺の中には何が入っているのかしら? 原種吸血鬼だと頼もしい味方に……なるとは限らないわね。邪神や悪神に寝返った吸血鬼かもしれないし」


「確かに、封印を解いた途端手に終えない存在が出てきたら大変ですね」

 そう言いながらヴァンダルーは封印を解こうとしてみせるが、特に【危険感知:死】に反応は無い。

「中身は空なのかな? 大丈夫そうなので解きますね」

 そして既に解いた結界と同様にヴァンダルーは結界を解きにかかる。


 すると、まだ結界を解き終える前に棺が鞭を引き千切って内側から勢いよく開いた。

「ヴァンダルー様っ!」

『ちぃっ!』

 咄嗟にヴァンダルーを掴んで下がろうとするエレオノーラとズランの前で、棺から飛び出した紅いアメーバ状の何かは鎌首をもたげる様にしてヴァンダルーを見下ろすと、毒蛇の様な素早さで近づく!


 ごくごくごくごくごくごく……けぷ。


 そしてヴァンダルーに飲まれた。


『「……えぇ?」』

 あっけにとられる二人の前で、ヴァンダルーは棺の中身を飲み干すと、手を合わせて「ご馳走様」と頭を下げる。

「ヴァ、ヴァンダルー様? 今のは? それよりも何で飲むの!?」

「何でって……口に入って来ましたし」

『いやっ、普通は吐き出すだろ!?』


「でも、食べ物を残すのは良くないと思いますよ。まあ、十万年程勇者に封印されていた血液を普通は食べ物とは呼びませんけど」

『分っているならって、今のは血液なのか!?』

「じゃあ、もしかして魔王の一部!?」


 勇者によって倒され身体をバラバラにされた魔王グドゥラニスが、その一部毎に封印されているのは有名な話だ。そのため、血液だけが封印されていたならその主は魔王しか考えられない。

 実際、脳内アナウンスでも『魔王の血液を吸収しました!』と流れた。ただ、二人があまりに驚くので言うかどうか迷ったのだ。


《【吸血】スキルのレベルが10に上がりました! 上位スキル【業血】に覚醒しました!》

《【業血】、【死属性魔術】、【怪力】、【高速治癒】、【魔力自動回復】、【魔術耐性】、【毒分泌:舌牙爪】、【身体伸縮:舌】スキルのレベルが上がりました!》

《二つ名、【魔王の再来】を獲得しました!》


 最後に獲得した二つ名に激しく抗議したいヴァンダルーだった。誰が魔王の再来かと。しかし――。

『吐けっ、吐くんだ御子!』

「ヴァンダルー様、ペッしてっ、ペっ!」

 ズランに足を掴まれて逆さまにされ、上下に揺らされているのでその余裕は無かった。


「いや、なん、だか、もう、きゅう、しゅう、あ、どう、も」

 上下に振られているヴァンダルーの目には、勇者の封印が解けたからか現れた無数のゴースト達が映っていた。上下逆さに。


 ゴースト。ヴァンダルーやアンデッド、【霊媒師】にしか姿を見せる事が出来ない無力な霊とは違う、肉体を持たないまま魔物と化した存在だ。

 ランクは2で、物理攻撃が殆ど効かない代わりに自分も物理的な力を持たない。ただ多くの個体は生前の人格や記憶を完全では無いが有している。


『誰だ? ハートナー公爵家の手先か? ……違う、この恐ろしくも心安らぐ気配は一体……?』

『あの巨人種を見ろ。あれはアンデッドだ』

『何故アンデッドが? 結界は破られたのか……我々は解放されるのか?』


 輪郭のぼやけた、膝から下が無い半透明なゴースト達が囁き合っている。敵意は感じないが、何処か怯えている様な雰囲気を感じる。


『おおっ……レビア様っ、レビア様は居るかっ!? 俺はタロスヘイムのズランです!』

 思わずヴァンダルーの脚から手を離したズランが、ゴースト達に向かって叫ぶ。すかさずエレオノーラにキャッチされたヴァンダルーは、ゴースト達の中から腰よりも長く髪を伸ばした女性のゴーストが前に出るのを見た。


『レビア様っ!』

『ズラン……覚えています。私達の種族の中では最も短剣の扱いに長けた、斥候職の戦士』

 ズランはレビア王女と親しかった訳でも傍仕えをしていた訳でもないが、そこは五千人程しか人口が無く、身分制度が緩かったタロスヘイムだ、優秀な戦士なら普通に王女であるレビアと顔を合わせる機会があった。


 特にズランは巨人種の中でも少ない斥候職だったので、記憶に残り易かったようだ。


『ザンディア達とタロスヘイムに残り、最後まで戦ってくれた貴方が何故ここに? ああ、でもここに封印されてしまった以上、貴方も私達と同じ虜囚。女神の元に還る事も出来ず、かと言って無念を晴らす事も出来ないまま、ここで彷徨うしか――』

「あ、結界は解きましたよ」


『そう、あの二重に施された結界が解かれない限り……解かれたのですか?』

「はい。申し遅れました、現タロスヘイム国王のヴァンダルーと申します」

 エレオノーラに上下逆さでキャッチされたまま、ヴァンダルーは挨拶したのだった。




 ヴァンダルーから説明を聞き、タロスヘイムから持ってきた『ガランの谷』の岩塩を見たレビアは、彼の言葉を全面的に信じた。

 ここで信じて貰えなかったら大変なので、一安心だ。


『そうですか。タロスヘイムに残った皆は、最後まで勇猛でしたか。ボークス達を導き祖国を守ってくれた事、心から感謝します。

 それなのに、私は皆を守る事が……』

『レビア様は悪くねぇ! 悪いのは裏切り者のハートナー公爵家だ!』


 レビア王女がタロスヘイムから僅かな護衛とハートナー公爵領に逃れて来た時、現在では廃墟になっている町の住人やハートナー公爵は温かく迎えてくれた。

 だが、ハートナー公爵が彼女達のために催した晩餐には毒が盛られていた。


 ハートナー公爵家を盟友だと信じていた王女達は、誰一人疑う事無く食事を口にして毒を飲み、それでも抵抗を試みたが彼女達は公爵の騎士達やお抱え魔術師達によって捕まり、護衛の者はその場で命を奪われ、レビア王女は公爵殺害を企てたと汚名を着せられ、火刑に処された。


 そして遺体をこの地下の結界に葬られたのだ。


『それからの事は、私達と同じようにここに葬られた人達から聞いて、大体の事は分りました。私達を殺した騎士や魔術師達も、口封じされてここに葬られましたから』

 関係者は生かしておかなかったようだ。当時のハートナー公爵は、陰謀家としては優秀だったらしい。ニアーキの町のミラン婆が話を聞いたのは、ここに囚われる前に逃げ出す事に成功し、彷徨っていた関係者の霊だったのかもしれない。


「それで、これからの事ですが」

『はい、既にこの世の者ではない身で言うまでも無い事ですが、タロスヘイムの王位は貴方の物です。どうか、皆を助け導いてください、よろしくお願いします』

 そうレビアは頭を下げた。その動作一つ一つに、実体が無いとは思えない気品がある。


 それでいて高慢な雰囲気は無く、淑やかなお嬢様とは彼女の様な人だろうとヴァンダルーは思った。巨人種である以上、脚が半ばで消えているレビア王女も、二メートルを超える長身なのだが。

 今は輪郭がぼやけているが、きっと生前は見目麗しいお姫様だったのだろう。

『これで、皆と女神の元に還る事が出来ます』

 だからという訳ではないが、ヴァンダルーは彼女を引き止めた。


「あ、ちょっと待ってください。奴隷鉱山の皆を助けるのに、貴方の協力が必要です」

『私のですか? ですが、今の私に大した事は出来ません』

「大した事じゃなくて良いのよ。貴女がヴァンダルー様に協力して、その姿を見せる事が大事なの」


 奴隷鉱山に囚われているタロスヘイムの巨人種達は、当然だがヴァンダルーや今のタロスヘイムについて知らない。何より【死属性魅了】が効かないので、ヴァンダルーが「タロスヘイムから助けに来ました」と言っても、信じて貰えない可能性が高い。


 ズランやボークス達巨人種アンデッドが説得しても、その効果は疑問が残る。彼らの家族や親族なら信じてくれるかもしれないが、縁の薄い者はアンデッドに成った事で狂っているのだと信じないかも知れない。

 女神ヴィダの教えはアンデッドに寛容だが、無条件に親しむ存在だと唱えている訳ではないはずだ。


 勿論囚われた奴隷である彼らの心情を無視して強引に連れ去り、その後タロスヘイムで誤解を解くという手もあるが、予期せぬ抵抗に遭って怪我人……死人を出したら後味が悪い。アンデッドには出来るが、死なせないで済むなら済ませた方が良い。


 そこでレビア王女だ。二百年前彼らを率いてきた彼女の言葉なら、ゴーストと化していてもきっと届くだろう。

「少なくとも、話は聞いてくれるはずよ」

『ですが、皆を守れなかった私の言葉なんて今更……それに、もうこの世に残るために必要な未練も、怨念も無いのです。私達の心は、もう救われました。

 貴方の息子さんなら、必ず皆を奴隷から解放して――』


「む、息子っ!? 違うわっ、私はヴァンダルー様の母親じゃなくて奴――」

 ダンピールであるヴァンダルーの母親だと勘違いされたエレオノーラの慌てた声を遮って、ヴァンダルーはレビア王女に問いかけた。

「それで良いのですか?」


『それで……とは?』

「簡単に許していいのですか? あなたを殺し、護衛の戦士達を殺し、二百年も閉じ込めた奴等を。あなたの民を不当に捕らえ、二百年搾取し続けている連中を。

 怒りや憎しみ、憎悪は晴らさないでいいのですか?」


『そ、それはっ』

 レビアの声に動揺が混じった。彼女の背後に並ぶ、巨人種のゴースト達も動揺したように姿がぶれる。

 二百年前殺された時、民が奴隷鉱山に連れて行かれたと知った時、ヴァンダルーが言う様に怒り、憎しみ、ハートナー公爵家を憎悪した。


 裏切ったなと罵り、この恨みは忘れないと叫び、怨念を滾らせた。それが封印から僅かに漏れ出る魔王の魔力と反応し合い、ゴーストと化すほどに。


『ですが、復讐は――』

「正当な行為です。この場合は特に。別に俺は二百年前の恨みを今生きている人間にぶつけろと言っている訳ではありません。今の人間に今の恨みをぶつけるだけです」

 レビア達を真っ直ぐ見つめて、ヴァンダルーは言葉を紡ぐ。自分が持つ怒りが、憎しみが、憎悪が、彼女達に伝わるように、それが彼女達の憎しみや憎悪、無念を呼び起こすようにと。


「怒るのも、憎むのも、恨むのも、当然です。人である以上、正常な事です。

 信頼していた相手から裏切られ、命を奪われ、貶められた。大事な人達を不条理に捕え、二百年も搾取し続けている。そんな連中に何も思わない奴なんて、狂っているとしか言いようがない」


『当然……正常な……』

「毒を盛られたと気がついた時、護衛の戦士達を殺された時、火で焼かれた時、貴方は何を感じました?」

『私は……ああっ! 私はっ、あの時っ!』


「あなたの中に憎しみが、怒りが、怨念がある筈です。それを再び燃やしましょう」

『私の、中に……』

『オレタチの怒り……』

『私の……恨みぃぃっ』


 一部関係の無いゴーストまで煽られているが、ヴァンダルーは気にせず続ける。


「そして俺に力を貸してください。奪われたものを、奪い返すために」

 そう言い終った時、火花が散る音が小さくしたと思った時、闇に包まれていた地下墓地に光と熱が広がった。


『思い出したわ、私の怒りを、憎しみをっ! この怨念を晴らさずに逝く事なんて出来ない! そうでしょう、皆!』

 レビア王女が燃えていた。比喩表現的な意味では無く、本当に燃えていた。

 それまで頼りなかった霊体の身体が赤々と輝き、輪郭がはっきりして顔の細部まで見える。その姿はまるで炎の髪を伸ばしドレスを纏った、火の女神の様だ。


《【死霊魔術】スキルを獲得しました!》


『そうだっ、その通りだ!』

『今も我々を貶め苛むハートナー公爵家に、災いを成さなければ消えられぬ!』

『あたしを弄んだ挙句捨てた恨みを晴らしてやるっ! メイド舐めんじゃないわよ! キィィィィィ!』

一部、巨人種以外のハートナー公爵家の犠牲者が燃えているがヴァンダルーは気にしない。


 地下墓地に存在したゴースト達は、全員がまるで炎を纏ったように燃えていた。

『こいつは、ランクアップか!? 一体どうして……? いや、まあ良いか。レビア様も皆も残ってくれるようだしな』

 ズランが言ったように、レビア達はヴァンダルーの【精神侵食】スキルで共有した彼の負の感情をきっかけに、かつて自分が抱いた負の感情を思い出し、爆発させた。


 それは火刑で処刑されたレビアの影響を受け、レビアをランク4のフレイムゴーストに、他のゴーストはランク3のファイアゴーストにランクアップさせたのだ。


 魔術師ギルドで研究している魔術師達や学者が見たら、大騒ぎするような現象だ。

「ヴァンダルー様の偉大さが、また増えた。それで良いじゃない」

『だよな』

 しかし、そう流されるのだった。


 尤も、そのヴァンダルー自身はいきなり燃え出したレビア王女達に、大きく驚いていたが。身を焦がすような憎悪や怒りを共有したが、本当に燃えるとは思わなかったのだ。

 全てを忘れるほど驚いた訳ではないが。


『さあ、早速皆を助けに行きましょう!』

「すみません、その前に片づけたい案件がありまして」

 レビアの燃える手を取らずに、ヴァンダルーは身を翻して自分がやって来た通路の方を見た。


 すると、そこには何時の間にか何も持っていない両手を万歳の形に上げた、黒い髪と瞳の三十程の男が立っていた。

「待ってくれっ! 話を聞いてくれっ! あの時は悪かった、赦してくれっ!」

 そう言いながら、海藤カナタはヴァンダルーの前で土下座し、額を埃だらけの床に着けた。




・二つ名解説 【魔王の再来】

 魔王の再来である事を示す称号。ただそう認知されるだけでは無く、実際に魔王グドゥラニスと同じ事が出来なければ、獲得できない。魂を砕く、新種の魔物を創造する、ダンジョンを作り出す等。もしくは、魔王の一部を取り込む、吸収する、取り込まれる等でも可能。


 この二つ名を獲得した者は、上記した獲得条件を満たす行為に加え、様々な禁術や邪悪な知識の扱いに補正を受ける。

 特に魔物を新たに創り出す事、変化させる事に大きな補正を受ける。レビア王女達がフレイムゴーストやファイアゴーストにランクアップしたのもその一例。

 ただ全ての魔物を無条件に創り変化させられる訳では無く、細かな条件や相性等が存在する。

【忌み名】が解除された文がありましたが、【忌み名】の解除条件を私自身が間違えていたため、ご指摘を頂き修正しました。


ネット小説対象に応募しました。宜しければ応援よろしくお願いします。


2月20に80話、23日に81話、27日に82話を投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公アンデットに破凰の種植えつけとるやん
[良い点] ・主人公の強くなりたいという気持ちときっかけがはっきりしているところ・戦いが主人公の圧倒的な強さでも負けることがあると言うギリギリなところ・ちゃんと工夫したり少しづつでも強くなっていってる…
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