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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第四章 ハートナー公爵領編
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七十八話 発つ怪鳥は跡を濁し、都をこっそり脅かす

【ダンジョンメイカー】スキルの名称を、【迷宮建築】に変更致しました。ご了承頂ければ幸いです。

「害が無いのは分かったけど……どうするの? ダンジョンみたいだけれど?」

「放置で」

『マジか? 中に潜ってみないのか?』

「ここは町から近いですから。中に入って出て来る時、調べに来た冒険者と鉢合わせたら面倒じゃないですか。

 それに、それよりレビア王女を探しに行かないと」


「それもそうね」

 とりあえず、【迷宮建築】スキルの事は後で話そうと思うヴァンダルーだった。少なくとも、町の近くで検証できるスキルでは無いし。




 ダンピールの子供が冒険者ギルドから何故か逃げ出すと言う小さな出来事があった翌日、ニアーキの町は何時も通りの日常の中に在った。

 麻薬を買い求める中毒者や、馴染みの娼館に行こうとした男達以外は概ね昨日と同じ「今日」の筈だった。




 デーヌの人生は小さな不幸の連続で、ままならないものだった。父親が身体を壊して彼女が働いて家族の生活を支えなければならず、父親が回復して働けるようになったらすぐに嫁に出された。

 嫁いだ先では姑に奉公人の様にこき使われ、その姑が死んだらすぐに夫も死んでしまい、結局忙しさは変わらない。


 息子に嫁が来てやっと楽が出来ると思ったら、息子は嫁と一緒に出て行くような、母親に楽をさせようって気の無い親不孝者に育ってしまっていた。言う事を聞くのは馬鹿な甥っ子くらいだ。


(その後も良い事なんて何にも無かったねェ……リンゴ育てて、売って、その繰り返し……)

 ずるりずるりと、足を引きずるような歩き方で、デーヌは群の先頭を歩いていた。


 そしてあの日、市場で何時もの様にリンゴを売っていると金を持ってるガキが通ったのを見つけて――

(だけどねぇ……死んでからも続くなんて思いもしなかったよぉ……あのお方から、死んでから託されるなんて……きっとあたしの人生は、昨日死ぬためにあったんだろうねえ゛ぇぇ……あたしは、そのために生まれて来たんだぁ……)

 生きていた時には味わえなかった充実感をデーヌは覚えていた。自分が、大きな存在の一部である事に誇らしさすら感じる。


 暗く淀んだ居心地の良い通路から出ると、そこは森だった。見覚えのある森だ、デーヌ達が死んだ森だ。

 ここを進めば、ニアーキの町に着く。こっちだと、デーヌは『同類』達を案内する。託された、価値ある使命を呟きながら。


「あ゛ぃ……ん……づを、ぉ……お゛ぜぇ……」

「ハイ……ヲ……コロセ……」

「ハインツをっ、殺せえ゛え゛え゛!」


 昨日まで市場でリンゴを売っていたデーヌは、千を超えるアンデッドの群れの一部となって進んだ。

 昨日までただの森だった場所に突然ダンジョンが発生、溢れ出たアンデッドを主体とした魔物の群れによる暴走がニアーキの町に迫るのだった。




『俺は、陽気な傭兵サ~ン♪ 今日もウキウキドキドキ楽しいあ゛あ゛あぁ~♪』

 そう歌いながらザックッザックと地面を鍬で耕し、堆肥を撒いて行く。

『え? 砕いた貝殻をもっと多くだって? 任せておきなよ、ハニイ゛ィィ♪』


 【緑風槍】のライリーが所有していた犯罪奴隷だったフラークは、モンスタープラントの指図に愛想良く従う。

 ゾンビ化している彼の胸はドキドキもワクワクもしないはずなのだが、何故かいつもこんな様子だ。真夜中でも歌っているので、ゾンビ仲間にさえ若干引かれている。


 因みに、目も口も無いモンスタープラントの意思をフラークが何故正確に、そして素早く理解できるのかは謎だ。本人に聞いても、その都度答えが変わるので分からない。一番多い答えは、妖精さんの声が聞こえるから。


『おいっ、フラーク! 畑の事はお前達に任せるぞ!』

 そこに、全身から怒気を放つ巨人種アンデッドがやって来る。彼等タロスヘイムの巨人種アンデッド達は、これから奪われた子供達を奪い返すために、何か作戦を始めるらしい。

 作戦の具体的な内容は知らされていなかった。しかし、フラークには不満は無かった。


『御子がモンスタープラントの事はお前に任せろって言ったんだ、期待を裏切るなよ!』

『勿論ですよお゛ぉぉぉぉっ!』

 何故ならヴァンダルーから彼は信用され、期待されているからだ。それだけで、疲れが吹き飛ぶのをフラークは感じる。


 ゾンビだから元々疲労は覚えないのだが。


 ルンタルンタとスキップしながら畑を回り、野菜を収穫し、トラクターゴーレムで麦を収穫して、イモータルエントの様子も見に行く。

『おやおや~♪』

 イモータルエントの森には、昨日まで無かった複数の捻じ曲がった樹木で編まれた門が起っていた。


ダンジョンが発生していた。何故か。




 馬車の御者台に座り街道を進むカナタは、【ターゲットレーダー】で分かるヴァンダルーが居る場所に向かって少しずつ近付いてはいたが……しきりに首を傾げていた。


「あのアンデッド野郎、どんなイカサマ使いやがった?」

 レーダーのお蔭で、ヴァンダルーの位置は事細かに解る。単純な距離だけでは無く、カナタから見た高低も正確に測れる。

 それによると、昨夜彼は上空三百メートル前後を進んでいた。時計が無いので正確ではないが、移動した距離と時間から計算して、時速は六十から七十キロ。


 それを何時間も続けて、夜明けが近くなってから地上に降りたようだ。

 正確な地図も無いので予想でしかないが、場所は多分このハートナー公爵領の領都だろう。

 問題なのは場所よりも、その移動手段だ。


「あいつの魔力が一億以上ってバカみたいな量なのは神様の情報にもあったが、あいつは死属性魔術しか使えないはずだ。どうやって空を飛んだ? 飛行機もヘリも無いこの世界で」

 カナタが持っている情報では、ヴァンダルーは死属性魔術しか使えないはずだった。そして死属性魔術についてカナタが知っているのは、オリジンに残っていた資料と、ロドコルテからの不完全な情報による知識だ。


 そしてカナタは死属性魔術を名前とは裏腹に医療分野に特化した、毒や病気を防ぐ手段があれば十分対処できる、ゲームではキワモノ扱いされるような術系統だと分析していた。

 その分析の中に、空を鳥の様に飛行して移動する魔術は存在しない。


「あいつは他の属性の適性を受け取ってない。どんな手段で飛んだ? まさか飛行機を作りましたなんて言わないだろうな?」

 そしてカナタが考えたのは、ヴァンダルーが地球での知識を利用して乗り物を作ったのではないかと言う推測だったが、やはり無理があるように思えた。


 カナタも軍で様々な訓練を受けて、高い技術を身に着けた男だ。その気になれば材料を集めてグライダーや、魔術を応用すれば熱気球だって作り出せるだろう。

 しかし滑空しか出来ないグライダーであの距離をあのスピードで移動するのは不可能だろうし、熱気球は論外だ。

 なら飛行機かと思うが、それは知識があっても無理だろうとカナタでも分かる。


 いや、机上では可能なのかもしれないが……ネジの一本どころか工具から全て手作りし、設計して組み立てる必要がある。余程の航空機オタクならプロペラ機を年単位の時間をかけて製作する事が可能かもしれないが、天宮博人だった頃から彼が航空オタクだったとは思えない。


「あ、そう言えばここはファンタジーな世界だったよな。ただの原始時代じゃなくて。神様もドラゴンがどうとかって言ってたし。人を乗せて飛べるモンスターか、アンデッドでも手懐けたのかもしれないな。

 なあ、どう思う?」

 荷台を振り返ったカナタが話しかけたのは、半裸のまま転がっている女達だった。


 商人の馬車を奪った後、カナタは町で食料と装備を整えた。とは言っても、得体の知れないモンスターの皮製だと言うレザーアーマーを着る気には成れなかったし、金属鎧なんて重い物を見る気にも成らなかったので、結局防具は靴と獣の皮製の手袋を買ったくらいだ。


 代わりに武器はアンデッド対策に銀がコーティングされたナイフや、弓矢等を購入。魔術の媒体として役に立つ杖も、短いのを買った。オリジンなら指輪型や手袋型、腕に埋め込むインプラント型があったのにとぼやきつつ。

 あと、クロスボウも欲しかったのだがそれはこのハートナー公爵領では身分証が無いと買えないらしいので、諦めた。


 後は美味い飯と清潔なベッドで英気を養おうと思ったが、ラムダの人口数万程度の都市ではカナタの要求する旨い飯やベッドは無かった。


 モンスターの肉なんてゲテモノ、とても食べる気には成れない。


 なら女だと、色街に向かったカナタだったが出された娼婦は、獣人やドワーフ、巨人種の娼婦だった。

「この世界にはゲテモノしか居ないのかよ」

 たまたま人種の娼婦が空いていなかったらしいが、金を払ってゲテモノを買う趣味は無いとカナタは色街を後にした。


 そして翌日、町を出る前に冒険者ギルドが偶然目に入ったので、ロドコルテの言葉を思い出し、登録してみる事にした。登録すれば、クロスボウも買う事が出来るだろうと思って。

 すると、途中までは上手くいっていた。エルフの受付嬢を見て、「そう言えばあの指輪の映画、完結編を見損ねたままだな」とくだらない事を考える余裕もあった。


 だが、気がつくと兵士と冒険者に囲まれていた。

 どうやら、カナタが売りさばいた略奪品の中にあの商人しか取り扱っていない商品が含まれていたようで、そこから足がついたらしい。


 話を聞かせて貰うぞと凄む兵士に、カナタは「炎」と呟いた後、自分を中心に火属性の攻撃魔術を発動。ただの山賊だろうと思い込んでいた兵士や冒険者、運の悪い受付嬢が火ダルマに成る中、【グングニル】で建物や地面、城壁を透過して逃亡した。


 今頃町ではまだカナタが内部に居ると思い込んで、無駄な捜査網が敷かれている事だろう。


 そしてカナタは街道を進み、再び商人の馬車を襲って強奪したのだった。

 女達は、その商人の護衛をしていた冒険者だ。


「冒険者ギルドじゃ、ちょっと驚いたけど結局大したことねーな。俺も腐ってもブレイバーズの一人だし、これくらい当然か」

 そう言うカナタの能力値はD級、スキルはC級、そして魔術ではB級からA級並程度で、決して無敵では無い。【グングニル】が無ければ……いや、あっても逃げずに町で暴れ続けていれば、最終的には魔力が底を着くと同時にC級冒険者や騎士達の前に敗北していただろう。


 彼は武技も、無属性魔術も、様々なスキルの効果も知らないのだから。


「ところで、返事はねーの? って、そう言えば殺したんだっけ。いや、そっちの女は殺した覚えが無いんだけど……あ、抵抗しない様に四肢の腱を切った時に止血が甘かったか」

 カナタが一通り楽しんだ女冒険者達は、全員事切れていた。獣人やドワーフの女も、タダならそれなりに楽しむ事が出来た。


 カナタが既に危険な犯罪者として手配されているのは確実だ。何せ冒険者ギルド内で高度な火属性魔術を放ち、大量の犠牲者を出したのだ。ギルドはメンツにかけて、兵士達より熱心に彼を狩り出す筈だ。彼が【グングニル】を駆使しても、数年以内に捕まるか殺されるだろう。


 だと言うのに、何故カナタはこんな振る舞いが出来るのか。罪悪感も罰せられる恐怖も覚えずに、無思慮な狼藉を働けるのか。

 それはカナタが転移者にきわめて近い転生者で、更に三度目の人生に何の価値も見出していないからだ。


 以前ヴァンダルーは、雨宮寛人達がラムダに来ても親から生まれてくる転生者故に、自分に社会的名声があれば簡単には手を出さないだろうと考えた。それは雨宮寛人達がラムダに転生した時、彼らにはラムダでの家族や友人、拠り所になる社会が存在し、そして転生者は死ぬまでラムダで生きるしか無い。無茶な事をすれば自分の首を絞めるだけであり、更にラムダでの家族や友人、恋人にまでその累が及びかねないからだ。


 だが、異世界から直接やって来る転移者には、ラムダに一切のしがらみが存在しない。極論を言えば、八つ当たりで罪も無い人々を殺そうが、金が無いからと強盗を働こうが、気晴らしに女を強姦した挙句に殺したって、自分一人だけ逃げられるなら全く構わない。

 捕まって処罰されても、誰にも迷惑を……迷惑をかけたくないと思う相手が異世界に一人も存在しないので、迷惑をかけない。


 カナタは正確には生まれ変わった転生者だが、前世と同じ年齢の肉体を与えられてラムダに来ている。実際には転移者と変わらない。

 そのため、転生者が子供からやり直す事で自然と学ぶこの世界の常識や倫理観も知らない。そしてこの世界の住人も自分と同じ人間なのだと――良い意味でも悪い意味でも――解るものだが、カナタにはそれも無い。そしてそれを学ぶつもりも無かった。


 何よりカナタにとってこのラムダでの三度目の生は、四度目への人生の繋ぎでしかない。そして彼はこの世界の人々を舐めきっていた。地球やオリジンよりも劣った世界に生息する、原始人だと。

 いや、同じ生物だと思っていないかもしれない。ステータスだのスキルだの、エルフだの獣人だのドワーフだのと、彼にはラムダがとてもリアルなゲームのように感じられ、現実だとは思えなかったからだ。


「とりあえずこのまま都に向かうとして、また飛んで何処かに行ったりしないだろうな? 泳がして山脈を越える手段が何なのか探るって言うのは、面倒だしな」

 ロドコルテの情報は穴だらけなので、ヴァンダルーの本拠地が山脈の向こうに在るのはカナタも知っているが、どうやって山脈を越えたのか、そして本拠地その物の情報をカナタは知らなかった。


「まあ、【運命】とやらがあるなら殺せるだろ。あ、その前にこの馬車と死体を処分しないとな」




 夏の暑い太陽の下でハートナー公爵領の領都、ナインランドの市場は活気に満ちていた。

 内陸に領が位置する事から、海産物は干物や塩漬けや酢漬けの物が殆どで運搬にマジックアイテムが必須である新鮮な生魚は少ししかないが、それ以外の産物は品揃えが豊かだ。


「その香辛料、初めて見るわね」

「ええ、この国の特産品ですから! 他の公爵領じゃ売ってませんぜ」

 鼻の下を伸ばしている店主に、エレオノーラは「じゃあ、貰えるかしら」と微笑む。

「へいっ! 毎度っ。でも粉にしてある方が良くありませんか?」

「いいのよ、実の方で頂戴」


「初めてなのに通だねぇ。ハイよっ」

 香辛料の袋を受け取ったエレオノーラは、他の店に向かう。

「そこの別嬪さん、ちょっと見て行かないかい?」

 声をかけて来るアクセサリー商には、目もくれない。彼女がヴァンダルーから頼まれたのは、香辛料や野菜、果物の収集だからだ。


「フフフ、ヴァンダルー様の魔術によってお前達は自慢の特産物を失うのよ」

 死属性魔術なら、栽培が難しい植物の死を遠ざける事が出来る。流石に水は必要だが、高山植物を砂漠で育てる事も可能だ。ただオリジンでは生息させる事は出来ても、花を咲かせ果実を実らせる事は難しかった。


 しかし、ラムダではオリジンよりも容易く生物が変異する。タロスヘイムに植えれば、モンスタープラントやイモータルエントに変異し、実を作ってくれるに違いない。

 エレオノーラが抱える買い物袋がヴァンダルーの手に渡り、タロスヘイムに持ち込まれた時、ハートナー公爵領は産業的な強みを失うのだ!


 ……それが意味を持つのは、タロスヘイムが他の公爵領と交易を始めてからだが。


 エレオノーラ自身、実は自分がしている事が現実になったとしてどれくらいハートナー公爵領を苦しめるのか、あまり解っていない。

「言っていて少し虚しいわね。ヴァンダルー様の事だから、『災禍』をもたらすと言った以上ちゃんと『災禍』を引き起こす筈だけど」

 通常なら歩きで平均一か月かかる道のりを、ヴァンダルーの霊体の翼により一晩で移動してきたエレオノーラ達は、数日前にニアーキの町で発生した魔物の暴走に付いて何も知らなかった。


「さて、次は……その果物、初めて見るわね」

「お嬢さん、旅の人かい? この果物はこの公爵領の特産品でね、ここでしか栽培されて無いんだぜ。郷土の誇りって奴さ」

「そう、じゃあ頂こうかしら」




「やはり、この公爵領の社会は俺を排斥している」

「ソウ、デス、カノゥ」

「そうですよ」

「ソウ、デス、カ」


 白目を剥いたままカクカクと動く魔術師ギルドのギルドマスター相手に、ヴァンダルーは限りなく一人芝居に近い会話を交わしていた。

 何故魔術師ギルドのギルドマスターが廃人と化しているのかと言うと、彼が原種吸血鬼と繋がるシンパだったからだ。


 ニアーキの町でアンデッド化した吸血鬼からその情報を聞いていたヴァンダルー達は、ナインランドに着いた早朝に、そのままギルドマスターを襲撃したのだ。

 ナインランドに着いた途端に寄って来た数え切れない霊からギルドマスターが今何処に居るのかを聞き。屋敷を強襲。


 屋敷の建物に沿う様に変形させた【吸魔の結界】で覆い、そのまま倒したのである。魔術が使えれば強敵だっただろうが、【吸魔の結界】の中では魔術師ギルドのマスターと言えどただの老人だ。まあ、建物一杯の結界を張るために、霊体の翼で長距離を移動してきたヴァンダルーの魔力も尽きたのだが。


 魔術が使えない魔術師や護衛の用心棒達は、ブラガやズラン、エレオノーラが物理で倒してくれた。

 その後、強情な上に【毒物耐性】を持っていたギルドマスターの説得に苦慮したヴァンダルーは、【精神侵食】スキルを使用してみる事にした。

 とは言っても、ちょっと頭の数を増やしてギルドマスターと正面から見つめ合いながら、左右の耳に囁き続けただけだ。ほんの一時間ほど。


 結果、廃人になってしまった。情報を聞き出した後は、普通に殺すだけで良いかと思っていたのに。

「まあ、テーネシアから禁術の知識を得る代わりに色々やっていたから、同情はしませんけど」

「スミ、マ、セン、ノゥ」

「うーん、【精神侵食】スキルは強力だけど加減が難しいか。ちゃんと練習しないと」

 正確にはスキルの特性では無く、敵と定めた存在に容赦が無いヴァンダルー自身の性格によるものが大きいのだが。


「お蔭で禁書庫に入れたから良いですけどね」

 【霊体化】で全身を霊体にしたヴァンダルーは、ギルドマスターに【憑依】する事で、廃人になった彼の肉体を操って魔術師ギルドの禁じられた領域に入り込むことに成功した。

 【憑依】は最近開発した死属性魔術だが、乗り移ると言うより身体に相乗りするだけで、普通なら肉体の主導権を奪うような事は出来ない。しかし、精神が崩壊して廃人と化している人間の肉体だけは自由に操作する事が出来た。


 お蔭で禁断の知識のバーゲンセール状態である。


「まあ、今すぐ役立つ知識は無さそうですけど」

『あ、ホムンクルスの作り方発見。でも邪神か悪神と契約する事が前提みたい』

『他人の心を操る術……手順が面倒で【精神侵食】スキルが有れば必要無いですね』

『こっちの毒は……俺が作る毒の下位互換じゃないですか。しかも無駄にコストが高いし』


 しかし、禁断の知識だからと言って全てが役立つ訳では無い。その多くがヴァンダルーにとって既に出来る事か、既に出来る事の下位互換だった。

 元々死属性魔術その物が世間一般の基準では禁術扱いになる魔術が多いので、仕方ない事なのだろうが。


「でも魔術で人為的に魔物の変異種を創り出す事も禁術扱いだったなんて……タロスヘイムで俺がやっている事がばれたら捕まるのでは?」

『いや、魔術師ギルドに所属しなければ大丈夫か。まあ、出来ないだけですけど』

『各ギルドの門戸の狭さと言ったら……嘆かわしい』


 冒険者ギルドは、当然ニアーキの町と同様。

 魔術師ギルドは入会に師匠の同意か、導師以上の会員及び貴族からの推薦状が必要。もしくは、魔術学校の卒業資格。

 職能ギルドは、師匠や親方に付いて働いている労働実態。

 商業ギルドは、商売を行う準備が出来ている事と入会金。

 テイマーギルドは、他の会員に師事している、若しくは推薦がある、実際に魔物をテイムしている事をギルド職員に証明する事。


 名前に細かい違いはあるが、それぞれ登録に必要な物は同じだ。

 この中で今登録できそうなのはテイマーギルドぐらいだが、テイムしている魔物を見せるにしても貴種吸血鬼のエレオノーラだとナインランドにまだ存在する原種吸血鬼の手の者に気が付かれるし、ゾンビニンジャ(巨人種)のズランやブラックゴブリンのブラガ達だと、大騒ぎになりかねない。


 適当にゴーレムを作って見せる手もあるが、それだとただの【錬金術】だろうと言われるかもしれない。


「やっぱり、ほとぼりが冷めた頃にここ以外の冒険者ギルドに登録するのが現実的か。テイマーギルドや商業ギルドに登録するのは、それから考えましょう」

『じゃあ、そろそろ撤収しましょうか』


 分身して禁書庫の書物を調べていたヴァンダルーは、自分達にとって価値がありそうな禁書や呪われた品々を纏めると、持ち出すための準備を始めた。

 既に魔術師ギルド内の原種吸血鬼のシンパの内、高位の者は【精神侵食】の練習台で廃人と化している。

 ギルドマスターに【憑依】したまま、話があると一人ずつ誘い出し、二人きりに成った所で内緒話を切り出す様に口元を耳に寄せ、【憑依】を解き耳の穴に細く伸ばした舌を突き入れて毒を流してやったらすぐ捕まえられた。


 その後は廃人に成るまで【精神侵食】である。


「魔術師って、精神的に強いイメージがあったんですけどね」

 彼らに命じれば、禁書庫から禁術書や呪われた品を持ち出す事は難しくない。何せ、お偉いさんばかりだし。


「やっと地下墓地の位置が分かったので、今夜中にトンネルを掘り始めましょうか」

ネット小説大賞に参加しました。宜しければ応援お願いします。


2月19日に79話、20日に80話、23日に81話を投稿予定です。

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