七十七話 仇は赦さず、公爵領は見限ろう
「ちょっと待ってくれないか」
そう言いながら、その冒険者はヴァンダルーが立ち尽くしている受付カウンターに、無造作に近付いてくる。
「その規約変更は初耳だが、どう言う事なのか説明してくれないか?」
「こ、困ります。今、私はこの子の対応を――」
「その対応について言いたい事がある。君ではなく、ギルドマスターを呼んでくれないか?」
「困ります。ギルドへの陳情がある場合は、まず私達受付の職員に言ってください。貴方の順番が来てからですが」
「私はA級冒険者のハインツだ。A級冒険者に認められた権限で、改めてギルドマスターへの面会を求める」
ハインツ。そう、ハインツだ。
ヴァンダルーは軋んだ蝶番の様な動きで首を動かし、自分のすぐ近くに立っている冒険者の姿を視界に入れた。
整った顔立ちで意志の強そうな金髪碧眼の好青年。年齢は、二十代前半から半ばぐらい。佇まいやその装備を見るだけで、ただ者でない事が解る。
そして少々変わっているがエブベジアで聞いた声で、そしてライリーから聞き出した容姿だ。
(母さんの仇の、【蒼炎剣】のハインツ!)
ヴァンダルーにとって、絶対に殺さなくてはならない対象の一人だ。オルバウム選王国に渡ったと聞いてはいたが、まさかハートナー公爵領に滞在していて、この瞬間遭遇するとは思わなかった。
ヴァンダルーが求める「自己幸福の追求」にとって、ダルシアの復活は絶対に必要な事だ。そして、それを邪魔する要因は排除しなくてはならない。だからハインツを殺す。
アルダの狂信者に母を売った事はハインツにとってはただの依頼で、あの国では違法でもなんでもなく当然の行為だったとしても、関係無い。
現在ハインツが何を考えて何をしていても、関係無い。
問題なのは未来だ、将来だ。一度ダルシアを狂信者に渡したハインツが、同じ事をしないと何故思える? 一度考えを変えたのなら、また考えを変える事は無いと何故断言できる?
可能性を零にするには、殺して滅ぼさなければならない。
今がその好機だ。
勿論、こんな人目の在る所で派手な事が出来ない。それはヴァンダルーも解っている。毒を盛れば良い、病原菌に感染させればいい。
自分の吐く息を、僅かな唾液の粒を、皮膚から浸透する毒に変化させようか? 偶然を装ってハインツに触れて、病原菌を皮膚感染させてやろうか?
そう企むヴァンダルーだったが、それらの手段を考える度に【危険感知:死】が彼の脳内に警報を響かせる。
毒を盛ろうとすれば、自分が殺される。病原菌に感染させても、自分が殺される。
何をしても、死ぬのはハインツでは無く自分。
(そんな馬鹿なっ、こいつは無敵か不死身だとでも!?)
ゴルダン高司祭の時とあまりに違い過ぎる。そう驚愕するヴァンダルーだったが、目の前の現実を、今まで自分を助けて来た【死属性魔術】を否定できない。
(そうか、これがボークス達を瞬殺したミハエルの様な、実質S級の実力を持つA級冒険者か)
超人であるはずのA級冒険者を苦も無く倒すような、超人を超えた超人。
以前ボークスが倒しヴァンダルーが魂を砕いたライリーとは、次元が異なる。しかも、ハインツはライリーよりもずっと仲間に恵まれているらしい。
眼球を動かしてハインツのずっと後ろを見ると、そこには五人の男女が居た。内二人はライリーから聞き出した情報と一致する。
盾職の青い髪をした女ドワーフ、デライザ。黒髪黒瞳の斥候職の男、エドガー。そして新しいパーティーメンバーなのかメイスを下げた僧服の女エルフと、見るからに格闘家らしい姿の若い女。
流石に見目だけで選んだ訳ではないだろうから、彼女達もA級かB級、最低でもC級冒険者だろう。
ライリーとダンジョンで死んだらしい女エルフの精霊魔術師の抜けた穴を塞いで、新生【五色の刃】という訳だ。
五人目の、ヴァンダルーと同じかそれ以上に幼そうな、デライザに右半分身体を隠している女の子は、流石にパーティーメンバーではないだろう。誰かの妹か何かだろうか?
(ああ、面倒だ。こいつ等、俺と相性が最悪だ)
女の子は兎も角、他の四人を見ていると何となく分かる。こいつ等のせいで、ヴァンダルーは今ハインツを殺す事は億が一にも不可能なのだと。
彼女達はハインツを「やれやれ」とか「また始まった」とか言って、苦笑いを浮かべたり呆れたりしている。だがハインツに何かあれば彼女達は即座に、そして的確にフォローするだろう。
彼女達がハインツに付いている状態で戦えば、ハインツは彼女達との連携を活かしてヴァンダルーの結界を貫く一撃を撃ちこんでくるに違いない。
毒を盛っても病原菌に感染させても無駄だ。彼らはミルグ盾国の遠征軍と違い、様々な状態異常攻撃を行う高ランクの魔物に備えている。慢心していたライリーとも違う。
どうしようもなく強いのだ。魔力の量に関係無く。ヴァンダルーが巨象なら、彼らは巨象も刺し殺す蟻なのだ。
(仕方がない。この屈辱に今は耐えよう。俺は死ぬ訳にはいかない、やる事がある。こいつ等の顔を直接見られただけで満足しよう。殺すのは、今よりもっと強くなってからにしよう。
エレオノーラ達と合流し……あれ? 今、こいつ等は……ハインツは何をしているんだ?)
全身を苛む無力感と屈辱感に耐えるために【高速思考】スキルまで使って思考に没頭していたヴァンダルーは、はっとして無視していた耳から入ってきた情報を確認する。
「ちょっと待ってくださいっ、ギルドマスターは今外出中で――」
「では、サブマスターが居るはずだ。規約ではギルドマスターが留守の間は、二人いるサブマスターの内一人は必ずギルド内に居る様に決められているはずだ。それとも、この規約も変更になったのか?」
今、ハインツは受付嬢では無くその上役らしい男性職員と口論になっていた。ただ、旗色は男性職員の方が悪そうだ。
「それは……っ」
「君に言っても意味が無い事は解っている。ニアーキ支部のギルドマスターでも同じだろう。ただ私はギルドマスターに一筆書いてほしいだけだ。ハートナー公爵領冒険者ギルド本部のギルドマスターへの紹介状をね」
「そ、そんな物を書いたら、うちのギルドマスターもあなたに賛同している事になるじゃないですか!?」
「出来ないのか? こんな意味も無い規約に賛同する事は出来るのに?」
「そ、それは一介の職員が判断する事ではありませんっ!」
「お家騒動で公爵軍を掌握できないベルトン公子が、どっちつかずのアルダを含めた各神殿の支持を得るために行った、御機嫌取り以外に意味の無い規約変更である事は、ギルドの職員なら誰でも分かるだろう。私でもすぐ察せるぐらいなのだから」
今のハートナー公爵領にあるアルダ神殿の上層部は、融和派では無く原理主義者が多いらしい。
「魔物の血を引いている子供は危険だから、一度試験に合格した程度では判断できない。何かの拍子に自制心を失うかもしれないから、冒険者学校に入れるのも危険。本気でそんな事を考えているのか、君達は」
ハインツが言葉を発する度に男性職員の顔色は悪くなり、視線も背けるようになった。男性職員も内心ではハインツの言葉に賛成しているのだろう。他の職員や受付嬢も、それは同じらしい。
「良いじゃねえかっ、取次くらいしてやれよ!」
「そうだ、そうだっ! 冒険者ギルドは広く門戸を開いてんだろ!?」
「俺達獣人の冒険者もその内締め出すんじゃないだろうな?」
居合わせた冒険者達も、賛成の声を上げた。それで男性職員も決心がついたらしい。
「分りました。ですが、私に出来るのはギルドマスターに取り次ぐ事だけです」
「分かっている。それだけで十分だ」
「忠告しますが……A級冒険者の貴方は、既に下手な貴族よりも発言力があります。だからあなたの意思は公子にも届く。でも、どう受け取るかは公子次第である事を忘れないでください」
「それも解っている。私はアルダ融和派の一人としてではなく、一人の冒険者としてギルドが為政者の恣意的な意向に従うべきではない。そう言いたいだけなんだ。
『あらゆる種族に冒険への扉は開かれている』……創始者の言葉は無視するべきじゃないだろう?」
「私も好きですよ、その言葉。では、早速ギルドマスターの外出先に使いを出すので失礼します。
君は運が良いな」
そう男性職員に笑いかけられたのをきっかけに、ヴァンダルーの思考はやっと機能した。
運が良い? 何故? 仇の今の姿と実力の一端を知る事が出来たから? いや違う……。
(まさか……俺はハインツに助けられているのか? そんな馬鹿な!?)
視線をハインツに向けると、彼はヴァンダルーに向けて見る者を安心させるような、頼もしげな微笑を浮かべて頷いて見せた。任せておけと。
だが、ヴァンダルーに及ぼした効果は安心では無く、狂乱だった。
(何故奴に助けられなければならない!? 戯けるな!!)
(何かの罠か!? 裏がある、裏があるっ、無くてはならない!)
(何かがおかしい、奇妙だ、納得できない!)
脳も霊も魂さえもグチャグチャと掻き回されるような不快感に、思考が纏まらない。【並列思考】や【高速思考】のスキルも、混乱を助長するばかりで冷静に成れない。
「やれやれだな。政治には興味ないって言ったのは誰なんだか。護衛依頼が終わって町に着いた途端に、今度は次期公爵様と公爵領本部のギルドマスターに文句を言うつもりだぜ」
「でもエドガー、前から言っていたじゃない。アルダの教義は融和派の様に変わるべきだって。そもそも、ライリーと別れてまでこの国に来たのも、ハインツが――」
「確か、このパーティーの目的は、流離のダンジョン【ザッカートの試練】の完全攻略だと聞いていたんだけどな」
「そんな事言わないでください。それともジェニファーはハインツが間違った事を言っていると思いますか?」
「……そう言う意味じゃない」
ハインツの仲間達が「仕方ないな」と、しかし反対する様子もなく話しているのが聞こえる。
「なあ、ハインツってやっぱりあのアルダ融和派の?」
「そうだよ。ミルグ盾国であるダンピールとその母親の悲劇を目にして、それでこの国に来たんだとか」
「へぇ。それで今じゃダンピールを助けている訳か。A級冒険者様は違うねぇ」
他の冒険者達の声が聞こえる。
(纏めると、ハインツ達は自分達が捕まえて引き渡した母さんが火炙りの刑にされたのをきっかけに考え方を変えて、アルダの融和派になって、オルバウム選王国で活動している。
それで、ダンピールを助けている? 助けて……)
「だいじょうぶよ」
内心は兎も角、外見はただじっと立っているように見えるヴァンダルーのすぐ前に、ハインツの仲間達と一緒に居た少女が居た。
彼女は、ヴァンダルーの手を取って言った。
「ハインツお兄ちゃんが、助けてくれるから。あたしみたいに!」
そう笑う少女の瞳は、片方が血のように紅いオッドアイだった。
「ぁ……」
小刻みに手が震える。
「ぅぅ……」
三度目の人生で感じた事が無い程の吐き気に頭痛、不快感が駆け巡る。
「きゃっ!?」
堪らずヴァンダルーは少女の手を払っていた。その際少女が怪我をしないよう、鉤爪を出さず力も勢いも加減した。
それが限界だった。
「君っ!?」
はっとして手を伸ばしてくるハインツから、全力で遠ざかる。両手足を駆使して床を蹴り、内臓に負荷がかかる勢いで【飛行】して。
「お、おい!? ちょっと待てって!」
「どうしたの!?」
驚くハインツの仲間か冒険者達の声を無視して、ヴァンダルーはギルドの扉を肩で砕くように体当たりして、その場から逃げ出した!
小刻みに震える自分の手を見つめたまま、ヴァンダルーは地面に座り込んでいた。
場所は既にニアーキの町の外で、多分近くの森か林だろう。流石に長距離は移動していないはずだ。
ギルドを出た後、どうやって町を出たのかは全く覚えていない。城壁に穴を空けて出て来たのかもしれない。
「あ……ぐっ……ぉ……」
そんな事に構っていられない程、ヴァンダルーの心は乱れていた。あまりの怒りと屈辱、そして無力感に全身が腐り落ちていくような気さえする。
仇に全く敵わなかった。仕掛ける前から完敗だと解った。以前はそれを最大の屈辱だと考えていた。
だがそれ以上の屈辱が存在した。仇に、ハインツに情けをかけられたのだ。助けられそうになったのだ。
それはヴァンダルーのプライドを踏み躙る行為だった。
だが何よりヴァンダルーが許せないのは、ハインツが彼を助けようとした理由だった。
ダンピールだから、助けようとした。
ミルグ盾国で、自分達が依頼で捕まえて狂信者に渡したヴァンダルーの母、ダルシアが拷問の末火炙りの刑で公開処刑にされるのを見て、考え方を変えてアルダ融和派に成ったから。
「ふざ……け……るなっ!」
理性では、何故そうなったのか推測できる。ハインツは恐らく、自分が生きている事を知らないのだと。とっくに死んでいると思い込んでいるのだと。
ヴァンダルーの存在は、ミルグ盾国やアミッド帝国の一部や、吸血鬼達等極一部にしか知られていない。だからハインツ達が知らなくても、不思議はない。
だから奴は償っているのだろう。地球ではフィクションでもノンフィクションでも、頻繁に聞いた話じゃないか。
自分が殺してしまった人達に詫びる為、生きて罪を償っている。
殺した人の数だけ、人を助け救う。
戦争で敵国の一般市民を殺した事に罪悪感を覚えて、償いの日々を過ごしている。
珍しくもなんともない。
その中でも一番ヴァンダルーの記憶に残っているのは、やはりフィクションの方だ。
自分のミスで誰かを殺してしまったが法律で罰せられる類のものでは無かったので、自由の身のまま悩む者に、ドラマや漫画の主人公が「なら自分を許せる日が来るまで誰かを助け続けろ」と訴える。
昔は悪役だったキャラクターに主人公が「これからの行いで償え」と言う。
ハインツはダルシアとヴァンダルーに対して償っているのだ。自分が正しいと思う融和派の教えを実践し、あの少女を、ダンピールを助けている。
ダルシアもヴァンダルーも関係無く、頼んだわけでもないのに、勝手に償っているのだ。
「戯けるな……っ!」
それで赦せと? もう責めるなと? 殺そうとするなと?
話にならない。そんな理不尽な話があるか。
それが許されるのなら、何人も人を殺した外国人の殺人鬼がその国で殺した人数分、殺人鬼が産まれた国の人の命を助けたら、遺族は殺人鬼を許さなくてはいけなくなるじゃないか。
ヴァンダルーが殺した人数分オルバウム選王国の人々を助けたら、ミルグ盾国に居る遺族は許してくれるのか? 違うだろう。そんな訳がない。
そんな薄気味悪い人間が、何千人も居る訳がない。
だがきっと、オルバウム選王国の人々は全てが明らかに成った時、ヴァンダルーに言うのだ。ハインツを赦すべきだと。
ハインツが多くの人々を助けたから、偉業を成し遂げたから、英雄だから、赦せと。
彼はこれからも多くの人々を助け、何千何万と言う人々の不幸を軽くして、幸福を増やすから。
ハインツの存在は国益に成り得るから。
たった一人の母親を殺された事を恨む、たった一人のダンピールに言うのだ、赦せと。
それは何処の世界でも正常で、至極正しい事なのだろう。
ダルシアが殺された事も、ヴァンダルーが今まで滾らせてきた憎悪も、何もかも自らを飾る美談にしているハインツを赦す事が正しい。
頼んだわけでもなくあの少女のような、他のダンピールを助けて回るアルダ融和派のハインツを、赦す事が皆の幸せ。
そしてそれすらも奴を飾る美談になる。
……赦せるものか!
《【異形精神】スキルのレベルが上がりました!》
《【■い■■■け■■く】スキルを獲得しました!》
だが、今は我慢しよう。
償いだと思っている行為で成した事すら、自らの業績にして人望を集めているハインツに、今のヴァンダルーは敵わないから。
死属性魔術を使っても、あらゆるスキルを駆使しても、エレオノーラ達に協力を頼んでも、何をしても勝てない。
これは復讐だ。復讐とは、ヴァンダルーにとっては自己幸福を実現するための過程だ。結果じゃない。自分や仲間を犠牲にしては、意味が無い。
《【異形精神】スキルのレベルが上がりました!》
《【■い■ゅ■けん■く】スキルのレベルが上がりました!》
だが、この憎しみはとても抑えられない。憎悪の熱を冷ます事が出来ない、恐怖の冷気で心臓が凍りつきそうだ!
「おい、居たぞ! こいつだっ!」
「さっさと捕まえるんだよっ! そのガキは銀貨を持ってたんだっ、まだ持ってるはずだよ!」
「任せとけよ、伯母さん」
だから、あの場から逃げ出した。町からも逃げて、こんな場所に来たのだ。
誰も巻き込まない様に、配慮したのだ。
「こんなに早く見つけられるなんて、俺達にも運が回って来たな!」
「これもきっとあたしらの日頃の行いが良いお蔭さ。
悪く思わないでおくれよ、この不景気のせいで果物を売ってるだけじゃ食べていけないんだよ。なに、心配しなくてもあんたの見た目なら買われた先で可愛がってもらえるさ」
「このガキ、男か女かどっちだ? 女だったらこの歳だと安いぞ?」
「いや、オッドアイだし、ダンピールですって言って売りつければ値が上がるんじゃねぇか?」
「止めとけ止めとけ、話題のA級冒険者様が突っ込んで来たらどうすんだ?」
「そう言えば、町に【救世主】が来てるんだったか。名前は、ハインツって言ったっけ?」
ハインツ、そう憎いのはハインツだ!!
「無駄口聞いてないで、さっさとガキを縛って連れて帰るんだよ!」
市場でリンゴを売っていた中年の女が、地面に膝をついたまま動かないヴァンダルーに近づいた。
《【叫喚】スキルを獲得しました!》
「ぁっ……■■……■……」
不明瞭な声に、何かの呪文かと中年の女と男達は驚き、慌ててヴァンダルーに掴みかかってしまった。
この時全力で逃げ出せば、彼女達もギリギリで生き延びる事が出来たかもしれない。
「■■■■■■■■■■!!」
ヴァンダルーの口から、恐ろしい叫びが発せられた。
《【叫喚】、【精神侵食】、【めいきゅうけんちく】スキルのレベルが上がりました!》
「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」
「はぎあ゛ああああああああああ!?」
彼女達はヴァンダルーの上げる【叫喚】に呼応する様に叫び声を上げた。
彼女達の髪からみるみる色が抜け、瞳から正気の光が掻き消える。
「■■■■■■■■■■■■■■!!」
だが中年の女と、彼女の甥がリーダー格のゴロツキ達は死んでいなかった。活発に活動していた。叫びから逃げるために耳に指を突き入れ、舌を噛み千切り、眼球を抉り取った。
それでも飽き足らず、見えないはずの目で近くの仲間を見つけると掴みがかり、獣の様に殺し合いを始める。
『憎いっ! 憎いっ! 何が憎い!?』
『俺を殺せ! 奴を殺せ! 誰を殺す!? 誰も彼も殺せ!?』
『耳が、目が、舌が、手が、あたしの肉がっ、あたしの臓腑が、悍ましい!』
「■■■■■■■■■■■■■■!!」
ヴァンダルーは胸の中に溜まったどす黒い物を辺りに撒き散らす解放感を覚えたと同時に、そのまま意識を手放した。
心地良い気分で、ヴァンダルーは目を覚ました。
空を見上げると、まだ昼過ぎであるらしい。冒険者ギルドに行ったのが昼前だからほんの一、二時間しか経っていないはずだが、何故か熟睡した朝の目覚めの様に、晴れ晴れとした気分だった。
「でも大分疲れたような? 心地良い疲労感?」
首を傾げながらステータスを確認すると、残り魔力が零に近い。一体寝ている間に何をしたのだろうか? 少なくとも、周りに血の跡は在ってもアンデッドは居ないのだが。
「ヴァンダルー様っ、無事!?」
そこにエレオノーラが空から降り立った。彼女はそのままの勢いでヴァンダルーを抱き上げる。
「あ、はい。ちょっと魔力が残り少ないですけど。ところで、一体何があったのでしょう?」
「それは私の台詞よっ! すぐに済むと言っていたのに、隠れて待っていたらギルドから突然飛び出したと思ったら、城壁を【飛行】で飛び越えて、そのまま何処かに行ってしまってっ、連絡も無くて!
どれだけ私達が心配したかっ!」
「すみません……心配をかけました」
ぎゅっと抱きしめられたヴァンダルーは、そのままエレオノーラに体重を預けた。
ゴブリンの干し首型通信機で別の場所を探していたブラガ達を呼び寄せて、ヴァンダルーは事の経緯を説明した。
「ヴァンダルー様、この領を滅ぼし征服しましょう」
それを聞いたエレオノーラの第一声がこれだ。目が座っているので、冗談では無さそうだ。
「いや、ハインツには今はまだ勝てません。それと、勝ててもこの領を滅ぼして征服してもいけません」
『何でだ!? ぶち殺してやろうぜ!』
『御子よっ! 奴らは人間ではありません! 人型の糞尿っ、動く害悪です!』
『ウオオオオオオ! 皆殺しにしてやろうぜ、坊主!』
そしてズラン、通信機の向こうのヌアザやボークスもエレオノーラに賛成らしい。多分、サムやザディリスも反対はしないだろう。
二百年間ハートナー公爵領に裏切られていた事を知ったボークス達巨人種アンデッドの、ハートナー公爵領に対する好感度は、地に堕ちるどころではない。マイナス方向に天元突破したらしい。
「皆が怒ってくれるのは嬉しいです。でも、ハートナー公爵領には善い人も悪い人と同じくらいいます。でしょう、ブラガ」
はっとした様子のエレオノーラとズランが、ブラガ達ブラックゴブリンと、彼等と一緒に居る彼らの伴侶達を見る。
「わ、わたし達は、もう故郷も捨てましたからっ」
「気にしないでくださいっ」
マリーを始め、彼女達はヴァンダルーから改めて秘密さえ守るなら数か月分の生活費と一緒に開放すると説明されても、ブラガ達ブラックゴブリンについて行くと決めた女達だ。
彼女達はヴァンダルーによって麻薬中毒を治療され、奴隷制約の首輪や刺青を魔術で解除された事を、心から感謝している。
勿論打算もあるだろうし、本当にこのまま解放してくれるのか信じられないだけなのかもしれない。
しかし彼女達はタロスヘイムに来る事を選んだのだし、ミルグ盾国の遠征軍とは違い融和の余地が多い。
だからハートナー公爵領生まれの彼女達は、今はタロスヘイムの民なのだ。……実は、娼館で働いていた女達の三分の一はサウロン公爵領出身の元難民なのだが、気にする事ではないだろう。
その彼女達の前で殺すだの害悪だの言う事は、彼女達を不安にさせる。
『……悪かった。頭に血が上っちまった』
「そうね、ごめんなさい。貴方達の立場ではままならない事が多いのを、知らない訳じゃないのに」
「ううん、俺も何も言えなかった。ありがとう、キング」
「いえいえ。俺も頭に血が上って失敗したばっかりですから」
とりあえず、皆の頭も冷えたようだとヴァンダルーは立ち上がった。
「でも、やられるばかりでは獣に喰われるだけの獲物です。奴らは無抵抗だからって手加減してはくれません。一方的に肉を啄み、臓腑を抉り、骨をしゃぶるだけです。
奪われたものを奪い返し、その災禍を以て思い知らせなければなりません。
ハインツに関しては……しばらく放置。力を蓄えながら、機会を待ちます。
あ、あとハートナー公爵領は諦めます」
ついでの様に言った言葉に、皆がきょとんとした。
「このハートナー公爵領で冒険者登録したり、活動したり、将来交易するのを諦めます」
ここまで拒絶してくれたのだ。それほどまでにヴァンダルーやタロスヘイムを拒絶したいのなら、その意を汲んで見限ってやろう。
「あ、第二から第七開拓村は除きますけど」
そう付け足すと、マリー達以外は「やっぱりな」と笑った。
「ところでヴァンダルー様、これは何なの? 前からこんな岩、在ったのかしら?」
『自然に出来た岩……じゃねぇのは確かだな』
そうエレオノーラとズランが見上げるのは、ヴァンダルーの背後に聳える大きな岩だ。森の木々よりもずっと大きい。
だが大きさよりも奇妙なのはその形状だ。
まるで巨大な髑髏の様な形をしていて、大きく開いた口の部分は馬車でも入りそうだ。
そしてその奥は、何処かに繋がっているらしい。生暖かい空気が、呼吸でもしているかのようにそこから流れてくる。
「……少なくとも、俺達には害の無い存在ですよ」
《【迷宮建築】、【叫喚】、【魔力自動回復】、【死属性魅了】、【限界突破】スキルのレベルが上がりました!》
・名前:ヴァンダルー
・種族:ダンピール(ダークエルフ)
・年齢:7歳
・二つ名:【グールキング】 【蝕王】 【忌み名】
・ジョブ:毒手使い
・レベル:20
・ジョブ履歴:死属性魔術師、ゴーレム錬成士、アンデッドテイマー、魂滅士
・能力値
生命力:184
魔力 :379,120,344
力 :128
敏捷 :130
体力 :119
知力 :761
・パッシブスキル
怪力:3Lv
高速治癒:5Lv
死属性魔術:6Lv
状態異常耐性:7Lv
魔術耐性:3Lv
闇視
死属性魅了:7Lv(UP!)
詠唱破棄:4Lv
眷属強化:8Lv
魔力自動回復:5Lv(UP!)
従属強化:4Lv
毒分泌(爪牙舌):3Lv
敏捷強化:1Lv
身体伸縮(舌):3Lv
・アクティブスキル
吸血:7Lv
限界突破:6Lv(UP!)
ゴーレム錬成:6Lv
無属性魔術:5Lv
魔術制御:4Lv
霊体:7Lv
大工:4Lv
土木:3Lv
料理:4Lv
錬金術:4Lv
格闘術:5Lv
魂砕き:6Lv
同時発動:5Lv
遠隔操作:6Lv
手術:3Lv
並列思考:5Lv
実体化:4Lv
連携:3Lv
高速思考:3Lv
指揮:1Lv
農業:3Lv
服飾:2Lv
投擲術:3Lv
叫喚:3Lv(NEW!)
・ユニークスキル
神殺し:3Lv
異形精神:4Lv(UP!)
精神侵食:3Lv(UP!)
迷宮建築:4Lv(NEW!)
・呪い
前世経験値持越し不能
既存ジョブ不能
経験値自力取得不能
・スキル解説:【叫喚】
発する音で対象に効果を与えるスキル。蝙蝠の鳴き声による特殊な聴覚で物を見る感覚(ラムダでは一般的にこう解釈されるが、実際はソナー等)、マンドラゴラの絶叫、バンシーの叫び等もこのスキルの効果による。
このスキルにヴァンダルーは【魂砕き】と【精神侵食】の効果も同時に使用するため、広範囲に聞くだけで聴覚と魔力にダメージを受けるうえ、精神的に負けると最悪狂死する可能性がある攻撃を行う事が出来る。
また、単に良く通る声としてこのスキルを使用する事で、演説等を行う事が出来る。(拡声器やマイクが要らない)
ネット小説大賞に参加しました。宜しければ応援お願いします。
2月15日に78話を、19日に79話、20日に80話を投稿予定です。
【ダンジョンメイカー】スキルを、【迷宮建築】スキルに変更しました。ご了承頂ければ幸いです。