七十三話 遠くから迫るクズと、近くに潜む悪党
「やっぱり裸じゃねーか!?」
ラムダに真裸で転生した海藤カナタは、一言叫ぶと直ぐに冷静に成った。望んではいなかったが、彼も一通り軍で訓練を受けた男なのだ。未知の状況に在るのにくだらない事で騒ぐ危険性を忘れはしなかった。
本当に出来る男なら、最初から冷静さを保つものだが。
兎も角、カナタは周囲の状況を確認する。
太陽の高さから今は正午少し前。周囲は、低木の茂みと草が生えた草原で、危険な生き物は人間も含めて周囲にはいないようだ。
「この世界では人種って呼ぶんだっけ? 人間以外に知的種族が居るなんて、やっぱりゲームかコミックだよな」
そう言いながら、もう一度自分の身体を確認する。
鏡が無いため細かい個所は分からないが、鳩尾に在った致命傷が消えている事以外はオリジンで死ぬ前と何も変わらない。鍛えられ引き締まった肉体は、ご丁寧に黒子の場所まで同じだ。
そして先程叫んだ通り、身一つの裸で立っている訳だが……周囲を見回した時に目に入った物があった。
バラバラに成った白骨死体と、転がっている荷物だ。
「もしかして、あの神さんが言ってた『何とかする』って、これか?」
不潔そうで気に入らないが、まさかその辺りの植物で腰ミノと棍棒でも作ってヴァンダルーを殺しに行く気には成れないので仕方がない。
荷物を探ると、古そうだが一応衣服が幾つかと、錆が浮かんだナイフが一本。後、銀貨と銅貨が手に入った。この荷物の主を殺したのは、獣か何かだったのだろう。
「あー、肌触りが最悪だ。コットンじゃないのかよ……変な菌とか着いてないだろうな? さてと、それでヴァンダルーの場所は――」
【このメッセージは、君がラムダに転生した後自動的に再生される様に設定されている】
「うわっ!? なんだ!?」
突然聞こえたロドコルテの声に驚いたカナタはその場を飛び退いてナイフを構えるが、あの神の姿は何処にもない。
その後、声が自分の頭の中から聞こえる事に気がついた彼は顔を顰めた。
「ゲームのチュートリアルか何かのつもりか?」
【では、まず衣服と当座の活動資金を近くに転がっている死体の荷物から――】
「いや、手に入れたよ、もう」
どうやらロドコルテの声は、あらかじめ録音された音声を再生しているのと同じらしく、カナタの質問に答える事も、彼の行動によって内容を変える事も出来ないようだ。
【次に、自身のステータスを確認する事。確認の仕方は、ステータスと念じればそれでいい】
「ステータス、ねぇ?」
自分がゲームのキャラクターにされたようで気に入らないが、カナタは指示通りに自身のステータスを開いた。
・名前:海藤・カナタ
・種族:人種
・年齢:29(外見)
・二つ名:無し
・ジョブ:無し
・レベル:0
・ジョブ履歴:無し
生命力:650
魔力 :42,000
力 :95
敏捷 :157
体力 :204
知力 :270
・パッシブスキル
病毒耐性:10Lv
死属性耐性:5Lv
火属性耐性:4Lv
体力増強:5Lv
魔力増強:5Lv
精神汚染:5Lv
・アクティブスキル
火属性魔術:8Lv
風属性魔術:4Lv
魔術制御:5Lv
弓術:5Lv
短剣術:5Lv
投擲術:5Lv
格闘術:5Lv
連携:5Lv
サバイバル:3Lv
忍び足:4Lv
乗馬:6Lv
人命救助:4Lv
任意のアクティブスキル:5Lv
・ユニークスキル
グングニル:10Lv
ターゲットレーダー:死属性の一億以上の魔力所有者
輪廻神の幸運
「……ほほぅ、これが俺か」
自分の能力やスキル、経験をここまで数字で表現されたのは学校の成績表以来だ。オリジンではアルファベットだったから、地球で死んで以来か。
そしてステータスを見た感想は……ジョブやその履歴が「無し」になっているのは、まるでニートにでもなったかのようで気に入らないが、二つ名が空欄になっているのは気に入った。
能力値については、まあこんな感じかとしか思わなかった。魔力は兎も角、他の筋力や敏捷さはオリジンでは態々数字にする事は無かったからだ。
地球と同じで、百メートルを何秒で走れるか、腕立て伏せが何回出来るか、持ち上げられるバーベルの重さはどうかといった基準で優劣が決められていた。
だから魔力がオリジンで調べた時と同じ数字だから、同じなのだろうと思った程度だ。
スキルについては、【病毒耐性】や【死属性耐性】が頼んだ備えだろう。しかし、その後のアクティブスキルには疑問だらけだ。
「魔術関係は良いとして……弓術や乗馬ってなんだよ? 弓なんて使った事無いし、馬に乗った事も無いぞ。短剣術や格闘術は訓練で習ったナイフや軍隊式格闘術だろうけど。それに任意のアクティブスキルって何だ?」
【ラムダには存在しない物、銃や自動車の運転等の経験や技術は、弓術や乗馬等のスキルに置き換えた。任意のアクティブスキルは、その残りだ。君が必要だと思うスキルに好きなタイミングで振り分けるといいだろう】
「役に立たないスキルよりは、使う機会もあるかもしれないが……」
あれだけ訓練して実戦でも使って来た銃や、自動車やヘリ、ボートの操縦等が勝手に変えられたのはやはり不愉快だった。
「さっさとヴァンダルーを殺して、地球っぽい快適な世界に生まれ変わるとするか」
だが全ては仕事が終わるまでの、束の間だ。
ユニークスキルの項目にある【グングニル】や【ターゲットレーダー】を使えば、そう時間はかからないだろう。頼りないが、【輪廻神の幸運】もあるし。
「えーっと、ターゲットレーダーの使い方は……ああ、念じればいいのか」
頭の中に、今カナタの位置からヴァンダルーが居る方角と、そこまでの距離が表示される。それによるとあまり離れていないようだ。ヘリがあれば、いや車でも飛ばせば一日で――
「あ゛、ヘリどころか車も何も無いじゃーん。徒歩じゃ流石にきついな。馬でも盗むか? 神様よぉ、不意の遭遇は避けたいとは言ったが、こんなに離れた位置に飛ばさなくても良かったんじゃないか?」
移動手段が限られる事に気がついて、カナタの眉間に皺が寄る。風属性魔術なら飛行も可能だが、それだと流石に魔力が足りない。
それに、飛行に魔術を使っている状態で敵に遭遇したら、カナタの攻撃手段が限られる。銃でもあれば別なのだが。
【スキルは兎も角、君の能力値はラムダで戦闘を生業にする者達の中ではさほど高くは無い。まずは町に行き、冒険者ギルドに登録してジョブに就き、装備を整えながら武技について学ぶと良いだろう】
そう頭に声が響くが、煩わしげにカナタは頭を振る。
「だから、そんな下らないゲームみたいな真似するつもりは無いんだよ」
しかし、装備を整えるのには賛成だ。流石に数日中に仕事を終えるのは無理そうだし、それなら食料も必要だ。
【君が転生した場所から東にまっすぐ行くと街道に出る。そのための手段がそこで見つかるはずだ】
「まあ、その指示には従っておくか」
流石にここで食べられる野草を探しながら狩をするつもりには成らなかったので、カナタは言われた通り東に向かって歩き出した。
そしてすぐに、悲鳴が聞こえた。
何事かと駆け出すと、街道で見るからに無法者らしい格好の武装した男達が、馬車を襲っていた。
「ハンナっ、ハンナぁぁっ!」
「お父さんっ、逃げてぇっ!」
「オラァ! 雇い主の娘の命が欲しければ、全員武器を捨てろぉ!」
どうやら、山賊が行商人の娘を人質に取り、護衛の冒険者に武装解除を要求しているようだ。
「……うわ、ベタだな」
ここで町がある方向を聞き出して、移動手段、食料と金を手に入れろという事か。そう解釈したカナタは、素早く呪文を唱える。
「娘と、人間が身に着けている物品。【大焼却】!」
カナタの手前に発生した五芒星から噴き出した炎が山賊達を全員、人質の少女を包んだ。
「ぎゃあああああっ!?」
「きゃあああああああああ!」
「は、ハンナァァァァ!?」
焼かれる山賊達の悲鳴と、娘と商人の悲鳴が上がる。
「あ、あれ? 熱く、ない?」
しかし、娘は炎に包まれても何のダメージも負わなかった。彼女が身に着けている服も、更に言えば山賊の装備にも焦げ目一つない。
焼けているのは、山賊達の肉体だけだ。
「ギフトの、【グングニル】の使い心地もオリジンと同じらしいな」
カナタがロドコルテから受け取ったチート能力【グングニル】。それは選択的透過能力だ。自分と、自分が触れている人や物に、物質やエネルギーを透過させる事が出来る。
具体的な使い方はカナタが指名した物だけを透過させる事だ。
彼がオリジンで死ぬ前に使ったように、自身が撃った弾に建造物を透過させてテロリストを狙撃し、銃弾やナイフから自分の肉体を透過させ無敵になった。
そして今は指定した娘や、彼女と山賊の装備を魔術から透過させ山賊の肉体だけを黒焦げにした。
【グングニル】は指定した物の範囲が広ければ広い程、魔力を消費する。それは四万を超える魔力のお蔭で、余程乱発しなければ問題無い。
だが問題のある弱点も存在する。物理的魔術的な防御を全て潜り抜けて攻撃し、自身は攻撃を回避する事が出来る。しかし、カナタの姿を見ればどんな物で攻撃すれば当たるのか分かるからだ。
当然だが、銃弾を透過するよう指定している時は彼も銃が扱えないし、ナイフを指定している時は彼もナイフを持てない。
光を指定して透明に成っている間は、彼の目も光を捉える事が出来ないので盲目になる。熱を透過する時は、急速に体温を失う。
そして、人体を指定した場合は、カナタも他人の人体に触れる事が出来ない。だから、囚われの大統領令嬢を救助する瞬間等は、素手なら確実に攻撃を当てる事が出来る。
(実際、メタモルには手……肉体で攻撃されたしな)
思いっきり弱点を突かれた訳だ。今後は、手練れには格闘戦の間合いには入られないよう注意しよう。
「おお、まるで奇跡だ……ハンナ、ハンナっ!」
「お父さんっ!」
「娘を助けてくださり、ありがとうございます!」
前世の苦い記憶に浸っていたカナタは、娘の無事を喜ぶ商人の声で我に返った。
「質問だけどさ、町ってどっち?」
そう言えばこれ、日本語だなと思いながらカナタは質問した。すると、名乗りもしないカナタの態度に目を瞬かせた商人が、戸惑いながら答えた。
「町ですか? 一番近いのは、街道をあちらに進んだティアシティですか……」
「あっち? この街道を進めばいいのか? 分かれ道も無し?」
「途中村に続く小さな分かれ道がありますが、大きな方の道に沿って進めば着けますが……道に迷われましたか?」
「いや、もう迷ってない。足と当座の金と飯と装備が手に入ったからな」
「それはどう言う――」
「まずは、そっちからな。男」
鈍い衝撃を商人は感じた。
「か……ごふっ?」
それが何か理解する前に、最愛の娘が目を見開いて血を吐いた。
「は……ハンナぁぁぁぁぁっ!?」
自分の腕の中に居たはずの娘の胸に、錆びたナイフが深々と突き刺さっていた。
「おー、思いの外深く刺さったな。これがスキルって奴か?」
「ハンナさん!?」
「お前、何をしやがる!? なんでこんな事を!?」
信じられないと目を見開いた顔のまま痙攣を始める娘と悲痛な叫びを上げる父親の様子を呑気に眺めるカナタに、冒険者の男達が驚愕に引きつった顔で武器を向ける。
「なんでって……いやー、名前がハンナだったからな。あの真理が化けてた大統領令嬢と同じ名前でさ、俺にとっては嫌な名前だったし、折角神様がセッティングしてくれた訳だし、ちょっと憂さ晴らしに。
つまり八つ当たりか。ハッハー、お気の毒~♪」
「お、お前何を言っているんだ?」
彼からすれば全く理解できないカナタの言葉に、冒険者の男は恐怖を覚えたようだ。一方、もう一人の冒険者はカナタをただの敵として処理する事を決めたらしい。
「死ねっ、狂人が!」
冒険者が突きだす槍をカナタは最小限の動きで避けて逆に距離を詰めると、容易く懐に入り込んだ。
「何だ、これなら素手で十分じゃね? でも一応武器と防具」
「なっ!? がはぁ!」
冒険者達にとって不運だったのは、カナタの軍隊仕込みの【格闘術】スキルのレベルがC級冒険者並に高かった事だ。D級とE級冒険者のペアだった彼らでは、技量をひっくり返せない。
しかもカナタは大人気なく【グングニル】を使い、武器による冒険者達の抵抗をすり抜けながら、防具を通り抜けて直接身体に届く拳と蹴りで一方的に攻撃している。
程なく、二人の冒険者は白目を剥いて倒れた。
「別にその子の名前がハンナじゃなくてベスとかハナコとかだったとしても、犯してから始末するかどうかの違いだったからさ、もし『自分がハンナと名前を付けたせいで娘は』なんて自分を責めてるなら、気にしなくていいぜ」
肺をナイフで貫かれて事切れた娘を抱いたまま、放心状態の商人にそうカナタは告げた。勿論、商人はそんな事を考えてはいない。
「こ、こんな……こんな事が許されると思っているのか!? いつかっ、いつか必ず、貴様に裁きが下る日が来る!」
「いやいや、こんなゲームみたいな世界のキャラの癖に、そんなマジに成るなよ。大丈夫だって、すぐに神様のロドコルテがどっかの誰かとして生まれ変わらせるだろうしさ。俺も、裁きとやらが下る前に、そうする予定だし」
娘を喪った父親の哀しみと怒りを軽く笑うと、カナタは山賊達と同じように彼らの肉体だけを灰になるまで燃やし尽くした。
「馬は初めてだが、【乗馬】スキルあるし、大丈夫だろ」
そう言いながら、カナタは商人や冒険者達の物品や装備を馬車に詰め込むと、御者台に乗って町へ向かった。商人が持っていた、お守りらしい柄に雷っぽい意匠が彫られたナイフは腰に差して。
ロドコルテが犯した、最大の失敗。それは、転生者の無選別だ。
確かにロドコルテは爆破テロで死んだフェリーの乗客から、テロリスト達悪人を除いた。だが、残りの乗員乗客からは拒否するかどうかを聞いただけで、選ぼうとはしなかった。
性格や性根、精神的な強さ、倫理観。それらを審査しなかった。
地球で死亡した当時に悪人であったかどうかなど、基本的過ぎて審査ですらない。
それなのに、多少考慮はしていたとしても複数回、それぞれ異なる異世界に転生させるような精神に負荷がかかる事をさせたのだ。
結果、雨宮寛人の様にオリジンで目覚ましい成果を見せる者も出たが、カナタの様な者も現れてしまった。
ロドコルテもカナタがこれほどの狼藉を行うとは予想外だったが……既に彼はラムダに生まれ変わっている。既に彼の行動を強制的に縛る事は出来ず、不確かな神託しか彼に意思を伝える事は出来ない。
『そんなつもりで君をその場所に転生させた訳ではないのだが……いや、些末な問題か』
海藤カナタの能力では、ヴァンダルーと違い巻き添えや途中で犯す狼藉で死ぬのは多くても千は超えないだろう。幾らラムダでもその程度で世界の維持に影響は出まい。
『しかし、本当にジョブに就かずレベルも上げず、武技についても学ばないつもりか? ラムダは文化や文明は劣っていても、個人の戦闘能力は地球やオリジンを上回るのだが……』
フロトは自分の事を今まで運に恵まれなかったが、優秀だと思っている。だから、運にさえ恵まれれば今回の企ても全て上手く行き、望んだ通りの報酬を受け取り新ハートナー公爵のお抱え魔術師に加わるはずだと信じていた。
(だと言うのに、こいつは一体何なんだ!?)
フロトとカシム達三人の冒険者と共に第七開拓村に向かうため歩く、ヴァンダルーに視線を走らせた。
今、ハートナー公爵家ではよくあるお家騒動が起きていた。当主はまだ存命だが、病気で倒れ寝たきりで公務にも支障をきたす様子。そして継承権を持つ二人の息子。
愛妾を母に持ちつつも武勇と軍才に優れ現役の騎士団長であると同時に公爵軍に絶大な支持を持つ長男、ルーカス。
そして、本妻の息子で内政に才を持ち文官に支持者が多く、中央にもコネを持ち選王に選ばれたらハートナー公爵領は益々発展するだろうと期待される次男、ベルトン。
通常なら、やはり本妻の息子であるベルトンが公爵家を継ぎ、ルーカスはアミッド帝国との最前線と成った事で存在感を増した公爵軍で軍才を振るうのが理想だ。
しかし、この兄弟はとにかく考え方が合わなかった。
次男のベルトンはアミッド帝国に対して防御を固めながら内政に力を入れ、帝国の鉾から公爵領を守る事こそが優先と考えた。そのために治安の悪化要因である煩わしい難民共を開拓と銘打った、実際は棄民政策すれすれの事業で町から開拓地と言う名の辺境に送り込み、都市の難民の数を激減させた。
そして開拓事業が失敗した村の住人は奴隷鉱山に送り込んで先細る金属資源を搾る様に採掘させ、砦の整備や守備隊の増強を行う方針を示した。
長男のルーカスは、サウロン領奪還の大義を掲げて軍に力を入れ、アミッド帝国の盾を貫いてハートナー公爵領の栄達を手に入れようと唱えた。そのために治安悪化要因である難民を徴兵して下級兵として使い潰し、軍に予算を注ぎ込んで正規兵を増強し、領の治安維持は守備兵と冒険者に任せるべきだと考えた。
どちらも正反対でありながら、どちらもハートナー公爵領のために考えに考えた事なので兄弟は揉めた。そして彼らを支持する者達と、彼らの政策が実現したら利益を得られる者達も派閥に別れる様になった。
フロトは、ルーカス派の末端である。魔術師ギルドでの権力争いに敗れ、窓際部署で時代に忘れられながら惨めに過ごしていたらルーカス派の騎士団の一人に声をかけられた。開拓事業にアルダ神官を装って潜り込める人材を探していると。
このベルトン主導で行われている開拓事業は、実際には棄民政策なのだが思いの外上手く進んでいた。七つの開拓村の内廃村になったのは一つだけで、他の六つは豊かさに差はあっても五年以上持ちそうだった。
失敗前提の開拓事業が成功してしまったら、これでもかとベルトン派の者達は彼の内政手腕を褒め称え、「無骨な兄君よりも、本妻の血を引くベルトン様の方がこの公爵領を上手く治めてくださるに違いない」と唱えるだろう。
それだけでこのお家騒動の決着が着く訳ではないが、ルーカス派としてはベルトンの功績はどんな小さいものでも少なく、そして失敗は少しでも多い方が良い。
そこでフロト達の出番と言う訳だ。彼は何年も前から巡教のアルダ神官に成りすまし、行商人に化けたルーカス派の密偵とは別に開拓村を巡り、手に入れた情報をルーカス派に流した。
村人から信頼を得るのは簡単だった。神官には冒険者の様なギルドカードは無く、流れの神官なんて幾らでも居るので、町の神殿でも把握していない。
そもそも司祭や高司祭なら兎も角、神官程度の低位の聖職者には資格も何も無いから神殿に務めでもしていない限り記録に残らないからだ。
極論を言えば、それらしい格好をして聖典を持っているか説法が出来る程度に暗記していれば、誰でも神官を名乗れる。更に光属性か生命属性以外でも魔術が使え、教養と知識があれば完璧だ。
このラムダでは【聖職者】スキルは存在するが、それは浄化等の儀式を行う手際や説法の上手さを表すスキルだ。その辺りを誤魔化せれば、意外なほど簡単に成り済ませる。
他の真っ当な聖職者が複数存在する町では通じないだろうが、小さな村で巡回の聖職者に求められるのは薬の知識や読み書きを教えてくれる教育、そして説法や英雄や聖者の逸話等の娯楽の提供なのだから。
そしてフロト達の働きで集められた情報によって、いよいよ各開拓村を廃村にするべく策が実行された。下級兵の成り手が減るが、ベルトン公子の功績が少しでも減るなら十分収支はプラスだ。
(だと言うのに……全てこいつのせいで邪魔されてしまった!)
策はどれもこれも荒く、周到と評価できない程度だった。そもそもフロト達も陰謀や破壊工作の専門家ではない。そうした専門家を動かせばベルトン派に気が付かれてしまうから、動いているのはフロトの様な専門外の者達だった。
だが、それでも小さな村に壊滅的な被害を与えるには十分なはずだった。
ヴァンダルーはカシム達やイワンを助けた。それは別に良い。街道近くの第七開拓村を潰すのはまだ先の予定だからだ。
だが行商人に扮した密偵が毒を盛り、第五開拓村を全滅させる策でケチがついた。猟師のカインに毒を盛り損ねたのだ。猟に出る予定の無い日は伝えてあったのだが、カインが予定を変えたのか単に密偵が間違えたのか……兎も角カインはフロトが居た第七開拓村まで助けを求めに来た。
それでもフロトが村人の解毒に力を貸す訳がなく、そもそも時間的にも間に合わない。翌日、村人達が毒で死んだ頃に村に着き、「これは流行病だ」とフロトが言えば、大量毒殺事件は無事闇に葬られるはずだった。
なのにヴァンダルーはカインを背に乗せて飛んで行った。自分なら治せると。
カインは疑わしげだったが、彼はイワンを既に治して見せている。そのため第七開拓村の面々が保証してしまい、フロトも否定する訳にもいかず、止められなかった。
だがどうせ無駄足だ、もし助けられても数人程度。いや、常識で考えるなら村に着く前に魔力切れで落ちているだろう。
そう思いつつ次の日、口ではカインやヴァンダルーを心配しつつ、第五開拓村での首尾を確認しに向かったら……驚くべきことに全員生きていた。多少疲れた様子だったが、それだけだ。
信じられない悪夢を、何とか口先では「奇跡だ」と喜んで見せながら、他の村に向かったヴァンダルーを追うと、フロトは自分が本当に悪夢を見ているのではないかと思わずにはいられない、ヴァンダルーの活躍劇を聞かされる事になった。
呪文も唱えず村人の病を治し、火傷の傷跡を治療し、指(実際は爪)から薬を出した。
フロトの仲間のテイマーが嗾けたオークを空から舞い降りて一撃で倒し、奪われるはずだった少年の命を救った。更に、ふと目を離した間に滑車や桶を設置すればすぐに使える井戸を作った。
ついでに、そろそろ山賊に襲われて壊滅している筈の村々が何故か健在だった。恐らく、これもヴァンダルーが絡んでいるに違いない。
そしてこの第二開拓村では、前々からフロトの上役が仕掛けていた毒入り肥料を浄化した挙句、ゴブリンを非常食にする方法まで授けたらしい。
既にもう神業と言うしかない。
(このダンピールは、一体何者だ? まさか、ベルトン派の回し者? いや、それならこいつはベルトン派の切り札の筈。これ程の事を成す腕の持ち主が、私のような末端の、それも即席の工作員のはずが無い。なら、こんな場所に切り札を派遣するはずが無いのだが……では、本当に通りすがりか?)
恐る恐るヴァンダルーに視線を向けたフロトだったが、彼はヴァンダルーの目を見てしまった。
(こいつっ、私を!? やはり、私を怪しんでいるのか!?)
「……どうかしましたか?」
まるですべてお見通しだと言うかのように、驚愕に目を見開く自分の顔が映る瞳で問いかけるヴァンダルーに、フロトは冷や汗が噴き出るのを感じた。
「い、いえ、何でもありません」
引き攣りそうになる声を何とか抑えてそれだけ答えると、ヴァンダルーは「そうですか」と言って、視線を何処かに向けた。
(こ、こいつは危険すぎる! カールカン殿に報告しなくては)
カールカンとは、フロト達の上役でこの作戦の指揮を執っている騎士団の男だった。
結果を見ずに村を後にした行商人に扮した密偵は兎も角、テイマーの男が既に報告しに向かっているだろうが、それではまだ足りない。第七開拓村に戻ったら、自分も報告するためにその日の内に町に向かわなければならない。
そうフロトが警戒している相手であるヴァンダルーは、実は彼の事を全く怪しんでいなかった。
自分に対して殺意や傷つけるつもりの無い思惑は【危険感知:死】で感知できず、更に彼は他人の内心を見ただけで分かるほど鋭くない。
目線があったとフロトが思ったのも、ヴァンダルーが漠然と空を眺めていたら視界に彼が偶然入ってしまっただけだ。
普通無表情は怒っているように見える事が多いのだが、ヴァンダルーのそれは人形のような虚ろさしか浮かんでいない。そのため、見る者によってどうとでも解釈できてしまう。
開拓村の人々のように友好的な目で見れば、友好的に。フロトのように猜疑心で見つめれば、自分が疑われているように。
そのヴァンダルーが今何を考えているのかと言うと、誰もが一度は考える事だった。
(鳥になりたい、誰か俺に翼をください)
何故自分は【飛行】すれば一時間程の道のりを、えっちらおっちら歩いているのだろうか? 勿論カシム達や神官を置いて行く訳にはいかないと言う事情があるのは、分かる。
カインの時のように彼らを持ち上げて【飛行】すると、流石にこの人数では重量オーバーだ。魔力を使い過ぎる。それに、四人を乗せていけるほどヴァンダルーは大きくない。急に強い風が吹くか、大鴉の様な魔物が襲ってきたら誰か落してしまうかもしれない。
だから地上を歩くしかないのだが、もしヴァンダルーが複数の人間を抱えて飛行できるような術が使えれば、こんな面倒も無いだろうにと、空を眺めていたのだ。
そしてふと、思う。
(あれ? 翼が欲しければ生やせばいいじゃないか)
そうだ、翼が欲しければ、生やせばいい。そう閃いたヴァンダルーは今すぐ試したくなったが、流石に自重した。
(流石に生命属性魔術で誤魔化すのも無理がある。第七開拓村に着いた後、エレオノーラ達と町に向かう時に試そう)
ネット小説対象に応募しました。宜しければ応援よろしくお願いします
2月4日に74話、7日に75話、11日に76話を投稿する予定です。