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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第四章 ハートナー公爵領編
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七十一話 食べ物が無ければゴブリンを食べれば良いじゃない

「……しらない……ほんとうに……ひらなひ……」

 死んだ魚のような目をした山賊の首領が、口の端から涎を垂らしながら呟く答えを聞きながら、ヴァンダルーは小さく唸った。


「本当に知らないのか。それにしては、タイミングが妙なんですよね」

 行商人による村人毒殺未遂事件の翌日、他の開拓村を山賊が襲おうとしていた。偶然と考えるにしては奇妙過ぎる。

 しかし、山賊の頭も手下達も、手掛かりらしい情報は誰も持っていなかった。


 縄張りを変えるため移動してきた山賊達は、ここから一番近いニアーキと言う町で開拓村の場所を情報屋から格安で仕入れ、第七開拓村以外には冒険者も居ないので簡単に襲えると知り、ここまで来たらしい。

 例の行商人も含めた一部の人間しか行き来の無い開拓村の内情を知っている、その情報屋が怪しいが山賊達は誰も名前も知らないし、顔も目から下を布で隠していたらしい。


 これでは追いようがない。


「念のためにもう少し注入してみますか」

「や……やめ……て……く……」

「あなたが、そう懇願する人達を殺したり犯したり売ったりするのを止めた事があったら考慮しますけど、あります?」

「な、なぁ……い……」

「知っていました」


 とろりと液体が滴る鉤爪の先端を、ヴァンダルーは首領の開きっぱなしの口に入れる。そして爪から分泌される液体を垂らして行く。

 その液体は、【毒分泌(爪牙舌)】で分泌した俗に言う自白剤だ。


 【毒手使い】のジョブで獲得した【毒分泌(爪牙舌)】スキルは、文字通り毒を分泌できるようになるスキルだが、グールのスキルと違い、分泌できる毒物に麻痺毒等の指定が無かった。

 それで、【毒手使い】に就く前から考えていた「このジョブに就いたら、毒物や薬物の扱いが上手くなるのではないか?」と言うアイディアを試してみると、死属性魔術だけで毒物を作るよりも毒性そのものは弱いが、様々な効果の薬毒を爪や牙、舌から分泌できるようになった。


 そしてヴァンダルーは自白剤や消毒液、麻酔や胃腸薬に日焼け止め、点眼薬、更にはビタミン剤まで分泌できる生きた薬局と化したのだった。

 ……代償が魔力では無くヴァンダルーが体内に持つ栄養素なので、魔術程乱発は出来ないのが欠点だが。


 そして首領に今までしたのと同じ質問をもう一度繰り返すが、答える前に首領は痙攣を始めると、そのまま死んでしまった。

「それで、さっきの質問の答えは?」

『知らない……本当に……知らない……』

 何事も無かったかのように首領の霊に答えを促し、それが今までと同じ内容だった事に落胆もせず、ヴァンダルーは死んだばかりの首領の身体を掴むと、首筋に噛みつく。


 そして【吸血】を行う。首領の体内に残っていた自白剤の成分も一緒に吸うが、彼の【状態異常耐性】スキルの前には、何の影響も無い。

「ふぅ、昨日から動物性蛋白質に飢えていたので、丁度良かった。後は……」

 手早く山賊の懐を探り、そこそこの現金を手に入れ、ついでに彼らの武器も回収して行く。そして死体は【ゴーレム錬成】で作った穴に放り捨て、【腐敗】で白骨になるまで腐らせてから埋める。


「これで良し」

 そしてヴァンダルーは再び【飛行】して、第六開拓村に向かった。


 村では特に何事も無い様子だったので、空から降りてきた白髪のダンピールに驚き集まって来た村人達から話を聞いて、何人か治療したらそのまま次の村に向かう事にした。

「お待ちください御使い様! 親父の目を治して頂いたお礼をしない訳には参りません!」

「いや、大したことはしてませんよ?」

 簡単な【霊体化】手術をした後、点眼薬を分泌して、薬を入れる小瓶を【ゴーレム錬成】で作っただけなのだが。


「息子の火傷を治して頂き、ありがとうございます! お蔭で息子の指が、指がっ」

 やはり簡単な【霊体化】手術と、同化して【高速治癒】スキルで傷を治して指を元通りにしただけだ。


 まあ、無医村(無治癒魔術師村)の村では大きな事なのだろう。しかし、やはり代価をお金で貰うのは気が引ける。この開拓村は、第七開拓村よりは勿論、そして第五開拓村と比べてもやや貧しそうだし。

「じゃあ、女神ヴィダの祠を、仕事の合間で良いので建立してください。石に聖印を刻んで、簡単な屋根を付けただけで十分ですので」

 そして今度こそ次の開拓村に向かったのだった。




《【手術】スキルのレベルが上がりました!》




 その村は、貧しいながらも村人が一生懸命日々を過ごす良い村だった。

「ぶぎゅぎゅぎゅっ!」

「ぶふぅぅぅう!」

「ブギギギギギ!」

 村を囲う粗末な木の壁を破って、三匹のオークが入ってくるまでは。


「に、逃げろっ、オークだ!」

「ひぃぃぃっ!」

 村人達は我先にと駆け出す。冒険者にとっては馴染みの敵のオークも、貧しい難民上がりの村人達にとって大きな脅威だ。


 一匹だけなら猟師や村の若い衆で囲んで何とか追い払う事も出来るかもしれないが、三匹纏まっているならどうしようもない。

 村の男衆が総出でかかれば追い返す事は可能かと思うかもしれないが、村と言っても農地を含めればそれなりに広い。前触れも無く現れたオークの所に、全員が武器代わりの農具を持って即駆けつけられるはずが無いのだ。


 オーク達は逃げ惑う村人達から品定めする様に見回しながら、のっしのっしと軽快な足取りで進んで行く。

「きゃあっ!」

 その視線の先で、逃げようとしていた少女が転倒した。まだ成人するまでには一年か二年かかりそうだが、オークの穢れた欲望を満たすには十分な年齢だ。


「ブフッフゥ」

 我先に少女に近づく三匹のオーク。

「ベスっ! 今行くぞ!」

 そこに駆け付けるのは鍬を持った少女と同じ年頃の、狼の耳と尻尾を生やした獣人の少年だ。


「モーリスっ! もう無理だっ、助けられないっ、逃げるんだ!」

「嫌だっ! ベスをオークなんかに渡して堪るか!」

 父親らしい同じ狼の獣人の男の制止を振り切って幼馴染の、恐らくは好きな少女の下に駆け付ける。

「モーリスっ、来ちゃダメーっ!」

 ベスもモーリスを止める。彼ではオークに勝てない事が解っているからだ。勿論モーリスだってそれは解っている。


 自分の様な子供が鍬で退治できるなら、冒険者も苦労しない。きっと数秒ベスが汚されるまでの時間を稼いだだけで、自分はオークが持つ棍棒で殴り殺されるだろうと。

 だが、それでもモーリスは自分の行動を止める事は出来なかった。

「お前等っ、俺が相手だ!」

 そう啖呵を切って鍬を振り上げる少年を、オーク達は「ブキャキャ♪」と歓迎した。雌の近くに、まだ肉の柔らかそうな若い雄が来たのだから。


「ブホホっ!」

 早速殺して肉にしようと、オークが棍棒を振り上げる。

「うぉぉぉぉっ!」

 一方、モーリスが振り上げた鍬はオークの分厚い脂肪とその下の筋肉に、突き刺さる事無く弾かれてしまった。

 モーリスの顔に、絶望が過る。


 ぱっと、血が飛び散る。

 ベスはそれがモーリスの物だと思って、目を閉じた。モーリスも、自分は死んだのだと思った。

「まず一匹。続けて、【重拳】」

 しかし、村人達は見た。空から猛スピードで降下してきた白い子供が、一撃でオークの頭を爆砕したのだ。


「ぶぎぃぃぃ!?」

 二匹目のオークの頭に、動きが大きくて避けられやすいと言う弱点はあるが、その分高い威力の【格闘術】の武技で攻撃して殴り殺す。


「ブゴッ!?」

 三匹目は我に返って棍棒を振り上げるが、ブラガ達に混じって修業していたヴァンダルーの目から見れば遅すぎる動きだ。

 ザクリと、鉤爪で致死量を超える神経毒を注入する。


 オークは大きく数度痙攣すると、膝を折りそのまま倒れ伏した。


「あ……あれ?」

 そしてヴァンダルーはぽかんとしているモーリス少年に振り返って、口を開いた。

「無謀なのはどうかと思いますが、人間ですから感情が先走ってついという事もあると理解できます。俺にも覚えがありますし。

 何が言いたいのかと言うと、助けられて良かったです」


「あ、ああ、ありがとう」

 すらすらと喋る、半身が血に染まり片腕が変な角度に曲がったまま宙を浮いている少年に、反射的に礼を言うモーリス。


「なので、俺を怖がらないでください」

 相変わらず、対人運に自信が無いヴァンダルーだった。襲われるところだったのを助けても、「ひぃ、別の化け物だ!」と言われるのではないかと、不安に駆られている。

「あの、腕が……」

 落下の加速とオークを撲殺した衝撃に耐えられずに折れた腕を指摘されたヴァンダルーは、もう片方の手で無造作に腕を真っ直ぐにして、服の下の部分だけ【霊体化】。骨や血管を正しく配置してすぐ治るようにする。


「治りました」

「な、治ったの?」

 ベスも目を開いて驚いているが、次にヴァンダルーに言われた言葉でモーリス共々完全に我に返った。

「それより、オークの解体をしませんか? 三匹も居れば、村人全員がお腹一杯食べられますよ」

 近くにモーリス達が居た事もあるが、肉を回収可能な殺し方をするために魔術を自粛したのだから。食べないのは勿体ない。




 オークの霊から何故村を襲ったのか聞くと、ボスに「この村で好きに暴れろ」と言われたという答えが返ってきた。

『ではそのボスは?』

『オレ達を放して、何処かへ行った』

『ボスはオーク?』

『違う、人間』

『顔と名前は分かる?』


『ボスと名乗ってた。顔は、鼻が人と同じ形』

『耳は尖ってなかった。色はお前より黒かった』

『角とか翼とかは生えてなかった』


 霊になっても賢くなる訳ではないので、分かったのはこの程度だった。

 推測すると、多分人種のテイマーが何故かこの開拓村にオークを三匹も嗾けたらしい。やはりレムルースを作って周辺に怪しい人影が無いか探すが、やはり見つからない。

 土地勘って、何処かに売ってないだろうか?


 そう嘆きながら、ヴァンダルーは鉤爪を使ってオークの解体を行った。

 ヴァンダルーはソロで活動する冒険者なら大体持っている【解体】スキルを持っていない。しかし、彼はその代わり、【料理】と【手術】スキルを持っていて、それで【解体】と大体同じ事が可能だった。

 それで村人達の誰よりも素早くオークの解体を済ませ、ついでだからと腐りやすい内臓で料理を始めた。


 しかし最近水が不足気味なので、料理に大量の水を使う事が出来ないと村人達は言う。それでは内臓の処理が出来ない。だが、死属性魔術や【ゴーレム錬成】等のスキルを使う所を村人達に見せたくない。

 なのでヴァンダルーは村人達の目を盗んで誰も居ない家の裏手に行くと、素早く【ゴーレム錬成】で井戸を掘った。


 【幽体離脱】して地面の中を探り、手掘りするには難しい深さに地下空洞と地下水脈を発見。地上から地下水脈までの間の土を材料にアースゴーレムやロックゴーレムを作り、地下空洞にゴーレムを移動させれば地下水が出る。

 そして穴の側面をロックゴーレムで固めれば、井戸の完成だ。勿論、地下水が飲料に適する事も確認済みだ。


「あれれー、こんな所に井戸があるよー」

 そして某体は子供な名探偵の真似をして村人を誘導。

「そんな馬鹿な、こんな所に井戸なんて……井戸だっ! 井戸があるぞ!?」

「何だって!? こ、これは一体……!?」

「水はっ!? 水はどうなんだ!?」


 殺到する村人達。既に汲んでおいた水を持って調理に戻るヴァンダルー。

 そして丁寧に内臓を処理する。

「幾ら【殺菌】や【消毒】があっても、物理的に内臓の中身が無くなる訳じゃないですからね」

 人体に無害でも、オークの内臓の内容物を口にしたい人はいないだろう。ヴァンダルーもそうだ。


「ありがとうございます、御使い様! 息子達を助けてくださったばかりか、こんな豊かな井戸まで与えてくださり、何とお礼を言えば良いのか……っ!」

「お蔭で村はこの先何年、何十年も栄え続けます! ありがとう、ありがとう!」

 因みに、当然井戸がヴァンダルーの仕業だと村人達は気がついた。


 尤も、ヴァンダルーも完全に誤魔化せるとは思っていなかった。要は、未知の魔術とスキルを使っている事を知られなければいいのだ。井戸を掘るだけなら、土属性魔術や水属性魔術で十分できるだろう。

「あのー、ちょっと料理の途中……ええっと、感謝はヴィダの祠を作ってくれれば十分なので」

「分りました! 村が栄えた暁には、神殿を建立いたします!」

「いえ、祠で十分ですよ」

 ただヴァンダルーが想像していたよりも村の水不足は深刻だったらしい。数年の内に改善出来なければ、村の放棄も考えなければならなかったそうだ。




『それでヴァンダルー様、今は何処に向かっているの?』

「最後の第二開拓村です」

 通信用マジックアイテムのゴブリンの干し首で、ヴァンダルーは【飛行】しながらエレオノーラ達と話をしていた。


『失礼ですが、何故ヴァンダルー様は開拓村を助けて回っているの? 今回の目的は冒険者ギルドで登録する事よね?』

 どうやらエレオノーラはヴァンダルーが何故開拓村を助けて回っているのか、分からないらしい。

『そう言うなよ。人助けは良い事じゃねぇか』

『偉いぞ、キング。ところで俺の出会い――』

『あまり目立つとヒヒリュシュカカを奉じる吸血鬼に気が付かれるわ。あまり余計な事はするべきじゃないと思うのよ』


 ズランは元々交易があったハートナー公爵領の人々に好意的だ。正確には開拓民はサウロン公爵領からの難民なのだが、区別する気は無いらしい。

 しかし、エレオノーラはそんな事よりも早く冒険者ギルドに登録するべきだと訴えた。


 タロスヘイムの民でも無く、何の得にもならない人助けをするために危険を冒すべきではないと言う極めて常識的な主張だ。

 実際、普通の通りすがりなら「大変だな」と思いつつ、素通りするだろう。勿論、治癒魔術が使える魔術師なら第七開拓村でイワンを助ける事はしたかもしれない。

 しかし、その後第五開拓村まで行っただろうか? 更にその後他の開拓村を回ろうと思うだろうか? 義務も無い、冒険者ですらないただの通りすがりが。


 実際、ヴァンダルーは開拓村の人々を助けても実利を得ていない。得られたのは貧しい人達からの感謝と尊敬、粗末な宿屋や食事、ヴィダの祠を建立すると言う口約束。それらは、彼が目標を達成するにあたって何の役にも立たない。

 冒険者登録は開拓民とは関係無く出来るし、登録前に開拓民を助けなかったからと言って登録を断られる事は無い。


 貴族に成るのに一般庶民の中でも下の方の民からの人望は特に考慮されないので、無くても問題無い。

 ダルシアを復活させるのにも、ハインツ達仇を殺すのにも、何の力にもならないだろう。

 だから得どころか、敵である邪神派の吸血鬼達に気が付かれる危険性が増すだけだと、エレオノーラには思えるのだ。


「それはそうですけど、助けられるなら助けておいた方が良いじゃないですか」

 しかしヴァンダルーに言わせるとこうなる。

「情けは他人の為ならずと言います。こうして良い事をしていれば、巡り巡ってきっと良い事が返ってきます」

『そ、そうなの?』

 ヴァンダルーの理論は、エレオノーラの価値観と半生を顧みると、愚かなお人好しの理論と言えるものだ。


「そうです」

 しかし、ヴァンダルーはきっぱり言い切る。

 何故なら彼は人の醜さ、愚かさ、悪意、邪悪、を信じているからだ。それを持つから人間足りえるのだとすら考え、自身にもある事を否定しない。


 しかし醜さは美しさが、愚かさは賢さが、悪意は善意が、邪悪は善良さが存在して初めて成立する概念だ。この世の全てが醜く愚かで悪意に満ち、邪悪ならば態々それらを表す言葉は産まれない。全ての負を「普通」、「凡庸」、「通常」、「平均」と表現すればいい。

 だから、人には美しさ、賢さ、善意、善良さが存在するのは疑いようも無い真実である。

 よって、ヴァンダルーは人間の美しさ、賢さ、善意、善良を信じていると言い換える事が出来る。


「力を持つ者の義務とか言うつもりはありません。そう言う考え方、俺は嫌いですし。俺はただ自分が幸福に成りたいので、皆を少し幸福にしているだけです」

『でも、吸血鬼は……?』

 そこまで話を聞いたエレオノーラは、ヴァンダルーは幼い子供が教えられる「皆を笑顔にすると、自分も笑顔に成れる」等の考え方を、敵や仇以外には実践しているのだと解釈した。


 それなら、何とか納得できる。お人好しだなとは思うが、彼女自身元はヴァンダルーを殺すために送り込まれた刺客だ。そのお人好しな考え方のお蔭で今の彼女がある。

 しかし、それでも吸血鬼に気が付かれる危険性は考えて貰いたいのでそう訴えると、ヴァンダルーは気楽に答えた。


「まだ大丈夫でしょう。ヒヒリュシュカカを奉じるグーバモン達がこの大陸で最も有力な吸血鬼勢力でも、出来たばかりの開拓村に情報員を常在させる程、組織力は無いでしょうし。

 村に行商人が来るのはまだ先で、俺の事が町まで知られるのはもっと先です」


『それなら、良いのだけど……』

『じゃあ、俺達もその開拓村の近くに行くか?』

「んー、村の人達に見つからない様にしてくださいね」

『キング、俺のこ――』

『それと、俺達の子孫やレビア様の事も出来たら聞いておいてくれよ』


「はーい。でも村の人達は知らないと思いますよ」




 最後に着いた第二開拓村では行商人による毒殺未遂事件も、忍び寄る山賊も、オークを嗾けるテイマーも、何も無かった。

 ただ、突発的な危機の代わりに慢性的な危機がずっと前から続いていたらしい。


「最初の年は良かったのですが、何故か米の収穫高が年々下がる一方で。土地の改良などもしているのですが……このままでは三年後に税を払うどころか、今年の冬には餓死者が出かねません。アルダの御使い様、どうか村をお救い下さい」

 ドワーフの村長以下、村の衆に頭を下げられるヴァンダルー。村を上げて豊作を願う祈祷をしていた時に空から降りてきたからって、いきなり御使い認定はどうなのだろうか?


「まあ、やってみますけど……あと、俺はヴィダの信者のダンピールです。アルダの御使いではありません」

 これまでの開拓村同様、この第二開拓村も何故かアルダの祠しかない。あの第七開拓村で会ったアルダの神官が、余程熱心に布教したのだろうか?


 それは兎も角、ただ不作なだけではヴァンダルーに出来る事は限られている。とりあえず、田んぼの土を見てみようと、行ってみる。因みに田んぼは水を張っていない乾田である。

 【農業】スキルによる知識や勘でざっと見ると、確かに稲が弱っているように思えた。


 水は十分あるし、病気にかかっているようにも見えない。そこで土を舐めて味で成分を調べてみようとすると、【危険感知:死】に微弱な反応があった。

「もしかして、毒かな? 【消毒】」

 すっと、土から反応が消えた。どうやら、人体に有害な成分が土に混じっているようだ。稲に【無毒化】をかけると効いたので、不作の原因はそれだろう。


「でもなんで土に毒が?」

 おかしい。この村の土の質と、他の開拓村の土は同じように見える。農業用水に毒が混じっているなら、用水路にも【危険感知:死】が反応するはずだ。


 特殊な肥料でも使っているのだろうか? そう思って聞いてみると村長を含めて誰もが首を横に振った。

「肥料は草木灰や、人糞から作った堆肥を使っております。ですが、他の開拓村も同じ事をしているはずですじゃ」

「親父、一度騎士団の方々が訓練のついでに害虫除けの薬を持って来てくれた事があったじゃろう」

「そう言えばそうじゃのう。あれは、公爵閣下の長男のルーカス王子が団長の騎士団じゃったな。しかし、他の開拓村にも同じ薬を届けたそうじゃが……」


 髪と髭の色が白か黒かでしか見分けがつかないドワーフ村長とその息子の会話を聞いても、はっきりとした事は分からなかった。

 いや、どう考えてもその害虫避けの薬が怪しいのだが、騎士団がこの開拓村の田んぼにだけ毒を盛る理由が分からない。


 変なお家騒動でもしていなければ、だが。

(開拓事業は確か次男のベルトン主導で、騎士団の団長は長男のルーカス。行商人や山賊、テイマーにこの村の田んぼ……嫌な予感しかしない)

 お家騒動が起きているとして、何故こんな領の端の貧しい開拓村で陰謀劇をやっているのやら。血みどろの骨肉の争いは、城か屋敷の中で自分達だけでやってくれれば良いのに。


「とりあえず、田んぼの土と稲の毒は消しておきました」

 もしかしたら証拠を消してしまったかもしれないが、もしそうなら犯人のバックには権力者が居るので保全しても無駄だろう。

 村人達は歓声を上げるが、しかしヴァンダルーとしては微妙な成果だった。毒が消えても冷害や害虫、病気などで凶作になったら冬に餓死者が出る現状は変わらないからだ。


 この村の食糧事情を改善する方法は何かないか。田んぼに魔力をばら撒くとあぜ道に植えてある豆がモンスタープラント化しかねないので、それ以外で。

 そう考えると、ふと思い出した事があった。ゴブリンキングが居た影響か、開拓村の周辺では今もゴブリンが普通より多い。そして、ゴブブ草は探せばすぐ手に入る。


「では皆さんに、非常食として不味くないゴブリンの食べ方をお教えします」

 グールの非常食、ゴブゴブを作ろう。

ネット小説大賞に参加しました。宜しければ応援お願いします。


1月30日に72話、2月3日に73話、4日に74話を投稿する予定です。

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