六十六話 閉幕のベルの音は澄んで、しかし神には忌々しく響く
年間ランキングに入る事が出来ました。ありがとうございます!
火事場泥棒をしてから大体四か月。季節はすっかり夏になった。昼間から周囲の熱を奪う【鬼火】冷房が欠かせない季節である。
あれから六歳に成ったヴァンダルーは、タロスヘイムで忙しく過ごしていた。農業と繊維業の体制作りが大変だったからである。
まず、畑の土ごと略奪した作物は順調に育って……順調すぎるほど育っている。最初は山脈一つ越えただけで気候が大きく異なるので、死属性魔術で死ぬのを強制的に止めて、何世代かにかけて品種改良して行くつもりだった。
しかし、作物はタロスヘイムの土にあっさり適応した。多分、元魔境の土で育っていた作物なので今も準魔境であるタロスヘイムの土と相性が良かったのだろう。
麦は作付けから三カ月で収穫できるようになり、タロスヘイムで発生しかけていた穀物不足を一気に解消してくれた。
他の野菜も普通よりも早く収穫できるようになった。……何故か枯れずに次の花を咲かせたり、気がついたら根っこを足代わりにして歩き出したりしているが。どうも、肥料として魔物の使わない部分を【発酵】させて更にヴァンダルーの魔力を注いだ物を撒いたのが原因らしい。
「まあ、良いか」
普通の農家のように付きっ切りで世話をしなくて良いのは助かる。出来る作物も良質なので、文句は無い。
ただ、見に行く度に「食ってくれ」と突撃して来るのは勘弁して欲しい。幾ら良質でも、玉葱の生はきついです。トマトを「食らえ」と投げつけるのも止めてください。うちの国ではそんな祭りはありません。
「全部受け止めるのは骨なんですよ」
そう訴えながら【霊体化】で増やし伸ばした腕で、魔物化した野菜が自らの実を捥ぎ取って投げつけて来るのをキャッチして収穫。
それを何度か繰り返して、やっと止めてくれた。
どうも、実を付けるタイプの野菜は危険らしい。麦や根菜、イモ類は現在魔物化していない。
一方、繊維の方は途中まで上手く行った。
「起きろ」
ウッドゴーレムを作る時と同じ要領で、原料を【ゴーレム錬成】で操る事が出来たのだ。
流石に植物の状態から直接繊維だけを取り出す事は出来なかったが、煮て柔らかくした物から繊維を抜き取って糸にする事は出来た。
ボークス亜竜草原で取れる植物からは麻布が出来た。後ニードルウルフの腹側の毛皮から羊毛のようにフワフワで温かい毛糸が、更にセメタリービーからは絹糸っぽい物が出来た。
セメタリービーは地球のミツバチやスズメバチのように、蛹をすっぽり包むような繭を作らない。しかし、幼虫が蛹になると、蛹のいる巣の部屋に蓋をする。
セメタリービーの場合は、その蓋が糸で出来ていたのだ。成虫になると体長三十センチメートルになる蜂の蛹が収まる部屋の蓋だ。蚕の繭から採れるのよりも若干多い量が採れた。
勿論、蓋はセメタリービーが羽化する時に破いてしまう。しかし大鋸屑からでも板を作れるヴァンダルーにとって、破れた蓋をゴーレムにして、蓋の繊維を元通りにして糸にするのは難しい事では無かった。
うっすらと蜂蜜色をしたこの絹を、ヴァンダルーは蜜絹と名付けた。
「まあ、順調なのは糸や布にするまでなんですけどね」
ゴーレム化した糸車で、糸は作れる。同じくゴーレム化した織り機で、布も問題無い。染料も、イモータルエントが落とした葉や枝を煮出して何色かは揃う。
それで作った布はエレオノーラの目から見ても見事な品質で、商業ギルドに持ち込めば商人たちが我先に殺到する物だったが……やはり布は布である。
服では無い。
「服飾って、難しいですよね」
「まあ、そうじゃな……」
「ふ、褌なら我も出来るぞ」
『いや、それ縫ってないじゃないですか』
『妻が居れば簡単な物なら仕立てられたのですが』
『娘なら何とかなぁ……』
布から服に仕立てるには、皆経験と知識が不足していたのだ。グール達にとって布は滅多に手に入らない貴重品で衣類は主に毛皮や皮を使っていたし、タロスヘイムの巨人種アンデッド達は長く外界に接してこなかった事もあり、服飾に拘る余裕が無かった。
リタやサリア等、簡単な裁縫が出来る者はいても、服を一から作れる針子や服飾職人は居なかったのである。
ヴァンダルーも似たようなもので、精々学校の家庭科の授業で習った程度だ。当時を思い出せば、エプロンぐらいなら何とか行けるかもしれないが。
オリジンの繊維を研究していた学者も、作った繊維から服を作るのは専門では無かったし。
「まあ、スキルが手に入れば色々作れるようになるでしょう」
スキルが有れば、地球で見たあの服はどうすれば作れるのか、何となく分かるかもしれない。
結局貫頭衣等の他は、皆で試行錯誤する事になった。
《【農業】、【服飾】スキルを獲得しました!》
謁見の間の玉座に座るヴァンダルーの前に、多くの霊が並んでいた。
彼らはバルチェブルグに攻め寄せた遠征軍のアンデッドに入っていた霊だ。あれから四ヶ月以上かけて彼らは戻って来たのだ。
尤も、この場に居るのは二度の死と長時間の移動を経ても、人格が完全に崩壊する事無く保っている百人程しかいない。やはり、ヴァンダルーに眷属として認められず、身体が崩壊した後死属性魔術で霊体の保護もされずに四か月も経つと、大体の霊は唸り声をあげるだけの状態になってしまうようだ。
「皆よくやってくれました。これで、タロスヘイムを攻めに来た罪は許しましょう」
そう告げると、霊達が歓声を上げた。彼らはこれから正式にヴァンダルーの旗下に加わる事が出来ると、心から喜んでいた。
「では、チェザーレ将軍。彼らを案内してください」
『はい……陛下ぁ』
そして誇らしげに勲章を胸に着けた軍服姿で現れたチェザーレが現れると、霊達の反応は二つに分かれた。
大多数の者はかつての上司との再会に歓声をますます大きくし、少数の者は驚愕に元々崩れ気味の顔をますます崩れさせる。
『ちぇ、チェザーレ! 貴様が将軍だと!?』
少数の者の筆頭は、ランギル・マウビット将軍だ。彼は生前属国出身であるため副司令官だったチェザーレの予期せぬ出世に、目玉が零れ落ちるほど目を見開く。
そんな彼に、チェザーレはクククと含み笑いで答える。
『これはこれは、マウビット元総指揮官殿。お久しぶりです』
『貴様が将軍とは、どう言う事だチェザーレ! 貴様は儂と同じヴァンダルー様の敵だったはず! それが何故将軍に!?』
『フフフ、蝕王様は懐の深きお方。私の働きを高く評価してくださり、勲章と共に将軍の地位を頂いたのですよぉ』
『そんな馬鹿な!?』
マウビットはそんな馬鹿なと言うが、実際チェザーレはとても役立ってくれている。
彼は超有能な指揮官では無かったし、天下無双の武威も無い。しかし、アンデッド化した後でも事務能力の高さを維持しており、軍の運営方法や物資の揃え方、更に盾国の各砦の構造や、各国が採る戦略等にも詳しい。
更に軍事以外にも法律や商業に関してもある程度詳しい、ヴァンダルーにとってこれから必要な人材……死材なのである。
ボークスは強いし頼りになるし信頼できるが、基本的にデスクワークが出来ないのだ。
『さあ、陛下の誇りある将兵達よ! 諸君には陛下から新しい身体が与えられる! 私と黒牛騎士団と共に、蝕王陛下のために戦うのだ!』
黒牛騎士団も、ヴァンダルーは使い捨ての軍団には加えなかった。彼らが持つ高い水準で集団戦を行える技術を、巨人種やグール達に教える教官役をさせている。
それに騎士なので程度の差はあってもデスクワークが出来るため、何処に置いても使えると言う便利さがあるのでこれからも重宝するだろう。
因みに、ライリーの奴隷だったフラーク、ゲニー、メッサーラの三人もそれぞれ利用価値があるのでキープしてある。前歴が前歴なので注意が必要だが、今の所大人しい。
そして元遠征軍の霊達の盛り上がりは加速した。チェザーレが将軍である事や、黒牛騎士団がそのまま残っている事を聞いて、これからの人生(?)に希望を覚えたようだ。
『み、認めん! 儂は認めんぞ、貴様が将軍などと!』
逆にマウビットはそう叫ぶが、次の瞬間には声を引きつらせた。
「それは、俺に不満があると?」
謁見の間の空気が変わり、全ての霊がマウビットに怨敵を睨むような形相を向ける。
『ひっ! そ、そんな、儂はただ――』
「チェザーレは俺が将軍に任命し、勲章を与えました。全て、俺の権限と意思によるものです。それに不満があるなら、俺に不満があるのと同じでしょう?」
『そ、それは――も、申し訳ございません! 過ぎた物言いをお許しください!』
頭を下げるマウビットに、ヴァンダルーは「許す」とは言わない、冷淡な態度を取る。そこにチェザーレが助け船を出す。
『申し訳ありません、陛下。部下の無礼をお許しください』
ニタリと哂うチェザーレの声に、マウビットの霊が震えるが無視される。
「部下にしていいんですか? 苦労しそうですけど」
『勿論です。使えない者を使うのも、上に立つ者の務めですので』
「……分かりました。人事はチェザーレに一任しましょう」
『はは、ありがたき幸せ。
さぁ、立て! 貴様は一兵卒からやり直しだ!』
チェザーレと彼の部下にマウビット元将軍の霊が連れて行かれる。本音を隠せない霊の状態なので、凄い形相になっているが、滑稽さしか感じられない。
その後に大勢のチェザーレと同じミルグ盾国出身の霊と、少数の悲壮な顔つきをしたアミッド帝国出身の霊が続く。彼らの多くはリビングアーマーか、カースキャリッジに成る予定だ。
因みに、残りの人格が崩壊した霊はゴーレムかカースウェポン行きだ。
どちらにしても、霊に身体を用意せずそのままアストラル系と呼ばれる、ゴーストやレイスの様な霊体のみのアンデッドには出来ない。
以前は単純にヴァンダルーの【死属性魔術】のレベルが低い事が原因だったが、今は技量的な問題はクリアしている。問題は材料にする霊だ。
霊がアストラル系のアンデッド化するには、霊本体に尋常ではない負の感情が必要だからだ。怒りや憎しみ、無念や哀しみが無ければ、アンデッド化出来ない。
ヴァンダルーに殺された者達は【死属性魅了】の効果で殺された事に喜びを覚え、恨みを口にするどころか「殺された御恩返しをさせてください」と言って頭を垂れるくらいだ。
とても霊体のみで実体化できるアンデッドには成れないだろう。
それは兎も角。
「……茶番も疲れるなぁ」
必要な事だが、あまり面白くない。
先ほどのやり取りは、チェザーレが霊達を纏めるのに必要な事だった。序列を全員の目に明らかにしなければ、ヴァンダルーが居る間はいいが、選王国に行っている間に何かあってはいけない。少数だが帝国出身の霊に指揮系統を分からせなければならない。
魔王とかそう言う集団でありがちな派閥争いとか、足の引っ張り合いは邪魔なだけだ。いっそマウビットの魂を砕けばいいのかもしれないが、いきなり最終手段を実行するとその次に何かが起きた時どうするか困ってしまう。
最終手段は、彼が何か見過ごせない程良からぬ事を企んだ時だ。……不満は余暇に上司の愚痴を言うぐらいで抑える賢明さを、彼が発揮する事を祈るばかりだ。
「では、ライリーとゴルダンは前に」
そして残っていた二人の霊を呼びつける。
『お呼びですか、神よ』
『へへ、へへへっ』
ゴルダンの霊が狂人の顔つきで、ライリーの霊がヘラヘラと緩んだ顔で近づいてくる。その姿を見ると、込み上がって来るものがある。
「コフっ……二人に、頼みがあります」
小さく咳き込んで、唾液に混じる血の味を強引に無視しながらそう告げると、二人は恭しく一礼する。
『何なりとお申し付けください。この身は、全てあなたに捧げております』
『何でも言ってくれよぉ、ヒヒッ、槍さえ、槍さえあれば誰だって殺してやるぜぇ』
ああ、もう本当に無理。
「滅びろ」
【霊体化】した両腕を、それぞれライリーとゴルダンの霊に突き入れた。二人は驚愕に固まった後、絶叫を上げた。
『ぎゃひああああああっ!? な、何をっ、何で!?』
『お゛ぐあああああ! か、神よっ! 何故ですっ、儂の罪は、罪を許すとおおおぉがぎゃがががっ!』
「……ええ、【今回の】罪は許しました。でも、母さんにした事は許していない」
絶望と苦痛に顔を歪める二人を見ながら、ヴァンダルーは血の混じった唾を飲み込んでから続けた。
「一応、考えた。耐えようかと思った。努力もしてみた。でもね、ダメなんですよ」
『あああああっ、おっ、俺は、俺は悪くないいいぃぃぃぃっ!』
『わ、わ゛じはあ゛、ただ、教えに、従ってえ゛っ!』
「そんな事は解ってますよ。お前らが悪くない事は、とっくに」
ライリーは悪くない。彼はただ冒険者だっただけだ。密林魔境のグールを討伐するための隊に参加したのも、今回の遠征軍に参加したのも、犯罪奴隷を盾にしたのも、ダンピールを産んだ女を捕まえて狂信者共に引き渡したのも、何一つ悪くない。
どれもこれも、彼が居た社会では犯罪ではない。法の下で裁かれない行為だ。
吸血鬼と取引した事だけは極刑に値する重罪だが、帝国や盾国の代わりにヴァンダルーが執行する義務も謂れも無い。
ゴルダンも悪くない。彼はアルダの教義に従って吸血鬼やそれに従う者を退治していただけだ。
ダンピールを殺そうとしたのも、ダンピールを産んだ女に鞭や焼き鏝で惨たらしい拷問にかけたのも、晒し者にして火炙りの刑で焼き殺したのも、何一つ悪くない。
寧ろ、帝国とその属国では人々に称えられるべき善行だ。
そう、ヴァンダルーとは属する社会が、立場が異なるだけなのだ。
それにアンデッド化したゴルダンとライリーは役に立つだろう。身体は無いが、新しく用意してやれば戦力になるはずだ。
だからこの四ヶ月、色々考え耐えようとしてきたのだが……無理だった。
「ストレスで【状態異常耐性】スキルのレベルが上がるくらい無理なんですよ。お前らを許す事を考えただけで、胃に穴が空くし、さっきもちょっと血を吐きましたし」
『ぞ、ぞんな……!』
『あげがあがががががっ!』
そもそも考えてみれば、社会や立場が違えば善悪が異なるなんて当たり前の事だった。地球でもオリジンでも、属する社会と立場が異なる者同士が争い、殺し合うなんて日常的に行われている事だと思いだした。
ならヴァンダルーが耐える必要があるだろうか? もし彼がラムダの人々に何か啓蒙する事を目的とするなら、耐えるべきかもしれない。二人を許すべきだろう。
だがヴァンダルーがしたいのは、自己幸福の追求だ。自己犠牲を前提にした啓蒙活動等に労力を払うつもりは無い。
では許すのも受け入れるのも無理なら、ゴーレムにして何処かに埋めて放置するか適当に解放すると言う選択肢もある。しかし、それは考えれば考えるほどあり得ない選択だ。
ライリーとゴルダンは、エブベジア近くの森の地下に放置しているダルシアを密告した猟師のオルビーとは危険度が全く異なる存在だ。適当に魂を放置してロドコルテやアルダやユペオンやヒヒリュシュカカに回収されたら、また自分の前に立ちはだかるかもしれない。
それならまだ良いが、自分の目が届かない所から皆に害をなすかもしれない。
神が何処まで出来るのかは分からない。しかし、ヴァンダルーは神の悪意を信じている。奴らがどれ程残酷で悪辣なのか知っている。
特にゴルダンは地球で言う天使を自らの肉体に憑依させる、【御使い降臨】と言うスキルまで使っていたので、まず間違いなくアルダも注目している。
だからそんなリスクは冒せない。
「そして何より、お前等が憎い」
『『ギャガがガアアアーーー』』
ガラスが擦れるような聞き苦しいゴルダンとライリーの悲鳴が、澄んだ破砕音と共に途切れる。
ドロリと霊体が崩れ、光る粒子の様な魂の欠片がサラサラと消えていく。
それを見た時、ヴァンダルーは心の底から晴れ晴れとした気持ちになった。セルクレントの魂を砕いた時にも感じた、世界が少し綺麗になったような清々しい清涼感に気分が高揚する。
「――さてと。後仇は五人か」
ハインツとその仲間、トーマス・パルパペック伯爵、原種吸血鬼のグーバモン。アルダやユペオン等神は殺せる所に居るかどうか不明だから省くにしても、錚々たる顔ぶれだ。
先は長そうだ。
「では、今回の戦争勝利を祝って乾杯」
『乾杯!』
既に火事場泥棒から帰った後一度祝っているのだが、全てが終わったと言う事で改めて戦勝会を開いた。
四か月前の目玉は、ギーガ鳥の卵と恐竜とオークの合い挽肉、そして遠征軍の食料に山程あった固焼きパンからのパン粉で作ったハンバーグだった。
当時はまだ玉葱の収穫前だったのでヴァンダルー的には物足りなかったが、皆からは高評価だった。このラムダ世界では、やはり肉を挽肉にする料理が未発達か失伝したようだ。
そして今回の目玉は出席した全員が持っている丼の中身……ラーメンである。
「これはうどんやパスタとは似ているように見えるが、全く違うものじゃな」
『うめぇっ! 旨いぜぇっ!』
ラーメンの麺に独自の食感を出すために必要な「かん水」の開発についに成功したのだ。それさえできれば、後は製麺機を作り、タレや出汁を少し工夫するだけでとりあえずラーメンには出来る。
地球にある行列のできる有名店の味には及ばないだろうが、ヴァンダルーが食べた事のあるインスタントやカップ麺よりは美味しく作れたと思う。
「麺も美味いが、スープが旨いな。ヴァン、これはどうやって作ったんだ?」
「恐竜の骨からじっくり出汁を取りました」
豚骨ならぬ恐骨ラーメン、鶏ガラにやや似ているがより濃厚な出汁が採れる。因みに、肉食恐竜の骨だと独特の癖があり、草食恐竜の骨だと後味があっさりしている。首長竜だと微妙に魚っぽい。
『坊ちゃん、何年も研究を重ねた努力が報われましたね!』
『えーっと、もうすぐ三年になりますか。かん水って、病気よりも作るの難しいんですね』
「リタ、その言い方はどうなんでしょう?」
『坊ちゃん、このラーメンにはケチャップが足りないと思います!』
「……善処しますね、サリア」
「キング、豆腐は?」
「ブラガ、ラーメンに豆腐はちょっと挑戦ですよ」
「ふごご、ずばばばばっばぶっごごっ!」
「ゴーバ、何を言っているのかさっぱりわかりません」
お代わりは沢山あるのだが、不安になって来る食べっぷりである。
「あの、ヴァン様。そんな事しなくても私達が――」
「まあまあ、これも訓練です」
調理場の方では、数人のヴァンダルーが空中を浮遊しながらラーメンをせっせと作っていた。
【幽体離脱】で肉体から出たヴァンダルーの霊体がそのまま分裂。そして【実体化】スキルで両手を実体化しながら【並列思考】や【遠隔操作】スキルを使って数人分の調理をしているのだ。
「仕込みも終わっていますから、実質的に麺を茹でるだけなんですよね」
「後は丼に盛り付けるだけですし」
「デザートのシャーベットも、もう盛り付けるだけですから」
「……あのぅ、話す時は一人だけにしてもらえると、助かるのだけど」
「「「ん? エレオノーラ、俺は一人ですよ?」」」
どうもこうやって作業していると、傍から見ると俺が沢山いる様に見えるらしいとヴァンダルーは今気がついたのだった。
本人の感覚としては、頭を増やすのとあまり変わらないのだが。どのヴァンダルーもヴァンダルーであって、記憶も意思も統一されている。
独自の意思とか自我とか、自分同士で会話等も無い。
「ヴァン様がこんなに沢山……これだけ居れば、一人連れて行っても大丈夫ですわね」
「いや、距離的な制限があるので勘弁してください、タレア」
今の所、魂のある本体から大体数十メートルまでが分身を維持する限界距離だ。【遠隔操作】スキルのレベルが上がれば、もっと距離を伸ばせるだろう。
殺人事件のアリバイ作りも完璧だ。……役立てる前に、「こんな事が出来るお前なら、犯行も可能だろう」と強面の刑事に決めつけられる未来しか見えないのは、ヴァンダルーがマイナス思考だからだろうか。
「そろそろシャーベットを配りましょうか」
「わーい、シャーベット!」
「わーいっ」
「あ゛ぁぁい゛」
パウヴィナやビルデの娘のヴァービ、バスディアの娘のジャダル達年少組がデザートの登場にテンションを上げる。
ラピエサージュもそこに含めて良いか、ちょっと微妙だが。
何はともあれ、ヴァンダルーにとって六歳の夏、タロスヘイムでは平和な時間が流れていた。
《【状態異常耐性】、【眷属強化】、【魂砕き】、【神殺し】、【料理】、【遠隔操作】、【霊体】、【並列思考】、【実体化】スキルのレベルが上がりました!》
ロドコルテは自分専用の神域で、輪廻転生システムのメンテナンスを終えたところだった。メンテナンスと言っても、実際は問題が起きていないかどうか見る程度でしかない。
彼のシステムは、少々の問題なら自動的に解決できる程高度な完成度を誇っているからだ。
ふと、そろそろオリジンで転生者の一人でも死ぬ頃だろうかとか、ラムダでヴァンダルーに接触した者が居ないかどうか念のために視てみるかとか、そんな事を思った時だった。
輪廻転生システムから警報が鳴り響いたのは。
「何だと? 馬鹿な、先程まで何の問題も無く……魂が消滅したのか!?」
十万年以上起きなかった大事件に、ロドコルテは驚愕しながらも素早くシステムを調整して行く。
魂の消滅とは、それがたとえ一つだとしても大きな影響をシステムに与える。なんといっても、死後に転生するはずの魂が消滅すると言う事は、そのまま放置すれば魂の無い赤子が産まれる事になるからだ。
単なる死産とは違う。魂が無いだけで、脳は通常通り動くし心臓は動いている。そして成長するのだが、その過程で輪廻の環を潜っていない霊が身体に入り込んで融合、勝手に転生してしまう等、予期せぬ事態が起こりかねない。
システムはそれを防ぐために消滅して空白に成った転生先に、他の魂を代わりに配する。だが、それをするとまた転生する魂の無い赤子が出来てしまう。
それを繰り返す内に深刻なシステムエラーやバグが発生するのだ。
放置しておけば、前世の記憶を持ったままの赤子や妙な特殊能力者が増産される事になりかねない。
「むぅ、消滅した魂は二つか」
応急処置をしながら、ロドコルテは消滅した魂を調べる。
ボーマック・ゴルダンと言う人間の魂は、まだ良い。既にアルダから死後英霊や神として迎え入れたいとの申請があったので、既にシステムから外してあるからだ。アルダはご愁傷様だろうが、消滅してもシステムには直接的な影響は無い。
しかし、ライリーという人間の魂の消滅はシステムにダメージを与えていた。
「一体どうした事だ? 魔王が復活でもしたのか?」
魂が消滅したため、ライリーとゴルダンの記録を見る事は出来ない。仕方がないので、ロドコルテは二人に近い者達の記録を探った。
遠征軍に参加していた将兵やゴルダンが率いていた神官戦士達がアンデッド化する前、そしてバルチェブルグの兵士や冒険者達の記録。
そして、驚くべき事実に行きつく。
「これは……アンデッド化したのか。それも、あの天宮博人、ヴァンダルーが原因で」
死属性魔術がアンデッドを作れる事は知っていたが、ロドコルテが見たのは想定していたよりも大規模だった。それ自体は驚くには値しないのだが……。
「どう言う事だ? 私の呪いを受けて、何故これ程の力を? オリジンでアンデッド化した当時程ではないが、このままではそれに迫るかもしれん。それにこの魔力の量は、定命の者に許された限界を超えているぞ」
経験値は兎も角、ジョブには就けないはずと思っていたロドコルテは、自分の呪いに大きな穴が空いていた事に気がついた。
これは彼がラムダのジョブとスキルのシステムについて、あまりに無関心だった故の穴だった。その上、その呪いが大きな『マイナス点』と成り、結果ヴァンダルーの魂に更に大きな余白部分、『空枠』を与えてしまい、オリジンに存在していた時よりも大量の魔力を与えてしまっている。
だがジョブや魔力よりも問題なのは、魂が砕かれた事だ。
「まさかヴァンダルーが魔王と同質の力を持っていたとは。これは拙い……」
このままヴァンダルーが魂を何十何百と砕き続ければ、それだけでシステムは甚大なダメージを被る。それでも崩壊する事は無いが、数え切れない不具合が生じる事だろう。
もしヴァンダルーが自暴自棄になり、短期間で数万の魂を砕けばラムダでは輪廻転生が起こらず、新生児は産まれず死者だけの世界になってしまうかもしれない。
「早急に手を打たなければならないが……」
ロドコルテに打てる手は限られている。自ら降臨するなんて危険な真似は出来ない。アルダ達に頼むにしても、あの世界の現状から考えると、頼りになるか不安が大きい。それに、今進めている転生者を送り込む試みを知られるのも、拙い。
システムに干渉し、優れた魂から直属の「御使い」を作るにしても、その優れた魂と言うのはすぐに手に入る訳ではない。
やはりオリジンの転生者が死ぬのを待つしかないか?
「仕方ない……幸い、魂を砕く事に制限があるのか、それとも自らにルールを定めているようだ。そうでなければ、これまで砕かれた魂が二つだけと言う事は無い。
その間に、オリジンの転生者がここに来るのを待とう」
「母さん、メッサーラが【骨牙の悪神】と【淫皮の邪神】、【肉堕の悪神】、【臓腑の邪神】と言う四柱の神と契約すると、色々出来るって教えてくれました」
『あのー、ヴァンダルー? そう言う神様と契約するのって、危険じゃないかなーって、母さん思うのね』
「そうですね。まだ血の担当の神に心当たりがないし。
じゃあ、やっぱりホムンクルス創造の禁呪にしますか? これは魔術師ギルドの禁書庫を探らないといけないからまだ手が出ませんけど」
『ええっと、それって実行するとアルダから神罰が下るって言われてるけど……』
「んー、やっぱり蘇生装置か。まだ直せないんですよねー」
その頃ヴァンダルーは、藁半紙作りを試みながらダルシアと彼女の復活について話し合っていた。
《【忌み名】の二つ名を獲得しました!》
「おや?」
何か増えたけど、意味が分からないので放置した。
・名前:ヴァンダルー
・種族:ダンピール(ダークエルフ)
・年齢:6歳
・二つ名:【グールキング】 【蝕王】 【忌み名】(NEW!)
・ジョブ:毒手使い
・レベル:9
・ジョブ履歴:死属性魔術師、ゴーレム錬成士、アンデッドテイマー、魂滅士
・能力値
生命力:168
魔力 :328,119,451
力 :117
敏捷 :114
体力 :108
知力 :758
・パッシブスキル
怪力:2Lv
高速治癒:3Lv
死属性魔術:5Lv
状態異常耐性:7Lv(UP!)
魔術耐性:1Lv
闇視
精神汚染:10Lv
死属性魅了:6Lv
詠唱破棄:4Lv
眷属強化:8Lv(UP!)
魔力自動回復:3Lv
従属強化:4Lv
毒分泌(爪牙舌):1Lv
・アクティブスキル
吸血:6Lv
限界突破:5Lv
ゴーレム錬成:6Lv
無属性魔術:4Lv
魔術制御:4Lv
霊体:6Lv(UP!)
大工:4Lv
土木:3Lv
料理:4Lv(UP!)
錬金術:3Lv
格闘術:4Lv
魂砕き:5Lv(UP!)
同時発動:4Lv
遠隔操作:5Lv(UP!)
手術:1Lv
並列思考:4Lv(UP!)
実体化:3Lv(UP!)
連携:1Lv
高速思考:2Lv
指揮:1Lv
農業:2Lv(NEW!)
服飾:1Lv(NEW!)
・ユニークスキル
神殺し:2Lv(UP!)
・呪い
前世経験値持越し不能
既存ジョブ不能
経験値自力取得不能
・二つ名解説:忌み名
複数の勢力の、一定以上の発言力を持つ存在に認知され、それでいながら二つ名を付けない様に注意された存在が獲得する二つ名。
ヴァンダルーの場合法命神アルダやその従属神、アミッド帝国皇帝マシュクザール、原種吸血鬼三名が彼に二つ名を付けないよう注意したために獲得した。
具体的な効果は無く、最低でも国家規模、最大で神々に恐れられ、忌避されている事を表す。
そのためこの二つ名を獲得している事を知られると、超危険人物であると解釈される事が多い。
二つ名を付けないよう注意していた存在がそれを止め、相応しい二つ名で呼ぶようになるとこの二つ名は消失する。
ネット小説大賞に参加しました。宜しければ応援をよろしくお願いします。
本日、三章キャラクター紹介も投稿しております。
1月7日中に、閑章、死属性魔術紹介 10日に魔物ランクについての解説を投稿予定です。