閑話5 ヴィダ
新年明けましておめでとうございます。皆様、本年もよろしくお願いします。
夢現に、微睡むヴィダは自分が瞼の裏に映る夢を見ているのか、それとも目を開いて妄想を見ているのか、分からなかった。
いくら全知全能ではないと言っても、本来なら神である彼女がこんな情けない状態にあるのは、十万年前のアルダとの戦いが原因だった。
(十万年、もっと、前……)
この世界に誕生したヴィダは、生命属性の力を世界中に行き渡らせ、何時しか生命と愛の女神と呼ばれ人々に称えられるようになった。
あの時は全てが平和だった。何もかもがとても緩やかで、穏やかだった。
しかしそれは魔王の襲来と共に破られてしまう。ヴィダは異世界からの侵略者である魔王軍と、他の神々同様に戦うしかなかった。
そんな時、ズルワーンの提案で異世界から勇者を召喚する事になった。彼女は賛成し、アルダが反対したが、結局上手い具合に纏まり、七人の勇者を召喚する事になった。
その異世界の神にも了解を貰ったが、唯一輪廻転生を司るロドコルテだけは強硬に反対し続けた。だが口しか出さない神の言葉に耳を貸す者は居なかった。
そして彼女が選んだのは町工場で首を吊ろうとしていた青年、坂戸啓介。後のザッカートである。
「ああ、女神様がお迎えに来た。親父、お袋、今逝くよ」
『止めて逝かないでお願いだから!』
(あの時は慌てたわね、かなり)
何でも「ギンコウ」と言う組織に裏切られて経営していた工房が廃業に追いやられたため、自殺しようとしていたらしい。
それならこの世界に未練も無く、気持ち良く勇者になってくれるかなとヴィダは思ったが、坂戸はそこから謎の拘りを発揮した。
「ええっと、じゃあ特別な力とかそう言うの、くれます?」
『勿論よ』
勇者に選んだ人間に力を与える事は、既に既定路線だった。寧ろ、何も与えずに異世界から招くと、最悪死んでしまう。
世界が異なると言う事は当然物理法則が異なるし、空気の成分だって異なっている。ラムダと坂戸達の世界は、それ程違いは無いが、何の調整もせず連れて来れば空気中に漂う魔力の影響で寿命が縮むか妙な怪生物に変異してしまう可能性があった。
それを防ぐために魂に調整を施すのだが、それが結果として俗にいう「勇者の力」に成る。そして調整を施す事が出来る魂の『余白部分』がどれくらいあるかが「勇者の素質」と呼ばれる。
……専門家であるロドコルテが協力してくれたならこの調整もかなり自由が効くのだが。
後、ズルワーンが繋げたこの『アース』と言う世界は魔術が存在せず、住人は誰一人魔力を扱う事が出来ない。更に、剣や槍で戦う事が出来る者は極少数で、住人達の中に個人としての戦闘能力で魔王やその軍勢と戦える水準にある者は存在しない事が既に解っていた。
まさか『アース』の兵器も持って行くわけにいかない(物理法則が異なるので、そのまま持って行くと確実に一度使っただけで壊れるか、暴発若しくは爆発する)ので、各勇者達に力を与える事になっていた。
だから求められなくてもアクション映画の中の主人公を雑魚扱いできる身体能力や、魔術への適性、勇者専用の強力な装備品などを渡す予定だったのだ。
しかも、ラムダには既にリクレントが作ったジョブやスキルのシステムが実装されている。
経験を積めば、想像を絶する力を手に入れる事だろう。
「じゃあ、生産系チートでお願いします」
『……は? いや、今戦争中なんだけど』
何故か坂戸は『生産系』なるものに強い拘りを示した。普通、そこは剣でバッタバッタと敵を倒すような力とか、大魔術を自在に行使できる力とかを望むものではないだろうか? 寧ろ、そういう勇者を私達は望んでいるのよ?
そうヴィダが訴えても、坂戸は頑として譲らなかった。
「俺、ケンカ弱いんで」
『だから強くして上げるって!』
「でも、宝の持ち腐れになるような気がして……運動音痴だし」
『はぁ……生産チートって言っても、私は生命属性の女神だから農業とか、畜産とか、林業とか、木工とかになるけど、それでいい?』
仕方ないので、ヴィダは折れる事にした。流石に何日もかけている時間は無いし、他の候補者の当ても無かったし。
「ぜひお願いします、工業とかは、これでも頭に入ってるんで」
こうして坂戸は当初の予定とは違う、個人戦闘能力よりも生産力や技術力に重きが置かれた勇者としてラムダに招かれた。
こんな妙な勇者を招いたのは自分だけだろうなと肩を落としたヴィダだったが、意外な事にリクレント、ペリア、ボティンの三神が選んだ勇者も「生産系チート」希望だったらしい。
七人中四人が生産系希望とは、『アース』の勇者像は自分達が思い描いたものと根本的に異なるのだろうか? そう首を傾げたものだった。
アルダやザンタークは、もっと真面目に選べと怒っていたが。
その後は、激戦に次ぐ激戦だった。
幾つもの島が沈んだし、国が滅び、シザリオンは魂を砕かれてしまった。それでもヴィダと坂戸を含めた勇者達は懸命に戦い、幾柱も邪神や悪神を倒しては封じ、何とか戦況は互角の状態を維持していた。
そしてそこから坂戸……勇者達のリーダーシップを執る鈴木正平に勧められ、渋々ラムダ風に名前を改めたザッカートは、頭角を現した。
「この世界の神や人間が魔王側に寝返るって事は、逆もあり得るはずだ!」
そうぶっ飛んだ事を言い出して、魔王に従う邪神や悪神にヘッドハンティングをかけたのだ。
「ザッカート、何を考えているんだ! 奴らは存在そのものが悪! 改心するなんてありえない。そもそも、奴らが今まで罪も無い人達に何をしてきたか忘れたのか!?」
『その通りだ。もし奴らがこちら側に寝返ったとしても、それは罠か浅ましい命乞いに過ぎない。そもそも、罪を犯した存在に罰を与えず引き込むなど、考えられない暴挙だ』
『お願いだから正気に戻ってーっ!』
ベルウッド、アルダ、そしてヴィダにまで止められてもザッカートはヘッドハンティングを止めず、それどころか勇者達の内同じ生産系を望んだ者達が積極的に協力し始めた。
そして信じられない事に、魔王軍全体の中では大した位置に居なかったものの、十柱以上の邪神や悪神を寝返らせる事に成功してしまった。
「いや、こう言うの戦争だとよくあるだろ?」
『うそぉおお!?』と驚くヴィダに、ザッカートはけろりとした顔でそう言った。
寝返った神々は直接戦闘力に秀でている訳では無かったが、裏切り者が出た事によって魔王軍には予想以上の衝撃と動揺が走ったらしい。
魔王はカリスマと言うよりも、圧倒的な力と魂を砕く事が出来る秘技によって君臨している存在だった。中にはその力を崇拝する者もいたが、多くの配下は魔王を恐れて、若しくは自分の利益のために従っているだけに過ぎなかった。
そんな中出た裏切り者の存在は、魔王軍に「魔王の力が弱まったのでは?」「奴らが寝返ったのは、勇者達に魔王様を倒す事が出来る何かがあると確信したからではないのか?」と言う疑念を浸透させた。
そして魔王に対しては、他の部下も自分を裏切るのではないかと疑心暗鬼に陥らせる事に成功した。
鉄の結束を誇った魔王軍は連携を乱し、更に寝返る者が出始め、互角だった戦況は勇者側に傾きつつあった。だがまだ油断は出来ない。魔王軍が結束を取り戻す前に攻めきる必要がある。
そんな状況でザッカートは「異世界の兵器」の製造を始めると宣言した。
「俺達の知識と技術、そして魔術があれば、『アース』の近代兵器をこのラムダで作れるはずだ!」
そしてその兵器によって、魔王を倒そうと唱えた。これには魔王が厄介な特殊能力の数々を持っていて、普通の手段では倒すのが難しいと言う理由があった。
あらゆる魔術を無効化する結界とあらゆる物理攻撃を無効化する結界、異なる二つの結界を同時に張って鉄壁の防御を張り巡らせる。
そのせいで勇者達の中でも最も戦闘に優れたベルウッドの振るう聖剣も届かず、神々の攻撃すら止められてしまう。
その結界を貫き、魔王にダメージを与える方法をザッカートは思いついたのだ。
「魔王は異世界から来たと言っても、『アース』のような科学文明が発達した世界を知らなかった。そこを突けば行けるかもしれない」
魔王の結界を調べたザッカートは結界が『攻撃を弾く硬い壁』では無く、『エネルギーを吸収する膜』のような性質のものだと気がついた。
そして同時に張られた対物理、対魔術の結界はお互いに何の作用もしない、独立したものだと言う事も突き止めた。
つまり対物理の結界が吸収しきれない程超強力な物理攻撃で破られると、対魔術の結界はそれを全く止めず素通しにしてしまう。
魔王に攻撃を届かせるには結界の内どちらか一つ貫けばそれで十分。
だから『アース』の近代兵器と、「指定した武器一種類からのダメージを無効にする」ザッカートの力を、「同じ勇者の力を一日に一度コピーする」ベルウッドの力でコピーし、「アースの近代兵器」を指定。
その後、兵器に対して無敵と化したベルウッドと、「アースの近代兵器」で同時に攻撃。
魔王の対物理結界を貫き、そのまま魔王を倒す。その作戦を立案した。
しかしベルウッドはその作戦に強硬に反対した。ザッカートが作ろうとした兵器が、『アース』では使用すると環境に取り返しがつかない傷跡を残すと問題になっていたからだ。
目に見えない毒が、広範囲に撒き散らされ何万年も残留する。恐ろしい兵器だ。
「ザッカート、君は正気か!? この美しいラムダに魔王に替わる災厄を残すだけだぞ!?」
「災厄を残すも何も、このままだと魔王に全て奪われるんだぞ! それに、この世界にはアースと違って魔術があるし、別に世界全てが汚染される訳じゃない。魔王が今居座っている大陸だけだし、もうあそこには人間は一人も居ないじゃないか」
「だが、あの大陸から避難してきた人達が居る! 僕達と一緒に戦う義勇軍に、彼らは加わっている! 君は、故郷を取り戻すために命を懸けている彼らに言えるのか? 魔王を倒しても故郷は永遠に戻って来ないと!」
「……彼らには悪いとは思う。思うが、犠牲を覚悟しなければ勝てない。
それに鈴木、お前は俺が『アース』の兵器を作るのが気に入らないだけじゃないのか?」
そして兵器の使用に賛成するザッカート達生産系勇者四人と、反対するベルウッド達戦闘系勇者三人に別れてしまった。
元々両者は何かと衝突しがちで、譲らないベルウッド達に不満を唱える生産系勇者達を「まあまあ、助けあわないと勝てないから」と宥めていたのがザッカートだった。
だが流石に彼も今回は堪りかねたらしい。
神々の内アルダやザンタークはベルウッド達の、そしてヴィダやズルワーン、リクレントはザッカートの意見に賛同した。
ヴィダは兵器が及ぼす汚染も、自分達神々が力を尽くせば数千年か、上手くすれば数年もかからずに消せる自信があった。
それに避難してきた者達には悪いが、既にあの大陸は魔王軍によって毒の湖や砂漠、魔物化した菌類の森等汚染されている。ある程度は諦めるしかないと思っていた。
しかしアルダ達は「今までこの世界に存在しない毒を、本当に浄化できるのか? もしその毒とこの世界の魔力が結び付き、新たな災いと化したらどうする? そんな危険な奇策を用いずとも、このまま行けば勝てるはずだ」と主張した。
戦況がこちら側に傾いていた事も、揉め事を起こす余裕を作る原因となっていた。
そんな中ザッカートは戦闘系勇者達と彼らに賛同した神々の意見を変える為、『アースの近代兵器』を作り始めた。正確には、その兵器がもたらす毒を作り始めた。
本来のそれよりもずっと少量で薄い毒を作り出し、この世界の魔術や神々の力で浄化できるか否か、出来たとしてどれくらいの時間が必要かを計ろうとしていたのだ。
その作業には他の生産系勇者達も協力し、ヴィダ達はその間もアルダ達の説得を続けた。
そんな時だ、魔王軍が突然攻勢に出たのは。
魔王は軍を二つに分けて、犠牲を厭わない大攻勢をかけて来た。一つは、ベルウッド達が居る義勇軍の拠点に突っ込んでくる、魔王が直接指揮する大軍勢。
もう一つは、ザッカート達が居た兵器製造工房に攻め込む魔王の側近が率いる少数の軍。
ベルウッド達は義勇軍と自分達に向かってくる魔王を倒すために受けて立った。ヴィダはザッカート達の元に救援に向かおうとしたが、アルダ達に引き止められた。
「ザッカート達も勇者だ。少々の軍勢ぐらいなら自分達で対処できるだろう。寧ろ、返り討ちにしてこちらの援軍に来るはずだ。
何より、魔王を倒す事を優先すべきではないのか?」
(あの時は、アルダの言葉が正しいと思った。だから……けど……)
そして、ベルウッド達は大軍勢を退けた。ただ、その軍勢を構成していたのは数だけが頼りの雑魚か、耐久力と防御力に特化した足止め用の魔物で、率いていた魔王は偽物だった。
そしてザッカート達は、下級の魔物に化けていた魔王によって魂を砕かれ工房は破壊されてしまった。
「これで我に勝てる勇者は滅びた!」
魔王グドゥラニスはザッカートの魂を砕いて高らかにそう宣言したと言う。
魔王は、ベルウッド達よりもザッカート達の事を評価し、恐れていたのだ。彼らの練った策が、何時か自らの命に届くのではないかと危惧していた。
だから、多数の犠牲を出してもザッカート達を倒す事に拘った。決して蘇る事が無いように、魂まで砕いて。
ヴィダやリクレント達は、何とかザッカート達を蘇らせようとした。砕けた魂を繋ぎ合わせて、どうにか復活させようと試みようとした。
だがその時にはロドコルテが既にザッカート達の魂の欠片を回収していた。
「私の輪廻転生システムに含まれない魂がラムダで勝手に蘇る、それも砕かれた欠片を継接ぎして出来た魂ではどんな不具合がシステムに発生するか分からない。
出来れば元の世界に戻したかったが私には管轄外の世界に干渉する力が無い。そのため私が四つ分の欠片を使い一つの魂に修復後、私のシステムに流しておいた。これも中々骨だったが、予期せぬエラーやバグ程ではない」
既にザッカート達の魂は、ヴィダの手が届かない所に行ってしまった。
ベルウッドは聖剣を掲げて、宣言した。
「彼らの事は残念だと思う。だが、彼らの為にも僕達は僕達の力で魔王グドゥラニスを倒し、この世界を救って見せる!」
(それからの事は、思い出したくない事ばかりが続いたわね……)
結果から言えば、ベルウッドは勝利した。このラムダは救われたのだ。
だが、犠牲が多すぎた。
ベルウッド達戦闘系勇者三人は生き残った。しかし、神々はアルダとヴィダ以外の十一神は死に等しい程力を失った。
ベルウッド率いる義勇軍は、誰も生き残らなかった。
魔王が居城にしていた大陸を含め、幾つもの汚染された地域が残った。その多くは、十万年経った今でも浄化されず、汚染された地域は『魔境』と呼ばれ広がっている。
そして生き残った人々は人種、エルフ、ドワーフの全てを合計しても三千を越えなかった。
「確かに犠牲は大きかった。でも、僕達は生きている。前に進まなくちゃいけない。どうか協力してください、未来のために」
その上でそう訴えるベルウッドの手を、ヴィダは拒絶した。
(時間は巻き戻らない、失ったものは後悔しても戻って来ない。犠牲に報いるためにも、手を取り合うべきではないのか。
そう言うアルダの言葉自体は間違っていないと思う。でも、私はもう彼らが信じられなかった)
犠牲を出さないのではなかったのか?
確かにザッカートの策を実行していたとしても、それで魔王を倒せた確証は無い。でもベルウッドは彼の意見に耳を貸すべきだったのではないのか?
『黒色火薬』や『火縄銃』の時も、『地雷』の時も、『蒸気機関』の時も、ベルウッドはザッカートに反対し、彼の案を止めさせた。
確かにザッカートの考えていた事は、「危険」で使い方を間違えればこの世界にとって「災い」に成る。ヴィダも彼のアイディアを聞いて、そのまま実行しては危険だと話し合った事は数え切れない。
だが、それでも話し合ったのだ。頭ごなしに否定はしていない。
それに、魔王が攻め込んで来た時の事を思うとどうしても疑念が捨てられない。
(ベルウッドやアルダは、ザッカート達を故意に見捨てたのではないの?)
魔王の罠に故意に騙されたのではないだろうか?
証拠は無い。ただの妄想だと言われれはそれまでだし、ラムダとは関わりの無い異世界からやって来てこの世界のために命がけで戦い、そして遂に魔王を倒したベルウッドに対して、あまりにも恩知らずだと彼女自身も思う。
しかし、彼らを信じる事は出来なかった。
それ以上にヴィダはロドコルテが信じられなかった。あの神にとって重要なのは、自らが管轄する世界で輪廻転生する魂であって、それ以外は関心すら無いのだろう。今回の事も、「魔王に勝って良かった」としか思っていないだろう。
もし魔王が、「この世界に元々いた神の代わりにお前が望むだけ人間を増やすから、手を貸せ」と要求したら応えたのではないだろうか。そう思えて仕方がない。
そしてザッカート達生産系勇者の喪失はヴィダだけでは無く、ラムダ全体にとって大きかった。
彼らが魔王に滅ぼされた後、再び魔王側に傾いた戦況で戦うためベルウッド達は厳しい戦闘を繰り返す事になり、櫛の歯が欠けて行くように神や義勇軍、そして守っていた避難民からも多大な犠牲を出してしまった。
そして今も、ベルウッド達は荒廃した世界を復興させるのに苦戦している。力が戦闘に特化しているため、魔王が残した魔物は退治出来ても、農業や製造業ではただの素人でしかないからだ。
だからこそ彼らはヴィダの協力を必要としたのだろうが……。
(私は、彼らに協力するのとは別の決断をした)
ヴィダはこの世界独自の輪廻転生システムを構築し、更に今の魔物が跋扈する世界でも生き残れる新たな「人間」を創造する事を考えた。
そして世界を再建復興し、アルダ達と合流しようと。
例によってアルダもベルウッドも反対したが、それはもう予想していた事だった。
(でも、私の試みが成果を出せば認めてくれる。私の言葉が届かない彼らを納得させるには、それしか無いと思ったのよね)
だから、アルダ達の言葉に耳を貸さなかった。多少の意趣返しが無かったかと聞かれれば、否定できないが。
そしてヴィダは数々の新種族を産み出した。そして、残っていたザッカートの遺体に生命力を注ぎ込み、アンデッド化に成功した。
完全な蘇生を目指したが、試みは尽く失敗したからだ。やはり魂が手元に存在するか、死そのものを司る存在が共に居なければ生死を逆転させる事は不可能だった。
だから僅かに残っていた残留思念で動く、ザッカートの記憶と知識を断片的に持つ人形しか出来なかった。
(それでも彼は怒らないと思う。使えるものは何でも使うべきだって、口癖のように言っていたから)
そしてヴィダは自分の従属神に加わった元邪神や元悪神の協力を得て、魔王が残した輪廻転生システムを模倣して、独自のシステムを作り上げた。
だがこれはロドコルテのシステムを模倣した魔王のシステムの模倣に過ぎない為、動きはするがエラーやバグが常に発生する、危なっかしくて目が離せない代物だった。
やはりどんなにいけ好かなくても、ロドコルテはその道の専門家なのだと思い知らされた。
(でも諦めたくはなかった。私は、協力者を募った。そして彼等との間に新たな種族を創り出し、そして生まれた子供達の魂をシステムに乗せた)
ヴィダはシステムを改善するのに必要なのが、経験であると思った。そのためには最初は不自由をさせてしまうだろうが、実際に自ら生み出した子供達にこのシステムの環を潜らせ、そして新たに産まれて貰う事が必要不可欠だった。
だが幸いな事に、その時点では不完全なシステムは不完全也に順調に動いていた。
ヴィダが新たに生み出した子供達も、順調に数を増やしていた。
(魔王のシステムを模倣したせいか、予想を超えて寿命が長くなったり強かったりするし、ランクアップして姿が大きく変わる子もいるけど、元々強い子を増やすつもりだったから、良いかなって思っていたのよね)
良くなかった。もっと早くアルダ達と話し合いのテーブルに就くべきだったと気が付いたのは、アルダが勇者達と共に攻めてきた時だった。
本来ならとっくに寿命を迎えているはずのベルウッド達を、アルダは「世界の為に必要だ」と若さを維持させていた。
アルダには、主神が滅び、若しくは眠りに着いた後彼を支持する従属神や眷属が、ヴィダには彼女の側に着いた神々と彼女が産み出した子等が従い、それぞれの陣営に別れて戦った。
そして、負けた。やはり、勇者がいるか居ないかが命運を分けたのだ。
そしてザッカートの知識を生かして作られた、ヴィダの子供達の都は滅ぼされた。ヴィダはアルダに神格を奪われ……神としての権限を剥奪され、深い傷を負った。
それでも残された力を振り絞って生き残っていた子等を出来るだけ連れて、バーンガイア大陸の南部に高く険しい山脈を創り出し、子等の避難所にした。そして、倒れ眠りについた。
(あれから、どれくらい経ったのだろう?)
一万年か、二万年か、それとも百万年か。分からない。分からない程しか、力は戻って来ていない。
アルダには同格のヴィダに回復不可能な傷を与える力も能力も無いはずだが、どうやら彼らは神の力の源である信者を……ヴィダに祈りを捧げる人々が増えない様に、滅びる様に仕向けているようだ。
今、ヴィダに協力した神々は全て神格を奪われ眠りについているか、細々と潜むように信仰されている。タロス達が無事なのかは分からない。子等の中でも力のある吸血鬼達は、未だこの世界を苛む者達の誘惑に負けてしまった者が少なくない。
(何故こんな事になったのだろう? 何故アルダはこんなにも苛烈で、残酷な事をし続けるのだろう?)
もう魔王は存在しないのに、彼らは彼らなりに償おうとしているのに、魔王を裏切って味方をしてくれた元魔王軍の神を、何故憎悪し続けるの? 償いの機会を引き裂いて無にしてしまったのはあなた自身なのに。罪人に償う事を、償い終った者は罪人ではないと教えているのは、貴方なのに。
何故そんなに『アース』の知識や技術を嫌うの? 他でもないこの世界は『アース』から私達が招いた勇者達のお蔭で今も存在しているのに。
何故私の試みを咎めるの? ロドコルテを誰よりも信じなかった、疑っていたのは貴方なのに。
何故私の子等を滅ぼそうとするの? その隙をついて真に邪悪な神々が貴方の懐に巣食っている事に何故気がつかないの?
このままでは誰も彼も疲弊して、ただただ荒廃して行くだけなのに、何故?
分からない、分からない、分からない。
そんな時、ヴィダの脳裏にある予知が過ぎった。隣で眠るザッカートの遺体の影響か、ほんの少し彼女の力が回復したのか、それとも何処かで力を蓄えているリクレントやズルワーンが力を貸してくれたのか、それは分からない。しかし、あれは予知だった。
(帰ってくる。この世界に、何故かは分からないけれど、この世界にザッカートが……啓介達が帰ってくる!)
砕かれた四人の勇者の魂の欠片をロドコルテが無理矢理繋ぎ合わせ、システムに流した魂がこのラムダに戻ってくる。
(でも……)
予知では、転生した彼が悲惨な環境に産まれ、無力感に苛まれ自ら命を絶つ所までが見えた。それも、あのロドコルテの差し金で。
『それは、いけない』
とてもそのまま見過ごす事は出来なかった。
今の彼に当時の記憶は欠片も残っていない。人格も全く別のものだ。だけど、放置する事は出来なかった。
思えば、啓介達には何もしてやれなかった。何も報いる事が出来なかった。
だからその分を、ほんの少しでも報いよう。
そう思ったヴィダは、幾つか神託を下した。自分の声を聞いてくれる者が残っているか不安だったが、届いたようだ。
そして予知が現実になった時、ヴィダは力を振り絞った。伸ばした手があまりに非力で情けなさに心が挫けそうになるが、それでも手を伸ばした。
この世界に降りてきた魂に手を添えて掬い上げる。その過程で、魂には厄介な呪いが三つも付いている事に気がついた。
『ロドコルテ……!』
呪いを解く事はとてもできない。しかしヴィダは落胆を覚える前に、魂の特異性に気がついた。
ラムダに無い、しかし妙に覚えのある特殊な属性の魔力を帯びている事、そして魂の余白部分が異常に多い事。
『そうか、勇者四人分の余白だものね。それにロドコルテが無理矢理継接ぎしたから、余計に余白が増えたのね。
それにしても余白が多すぎるけど、この余白の部分に彼が呪いに負けない様に力を……あら?』
最初は自身がかつて司っていた生命属性の力を宿らせようとした。しかし、魂が既に帯びている特殊な魔力がそれを飲み込み、一体化してしまった。
『お、おかしいわね? やっぱり力が落ちてるからかしら。じゃあ、私の加護を……これもダメなの!?』
加護を与えようとしたら、やはりまたあっさり飲み込まれた。加護の類は与える対象がその神を信じていなければ、与えるのが難しいのは知っていたが、飲み込まれるとは一体どう言う事だろう?
『ええっと……じゃあ、どうしましょう?』
今ヴィダが出来る事は少ない。以前なら特殊能力やらチート能力やらを与えられたのだが、今はそれ程の力が無い。無理をすれば一つぐらい与えられるかもしれないが、それでまた飲み込まれたら目も当てられない。
『よし、こうしましょう!』
ヴィダはザッカートの遺体から僅かに残った残留思念を掬い上げた。そして、その残留思念に傷口から滲む自分の血を包む。
そしてそれを魂に加えた。すると、元々一つの魂だったからか、今度は魔力に邪魔されずに一つになった。
『これでこの魂は私の祝福を受けた。不幸な運命が、少しは良く成る筈。それに彼の成長には、壁はあっても限界は無くなる。新しいジョブが出やすくなるし、彼の周りの人達も影響を受けるはず。
まあ、肝心の運命の方は悪運が強くなる程度だけれど。
でも、この魔力何処かで……いえ、まさかね』
そしてヴィダは魂を自身が作ったシステムに流す。彼は魂の相性の関係で、吸血鬼かダンピールとして生まれる筈だ。そして、今の吸血鬼達の殆どは普通に子供を作らないから、多分ダンピールに生まれつく事だろう。
生まれついた環境は、もしかしたらヴィダが手を出す前よりも過酷で、残酷なものになるかもしれない。
『後は、皆が神託を聴いて行動に移してくれれば……ごめんなさい、こんな事しか出来なくて』
貴方達は縁も無いこの世界を救うために命を懸けて、魂まで砕かれてしまったのに。こんな事しか出来なくてごめんなさい。
出来れば、この世界を愛して欲しい。
空を、風を、大地を、緑を、動物を、人々を、愛して欲しい。
あれだけ頼っておいて、今もまた期待を背負わせて本当にごめんなさい。
そしてヴィダの意識は微睡の中に沈んで行った。
ネット小説大賞に参加しました。宜しければ応援よろしくお願いします。
1月6日に66話、7日から閑章 主人公が今まで使用した魔術解説等、コラム的な物を投稿する予定です。
本当は魔術解説、冒険者ギルド解説、ランク別魔物脅威度解説等、一日で全部投稿する予定だったのですが、去年の5話連日投稿で書き溜め分が……(汗
それなりに溜まりつつありますが、完全に元通りの量では無いので今後の予定は若干流動的です。すみません。