閑話3 企んだ三者三様
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「やってくれたね、ダンピール!」
激高したテーネシアは、外見以上に頑丈なテーブルに拳を叩きつけそのまま破壊した。
「よくも、よくもよくも!」
「落ち着きたまえよ。私が発作を起こした時よりは冷静そうだが」
「そうじゃのぅ。ここで吠えておっても、タロスヘイムには届かんぞ」
飄々とした様子のビルカインとグーバモンの言葉にテーネシアは舌打ちをするが、振り上げた拳を再び叩きつける事無く、降ろした。
「それで、今日は何の話だ? 敗戦の反省会でもするのかい?」
バルチェブルグに押し寄せたアンデッド遠征軍が討伐されて約一か月。【悦命の邪神】ヒヒリュシュカカを奉じる原種吸血鬼達は同じテーブルを囲んでいた。
「勿論それもするが……これからどうやってあのダンピールを殺すのかを相談するのさ」
「ヒヒ、情報は共有せんとなぁ」
そう、彼らは負けた。アミッド帝国を裏から操ってミルグ盾国に軍を出させ、圧倒的な数でヴァンダルーを殺すという作戦は、見事なまでの大失敗で終わったのだ。
だと言うのにテーネシアが荒れているのに対してビルカインとグーバモンの態度に余裕があるのは、今回の作戦を立案したのも、最も大きな損害を出したのもテーネシアだからという分かり易い理由だ。
ミルグ盾国の精鋭だとか、バルチェブルグの警備兵だとか、開拓地の村人の財産と今後の行く末だとか、そんな事は彼女達にとって些末な問題だ。
だが帝国に深く食い込むための協力者が居なくなるのは、良い気分では無い。
アンデッド化して戻ってきたマウビット伯爵以外にもテーネシアが押さえている協力者は複数存在したが、どうやら今回の一件で帝国側に尻尾を掴まれたらしい。全員ではないが、かなり始末されてしまった。
どうやらマウビット伯爵は保身のために、他の協力者について調べていたようで、その情報が漏れたらしい。
テーネシアだけではなくビルカインやグーバモンの派閥と通じていた者も皇帝の手の者や【迅雷】のシュナイダーに何人か消されたらしいが、それでも失った数は彼女が一番多い。
そして遠征軍に派遣した配下の貴種吸血鬼達だ。ビルカインやグーバモンから十人ずつ、そしてテーネシアは部隊の指揮官としてアイラと、その部下十人を派遣した。
これを全て失ったのが、痛い。
アイラは伯爵の位を持つ貴種吸血鬼であり、【テーネシアの猟犬】との二つ名を持つ事からも分かるように数万年もの間彼女の派閥を支え続けた忠臣だ。
実は彼女は側近の中では一番の小者、番犬の様な存在――などではなく、派閥の中でも重要な役割を果たしていた。戦闘能力でもテーネシア配下の吸血鬼の中で、三本の指に入る実力者だった。
十万年以上も闇に君臨していた割には部下の練度が低いと思うかもしれないが、そんな事は無い。
下の者は上の者に服従しながらも、上を追い落とす機会を狙う。
上の者は下の者に追い抜かれないよう、踏み躙る。
そんな価値観の集団で有能な新世代が育つ可能性は、悪い意味で奇跡的だ。しかも、全員寿命の無い吸血鬼なので世代交代が起こらない。
リッターやバロン程度までなら珍しくないが、バイカウントから蹴落とし合いが苛烈になり数百年以上生き残る者が極端に少なくなる。
勿論、テーネシア達の癇癪や気まぐれで命じる無理難題で命を落とす場合も多い。
その環境でカウント以上まで生き残ったアイラの様な部下は、貴重なのだ。……貴種吸血鬼はそれ以上の侯爵や公爵と呼ばれる種族にまでランクアップ可能なのだが、逆にそこまで力をつけられると邪魔なので寧ろ排除の対象になる。
兎も角テーネシア派の勢力が大きく削られたのは間違いない。
「くっくっく、儂も無念じゃわい。英雄の再来殿の死体を狙っておったのじゃがのぉ、現地で徹底的に破壊された上灰になるまで焼かれたとか。これではアンデッドにもならん」
そう言葉だけで嘆くグーバモンだが、彼がライリーの様な作られた英雄に本気で興味を持つとは誰も考えなかった。
ギリィっとテーネシアが歯軋りをしながらグーバモンを睨み付ける。
「それに、一番痛いのは情報を秘匿された事だ。ダンピール……ヴァンダルーが我々と同じようにアンデッドを使役できるのは分かったが、ね」
そこにビルカインが口を挟んだ。今回の作戦では多大な犠牲と損失を出したというのに、彼の言う通り得られた情報はとても少ない。
ヴァンダルーがアンデッドを使役できるのは、アンデッド化して戻ってきた遠征軍を見れば嫌でも分かる。
しかし、どうやってアンデッドを作っているのかが不明のままだ。
「ヴィダ派の原種が協力してるのさ。奴らがこの十万年の間に新しい術を開発したんだろ」
「ふむ、それにしてもアンデッドの数が多すぎやせんかの? トンネルから出て来たのは数千匹と聞いておる。儂らでもそれだけの数のアンデッドを作るのは、かなりの手間じゃぞ」
「ランク1の、最下級アンデッドなら兎も角ね。アンデッド化した遠征軍には、全てではないがランク3や4のアンデッドも混じっていたそうじゃないか。死体をそのまま使ったとしても、一匹に一時間として一年はかかりそうだ」
「ああ、生きて帰って来た方の見張りがそう報告したよ。まったく、とんでもない話さ。これじゃあ、もう人間共を唆すのは無理だろうね」
「何より厄介なのは、アイラ達がアンデッドの中に居なかった事じゃな」
アンデッド化して戻ってきた遠征軍の中には、指揮官だったアイラや派遣したはずの貴種吸血鬼は含まれていない。
「十中八九、我々の情報が抜かれているだろうね」
アンデッド化させて手元に置き、情報を聞き出しているのだろう。ヴァンダルーがランク3以上のアンデッドを作れる以上、それは確実だ。これはテーネシアだけでは無く、全員にとって頭の痛い問題だった。
アイラ程ではないが、それなりの配下を派遣する必要があったため幾つかの拠点や集会場の場所、他の配下の情報がばれてしまった。
彼等にとって幸いだったのは、派遣したのは帝国やその属国など、元々ヴァンダルーが自由に動けない地域で活動していた配下だけだった事だが。
それに対して、【悦命の邪神】派の原種吸血鬼はこれ以上情報を手に入れる事は難しい。残しておいた見張りは全て狩り取られてしまったし、死んだ貴種吸血鬼をアンデッド化させて復活させる儀式を使ってもアイラ達を復活させる事が出来ない。
ヴァンダルーの手元で既にアンデッド化しているからだ。
何かの拍子にアイラ達が破壊されたとしても、あの儀式は既に一度アンデッド化している吸血鬼は対象に含まれない。そうでなくても、何か細工ぐらいはしているだろうとビルカインは踏んでいたが。
「幸いな事に、ヴィダ派の者達と繋がっているのか、それとも他の邪神や悪神と組んだのかは不明だが、彼らは暫くの間大陸南部に籠るつもりのようだ」
「だろうね。そうでなきゃトンネルを自分から崩したりしないよ」
「その間に儂らは策を練らねばのぅ。やれやれ、面倒じゃわい」
情報に戦力にと、集めなければならないものが山ほどある。
これからの数十年は忙しくなるだろう。そう思うテーネシアやグーバモン、そして控える貴種吸血鬼達。
その中でビルカインだけが違う意見を持っていた。
(六千の軍を返り討ちにして、数千のアンデッドを作る……これはヒヒリュシュカカの神託に逆らってでも懐柔し、手駒として取り込むべきかもしれないな。
幸い彼の両親を殺したのはグーバモンの配下と手の者、今回の遠征軍だって黒幕はテーネシアだ。条件によっては、可能だろう。
これからの数十年、楽しくなりそうだ)
アンデッド化した遠征軍がバルチェブルグを襲い、討伐されてから二ヶ月が経った。
「つくづくやってくれたものだ」
トーマス・パルパペック伯爵は執務室で一枚の書類を見下ろしながら、そう呟いた。
マウビット将軍が総司令官を務める遠征は、彼の想像を遥かに上回る大失敗で終わり、想定を遥かに超える大損害を出した。
去年の自分を「馬鹿め」と罵ってやりたい気分だ。
まず、ミルグ盾国が誇る軍の最精鋭九千人の内六千人で構成された遠征軍が、一人も生きて帰って来なかった。これがかなり痛い。同じ練度の兵士を同数育てるのに何年もかかるだろうし、騎士に至っては実質的に世襲貴族の端くれなので、そう簡単に数を増やせない。
優秀な当主が戦死したので、替わりに優秀な冒険者を騎士に任命するから跡取り息子には騎士叙勲は無し、そのまま平民になってくれ。そんな事が言えるわけがない。
他にも遠征軍の将兵が身に着けていた装備品に、遠征にかかった戦費、トンネルの出入り口に建てた砦の建造費……人的被害も大きいが、経済的被害も小さくない。
次に、バルチェス子爵領の開拓事業が頓挫したのが激痛だ。
トンネルから出て来たアンデッド達は直接バルチェブルグの町を目指さず、何故か開拓地の村に向かってゆっくりと進んだ。……行軍速度としては普通だったが、本来休憩や睡眠の必要が無く昼夜関係無く進めるはずのアンデッドの速度としては、遅かったのだ。
そのため開拓地の住民は全員避難する事に成功した。そしてバルチェブルグでアンデッドが全て倒され、疫病が発生しないよう全て燃やす等の作業が終わったら、開拓地に戻るはずだった。
この時点で畑がアンデッドに踏み荒らされていたり、家が壊されていたり、もしかしたらアンデッドが何匹か残っているかもしれない事は、村人もバルチェス子爵も覚悟していただろう。
しかし、誰が約千匹もアンデッドが残っていると思うだろうか?
お蔭で再び兵士や冒険者を掻き集めて討伐隊を組織して送る事になった。幸い、アンデッドの討伐自体は問題無く終わった。
ゾンビの中に口から毒を吐くポイズンゾンビが何匹か含まれていたため、念のためにと畑の土や井戸や用水路の水に毒が含まれていないか、魔術師が調査した。
すると、何故か畑の土は全て猛毒に侵されており、溜池や用水路も汚染されていて使えないという、最悪の結果が出た。
毒の浄化は、魔術師ギルドの高名な導師すら匙を投げる程難しく、自然に任せると数十年から百年はかかる。
開拓地の全ての村で、そんな状況だった。これでは開拓事業など続けられるはずが無い。
開拓事業そのものはバルチェス子爵家の事業ではあるが、国からも無視できない補助金が出ており、事業で発生する利権を得られるはずだった貴族も多い。そう大きい利権ではないが、パルパペック伯爵家もその一つだ。
それが立ち消えた衝撃は、バルチェス子爵領だけに留まらず国全体に及ぶ。
極め付きが、バルチェブルグを襲ったアンデッドの先頭にゴルダンやライリーが居た事だ。
自分達が英雄だと称えた者達が、見るも無残な姿のまま動き回り、自分達を殺そうと襲い掛かって来る。悪夢以外の何だと言うのだ。
それが今もミルグ盾国に棘となって突き刺さって、傷口からはジクジクと血が滲んで止まらない。
「二百年前は、何とか勝ち戦だと強がることも出来た。だが、今回は負け戦と認める以外にない。
死人の癖に姦しく謳った連中のせいで、軍、冒険者、アルダ神殿、全ての顔に泥が付いた」
情報を封じ込めようにも、バルチェブルグを守るために他の町からも兵士や冒険者を集めていたため、ほぼ不可能だ。
偽情報を混ぜる等して火消は行っているが、暫くは人々の話題に昇り続けるだろう。
お蔭で今ミルグ盾国の空気は、暗くなり続けている。
そして悪い事に、盾国の王都や軍では今回の件で報復すべきだと気炎を上げている連中が少なくない。
その対象が宗主国であるアミッド帝国なら、トーマスの悲願であるミルグ盾国の独立に一歩近づいたと言えなくもない。
だが、彼らが恨みの矛先を向けているのは境界山脈の向こうにあるタロスヘイムだ。
「冗談ではない。ダンピール……ヴァンダルーはやってくれたな。全て、あの半吸血鬼の掌の上で、誰も彼もが踊っていたに過ぎないのだろう」
トーマスは、ミルグ盾国が受けた数々の被害は全てヴァンダルーがそう仕向けたのだと確信していた。
妙に動きが遅かったアンデッドに、遠征軍以外は妙に少ない人的被害、そしてポイズンゾンビが含まれるアンデッドに占拠されていたとしても妙に重すぎる毒の影響。
全て偶然で片付けるには不自然すぎる。
「我が国を追い詰め、無謀な復讐戦を起こさせる。そして今回と同じように待ち受けるつもりか。遠征軍以外に死者が少ないのは、一人でも多くの者に長く復讐を遂げるべきだと訴えさせるためか。
幼子と聞いていたが、恐ろしく悪辣な奴だ」
そして微妙にヴァンダルーの意図を誤解していた。
勿論気が付かないまま、トーマスは執務机の上の書類に視線を戻す。
「そしてこれも奴の計算の内か」
紙面には様々な事が書いてあったが、つまりミルグ盾国王がこの難しい事態に際してトーマスに再び軍務卿に就くようにと要請したものだ。
レッグストン伯爵は次男のチェザーレが遠征軍副司令官だったが、アンデッドの中にはその姿が無かった事と、アミッド帝国が早々に最大の責任者としてマウビット将軍を名指しで発表したため、職を辞して隠居し長男に家督を譲るだけで済んだ。
問題は、次の軍務卿の椅子がトーマスに回ってきたことだ。
「ヴァンダルー、貴様は私をマウビット同様に始末できると考えているようだが、そうはいかん。なんとしても、愚かな復讐戦など止めてみせるぞ。
そして何時か大陸南部に巣食う貴様に身の程を教えてやる」
トーマス・パルパペックが軍務卿に再び就いて暫く、そろそろ初夏から本格的な夏に変わろうとする頃。彼の執務室とはグレードが軽く三つは上の部屋で、眉目秀麗な人物が手を組み、側近達の報告に耳を傾けていた。
若く線の細い顔立ちだが瞳には強い輝きが宿っており、ただならぬカリスマ性を漂わせている。
そしてその耳はエルフ程では無かったが、長く尖っていた。
「報告は以上であるか?」
性別を超越した美声による確認に、見るからに軍人らしい容姿の男が答える。
「はい。マシュクザール・フォン・ベルウッド・アミッド皇帝陛下」
そう、このハーフエルフの青年こそが現アミッド帝国皇帝マシュクザールだった。
ヴァンダルーが知ったら驚いただろう。彼は地球で見聞きしたファンタジー作品では大体差別と迫害の対象になるハーフエルフだが、このラムダ世界の大部分ではそんな事にはならない。
何故ならこの世界では人種、エルフ、ドワーフは勇者と共に魔王軍と戦った同士であり、アルダ神殿ではこの三種族を指して『人間』と定めているからだ。それに勇者の何人かがエルフやドワーフと真の友情で結ばれたと記された文献も残っている。
それに、差別と迫害の対象ならアミッド帝国にはヴィダの新種族で十分だ。
勿論それでも寿命の長いハーフエルフを帝位につける事に反対する貴族は存在したし、人種中心主義の者が居ない訳じゃない。
だがマシュクザールはその実力を持って抵抗勢力を黙らせ、帝位に就いた。
その彼が聞いていた報告は、今回の遠征についてだ。
「帝国内に巣食う吸血鬼に通じる裏切り者共をあぶり出し、始末するという当初の目的は達成できたようだが……いささか想定外の事態だな」
それを聞き終わったマシュクザールは、そう評した。
今回の遠征が持ち上がった時、マシュクザールは既にランギル・マウビット将軍が吸血鬼に通じていると言う情報は得ていた。
そこで吸血鬼達の注意を将軍が言い出した遠征に向けている間に証拠を集め、帝国内に潜む裏切り者を始末するよう側近達に命じた。
内定と捜査と暗躍の結果、やはりマウビット伯爵家と縁の深い貴族家の者が多数浮かび上がり、そこからさらに背後に居た吸血鬼も何匹か捕縛し拷問にかけ、さらに多くの吸血鬼と裏切り者の情報を得た。
結果、帝国内の吸血鬼勢力をかなり縮小させる事に成功した。
それはとても喜ばしい事だ。多数の貴族が吸血鬼に関わっていたと言う事を表沙汰に出来ないため公に誇る事は出来ないが、それが惜しいと思う程度には良い成果だ。
だが……。
「それは遠征軍が壊滅し、大多数がアンデッド化して町を襲い、盾国の開拓事業が頓挫した上境界山脈のトンネルが突然崩落した事ですか?」
「無論だ。当初の予定では遠征は成功、マウビットは打ち首、ミルグ盾国には詫び料として開拓事業に帝国から援助金を出し、それで終わるはずだったではないか」
マシュクザール達の予想では、今回の遠征そのものは成功するはずだった。少なくとも、境界山脈を数百匹のグールを率いて越えたダンピールは討ち取られ、ミルグ盾国の精鋭が適度に減って独立を企むパルパペック伯爵らの力を削ぎ、代わりに開拓事業に精を出させて盾は強固に、しかし牙は丸く削る予定だった。
大陸南部への足掛かりは欲しいが、トンネル一つ崩れただけで利用できなくなる足掛かりは寧ろ危うい。
それよりも、属国の独立を防ぎ将来帝国が盾国を併合しやすいように工作した方が後の利益は大きい。
そう考えていたのだ。
「だが、まさか数だけでも十倍近い戦力をひっくり返す……それどころか圧倒するとは。どんな手段を使ったのだ? このヴァンダルーというダンピールは」
「それが、不明です。生存者は一人もおらず、用意した【霊媒師】も全て【降霊術】に失敗いたしましたので」
「なるほど。唯一分かっているのは、アンデッドをテイム……いや、死体をアンデッド化させ支配出来る事だけか」
興味深そうにマシュクザールは書類に記されたヴァンダルーに関する僅かな情報に視線を走らせる。
「興味深いな。出来れば、手に入れたいが――」
「アルダ神殿が許さないのでは?」
「眼帯でもさせれば良かろう。丁度良く、吸血鬼ハンター殿も地に堕ちた。そもそも、あの坊主共は喧しすぎる」
今までの皇帝は兎も角、マシュクザールは法命神アルダに対して信心深い訳ではない。自分を勇者ベルウッドの子孫だと本当に信じている訳でも無い。
彼は根っからの現実主義者であり、合理主義者だ。
だからこそ帝国に最も利のある政策を行う。
法と秩序を重視するアルダの教義は統治の道具として有効だから利用する。ベルウッドの名も、権威を維持するためには有効だ。
ダンピールを初めとしたヴィダの種族への差別も、民の不満を逸らすために非常に便利な生贄なので、今まで維持してきた。翻すには影響が大きく、そもそも帝国内のヴィダの新種族は少数派だからだ。
「ですが、捕獲するにしても難しいのでは?」
「当たり前だ。誰が捕獲すると言った、余は配下に欲しいと言ったのだ」
「配下にですか!?」
この現実主義で合理主義故に、色々とぶっ飛んだ事を言い出す皇帝に仕えて長い側近達も、ダンピールを配下に加えたいと言う皇帝の言葉には流石に仰天した。
「き、危険すぎます! 露見したら帝国が崩壊致しますぞ!」
「何を大袈裟な。何処までやるかはこのヴァンダルーと言うダンピールがどの程度使えるかに依るが、アルダ大神殿の教皇から『神の許しがあった』とお墨付きを出させれば済む事だ」
「絶対ありえません!」
「言う者を教皇に就ければ良い。神託を本当に受けているかどうかなど、我が親愛なる民には見分けが付かんだろう」
さらりと恐ろしいことを言うマシュクザールに、思わず側近達の背に冷や汗が浮く。
「だが、最もやり易いのは影の者として仕えさせる事だが」
続けた言葉で、思わず安堵の息を漏らす。
「しかし陛下、現段階で解っているのはそのダンピールがアンデッドを作り、従わせる事が出来るという事のみ。これだけでは使い難いのでは?」
地球のフィクション作品では時折戦死者をゾンビにして不死の兵士を作り、軍事利用を企む権力者や企業が登場する。しかしマシュクザールはそれが可能だったとしても実行はしない。
何故ならアミッド帝国は、あくまでも生きている人間の国だからだ。
信仰や心理的な問題、何よりも兵士と国民が受け入れないだろうと簡単に想像できる。
「戦死したらアンデッド化して戦い続けてくれ」と言われた兵士は、指揮官が自分の死を前提に戦術を練っているのではないかと疑心暗鬼に陥る。
民は自分達の夫や息子が死後も戦わされ続ける事に納得しない。
そもそもアンデッド化した兵士達がその後も忠誠を誓うかどうか分からない。ヴァンダルーが一言呟けば、全員が反旗を翻す可能性すらあるのだから。
「何、別にアンデッドを兵士にするつもりは無い。ただ古戦場に転がる遺骨がスケルトンと化し、全てオルバウム選王国の方に向かったら面白かろうと思っただけだ」
「なるほど。我々とは関係無くアンデッドが発生し、それが選王国に勝手に向かうと。それならば問題ありません」
「しかし、現実問題として接触するのは困難なのでは? 出来たとしても、ダンピールが陛下を恨んでいる可能性もあります」
母親が殺されている件に関しては、マシュクザールがアルダ教とは表向きは兎も角実際は異なる価値観を持っている事を知れば、軟化しうる。
しかし、マウビットは吸血鬼と繋がっていたとはいえアミッド帝国の将軍で、遠征はマシュクザールの名で承認されたものだった。
「だとすれば……所詮このヴァンダルーなる者もその程度だったと言うだけの事。私怨を捨てられん者に、大事を成す事は出来ん。
だが、短くとも十年以上は境界山脈の内側に籠もるつもりであろう。出て来た時に、見逃さず接触せよ」
「了解しました。監視を密に致します」
「他は……マウビット伯爵家は取り潰し。幽閉中の長男は吸血鬼と繋がっていた事を悔いる遺書を残して自害とせよ」
「畏まりました。後、【迅雷】のシュナイダーに大陸南部の調査を依頼しようと言う動きがありますが?」
「ああ、従兄弟殿か」
ため息を吐きながら何かと衝突する従兄弟の顔を思い出す。目障りだが、生かしておくと反抗勢力が従兄弟を頼って集まるので、目につきやすいと言う微妙に便利な人物だ。
しかしあの男を大陸南部にやるのは、危険すぎる。
「シュナイダーならば断わるであろう……恐らくな。だが、もし引き受けるようなら止めよ。だが、絶対に敵に回すな。今はまだ時期ではない」
「御意。では、ミルグ盾国の方はどう致します?」
「ふむ……多少の飴が必要か」
少々の思考の末、マシュクザールはそう言った。聞けば、盾国には遠征失敗の復讐戦を企てる動きがあると言う。
流石にそんな事をされては、適度どころでは無く国力が疲弊してしまう。復讐心を薄める程度に甘い飴が必要だ。
「では、陛下執心のダンピールを見張ると言う意味でも、バルチェス子爵領に境界山脈を監視するための砦を作らせては如何ですか?
無論、建造費は帝国が持って」
「なるほど、妙案であるな」
民草の乱れた心は砦を実際の防衛力以上に評価し、落ち着きを取り戻すだろう。今回の事件を軽視していないとアピールし、民の心をこちらに向ける事も出来るかもしれない。
何より、持つのは建造費だけで維持費や人件費は盾国の自腹だ。
将来に渡り、盾国が過ぎた軍事力を持たないための抑止力の一助と成るだろう。
「では、そのようにせよ」
こうして、バルチェス子爵領はアミッド帝国主導の砦の建築事業によって、辛うじて持ち直したのだった。
……将来的には領内に明らかに無駄な砦を抱える事になり、苦しめられる事になるのだがそれに悩むのは子爵の子の代だろう。
原種吸血鬼、トーマス・パルパペック伯爵、アミッド帝国。この三者はヴァンダルーの存在を認知している事以外に、二つの共通点があった。
一つは、法命神アルダ達がしたように、迂闊な通称や蔑称を付けて二つ名をヴァンダルーが獲得しない様に注意した点。
もう一つは、ヴァンダルーが短くても十年以上境界山脈の向こう、大陸南部に籠もって力を蓄えると思い込んでいる点だった。
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30日に閑話4 その頃のS級冒険者を、1月2日に閑話5 ヴィダを 1月6日に六十六話を投稿予定です。