六話 レべリング 経験値源は山賊がお得
七人の山賊は、簡易的なアジトで今日の獲物から奪った酒を飲んでいた。
「今日は中々の収穫だったなぁ」
「ああ、持って帰れば村の皆も喜ぶさ」
その様子は、まるで畑仕事を終えた農夫たちが仲間内で一杯やっているようにしか見えなかったが、彼らは紛れも無く山賊である。
その証拠に、彼らが一杯やっているワインは依頼料をケチって冒険者の護衛を雇わなかった行商人から、命と一緒に奪った物だ。
彼らの武装は古くて修繕の跡が幾つもある皮鎧に、手製の槍や弓矢、薪割に使う様な斧と、貧相極まり無い。その上。練度は正式な訓練を受けた事の無い、良く言えば実戦重視の喧嘩殺法。悪く言えば武器を振り回せるだけといった程度の集団だ。
実際、彼らの殆どがジョブも農夫で戦闘訓練なんて受けた事が無い。そんな彼らが何故山賊なんて真似をしているのかと言うと、貧しさからだった。
様々な理由で貧しくなった村の若い衆が、村から離れた場所で犯罪に走る。そんな事がこのラムダでは少なくないのだ。
「さて、そろそろ見張り立てて寝るか」
山賊達のアジトは背の高い草が生い茂る草原の中に草を刈って広場を作り、テントを幾つか張っただけの簡素な物だった。一応見張り櫓も組んでいるが、彼らにはそれを役立てるつもりが無いらしい。
実際、この草原は野生の獣しかいないので火さえ焚いていればほぼ安全なのだ。それでも見張りを立てるのは、時折群れからはぐれたゴブリンが襲い掛かってくるせいだ。
しかし、そのゴブリンもぎゃーぎゃーと喧しく喚きながら近づいて来るので、見張りのやる気は低かった。
だから足音を忍ばせて静かに近づいてくる敵には気づきようも無かった。
「ひっくっ、ちょっと飲み過ぎ――うぉっ?」
ワインを飲み過ぎたらしい見張りは、草の壁から伸びた骨熊の腕に掴まり、そのまま掻っ攫われた。
そのままボキバキと鈍い音が響くが、テントから出てくる者はいない。その代わりにというように草の壁から出てきたのは、骨人や骨猿、骨狼とその背に乗る骨鳥。
そして最後尾のヴァンダルーだった。
「残り六人。手早く始末して」
カシャリと、骨が擦れる音。
山賊達が村に帰る事は無くなった。
ヴァンダルーにとって、山賊のアジトを探す事は山賊が凶悪であればある程簡単だった。山賊が殺した被害者の霊を情報源に出来るのだから。
山賊に襲われ、荷物だけでは無く命まで奪われた被害者達。その無念と加害者に対する憎しみは凄まじく、虫アンデッドが見つけるのは容易だった。
そして離れた場所にいる霊でも、一度見つけてしまえば【降霊】の術を使って呼び出して話を聞く事が出来る。
そして霊から手に入れた情報を基に虫アンデッドを放てば、数日でアジトを見つける事が出来るという訳だ。
この方法でヴァンダルーは、ベステロ準男爵領周辺で活動する山賊団を既に四つ見つけていた。
そして見つけた後も情報収集を続けて、山賊達の人数や武装を調べ上げた。今日襲った村人崩れの山賊達は、その中でも最も規模が小さく、最も武装が貧弱な山賊団だった。
「よし、練習は無事成功だ。皆、良くやってくれた」
山賊団の全滅を確認したヴァンダルーは、見た目は無表情だが内心は上機嫌でアンデッド達を労った。
勿論アンデッド達は皆骨なので笑う事は無いが、喜ぶように眼窩の青い炎が揺らめく。彼らのMVPは見張りをベアハッグで始末した骨熊で、その後更に一人の山賊を鉤爪で葬っている。
骨人も短剣で二人を刺殺し、骨猿と骨狼もそれぞれ一人ずつ絞め殺したり噛み殺したりしている。
「えーっと、大丈夫。その内飛べるようになるって」
ただ一匹落ち込む骨鳥は、ヴァンダルーがゴーレム化させた地面に首から下を埋めて身動きが取れない山賊の頭を、延々嘴で突くという地道な作業の結果、一人倒していた。
一羽だけどうしようもなく足手まといだが、それも仕方がない。何故なら、骨鳥は飛べないのだから。
考えればすぐ分かる事だが、羽毛の無い骨だけの翼で飛べるはずがないのだ。
「経験値を貯めてランクアップすれば、きっと飛べるようになる。自分を信じろ」
ヴァンダルーに励まされると、骨鳥はカシャカシャと骨翼を羽ばたいて喜びを表現する。分かった、頑張ると言っているのだろうか。
それを微笑ましい気分で眺め、頭蓋骨を撫でてやった後、ヴァンダルーは山賊団が溜め込んだお宝を確認していった。
まず目についたのは、三つの大きなワイン樽が乗った荷車。山賊達が開けて飲んでいた、その残りだ。
エブベジアはワインが特産の町なので、きっとそれなりに良いワインなのだろう。
「……他に何かないかな」
一歳児には水未満の価値しかないが。換金手段もないし、仲間は骨しかないので意味が無い。精々料理に使うぐらいだろうか。
いや、飲む事は出来るだろう。状態異常耐性スキルを3レベルで持つヴァンダルーなら、一歳児の身体でもワイン程度なら余程大量に飲まなければ酔いもしないはずだ。
『ダ~メ♪ 一歳なのにお酒を飲むなんて、将来酒精に溺れたらどうするの』
しかし、保護者の許しが出ないので飲用にするのは止めておこうと思うヴァンダルーだった。
「でも、一樽ぐらいは持って行こうかな。荷車もあるし。
後は――」
荷車の周辺やテントの中を探るヴァンダルーだが、結果は普通の冒険者や兵士なら「しけてるな」の一言で済ませる程度だった。行商人から奪ったらしい銅貨や銀貨が入った布袋に、地球ではペットや家畜の餌になっていた粟や燕麦等の雑穀や安価な麦が詰まった袋が一山。川魚の干物が少々。後は、山賊達が使っていた日用品。
目玉は、五キロほどの塩が詰まった壺だろうか。
かなり細やかなお宝だが、それも当然かもしれない。なんといっても、この山賊団は普段はただの農夫をしている男達が、たった七人で活動していたのだから。
当然儲けの大きい獲物――冒険者の護衛を雇うような馬車は、狙わなかったはずだ。
しかしヴァンダルーにとってはそれなりの収穫だ。
「大収穫だ。そろそろ肉と血だけの食事には飽きて来たところだったし、母さんが持っていた塩はとっくに無くなっていたし。後、布が手に入ったのが嬉しい」
これまでヴァンダルーの生活は、森の獣を狩る事で支えられていた。麦やチーズ、野菜、塩等の備蓄は、ダルシアが殺された後、割とすぐに尽きてしまったのだ。元々一人分、その上旅に出る準備段階だったので、彼女が持って行ける量しか備蓄が無かったのだ。
そしてヴァンダルーは成長と共に、どんどん食べる量が増えている。
食事を全て血で賄うのは大変だし、吸血鬼に近づきすぎて太陽に弱くなったら厄介だから普通の食事で済ませたい。しかし、血を抜いて焼いただけの肉は味も単調だし、そもそも狸やら狐やら肉が美味くない獲物しか手に入らない時もあった。それでもゴブリンだけの時よりは、数段マシだが。
それに、着ているのは服では無く毛皮を適当に巻きつけただけという有様だ。
まるで蛮人の子供である。
「山賊の着替えを使えば、服を作れるかもしれない。
後は、金だけど……まあ、使う時もあるかな?」
アミッド帝国とその属国の通貨は、アミッド。1アミッドが地球の円に換算すると大体百円で、硬貨は下から半アミッド小銅貨、一アミッド銅貨、十アミッド銅貨、百アミッド銀貨、千アミッド金貨、一万アミッド白金貨となる。
尚、ほぼ大商人や上級貴族しか扱わないが紙幣も存在し、十万アミッド札や百万アミッド札等が存在するそうだ。正確には紙幣では無く、国債や手形のような物かもしれない。
山賊団が溜め込んでいた現金は、約千アミッド。都市部の労働者の平均的な月収の二倍程だ。
ただ、ヴァンダルーが町に入ろうとすると警備兵や冒険者が問答無用に殺しに来るだろうから、使う機会があるかは不明だ。
しかし、その内他国に行った時に両替できるかもしれないので、持っておくことにする。
「ん? この袋は?」
硬貨が入っている袋の下に、更に小さな革袋がある事に気が付いた。重さは軽く、振るとカチカチと小さな音がする。
紐を解いて中身を見てみると、中には色のついた微妙な透明度の石が二個入っていた。宝石の一種にも見えるが、あまり綺麗に見えない。
「母さん、これ知ってる?」
『これは魔石ね。魔物から採れる物で、この大きさと色ならゴブリンのだと思う。確か、一個十アミッドで買い取ってもらえるはずだけど』
魔石とは、魔物が体内に持つ魔力が死んだ瞬間に結晶化した物質の事らしい。様々なマジックアイテムやポーション等の霊薬類の材料に成り、また魔力の少ない一般人でも使える汎用のマジックアイテムを動かす動力源にもなる。
動力源として使う場合は、籠っている魔力が無くなればただの石になってしまうため使い捨てだが、錬金術で精製すれば魔術師が魔力を再び込める事で何度でも使える魔晶石に加工できる。
ただゴブリン程度の低ランクモンスターの魔石では、態々精製したりせずそのまま使い捨てにするそうで、買い取り価格も激安のようだが。
『ちなみに、低ランクの魔物は倒しても魔石が無い事の方が多いの。ランク1の魔物から魔石が出る確率は百匹倒してやっと一個手に入るくらいね。
逆に、高ランクの魔物からはほぼ確実に魔石が手に入るわ。ランク5以上なら、確実に魔石が手に入るのよ』
ダルシアが今まで魔石の事をヴァンダルーに教えなかったのは、今まで倒した魔物がランク1のゴブリンが数匹だけだったので、教える意味が無いと思ったからだったらしい。
因みに、ランクが低くても魔石を出しやすい魔物や、本来のランクよりも高品質の魔石を出す魔物等もいるそうだ。
だが、今は魔物よりも山賊を狩るのに忙しいヴァンダルーには、参考程度の知識でしかない。
早く冒険者ギルドに登録して、冒険者に成りたいものだ。
「最後に骨人達のステータスを確認しておこう――おお、あんな弱い山賊を二人殺しただけなのに、三十レベルも上がっている。骨熊もだ。
骨猿達も、一人殺しただけで十レベル以上上がっているじゃないか」
不意打ちで禄に戦闘らしい事もせず農夫崩れの山賊を一人二人殺しただけで、この急激なレベル上昇。ゴブリンや森の獣とは比べ物に成らない量の経験値だ。
これがアンデッド以外の魔物にも共通するなら、魔物にとって人間は良い経験値稼ぎの獲物だという事か。
魔物が人間に対して好戦的なのも納得だ。
「よし、この辺りの山賊を狩りつくして骨人達のレベルを上げよう」
この大幅なレベル上昇を見ては、もう地道な獣狩には戻れない。
まだこのベステロ準男爵領の周辺には山賊団が、今日全滅させたのと同じ規模が一つ、十数人規模が一つ、そして二十人ほどが一つある。
全滅させる頃には、骨人達は全員がランク3にランクアップしている事だろう。
『南の連中は、俺達を殺せたなら楽勝だぁ』
『ここから西に行った所の連中は、三つ隣の村の連中だ。人数は多くても楽勝さ』
『でも北にいる連中はプロの山賊だ。頭がどっかの町で警備兵だったとかで、手下にも腕っぷしが強いのが集まってるらしい。俺達も上納金を脅し取られた』
山賊団の霊から情報を収集しつつ、彼らの遺体はアースゴーレムを作って埋める。後は荷車に収穫を乗せて、ヴァンダルーは惨劇の跡から去った。
一歳の誕生日を迎えてから、早一か月。毎夜【殺虫】で蚊を落す季節になった今日この頃、ヴァンダルーは遂にベステロ準男爵領で最も規模が大きく練度が高い山賊団の攻略に臨んでいた。
街道を旅する旅人や警備隊に発見されないように移動し、更に森や深い草原でヴァンダルー自身と骨人達の訓練を行い、スキルを磨いた。
「相手はこれまでの山賊とは、一線を画する。頭は兵士崩れで、手下は頭からある程度の訓練を受けている。つまり、武器を掲げて被害者を脅すだけでは無く、『戦える』敵だ」
それもこれも、この日の為だ。
「オォォォォォォ……」
「グルルルルゥゥゥゥ……」
ヴァンダルーの演説を聞くのは、眼窩に文字通り炎を宿したアンデッド達だ。山賊殺しで稼いだ経験値で、骨人はスケルトンソルジャーに、骨猿と骨熊、骨狼はボーンビーストにランクアップしている。
スキルもアンデッド達は【怪力】と、山賊を不意打ちで倒してばかりいたせいか【忍び足】を習得していた。お蔭で、スキルを使用している時はカシャカシャと骨がぶつかり合う音を全く立てなくなった。更に、骨人は【剣術】と【弓術】、【盾術】のスキルも習得した。
まだ1レベルだが、ゴーレム相手の模擬戦約一か月で身に着けたにしては上出来だろう。
「……」
骨鳥はまだ、ランク2のままだが。でも、既に90レベル台なので今夜の襲撃が成功すればランクアップするだろう。
「だから今日は注意して戦うように。スペア用の骨は十分あるけど、頭蓋骨は砕かれないように気を付けて。
後、山賊っぽくない人間……縄で縛られているか檻に入れられている人間が居たら、殺さないように。
最後に、援護魔術をかけたら作戦開始だよ」
何時もの無表情に淡々とした口調で、内心の緊張を表せないままヴァンダルーは呪文を口にした。
「まず【殺傷力強化】を武器や牙、爪に。次に【エネルギー奪取】を防具や骨に」
【殺傷力強化】は生物に対する攻撃力を上昇させる魔術で、鎧や盾越しでも敵に触れればその生命力を削り取れる。
【エネルギー奪取】は魔力、そして熱や電気更に運動エネルギーまでも吸収してしまう魔術で、このラムダでは魔術と物理攻撃、両方に効果のある防御魔術になる。
どちらも強力な効果を持つ魔術だが、死属性魔術ではそれほど難しい術ではないため制御は容易い。
「オォ……」
青黒い魔力を纏ったアンデッド達の内、まず骨人が動いた。
山賊のアジト――いくつかの簡易的な小屋を木の柵で囲った物――の見張りをしている物見櫓に向けて、オルビー達から奪った弓に矢を番えて弦を引き絞る。
狙われている物見櫓の山賊は弓を持ち、矢筒を背負ってはいたがやる気は全く無かった。
「全く、ついてないぜ。明日撤収って日に見張りなんてよぉ」
彼らは今日、これまでの稼ぎを持って別の場所に移動する予定だった。途中で捕まえた人質の身代金を受け取って、そのまま他の領地や国まで行って、そこで改めて山賊業を始めるつもりなのだ。
最近他の山賊団が突然姿を消しているようだし、噂では街道の治安悪化に業を煮やした領主が討伐隊を組んだらしい。ならそろそろ頃合いだ。
引っ越しに邪魔な荷物になる余分な酒や食料をぱっと食ってしまおうと、今夜は山賊団の宴会の最中だったのだ。
それに参加できない見張りの山賊は不運だったが、その不運に気を取られ過ぎた。
「がっ!?」
ひゅっと闇夜を裂いて飛来した骨人の矢が、喉に突き刺さる。短い断末魔の悲鳴を漏らすと、そのままバランスを崩して櫓から落下した。
酒に酔って良い気分になっていた山賊達も、櫓から落ちた見張りの仲間が喉に矢を生やしていたら、酔いからさめる。
「て、敵襲だ!」
「野郎共! 武器を取れっ!」
山賊達が斧やメイス、槍と言った武器を手に立ち上がろうとした瞬間――
バギィィィィ!
「グオォォォォォォン!」
「ウォォォォッ!、ウォォォォォ!」
木の柵を骨熊と骨猿がぶち破り、木片を撒き散らしながら突入する。
「あ、アンデッドっ! 魔物だっ、魔物の襲撃だ!」
「落ち着け馬鹿共っ! 得物が斧とメイスの奴は前に出ろ! 剣や槍の奴は持ち替えて来い! 弓もだ!」
山賊団の頭は冷静に手下に指示を出し、自身もハルバードを構える。
この男は、兵士だった時にスケルトンやゾンビ等との戦闘経験があった。それでアンデッドに対しては手下達のような新兵に毛が生えた程度の技量なら、剣や槍のような斬る、若しくは刺すような武器よりは、斧や棍棒のように叩き割る、若しくは砕くような武器の方が有効だと知っていたのだ。
「ランク1や2程度の魔物が何匹かなら、二十人いる俺達の敵じゃねぇっ! やっちまえっ!」
仲間の死と派手な襲撃で萎みかけていた山賊達の士気が、頭の指示と激によって持ち直した。山賊達は宴会に水を差した無粋なアンデッド達を返り討ちにしようと殺到する。
「グオォォォォ!」
「ぎゃっ!?」
斧を振り上げた山賊が、後ろ足で立ち上がった骨熊の前足を受けて跳ね飛ばされる。
ぐしゃりと、骨猿が山賊の頭蓋骨を卵のように握り潰す。
骨狼の牙が山賊達の足に突き刺さり、倒れたところを今度は喉を噛み切る。
「オォォ……オ゛ォォォォッ」
骨人は弓を置くと、他の山賊団から奪った長剣を抜いて山賊団に切りかかって行く。
「ひぃっ!? ぎゃぁぁぁっ!」
骨人と山賊。お互いに正式な武術を習っていない者同士の切り合いは、骨人にすぐ軍配が上がった。
技量はドングリの背比べ程度の差しかないし、骨人が持つ長剣は他の山賊団から奪った鉄製の、それも粗悪な鋳物の剣なので、武器は寧ろ相手の方がやや上。
しかし、ランク3のスケルトンソルジャーの身体能力は並の人間を上回り、特に筋力では【怪力】スキルを持つ骨人の方が圧倒的に勝っている。
元々身体能力や特殊能力を持たない人間が、魔物に対抗するために技術を磨いて習得したのが武術や魔術なので、技量が同じなら人間が魔物に敵うはずがないのだ。
「オ゛オ゛オ゛ォォォ……」
返り血を浴びて紅く染まった骨人は命を奪い経験値を得る快感に震え、更なる経験値を得るため次の獲物に切りかかった。
「頭っ! こいつ等ランク2じゃねぇっ!」
「とても俺達じゃ敵わねぇよぉっ、助けてくれよ頭ぁっ!」
劣勢に陥り、数を減らして行く手下の情けない悲鳴に頭は舌打ちした。
『役立たずがっ! こうなったら俺だけでも逃げるしかないか』
山賊団の頭は、迷わず逃げる事を選択した。手下のためにアンデッドと戦おうなんて、一瞬たりとも考えない。
そもそも、彼の技量ではランク3以上の魔物と一対一で戦っても勝ち目がないのだ。
頭は確かに兵士崩れで、ハルバードを扱う【槍斧術】のスキルも2レベルで持っている。しかし、所詮は町の警備兵崩れだ。冒険者の等級では、その戦闘能力は精々E級と言ったところだろう。
そしてランク3の魔物を一対一で倒すには、D級程度の腕が必要だと言われている。
手下達を上手く使えば、骨人達の内一匹くらいは倒せるかもしれない。
だが、アンデッドは四匹。いや、五匹か。
「…………」
倒れたまま動かない虫の息の山賊を嘴で突いて、止めを刺している骨鳥に気が付いた頭だが、あれは例外だと考える。
一匹倒したところで、残りに殺されては意味が無い。一矢報いても、生き残れないなら無意味なのだ。
「テメェらっ! 弱気になるなっ、押して行けっ!」
まだ生き残っている手下に無茶な指示を出し、頭自身は手下達に気がつかれないよう静かに後ろに引く。このまま商人から奪った馬車に飛び乗り逃げるのだ。逃げ切ればまた山賊団を組織できる。
「起きろ」
そんな頭の思惑は、突然自分の背後に出現した、地面から生えた土の壁によって打ち砕かれた。
「うおっ!? な、何だ!? 錬金術師かっ!?」
手下の断末魔の悲鳴とアンデッド共の怨嗟の咆哮を縫って聞こえた、幼い少女の声のような甲高い声の主の仕業だと直感した頭は、その声の主の姿を探す。
すると、すぐに見つけた。
赤ん坊と言っても差支えの無い、ボロを着た子供がやや離れた所に立っているのを。
『このガキの仕業だってのか!?』
信じられないと目を剥く頭だが、子供……ヴァンダルーの異様さは見誤りようが無かった。
白髪に、虚ろな真紅と紫紺のオッドアイ。そしてこれだけ血腥い戦場なのに、まるで亡霊のように気配が希薄。もし声を出さなかったら、足元に居ても気がつかなかったかもしれない。
「お、お前がアンデッド共を操ってるのか? だ、だったら降参だ、降伏する、お宝は全部お前にやるよ、冒険者ギルドでも何処にでも突き出してくれよ」
ハルバードを落して、頭は両手を上げて降伏した。
勝てないなら逃げる、逃げられないなら降伏してでも生き延びる。意地やプライドは一アミッドにも成らない。
「降伏?」
「ああ、そうだとも」
平坦な口調で聞き返すヴァンダルーに、頭は愛想笑いらしいものを浮かべて頷く。
「俺の首には賞金がかかっているし、この辺りの他の山賊団の情報だって持ってる。それに、犯罪奴隷として売った金の半額がお前の懐に入るんだ。
どうだ、生きたまま捕まえた方が特だろ?」
頭が言ったのは、全て本当だ。自分が生き残るためなら他の同業者だって売るのが、この男だ。
それに生け捕りにされた山賊は負傷の度合いにもよるが、大抵の場合犯罪奴隷として売買される事になる。多くは鉱山や軍での雑用などで酷使される事になる。その販売価格は侮れ無い物があり、生け捕りにした人数によっては山賊団のお宝よりも高くなる事が珍しくない。
「……あなたは馬鹿ですか?」
しかし、返って来たのは幼児に自分の頭の出来を聞かれるという屈辱的な返事だった。
「何だとっ!?」
「俺は、見ての通りダンピールです。
あんたを冒険者ギルドに突き出せば、俺はそのまま殺されます。あんたが犯罪奴隷として売られる前に、俺はあの世行きです」
ダンピールは法命神アルダを国教とするアミッド帝国とその属国では、人間では無く魔物の一種でしかない。そのため、山賊を捕まえても町に入れば兵士や冒険者が山賊よりも優先して殺しに来る。
山賊の頭は冒険者でなかった事と、去年のダンピール騒ぎについて知らなかった事もあって、ヴァンダルーがダンピールだと気が付くのが遅れたのだった。
「じゃ、じゃあ俺を手下にしてくれ! 俺は役立つぜ、あんたのアンデッドも強いが、一人くらいは人間の部下も必要だろっ!?」
そう瞬時に切り返すあたり、この山賊は見た目よりも頭がいいのだろうとヴァンダルーは彼への印象を改めた。
実際、頭の言っている言葉は前々からヴァンダルーが痛感している事だった。自分の言う事に絶対服従の骨人達。霊体のダルシア。それだけでは日々の生活の細々とした不便が解消できないのだ。
しかし、それを目の前の男を使って解消する事は考えられない。
「確かに生きている仲間は欲しいけど、手下を見捨てて自分だけ逃げようとする山賊は要りません。
でも、死んだ後なら仲間にしてあげても良いですよ」
前半で希望を、後半で絶望を浮かべた頭を指差して、「やっておいて」と骨熊達に頼む。
「ま、待ってくれっ! 俺は、俺は死にたくないっ!」
「……? いや、あなたが殺してきた人達もそうなのでは?」
こいつ、よく分からない事を言うな。そう思ってヴァンダルーが振り返った時には、骨熊が頭の首を圧し折っていた。
「グ、グルゥ」
やべ、やっちゃった? みたいな様子の骨熊に「いいよいいよ」と手を振って、ヴァンダルーは深く息を吐いた。
「あー、緊張した。ダルシア母さん以外と会話するのは初めてだから、ドキドキしたよ」
ただでさえ地球、オリジン、そしてラムダと三つの世界で共通するコミュ障なのに、こんな血の匂いが濃い場所で見つめ合って会話とか、勘弁して欲しい。
「血の匂いが濃すぎて、腹が減る。でも山賊の血を吸って吸血鬼に近づきすぎるのは嫌だから我慢、我慢。
……とりあえず、生き残りが居ないか確認しよう。【生命感知】」
食欲を刺激する濃い血の匂いから意識を逸らすために、範囲内の生命を感知する死属性魔術を使う。
虫や雑草、菌にカビ等の雑多な反応は無視して大きな動物や、魔力を宿した人間や魔物の生命反応を探す。
反応は……大きな小屋の向こうに大きな動物の反応が三つ。多分、馬だろう。後、小屋の地下にも反応が一つ。この反応は、人間だ。
霊から聞いた情報では、山賊の数は二十一人。死体の数も、二十一。
「小屋の地下に一人いるけど、新入り?」
『い、いや、手下じゃねぇ。何日か前に、捕まえた行商人だ。うげっ、隣のマッジオ子爵領の町に実家の商家があるとかで、身代金が期待できるから、生かして置いてあっ、る。く、首、首がっ』
死ぬ瞬間に受けた致命傷の衝撃と恐怖のせいで、霊体になっても首が歪んでいる山賊の頭の霊から事情を聞いたヴァンダルーは、眉間に皺を寄せた。
面倒な事に成ったと。
・名前:骨人
・ランク:3
・種族:スケルトンソルジャー
・レベル:39
・パッシブスキル
闇視
怪力:1Lv(NEW!)
・アクティブスキル
剣術:1Lv(NEW!)
盾術:1Lv(NEW!)
弓術:1Lv(NEW!)
忍び足:1Lv(NEW!)
・名前:(骨猿 骨狼 骨熊)
・ランク:3
・種族:ボーンビースト
・レベル:24~32
・パッシブスキル
闇視
怪力:1Lv(NEW!)
・アクティブスキル
忍び足:1Lv(NEW!)