六十五話 では現物で料金を強制的にお支払い願います
ヴァンダルーはゾンビ化した遠征軍で即席の捨石軍隊を作成し、それでミルグ盾国に玉砕前提の逆侵攻を開始した。
トンネルの入り口に彼らが建てた砦の連中に気付かれるために、【鬼火】を幾つも飛ばし、ゾンビ達に足音を立てさせ、姦しく声を上げさせて。
軍団の先頭には、遠征軍の主要人物以外のゾンビの内運良く高いランクのアンデッドになった者を配置した。こんな前哨戦でマウビットやライリー達が万が一にも壊れたら困るからだ。
そして砦に居た兵士達は思惑通り撤退してくれた。
『皆殺しにしなくてよろしいのですか、坊ちゃん?』
「良いんです。殺す程の価値は無いし、必要も無い。だったら、殺しちゃいけない」
砦の兵の練度は並で、指揮官も軍の重鎮と言う程でも無い。そもそも、数は数百程度。骨を折って皆殺しにする程では無い。
それよりも、伝令役に成ってもらった方が助かる。
……砦に火を放たれた時は、ちょっと殺意が湧いたが。
火は【奪熱】で消火し、焼け残っていた砦の物資を回収。そしてトンネルを進む。
『うわぁ、広いですねー。父さんが横に何台並べるかな?』
「五台……六台は行けそうね」
『どうやったらこんなトンネル掘れるのかしら?』
「ぐがっ!?」
「ラピ、高く飛ぶと天井にぶつかりますよ」
只管単調なトンネルを進み、出口の砦も軍団の先頭の方に丸投げし、外に出たら広範囲の【生命探知】で残っていた吸血鬼の密偵をサクリと始末した。
そして真っ直ぐ町……には向かわず、今は無い密林魔境が姿を変えた開拓地へ。
そして軍団は町へ向かわせ、ヴァンダルーは千程のゾンビと開拓地の村々に残る。
軍団はバルチェス子爵の領都、バルチェブルグに進軍。そして無策で無謀な正面突撃をやらかす。
数は三千だが、ヴァンダルーの【眷属強化】と【従属強化】も乗らないランク2~4程度の戦力なら、バルチェブルグの防衛戦は成功するだろう。
昼間に正面からのろのろ歩いて来るし、魔術師は魔術を唱えないし、ゴルダンやライリーはマジックアイテムを持っていないし、他にもチェザーレ等利用価値があるアンデッドは軍団に加わっていないし、更に最悪城壁を破壊して町に侵入出来ても武器を持っていない者や、老人や女子供には攻撃するなと命令してある。
バルチェブルグの防衛力がどれ程屑でも、人口は約一万。前もって伝令も来ているはずだし、近くにダンジョンが存在する魔境もある。冒険者も兵士も必死に掻き集めているはずだ。
そこにノコノコとアンデッドの群れが現れれば、城壁から矢や攻撃魔術の雨が降り注ぎ、数を削り取るはずだ。
まあ、兵士や冒険者に多少犠牲者が出るだろうが百は超えないだろう。この世界の冒険者や兵士は、ジョブやスキルのお蔭で地球やオリジンの人間よりも強靭だし。
多分、最悪でも城壁に穴を空けて暫く暴れ回ったくらいで全滅するのではないだろうか?
あまり殺し過ぎると困るので、丁度良い。
「死体は短期的な負担にしかならないですから。これからあの町では開拓地から避難した難民を養い、苦労して貰わないといけない」
難民問題は地球でも難しい問題だった。それと比べれば、開拓地の住人全てを合わせても二千から三千人程度だろうが、それでも負担の筈だ。
難民と化した元開拓民には帰る場所が無くなる。元々故郷で生計が立てられなかった者が多いので、「開拓に失敗したから、後は勝手にしてね」とはいかない。更に開拓地が消滅する事で警備隊や神殿のポストも消滅し、損失は各方面に及ぶ。
そこに六千人の精鋭兵が壊滅し、その大半がアンデッド化して町に攻め寄せるという衝撃的な事件。
これで実際の経済的及び人的損失以上にミルグ盾国の威信は傷つく。更に遠征の音頭を取った宗主国、アミッド帝国との関係は今以上に悪くなるはずだ。
帝国側は二百年前の遠征と同じように責任を盾国に押し付けたいだろうが、ヴァンダルーが派遣したアンデッド軍では、ランギル・マウビット将軍が帝国と自分の名を高らかに謳い続けているはずだ。
だが盾国出身のチェザーレ副司令官のアンデッドは居ない。どちらが人々の印象に残るのかは一目瞭然。
更にゴルダンとライリーも、実際に与える被害以上に目立ちながら派手に暴れ回っているはずだ。
それぞれ、アルダ神殿や自分の名誉やら人望やらをグチャグチャにしてくれるだろう。
このラムダにはテレビもネットも無く、新聞に似た物は在っても富裕層限定で、情報が早く正確には広まらない。しかし、ここまで衝撃的な事件が起きたのだ。少なくとも、バーンガイア大陸の西側には今年中にこの事件が知れ渡る事だろう。
これで、帝国も盾国も十年単位で境界山脈に遠征しようなんて言い出さなくなるに違いない。
因みに、アイラ達吸血鬼とアミッド帝国のマウビット将軍が通じていたと言う一大スキャンダルを広める事は諦めた。
皆殺しにしたため吸血鬼もゾンビ化しているし、それをアンデッド軍団に入れても盾国の人間が気付くか分からないし、それでもし盾国の人間が疑問に思っても帝国側は「境界山脈の向こうで合流したアンデッドだろう」と言い訳できる。
それどころか最悪、あの吸血鬼達はタロスヘイムに巣食うヴィダの残党だと、ヴァンダルーが濡れ衣を着せられる恐れさえある。
信用のおける人物とのコネがあるか、社会に居場所があればまだやりようがあったかもしれないが、ヴァンダルーは人間社会にコネも居場所もありはしない。
だから放棄した。
それと、今回の件でヴァンダルーがアンデッドを使役できる事が原種吸血鬼達やパルパペック伯爵、アミッド帝国上層部に知られる事も計算の内だ。
全て謎のままより、ヴァンダルー達がどれくらい脅威になるのか知っていた方が、簡単に手を出せなくなるだろうと考えたのだ。
どの道各地に遠征軍が帰還しない時点で、タロスヘイムには彼等を返り討ちに出来る何かが存在すると言う事が知られるので、これぐらいの情報漏洩は必要最低限だ。
それにアンデッドを使役できると言っても、原種吸血鬼達のように自分が創ったアンデッドだけなのかどうか、どの程度のアンデッドまでテイムできるのかは不明なままだ。
そしてゴーレムや作成した病毒等の生物兵器、アンデッド以外の戦力については引き続き隠す。
次に原種吸血鬼や帝国、盾国が何かしてくるにしても準備に相応な時間がかかるだろうし、来ても隙は幾らでもある。
そしてそこまで考えたヴァンダルー達が開拓地で何をしているかと言えば、火事場泥棒である。
「じゃあ皆、レッツ火事場泥棒」
「おーっ」
アンデッド軍の内残した千を待機させて、ヴァンダルー達は住民が避難して無人になった農村で遠慮無く窃盗を働いていた。
「あ、糸車発見!」
『ぢゅう、やはり家畜は残ってませんね』
「避難する時に連れて行ったのか?」
『それか、ただ単に後で連れ戻せる事を願って放したかでしょう。農村で馬や牛は貴重な労働力ですからな。飢えたら役畜では無く人の口を減らすのは常識ですし』
「……俺のイメージより過酷な生活なんですね、農村」
『その農村を再起不能にしようってのに、何言ってんだ』
「まあ、そうですけど」
火事場泥棒の目的は、まず家畜……ロバや馬や豚よりも、牛や山羊や羊や鶏を手に入れる事。
労働力はゴーレムがあるし、馬やロバは草なら何でも食べると言う訳ではないので世話が面倒。それに乗り物として使うには、タロスヘイム周辺の環境が馬には過酷過ぎる。周りが天敵だらけだし。
豚は魔物の肉が沢山取れるので、必要無い。
なのに牛や山羊が欲しいのは、乳製品が欲しいからだった。幾ら【発酵】の魔術があっても、原料が無ければチーズやヨーグルトは作れない。バターも欲しい。あれば作れる料理の幅が広がる。それに、オリジンの研究所で聞いた発酵バターを是非試してみたい。
鶏は……ギーガ鳥の卵だけでは供給が追い付かないし、一個の大きさがダチョウの卵並なので、使う時微妙に不便な事があるからだ。
だが、どうやらこの望みは果たされそうにない。どの農村でも家畜が残っていなかったからだ。
「家畜を飼うのはお金がかかるから。山羊なら何でも食べるけど」
カチアが言うように、魔境が点在しゴブリン等の危険な魔物がそれ以外の野外に生息するこの世界では、農地に限りがある。
その限られた農地で収穫した穀物では人を食べさせるには足りても、地球でするように家畜を大量に飼育するには足りないのだ。
そのため家畜は総じて価値が高く、開拓地の農民達は避難する時に連れて行ける家畜は連れて行き、不可能なら再会を信じて放流すると言う訳だ。
「残念、まあ、こっちは手に入ったのでいいですけど」
次に欲しかったのが糸を紡ぎ、布を織る機械だ。タロスヘイムでは現在、衣料はほぼ全て毛皮か皮革製品で賄っている。
滅ぼされて二百年の間に布を織る折り機が朽ちて無くなってしまったからだ。
「ミシンならゴーレムで作れるけど、糸や布が無いと流石に……」
『オリジンの学者は糸の紡ぎ方や折り機の作り方を知らなかったんですか?』
「知らなかったのですよ」
人間性はダメだったが、彼らも一応先進文明の最先端にいる研究者だったのだ。死属性魔術を繊維関係に活かそうと研究している者も居なかった訳じゃないが、そこまでは知らなかった。
「まあ、見本があればゴーレムで真似る事は出来るし、それから改良を加えれば製糸工場も出来ると思う」
タロスヘイムが衣食住揃ったラムダ一の近代都市になる日も近そうだ。
「それで、畑の方はどうする?」
「勿論頂きましょう」
ヴァンダルー達が狙ったのは村人たちが残して行った物品だけでは無い。収穫前の作物もだ。寧ろ、こちらがメインだ。
「これは良い麦だ。根こそぎ頂きましょう。起きろ」
そう言うと、麦畑がずずずと音を立てて高くなる。見ると、麦が生えた土の下から無数の足が生えていた。なんと、ヴァンダルーは麦畑の土をゴーレム化してそのまま上の麦ごと連れて帰るつもりなのだ!
これでパンもお好み焼きもたこ焼も、そして近い将来ラーメンも作り放題だ! うどんとパスタの量も増やせる。ドングリ粉だけだと余裕が足りなかったのでとても助かる。
しかも藁から藁半紙が作れるし。まあ、これも試行錯誤が必要だろうが。
『坊ちゃん、こっちの雑穀は? 多分粟や稗だと思いますけど』
「雑穀は収穫が早いから持って帰りましょう。栄養もあるし」
確か地球では雑穀がブームだった気がする。それにドングリより加工が楽だ。
「あ、この畑は蕎麦ね」
「盾国ではガレットにして食べるんでしたね。持って帰りましょう」
蕎麦は素晴らしい。冷やして汁につけて良し、熱い汁で食べて良し。しかもお茶にすると香ばしい……らしい。
『豆はどうすんだ?』
「当然持ち帰ります」
見たところ栽培されている豆は、大豆かそれに近い種の様だ。これでやっと普通の味噌が作れる。更にそこから醤油も。それに豆腐、豆乳、オカラ、油揚げ……やはり素晴らしい。
後、豆が緑の内に収穫して鞘ごと煮て、サッと塩をかけて食べる「枝豆」が美味しいそうだ。
『こっちの豆は違う種類の様ですな』
「これは……小豆! 起きろ起きろ起きろ」
小豆があれば餡子を作る事が出来る。砂糖は無いが蜂蜜で何とかならないだろうか?
『この小さな畑に生えているのはトマトのようです、主よ』
「おお、万能の食材がこんな所に……」
オリジンに居た研究者の中にはマヨネーズ信者以外にもトマト信者がおり、彼は心筋梗塞で突然死して霊と化した後、研究所の食堂で出された料理の愚痴を呟きながらトマトソースの素晴らしさを延々説いていた。
ついでにヴァンダルーも地球ではマヨネーズも好きだが、どちらかと言うとケチャップの方が好きな人だった。
「今まで無かったから諦めていた。でも、これでやっと……起きろ起きろ起きろ」
まあ、他の必要な材料が無い訳じゃないが、何とかなるだろう。
他にも各農村でジャガイモやニンジン、大根、玉葱等をヴァンダルー達は畑ごと手に入れた。ジャガイモから片栗粉も作れそうだ。
因みに、畑ゴーレムが動いた後の凹んだ土地は、ヴァンダルーが【ゴーレム錬成】で土を盛り上げて凹みを消している。
「じゃあ、そろそろタロスヘイムに帰りましょうか」
そして畑ゴーレムを連れて、ヴァンダルー達はミルグ盾国を後にした。予定通り農地に壊滅的なダメージを与え、千人のアンデッドを残して。
全ての用水路と溜池、そして土しかない畑の跡に猛毒をばら撒いて。
時間が経ったら消える類の毒では無く、地面や地下水に浸透し何十年と残る汚染物質と言う猛毒を。
これでもうこの開拓地に、人は住めないし利用できない。
アンデッドを村々に残して行くのは、ヴァンダルーからすれば「優しさ」だった。
何も知らない村人が戻ってきて、気がつかずに有毒な農業用水で作物を育てない様にと警告文の代わりに置いて行ったのだ。
それに、地下水が町の方に続いていて汚染が及ぶ可能性を考え、井戸には手を付けなかったのも「優しさ」ポイントである。
「バルチェス子爵、これで俺達から密林魔境を奪った恨みは晴らした事にしましょう」
バルチェブルグがある方向に向かってそう言うと、ヴァンダルーはミルグ盾国側のトンネルを潜った。
『そういえば坊ちゃん、坊ちゃんは木からウッドゴーレムを作れますよね?』
「ん? 作れますけど」
『糸や紙も、材料の植物を直接ゴーレムにして作れば宜しいのでは?』
「…………あ」
なんだか遠回りをした気がするが、麦や大豆が手に入ったので無駄じゃなかったはずだ。
その頃法命神アルダの神域では、アルダ達神々が緊急会議を開いていた。
きっかけは、既に英霊に内定しており、働きによっては神の一柱として迎える事になっていたボーマック・ゴルダンがアルダの教えから離れた事だ。
「キュラトスよ、皆に【記録】を見せよ」
アルダに命じられた【記録の神】キュラトスが、抱えていた書物を開く。すると、無数のシャボン玉のような球体が紙面から浮かび上がるように現れた。その表面には、タロスヘイムで遠征軍が何を見たのかが映し出されている。
そしてそれは在る時から急に弾けて数を減らす様になり、そして最後に残ったシャボン玉もアンデッド化したゴルダンの顔をアップで映した次の瞬間には消えてしまった。
「以上が、遠征軍に参加した人の子の記録です」
「……以後の記録は?」
「残念ながら……どうやら、皆殺しにされた上霊を囚われたか、ボーマック・ゴルダン同様にアンデッドにされたと思われます。
ですが、こちらをご覧ください」
別のページをキュラトスが開くと、そこにはバルチェブルグの城壁を破り、内部に入り込み兵士達相手に大立ち回りを演じる遠征軍のアンデッドの姿があった。
これは、キュラトスが【記録】した信徒達が見た映像だ。思わず「神よ」と祈った瞬間の前後に見聞きしたことを、キュラトスは【記録】しこうして他者に見せる事が出来た。
映し出された諸々は既にアルダを含めた神々の内幾柱かは知っていた事だ。「神よ」と祈られたのは彼等なのだから。
しかし、初めて知った神々も少なくない。彼らの衝撃は大きかった。
「これは、ダンピールの子供が、このような……」
「何と! この病は今まで存在しなかった、このダンピールが創りだしたと言うのか!?」
「アンデッドを使役するとは……まるでザ――」
「静粛に!」
不用意な事を口走ろうとした神を、【断罪の神】ニルタークが制する。
「このダンピールを、ダンピール、若しくは名であるヴァンダルー以外の呼称で呼ぶことは控えて頂きたい!」
ニルタークの剣幕に、己が犯しかけた失態に気がついたその神は「申し訳ない。感謝する、ニルターク殿」と謝罪と礼を述べる。
彼らがヴァンダルーの事を「ザッカートの再来」とか「邪神の如き者」と例え、罵倒しないのは品性の問題では無い。
ヴァンダルーに【二つ名】がつく事を避けるためだ。
ステータスに表示される【二つ名】はただの称号や忌み名では無く、実際に効果がある。【ゴブリンキラー】ならゴブリンと名のつく魔物に対して与えるダメージが増え、【不死身】や【死なず】という二つ名なら死ににくくなると言ったように。
そして【二つ名】を獲得する条件は、大勢の存在か発言力を持つ存在にそう呼ばれる事だ。
ここに集まっているのは、格に違いはあるが全て神々。このラムダ世界でトップクラスの発言力を持つ存在だ。
もし仮にここで神々がヴァンダルーを「ザッカートの再来」と呼べば、どんな力を与える事になるか分かったものではない。
「しかしアルダよ、何故我々を集められたのです? 確かにこのダンピールは幼くして無数のゴーレムやアンデッドを使役し、病を作り出し、六千人を皆殺しにし、その遺体までアンデッドにしてミルグ盾国に牙を剥きました。
ですが、逆に言えばそれだけの事でありましょう?」
そう言うのは、【雷雲の神】フィトゥン。アルダを支持する神々の中でも、ここ数万年の内に神に加わった新しい世代の一柱だ。
フィトゥンの発言は人命を軽視した非情なものに聞こえるが、実際【記録】の中でヴァンダルーのした事は神々が集まって大騒ぎする程の事では無い。
今までも大きな戦争が起きる度に万を軽く超える死者が出たし、魔物の大暴走で一国が滅びた事等数え切れない。そう言った犠牲と比べれば、遠征軍とバルチェブルグ双方合わせて一万に及ばない数の被害は、あまりに小さい。
直接の被害は兵士と冒険者だけなのもその認識を強めている。
勿論死者の家族恋人友人は大きな悲しみと喪失感に苛まれるだろうが、無力な民を虐殺したと言う訳ではないのだ。
それに、神である以上一つの国家に肩入れしすぎるのも問題だ。
「だが、このダンピールの行いはあまりにも惨くは無いか?」
そう問う神に、フィトゥンは思わず笑い出しそうになった。
「何を言うのだ。このダンピールの行った事は、私には生温く見えるが」
「生温い!?」
「ああ。その証拠に、このダンピールは遠征軍に使った病をバルチェブルグには使っていないだろう? だからアンデッド達は撃退されたのさ」
フィトゥンの言う通り、ヴァンダルーはバルチェブルグを攻めるのにあの病を使わなかった。使えば、一万人の都市を三千のアンデッドで壊滅させる事も可能だったのに。
いや、そもそもあの病にかけられた制限……半日で無害化する仕掛けを解除してバルチェブルグの誰か一人でも感染させれば、それでバルチェブルグは壊滅する。
感染力と発病までの時間が短すぎて他の村や町には広がらないだろうが、数時間以内に一万人全てが重病人と化すのだ、
運良く完治しても、その時には既に変異した病に再び感染するだけなので生き残りも出ないだろう。
バルチェブルグの人々は、たっぷりもがき苦しんで死に絶える。そして、残るのはアンデッドの材料だ。
「それをしないのだから生温い……いや、甘い。我々が警戒するような相手ではないよ」
「……フィトゥン、貴殿の物言いはまるでダンピールを侮っているように聞こえるが?」
「何を言われるキュラトス殿。私は、このダンピールがした事は、我々神々が集まって話し合いの場を持つ様な問題じゃないと言っているのだよ。
それに話し合うなら我らがアルダよ、貴方の膝元で邪神を奉じる吸血鬼が蠢いていた事についてでは?」
【雷雲の神】フィトゥンは熱心にアルダを支持している訳ではない。彼はヴィダの新種族や邪神達との戦いで大きな功績を遺し、人々から称えられた故に神に至った元英雄と言うだけで、ゴルダンのようにアルダ達の信者だった訳ではないのだ。
(やれやれ、神に加わってから日々が単調にも程がある。ダンピールでもアンデッドでもいいから、人だった時のように、俺の血を滾らせる猛者は居ないものか)
すると、アルダが口を開いた。てっきり生意気な若輩者を窘めるのだと誰もが思った。
「フィトゥンの言う事も尤もだ」
しかし意外な発言に、フィトゥンも含めて神々がざわめく。
「だが、事はそう単純ではない。このダンピール、ヴァンダルーにはユペオンが創りだしたアーティファクトを破壊し、『分霊』を砕いた嫌疑がかかっている」
その言葉に神々は今度こそ騒ぎ出す。
「馬鹿なっ! 分霊を……限りなく魂に近い存在を砕いたと!?」
「この場にユペオンが居ないのは、そう言う事だったのか……」
「町に病を蔓延させなかったのはフィトゥンの言う様な甘さ故では無く、我々に対しての警告なのでは? その気になれば何時でも出来るぞと言う」
「しかし、我々を脅すような大胆不敵な真似をするはずが……だとしたら、古の――」
「静粛に!!」
どうやらアルダは、神々に危機感を共有させ最近緩みがちになっている意識をこの会議で引き締めようとしたようだ。
いくら神でも、「これは魔王の残党、そしてヴィダの残党との戦争だ!」と言っても、進展らしい進展の無いまま十万年も経つと、厭戦気分も漂うし気も緩む。相手の筈の残党が、組織立った動きを見せないのもそれに拍車をかけていた。
「では、神託を下しますか? このダンピールを討伐する様にと」
「いや、それは逆効果になる可能性が高い」
ヴァンダルーの討伐や、彼に関する情報を事細かに神託に乗せると、聖職者が正確に受け取れ切れず「子供を殺せ」等危険な解釈をされる可能性が高い。
それに、入念に準備し情報を収集せずにタロスヘイムに戦士団や討伐隊を送り込んでも、遠征軍の二の舞三の舞にしかならないだろう。
話し合いの結果、各々神殿に神託を出して聖職者を通じて人間達に警戒を促し、備えさせる事になった。 あのダンピールもここまで大きな事をやったのだ。暫くは境界山脈の内側に籠もり、力を蓄えるだろうと予想して。
それにヴァンダルー以外の危険人物……幾度も「あの男は危険だ」と神託を下しているのに、未だ自由に動き回り邪神と契約した男、【迅雷】のシュナイダーにも注意しなければならない。
(その間に聖職者を通して勇者や英雄の候補を集め、育てて備える……か。
賢きアルダよ、貴方もやはり生温い)
フィトゥンは内心で苦笑いと共に呟いた。
私ならダンピールが魔王と同じ力を持つ可能性が少しでもあるなら十万、いや百万の人命と引き換えにしてもすぐに討伐させる。肉を掻き抉るような苦痛を味わわせても神々に分霊を創らせ、御使いや英霊共を消滅覚悟で降臨させる。
ダンピールが力を蓄える余地など与えない。
しかし、フィトゥンはその意見を口に出さなかった。恐らく無いだろうが、万が一にも採用されたら困るからだ。
(折角神になって初めて現れた殺し合いの相手だ。もっと育ってもらわなければ)
殺し合いとは、強者が弱者を一方的に殺す事では無い。互いの命に手が届く者同士で戦うから、殺し『合い』になるのだ。
(さぁ、小さなダンピールよ。大きく、非情に、冷酷に、何よりも強く育て。この【雷雲の神】フィトゥンが見守ってやろう、俺自身の手で殺すまで!)
・ジョブ解説 魂滅士
魂を一つ以上砕いた者がジョブチェンジ可能になるジョブ。
【魂砕き】や【霊体】、【遠隔操作】や【並列思考】等のスキル獲得に補正が係り、能力値は魔力と知力が大きく成長する代わりに他の能力値の上昇率は低い。
名称から攻撃的なジョブに思えるが、実際はこのジョブに就ける時点で他者の魂を砕くほどの力を持っている事になるため、実際には【魂砕き】を補助するためのジョブである。
・スキル解説 実体化
自らの身体の内、本来肉体が無い部分を実体化させるスキル。主にゴーストやスペクター等、霊が魔力に汚染され魔物化したアストラル系魔物が習得している。
実体化した霊体は通常の物理攻撃でダメージを受けるようになるが、血や肉がある訳ではないのでやはり銀やマジックアイテムで攻撃されるよりはダメージは少ない。
【霊体】スキルよりもより肉体を持っていた時に近い状態になるが、同時に上記のようにダメージを受けやすく重力等物理的な制約も大きくなるため、上位互換とは言えない。
このスキルを習得している人間は現在までヴァンダルー以外確認されていない。
ネット小説大賞に参加しました。宜しければ応援お願いします。
12月29日に閑話3 企んだ三者三様 30日に閑話4 その頃のS級冒険者
1月2日に閑話5 女神ヴィダを投稿する予定です。
それでは皆様良いクリスマスを




