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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第三章 蝕王軍行進曲編
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六十三話 ああ、復讐の音色の甘美なるかな。

 数百の守備隊とランギル・マウビット将軍やチェザーレ・レッグストンが残る遠征軍本陣は、混乱状態に陥っていた。

 何故なら、アイラ達が正体を隠すのを止めたからだ。

「将軍! あれはどう言う事です!?」


「き、決まっているだろうぅっ! 【飛行】のマジックアイテムだ!」

「ならば何故あの傭兵共は日光で焼かれているのですか!?」

「貴様の見間違いだっ! あれはダンピールが放った毒か何かのせいだ!」

「そもそもあの傭兵たちは何故変装などしていたのです!?」

「そ、それはっ……私が知るか!」


 チェザーレ達にとって吸血鬼は邪悪な魔物であり、そんな魔物が我が物顔で本陣を出入りしていた事実は受け入れ難い。そしてその吸血鬼達は、マウビット将軍が特別に参加させた傭兵隊と正体を偽っていたのだ。

 しかも、マウビットはアイラを幹部同様に扱い、意見を幾つか聴いている。


「き、きっと吸血鬼達が何処かで本物の傭兵達とすり替わったのだ! 私は無関係だっ!」

 ここまで揃っていてマウビットの言葉を信じられるはずが無い。


「貴様、吸血鬼と繋がっていたのか!」

「目的は我々を全滅させる事だな! 先ほど傭兵達が全軍に進軍するよう言ったのも、そのためか!」

「貴様等っ、立場を弁えろ! 属国の軍人が帝国の将軍であるマウビット伯爵に逆らうつもりか!?」

「黙れ黙れぃっ! さては貴様も吸血鬼と繋がる背信者だな!」


 最早本陣に「遠征軍」としての形は残っていなかった。あるのは混乱したマウビットと彼が帝国から連れてきた子飼いの部下と、チェザーレ達ミルグ盾国の軍人と言う二つの集団だ。


(きゅ、吸血鬼共め! 私を切り捨てるつもりか、だがそうはいかんぞ、私はこんな所で終わる男では無い!)

 そしてマウビットは己が生き延びる事を優先して何とかこの場を納めようとし……。


「ええいっ! 今は将軍の事等どうでもいい! 撤退をっ! 撤退を開始せよ! 殿部隊を編制、敵の脚を止めろ! このままでは皆殺しにされるぞ!」

 一方チェザーレは、マウビットの事を脇に退けて遠征軍の撤退を命じた。こうして自分達が不毛な言い争いをしている間にも、敵は兵士達の命を麦でも刈り取る様に奪い続けている。


 ゴルダン高司祭やライリーがまだ持ち堪えているが、このままでは全滅は必至だ。


「本陣の兵を殿に回せっ!」

「何だと!? チェザーレ、貴様何を言っている! そんな事をすれば我々を守る兵はどうする!?」

「将軍っ、貴方はこの期に及んで何を――」

「黙れぃっ! 私の兵は一兵たりとも動かさんぞ!」


「くっ!」

 このまま言い争いを続けていたら、本陣に残ったミルグ盾国兵とマウビット子飼いの騎士や兵が殺し合いを始めかねない。数の差で盾国側が勝つだろうが、そんな事をしている時間は無い。

 こうなったらミルグ盾国兵だけで殿部隊を編成したい所だが、幾ら兵士と言っても人間だ。自分達だけ死地に赴き、宗主国出身の兵は本陣に残るのでは不満が爆発しかねない。


 普段なら兎も角、今はマウビット将軍の権威が吸血鬼とグルの背信者として地に堕ちている。何故自分達が吸血鬼と組むような奴が撤退するために死ななければならないのか。そう考えるはずだ。

 せめてチェザーレとマウビットの立場が逆なら良かったのだが……。


「ああっ! 吸血鬼共がやられたぞ!」

「アルダの奇跡だ!」

 光属性魔術師が拡大して映しだす戦場の光景に、アイラが敵の女剣士に首を斬り落とされる所が映し出されていた。


 実際にはアイラを焼いたのはザディリス達グールの魔術だし、女剣士も貴種吸血鬼のエレオノーラなのだが、正確な事情を知らない面々には、光がアルダの奇跡に見えたのだろう。

 チェザーレも、これで何とか混乱も収まるかと安堵した。


「あっ、アイラ殿……」

 顔が蒼白になったのはマウビット将軍や、彼の子飼いの兵達の内腹心だった者達だ。彼らにとってアイラ達は、この遠征の命綱だった。

 何があっても、それこそ一人一人が一騎当千の吸血鬼達が居れば、特にA級冒険者でも無ければ相手取る事も難しいランク10のアイラが居れば、自分達の身は安全だ。勝利は約束されている。そう彼らは思い込んでいたのだ。


「も、もうダメだっ、撤退っ! 撤退だぁっ! 私の撤退を援護しろぉっ!」

「しょ、将軍!?」

 マウビットは何と、本陣から走り出しそのまま逃げようとした。今戦場で殺されている兵士達も何もかも見捨てて、自分だけは助かろうとしたのだ。


 将軍職に就くランギル・マウビットだったが、彼は勇猛な軍人でも無ければ冷静な戦術家でも無かった。軍事関連に詳しい政治屋タイプの将軍だった。

 邪神派の吸血鬼から情報を手に入れ、彼らに便宜を図りながら成果を上げて、財務卿から様々な口実で予算を取って来る。


 だから彼自身は碌な武威を持ち合わせていないし、そもそも殺し合いをする覚悟も無い。

 戦場での命のやり取りをするのは兵士共の役割で、武勲は本陣で椅子を温めていれば部下が勝手に持って帰ってくる。

 だから普段なら遠征軍の司令官などにはならないのだが、アイラ達の力や、彼女達にとっての自分の価値を過信するあまりにこの話に乗ってしまったのだ。

「総員撤退! 私を守れぇっ!」

「将軍……いや、最早将軍では無い!」

 口から泡を吹かんばかりの様子で走り出すマウビットの背に向かって、チェザーレは矢を射させようとした。


 逃亡罪で彼を処理するためだ。あんな化けの皮が剥がれた無能もそれに従う兵も居ない方が助かるが、あれでも名目上は総司令官だ。総司令官が逃げ出した事が広まれば、もう遠征軍は軍としての体裁を保てない。バラバラになって我先にと逃げだし、そして追っ手か魔物に殺されるだろう。


 それは避けなければ。

「弓へえ゛っ! ランギルを敵前逃ぼげほっ! ごほっ、ごほほっ!」

 だが、言い終える事が出来ずに咳き込んでしまった。喉が痛み、掠れ、とても声を出す事が出来ない。


 霞む目で見ると、何時の間にかマウビットは倒れていた。いや、マウビットだけでは無い、彼の子飼いの騎士も立っていられずに倒れている。他の遠征軍幹部達も胃の中身をぶちまけるか、鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら苦しみ悶えている。


(これは、まさかっ!)

『ここが本陣だっ!』

「幹部は皆殺すっ! キングの命令っ、特に将軍と貴族は顔が分かるように殺す!」

「俺達は逃げた奴らを追う!」


 チェザーレが咳き込みながら何とか立ち上がろうとした時、本陣の天幕を破って黒装束の巨人種アンデッドや、口元を布で隠した黒いゴブリン、ラプトルに騎乗したコボルトに似た魔物が突入してきた。

 彼らの内一人、巨人種アンデッドが、まだ生きているが手足を落され息も絶え絶えの兵士を片手に下げているのを見て、チェザーレは何が起きたのかを理解した。


『早速一人ィ!』

 妙な形の両刃のナイフ……ダタラに特注したクナイでチェザーレを刺殺したズランは、感染源にするために携帯性を向上させて持ってきた兵士の首を圧し折ると、既に他の遠征軍幹部に止めを刺し終えたブラガ達ブラックゴブリンに指示を出した。


『行くぞお前等! これが俺達ニンジャ部隊の初陣だ! 派手に戦功を上げろ! 手柄を上げた奴には、御子から褒美が出るぞ!』

「俺はハチミツ!」

「ワタシは天ぷら!」


 ゾンビニンジャにランクアップしたズランを隊長に、ブラックゴブリンニンジャのブラガを副隊長にしたニンジャ部隊は、テイムした魔物に騎乗したゼメド達アヌビスライダーで構成された機動部隊に遅れる事無く、戦場を駆けるのだった。

 ……どうやら、ヴァンダルーはニンジャとは忍ぶものであると言う事を説明しなかったらしい。




 本陣が蹂躙された事も知らない遠征軍の兵士達は、各員がその場の判断で抵抗を続けていた。つまり、軍としての連携を維持できず、小隊規模の集団に分かれてバラバラに戦闘を続けていた。

 伝令も病に倒れて動けず、本陣が混乱に陥り立ち直る事無く壊滅したので、現場の下士官以上の指揮命令が届かないのだ。


 それでも戦闘を続行しているのは、彼らが命を懸けて戦う誇り高い烈士だからでは無く、単に病で体力を奪われて逃げられないのと、敵が彼らから見て降伏を受け入れてくれるような存在に思えなかったから。


「ガアアアアア!」

「フゴォオオオオオ!」

 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!

 兵士達の背よりも大きな盾を構えて斧やモールを振り回して突進してくる黒いオーク、巨大な蜂の魔物、アンデッドにグール。

 どれもこれも人間から見れば恐ろしい魔物だ。捕虜なんて非常食にするため以外に獲るとは思えない。


 しかし、流石にここまで来ると盾国が誇る精鋭とは言え心が折れる者も出て来る。

「嫌だっ、死にたくない! もうすぐ俺は親に成るんだ!」

「そうか。ではもっと鍛えるべきだったな」

 バガン! バスディア自身が唱えた付与魔術によって風を帯びた斧が、国に身重の妻を残してきたらしい兵士の頭を兜ごと叩き割る。


「こんな所で死んでたまるか! 俺は帰って、ミリーにプロポーズするんだ! そして彼女と――」

「おでも、この戦い終ったら告白する」

 ドゴボギ! 必死の抵抗を見せた騎士らしい男に、オーカスのゴーバが棍棒を振るう。人からすると致命的な状態になる音を立てながら、騎士の男は華麗に空を舞って地面に転がった。


「ま、待ってくれ、俺には家族が――!」

『あ゛ぁっ!? 居ねぇ奴の方が少ないぜ!』

 命乞いをする兵士を次々にボークスが斬り殺して行く。彼らはヴァンダルーから今回捕虜を取らない事を事前に説明されていたし、そもそも命乞いを受け入れる理由を持たなかった。


 遠征軍は彼等にとって侵略軍で、そもそも数はこちらの三倍以上。今の内に手早く数を減らさなければならないのだ。

 侵略者の都合に同情してなどいられない。


 それに、死にたくなくて命乞いする者には、【死属性魅了】は効果が無い。


「テメェら! 気合を入れやがれ!」

 そんな中、ライリーはまだ心が折れていなかった。念のために持って来ていた対状態異常用のポーションで病気から回復すると、愛槍でストーンゴーレムを破壊し、【威圧】を使って飛び交うセメタリービーを追い払い体勢を立て直す。


「で、ですが旦那……」

「ヒュゥー、ヒュゥー……」

「げほっ、わ、私達にもポーションを……」

 しかし、それが出来たのはライリー一人だった。彼のパーティーメンバーである犯罪奴隷三人組は、全員既に動く事もままならない。


 ゲニーは今にも倒れそうな程顔色が悪いし、フラークは盾こそ構えているが既に息が上がっている。メッサーラはもうすでに倒れて起き上がる事も出来そうにない。

 ライリーは不甲斐無い奴隷達に舌打ちすると、周囲の状況を確認する。


 遠征軍の兵士達は既に数が半分以下に減り、抵抗している者よりも逃げ出そうとしている者が多い。唯一組織的に戦い続けているのはゴルダン高司祭率いる神官戦士団と、それに合流する事が出来た一握りの騎士や兵士だ。

 円陣を組み、自分達に治癒魔術をかけながら撤退しようとしている。


 彼らに合流できれば……いや、合流できなければ生き残る事は出来ないだろう。

「ちっ! 奴らと合流するぞ!」

『できねぇよ!』

 豪快に、しかも鋭い【斬空】による遠距離攻撃。それをライリーは武器を回転させて受け流す防御用武技、【円舞】で回避した。


「てめぇ……」

『ほう、今のを【円舞】で受けきるたぁ、流石A級だな』

 ライリーの【威圧】で誰も居なくなった筈の範囲に、ボークスが立っていた。その姿から、ライリーは彼が他のアンデッドやグールからは、一線を画した存在であると瞬時に見抜いた。


 冒険者としての経験と、何より彼の【直感】が怒鳴り声を上げている。ヤバイと。

「何だ、テメェ? お前みたいなのが、何でダンピールのガキなんかに従ってやがる!?」

 先ほど防いだ【斬空】も、明らかに手を抜いていた。ボークスは声と同時にではなく、ライリーに声をかけてから放ったのだ。


 明らかに自分よりも格上の相手だ。そんな奴が、何故ダンピールの手下なんてやってんだ!?

『決まってんだろ? 依頼だよ、依頼。それに武官にされちまったからな』

 だが、残っている方の唇の端を釣り上げてボークスは答えになっているか微妙な答えを寄越しただけで、魔剣を上段に構えた。


『お前さん、ミハエルの再来って呼ばれているらしいじゃねぇか。俺は二百年前奴に殺されたもんでよぉ、本当に奴の再来かどうか試してみてぇのよ』

「負け犬が八つ当たりかよ。見っともないぜ」

 物理的な圧迫感すら覚える殺気を向けられ、ライリーの生存本能が悲鳴を上げる。しかし、後ろを見せて逃げられる相手でも無い。


「テメェらっ! 立て! 俺の前に立て!」

 ライリーの命令に、隷属の首輪で行動を制限されているフラークがよろめきながら従う。

「ゲニーっ! メッサーラ! お前らもだ! さっさとしろ!」

 そして続く命令にゲニーとメッサーラが悲鳴を上げる。


「そんなっ! 私は後衛なのよっ!?」

「そ、そうですぜ、旦那っ、あっしみたいな斥候職を盾にしてどうするんですかい!?」

 ゲニーはまだ皮鎧を着ているが、メッサーラは魔術防御を重視した特殊なドレスしか着ていない。ボークスの魔剣の前には、二人とも紙一枚と変わらない。


「うるせぇっ! お前等奴隷は主人の装備品なんだよ! 俺が生き延びるために死ね!」

 そう言いながら、ライリーは魔槍を構えて精神を集中させる。その穂の先には三人の背があり、明らかに彼らが犠牲に成る事を前提にしていた。


「そ、そんな! これまで旦那のために尽くしてきたじゃありやせんか!」

「待ってっ! 貴族になったら私を解放して妾にしてくれるって言ってくれたじゃない! あれは嘘だったの!?」

 悲鳴を上げるゲニーとメッサーラ、そして兜の隙間から諦めた目が見えるフラークを、ボークスもただのライリーの装備品として見ていた。


 犯罪奴隷とは本来なら処刑されるか一生牢獄に閉じ込められるのが相応の連中であるし、アンデッドの彼には三人に憑いている犠牲者の霊が見えている。

 とても同情の余地は無い。


『安心しろよ、テメェ等を殺したらその褒美で貰った酒を飲んで、供養してやるから……よぉっ!』

 ライリーが覚えているかも定かではない事を言い返しながら、ボークスが疾駆する。

「……【鉄壁】っ!」

 最後の悪あがきとばかりに、フラークが武技を発動させる。


『【三段斬り】ィィィ!』

 しかしそれをボークスの魔剣が盾ごと彼の胴体を切断した。

「チクショォォォゲェ!?」

「いやああああああああ!」

 泣きながらナイフを振りかぶったゲニーと、杖を振り回すメッサーラを二撃目三撃目で切り捨てる。


「おおおおっ! 【百裂螺旋突き】ィィィ!」

 そこをライリーが、自身の最大の武技で迎え撃つ。

 だが、ライリーの【槍術】スキルは8レベル。対してボークスは【剣術】スキルがカンストして上位スキルの【剣王術】に覚醒した、剣の超人だ。


 いくら最大の武技でも、ボークスがそれを防ぐ事は難しい事では無い。ボークスは相手の攻撃を受け流す武技、【柳流し】を発動させ……ざしゅっ!

『ん?』

 ボークスの肩の肉が削り取られた。


 ライリーの槍が、ボークスの【柳流し】よりも速く鋭いのだ。

 頭部への攻撃は確実に受け流しているが、ドラゴンの素材で作られた鎧ごと腕や足の肉が削られていく。

 ライリーがにぃっと唇を釣り上げるのを見ながら、ボークスは思い出した。ああ、そう言えば今こいつがやっている事と同じ事が、自分にもできたなと。


『確か、【魔剣限界突破】だったな。こうするんだったか?』

 手にしているマジックアイテムの性能を限界以上に発揮させるスキル。魔剣使いや魔槍使いと言ったジョブに就いた者なら大抵獲得しているスキルだ。それをライリーは起動して、ボークスの防御を掻い潜っている。

 そして当然、【剣王】の名で称えられた元A級冒険者のボークスもそのスキルを使えた。


 生きていた時は、こうしていたなと思い出しながら魔剣を振るう。


《ボークスは、【魔剣限界突破】スキル:10Lvを取り戻しました!》

《【魔剣限界突破】スキルが、【魔剣限界超越】スキルに覚醒しました!》


「あっ?」

 ライリーの手から、【柳流し】によって絡め取られた魔槍が飛んでいく。

『何だ、やっぱり大した事ねェな』

 そして、空になった手の先には魔力に輝く魔剣を振りかぶる巨大な剣士。


「う、嘘だろっ? お、俺はこんなっ、こんな所で終わる男じゃないっ、俺は、英雄に……」

『成れねぇよ。【突貫】』

 ドシュ!

 魔剣の切っ先で心臓を貫かれたライリーは、口から血と舌をだらりと垂らして動かなくなった。


『ついでに、これで終わりでも無いぜぇ』

 寧ろこれからだ。ライリーの霊に、ボークスはそう告げた。




 血と臓物の臭いが充満する草原の空気を、ヴァンダルーは思い切り吸って胸を満たした。

 そして覚えた優越感や陶酔、喜びに達成感、食欲を一緒に吐き出す。

 冷静に成らなければいけないからだ、これから復讐をしに行くのだから冷静で居なくてはならない。


 この戦争は、自軍の圧倒的完全勝利で終わる。それはもうヴァンダルーにとって揺るぎない事だった。

 だから仮にも王自ら前線に出ようと言うのは、完全にヴァンダルーの我儘だった。一応作戦上の理由も無くは無いが、全体から見れば些細な事なのでやはり我儘でしかない。


 しかし子供は我儘を言うものだ。

「起きろ、起きろ、起きろ」

 ぶつぶつと呟きながら地面を疾駆する。彼は内臓器官だけを【霊体化】して身体を軽くし、敏捷性を増す事でちょっとした獣並のスピードを手に入れる方法を体得していた。


 向かう先は、遠征軍で唯一組織だって抵抗しているゴルダン高司祭の一団だ。

「アルダは我らと共に在り!」

「諦めるなっ! 必ず希望はある!」

 神官戦士が叫び、騎士が味方を鼓舞する。


「アルダよ、御照覧あれ! 【鋼潰】!」

 その先頭で皺だらけの顔に鬼でも逃げ出しそうな形相のゴルダン高司祭が、戦棍をヴィガロに叩きつける。

「ぬぐぅっ!」

 ゴガンとオリハルコンの胴巻きで受けたヴィガロが、呻いて後退する。


 オリハルコンで出来た防具とは言え、あれはヴァンダルーが身に付けられる形にした物に職能班がベルトや留め金を付けただけの、言ってしまえば魔導金属で出来た鋳物の防具だ。それでも流石オリハルコンだけあって砕けはしなかったが、衝撃を防ぎきる事は出来なかったらしい。


「くっ! 一体どうした事じゃっ、アーティファクトを身に着けたグールやアンデッドが大量に……!」

 しかし、ヴィガロを退けたゴルダンも余裕は無かった。病で体力を奪われ、それから立ち直るために唱えた術で魔力を使い、その状態で延々闘い続けている。

 途中彼らがアルダの奇跡だと思い込んでいる日光に焼かれて、落ちて来た吸血鬼を浄化する事には成功したが、 後は明らかに使い捨てらしいストーンゴーレムを破壊した事以外戦果が無い。


 ゴルダン達が唱える対アンデッド用魔術も、オリハルコンの魔術防御に防がれて倒すまでには至っていない。

「このままでは、神託も果たせず儂も皆も……」

 そう唸るゴルダンの視界に、まるで幻覚の様に気配も無く駆け寄ってくる白い影に気が付いた。


「あれはっ!」

「あれだ」

 お互いに標的の顔を確認したゴルダンとヴァンダルーは、やはり同時に動き出した。


「食らえぃっ、【弾撃】!」

 ゴルダンは戦棍で衝撃を飛ばす棍術の武技でヴァンダルーを狙った。

「……【死弾】」

 ヴァンダルーは、【死弾】を連射して、ゴルダン以外を狙った。


 ゴルダンの【弾撃】はヴァンダルーにあっさりと避けられた。【危険感知:死】で攻撃を感知できる彼にとっては、この距離での攻撃は避けられて当たり前だ。

 ヴァンダルーの【死弾】は、ゴルダンの周囲に居た神官戦士達の盾や鎧の装甲に当たった。円陣を組んでいた彼らが避けようとすると、内側に居る後衛や反対側で円陣を作っている仲間に当たる可能性が高いので、避けなかったのだ。


 指先程度の大きさの攻撃魔術程度、残りの魔力を絞って発動させた【岩壁】や【岩体】の武技で耐える事が出来る。そう判断したのだが……。

「がはっ!?」

「かひゅっ……」

 神殿戦士達は白目を剥いてガクリと崩れ落ちた。


「カウフマン!? エリック!?」

「そんなっ、二人が一撃で!?」

(うわ、貧弱)

 ゴルダンが連れてきた、遠征軍の兵士と比べても頭一つ以上抜きんでているはずの二人が即死した事に、ヴァンダルーも含めて驚く。


 しかし、過去にランク6の再生力と生命力に優れた竜種のヒュドラを数発で倒した術を、あの時よりも更に魔力を込めて使ったのだ。【岩壁】や【岩体】程度の武技しか使っていない神官戦士達が耐えられるはずはない。

 だが驚きを無視したヴァンダルーは走りながら二人分の穴が空いた円陣に、【死弾】を打ち続ける。


「ぐあっ!」

「ヒュッ……」

「アルダよっ! 我にごぎゃひょぉ……」

 ぱぱぱっと、足を狙って打つ。生命力を喰う【死弾】は、胴体だろうと爪先だろうと当たれば等しく効くので、面白いように魔術師や弓兵等の後衛が倒れて行く。


「くっ、儂に任せろ!」

 このままでは全滅すると判断したゴルダンが、向かってくるヴァンダルーに対して前に出る。

「全員下がれ! ヴァンダルーに任せろ!」

 そしてヴィガロからの号令が飛び、グール達が引く。


 その時に出来た僅かな時間で、ゴルダンは祈りをアルダに捧げた。

「主よ! 卑劣なるダンピールを滅ぼすために、汝の僕に御使いを遣わしたまえ!」

 それはただの祈りでは無く、選ばれた聖者しか使う事が出来ない【御使い降臨】のスキルの発動条件だった。


 かっと空から光の柱が落ちてゴルダンを包むと、彼の頭の上に光の輪が発生し、背中に同じく光の翼が生じる。

 本来肉体の無い神の御使いを己の肉体に降ろし、あらゆる能力値を増強するゴルダンの奥の手だ。

「【鉄体】! 【鋼壁】! 【光刃】!」

 防御用の武技を連続発動させ、更に御使いを降ろした事で可能になった、詠唱破棄での魔術発動。巨人すら断つ光の刃がヴァンダルーに迫る。


 そして迫っただけで、【吸魔の結界】に阻まれて消える。

「砕けよっ! 【金剛棍】!」

 しかしゴルダンは一切動きを止めず、光り輝くミスリルの戦棍をヴァンダルーの頭部に向かってフルスイング。

 そして音も無くヴァンダルーの頭部が首から千切れて吹っ飛んでいく。


「「「おおぉっ!」」」

 神官戦士達が歓声を上げ、グール達が息を飲む。

「がはぁ!」

 そしてゴルダンが苦痛に声を上げながら後ずさる。


 首の無いヴァンダルーから放たれた、【死弾】の直撃を受けたのだ。

『どうしました? まさか、首が無くなったから俺を殺せたとでも?』

 自ら首を【霊体化】して、タイミングを合わせて分離したヴァンダルーがそう言うと、ゴルダンは「化け物め」と吐き捨てた。もし【御使い降臨】や武技を使用していなければ、今の【死弾】で即死していた可能性が高かった事に気がついているからだ。


 しかもヴァンダルーは【魂砕き】も【死弾】に乗せていたので、ゴルダンの魔力を三分の一近く削っていた。

「どう言う手段で儂の魔力を削り取ったのかは知らんが、【御使い降臨】を使用した儂は御使いの生命力と魔力を借りる事が出来る。

 今の儂の魔力は十万! 貴様に削りきれるものではないわ!」


『……それっぽっちか』

 いや、たった十万で啖呵を切られても。

 そう思いながら、ヴァンダルーは胴体の方に二つ目の霊体の首を生やす。

『それより、折角の一対一なんです。続きをしましょうよ』

「化け物め……何が一対一か!」


『……? 俺は一人ですよ、身体が分かれているだけで』

 【並列思考】や【遠隔操作】スキルを使って複数の身体を操っているが、魂は一つなので一人に決まっている。

「黙れい! 貴様の詭弁は聞くに堪えん!」

 端的な事実を言ったつもりだったが、どうやらゴルダンには理解できないらしい。


 まあ、あまり会話を続けて口から言葉の代わりに反吐が出たら嫌なので、続けよう。

『じゃあ、今度はこっちから』

 鉤爪を伸ばして、腕を【霊体化】して鞭状に変形伸長分裂。


 イメージは、地球に居た頃に美術の教科書に載っていた千手観音だ。たしか、あれは腕が左右合わせて二……何本だったけ? まあ、いいか。参考は参考でしかないのだし。


 そして千手観音と言うよりもギリシャ神話の百腕巨人≪ヘカトンケイル≫の様な姿に成ると、驚愕に顔を強張らせているゴルダンに腕を次々に振り下ろした。

『【鞭撃】』

 本来は腕が足より長いグールの男専用の【格闘術】の武技を放つ。しかし、その一撃目はゴルダンの盾にあっさり弾かれた。


「ふんっ! グールの武技を使うか! じゃがその程度、儂の【鋼壁】の前には――」

『【鞭撃】、【鞭撃】、【鞭撃】、【鞭撃】、【鞭撃】、【鞭撃】』

 がっ、がっ、ががっ、がががっ、ががががっ。

 しかし、際限なく腕が振るわれる。その全てに、【鞭撃】が載っている。


(馬鹿なっ! 何故これ程武技を連続使用し続ける事が出来る!?)

 常人なら……いや、超人でも頭が耐えきれない。なのにヴァンダルーは既に何十何百と【鞭撃】を乗せた攻撃を行っている。

(まさかっ……ば、馬鹿な!?)


 ゴルダンは、ヴァンダルーの無数の腕の隙間から、先程彼が自分で切り離した方の頭を見た。

『【鞭撃】』

『【鞭撃】、【鞭撃】』

『『『『『【鞭撃】、【鞭撃】、【鞭撃】、【鞭撃】、【鞭撃】』』』』』


 そこには一見すると巨大なブドウの房のように見える物が浮かんでいた。

 ただ、全ての実が虚ろな瞳をした子供の頭部で出来たブドウと言う、常軌を逸した存在だったが。

「ば、化け物……!」

 初めてゴルダンの声に、恐怖が含まれた。


 それを無数の目で見ながら、ヴァンダルーは笑いだしたくなった。

 あの時、ダルシアを火炙りにして殺されたのに、何も出来ずただ地虫のように隠れ潜んで生き延びる事しか出来なかった。その自分に、ゴルダンは恐怖を覚えている。

 侮蔑では無く恐怖から「化け物」と自分を呼び、恐れている。


 ああ、素晴らしい。でも、流石にここまで手段を選んで全力を出すと魔力の消費が激しい。

「来い」

 頭の一つを実体化させ、作って置いたゴーレムを呼び寄せる。


『う゛お゛ぼぉぉぉぉぉ』

 地面から赤いゴーレム……遠征軍の将兵が流した血溜まりから作ったブラッドゴーレムが、自らヴァンダルーの口に飛び込んで行く。

 鮮度はやや悪く、土と草の臭いがする上に時々兵士の破片が混じっているが、今はそれが気に成らない程気分が良い。


 そのヴァンダルーの食事を見て、ゴルダンの精神に決定的な亀裂が出来たようだ。このまま耐え続けても、ヴァンダルーが息切れも魔力切れも起こさないという事を理解したようだ。

 まあ、補給しなくても魔力は半分……一億以上残っていたのだが。


「ぐっ、おおおおおおおおおおおおお!?」

 ガガガガガガガガガガ!

 鞭そのままにしなるヴァンダルーの腕と鉤爪が、ゴルダンの盾に食い込み鎧のパーツを弾かせ、光に包まれた彼の肉を抉り取って行く。


 勿論全ての攻撃に【魂砕き】が乗っているので、ゴルダンの魔力は瞬く間に尽きて【御使い降臨】が強制解除される。

 残ったのは、全身血塗れの老人ただ一人。


 さあ、頂こう。

 牙を剥いてヴァンダルーは、全ての頭でゴルダンに襲い掛かった。

「高司祭様!? 皆、高司祭を助けろ!」

 随分減った神官戦士達が、碌に動けないゴルダンを守ろうと出て来る。どうやらヴァンダルーは気が付かなかったが、【鞭撃】を撃っている間もちょっかいを出してきていたらしく、結構な数がヴィガロ達に始末されていた。


 幾つかの頭が彼らに砕かれたが、あまり関係無い。増やした余剰分の頭は、あくまでも余剰分だ。いや、全部の頭を砕かれても、新しい頭を一つ作ればそれで良いので、彼らの抵抗はかなり無駄なのだが。


 ザクリと、ゴルダンの首にヴァンダルーの牙が突き刺さった。

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12月21日に64話、12月25日に65話を投稿予定です。

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