六十二話 病と凶器と太陽で奏でよう、断末魔の音色を
ポタリと、冷たい液体が兜に落ちて滴った。
それを兵士はあまり気にしなかった。ここは戦場だ。血が流れ飛び散るのが普通の場所だ。数滴液体がかかったくらいで気にしていたら、命を失う。
「ゴホッ!」
だが、その兵士はすぐにせき込み始めた。さらに前触れの無い頭痛、酷い吐き気、眩暈、関節痛、腹痛……それに熱が出て来たようにも思える。
「ゲホっ! ゴホ! ど、毒か……」
喉が痛み、とても大声を出す事は出来ない。そして兵士のように突然体調を崩す者は、戦場で至る所に……いや、正確には、体調を崩さないのはアイラ達だけだった。
(上手く行った)
病原菌を含んだ水をたっぷり詰めた病毒弾を投石機で撒いたヴァンダルーは、第二城壁で満足げに頷いた。
何とか体勢を立て直しかけていた兵士や騎士達が、今や歩くのもままならない様子で地面に膝を着け、ゲホゲホと咳き込み苦しんでいる。
岩を撃ち落としていたゴルダンやライリーだって例外ではない。傭兵らしい連中が立ったまま狼狽えているが、あれが吸血鬼だろう。纏まっていてくれるとは都合が良い。
ヴァンダルーが作った病は、「【死属性魅了】が生まれつき効かない生物」しか感染しないと言う病だった。
グールやセメタリービー、パウヴィナ、そして吸血鬼は何ともないが、ミルグ盾国遠征軍を主に構成する人種はあらゆる感染経路で感染し、数秒で発病する。
そんな病だ。
「ぐっ……解毒ポーションが、効かないっ」
「盾を下げるなっ、この程度の毒でやられては、盾国の名が泣くぞ!」
「なんでだ、俺は毒耐性スキルを持っているのにっ」
兵士達の多くは、ヴァンダルーが作り出した病が発病しても、それを毒だと勘違いしていた。前触れも何も無く突然体調を崩したのだから、そう思うのも無理は無い。
だが兵達が支給された解毒用ポーションを飲んでも、体調が良くなるのは一瞬だけ。体内の毒素が解毒されても、それを出す病原菌が活動を続けているのだから当然だ。
「【病治癒】! これは毒では無いっ、病じゃ! お前達は周囲の者を癒してやれ、魔術兵はさっさと立ち直らんか!」
その中でいち早く立ち直ったのは、やはりゴルダン高司祭だった。自前の生命属性魔術で病から回復すると、自身も呪文を唱えなら周囲を叱咤する。
「メッサーラ、はっ、早く、じろ゛っ!」
「げほごほごほっごほっ! ま、待って、喉がっ……っ!」
しかし、そう簡単にはいかない。【詠唱破棄】スキルでも持っていない限り、普通に話すのも苦しい体調で呪文を唱えるのは、すぐには出来ない。
それに――。
「待っておれっ、いっごほっ! げっほごふっ! な、何故じゃ、もう病は……ごほっ!」
完治したはずのゴルダンは、再び酷く咳き込みながらよろめく。それを見ながら、ヴァンダルーは呟く。
「それに、病と言うのは毒と違って周りの人から感染する。当たり前ですけどね」
確かにゴルダンは魔術で病を完治させた。しかし、彼の周囲は何千人もの病人が咳やくしゃみをマスクもせずに繰り返している状態だ。
一度の咳やくしゃみで菌やウィルスは大量に、そして何メートルも飛び散る。それでゴルダンは再び感染してしまったのだ。
病気の中には一度感染したら免疫が出来て二度と発病しない種類も存在するが、そんな軟な病をヴァンダルーが態々作るはずが無い。
「インフルエンザ以上の速さで変異を繰り返す、特性の病だ。何度でも、繰り返し、死ぬまで味わえ」
この感染源の巣窟で病気から逃れるためには、持続的に効果のある対病用マジックアイテムを身に着けるか、それとも最低でも自分の周囲に居る病人全てを完治させるか、全力で戦場から離脱しその後魔術で完治させるしかない。
若しくは、ヴァンダルーがあらかじめ病原菌が活動を止めるよう設定してある半日後まで生き延びるかだが、実際は不可能だろう。
そして邪神に鞍替えしてもこの病原菌に感染しないアイラ達吸血鬼は、決断を迫られていた。
「なんて事だ!」
テーネシアが手を回して動かし、アイラ達が態々人間の演技までして潜り込んでいた人間の軍が、一瞬で哀れな病人の群れにされてしまった。
半日で全員完治する事、そしてこの病だけでは死に至る事が無い事を知らないアイラ達にとっては、もう遠征軍は戦力どころか隠れ蓑にもならない、役立たずになってしまった。
これでは当初の作戦は破棄しなければならない。
「チィ! 全員続け! 飛行してあのダンピールを殺し、裏切り者を狩り出す!」
「宜しいのですか? そんな事をすれば我々が吸血鬼だとばれますが?」
「既にばれたも同じだ! 【状態異常耐性】持ちの人種がこんなにいると、誰が思う?」
アイラ達は、これが毒では無く病である事に気が付いていた。しかしヴァンダルーが作った病の効果を正確に知らない。そのため自分達だけが発病しないのは吸血鬼が持つ【状態異常耐性】スキルの効果だと考えていた。
だから今は遠征軍も余裕が無く気が付いていないようだが、後で考える余裕を取り戻せば自分達を疑うだろうと既に確信している。
「後始末はどうとでもなる! まずは使命を果たす事を考えろ! それとも貴様等も裏切るのかい!?」
上面を取り繕うのを止め、主人であるテーネシアが乗り移ったかのような荒々しさを見せるアイラに問われた吸血鬼は、首を千切れんばかりに横に振る。
一瞬でも返答が遅れれば、【テーネシアの猟犬】の二つ名で呼ばれるアイラに殺される事が解っているからだ。
「ならさっさと行くよっ!」
固有スキルによる変装を解くと、アイラ達は空に飛びあがった。【吸血】を使う時に邪魔になるフルフェイスの兜を脱ぎ棄て、傭兵らしく見える様に揃えた彼女達から見て粗末で柔い鎧を、仕掛けを利用して一瞬で脱ぎ捨てる。
そして愛用の切っ先の無い剣、地球ではエクスキューショナーズソードと呼称される形状の処刑剣を抜き、一直線に第二城壁を目指す。
そして見えた、こちらを見上げる表情の無い白い顔をアイラは嘲笑しながら飛びかかろうとした。
「色々驚かせてくれたがここまでだ! さあ、あたしの剣の錆になりな、混血児!」
だが、その途中で視界がホワイトアウトした。
「ぎっ!? ぎやああああああああ!?」
「ぐあああああああああ!」
「あ゛づい゛ぃぃぃぃぃっ! あ゛っ、あいラざまっ、太陽が、太陽があああああっ!」
既に陰り、吸血鬼でも問題無い程度の薄明るさになっていたはずのタロスヘイムに、春の暖かな日差しが降り注いでいた。
日光に焼かれ、生きたまま煮えたぎる油で満たされた鍋に放り込まれた食材のように悶えるアイラ達吸血鬼を見ながら、ヴァンダルーは呟いた。
「では前半終了、後半開始」
山脈の西側で光属性魔術を使える者達を率いて、ザディリスは待機していた。
彼女の頭上には、フワフワと一抱え程の大きさの髑髏が浮かんでいる。ヴァンダルーの使い魔、レムルースだ。
本来ならレムルースはほぼ透明なのだが、ヴァンダルーが【可視化】の魔術をかけると普通に見えるようになる。
「そろそろじゃと思うのじゃが……お、来たようじゃな」
カチカチと、レムルースが歯を鳴らした。
それに合わせてザディリス達は近くに佇む、水銀鏡に向き直った。
水銀鏡、それはザッカートが残した異世界の知識とこの世界の魔術が融合した遺産。この魔術装置が太陽の光を反射しタロスヘイムに向ける事によって、本来日照時間が短い山脈に挟まれた地に在ってタロスヘイムは【太陽の都】と呼ばれ、豊かな農地を手に入れたのだ。
しかし二百年前、それらはミルグ盾国軍によって破壊されてしまった。液体金属で出来た鏡は破られ、鏡を支えていた柱は罅割れていた。
それをヴァンダルーが【ゴーレム錬成】スキルを使って修復した。どうやらザッカートは後々のメンテナンスの事まで考えて水銀鏡を作ったらしく、元通りの形に直せばヴァンダルーの【錬金術】スキルでも元通りにする事が出来た。
「照準合わせ!」
そしてその水銀鏡を、ヴァンダルーはゴーレム化したままにした。こうして命じれば、その通りに動くように。
「皆よ、合わせよ! ……【極日光】!」
ランク7のグールエルダーメイジにランクアップしたザディリスの手から、目を焼くような鮮烈な光が放たれる。
「【日光】!」「【日光】!」「【極日光】っ!」
他の女グールや巨人種アンデッド、アヌビスの魔術師からも、同系統の術が放たれた。
【日光】は太陽の輝きを放つ術。
【極日光】は肌が焦げるような真夏の強い太陽の輝きを放つ術。
どちらも対吸血鬼用にアルダの神官達がその昔開発した術だ。それをダンピールであるヴァンダルーの指図でグールやアンデッドが使うのだから、皮肉な物だ。
「全員魔力が尽きるまで放ち続けよ! 邪神派の吸血鬼共を黒焦げにしてやるのじゃ!」
戦場からは離れていたが、突然入ってくる経験値の気配にザディリスは自分達の術が敵を焼いているのを確信していた。
「馬鹿なっ! ザッカートの遺産はっ、既に破壊し尽くされたはず! なのに何故っ!?」
銀も同様だが、太陽に焼かれる苦しみは吸血鬼にとって耐えがたい痛みだ。首を落されるか心臓を完全に破壊されるかしなければ死なないはずの吸血鬼の不死性を、あっさりと超えて命に届いてしまう。
【状態異常耐性】スキルも高い再生能力も形無しだ。
実際、既に部隊の中でも実力の低いヴァンパイアリッター達は、堪らず地上に降りようとしていた。這うようにして草の影に隠れようとしているのだ。
「アイラ様、我々も一旦降りて体勢を……」
「馬鹿者っ! あれが見えないか!?」
アイラが指差した先では、降りた吸血鬼達が次々に倒されていた。
「吸血鬼め!」
「ぐぞっ、はっくしょいっ! 敵の援軍だ! ご、合流させるな!」
背の高い草の影に隠れて日光をやり過ごそうとする吸血鬼達を、周囲の兵士達が気力を振り絞って槍や剣で攻撃し始めている。
遠征軍の将兵達にとって、空を飛び太陽に焼かれて正体が露わになったアイラ達吸血鬼達は、敵でしかない。ヴァンダルーに向かって行ったのも、彼を殺そうとしたのではなく合流しようとしたようにしか見えなかったのだろう。
最早役に立たない病人の群れと切り捨てた人間達でも、全身を焼かれて弱った今では十分厄介だ。今も、運悪くゴルダンの近くに落ちてしまった吸血鬼が、彼の戦棍によって頭を肉片に変えられたところだ。
マウビット将軍やライリーはなんて事をと目を剥くが、まさか止めろとは言えないので顔をこわばらせる事しか出来ない。
「分かったかっ!? 分ったらさっさと城壁を越えるんだよ!」
アイラは自分の身体に、水属性魔術で白い氷を生じさせて少しでも日光を屈折させて防ぎながら部下に命じる。
部下達も彼女に倣い、暗闇や霧を魔術で作りだして日光から身を守り、進もうとした。
「ぎゃぁぁぁぁっ!?」
そこに一際眩い光が横殴りに走り、軌道上に居た吸血鬼が悲鳴を上げて落下した。
ザディリスの放った【極日光】の魔術の光を、水銀鏡ゴーレムが鏡面を調整し一点に集中させて作った日光砲だ。これ程の光だと、ただの肉や野菜もホットに焼ける温度になる。勿論、多少の闇や霧などほぼ意味が無い。
「散れっ! 固まるな、当たれば命が無いぞ!」
光を避けろなんて無茶な事を言いながら、それでも進もうとするアイラ達の前に、第二城壁の影や第三城壁の向こうから現れ飛び上がる無数の敵影が映った。
その先頭には……。
「ごきげんよう、絶好の日光浴日和ね」
吸血鬼達の第二の標的、エレオノーラが微笑んでいた。
その頃地上では、遠征軍の右側面の地面から、突然グールやアンデッド達が現れた。
ヴァンダルーはタロスヘイムの堅牢な城壁や投石機等に任せて籠城戦を仕掛けようなんて考えを持っていなかった。
確かにこちらの守りは堅牢だが、援軍の当て無く城塞に籠ってどうなるものでも無いと思ったからだ。
それに時間をかければ遠征軍は盾国に援軍を求めるだろうし、業を煮やして思い切った原種吸血鬼が乗り込んで来たら目も当てられない。
だから、向こうがこちらを舐めている内に短期殲滅戦を行う。
そのため、ヴァンダルーは地下にタロスヘイムから伸びるトンネルと自軍が待機できる大空洞を【ゴーレム錬成】で作り上げたのだ。
「うおおおおおおっ!」
『殺せぇええええええっ!』
「子供を守れっ! 侵略者を皆殺しにしろ!」
『二度と俺達の国を焼かせるな!』
そして数時間くらい地下で待機していたのに、グールやアンデッド達の士気は高かった。元々暗闇を苦にしない者達で構成されているし、何より彼らにとってこれは防衛戦だ。
士気が下がるはずも無い。
「て、敵だっ!」
「迎えうげほっ! おぐっ、うげええええっ」
遠征軍も精鋭らしく対応しようとするが、病魔は順調に彼らの身体を蝕み体力を奪っている。立ち上がって隊列を組み直そうにも、猛烈な吐き気に蹲って胃液を吐き出す者が出る始末だ。
「起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ――」
そして第二城壁にいるヴァンダルーが、遠征軍が破壊したはずのゴーレムを再起動させていた。
『う゛ごお゛おおおおおおっ!』
「馬鹿なっ、またゴーレムが動き出したっ!」
「がへっ!?」
立ち上がった石巨人が、先程のお返しだと言わんばかりに遠征軍を踏み潰す。
確かに遠征軍の将兵によって、第三城壁だったゴーレム達は破壊された。だがゴーレムの材料だった石材が、彼らの剣や槍で物理的に消滅した訳では無い。切断されたり砕かれたりしているが、そのまま地面に転がっている。
ヴァンダルーにとって、その石材を再びゴーレムにするのは簡単な事だった。
そこにヴィガロ達が殺到した。同時にクロスボウと投石機が止まるが、遠征軍にとってそれが無意味に思える程の殺戮が始まった。
「我に続け、戦士達よ!」
病気とゴーレムで隊列を組む事も出来ない遠征軍の騎士が、ヴィガロの斧で首を刎ね飛ばされた。
「おのれっ、卑きょ――!」
『黙ッテ死ネエイ゛!』
戦友の死に激高した騎士も、巨人種アンデッドが振るう巨大な棍棒に薙ぎ払われる。
病に苦しむ敵を殺す。誇り高い騎士なら、もしかしたらただの兵士でも躊躇うかもしれない。だがヴィガロ達グールやアンデッド達にその手の躊躇いは無い。
人間とは価値観が違うし、そもそも情報を集めて対策を練って来なかった遠征軍がただただ間抜けなのだという認識だからだ。
「くっ、【螺旋突き】!」
だが遠征軍も流石に大人しくはやられない。病を押して立ち上がり、武技を放つ者も少なくない。
そんな兵士の一人が放った、回転を加える事で貫通力を増した槍の穂先がヴィガロの腹を突く。体力が削り取られた今、これを耐えられたら後が無いと全身全霊を込めた槍は確かに命中し……ばきぃぃぃぃん!
「はっ?」
穂先が砕け散りただの棒になった槍に目を丸くした兵士の頭に対して、ヴィガロの四本の腕の内一本が持つ盾が振るわれる。ごっ! 彼は跳ね飛ばされて動かなくなった。
ヴィガロの腹には、オリハルコン製の胴巻きが付けられていたのだ。
「良い腕だった」
いくらあの兵士が良い腕をしていても、持っているのは支給された鉄の槍だ。型に溶けた金属を流し込んで作る鋳物では無く、鍛冶職人が一本一本手作りした鍛造武器だが、流石にあらゆる魔導金属の上位互換であるオリハルコンには歯が立たない。
一矢報いるどころか、兵士が力を込め過ぎた事もあって砕け散ってしまった。勿論、ヴィガロにはダメージどころか胴巻きにも傷一つ付いていない。
「むぅっ……まあ、挑んできたのはお前らだ」
ヴィガロも流石に兵士達を気の毒に思ったが、自業自得だと思い直して斧を振るう。
『ふははははっ! それ、挽肉にして差し上げましょう!』
サムが恐ろしい哄笑を上げながら、向かってくる者も倒れている者も逃げる者も差別せず兵士を跳ね飛ばして行く。彼はランク4のブラッドキャリッジのままだったが、病に苦しむ遠征軍には強敵だ。
「我が魔力を糧に炎よ、敵を討て! 【炎弾】!」
そこに青い顔をした魔術兵の【炎弾】の魔術が打たれる。サムをアンデッドだと見抜いた上での炎の魔術は、悪手では無い。
『おっとっ!』
しかし、赤い炎の弾丸はサムがひょいと振った槍に掠ったと思ったら、ぱっと拡散して消えてしまった。
「それは、もしやアイスエび!?」
ごめ゛べぎ!
形容しがたい音を立てて、魔術兵が轢き殺される。それを成したサムは、晴れやかに笑った。
『坊ちゃんから頂いたこの槍、中々の使い心地ですな。これは後でお礼申し上げなければ』
アーティファクトとしての機能をユペオンの分身ごとヴァンダルーに砕かれたアイスエイジだが、ミスリル以上の対魔術防御力を持つオリハルコンの槍の前に、幾ら精鋭でも一兵卒に過ぎない魔術兵が放った【炎弾】が通用する訳が無い。
『ヂュウ! 流石は主の策、精鋭の筈の敵をまるで雑草の如く刈り取れる!』
「同意します! 二百年前は私を一太刀で斬り倒したミルグ盾国の兵が、まるで泥で出来た人形も同然!」
スケルトンバイカウントにランクアップした骨人と、リッチのヌアザがそれぞれの武器を振るって遠征軍を惨殺、若しくは撲殺して行く。
「しかしこうも敵の頭が低いと、腰が悪くなりそうですね!」
『ふはははっ、確かに! どれ、適当な獲物から新しい腰骨を頂くとしましょう!』
「おのれっ! 舐めるな!」
骨人とヌアザの前に、兵士達が立ち塞がった。彼らはヴァンダルーの病を完治させた訳では無く、【限界突破】スキルを発動させて体力や免疫力を増強させ、一時的に復活しただけだ。
そんな事をすればスキルが切れた時に一気に病の進行が進み、運が悪ければ死んでしまうのだが、このまま黙っていても殺されるだけと決断を下したのだ。
「行くぞ! 撤退するための時間を稼ぐんだ!」
既に遠征軍の将兵達はこれが負け戦だと気が付いていた。生きている数はまだ自分達が勝っているが、全員が病人であり戦力としては負けている。
出来るのは何とかして敵を足止めし、仲間が撤退する為の時間を少しでも稼ぐ事だけだ。
「うおおっ! 【シールドバッシュ】!」
盾を構えて横一列に並んだ兵達が、骨人とヌアザにそのまま突撃する。
「【岩砕】!」
『ヂュオォ! 【斬月】!』
それをヌアザが振るうオリハルコンメイスが盾ごと粉砕し、骨人の魔剣が両断する。二人は別に舐めている訳でも油断している訳でも無い。
兵士達を嬲り挑発しているのだ。彼らが最後の力を逃走では無く、一矢報いようと振り絞らせるために。
「ま、幻か? それとも俺は頭がどうにかなっちまったのか? こんな所に裸の女だ――」
ザシュ!
『いえ現実です、あと誰が裸ですか!』
「ふ、戯けるな! そんな恰好をした頭のイカレた女に――」
ズバン!
『大人しく殺されてください! 後、別に私は変じゃありません!』
グレイブとハルバードを振り回し、次々に兵士に止めを刺して行くリタとサリア。彼女達は何処か不満そうだった。
『姉さん、私達の姿評判良くないんだけど、何でかな?』
『うーん、坊ちゃんは可愛いって褒めてくれたのに……言われた通りマントも付けたのに』
悩みながらもズバンザシュドズっと惨殺死体を量産しつつ。首を傾げる二人。
マジックアイテムのマントを羽織った事で二人の刺激的な後ろ姿は隠れたが、やはり胴体部分の露出度が高いままだ。寧ろ、マントを着た事で逆に胴体部分の露出度が強調されたような気さえする。
『でも私達以外にも露出が多い人いますよね? カチアとかビルデとか』
『バスディアも結構出してるわよね』
「そこまでじゃないわよ!」
やや離れたところからカチアの抗議の声が上がる。事実その通りなのだが、姉妹が取り合う事は無かった。
「くっ、魔物の類が! 死ねっ!」
生き残っていた弓兵が、矢を放って来たからだ。それは狙い違わず彼女達の剥き出しの腹や胸元に突き刺さり、そのまま貫通する。
『あ、姉さんあっちに元気な敵が』
『じゃあ、私が弓で援護するからリタが突貫して』
『はーいっ』
しかし、二人は特に気にせず反撃に移る。サリアがハルバードから弓に持ち替え、リタが見た目を遥かに上回る俊敏な動きで弓兵達に向かって突貫して行く。
「ば、馬鹿な!?」
『いや、ただの鉄の鏃で霊体部分を射られても』
ヒュンッと飛んだサリアの矢が、弓兵の胸を鎧ごと突き破る。
『鎧の部分に当たっても、あの程度なら弾いちゃいますけどね』
そんな事を言いながら、リタがグレイブで弓兵達の命を狩り取って行く。
アイラは信じられないと言う顔でエレオノーラを見つめた。
自分達と同じ貴種吸血鬼の彼女が、何故日光を浴びて平気な顔をしていられるのかと。
「ふふっ、偉大なるお方の力よ」
エレオノーラはそう言いながら、握った剣……刀身が黒い棒状になっている物を振り下ろした。
『お゛お゛ぉぉぉぉぉんっ!』
ヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴ!
「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
そして動きのとれない貴種吸血鬼達に、クノッヘンとセメタリービー、ラピエサージュが襲い掛かった。
「馬鹿なっ、蟲型の魔物をテイムしただと!?」
「ぎゃああああああっ!」
鉄板も切り取る顎と貫通できる毒針を持つセメタリービーに纏わりつかれ、貴種吸血鬼達が弱い順に落ちて行く。
「この私がっ、アンデッド如きに! 【斬鉄】! 【乱れ斬り】! 【百烈斬り】ィィィィィイ゛ゲェ!?」
剣術に長けたバンパイアバイカウント、グーバモンから派遣された子爵位の吸血鬼が必死に武技を繰り出し、何本何十本と骨を切断するが、クノッヘンを止めきれず無数の牙や角に貫かれる。
『おぉおぉぉぉん!』
ランク7のボーンキマイラだったクノッヘンは、巨人種アンデッドやグールが狩ってくる大量の骨を身体に融合させ、ランク8のユニオンボーンにランクアップしていた。
数千の骨が融合して出来た魔物であるユニオンボーンには、急所が存在しない。物理攻撃で倒すなら、全ての骨を破壊しなければ不可能だ。
しかしクノッヘンの身体を構成する骨は、タレア達職能班が使いきれなかった魔物の骨だ。本来武器や防具に加工できる物なので、物によっては鉄より硬い。
そんなクノッヘンを倒すなら、どう考えても魔術の方がいいのだが……。
(こんな状況で魔術が使えるはずが無い!)
日光に焼かれつつ、【極日光】砲を避けるために回避行動をとりながら、こちらに向かってくる敵の相手をしながら呪文を唱える。そんな真似が出来るはずが無い。出来るのは【詠唱破棄】や【高速思考】スキルを持つ者ぐらいだ。
そうこうしている間にも、動きが鈍った貴種吸血鬼がラピエサージュの尻尾に付いた毒針で鳩尾を貫かれ、悲鳴を上げた瞬間拳で殴り殺されている。
明らかに貴種吸血鬼よりラピエサージュの方が格下なのだが、日光という致命的な環境が吸血鬼達の力を削いでいた。
「ちいっ! 貴様の首だけでもっ!」
アイラはこうなれば、エレオノーラの首でこの場は引こうと考えた。そう考えざるを得ない程、計算外の出来事が連続して起こっている。
今は、使命を果たせず戻って処刑される危険を冒してでも、この情報を持ち帰る事を考えなければならない。
そう判断したが、情報を持ち帰る事の重要性を理解しつつもエレオノーラの首を狙い続けたのはアイラの失策だった。
魔術が使えなくても、何故か相手は日光を苦にしていなくても、自分の腕ならエレオノーラを殺せるという自負。そしてテーネシアに対する忠誠心とそれを超える恐怖心によって、アイラの判断は中途半端な物になってしまった。
「死にな!」
【限界突破】スキルを起動。日光の痛みを無理矢理意識のわきに追いやり、高速でエレオノーラに接近するアイラ。彼女が構える金属の棒にしか見えない剣をみて、焼けた顔に嘲笑を浮かべる。
(大方攻撃よりも防御を優先してそんな得物を持って来たんだろうが、持っているのがあんたみたいなヘボじゃあ、あたしの処刑剣の前には無意味だよっ!)
一方エレオノーラは、余裕を保って【加速】の術を自分にかけると、自分より遥かに格上のアイラを迎え撃った。
アイラはテーネシアの下で裏切り者や失敗して逃げる吸血鬼を今まで何人も狩って来た女吸血鬼で、既に数万年を生きている。その生涯で処刑したのは千人を超えると恐れられ、【惨殺処刑者】という特殊なジョブに就いている。
その【剣術】スキルは10レベルで、他のスキルのレベルも高い。
しかし、エレオノーラにはアイラの飼い主よりも圧倒的に恐ろしい主人が存在する。
(首、左から)
「分かったわ、ヴァンダルー様」
エレオノーラは首を守る様に、剣を左に構えて全力で支えた。
「【闇夜刎頸】!」
アイラが独自に編み出し、過去には同格の貴種吸血鬼の首すら刎ねて見せた必殺の武技が振るわれる、それはエレオノーラが構えた剣に触れて……がぎぃぃぃっ!
剣を両断する事無く止まった。
「なっ? ぐあっ!」
必殺の筈のアイラの剣は、エレオノーラのオリハルコン製の剣を切断する事が出来なかった。
アイラは信じられないと目を見開き、反動を受けて手を痺れさせ剣を取りこぼしてしまった。だが驚くような事は何も無い。
【剣王】ボークスが上位スキルの【剣王術】の武技を使っても、オリハルコン製だという理由だけで、罅だらけのドラゴンゴーレムに傷一つつけられなかったのだ。
それをアイラ程度の腕で、アダマンタイト以上の物理的強度とダマスカス鋼以上の弾性を持つオリハルコンの剣を切断できる筈が無い。
エレオノーラの口元に浮かんだ微笑が大きくなった事にアイラが気づいた時には、再び視界がホワイトアウトした。
「ぐあああああああああっ!?」
動きを止めたアイラに、状況を光属性魔術でその光景を見ていたザディリス達が、エレオノーラごと【極日光】砲で焼いたのだ。
最早耐えられず、なりふり構わず逃げようとしたアイラだが、その動きは亀のように遅かった。
(これはっ、時属性魔術!? エレオノーラかっ! だが何時の間に呪文を唱えた!? それに自分ごとあたしを焼くだと!?)
どうする事でもできず、【極日光】砲が終わった時には、アイラは見るも無残な姿と成り果てていた。身に着けている高価なマジックアイテムはそのままだが、皮膚が露出していた部分は肉が黒く焦げ骨が露わになっている。
一見して焼死体としか思えない有様だ。
「おっ、おおっ、な、何故っ……」
しかし上位の貴種吸血鬼らしい強靭な生命力が、アイラを生かしていた。
だがそれ以上に信じられないのは、同じ日光に焼かれても無傷のエレオノーラだ。多少肌が赤くなってはいたが、それもすぐに元の白に戻って行く。
「剣の事かしら? それとも日光の事?」
そう問いながら、エレオノーラはアイラの焼け焦げた頭を掴む。
「がぁっ!」
「このオリハルコンの剣も、日光への耐性も、全てヴァンダルー様が与えてくれたものよ」
そう語りながら、エレオノーラは剣では無く鉤爪を伸ばした白い手を上げて見せる。
「くくっ、そうか、あたし達の、負けだ。殺すが、いい。だが、お前達は、必ず死ぬっ! テーネシア様が必ず仇を取ってくださる!」
「それは恐ろしいわね。じゃあ、あなたも一緒に戦ってちょうだい」
何を馬鹿な事をとアイラが答える前に、エレオノーラは彼女の首を斬り落とした。ぶしゅうっと鮮血が噴き出す。
「起きろ、こっちへ」
アイラの首から噴き出した鮮血は、地面に落ちる前にブラッドゴーレムと化してヴァンダルーが開いた口に向かって行く。
「如何ですか? ヴァンダルー様」
濃厚な上位吸血鬼の血を飲むヴァンダルーは、エレオノーラに答える前に虚空に視線を向ける。
『貴様のようなダンピールに、死したとはいえ誰が……し、従います。何でも喋ります、どうかあたくしをアンデッドにしてくださいませ。殺して頂いた御恩を返す為、誠心誠意働かせていただきます』
「やっぱり悪霊に成る前の無力な霊になるとチョロイ。彼女は快く協力してくれるそうです。血の味も濃厚で中々だったし。
じゃあ、そろそろ俺も出ますね」
殺戮劇はまだまだ終わらない。
《【吸血】スキルのレベルが上がりました!》
・名前:ザディリス
・ランク:7
・種族:グールエルダーメイジ
・レベル:19
・ジョブ:風属性魔術師
・ジョブレベル:31
・ジョブ履歴:見習い魔術師、魔術師、光属性魔術師
・年齢:295歳(若化済み)
・パッシブスキル
闇視(暗視から変化!)
痛覚耐性:3Lv
怪力:1Lv
麻痺毒分泌(爪):2Lv
魔力回復速度上昇:5Lv(UP!)
・アクティブスキル
光属性魔術:6Lv(UP!)
風属性魔術:4Lv(UP!)
無属性魔術:2Lv
魔術制御:6Lv(UP!)
錬金術:3Lv(UP!)
詠唱破棄:2Lv(UP!)
同時発動:1Lv(NEW!)
限界突破:1Lv(NEW!)
ネット小説大賞に参加しました。宜しければ、応援をよろしくお願いします。
12月20日に六十三話を、12月21日に六十四話を投稿予定です。