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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第三章 蝕王軍行進曲編
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六十一話 前奏は不協和音と打楽器で

 七日間の行軍は、思っていたよりも順調だった。

 丈夫な馬車馬を用意してきたお蔭で物資の運搬も順調。途中出現した魔物も、ライリー達が出張るまでも無く兵士達に処理される程度で、乾いていない新鮮な肉としてその日の食事を彩った。


 天を突く山脈に挟まれているため日照時間が短かったが、照明用の魔術が使える者も少なくなく、やや高かったがランタン代わりのマジックアイテムも多く持ってきた。

 七日間という予定通りの日程でタロスヘイムが見える位置まで来られたのは、やはり行軍が順調だったからだ。


 しかし行軍が終わった瞬間順調でなくなった。


「どうやら、斥候部隊の者が幻覚を見た訳ではないようだな」

 マウビット将軍が仮の陣を立てたのは、タロスヘイムの周辺に広がる草原だ。平地で障害物が腰程の高さに伸びた草しか無く、見通しが良い。戦争なら、まず本陣を建てるような真似はしない場所だ。


 そこでマウビットは他の遠征軍幹部と揃って、タロスヘイムの異様を見ていた。

 視線の先には、三十メートル程の城壁がある。マウビット達の基準では帝都か重要拠点の要塞でなければそうない高さだが、巨人種は長身の者なら小柄な人種の倍ほども背が高い。それに周囲がほぼ魔境という環境なのだから、これくらいの堅牢さは必要だったという事だろう。


 二百年前の記録よりもかなり高い気がするが、それも当時の軍師が目測で図っただけなので多少の誤差があってもおかしくない。

 おかしいのは、城壁が見るからにボロボロで破城鎚で一回突けば崩れそうな有様だとしても、二百年前に英雄ミハエルが穿った二カ所の大穴が何処にも見られない事だ。


「どういう事でしょうか? 二百年前の記録が間違っていたのか……」

 遠征軍副司令官のチェザーレ・レッグストンが言うように、軍の記録でも間違っている事が往々にしてある。過去の英雄や将軍の活躍を喧伝するために、大袈裟に残してしまう時などだ。


 しかし、唸るチェザーレにボーマック・ゴルダン高司祭が答えた。

「恐らく、奴……バルチェス子爵領から数百匹のグールを率いて逃げ延びたダンピール、ヴァンダルーの仕業じゃろう」

「それは高司祭が常々口にしている、あの?」


「うむ。あのダンピールが配下のグール共に指図して城壁を修復させたのだろう」

 自信満々に断言するゴルダンに、チェザーレは逆に不信感を覚えたようだった。これまで遠征軍でグールの目撃証言は一回も出ていない。それなのに断言するゴルダンの意見に、チェザーレは危うさを覚えたようだ。


「しかし。そんな事をするでしょうか? 魔物が廃墟に住みつく例は聞いた事がありますが、廃墟を修復した例は聞いた事が有りません。グールは魔物の中でも頭が良い部類で、自力で小屋を建てる事も多いそうですが、城壁となると……」


「ふんっ、チェザーレ殿、それは常識に囚われた見方じゃ。グールを率いているのはダンピール、人間並みの知能を持つ魔物じゃ。

 それに、あの城壁をよく見よ。二百年前からあの状態だったとしたら、今頃とっくに崩れておるわ」

「た、確かに……」


 ゴルダンの指摘通り、城壁を詳細に観察すれば所々全体の造りが荒く、拙いのが見て取れる。二百年どころか、数十年と持ちそうにない。

 英雄ミハエルが参加するまで、当時のミルグ盾国軍一万を退け続けた堅牢な城塞とは、とても思えない。


「これはヴァンダルーが高度に組織化されたグールの群れを従えてタロスヘイムに立て籠もっていると見てよいじゃろう」

「なるほど。高司祭殿の意見も尤もだ」

 そう重々しく頷くマウビットだったが、内心はゴルダン高司祭の意見を鬱陶しく思っていた。


 何故この老いぼれは吸血鬼達と通じている訳でも無いのに、真実を言い当てるのかと。この場に居るアイラが変身している傭兵隊長に視線を走らせても返事は無い事から、彼女達の裏工作とも思えないのだが。


 マウビットとアイラ達吸血鬼の算段では、ヴァンダルーやエレオノーラの事は最後まで自分達以外に教えるつもりは無かった。

 何も教えないままタロスヘイムに遠征軍を進め、ヴァンダルーが率いているだろうグールや裏切り者の吸血鬼の出方を窺う。


 既にマジックアイテムで今もエレオノーラがタロスヘイムに居る事ははっきりしているし、トンネル付近やこれまで進んできた魔境にも、こちらの動きを窺う従属種吸血鬼やグールの姿は無かった。

 だからヴァンダルー達は自分達遠征軍の存在に気が付いていないというのが、マウビットとアイラの共通認識だった。


 だからまず遠征軍の兵隊や騎士を突入させ、それで逃げるようならライリーやアイラが追って始末する。マジックアイテムがある限りエレオノーラを見失う事は無いし、彼女はマジックアイテムの存在を知らないとアイラは断言した。

 だからヴァンダルーも最大戦力であるはずの彼女を捨石にはせず、一緒に逃げようとするだろうと。


 逆に言えば、エレオノーラと別れて逃げるならグールを何匹連れて行っても追う事は難しくない。


 可能性は低いだろうが、逃げずに徹底抗戦するつもりならライリー達がそのまま討ち取る。

 それらのどさくさに紛れて、邪魔なゴルダン高司祭も始末する。


 それでマウビット達にとって目的は完遂だ。過程でミルグ盾国の精鋭が幾ら減っても知った事では無い。残ったタロスヘイムを占拠して、頃合いを見て「本国に戦果を報告する」とでも言って戻り、健康上の理由をでっち上げてマウビットは引退。ライリーも戻る時に生きていれば連れて行けばいい。

 アイラは傭兵に過ぎないので契約期間満了で遠征軍から離れて姿を消せばそれで十分。


 後は吸血鬼達がトンネルを崩落させて、哀れなチェザーレ達はタロスヘイムに取り残され、マウビット将軍は吸血鬼となって永遠の命を、ライリーは新マウビット伯爵と俗世間の栄華を手に入れる。


 その予定だったので、兵を進める前にヴァンダルー達の存在に気がつかれて慎重論が出ると困る。

 折角ターゲット達が遠征軍に気が付かず、今頃狼狽えているだろうに冷静さを取り戻す時間を与えたく無いからだ。


「じゃあどうすんだよ? あんなボロでも壁は壁だ、中を偵察するのは難しいぜ?」

 そうライリーは言うが、実際にはアイラ達貴種吸血鬼は空を飛行する事が出来るためどんなに壁が高くても内側を覗きこむ事は難しくない。

 弓兵が配置されているとしても、所詮魔物の手作り。質の良い弓矢は無いだろうから、高く飛行すれば矢も届かないだろう。


 しかし、彼女達が吸血鬼である事はライリーやマウビットだけの秘密であるためそんな作戦を取れるはずが無い。当然アイラは黙っている。


「無論、通常の戦争と同じく集団戦で攻める。まずは重装歩兵で外側を固めて弓兵や魔術兵を警戒しつつ、破城鎚であの城門を破る。その後はグール共の動きを見てからじゃな。普通ならかかって来るじゃろうが、奴らはダンピールに率いられているだけあって狡猾じゃ。こちらの裏をかいて小規模な隊に別れ、廃墟に隠れて市街地戦の真似事をするかもしれん」

 しかしゴルダンも【吸血鬼ハンター】と言う二つ名で知られた男だ、出したのは慎重論では無く積極的に攻めていく好戦的な案だった。


「まず、都市を包囲すべきでは?」

「あの規模の城塞都市を包囲すれば兵が薄くなる。それにここは一見ただの草原じゃが、立派な魔境じゃ。薄く広く広がった所に魔物が襲い掛かって来たら被害は大きくなるが、構わんのか?」

「……如何します、将軍?」


「うむ、ここは高司祭殿の助言を採用しよう。破城鎚を用意し、突破部隊を編制せよ!」

 慌ただしく兵士達が動き始める。元々攻城戦をする予定は無かったが、タロスヘイムの廃墟を攻略する過程で必要かもしれないと念のために用意された破城鎚が持ち出され、重武装の守備兵が一番槍は我々だと部隊に志願する。


 ゴルダンはその様子を見る事無く、太陽を気にしていた。既に、日は陰り始めている。

「間に合わなかったか」

 まだ夕方には早かったが、境界山脈が日光を遮ってしまうのだ。ダンピールの殆どは日光に弱くは無いが、配下のグール以上に夜目が利く。


 対してこちらはほぼ人種ばかり。薄暗くなる前に勝負を決めたかったが、そう上手くは行かないかと眉間に皺を寄せる。

 尤も、遠征軍のトップが吸血鬼と繋がっている時点で上手く行くはずがないのだが。




 第三城壁の城門の真上に隠れ、ゴーレム達の目で遠征軍の姿を確認していたヴァンダルーは、破城鎚を守りながら近づいてくる重装兵を見ながら、タイミングを計っていた。

 どうやら、向こうは何も知らないらしい。ライリー達がトンネルから姿を現して以降、敵の偵察を、特に吸血鬼が放つ使い魔を警戒していたのだが、魔境の魔物達が排除してくれたのか秘密は守られたようだ。


「【岩壁】! 【岩体】!」

 盾を掲げた重装歩兵達が、盾術と鎧術の武技を発動して防御力を強化する。皮鎧に槍と盾の一般兵とは見るからに防御力の次元が違う、金属鎧にタワーシールドで身を固めた、斧やメイスで武装した兵士達だ。


 多分、最低でもそれぞれのスキルは3……いや、精鋭らしいから4ぐらいか。並の兵士は2程度で、冒険者ギルドに当てはめるならE級程度だとエレオノーラ達から聞いたが、精鋭連中はそれぞれがランク3ぐらいの魔物なら倒せそうだ。何人かいればランク4でも行けるかもしれない。


 他の兵士も同じ練度なら、かなりの強敵だ。地球のゲームなら余程プレイヤーが高レベルでなければ、無双するどころかされる側になりかねない。

 そんな敵の程良い強さに、ヴァンダルーは満足した。これなら、後で十分すぎるほど使えるだろうと。


「よっこいしょ」

 そして、ヴァンダルーは無造作に城壁の上に立った。近づいてくる突破部隊には勿論、本陣を含めた全ての敵軍に姿を晒したのだ。


「あれは……まさかダンピール!?」

「ほ、本当に居たとは驚きだっ」

 光属性魔術師が拡大して映す映像にチェザーレは目を剥き、マウビットは声と顔を引きつらせた。まさかヴァンダルーが堂々と姿を現すとは思っていなかったので、理由は異なるが二人とも動揺していた。


「おおっ! これぞ我が主アルダのお導き! 全員儂に続け!」

「ま、待ってください高司祭! 奴は城壁の上に居るんですよ!?」

「そうだ待ちやがれ! 奴は俺の獲物だ!」

 ゴルダン高司祭の補助に付いている若い神官戦士と、ライリーも理由は異なるが彼を止めにかかる。


 一方、動揺する他の幹部達の間で一人沈黙を保つアイラは、ヴァンダルーの行動をいぶかしんでいた。

(何故一人で姿を見せた? この軍勢を見て自暴自棄にでもなったか? まさか自分を囮にグールやエレオノーラを逃がすつもりか?)

 テーネシアからグールの皮を持って来いと命令されているため、あまりグールを逃がす訳にもいかないのだがとアイラが思っていると、映像の中のヴァンダルーに動きがあった。


 ヴァンダルーが一振りの槍を掲げて見せたのだ。

「あれは……アイスエイジっ! アイスエイジだっ!」

「我が国の国宝っ、ダンピールが手に入れていたのか!」

 その槍は、ミルグ盾国の国宝アイスエイジに酷似していた。


「それは、それは俺のだ! クソっ、汚い手で触れるんじゃねぇっ!」

「おい、【鑑定】を使えっ! あれは本当にアイスエイジなのか!? 本物ならオリハルコンで出来ているはずだ!」

「この距離では無理です!」


 遠征軍の本陣の様子を虫アンデッドで見ているヴァンダルーは、予想していた通り彼らが動揺しているのが心地良い。態々ダタラに鉄で偽アイスエイジを作ってもらった甲斐がある。

 そしてヴァンダルーは掲げ持った偽アイスエイジを、手で折った……様に見せながら【ゴーレム錬成】で折り、地面に落とした。


 その瞬間本陣はシンと静まり返り、暴発した。

「おのれ! よくも我が国の国宝を!」

「侮辱にも程がある! 騎士の誇りにかけて奴を討ち取ってくれる!」

「クソッタレがあ! あのアーティファクトは俺の物になる筈だったんだぞ! それを、それを……ぶち殺してやる!」


 そう、遠征軍の多くはヴァンダルーや裏切り者のエレオノーラを処刑しに来た訳ではない。彼らは二百年前の、自国の苦い記憶と屈辱を拭うために来たのだ。

 タロスヘイムを占拠し、失った国宝を取り戻し、自国に繁栄をもたらすためにやって来たのだ。そうとしか聞かされていないのだから当然だ。


 その前で国宝の魔槍を折られて捨てられれば、頭に血が上らないはずが無い。

「待てっ! オリハルコンで出来た魔槍が折れるはずが無い! あれは我々を動揺させるブラフだ!」

「そ、そうだ! 落ち着けっ、冷静に成れっ、隊列を崩すな!」

 冷静さを保っているチェザーレやマウビットが激高する幹部達を鎮めようとするが、遠征軍の内情はヴァンダルーが考えている以上にガタガタだった。


 まず総指揮官のランギル・マウビットは、遠征軍の殆どを構成するミルグ盾国の騎士や兵士達からしてみれば、尊敬に値する上官では無く、宗主国の貴族である事を笠に着た嫌な上官でしかない。

 しかし副指揮官のチェザーレ・レッグストンは、ミルグ盾国の出身で現軍務卿の次男であり、騎士達も彼は敬っている。


「煩い! 邪魔するんじゃねぇ! あれほど馬鹿にされたのに大人しくしてろってのか!? 俺は出るぜ! ダンピールや数百匹のグールが怖いなら、そこで座ってな!」

 だが狙い以上に激高したライリーが槍を持って、自身の奴隷を連れて前線に出ようとすると、それを止める役目の筈の騎士や貴族たちが、こぞって腰を上げてしまう。


「ライリー殿の言う通りだ!」

「これには我が国の誇りがかかっている! 申し訳ないが将軍閣下の命令でも聞けん!」

 彼らにとってライリーは国が煌びやかに喧伝した通り英雄である。全員がそっくりそのまま信じている訳ではないが、同時にライリーに魅力が無い訳でもない。


 寧ろ今は見栄っ張りで自己顕示欲が強いが、元は面倒見が良い性格だ。騎士や兵士達には気前良く自分で狩った魔物の肉を振る舞ったし、遠征軍が通ったトンネルの砦では何度かドラゴンから砦を守り、その肉を兵士全員に配っている。

 それによりライリーは騎士や兵士達から意外なほどの人望を集めていたのだ。


「ぬぅっ! やはり神託はあのダンピール、ヴァンダルーの事を告げていたのか! 敬虔なるアルダの信徒達よ、奮起せよ!

 これは聖戦である!」

 更に吸血鬼ハンターと名高いボーマック・ゴルダンが立ち上がり、聖戦を宣言した。


 天幕に居るのは信仰心に差はあっても国教であるアルダの信者ばかりであり、英雄と聖職者が邪悪と立ち向かうという伝承歌のようなシチュエーションに、怒りで熱くなった頭が更に熱狂してしまう。


 激高した騎士や貴族は、その姿に思わず我もと続いてしまったのだ。


「貴様等っ! 命令にっ、命令に従え! 軍規違反だぞ!」

「くっ……! 黒牛騎士団は突破部隊を追って出陣! 弓兵は後衛! 軽騎兵隊は伝令に徹しろ!」

「チェザーレっ!? 貴様何を言ってる!?」

「将軍、もう兵達を落ち着けるのは不可能です! ならせめて各隊の連携を維持するしか――」

「黙れ! 越権行為であるぞ!」


 そして総指揮官と副指揮官の関係の悪さが露呈した。チェザーレはマウビットを見切って補佐するのをやめ、マウビットは動揺して兵達の頭を覚まさせる事よりも彼を罵倒する事を選んでしまう。


(既に半ば烏合の衆か……人間の軍がここまで脆いとはな。かつてザッカートは人の力はお互いに助け合う事にあると語ったそうだが……)

 表向き傭兵部隊の隊長でしかないアイラは、兜の奥で深々とため息をついた。槍一本折られただけでこの有様とは、この遠征軍に潜り込んで窮屈な思いをしている意味は何なのかと嘆きたくもなる。


「アイラ様、我々だけで独自に動きますか?」

 副官の微かな声に、しかしと思い直したアイラは小さく「いいえ、このまま続けるわ」と答えた。

「人の長所である数の力が損なわれた訳ではないのだし、問題無いわ」

 アイラはそう副官に答えたのも、そして遠征軍の幹部達が能天気に激高していられるのも、同じ理由だった。


 負ける事は無い。確実に自分達は勝てる。


 そんな共通の認識があったからだ。


 遠征軍の兵士達はランク3程度なら一人で相手をして勝てる精鋭が、六千人。そこにA級冒険者に、対吸血鬼の専門家までいる。

 エレオノーラの様な貴種吸血鬼も敵に居るが、それを知っているのは遠征軍のごく一部。


 そしてダンピール率いる敵の数は、ゴルダンが「タロスヘイムに巣食っているに違いない」と遠征の間に何度も訴えていた内容を、本陣に居る幹部達は全員が聞いていた。

 【霊媒師】のダンピールと、その配下のグールが多くても五百匹程度。新たに手下を増やしても、数でこちらを上回るはずが無い。タロスヘイムで発生した巨人種アンデッドが混じるかもしれないが、それはただの乱入であって、組織立った動きでは無いだろう。


 だから遠征軍の中にこの時点で本当の意味で危機感を覚えた者は、誰一人として居なかった。


「なんだか、予想以上に効果があったな……ダメだった時はまだ色々あったんだけど、まあいいか」

 一応隊列を維持したままこちらに向かってくる遠征軍、突破部隊も城門に辿りつき意外と粘る城門相手に苦戦している。


「では、第三城壁……攻撃開始」

 十分敵を引きつけてからそう呟き、ヴァンダルーはそのまま第二城壁へと【飛行】で移動。

「あのガキっ、逃げ――何だ!?」

 ライリー達が向かっている途中で、城壁が崩れ始めた。ボロボロだとは思っていたが、城壁全体が一度に崩れ始めるとは思っておらず、思わず足が止まる。


「ぬぅっ、罠じゃったか! しかし早まったなっ、城壁を崩して儂らを下敷きにするつもりだったようじゃが、距離が離れすぎておるわい!」

 突破部隊が若干被害を受けているが、武技を既に発動させていた。もしかしたら骨の一本くらいは折れているかもしれないが、死にはすまい。


 後は城壁の残骸を乗り越えて進むだけ……だと思ったゴルダン達遠征軍の面々は思わず目を見張った。

 崩れた城壁の向こうに、それよりもやや低いが見るからに堅牢そうな白い城壁が存在するのに気が付いたからだ。


「なっ!? 城壁が二重に建てられているなんて、軍の記録には何処にも無かったはず!」

「ええいっ! だから兵を引けと言っているのだ!」

「確かに……弓兵っ、突破部隊の撤退を援護しろ! 各隊は一旦――あれ?」

 マウビットに急かされながら指示を出そうとしたチェザーレは、思わず間抜けな声を漏らした。


 崩れたと思った城壁が、ムクリと立ち上がったからだ。

『う゛お゛ぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!』

『あ゛おおおおおおおおおおおおお!』

 唸るような怨嗟の声を上げ、城壁だったストーンゴーレムやロックゴーレム達が立ち上がった。その数、軽く千を超える。


 そしてその石人形達は、動きを止めていた遠征軍の各部隊にノッシノッシと見た目よりずっと軽快に走り寄り、殴り掛かった。

「て、撤退っ! 撤退ぃっ!」

「うおおおおっ! 盾を構えろっ! 見せるのは背中じゃなくて正面だ!」

「陣形を保てっ、重装歩兵の意地はどうした!」


 城壁に向かっていた遠征軍の各部隊とストーンゴーレムの間にはまだ若干距離があった。悲惨だったのは突破部隊の重装歩兵達だ。

 突然崩れた城壁の下敷きになって圧死するのは免れたが、周り中囲まれた状態で石巨人にタコ殴りの目に合わされるのだ。


 しかも彼らが叩いていた鉄の城門は、ランク6のアイアンゴーレムに変形を終えている。

 士気を保ち最後まで諦めるつもりは無さそうだが、突破部隊の命運は風前の灯だ。


「突破部隊を救助するぞ!」

「黒牛騎士団前進! 足を緩めるなっ、命無きゴーレム如きの何を恐れる!」

 雄々しく叫ぶ遠征軍は、ミルグ盾国が誇る精鋭達だ。当然修羅場を何度も潜って来ている。故に、彼らは騎士から一兵卒まで等しく戦友という強い絆で結ばれていた。


 それに約千体のゴーレムでも、彼らにとって致命的な敵ではない。


 故に驚愕にチェザーレやマウビット将軍が本陣で硬直している間も、遠征軍の面々は各自現場の判断で進み続けた。ライリーやゴルダンに率いられた者達も同様だ。

 そして彼らはゴーレムと接敵、唸りを上げて拳を振り上げる石巨人を個人の武威や連携の力で次々に倒して行く。


 このまま行けばゴーレムを全て倒し、態勢を立て直す事が出来るだろう。

「放て」

 そのタイミングで、ヴァンダルーは第二城壁のクロスボウやタロスヘイムの建造物の屋上に設置された投石器型カースウェポンに命令を出す。


「ぐあっ!?」

「ぎゃっ!」

「ひっ! 岩が飛んで……ぎっ!?」


 クロスボウの矢の内幾らかはロックゴーレムに突き刺さるが、既にロックゴーレムの数が減っていたので三分の二程が遠征軍の者に向かう。

 更に頭上から飛来する投石機の岩は、幾ら盾職の精鋭重装兵でも直撃したら戦闘不能は免れない。

 そして軌道を見切って逃げようにも、ロックゴーレムやその残骸が邪魔をするし、そもそも名前の通り重装なので素早い動きが出来るはずも無い。


「そんなっ! 大量の弓兵に、投石機!? わ、私達は何と戦っているのだ!? 将軍っ、どういう事です!? 帝国は我々に何を隠している!?」

「し、知らん! 私は何も知らん!」

「この期に及んで口を閉じるつもりかっ!」


 亜人タイプの魔物が弓矢を使う事は珍しくないが、投石機を使うなんて話をチェザーレは知らなかった。そもそも投石機は簡単に作れるものではない。帝国や盾国は勿論選王国でも作れる技術者をギルドに加入させて常に把握し、勝手に作られない様に監視しているのだ。

 その投石機が何故タロスヘイムに存在し、自分達に対して岩の雨を降らせているのか。


 二百年前の記録でも巨人種が投石機を使ったという記述は残っていないのに。

(まさか、あのダンピールが投石機を作ったと言うのか? そんな馬鹿な!)

 しかし、現実としてチェザーレの見ている前で、次々に岩が投じられ兵士達が逃げ惑い潰されている。


「くっ、撤――」

「僭越ながら、ここは全軍で攻め寄せるべきかと」

 その時、沈黙を続けていた傭兵隊の隊長……アイラが口を挟んだ。

「貴様っ、傭兵如きが口を挟むな!」

「そうだっ、未だに本陣に残っている臆病者の癖に、我が軍に損耗を強いるつもりか!」

 チェザーレの補佐官達が無礼な傭兵を叱責するが、当然アイラは歯牙にもかけない。


「見たところ、戦場で兵達は混乱している様子。この状態で速やかな撤退など期待できないでしょう。それに重装歩兵はいい的です。

 ならば奥の城壁まで攻め上がってしまえば、投石機は自ずと脅威ではなくなります。何、敵は今のところ見かけ倒しの石人形が千程度。それさえ越えてしまえば隊列など如何様にも組めましょう」


 アイラの言葉には、一理あった。兵士達の損耗を無視する非情さがあったが、戦場では十の犠牲が千の命を救う事が珍しくない。

 それに、軽装兵なら兎も角生命力と防御力に優れた重装歩兵が隊列を組めば、並の矢弾が何度か当たってもどうという事は無い。


「よ、よし! 全軍前進!」

「将軍!?」

 しかし、その一理は敵がもう切り札を持っていない場合だけのもの。

 もし奥の城壁もゴーレムになったら、投石機による攻撃は止まない。それに、まだグールが一匹も姿を現していない。

 クロスボウや投石機の操作にかかりきりなのかもしれないが、チェザーレは嫌な予感しかしなかった。


「黙れ! これは総司令官としての命令である!」

 チェザーレと同じ予感はマウビットも覚えていた。そもそも、彼はこれまで一貫して撤退を叫んでいたのだ。しかし、何故ここで意見を百八十度変えたのか。

 それはアイラが発言したからだ。


 口調こそ慇懃さを保っていたが、端々に苛立ちが見え隠れする。逆らえば、取引相手として不適格と見なされ消されかねない。

「お、お前達にも役に立ってもらうぞ!」

「勿論です、将軍閣下。給金分は役に立たなくてはな」

 このやり取りも、本音はマウビットがアイラに助けを求め、アイラがマウビットに対して役に立たなければ見限ると宣言しているのに等しい。


 だが、実際この時点ではアイラの言葉に従ったのは間違いではなかった。


「ぬぅん! 【破山鎚】!」

「【大旋風突き】ィ!!」

「…………っ!」

「【大治癒】! ほらほらっ、へばってないで頑張りなさいよ!」

「そうそう、しっかりしてくださいよ、旦那方!」


 ゴルダン高司祭の戦棍が岩を砕き、ライリーの槍が穿ち、フラークの盾が弾き飛ばす。メッサーラも傷ついた兵士達を戦線に復帰させ、ゲニーはちょこまかと動き回って援護している。


 ゴーレムは殆ど倒され、投石機の衝撃からも彼らの活躍もあって遠征軍は立ち直ろうとしていた。重装歩兵が盾を構えて【武技】を発動させて隊列を組めば、クロスボウの矢は恐れるに足らない。


 しかもゴルダンとライリーが砕いたのは、落下後ゴーレムに変形する『ゴーレム弾』だったため、遠征軍本陣を援護すると共にヴァンダルーに舌打ちさせることに成功した。……やった当人達はそれに気がつかず、何故岩を砕いただけで経験値が入ったのか内心首をかしげているのだが。


 だが、彼らの活躍で空中にある岩が砕かれるようになったせいで、遠征軍は彼らの活躍以外でも樽が空中で勝手に割れている事に気が付くのが遅れた。


「ふん、人間共の軍もどうにか役に立ちそうですね」

「そうでなければテーネシア様が骨を折った甲斐が無い。行くぞ、ただ奴らが城壁を破るまでは目立たない様にしろ」

「はっ!」


 だが戦場にアイラ達が着いた時、目立たない様にと言う命令を遂行する事は難しくなった。


「ゴホっ!」

 誰かが咳をした。




・ミルグ盾国精鋭兵の平均的なステータス


・名前:重装歩兵

・種族:人種

・年齢:二十代~三十代

・二つ名:なし

・ジョブ:重装歩兵

・レベル:50~70前後

・ジョブ履歴:兵士見習い、歩兵


・パッシブスキル

能力値増強:指揮下:2Lv

金属鎧装備時能力値強化:中

盾装備時能力値強化:小


・アクティブスキル

武術系スキル:3Lv

武術系スキル:2Lv

盾術:4Lv

鎧術:4Lv

連携:4Lv

ネット小説大賞に参加しました。宜しければ応援よろしくお願いします。


19日に62話、20日に63話、21日に64話を投稿する予定です。

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[気になる点] 30メートルの城壁はデカすぎませんか? 10階建てのビルぐらいありますよ。
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