表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第三章 蝕王軍行進曲編
64/514

六十話 舞台に向かう楽器達を見守る指揮者と演奏者達

 春麦の作付けを終えて半月ほど経った頃、開拓地の農村の一つに住む村人達は行軍する遠征軍を見送っていた。

 村人達の顔はどれも明るく、誰もが遠征軍の活躍を心から応援していた。

 彼らはバルチェス子爵の開拓事業に参加する事で、質素だが家族で暮らせる住宅と魔境の魔素が残り作付け一年目からある程度の収穫が期待できる土地を与えられ、更に税の優遇まで受けられた元農家の三男以下や小作人、貧民街の住人達だ。


 今回の遠征でもバルチェス子爵は税金の優遇策を中断しなかったし、食料の徴発も無かった。遠征軍に参加する兵士が精鋭に限られるため、当然徴兵も無し。

 そして遠征が成功すれば境界山脈の向こうに新しいミルグ盾国の領地が出来、そこの開拓が始まる。そうなれば、今度は自分達の村で出来た作物が、開拓地で使うために売れる。


 最初は微々たる儲けだろうが、子や孫の世代には自分達の村が新領地とミルグ盾国を繋ぐ中継地として、町にまで発展しているかもしれない。


 勿論遠征が失敗すればミルグ盾国の経済は落ち込む。だが村人達は遠征の成功を疑っていなかった。

 兵士達はミルグ盾国の精鋭揃い。しかも【悲劇の英雄ミハエルの再来】、A級冒険者の【緑風槍】のライリー、そしてアミッド帝国に名を轟かせる吸血鬼ハンター、ボーマック・ゴルダン高司祭が参加している。


 そして遠征軍の目的は二百年前に一度多大な犠牲を出しながらも勝っている、タロスヘイムだ。そこでミハエルが残したアーティファクト、アイスエイジの回収を行い、タロスヘイムを今度こそ平定する。それが表向き発表された目的だ。


 境界山脈は危険な地だと聞いているが、ドラゴンも退治できるA級冒険者や吸血鬼を何匹も倒してきた高司祭が居るなら大丈夫さ。それにタロスヘイムは二百年前に一度攻略してるんだ。城塞はきっとボロボロで、敵は烏合の衆のアンデッドや魔物ばかり。アルダ様の神官戦士団の敵じゃない。

 遠征軍は邪悪なアンデッドを退治して、タロスヘイムにミルグ盾国とアミッド帝国の旗を立ててくれるに違いない。


 それが開拓地の村人だけでは無く、ミルグ盾国の国民の多くが持っている思いだった。


「頑張ってー!」

「応援してるぞ!」

 村人たちの見送りを受け、遠征軍は境界山脈のトンネルに向かった。




 遠征軍は王都ミルグから一か月と数日かけて境界山脈のミルグ盾国側のトンネル入り口に到着した。

 そしてこれから三日かけてトンネルを抜け、一週間ほどかけてタロスヘイムに向かう予定だった。

 今日はミルグ盾国側のトンネル入り口に作られた簡易的な砦兼関所で最後の補給を受け、兵を十分休ませる。この後進むトンネルは、魔物は全てライリー達によって退治されているが、閉塞感という見えない敵と戦いながらの行軍になる。


 ラムダでも経験則から長時間暗闇の中で過ごすと、精神に変調を来す事が知られている。勿論マジックアイテムやランタンで照明を確保しながら行軍するが、無理をすれば士気が落ちるのは避けられない。

 だから前日に体を休ませ、酒を振る舞い乾いていない肉を喰わせるのだ。


「それで、トンネルの向こうはどうなっておる?」

 遠征軍の主だった面々が集まっている天幕で、境界山脈を越える前の最後の軍議が行われていた。

 トンネル入り口に作られた砦兼関所は小規模であるため、この天幕の方が快適に過ごせるのだ。


「地形は二百年前と同じだ。幾ら魔境が広がっているとはいえ、突然火山や湖が出来る訳ではない。ただ、道は使えない」

 遠征軍の副指揮官、現ミルグ盾国軍務卿の次男チェザーレ・レッグストンが古びた地図を指差してゴルダンの質問に答えた。


「二百年前の遠征では山脈の比較的安全なルートを超えてタロスヘイムに向かったので、今回我々が進む道とは異なる。森を切り開きながら進まなくてはならない。ただ……」

「ただ、何だ? 報告は正確にしてもらわなければ困るな、チェザーレ殿」

 天幕の奥に腰かけ立派な外套を纏う中年と壮年の間程に見える貴族、ランギル・マウビット伯爵。この遠征軍の総指揮官だ。


 総指揮官と副指揮官という関係以上にマウビットの態度はチェザーレを随分下に見ているが、それが宗主国と属国の扱いの違いだ。

「……ただ、大規模な魔物同士での争いがあったようで、その痕跡が残っていました。その割にトンネルの出口付近では強力な魔物は少ないようです」

「ああ、俺が何匹か狩ったからな」


 報告に口を挟んだライリーに、チェザーレは不快そうに眉を潜めた。冒険者上がり風情がと言いたげだが、総指揮官が「彼は遠征軍に必要な中核戦力だ」と遠征軍の幹部と同格の扱いをするよう指示しているのだから、まさか抓み出す訳にもいかない。

 それに、厳密にいえば世俗の地位は平民と変わらないゴルダン高司祭がこの場に居るのだから、ライリーだけ追い出すのも問題だ。


「ああ、君達のお蔭でC級冒険者達が派遣されるまで持ちこたえる事が出来た。その調子でタロスヘイムでも活躍してくれ」

「任せてくれよ、将軍閣下。竜が来ようが何が来ようが俺の槍で屠ってやるぜ」

 そう言って笑うマウビットとライリーを、チェザーレやゴルダンは不快そうな目で見るのを抑えるのに苦労した。


 A級冒険者となればその影響力は下手な貴族を上回り、中にはただのコネクション以上の信頼関係を貴族や大商人と築く場合も少なくない。しかし、この二人には妙な気味悪さが感じられたからだ。

「前人未到の大魔境だか何だか知らないが、危ないのは山脈でそれさえ越えちまえば大した事無いって事だろうぜ。伯爵様がこのトンネルを見つけてくれたおかげで、この遠征が出来るって事だ」


 ライリーがそう言ってマウビットを煽てるが、それはこの場にいる者には事実のように思えた。

 実際、山脈を越えた向こう側の砦では、何度か竜種に襲撃されたが全てライリーによって撃退されている。他に襲撃してくる魔物の多くがランク3程度で、ワイバーンやランク5から6相当の見た事も無い巨大爬虫類型魔物(恐竜)が混じる程度だ。


 その頻度は高く、並の冒険者や兵士ではあっさり蹴散らされかねないが、彼らが話しに聞いた境界山脈の恐ろしさとはかけ離れたものだった。

 実際には、ボークス達がトンネルを発見する過程でゴブリンキングの国や竜種を何匹も蹴散らしたからその程度で済んでいるのだが。


 それに、そもそもトンネルの出口付近も含めてあの地域はタロスヘイムの領土近くだった。当時も魔境だった部分も多いが、タロスヘイムが健在だったころは開拓村を守るために巨人種の戦士達が魔物を間引いていた。

 だから今も竜種が何匹か生息している程度で済んでいるのだ。魔境では魔物が次から次に生まれるが、流石にランク10を超える魔物が二百年程度で大発生する事は滅多にない。


 亜人タイプの魔物は竜種等よりも繁殖と成長のサイクルが短いので、その限りでは無いのだがこの辺りではゴブリン以外の亜人タイプの魔物は数が少なくダンジョン以外では滅多に増えないようだった。


「それでチェザーレ殿、グールとは未だ遭遇しておらぬのですな?」

「はい。亜人タイプの魔物で遭遇したのはゴブリン程度で、後は一度オーガと遭遇したと報告がある程度です」

「むぅ……」

 アルダからの神託によって遠征軍に参加したゴルダンは、トンネルを抜けてもダンピールの手がかりが無い事に低く唸ったが、きっと奴らはもっと奥に巣食っているのだろうと納得した。


 ダンピールが遠征の目的地であるタロスヘイムを占拠している可能性は十分にあり得る。亜人タイプの魔物は人のいない廃墟をそのまま集落に利用する事が頻繁にあるからだ。ダンピールやグールもその例外ではあるまい。


「では、トンネルを抜けてからですが、先行部隊を出し危険の有無を確認しながら進む事になります。その斥候部隊にはライリー殿、貴方も加わっていただきたい」

「ああ、勿論。ドラゴンなんかの大物が出たら、俺以外じゃきついだろうしな。なあ、爺さん?」

「フンっ。舐めるなよ、若造が」

 その後は行軍の予定ルート、斥候部隊の編制、後から補給物資を運んでくる補給部隊との連絡手段等を確認し、最後に目的地であるタロスヘイムの攻略について話し合われた。


 しかし、これもゴルダンやライリーを中心に魔物を退治しながら進軍し、タロスヘイムに着いたらまず騎士達が部隊を指揮して有象無象の魔物を倒して数を減らす。その後、王城やヴィダ神殿跡等の魔物が潜んでいそうな重要拠点を探索、そして上級の魔物の討伐という流れで最初から決まっている様な物だった。


 遠征軍の殆どの面々にとってタロスヘイムで自分達が行うのは戦争では無く、魔境の浄化作業と失われた国宝の探索であるためだ。ゴルダンにしても、神託が本当だったとしても行われるのは魔物の討伐であるため、「もっと綿密な作戦を」等と訴えはしない。


 そしてそれが済むと、さっさとゴルダンは天幕を退去した。貴族に媚びるつもりが無い彼からしてみれば、軍議に参加する事は苦行の、それも単に苦しいだけで修行にならない類のものなので長々と残るつもりは元からなかった。

 チェザーレも「では、私は兵士や騎士達の様子を確認してまいります」と言って天幕を出て行った。


「それで将軍様、あの二人は何時始末するんだ?」

「困るな、ライリー。老いぼれ坊主は兎も角チェザーレには私が健康上の理由で退いた後、総司令官を引き継いでもらわねばならんのだ。その前に死なれたら、この遠征の責任を取る者が居なくなるじゃないか」

 ゴルダンやチェザーレ、そしてチェザーレ子飼いの部下が天幕から居なくなると、ライリーとマウビットは残った者達と本当の軍議を始めた。


 彼らを含め、この天幕に残っている者達は全員が遠征の真の目的を知っており、そして【悦命の邪神】ヒヒリュシュカカを奉じる吸血鬼と繋がる者達だった。例外はたった三人程。

「やれやれ、冒険者上がりの俺には面倒臭い話だぜ。なあ?」


「そうでもないさ、ライリー殿。これでも我々の世界も複雑でね」

 そうライリーに答えたのは、金髪碧眼で顔に幾筋も傷跡が残っている歴戦の傭兵といった風貌の男だった。

 しかし、次の瞬間には三十代程の女になっていた。まるで傭兵と女が【瞬間移動】で入れ替わったかのようだが、真実は女が傭兵の男に化けていたのだった。


「場合によっては人間社会よりも複雑よ。だから貴方達の事情も理解するわ、存分にやりなさいな」

 姿だけでは無く声すら変わった女は、白い牙を見せて笑った。


 女は原種吸血鬼テーネシアから派遣された貴種吸血鬼であり、今はマウビット将軍が特別に雇い入れた傭兵部隊として遠征軍に参加していた。

「それで、問題のダンピールと吸血鬼の裏切り者の始末、手を貸して頂けるのですな、アイラ殿」

「勿論よ。まあ、裏切り者のエレオノーラは【魅了の魔眼】にさえ注意すれば大した事無いし、セルクレントは死んでいる可能性が高いけど。

 難しいようなら、手を貸してあげるわ。ばれない様に、こっそりとね」


 アイラの役目は、エレオノーラ達裏切り者の始末だった。遠征軍の多くはタロスヘイムに吸血鬼が居る事を知らないので、逃げられる可能性が高いからだ。そのため、血の主の居場所を探知するマジックアイテムを貸与されたアイラ達が、裏切り者をどさくさに紛れて始末するのだ。


 そして他に遠征中に邪魔な吸血鬼ハンターを暗殺する事、そして何より邪神が神託を下してまで抹殺を命じるダンピールの始末を確実に行うための切り札でもあった。

「そのためにテーネシア様は私を遣わしたのだからね。テーネシア様の配下の中でも五指に入るこのヴァンパイアカウントの私を」

 ヴァンパイアカウント。伯爵位を名乗る吸血鬼であり、ランクは10。


 退治しようとすればA級冒険者が必要であり、それも吸血鬼が正面から受けて立った場合だ。これ程上位の貴種吸血鬼は当然のように多くの従属種吸血鬼を従えており、下手なダンジョンより危険な居城に隠れ潜んでいる事が少なくない。

 結果、A級冒険者で組んだパーティーですら返り討ちに合う事がある存在だ。ゴルダンとて、カウントの吸血鬼を倒した事は無い。


 しかもアイラの下にはビルカインやグーバモンから派遣された吸血鬼も含めて三十人の吸血鬼が従っている。最低でもランクは7で、彼女より一段落ちるがランク9の子爵位の吸血鬼も二名いる。

 彼女達だけでこの遠征軍を壊滅状態にする事が可能な、大戦力だ。


「へへっ、その必要はないぜ。あんた等が執心しているダンピールは俺が始末してやるからよ」

 しかしA級冒険者であり英雄の俺が畏れる相手じゃないと、ライリーはアイラ達に対して臆することなく口の端を釣り上げて見せる。手柄は俺のだと、牽制しているのだ。


 それに対してアイラは特に気分を害した様子も無く、微笑で返した。

「期待しているよ、英雄殿」

 彼女にしてみれば使命を果たす事が最優先で、つまらない手柄に拘っても益が無いからだ。ライリーがダンピールを殺してくれるのなら、それで十分だ。


「しかし、大丈夫なのですか? これが遠征である以上、昼間の戦いとなりますが?」

 吸血鬼の弱点である太陽が空にある時間帯だ。当然彼女達も対策をしているし、相手にとっても同じ事だろうが攻め込む側である以上、こちらが不利だ。そう指摘したマウビットに、アイラは笑みを深くする。


「問題無いわ。それにタロスヘイムは山脈に挟まれた都市よ。既にザッカートの遺産である水銀鏡も二百年前に貴方達が破壊してくれたし、すぐに日は陰るわ」




 暖かくなり、春眠暁を覚えずと言った日々が続くタロスヘイムで、ヴァンダルーは目を見開いていた。無言のまま、瞬きもせず虚空を見つめている。

「来た、奴らが来た」

 トンネル付近に設置した監視用ゴーレムやアンデッドの視界には、ミルグ盾国が立てた砦の賑やかな様子が見えていた。


 派遣した使い魔、レムルースに視界を切り替えると砦の壁の内側に、このラムダに来てからは見た事が無い程大量の人間の姿がある。

 その数は数千程か。一万は越えそうにないが、五千はいそうだ。


「吸血鬼はいるの?」

「見ただけでは判別できません。板金鎧を着こんだ騎士も結構いますし」

 吸血鬼は瞳と牙、そして肌から血の気が失せるぐらいで、姿は元になった種族から大きく変わらない。ただ日光に弱い為、皮膚を焼かれない様厚い布や毛皮のマントや帽子、フードを目深に被って外に出ると通常なら目立つ。


 しかし、軍隊のように鎧や兜を被っているのが自然な状態なら目立たない。

「多分、騎士には居ないと思うわ。傭兵か冒険者に紛れ込んでいるはずよ」

「ミルグ盾国はこういう時、出来るだけフリーの冒険者は雇わないって面倒な慣習があるのよ。だから、紛れ込むなら傭兵ね」

 吸血鬼の事情を知るエレオノーラの言葉を、元ミルグ盾国の冒険者だったカチアが補足する。


「それなら、あの一団かな?」

 他の兵とは異なる鎧や盾を持った一団に、ヴァンダルーは目を付けた。全員兜をかぶった重武装の一団だが、列を乱さず行軍している。

 数は三十程。そして勿論、日光に肌を晒していないので顔は分からない。


「まあ、居るらしい事が確実なら、儂は今日中に出た方がよかろうな。西と東、どちらに行くかの?」

「じゃあ、東側で。奴らが来るとしたら、昼過ぎでしょうから」

「うむ、任せておけ」

 ザディリスを送り出し、ヴァンダルー達は動き出した。ダンジョン攻略中の仲間を呼び戻し、準備を整える。


 元々二年前からこうなる事を予想して準備していたので、慌てる事は無い。秘密兵器も切り札も幾つも用意してきた。それを表すように六千の、それも漏れ聞こえてくる話し声から推測すると精鋭揃いの遠征軍が迫って来ると聞いても、ヴァンダルーも含めて誰も悲壮感を抱かなかった。


 遠征軍が倍の数に増えても、彼らの顔色は変わらないだろう。

「最終確認ですが、遠征軍を殺してもその場で食べるのは控えてくださいねー」

『分ってるぜ、キング。代わりにマヨネーズを多めにな!』

「ああ、人肉よりも恐竜の味噌炒めの方が旨いからな!」

『あたしは将棋ってのが欲しい!』


「はいはい、マヨネーズに味噌に将棋に、戦勝祝いは張り切って出しますから、皆は死なない様に頑張って。あの世までは渡しに行かないから」

『アンデッドに死ぬなってか! 分かったぜ、蝕王陛下!』

 町の雰囲気も普段より明るい程だ。パウヴィナの様な非戦闘員の避難場所もしっかり用意してあるので、地球のパニック映画によく在る、逃げ惑う一般人といった光景は一切ない。……タロスヘイムから逃げても行く場所は元から無いし。


 当たり前だが境界山脈に挟まれた大陸南部に、安全地帯はタロスヘイム以外に存在しない。

「常に背水の陣だから、自重しないで備えて戦って当たり前なんですよね」

 境界山脈をまた超えたとしても、グールや巨人種アンデッド達はオルバウム選王国でも魔物扱いで狩られる立場だ。


 だからあの遠征軍を撃退しなければならない。そして、捕虜はほぼ取れない。


 いくら精鋭揃いとはいえ、普通なら自軍が三割ほど減れば撤退を考える。特に遠征軍にとってここは戦争には悪い条件が揃っている。

 周囲に安全地帯が全く無いのは遠征軍も同じ事で、今は数千人が纏まって行軍しているから魔物も警戒して、ゴブリンやニードルウルフのような考え無しの魔物か、防御が薄い所を狙って小規模の群れが襲い掛かって来るくらいで済んでいる。だが数を減らしバラバラになって逃げ出せば、魔物に殆どやられてしまうだろう。


 軍の形を維持したまま撤退するにしても、境界山脈のトンネルまで逃げ帰るのにも数日かかる。


 だからヴァンダルー達が投降を呼びかければ、それがグールやアンデッドだったとしても逃げられないと悟った者が数百、もしかしたら千ぐらいは投降して捕虜になろうとするかもしれない。

「でも、それで捕虜にしても……」

『どうしようも無いでしょうな』

 サムがヴァンダルーの言葉の後半を代わりに言った。


『戦時での捕虜の扱いは、敵方から身代金を受け取って解放するか、奴隷として連れ帰るかですが、アミッド帝国もミルグ盾国も我々と交渉する気は無いでしょうし、奴隷として使う事も難しいですからな』

 普通の戦争なら捕虜の扱いは大体サムが言った通りだが、アミッド帝国とミルグ盾国から見れば、タロスヘイムは国では無く、ヴァンダルーも王では無い。ただの魔物だ。


 交渉など絶対に成立しない。ヴァンダルー達が試みても。帝国も盾国も、ダンピールが王のグールとアンデッドの国など絶対に認めないだろう。


『奴隷の方は数十人なら兎も角、百や二百となると管理しきれません』

 ヌアザが言う通り、そして捕虜を奴隷とする方法も難しい。世の中には奴隷を強制的に従わせる首輪型マジックアイテムが存在するが、タロスヘイムには無いので地球の刑務所のように監視しながら働かせる事になる。


 ゴロツキやチンピラでは無く、厳しい訓練と実戦を経験してきた精鋭兵を。

 投降した時心が折れていたとしても、時間が過ぎれば復讐心やアルダへの信仰心を取り戻すかもしれない。


「そもそも、俺達は数が少ない。二千人も居ないのに数百人も管理できるはずが無い」

 現在のタロスヘイムの総人口は、セメタリービーやイモータルエントを抜くと巨人種アンデッドが約千にグールが子供も含めても約七百、ブラガ達新種が二百。約千九百だ。


 ゴーレムに任せると捕虜に隙を突かれる未来しか見えないし、急造のゾンビにやらせても同じだろう。ランク3の魔物を一人で倒す精鋭兵だ。丸腰でもランク2程度ならどうとでもなるだろうし、何人かで協力すればランク3でも倒せるかもしれない。何せこの世界の格闘術は、武技を使えば岩くらい平気で砕く。

 徒手空拳でもヒグマくらいなら何とかしてしまう連中だ。


 そもそも、捕虜を奴隷にしたとしてその後どうするのかという問題がある。

 死ぬまでこき使うにしても、そもそもタロスヘイムには疲れ知らずのアンデッドやゴーレムが居るので、労働力としても劣る。


 懐柔して味方にするのは、奇跡を起こすよりもずっと難しいだろう。同じ人間同士なら敵国の出身であっても、根気良くやれば懐柔できるかもしれない。

 しかし、ヴァンダルー達は遠征軍にとって人間ですらない。魔物だ。しかも捕虜にとって戦友を殺した仇で、国教のアルダ教では倒すべき存在。


 そして何より、その手のノウハウを持っている者がヴァンダルー達には一人もいない。


『ですが御子が【死属性魅了】スキルを使えば、懐柔も可能では?』

「あのスキルを前提に考えるのは、嬲り殺すのとほぼ同じです」

 例え生きている人間でも、【死属性魅了】の影響を受ける事はカチア達で判明している。


 しかし、そのためには心の底から生きる事に絶望し、死ぬ事に救いを求める精神状態にしなければならない。

 だから捕虜を生かしたまま【死属性魅了】で寝返らせようと思えば、凄惨な拷問で捕虜の心を折って粉々に壊し、死んだ瞳で「殺してくれ」か「死にたい」と呟く事以外出来ない状態にでもしないといけない。

「それぐらいならさっさと殺して、アンデッドにしてから味方にした方が人道的じゃないですか」


『そうですな。情報に関しても、坊ちゃんなら殺してから聞き出した方が早いですし』

「しかし御子よ、何故今更敵兵の処遇で悩んでいるのですか? とっくに皆殺しにすると決めたはずでは?」

「それはそうなんですけどね、いざとなると……あいつ等、きっと面倒な事を言い出すんだろうなって」


『あいつ等?』

「ええ、俺以外の転生者です」


 遠征軍を皆殺し、ミルグ盾国を衰退させる。

 転生者達は恐らくこの所業を悪行だと見るだろう。そう思うとヴァンダルーの気分は憂鬱になるのだった。


「まあ、深く事情を説明すれば解ってくれる……かな? でも解ってくれなかった時の為にも強くならないと」

 結局最後はこの結論か。この世界は強くなる動機が多すぎる。




・名前:アイラ

・ランク:10

・年齢:約三万歳

・二つ名:【テーネシアの猟犬】

・種族:ヴァンパイアカウント(貴種吸血鬼伯爵)

・レベル:79

・ジョブ:惨殺処刑者

・ジョブレベル:88

・ジョブ履歴:見習い戦士、見習い魔術師、魔戦士、処刑戦士、変幻術士



・パッシブスキル

闇視

状態異常耐性:9Lv

怪力:9Lv

高速再生:3Lv

精神汚染:3Lv

殺戮回復:7Lv

直感:5Lv

能力値強化:忠誠:テーネシア:5Lv



・アクティブスキル

吸血:4Lv

水属性魔術:5Lv

火属性魔術:5Lv

無属性魔術:1Lv

魔術制御:5Lv

剣術:10Lv

鎧術:9Lv

限界突破:7Lv

高速飛行:5Lv

追跡:8Lv

拷問:5Lv


・ユニークスキル

変幻:7Lv

ネット小説大賞に参加しました。宜しければ応援お願いします。


12月18日中に61話、19日に62話、20日に63話、21日に64話を投稿する予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 先日質問コメントへの解答ありがとうございました。現在書籍版5巻まで読み進めており、また一つ気になったところがあったので質問です。 >>現在のタロスヘイムの総人口は、セメタリービーやイ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ