五十九話 蝕王は軍務卿に呪われる
タロスヘイムの総戦力は、ヴァンダルーが三歳の誕生日を迎えた当時と今ではかなりの差がある。
ヴァンダルー自身も強くなったが、それ以上に彼の周囲の者達が全体的に強くなったことが大きい。
グールは既にビルデやカチアといった者も含めて、ランク3に留まっている者はタレア達職能班と新しく生まれた世代ぐらいだ。ほぼ全員がランク4のウォーリアーやグラップラー、アーチャーやリトルメイジ等にランクアップしている。
中にはグールバーバリアンやグールヘビーウォーリア、グールグラップラーアデプトのような、ランク5にまで至った者も少なくない。
通常のグールと比べると驚異の成長率だ。
巨人種アンデッドも、二百年間微々たる成長しかしなかった彼等が日夜ダンジョンに通い、殆どの者がランクを1以上上げている。ブラガ達新種の成長も目まぐるしい。
更に第三城壁のストーンゴーレムに、数が倍に増えたセメタリービー。そして機動力の問題から防衛戦力としてしか使えないが、イモータルエントが百本程。
そしてヴァンダルーの親衛隊ともいうべき者達は、言うまでもない。
あたしも負けてはいられないと、彼女は愛用のメイスを手に取った。
「ダメですからね」
「えっ……!?」
「そんな信じられないみたいな顔しても、ダメ」
練習用にとせがまれて作った石製のメイスを手に持ったパウヴィナに、ヴァンダルーは告げた。
「あ、あたしもう子供じゃないもん!」
「いや、まだ二歳でしょう」
「ヴァンだってまだ五歳だし、あたしより小さいもん!」
「……年齢や身体の大きさは問題じゃありません」
二歳になったパウヴィナは、もう身体の大きさならヴァンダルーを完全に越えている。横ではなく縦で。
しかもただ大きいだけでは無く能力値も高く、特に力では一般人では彼女の怪力に太刀打ちできない。本気で腕相撲でもしようものなら、骨を圧し折られるか手を握り潰されかねないのだ。
その辺りの力加減は、ヴァンダルーがその身を張って教育したので問題無く出来るようだが。
「じゃあ、何でダメなの!?」
「スキルです。パウヴィナはまだ覚えてないでしょう?」
腕相撲なら兎も角、戦闘で重要なのは能力値よりもスキルだ。スキルが有るか無いかでは、戦闘力がだいぶ変わってくる。
「あたしも【棍術】覚えたもん!」
「まだ1レベルだからダメです」
「ラピエサージュも1レベルだもん!」
「う゛あ゛?」
ぎょろんと眼球を動かしてパウヴィナを見るラピエサージュは、この前【格闘術】スキルをやっと1レベルで獲得した。
一応人の霊を憑けたし、霊体も漂っているのを適当に千切って追加した。だがどういう訳か彼女は【物理耐性】や【怪力】等のスキルのレベルが上がりやすい代わりに、武術系のスキルが獲得しにくいようだ。
しかし、一応スキルは上昇しているので戦闘力は上昇しているはずだ。まだランクは4だが。それに――
「ラピエサージュは傷ついてもパーツを替えれば良いけど、パウヴィナは替えられないじゃないですか」
そう、ラピエサージュは複数の死体を繋ぎ合わせてヴァンダルーが作った、継ぎ接ぎゾンビだ。手足が欠けて首を落されても、適当な死体から欠損した部位を切り落として代わりに縫い合わせれば元通りに出来る。
「う゛ぅ……」
「あ゛う゛ぅ……」
ヴァンダルーにそう言われると、何故かパウヴィナだけではなくラピエサージュも落ち込んでいた。お前は傷ついても良いのだと言われていると思って、傷ついたのかもしれない。
こうして人は無自覚に他人を傷つけるのかと自分の言動を反省しつつ、この後マヨネーズで機嫌を取ろうと思うヴァンダルーだった。しかし、今はパウヴィナだ。
パウヴィナはヴァンダルーにとって、娘……と呼んでいいかは微妙だが、少なくとも実の妹のような存在だ。その彼女を命がけの戦場に連れて行くのには躊躇われた。だってまだ二歳だし。
「パウヴィナ、スキルが5レベルになるか大人に成ったら戦争でもダンジョンでも連れて行くから。それまでこれで鍛えるんだよ」
そう言いながら、遅れた誕生日プレゼントを手渡す。
今までパウヴィナが使っていた練習用の石製メイスでは無く、鉄製のメイスだ。
「うわぁっ! これ使っていいの!?」
「う゛あ゛ぁっ!」
それを見た瞬間顔を輝かせるパウヴィナ……何故かラピエサージュまで嬉しそうにしている。
「うん、良いよ。プレゼントだから」
「ありがとう! 石のメイスは軽くて使いにくかったの!」
嬉しそうに早速鉄のメイスで素振りを始めるパウヴィナ。その様子を見て、ヴァンダルーも満足気に頷く。
彼はパウヴィナを妹のように思っているが、だからこそ並の兵士の十人や二十人軽く撲殺できるようにするのが務めだと思っていた。
この世界はヴァンダルー達ヴィダの新種族にとって過酷であり、パウヴィナの生まれをアルダ教の関係者に知られれば、ヴィダ側だと思われる可能性が高い。だから、パウヴィナには強さが必要だ。
「ふんっ! ふんっ!」
「う゛っ、う゛っ」
しかし何故ラピエサージュまで嬉しそうに何も握っていない拳を上下に振るのだろうか? そう内心首を傾げていたヴァンダルーは、ふと気が付いた。
ラピエサージュはパウヴィナの真似をして遊んでいるのだと。
「そういえば子供って年上の兄弟姉妹の真似をしたがるっけ」
とりあえず、マヨネーズを頑張って作る必要はないらしい。
「女神への祈り方ですか? 何を言うのです御子よ、貴方は既に十分実践しているではありませんか」
女神ヴィダの信仰の仕方をヌアザに尋ねたら、ヴァンダルーはそんな事を言われた。
もしかして洗礼を受けたり正しい方法で祈ったりすれば、ヴィダから神託の一つも受けられるのではないかと期待して聞いてみたので驚いた。
正直、そんな事をしていた覚えは全く無いのだが。自分で再建したヴィダ神殿にも、ダンジョンに潜る前みんなと一緒に短く、お詣りする以外では足を運んでいない。
「ええっと、詳しく聞かせてください。ヴィダの戒律とか、教義とか」
「【生命と愛の女神】ヴィダの教義は、簡単です。生命を謳歌し、他者を愛す。細かく言えば色々ありますが、それにしても規則という訳ではありません」
命を粗末にしてはならないとか、家族や友人、恋人を大切にしろとか、そういう素朴な教えがヴィダの根幹にはあるらしい。
そこから色々派生して、生命の部分は「食べ物は残さず食べよう」とか「お腹が空いている人にはご飯を分けよう」とか、「食前食後には短くても感謝の言葉を」等が伝わっている。ヴァンダルーが実践しているとヌアザが言ったのはこの部分だ。
この世界では日本語が通じる。だからヴァンダルーは日本人だった習慣のまま「頂きます」と「ご馳走様」の挨拶を意識せずに行って来たし、基本的に何でも食べる。そして新しい調味料や料理を皆に配給という形で分けている。
「あー、確かにしてますね」
しかし、教義が妙に日本的だ。元々そういう傾向があったのだろうが、十万年前にザッカートから聞いてそれを更に取り入れたのかもしれない。
他の「愛」の部分はあまり日本風では無かったが。やはり女神は中々積極的な性質の持ち主だったらしい。
「儀式とかは?」
「特にありません。いや結婚式や離婚の報告、作付けの祈りや収穫祭の祈り、成人の儀式程度ならありますが」
それも複雑なものではないようだ。
何でも、「別に形式なんて何でもいいのよ。大事なのは命と愛の大切さを忘れない事でしょ?」と勇者達に語ったと伝わっているそうだ。
(なんてフランクな神様だ。堅苦しくないのはやり易くて良いけど、信者の人から見るとありがたみが足りないような……?)
普通、宗教とは儀式や形式に拘るものではないだろうか? まあ、ヴィダが無事で地上に居て直接信者に声をかけられる十万年前は問題無かったのだろうが。
因みに、他の神々も大体は同じ程度だったらしい。ただシザリオンの場合は歌や芸術を、ザンタークの場合は剣舞や戦士が狩って来た獲物の首を捧げ、リクレントの場合は一年の研究成果を神像の前で述べる等、神毎に特色があったようだ。
「アルダやかの神を支持する神々は御子が考えているように、複雑でややこしい手順を幾つも踏む儀式を好むようですが」
産まれた赤子に洗礼を施す儀式や、他にも長い礼拝の言葉や巡礼の義務等数多くの決まりがあるらしい。ヴァンダルーが想像していた宗教に近い。
それが元々のアルダの性格によるものか、それともヴィダと同じように十万年前から地上に居られなくなったので、地上の聖職者が信者を繋ぎ止めるために格式ばった儀式を考え出したのかは不明だ。
「でも、それを考えるとヴィダは何で俺には何も無しなのだろう?」
百年近く前にヌアザに神託を下した以上、その時にはヴァンダルーの存在を予見していたはずだ。
なら、今までに一回くらい神託的な物を下してくれてもいいのではないかと思うのだが。例えば『五分で出来る蘇生装置の修理法』とか、別の蘇生装置の場所とか。
「御子よ、女神はアルダとの戦いで深く傷ついているのです。そう頻繁に神託を下す事等できません……っと、私は教わっています」
十万年前の戦いでヴィダは大きく傷つき、ザッカートや吸血鬼の原種たちも深い眠りについているらしい。ヴィダの従属神達も軒並み行動不能になっているのだとか。
信者も少なく、ヴィダの新種族もアルダ側の勢力によって数を減らし続けているようだ。ヌアザもオルバウム選王国から研究のために来た学者の話を耳に挟んだだけだが。
それに神託を受ける側にも才能が必要らしい。才能が無いと、神託の一部しか受け取らなかったり、何も記憶に残らなかったりする。
例えば、「Aという男は邪神と繋がっていて危険だ」という内容の神託を神が下しても、受け取る側が残念だと「A、危険」としか記憶に残らず、Aが危険人物なのか、それともAに危険が迫っていると警告しているのか分からないという事態に陥るらしい。
「まあ、単に神託で俺に教えるような事が無いのかもしれませんけど」
そんな神託で蘇生装置の修理方法や他の蘇生装置の場所を神託で教えても、伝わらないと思っているのかもしれない。
「ですが御子なら何時か女神の加護を賜る事が出来るはずです」
「だと心強いんですけどねー」
すっかり寒くなった真冬の日差しを見上げて、呟いた。
春は、近い。
兵士、騎士、冒険者。個々の平均値や種族や性別の違いを無視して、一対一で戦うとどれが一番強いかというと答えは冒険者だ。
兵士は国の治安を守り、戦時では戦場で、魔物の大暴走では町を守るために命がけで戦うのが仕事だ。
町のケンカ自慢に鎧兜を貸与しただけのエブベジアの警備兵は論外として、一時的な徴兵では無く正式に軍に就職した兵士はまず【見習い兵】に、それから【兵士】へジョブチェンジする。
ジョブの特性はほぼ【見習い戦士】と【戦士】の下位互換だ。勝っているのはレベルの上がり易さと、【連携】や【能力値強化:指揮下】等のスキルの獲得に補正が係る事。しかし、これらのスキルは一人では意味が無いスキルだ。
【兵士】が【戦士】の下位互換なのは、兵士が冒険者と違って頻繁に戦う訳ではないからだ。治安維持といっても毎日犯罪者と殺し合いをするはずがなく、魔物の大暴走が年に何度も起きるようならその時点で色々と終わっている。
戦争だって、建国時から争い続けるアミッド帝国とオルバウム選王国でさえ小競り合いを含めても数年に一度程度だ。
訓練は欠かさず毎日受けるが、冒険者とは実戦の回数が違う。だから下位互換の代わりにレベルが上がりやすいのだ。
騎士の場合は兵士よりも高い戦闘能力が求められるため、ジョブも【兵士】より強力に成る。
まず【騎士見習い】から始まり、次に【準騎士】に。そして騎士叙勲を受けて【正騎士】に。ただ、誰もが【正騎士】になれるわけではない。才能の問題もあるし、幾ら腕が良くても雇用主の貴族に信用されなければ雇われない。
そして騎士もまた治安維持要員であり、場合によっては村などの小領の領主を任される事もある。だから兵士よりデスクワークに割かれる時間が多く、実戦より訓練で怪我をする方が多い。
一般的な正規兵は冒険者ギルドの冒険者ではE級相当、準騎士も似たようなもので、正騎士はD級上位相当であるといわれる。
以上の情報を頭の中で浮かべ終えたトーマス・パルパペックは、笑顔を浮かべていた。この笑みを見た者は好感を覚えずにはいられないだろう柔らかで、印象に残る笑顔を。
(我ながら、上っ面を取り繕うのが上手い物だ)
内心では今すぐ反吐を吐くか、苦虫の群れを噛み潰したように顔を猛烈に顰めたいところなのだが。
まだ明け方と夜は冷え込む時期だが、温かな春の日差しに照らされた軍団を見るトーマスは、自分の細やかな企みが半分成功し、そして半分大失敗した事を認めていた。
ミルグ盾国の王都、ミルグ。そこで行われているのは、遠征軍の出発式だ。
ここでミルグ盾国王からの演説を聞き、総指揮官のアミッド帝国のマウビット将軍が戦果を約束し、副指揮官を務めるレッグストン現軍務卿の次男チェザーレ共々、アルダ神の高司祭から祝福を受け、パレードのように行進して出発だ。
マウビット将軍の得意げな顔も、チェザーレの爽やかな笑顔も、そして特に国王に英雄の再来と紹介されている【緑風槍】のライリーの顔が、何よりも不愉快だ。
(だが、私に今できる事は無い)
居並ぶ騎士と兵士は、アミッド帝国からマウビット将軍が連れてきた近衛兵が数十人。吸血鬼ハンターと名高いゴルダン高司祭率いるアルダの神官戦士団が三十程。そしてミルグ盾国が誇る精鋭が六千。
彼らは兵士の中でも【兵士】から【弓兵】や【騎兵】、【重装兵】等にジョブチェンジしている精鋭で、冒険者ならD級、ランク3相当の魔物なら一人で討伐でき、部隊で戦えばそれ以上の戦闘能力を発揮する。
騎士は全員が最低でも【正騎士】、そしてほとんどが【守護騎士】や【聖騎士】、【上級騎士】にジョブチェンジ済みだ。冒険者ならC級以上で、ランク5の魔物なら一人で討伐できる力がある。
彼らは本来予備兵力で、ミルグ盾国の切り札だった。砦に常備されている兵では対応できないオルバウム選王国からの奇襲奇策、突発的に発生した魔物の大暴走等から国を守る最終戦力。
そこから六千がここに居る。ミルグ盾国の利益に成らない遠征に加わり、ミルグ盾国の利益に成らない戦いに命を賭けるために。
彼等一人の死が大きな損失だ。とてもくだらない過去の汚点と引き換えに出来るものでもないし、ダンピールの首一つと吊り合うものでも無い。
トーマス・パルパペックの謀は、半分は成果を上げた。A級冒険者のライリーが自前のパーティーを率いて参加する他、吸血鬼ハンターのゴルダン高司祭も加わるので兵士の数は予定の三分の二程に抑えられた。
しかし、英雄の参加で張り切った国王が「我が国からも精鋭を出さねば、武の国として沽券にかかわる」と最精鋭を六千も掻き集めてしまった。
「いやー、そうそうたる顔ぶれですな、パルパペック伯爵」
「全くですな、バルチェス子爵」
(ああ、全くだよバルチェス子爵)
口と内心で違う意味合いの同じ言葉を吐きながら、トーマスは冷静さを保ち続ける。
バルチェス子爵に落ち度は無い。自領を豊かに出来るチャンスがあるのに手を伸ばさないのはただの愚物だし、彼は陰謀にも軍事にも明るくない。経済手腕以外は平均的な貴族だ。そもそも、彼は今回の遠征に直接関わる立場にない。精々物資の輸送ぐらいだ。
「しかし、遠征も良いですが兵達には一人でも多く無事に帰って来て欲しいものです」
何よりバカ貴族でないのは助かる。精神的に。
「ええ、彼らは我が国にとって必要な人材ですから」
何といっても最精鋭だ。末端の兵士なら新兵を一年程鍛えれば代わりは務まる。しかし最精鋭だと新兵から鍛えれば何年かかるか分からないし、そもそも鍛えてもそこまでに至らない者の方が多い。
騎士なら尚更だ。
(予備兵力の精鋭はまだ三千ある。魔物の大暴走の予兆は無く、オルバウム選王国もまだ攻勢に出られるほど兵力を取り戻してはいないはず。それに選王国側も境界山脈の向こう側で何が起こっているか知らないはず)
遠征の間は何とかなるだろう。それがトーマスの予想だった。
(後は、例のダンピールが出来るだけ早く討伐される事、そして吸血鬼共がトンネルを崩す前に出来るだけ多くの兵が戻って来る事を祈るだけか)
「しかし、出来れば【迅雷】のシュナイダーも参加してくれれば心強かったのですが」
「ああ、あのS級冒険者ですか」
このミルグ盾国にも何度か訪れた事のある、ライリーのような養殖では無い本物の英雄の事をトーマスは当然知っていた。ランク10を超えるドラゴンを当然のように狩り、貴種吸血鬼を雑魚扱いして、邪神の一柱を倒し、今まで幾つものラミアやスキュラ等の魔物の集落を壊滅させた超人……人外の者。
アミッド帝国でも五本の指に入る強者であり、英雄だ。彼の身を守るために、危険が迫っていると言う神託がアルダから下った事も一度や二度ではないらしい。
「彼も、あの悪癖さえなければ……」
だが、同時に無類の女好きらしい。
「残念ですな。しかし、英雄色を好むと言いますし」
(こんな時に女遊びにうつつを抜かすような輩は神に愛されていようが関係無い、死んでしまえ!)
口では弁護しつつも、内心ではそう罵るトーマスだった。
【並列思考】は同時に別々の事を考えられるようになるスキルだった。恐らく頭を分裂させるのと同じ効果があるのだろう。
使ってみた感想は、脳が二つに増えたように別々の事を考える事が可能に成った。思考Aが数学の問題を脳内で解きながら、思考Bが身体を担当してボクシングの試合をするといった事が可能に成る訳だ。
増やせる思考の数はスキルレベルで上限が決まっておらず、三つでも四つでも増やせるが、増やせば増やす程、複雑な事をやろうとすればするほど破綻する可能性が高くなる。スキルレベルが上がれば、一度により多く、より複雑な事を思考し行動できるようになるのだろう。
因みに、【幽体離脱】して頭部を増やすと、増やした頭部の分も【並列思考】スキルの効果を出す事が出来た。
「相変わらずの高性能じゃな。【詠唱破棄】スキルと合わせれば、一度に複数の魔術を発動できるのではないかの?」
「はい。【同時発動】スキルも使えば、一つの頭で今は六つまで使えます」
本来なら【並列思考】で思考が増えても、口が一つなので一度に使える術は一つまでだ。しかし、【詠唱破棄】スキルがあれば呪文を唱える必要が無いので、複数の魔術を一度に使う事が出来る。
【同時発動】を使えば、更にだ。
ここに【限界突破】を加えれば更に増やせるだろう。
「それで魔力が減ったりはしませんの?」
「特には。疲れますけどね」
多分、ブドウ糖をとても消費しているのではないだろうか? 莫大な魔力を持つヴァンダルーにとっては、栄養補給がスキル使用の代償なのはあまり嬉しくないが、【幽体離脱】後に魂の方だけで使えば問題無い。
そして今ヴァンダルーが何をしているのかというと、ザディリスとタレア相手に将棋を指していた。
「単純に見えて中々奥深いゲームじゃな」
「慣れれば楽しめそうですわね」
リバーシが大体行き渡ったので、次の娯楽としてヴァンダルーは石材で石製将棋盤と将棋駒を作ったのだ。
チェスも考えたが、この世界には日本語が通じるので将棋に適性があった。更に、既存の盤上遊戯は全て将棋よりも圧倒的に複雑で難しい物ばかりなので、すぐに馴染んでもらえそうだった。
そして何より、ヴァンダルー自身がチェスにあまり馴染みが無かった。駒の形と動かし方、簡単なルールぐらいなら覚えているが。
ただオリジンで行われた知能テストでやらされたものなので、地球のチェスとはルールが異なっているかもしれない。……駒に魔術師なんて駒があったし。
パチンパチンと、二つの盤上を把握して右手と左手で別の駒を指すヴァンダルー。ダンジョン攻略後の余暇を過ごしている訳だが、同時に【並列思考】の訓練でもある。
「そういえば作った病毒の方はどうだったのじゃ?」
パチン。
「上手く行きました。皆に協力してもらった結果、生け捕りにした恐竜やゴブリンにしか発病しませんでしたし」
パチンパチン。
「じゃあ、後は幾つか【殺菌】のマジックアイテムを作れば完璧ですわね」
パチパチン
そして駒を進め、動かしがたい結果が見えた。ヴァンダルーは小さく息を吐くと、言った。
「参りました。後、王手の時はそう告げるのがルールです」
「坊や……もうちょっと悔しがっても良いのじゃよ?」
「ザディリス、十連敗の俺には既にプライドは残っていません」
リバーシ同様に、ヴァンダルーは地球で誰かと将棋をやった事が無かった。経験はゲームか、一人遊びぐらいで。
そのため、リバーシ同様にメキメキと上達するザディリスにすぐ勝てなくなり、タレアにも三回までは勝てたが以後は負け続けていた。
「ふふふ、じゃあお願いしますわ」
「まあ、勝負じゃからな」
因みに、負けた方が勝った方をマッサージするルールだ。尚、ヴァンダルーは知らなかったがラムダではこのマッサージと言う技術は一般的では無かった。勿論、ツボの概念も無い。
富裕層や、高級娼館を利用できる者には按摩という名称で知られているが、やはりツボや整体、針や灸の概念は無いそうだ。
なので、ヴァンダルーが公衆浴場に設置したマッサージゴーレムは地味に大発明だったらしい。
「じゃあ、始めますよー」
腕を【霊体化】後触手状に枝分かれさせ、ザディリスとタレアの身体に減り込ませる。そして身体の中からコリを解し、外からは【実体化】スキルを使って揉む。
【魂滅士】にジョブチェンジ後に獲得したこの【実体化】スキルは、何の事は無い、【霊体化】した部分を実体化させる事が出来るスキルだった。
態々霊体化した物を実体化させるだけのスキルと聞くと、意味の無いスキルのように思えるがヴァンダルーはこのスキルは超有用だと直感した。……別に触手プレイが出来ると思ったからではない。
「ヴァン様ぁ、気がそぞろになってますわよ」
「あ、すみません」
一度に三つ以上の事を【並列思考】だけでしようとすると、時々集中が乱れて影響が出るようだ。
「坊や、バスディア達にはあれほど熱心にしているというのに儂らにはおざなりとは……ショックじゃのうぅ」
「ううっ、やはり若い娘の方がお好みなのですわね」
「いや、二人とも若いですからね」
二人とも実年齢は四捨五入すると三百だが、既に【若化】済みで外見年齢とほぼ同じくらいに肉体も若返っている。わざとらしく嘆いて見せる二人をよく見ると、口元がニヤついている。
どうやらからかっているらしい。
「……そういえば、ザディリスは【若化】から三年ぐらい、タレアも一年ぐらい経ちましたっけ」
ぞわわわと腕の数を増やすヴァンダルー。
「ちょっ、そんなに腕を増やして何をするつもりじゃ!?」
「ちょっと二人を若い娘にしてあげようかと」
「け、けっ、結構ですわっ! 疲れもそろそろ取れましたし、マッサージも終わりという事で!」
顔を青ざめさせて慌てるザディリスとタレアを逃がさずに、【若化】開始。
「いえいえ、遠慮しないでください」
「止めっ――あぁぁぁぁぁ~っ!」
「やあああっ! 前よりも多くてぇっ、ひやぁぁぁぁぁっ!」
とりあえず、将棋で負け続けたのが気になっていたので、大人気なくザディリスとタレアが赤ちゃんのようなツルツルスベスベの肌に成るまで【若化】したのだった。
《【並列思考】、【実体化】スキルのレベルが上がりました!》
《【高速思考】スキルを獲得しました!》
・名前:骨人
・ランク:6
・種族:スケルトンバイカウント
・レベル:67
・パッシブスキル
闇視
怪力:4Lv
能力値強化:忠誠:4Lv(UP!)
霊体:3Lv(UP!)
・アクティブスキル
剣術:5Lv(UP!)
盾術:4Lv(UP!)
弓術:4Lv(UP!)
忍び足:2Lv(UP!)
連携:3Lv(UP!)
指揮:1Lv
鎧術:3Lv(NEW!)
騎乗:1Lv(NEW!)
ネット小説大賞に応募しました。宜しければ応援よろしくお願いします。
12月17日に60話、18日に61話 19日に62話、20日に63話、21日に64話を投稿予定です。