五十三話 軍歌はまだ遠いけど、着実に戦力増強を。
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その日もトーマス・パルパペック伯爵は私室で苦い顔をしながら紅茶を飲んでいた。
軍務卿を辞してから約二年、日々の職務は随分減った。領地を持たない法衣伯爵であるため、要職に付いていない時期はこうして紅茶を楽しむ時間的余裕がある。
無いのは精神的な余裕だ。
「吸血鬼共め」
忌々しげに漏らすのは、彼が繋がっている邪神派の吸血鬼達の事だ。
彼らは味方では無い。トーマス個人のでも、ミルグ盾国のでも無く。単に利害が一致する間はお互いに利用し合うだけの関係である事は百も承知だ。
しかし、あからさまに不利益になる事をされて腹が立たない訳は無い。
大体一年ほど前から、アミッド帝国である動きが始まった。
境界山脈遠征だ。それをミルグ盾国に命じようとしている。いや、命じられるのはもう確実だ。
二百年前のタロスヘイム遠征に失敗した汚名を返上する機会を与えようと言うのだ。
大方、アミッド帝国はバルチェス子爵の開拓事業でミルグ盾国が予想以上に国力を増しそうなので、その分を適度に削り取るつもりだろう。
しかし、普通なら幾ら宗主国の発案でもこの遠征は実現しないはずだった。幾ら属国でも、「意味も無く全員死んで来い」と命じられて頷くはずが無い。
だがアミッド帝国の将軍の一人、マウビット将軍が十万年以上前に造られたトンネルを……軍の進軍が可能な程大きなトンネルが存在する証拠と、その位置が書かれた古文書を発表した。
トンネルの発掘はまだだが、整備されれば境界山脈を越えるのは容易に成る。軍なら数日程で向こう側に着く事が出来るだろう。
しかも、トンネルを超えるまでは魔物に襲われる事も無く、安全に。
これで遠征に反対する表向きの理由が無くなってしまった。
しかも頭が痛い事に、現軍務卿のレッグストン伯爵とミルグ盾国王がこの遠征に乗り気だ。
恐らく、境界山脈の間に在る土地を開拓したら領土に加える事を許可する、開拓の補助金も出そう。そんな条件を提示されたのだろう。
「馬鹿が」
自国の国王と同じ伯爵位に在る貴族を、トーマスは馬鹿だと断言した。
何故なら、彼にはこの遠征の裏が想像できたからだ。
二年前、グールの群を引きつれて境界山脈を越えて姿を消したダンピール。
そのダンピールを逃がした事を知って焦っていた、連絡係の吸血鬼。
そして、何故か新しい連絡係がやって来て「前任者は他の任を任された」と言った。
それから一年ほど経って現在、吸血鬼達からは「大人しくしていた方が賢明だ」と指示とも忠告ともつかない言葉だけが届けられただけだ。
つまり、この遠征はあのダンピールを殺すための物で、吸血鬼達はそのためにミルグ盾国軍を利用するつもりなのだ。
そうでなければ十万年以上存在すら不明だったトンネルを、山脈に接するミルグ盾国では無くアミッド帝国の将軍が発見できるはずが無い。あの古文書は、吸血鬼達によって与えられたのだ。
そして吸血鬼達は、遠征の表向きの目的にあのダンピールを絡めるに違いない。ダンピールが隠れ住む地点に希少な魔導金属の鉱床が在るだの、十万年前の戦いで失われたはずのアーティファクトが転がっているだの何だのと名目を謳って。
もしあのダンピールがタロスヘイムの跡地に住みついているのなら、最悪だ。あれはミルグ盾国にとって屈辱的な、忘れられない勝ち戦だ。
莫大な戦費と一万人以上の兵、国民的な英雄とそのパーティー、そしてアーティファクトを犠牲にして勝ったと言うのに、得られたのは細やかな財宝と飯のタネにもならない勝利だけだったのだから。
だから今までミルグ盾国は境界山脈を恐れて来た。あそこは鬼門だ、触れてはならないと。
しかし、その山脈を簡単に越える手段が存在するとはっきりした今、ミルグ盾国の貴族たちの間には再びタロスヘイムに遠征し、亡き英雄の愛槍、氷の神ユペオンのアーティファクトを取り返し屈辱を勝利で拭おうと言う熱気が漂っている。
貴族でこれなのだ、平民にトンネルの事が知れ渡ればより熱狂的な動きに成るだろう。
「ミルグ盾国の伯爵である自分が吸血鬼と繋がっているのだ。当然アミッド帝国にも同じ吸血鬼と繋がっている貴族が居ると思ったが……将軍の職にある者が繋がっているとはな」
それも、失敗すると解っている遠征を指揮する将軍と。
そう、これから始まる遠征は失敗する。吸血鬼達がダンピールを始末するまでは、上手く進むだろう。しかし、その後は確実に頓挫する。
何故なら、吸血鬼達が境界山脈を越えて大陸南部に人間が踏み入る事を黙認する訳がないからだ。彼らが何よりも恐れるのが、大陸南部で眠るヴィダ派の原種吸血鬼達なのだから。
特にアルダ神殿の関係者は『ヴィダを奉じる吸血鬼共を一掃するための聖戦を開始する』と言い出しかねない。あそこの教皇は代々過激なヴィダ排斥を訴えている。教皇に成る前は穏健派でも、教皇に就任した途端過激派に成るのだ。
これまでもそうだったのだから、これからもそうだろう。
だから邪神派の吸血鬼達は遠征を頓挫させるのだ。
恐らく、トンネルを崩落させる等して使えない様にして。
二百年前、オルバウム選王国側のトンネルも崩落し、今も使い物にならないと聞く。それまで吸血鬼達の仕業とは限らないが、奴等なら同じ事が出来るだろう。
「マウビット将軍に用意された見返りは多額の金か、若しくは自ら吸血鬼に成る事か。不老不死を手に入れ、その後は出来が良くないと聞く跡継ぎ息子を傀儡に、表の権力も維持する。そんな所か」
どうせ遠征が失敗しても、その頃には健康上の理由でもでっち上げて将軍職を辞した後だろうから責任を追及される立場では無い。
何ともお気楽な立場だ。ミルグ盾国は勿論アミッド帝国だってこの遠征では損しかないのに、一人勝ち馬に乗れるのだから。
出来る事なら吸血鬼とマウビット将軍の企みを叩き潰したい所だが、トーマスには出来ない事だ。
動き出した途端に、吸血鬼達に最悪始末されかねない。あの「動かない方が賢明だ」と言う言葉は、そう言う意味だ。
もし吸血鬼の裏をかいて動ける独自の戦力や有能な諜報員、工作員が居れば違ったかもしれないが……。
実際、動かなければトーマス個人も、パルパペック伯爵家もほぼ無事で済む。領地が無いから遠征に領民を取られる事は無いし、軍務卿の職にも無いから責任を取らされる事も無い。
ただ、哀れなレッグストン軍務卿が辞職するか吊られるかした後に、激しく国力が減した祖国の立て直しのために、粉骨砕身働く事になるだけで。
「どうにかして、少しでも我が国の損失を抑えなくては。どうすれば……そう言えば、奴がいたな」
新進気鋭の冒険者グループの元メンバーで、期待して囲い込んでみたら性格的な問題が地味に大きくて折角の高い能力を活かせず、何時か周りを撒き込んで自滅しかねない冒険者が。
丁度良い、カードの切時だろう。
トーマスは執務机の上に置かれたベルを鳴らして、吸血鬼との事以外は全て話している己の腹心である家令を呼んだ。
暫くして入って来た、まるで『執事の教本』に書かれている挿絵から抜け出してきたような、本物の執事よりも執事らしい家令は「何かご用でしょうか?」と一礼する。
「退屈でしたら、すぐにでもご予定を用意しますが」
「見合いのセッティングなら結構だ。爺は私を腹上死させるつもりかね?」
「はっはっは、パルパペック伯爵家の当主ともあろうお方が情けない。側室を娶るのは貴族の義務ですぞ」
「もう第三夫人までいるはずだが」
「何の、まだ先代の三分の一ではありませんか。せめて後二人は娶っていただかないと」
「では上品で清楚な七十より上の令嬢を紹介してくれ。親類は少ない程、そして一年以内に死にそうなら尚良い」
「トーマス様、私より年上の女性を好む趣味は程々にして頂きませんと」
「私は次の代に禍根を残したくないだけだ。
爺、見合いの話はこれまでだ。ライリーの事だが、奴をそれとなくレッグストン軍務卿の元に向かうように仕向けられるか?」
主君の言葉に皺と眉と髭に表情が埋もれて感情が読み取り難い家令は、驚いたようなジェスチャーを見せたが眉はピクリとも動かなかった。
「【緑風槍】のライリー殿を。可能でしょうが……宜しいのですか? あの者はお館様が【蒼炎剣】のハインツの代わりに、苦労して囲い込んだB級冒険者の筈。幾らハインツには比べるまでも無く劣っているとしても、レッグストン軍務卿の元に向かわせて。
しかも、紹介状も持たせず自分から向かうように仕向けては軍務卿に恩を着せる事も出来ませんぞ?」
家令から見てもライリーの資質は、はっきりと劣っていたようだ。
実力に……戦闘能力に不満は無い。等級通りの実力を持っているし、才能もある。磨けばA級ぐらいになら届くだろうと思える程度には。
では何が劣っているのかと言うと、戦闘能力以外のほぼ全てだ。冒険者としても、貴族の家臣としても、人としても。
特に拙いのは、その人格だ。最初はただ出世欲が強いだけかと思ったが、実際にはコンプレックスから自己顕示欲が強く、最近では選民思想……自分は選ばれた英雄だと思い込んでいる様な言動がしばしばみられるようにまで成って来た。
過去の英雄に倣って奴隷を買い、それを冒険者に仕込んで悦に入っているのだから救い難い。
後々、大きく転ぶだろう事は確実な優良物件に見える不良物件だ。もう引っかかった後だが、なら処分に出すには良い頃だろう。
「構わない。寧ろ、紹介状を書いては彼が何かしでかした時私の顔が潰れる。レッグストンには、『悲劇の英雄ミハエルの再来』とでも吹き込んでやれ。都合が良い事に彼も槍使いだ、国民の受けも良いだろう。
ああ、冒険者ギルドでA級に昇格させるのを忘れずに」
「畏まりました。彼も英雄に成れて満足でしょう。まず冒険者ギルドのギルドマスターに彼をA級に昇格させるように命じ、その後はお館様の元に居ては手柄を上げられず英雄に成りそこなうとそれとなく囁いておきます」
一礼して家令は部屋から出て行った。彼がこれから行う事は、囁くなんて生易しい事でないのは明らかだが、そう言う事が出来るからこそ、伯爵家の家令が務まっている。
彼が吸血鬼達に既にマークされていなければ、もう少し動きようもあったのだが。
「考えても仕方がないか。これでライリーがレッグストンの下に組み込まれれば、動員する戦力を多少は減らせるだろう」
偉大な英雄が居るから、過剰な戦力は必要無いと言う訳だ。
これでもし百人でも二百人でも参加する兵士を減らせるなら、御の字だ。
「幸いなのは、我が軍では魔物の討伐では無い軍事的な遠征時に、冒険者の参加をほぼ認めない風潮がある事だな。最悪の場合でも、国内の冒険者が減って、魔物の暴走が頻発する事態にはならない」
後は、ライリーがレッグストンに上手く取り入ってくれることを祈るのみだ。間違っても、怒らせてくれるなよと。
ダルシアに蘇生装置はまだ修理できないと報告した次の日、ヴァンダルーは三度目のジョブチェンジを行うために冒険者ギルド跡に向かった。
相変わらず交換所は盛況で、盛況過ぎて魚醤が不足気味らしい。タロスヘイムの漁業はドラン水宴洞に依存している。
漁の方法は漁師が歩いて行って、網を投じ銛で突き釣竿で釣って魚を持ち帰ると言うものだが、そのため船に魚を積んで戻って来るよりも、一度に獲って来られる量が少ない。
それで材料の小魚の供給量が需要に追い付いていないらしい。
ヴァンダルーでも小魚を使わず魚醤を作る事は出来ない。
「水路で小魚を取れば良いのでは? フライングシャークは狩尽くしたから、ドラン水宴洞より簡単に漁が出来るはず」
『あー、そうなんだけど漁師がやりたがらないのよ。刺激が少ないって』
「……戦闘民族」
どうやら、漁の最中に発生する戦闘は漁師達にとってワクワクする出来事らしい。腐肉と骨だけだったのをヴァンダルーが【鮮度回復】で殺されたての状態に戻した巨人種アンデッド受付嬢から、そう説明を受けた。
『鰹節や昆布が無ければ完全に魚醤不足になっていたわ。あたしが思うに、解決策は新しい商品の開発だと思うのよ』
そう、片方しかない瞳を期待にぬめらせる。
確かに、新しい商品を開発すれば需要が分散され魚醤の供給量はそのままでも不足を防ぐ事が出来るかもしれない。
「でも、それを作るのは俺なんですよね。一か月ほど作る量が少なくなっていましたけど」
『頑張って♪ あ、後あたしのもう片方の目の代わりも早めによろしく!』
「はーい」
この調子で本物の冒険者ギルドの受付嬢とも仲良くできるようになればいいのだが。
そんな事を考えながらジョブチェンジ部屋へ。
『【アンデッドテイマー】 【魂滅士】 【毒手使い】 【蟲使い】 【大敵】(NEW!)』
「……【大敵】って何?」
何か増えている。何だろうか、大敵って。「たいてき」と読むのだろうか? サタン的な意味だろうか? サンタでは無く。
多分、この前のドラゴンゴーレム破壊とアイスエイジの魂を砕いた事が関係しているのだろう。【大敵】……恐らく、【神殺し】スキルに補正が係るのだろう。
でも冒険者ギルドに登録するまでは成りたくないジョブだ。
「後にしよう」
今回はアンデッドテイマーを選択した。これでボークスや骨人達をより強化できるだろう。
《【従属強化】スキルを獲得しました!》
・名前:ヴァンダルー
・種族:ダンピール(ダークエルフ)
・年齢:5歳
・二つ名:【グールキング】
・ジョブ:アンデッドテイマー
・レベル:0
・ジョブ履歴:死属性魔術師、ゴーレム錬成士
・能力値
生命力:115
魔力 :224,557,626
力 :80
敏捷 :81
体力 :87
知力 :407
・パッシブスキル
怪力:1Lv
高速治癒:3Lv
死属性魔術:5Lv
状態異常耐性:5Lv
魔術耐性:1Lv
闇視
精神汚染:10Lv
死属性魅了:5Lv
詠唱破棄:3Lv
眷属強化:7Lv
魔力自動回復:3Lv
従属強化:3Lv(NEW!)
・アクティブスキル
吸血:3Lv
限界突破:4Lv
ゴーレム錬成:6Lv
無属性魔術:4Lv
魔術制御:4Lv
霊体:3Lv
大工:4Lv
土木:3Lv
料理:2Lv
錬金術:3Lv
格闘術:2Lv
魂砕き:2Lv
同時発動:2Lv
遠隔操作:2Lv
・ユニークスキル
神殺し:1Lv
・呪い
前世経験値持越し不能
既存ジョブ不能
経験値自力取得不能
ジョブチェンジした瞬間、【従属強化】のスキルを獲得した。これは【眷属強化】の人間側バージョンで、下位互換と言えるスキルだ。
強化できる対象はスキル所有者が従えている従魔や、獣、精霊、家畜、ゴーレムだけで、強化率は同じ程度。主にテイマー系ジョブや錬金術師、精霊使い、牧童等が習得する。
ただこのスキルは従えている存在の数が増えなくてもレベルが上がるので、習得は【眷属強化】より容易い。
「俺の場合は、【眷属強化】と【従属強化】の効果が二重にかかるのか」
手軽に確実で効果的な全体の戦力上昇に、思わずホクホクしてしまうヴァンダルーだった。
因みに、その後【神殺し】スキルの検証のために掘り起こしたユペオンの神像を壊しては直しと、何回か繰り返したが、何も起きなかった。神像では無く、アイスエイジの様な神謹製のアーティファクトや神の眷属その物を相手にしなければスキルの効果は分からないようだ。
何故か神像の周りの土が赤かった気がしたが、変わった事は何も無かった。
ジョブチェンジから数日、ヴァンダルーは再び王城地下の広間に居た。ドラゴンゴーレムの残骸を回収するためだ。
残骸とは言えオリハルコンで、今の【ゴーレム錬成】のレベルなら形を変えたまま固定できる。
ただ、本格的な加工が出来ないのは分っている。
『オリハルコンで武器が打てるなら、儂は今頃アンデッドじゃ無くて神にでもなっとるわい』
ダタラがそう言うように、オリハルコンは鍛冶職人にとって垂涎の素材であると同時に、加工できない素材だった。
マグマの中でも溶けず、どんなヤスリでも削れず、もし打たれて曲がっても、すぐに元に戻ってしまう。
そのため一流の鍛冶職人でも武器や鎧に加工する事が出来ないのだ。
もしそれが可能なら、その鍛冶職人は職神と称えられる事に成るだろうとまで言われている。
「でも板状にして枠に嵌め込んで盾にするとか、適当な塊にしてメイスやハンマーにするとか、投石機の弾にするとか、色々使えますよね」
世界最高クラスの物理防御力と魔術防御力が得られる盾に、どんな結界でも紙のように砕ける鈍器。投石機の弾は冗談としても、役に立つはずだ。
因みに、魂を砕かれただのオリハルコンの槍と化したアイスエイジは槍術に使い手が居なかったため、とりあえずサムに持たせた。馬上槍の代わりには成るだろう。
そのため謁見の間の入り口を通れる大きさにゴーレムの残骸を分けていると、広間の隅で面白い物を発見した。
ゴーレムの残骸を、ミハエルが砕いた翼の破片を退けるとそこには呪いの氷に包まれた死体が……多分五人分ぐらいだろう、並んでいた。
「これは……誰の死体だ?」
氷に包まれたため、ザンディアの手首と同様に腐敗はしていないが、損傷が酷く五体揃っている死体が一つも無い。だが、多分巨人種ではないだろう。勿論吸血鬼でも無いだろうし……。
「あ、そう言えばミハエルには仲間が居たんだっけ」
ボークスの話でもザンディアの残留思念でも姿が見えず、タロスヘイムやミルグ盾国に伝わる話でもミハエルの仲間としか登場せず、名前も人数すら分からないため印象が薄かったが、そう言えば居たのだった。
だとすると、これはアイスエイジが作った墓か。主人の仲間の死体をそのままにする事が出来なかったのか、解けない氷で包み、戦いで空いた穴にゴーレムの細かい残骸で埋めたのだろう。
墓石は無いが、王侯貴族の墓よりも豪華な墓だ。オリハルコンの価値を考えれば、地球のピラミッドに匹敵するに違いない。
ヴァンダルーはオリハルコンをすべて取り除いて、死体を一つ一つ観察した。
一人は巨人種に迫りそうな巨漢の男。横にひしゃげた盾があるので多分盾職だろう。ただ、首から下がミンチ肉に成りかけていてとてもグロテスク。
二人目はドワーフ……かな? 死体は無く、千切れた三つ編みの髪……いや、多分髭と砕けた斧と鎧の欠片らしい金属片しかない。中にはアルダの聖印が描かれている欠片があったから、熱心な信者か神官戦士だったのではないだろうか?
三人目は魔術師の女だ。ローブを着て杖を持っているから間違いない。ただ、人種なのかエルフなのかは不明だ。頭が下あごまでしか残っていないため、耳の形が分からないから。多分、人種だと思うが。
四人目は魔物の皮を使ったレザーアーマーを纏っている、褐色の肌をした女だ。頭は無事だが、全身がバラバラに切り裂かれている。まるで趣味の悪いパズルの様だ。多分、ドラゴンゴーレムの翼でバラバラに切断されたのだろう。
五人目は……おや、良く見ると人間じゃないな。
「これ、オーガじゃないかな?」
それは亜人型の魔物の一種、オーガの死体だった。鎧を着て武器を持っていたから大柄な戦士に見えたが、兜の装飾かと思った額の角は頭から直接生えていた。
因みに、よく混同されるがヴィダの新種族の一つである魔人族とは別の存在だ。オーガは角が一本、魔人族は二本である。
どうやら、このオーガは他の四人の内一人にテイムされた従魔だったらしい。ただ胴体は握り拳大の穴が無数に空いていて、無事なのは頭部と四肢だけだ。
ここにミハエルを加え、五人と一匹のパーティーでドラゴンゴーレムに挑み、ミハエル一人だけ致命傷を負いながらも地上へ逃げ、そして吸血鬼と鉢合わせをして全滅と言う事に成ったのだろう。
名も残っていない、霊に聞こうにも既に輪廻の環を巡っているだろう。そんな英雄達の死体を前にヴァンダルーは祈りもせずに考えた。
「これを使って、どんなアンデッドを作ろうか」
ヴァンダルーには敵の死者を悼む気持ちは、全く無かった。これが巨人種の死体なら遠慮も働いただろうが、ミルグ盾国側の死体なら、彼にとってはただの素材だ。
オークから肉を取り、ドラゴンから骨と皮を剥ぐ。それと同じである。そもそも、その手の忌避感を持ち合わせていたら骨人を作ったりはしない。
「とりあえず、この巨漢の眼球はあの受付嬢さんに上げるとして、他はそのままじゃアンデッドに出来ない程損傷が酷いな。
うーん……バラバラにして繋ぎ合わせるか」
ダルシアの身体を作る練習にもなるだろう。
「でも、とりあえずオリハルコンを運び出してからにしよう」
繋ぎ合わせた後は、入れる霊も吟味しないと。【死属性魅了】があるから大丈夫だろうが、フランケンシュタインの怪物のように、牙を剥かれたら堪らない。
・名前:ヴィガロ
・ランク:7
・種族:グールタイラント
・レベル:7
・ジョブ:斧豪
・ジョブレベル:0
・ジョブ履歴:見習い戦士、戦士、斧士
・年齢:171歳
・パッシブスキル
暗視
怪力:5Lv(UP!)
痛覚耐性:4Lv
麻痺毒分泌(爪):3Lv(UP!)
斧装備時能力値強化:中(NEW!)
・アクティブスキル
斧術:7Lv(UP!)
格闘術:2Lv
指揮:4Lv(UP!)
連携:2Lv
伐採:2Lv(NEW!)
解体:1Lv(NEW!)
・魔物解説 グールタイラント
今まで確認されているグールの中では最上位の種族。巨人種に匹敵する肉体に、四本に増えた腕、獅子の頭部は本物の百獣の王すら戦く程だと伝わっている。
数百匹のグールを束ねる王として君臨し、そのため【眷属強化】スキルをほぼ確実に持っている。
ここ千年の間グールタイラントが確認された事は無く、一部の学者はこの個体は生まれながらの変異種で、グールがランクアップした存在では無いと言う説を唱えている。
・ジョブ解説 斧豪
斧士のレベルを100まで上げ、斧術のレベルが6以上であった場合にのみジョブチェンジ可能なジョブ。
斧を装備している時能力値が上昇する【斧装備時能力値強化】等に代表される、斧に特化したスキルを習得する事が出来る。
このジョブに就いている者は、斧術において一流以上の使い手であると言う証明書を持っているに等しく、その気に成れば貴族のお抱えや、斧術師範代、流派を開き斧術道場を開く事が可能。
冒険者なら大抵は既にB級に達している事が多い。
次話は12月1日投稿の予定です。
 




