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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第三章 蝕王軍行進曲編
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閑話2 十一柱の内、たった一つ残った神

 法命神アルダ。従属神を除けばラムダ世界に唯一残る創世の神であり、邪神や悪神を含めても最も力を持つ神だ。

 その力の源は、アルダを仰ぐ従属神や御使い達、そして何よりも祈りを捧げる信者の数だ。


 魔王との闘い、そして同胞であるはずの女神ヴィダとの戦いを経て深い傷を負ったが、それでもアルダの力は強大だった。

 その姿は分厚い書物を持つ厳格そうな白髪の老人や、右手に断罪の大鎌を左手に松明を持つ厳しい眼差しの若者、若しくは煌めく月の形で表される。そのどれもがアルダの姿であり、象徴だった。


 そのアルダは、ここ数万年思い悩む事が多くなった。理由は勿論、彼が愛するこのラムダの将来に付いてだ。

 正確に言うなら、彼は常に悩んできた。思考し、人々の声を聞き、如何にして世界の光の元で秩序を保ち平和な状態を維持するか、近づけるか、人々にその理想をどう広め、理解を促すか。常に考えている。


 しかし、それがここ数万年は芳しくない。


「今までの方針を改める時が来ていると言う事か。あの輪廻神の言葉に同意しなくてはならないのは、忌々しい事だが……」

「お待ちください」

 一人呟き考えを纏めていたアルダの元に、彼の従属神にして側近である【記録の神】キュラトスが現れた。


 アルダ自身が創世の直後に創りだした御使い(地球で言う天使等)から神に至った存在で、独立した神格では無くあくまでもアルダの側近として彼が携える書物などの形で表される。


「主よ、ロドコルテの言葉に等耳を貸す必要はありません。彼の者の唱える『発展』など、建前でしかありません」

「落ち着け、キュラトスよ。我もロドコルテの言う『発展』に必要性を認めた訳ではない」

 アルダ達は輪廻神ロドコルテからこの世界は他の世界に比べて劣っており、『発展』する必要があると幾度も訴えられていた。


 しかし、それはアルダ達にとって心に響かない、意味不明の難癖に等しい。

 文化芸術の発展と継承、一つの文明が安定して続く事。それはとても素晴らしい事だ。

 だがアルダ達にとってそれは最も優先するべき事では無かった。


 法命神アルダとその従属神、ユペオン等アルダを支持する神々にとって今は戦時下なのだ。魔王を倒し、ヴィダを倒し、しかし未だ邪悪なる神々は暗躍し、魔物とヴィダの新種族が巣食っている。

 まず優先すべきは、邪悪な神々と魔物、そしてヴィダの新種族との戦いだ。それよりも世界の『発展』とやらを優先してどうするのか。


 そしてアルダはロドコルテが求める『発展』の本音に気が付いていた。ロドコルテは、この世界の人口が増える事だけを望んでいるのだ。輪廻の環を巡る魂の数が増えれば増えるだけ、あの神の力は増すのだから。


 だがアルダは逆にこのラムダの世界で人間の人口が増える事をあまり望んでいなかった。

 人々が多くなり過ぎればそれだけ必要な資源が増え、多くの派閥が形成され、国が出来る。そして対立し、秩序を保つのが難しくなる。

 億を超えない今でさえそうなのだから、ラムダの総人口がロドコルテの要求する数十億以上になったらどんな混乱と無秩序が訪れるのか、想像するだけでも恐ろしい。


「そもそも、世界の維持に『発展』等必要ではない。異世界に倣う等、もっての外だ」

 魔術を使わない科学技術には感心はするが、それがラムダに必要な物か?

 電気、自動車、火薬やダイナマイト、飛行機、コンピューター、株取引。それらがもたらす利益は大きく、人々の生活は便利で豊かに成ったのだろう。だが、それらがもたらした不利益に釣り合っているのか?


 事実、それらが存在する世界ではエネルギーのために自然が破壊され、時にはそれが理由で戦争や紛争が起きているではないか。


 自動車は毎年何万人もの事故死者を出し、火薬やダイナマイト、飛行機は戦争に利用されている。コンピューターは新たな犯罪を産み、株取引では人々は実体が存在しない物を巡って右往左往し、時に破滅している。

 何より愚かしいのは、それらが存在する世界では未だにそれらを使う者達を律する完全な秩序が確立しておらず、守られていない事だ。


 ラムダには既に魔術が存在する。そして魔術にも存在する事で不利益が生じ、人間同士で殺し合いをしている。

 この上に何故異世界に在る災いの種を取り込まなければならないのか。


 だからアルダにはロドコルテの言葉は響かない。各世界には各世界の事情があるのだと、答えるのみだ。

 それがアルダを支持する神々の総意でもある。


「では、何を改めると言うのですか? 魔王の輪廻転生システムとヴィダの輪廻転生システム。これらの破壊無くして、世界の平穏はあり得ません」

 彼らが邪悪な神々と魔物、ヴィダの新種族を滅ぼす事でアルダは、ラムダに存在するロドコルテ以外の輪廻転生システムを破壊する事を目標としていた。


 ロドコルテ自身は兎も角、彼が作り出し管理する輪廻転生システムは完璧だ。しかし、残り二つのシステムは問題以前の代物だ。


 魔王式輪廻転生システムは今も魔物をこの世界に産み出し続けている。時には邪悪な神自らが受肉し転生するために利用した事すらある。

 ダンジョンと言う形で人間に一部貢献しているが、それは百害……千害あって一利があるだけの話だ。それにダンジョンに魔物を供給するだけなら、魂は必要無い。魂の無い人形としてダンジョンにだけ作りだし、配置する事も不可能ではない。……時と術の魔神リクレントの復活を待たなければならないが。


 そして女神ヴィダが作り上げたシステムだが、あれはとても不安定な代物だ。本来のシステムを魔王が模倣して作ったシステムの、更に模倣なのだから無理も無い。ヴィダはいずれこの世界全ての輪廻転生をあのシステムで運行しようと考えていたようだが、危険すぎる試みだ。


 ヴィダはシステムを安定させるために魔物との間に新種族を産みだし、システムの補佐をさせると言う理由もあって吸血鬼を産み出したが、そこまでしても不完全なシステムにこの世界の人間の魂を託せる訳が無い。


「今まで幾多の勇気ある者達が御身の理想のために戦ってきました。彼ら、彼女らの為にも……」

 キュラトスは今までの歴史を全て【記録】している。故に、キュラトスは物事を判断する時過去を基準に考える。

 そのキュラトスにアルダは苦笑いを浮かべた。

「何もヴィダの愚行を止めるのを辞めるとは考えていない。やり方を改めるべきかと思考しているのだ」


 そう言うとキュラトスはほっと安堵した。そしてアルダの思考を記録しようとしている。

「では、どのように改めるのですか?」

 今までのアルダのやり方は、方針を示しつつも具体的に実行する方法は人間に任せると言う物だ。

 神々は人を導く者であり、支配者では無い。こればかりはアルダも他の世界同様に正しい事だと考えている。


 そしてこれまでアルダが示した方針は教義に関する物以外では、邪神や悪神そしてヴィダの新種族の討伐、ザッカートの遺産に代表される異世界の知恵に頼る事の禁止だ。

 それを信者の中でも能力が高い者に神託の形で託している。


 しかし受け取った信者達がそれを広める段階で神託が歪んで伝わり、実行する段階で間違っている事も多い。

 その最近の例がアミッド帝国にあるアルダ本神殿だ。邪悪な神とその僕達の討伐よりも、ヴィダの新種族や異世界の知恵や遺産の破壊を優先しすぎている。そして帝国はそれを政治に利用しすぎた。

 そのせいで【悦命の邪神】ヒヒリュシュカカの勢力が暗躍する事を許している。


「これからは具体的に優先すべき事を伝える。今までは人間達に正しい判断を期待していたのだが、過ぎた事を望み過ぎたようだ」

「致し方ありませぬ。私は勿論、主も全知全能には程遠いのですから」

「その通りだ。この神域に在っても、見えぬものは多い。故に人間達が我の神託を彼らに合った方法で実現してくれることを願ったのだが……」


「では、何を優先されるのですか。やはり、ヴィダの新種族の討伐でしょうか? それとも、まずは汚らわしき魔物との混血種に対象を限りますか?」

 ヴィダの新種族は、この十万年で勢力を大きく削られている。独自の国を持つ種族は少なく、あっても数千人規模でしかない。原種吸血鬼の様な例外もあるが、既に勢力として纏まっておらず個別撃破して行けば討伐するのは比較的容易だ。


 だからキュラトスもそれを優先するのではないかと思ったのだろう。

「いいや、キュラトス。まずは邪神や悪神との戦いを優先するよう伝えるつもりだ」

「何と! まだ【悦命の邪神】を筆頭に勢力を保っている者達が多いはずですが。ベルウッド殿も【罪鎖の悪神】と相打ちに成ってから眠りつづけています。宜しいのですか?」


 キュラトスの言う通り、まだ邪神や悪神はヴィダの新種族に比べて勢力を保っている。【悦命の邪神】のように社会の裏で根を張っている場合もあれば、魔境に自らを奉じる魔物を集めた大集落を築いている場合、中には大胆な事に大陸から離れた島や、陸の孤島等に自らを奉じる国を作り上げた場合まで存在する。


「彼奴等との戦いは過酷にして熾烈なものになるだろう。しかし、ヴィダの新種族の討伐を優先すれば、奴等がそれに付けこみ、利用する。【氷神槍】のミハエルの事は記録しているはずだな?」

 【氷神槍】のミハエルは、アルダに注目された近代の英雄だ。アルダの教義と、何よりも勇者ベルウッドの教えを実践してきた。行く行くは最低でも英霊として御使いに、功績次第ではベルウッドの様な英雄神として迎えるつもりだったのだが……。


「それは、確かに。惜しい者を闇に奪われました」

 しかしミハエルの魂は何者かに奪われてしまった。恐らく暗躍していた【悦命の邪神】の手の者か、それとも境界山脈で隔てられた地に巣食う悪神や邪神の手の者か。


「どちらにしても、我とヴィダとの戦いを邪悪な神共が利用し、漁夫の利を得ている。ならば既に弱っているヴィダの新種族より、かの神達の討伐を優先すべきだろう。

 それに、ヴィダの種族の中には既に人間達の中で一定の立場を築いている者が存在する」


 ヴィダの種族の内、巨人種や獣人、ダークエルフと言った者達は人間達の中で既に存在を確立している。平民、奴隷、農奴、鉱山夫、娼婦、冒険者、職人。その殆どは地位が低いが、中には貴族や王族等にも存在する。

 彼らの性質が邪悪では無い為、社会の一員として受け入れている国も少なくない。


「それを頭ごなしに滅ぼせと言っても、我の真意は伝わらないようだ。人間達に輪廻転生システムの事を話す事は出来ないのだからな」

 人間達の中には、善良なヴィダの新種族の隣人を殺せだなんて、何て非道な神だとアルダを非難し、反発する者も多い。


 そう言った人間達に理解を促す事もアルダは自らの信者に期待しているのだが、やはりあまり芳しくない。

「故に、まずは邪悪な神々の勢力に矛先を向ける。その間、我々は人間達を支援しながらヴィダの新種族を滅ぼす方策を練るのだ」

「なるほど。しかし、すぐに人間達が主の御心を理解するでしょうか?」

「そこが問題ではあるな」


 神託を使って意思を伝えると言っても、直接会って話すようにとは行かない。神の意思を人間が理解できるように情報量を落し、更に受け取った人間が自分の言葉にしてそれを翻訳してやっと伝わるものなのだ。

 神の頭脳をスーパーコンピューターとするなら、平均的な人間は精々旧式の携帯ゲーム機でしかない。そのため、神託を伝える時は波長の合いやすい自分の信者の中から、力の強い者を選ぶ必要がある。


 下手な者を選ぶと神託の意味を全く理解せず間違った解釈をし、中には神託を受けた事自体に気が付かない場合まであるからだ。

 だから神託は選ばれた聖女や聖人に、そして短く単純で分かり易い意味の物を下すのが正しい。


 神代の時代のようにアルダ自ら地上に降臨するか、ミハエルの様な英雄の魂を死後神域に招けば別なのだが。


「それに、伝わった所で納得するでしょうか? 我々従属神や御使い達も、今までヴィダの新種族は邪悪であると示し続けてきましたので」

「人間達に輪廻転生システムの事を教える訳にはいかなかった故、新種族の討伐に大義名分を与えるための物だったが……裏目に出たようだな」


 アルダは魔物と交わって生まれた新種族達を邪悪であると確信している。個々には善良な者も存在するかもしれないが、あの吸血鬼に代表される生態では必ず将来に禍根を残す。現状の秩序を大きく破壊する。

 そして吸血鬼は生態が、ラミアやスキュラは姿から人間とは大きく異なるため人間達の多くはアルダの言葉を信じ、討伐の対象としている。


 しかし先程述べた様にヴィダの新種族の中には、受け入れられた者達が存在する。だからアルダを含め、キュラトスや【氷の神】ユペオンはあれらの種族は邪悪であると喧伝してきたのだ。彼らを滅ぼすために。


 輪廻転生システムを破壊するには魔王の様な魂を破壊する能力を使うか、魂が転生する先を零にする……生存する個体をひとつ残らず殺し尽くすしかない。善良だから、社会の一員だからと例外を許す訳にはいかないのだ。


「さて、どうした物か」

 そう考えるアルダだが、彼はこの思考の間も目まぐるしく神としての仕事を熟している。

 自身が司る光属性、そしてヴィダから奪った生命属性の力をラムダ世界に行き渡らせているのだ。


 本来、ラムダには八柱の属性神とマルドゥークやゼーノ達三柱の神々が支えて運行されるのが正しい状態だ。

 しかし、魔王との戦争とヴィダとの戦いの結果、残ったのはアルダ一柱のみ。火属性や風属性等はザンタークやシザリオンの従属神たちの内生き残った神々が分担して運行している。

 ただ生命属性はヴィダとその従属神達が復活しないように神格を剥奪するために、アルダが権限を奪った。


 そのためアルダは本来専門外の生命属性の運行も行わなければならなくなった。従属神達にも補助をさせているが、やはり専門外なので大きな戦力には成らない。

 これはプロサッカーチームに所属する選手達にその練度を保たせながら、相撲取りとして好成績を出し続ける事を要求するような物だ。


 本来は、生命属性を得意とする従属神を増やせば問題は解決するのだが、神に至れるような器の持ち主は早々現れる物ではないし、非凡な者をアルダが独占する訳にもいかない。苦しいのはどの属性でも同じなのだから。


「確実な解決策は、ロドコルテにシステムを操作してもらい従属神に相応しい魂の持ち主を紹介させる事だが……」

 異世界から一時的、数百年でも構わないから神に成ってもらい業務に付いてもらえばアルダ陣営の負担も軽減し、邪悪な神々との戦いに全力で当たる事も出来るのだが。


 キュラトスが首を横に振った。

「あの神の答えは、『システムの恣意的な運用は出来ない』に決まっています」

「っで、あろうな」

 最近静かに成ったとはいえ、ロドコルテが協力的に成った訳ではない。助けを求めるだけ無駄だろう。


「主よ、新たに従属神を探しては如何ですか? 英霊以上でしたら、現在三人程候補が存在します」

 分厚い本を開いたキュラトスがその記録から従属神候補をアルダに見せる。

 あくまでも候補なのは、その物の器がどうなるか生を終えるその瞬間まで分からないからだ。どんなに優秀でも、人を導かない者は神に至れず、人が憧れない者は英霊に成れないからだ。


 名も無き英雄は、悼まれる事はあっても神域には至れない。


 その中で三人の候補と言うのは多い方だ。一人は……名前が消えた。

「……申し訳ありません。どうやら、ヴィダに鞍替えしたようです」

「……そうか。吸血鬼の誘惑に屈したか、魔人に堕ちたかしたのだろう」

 人間を後天的にヴィダの新種族にしてしまうあの生態は、真実世界の害に成る。


「後の二人は、ボーマック・ゴルダンにハインツか」

 二人の事はアルダも知っていた。ゴルダンは熱心な信者で……やや熱心すぎる傾向があるが、第一線で吸血鬼と戦い続ける敬虔な信者だ。力そのものは英雄としては下の方だが、人を魅せ模範となると言う意味では一級だ。

 ただ近々行われる境界山脈への遠征を最後の仕事にし、それ以後は第一線から身を引いて後進の指導に当たるつもりのようだ。


 彼が討ち漏らしを悔いているダンピールを、今回の遠征で討ち果たして晴れ晴れしい気持ちで引退出来る事を願うばかりだ。

 ……この時アルダはそのダンピール、ヴァンダルーが異世界からの転生者である事に気が付いていなかった。アルダにはロドコルテやヴィダの輪廻転生システムから情報を得る能力は無く、そのためゴルダン高司祭が祈りで報告する以上の情報を持っていなかったからだ。


 多少不審に思っても、それはヴィダ式輪廻転生システムの歪みから来たものだと考えれば納得できる。

 まさか過去に召喚した勇者を「すぐに送り帰すか、使い潰せ」と暴言を吐いたロドコルテが、異世界の人間を、自分達がそれを禁止している事を知っていて、しかも事前に断りも無く送り込んでくるとは神でも考えつかない事だったのだ。


 そしてそのままハインツに付いて記載された資料に目を通す。

 ハインツもまたアルダの信者で、十年と経たずA級冒険者に至っている。力は十分だが、まだ英雄となるには功績がいささか足りない。

 加護を与え助力すべきかもしれないが、今の彼は迷っているようだ。


 迷うのは良い。神も人も、迷いがあるからより深く思考する。加護はあくまでも助力、成してきた事の褒賞であるべきだ。信者を縛るものであってはならない。

 彼に関しては暫くの静観が必要だろう。彼の迷いが、正しい答えを導き出す事を期待して。


 ただ前もって準備しておく事も必要だ。

「二人に関しては、ロドコルテに通達を出しておけ」

 神の力を使って創造される御使いでは無く、英雄を死後神の眷属とするためにはロドコルテに前もって届け出をする必要があった。例え信者でも輪廻転生を司るのはアルダでは無くロドコルテなので、強引な真似をすればシステムに不備が起こってしまう。


「仰せのままに」

「後は手の空いた者はここに集まる様にと。他の属性神の従属神達もだ。これからの事を話しておきたい」

「ははっ」

 一礼してキュラトスが消えた。彼の事だ、アルダに任された仕事をすぐに終えてまた現れるだろう。


「人間達の中から、第二のベルウッドが誕生してくれれば良いのだが……」


 アルダは神域の空を見上げ、遥か昔の事に思いを馳せた。

 魔王との戦いに勝つために、勇者達を異世界から召喚しようと言い出した空間と創造の神ズルワーンに、アルダは慎重論を唱えた。魔王と同じく異世界から現れた勇者が、何故この世界のために命がけで戦ってくれるのか、魔王側に寝返るだけでは無いのかと、納得できなかったからだ。


 しかしヴィダは逆に現状を打破するためには、大胆な手段が必要なのだと訴えズルワーンに賛成した。

 そして輪廻転生の神にも救援を期待できないため、ズルワーンとヴィダの意見が支持された。しかしアルダの意見も無視された訳ではない。


 まずズルワーンが異世界に扉を開き、アルダを含めた他の七神がその世界から一人ずつ勇者に相応しい人物を選び、招く事に成った。

 そしてアルダが招いたのは鈴木正平、後の勇者ベルウッド。ヴィダが招いたのが坂戸啓介、後の堕ちた勇者ザッカート。他にも、五人の勇者達がこのラムダに降り立った。


 彼らは優れた救世主だった。意見の対立もあったが、話し合う事でより良き解決策へと導く事が出来た。

 特にベルウッドはアルダにとって理想的な勇者だった。戦闘力は勿論、勇気があり常に最前線で魔物の軍勢と戦い、何よりもアルダの考えを理解してくれた。

 魔王との激戦の結果失われたラムダの歴史や文化、文明を哀しみ、復興の過程で言語を含めた異世界の文明を幾つか取り入れなければならなかったが、ベルウッドはそれすら悔いていた。


「アルダ様、僕はこの世界が好きです。僕が居た世界とは全く違う、この素晴らしい世界が。

 魔王を倒して平和に成ったら、この世界は僕が居た世界よりずっと良い世界に成ります」

 そう語っていたベルウッドと自分が、異世界の知恵を積極的に取り入れるべきだと訴えていたザッカートやヴィダと争うようになったのは必然だったのかもしれない。


『思えば、あれが間違いであったな』

 アルダはそう振り返る。生き残った自らとベルウッドと彼の意見に賛同する二人の勇者、そしてヴィダ。

 だがヴィダはその時既にアルダ達を信用していなかった。ベルウッドが戦いの最中、魔王に勝つためには仕方なかったとはいえ、ザッカート達を見捨てた事を許せなかったのだろう。


 いや、ヴィダはザッカート達が死ぬようにアルダ達が仕向けたのではないか疑っているようだった。

 そして入った罅は深くなり、魔王は倒し千々に裂いて封印したと言うのに、生き残った二柱の神同士で争う事に成ってしまった。


『我はヴィダの言葉を深く考え、賛同できる部分は認め、出来ない部分はその理由を詳しく述べるべきだった』

 元々この世界は複数の神々が存在する状態が正常で、それは神々自身にも言える事だった。特にアルダとヴィダは、極端に価値観が異なる神だった。


 以前ならシザリオンやリクレントやマルドゥーク、ガンパプリオ達が間に入って諌めてくれた。ズルワーンやペリアが意見を纏めてくれた。しかし、彼らは眠り、若しくは滅びてしまった。

『もし我との間に信頼が保たれていれば、ヴィダも独自の輪廻転生システムの創造や新種族を産みだす等と言う暴挙には出なかったかもしれん』


 そう考えるが、同時にただ優先順位を変えるだけでは無く今まで禁止してきたことを認める様な、大きな変更は断じてするべきではないとも考える。

 彼が間違いだったと教義を変更すると言う事は、今まで彼を信じて来た信者達も間違っていたと言う事に成るからだ。


 何より、それで今まで犠牲になってきた者達も浮かばれまい。

 『悪』と断じて葬ってきた者達の為にも、『正しい』事を変える訳には行かないのだ。


「主よ! 一大事です!」

 その時、キュラトスが戻ってきた。ただ、血相を変えて。ここまで狼狽する彼を見たのは、ヴィダとの戦い以来の事だ。


「氷の神ユペオンが分身であるアーティファクトを何者かに滅ぼされたのです!」

「なん、だとっ!?」

 しかし、キュラトスの報告にアルダも深い動揺を露わにした。

 何故なら、それを可能にするのは魔王と同じ魂を砕く力を持っている者だけだからだ。


「魔王が復活したのか、それとも新たなる魔王が出現したのか……どちらにせよ、まずは何者がユペオンの分身を砕いたのか見つけ出さねばなるまい」

 何者であるにせよ、魂を砕く力を持つ者は滅ぼさなければならない。あの戦いを繰り返してはならないのだ。

ラムダは魔王との戦いの結果、


アルダ&勇者ベルウッド陣営の超保守過激派


ヴィダ陣営の改革推進派


この正反対の二つしかなくなり、間を取り持ったり仲裁したり話を纏めたり出来た神々が居なくなったので神同士で争う結果になり、アルダ陣営だけが残ったのが現在です。



次話は11月27日に投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 異世界より魔王が突如として邪神やらなんやらを引き連れて現れた。んでそれに対抗はしたけれどもどうにもならんくて、更なる異世界より勇者の素質を在る人間を召喚した。 もうこの時点でそれまでの秩序と…
[一言] 読み返して見るとこの頃のアルダはまだ神としての威厳と格があったなぁ 「戻ることがないかつての世界の秩序に凝り固まってる」という致命的なとこは変わらずとも、あの時自分もこうしてればと反省するく…
[気になる点] >「主よ、新たに従属神を探しては如何ですか? 英霊以上でしたら、現在三人程候補が存在します」 >分厚い本を開いたキュラトスがその記録から従属神候補をアルダに見せる。 >一人は……名前が…
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