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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
十六章 後日談
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四百十三話 新しい生と死

 ヴァンダルーがアルダの魂を加工しアルダ勢力が瓦解した事で、ヴィダ派の神々はようやく自身の神域に戻る事が出来た。

『……死ぬほどきつい』

『ロドコルテに輪廻転生を委託していた各異世界の神々と交渉していた時よりきつい』

『十万年以上詰みあがっていた仕事の量がエグイ……』

『それもこれもグドゥラニスに負けたズルワーンって奴が悪いんだ……』


『それだと、自業自得って事になるけど……いいの?』

 『生命と愛の女神』ヴィダは、自身の神域を訪ねて来た途端倒れて愚痴をこぼすズルワーンに戸惑いながら声をかけた。


『まあ、自業自得なのは分かってるから』

『でもキツイ。以前と同じように世界の維持管理に携わる事が出来るのは嬉しい、でもキツイ』

『残しておいた従属神達も。任せて置いた仕事はきっちりやってくれていたけど……』

『さて、問題です。我は何度きついと言ったでしょう? 答えは我も知らん』


 ズルワーンだけではなく、神域から離れていた大神達が本来やるべき仕事……『ラムダ』世界の維持管理は、ヴィダとアルダの戦いに加わらなかった神や、アルダ勢力が君臨していた時代に神に加わった新しい従属神達によって行われてきた。


 そうして水、土、空間、時の属性は今まで保たれて……いや、誤魔化してきた。しかし、大神が不在のまま従属神だけで出来る事は限られている。

 企業で例えると、社長不在で代理もいないまま部長達だけで何十年も会社を運営するようなものだ。


 属性によって細かな状況は異なるが、ズルワーンが司る空間属性は最も仕事が溜まっている部類だった。

 元々空間属性の神は少ない。少ないのに魔王軍、その後のヴィダとアルダの戦いの結果、行動可能な神の数を更に減らしてしまった。その後、アルダ勢力が世界に君臨している間にラーバン等新しい神が数柱加わったが、失った数を補えるほどではなかった。


 もちろん、仕事が溜まっていると言っても、それだけでラムダ世界が滅びに瀕するほどではない。危機と評するほどではないが、対処しなければならない仕事が山のようにあるだけだ。

 大雑把に表現すると、判子を押さなければならない書類で神域が満ちているような状態である。


 つまり、ズルワーンは書類を確認して判子を押す仕事に疲れて、ヴィダの神域に愚痴を零しに来たのである。

『ううっ、もうコーラを飲みながらピザを食べる仕事だけして生きていきたい』

『そんな仕事は無いわ。『堕肥の悪神』ムブブジェンゲだって、生命属性の維持管理に加わっているのよ。それとも飽食と肥満の神にでもなるつもり?』


 そう言いながらも、ヴィダは横たわるズルワーンの腹を撫でてやる。彼が愚痴を零す相手にヴィダを選んだのは、彼女にはそれなりに余裕があるからだった。


 十万年以上己の神域から離れていたのはヴィダも同じだが、生命属性の管理は『法命神』と名乗っていたアルダが行っていた。

 そのため、溜まっている仕事は殆どない。


 尚、他の属性の状況は……アルダが健在だった光属性、十万年前に滅びた『風と芸術の神』シザリオンの代理として準大神のナインロードがいる風属性はヴィダの生命属性と同じく仕事が溜まっていない。

 火属性の本来大神である『炎と破壊の戦神』ザンタークは、魔王軍の邪悪な神と融合して変異してしまった。そのため以前の神域には戻れなくなっている。しかし、準大神となったファーマウン・ゴルドが五万年前まで代理をしていたのと、炎属性の神は空間属性の神よりだいぶ多いので状況はかなりマシだ。


 そして大神の『大地と匠の母神』ボティンと主だった神が魔王軍との戦いの最中に封印されてしまった土属性は、空間属性の次に仕事が溜まっている。

 大神の『水と知識の女神』ペリアが最近まで眠っているふりを続けていた水属性も、似たような状態だ。


 そして時属性は言うまでもない。空間属性と同じくらい神が少ないため、リクレントは無心で書類に判を押す(のに相当する)仕事をしているだろう。


 だが、ヴィダも楽をしている訳ではない。

『そう言えば、ヴィダの輪廻転生システムとロドコルテの輪廻転生システムとの合一は上手くいっている?』

『ズルワーン、本当はそれを聞きに来たのね』


 ヴィダは自身が組み立てたヴィダの新種族の輪廻転生を司るシステムと、滅びたロドコルテの人間や魔物以外の全ての動植物の輪廻転生を司るシステムを一つにしようとしていた。

 これは元ロドコルテの御使いである亜乱達も手伝っている。


『っで、具体的にどんな感じ?』

『ウフフ、全く進んでないわ』

 そして、大神であるヴィダの力をもってしても、それは難行だった。


『あ、やっぱり。我も難しそうだなーとは思ってたんだよね』

『そーなの。ただくっつけるだけなら簡単なんだけど、ただくっつけるだけだとダメなのよ。システム的には問題無くても、女神としてのプライドと矜持が地に堕ちるわ』


 二つのシステムをただ一つにするだけならすぐできる。しかし、その結果できるのは、転生先がランダムなままのシステムだ。

 輝かしい英雄や賢者、聖人でも来世は虫や植物かもしれない。逆に、歴史に残るような大罪を犯して何一つ反省することなく死んだ悪党や外道でも、またヴィダの新種族を含めた人間に転生するかもしれない。


 現世での行いが全く考慮されないままになってしまう。


『それに人種やエルフ、ドワーフからヴィダの新種族に変わったり、魔物がヴァンダルーに導かれた時にバグやエラーが出ないようにしたいし』

 吸血鬼やグール、魔人族等のヴィダの新種族への変異は、ヴィダがロドコルテの輪廻転生システムから『ラムダ』世界の人間達を自分の輪廻転生システムへ移管するため施した仕組みだった。


 そのため今は当初の目的は果たされているのだが、当時はロドコルテが消滅する可能性を全く想定していなかったため、ヴィダの新種族への変異を止められるようにしていなかったのだ。

 だから、今も吸血鬼を始めとしたヴィダの新種族達は人種やエルフ、ドワーフを同族に変異させられるままだ。


 また、ヴァンダルーは魔物を導いてヴィダ式輪廻転生システムへ魂を移管させる事が出来る。今までは問題なかったが、ロドコルテのシステムと合一した後に問題が起きるかもしれない。それを事前に防ぐためにも、ヴィダは難しい作業に取り組み続けていた。


『ヴァンダルーも手伝ってくれているけど、大変なのよ』

『えっ、もう手伝ってるの?』

『ええ、今も手伝ってくれてるわよ。ほら』

 ズルワーンはヴィダが手で指した方に視線を向けた。すると、アンモナイトのような生物が何匹もヴィダの神域を漂うように泳いでいるのが見えた。


 よく見ると被っている殻にいくつか目があり、触手を伸ばしてヴィダ式輪廻転生システムで何か作業をしているようだ。

『……うわ、本当に手伝ってる。って、言うかやっぱり手伝えるんだ』

 視線に気が付いたのか、触手を振って挨拶してくるアンモナイトモドキのヴァンダルーの魂の欠片を眺めながら、しみじみと四つの頭で頷くズルワーン。


 神域で輪廻転生を司るシステムを操作できるなんて、ヴァンダルーってやっぱり神なんだなぁと改めて思う。

『死属性の神だもの。輪廻転生に関わる概念を司るからか、作業する事は可能みたい。……あまり得意じゃなさそうだけれど、数でカバーするって』


『なるほど。ところで、この世界にとっての死属性ってどうなったのかな?』

 基本的に、世界に存在する属性は増えない。しかし、グドゥラニスの侵略とヴァンダルーの転生によって、この世界には新たに死属性が増えた。


 そのため、管理しなければならない属性が一つ増えた事になる。そのため、いずれ死属性の神が死属性を管理する事になる。

『それもやっているみたい。『オリジン』で神の一部になったヴァンダルーがいるから、やり方も分かるって』

『やっているって、何処で? ヴァンダルーの神域なんてあったっけ?』


『体内世界の一つでやっているみたいよ』

『うわぁ、神域が体内にあるのか……異例過ぎて何が凄いのかよくわからない』

 なんと、ヴァンダルーの神域は彼の体内に形成されていたのだった。


『しかし、ヴァンダルーも手伝っているのに進まないとは……我々が想定していたより難しいようだね』

『ええ。完成したとしても、ロドコルテのシステムのように時々メンテナンスだけしていればいい全自動じゃなくて、私達が直接動かす手動のシステムになると思うわ。……本来は、そうであるべきなのでしょうね』


 多くの動植物に比べて複雑で長い人生を生きる人間を死後、来世に送るためのシステムだ。生前の行いを評価して転生先を変えるのなら、完全に自立したシステムなんて神でも不可能だ。


『そう考えると、ロドコルテが生前の行いを一切評価せず、転生先を完全にシステム任せに決める方式のシステムを作った理由も予想できる』

『複数の世界の輪廻転生を司っていたから、手動でシステムを動かすにはロドコルテだけでは手が足りないはずだ』

『複数の世界の輪廻転生の神として在り続けるためには、輪廻転生システムの自動化と効率化を突き詰めるしかなかった』

『故に、手間を徹底的に排除した結果、あのシステムが出来上がったのだろう』


『なるほど。そうとも考えられるわね』

『ただの推測だけどね』

 何せロドコルテ本人は消滅しているし、元御使いの三人もロドコルテの心情や過去なんて聞いたことがないため、今となっては知る由もない事だ。


 ズルワーンの推測は合っていて、ロドコルテも輪廻転生の神として在り続けるためにシステムを動かしていたが、いつの間にシステムを動かす事自体が目的になっていたのかもしれない。

 ただ、彼の推測は全くの的外れで、ロドコルテは最初から楽にシステムを動かすために、余計なものを最初からそぎ落として効率化を推し進めたのかもしれない。


 当人が存在しない以上、どっちでも構わないが。


『ところで、仕事が進まないのは単に難しい作業が多いから?』

『それもあるけど、他にも『地獄』と呼ばれる場所を作るのと、死者を裁く裁判官役の勧誘が中々上手く行かないのが問題みたい』


『……地獄?』




 死者の生前の行いを評価して転生先を決めるなら、当然評価する存在が必要になる。

 そして、転生先を変えるなら死後即座に生まれ変わる事は出来ない。ある程度の、待ち時間が発生する。

 そして、ヴァンダルーは死後の世界として地獄が必要であると考えていた。そして、地獄を作るなら天国も無ければならない。


「その振り分けを決める裁判官をあなたにやって欲しいと考えているのです、ジャロディプス」

『正気とは思えない提案だ。以前から正気だとは思っていないが』

 ヴァンダルーの提案を、ジャロディプスは二つの首を傾げながら拒否した。


『我より適任である者はいくらでもいるだろう』

『元侵略者に、この世界に生きとし生ける知的生命体の人生の良し悪しを裁かせる等、狂気の沙汰だ』

 『罪鎖の悪神』ジャロディプスは、罪を司る神だ。そのため、知的生命体が生前犯した罪を暴く事は容易い。しかし、何を『罪』と定義するのかの基準が公平なものであるとは彼自身思っていない。


 盗みは罪か? 罪ならば、どこまでが罪か? 誰かの懐や家から物を盗むのは罪だ。しかし、鳥の巣から卵を奪うのは盗みではないのか? 鳥が家畜なら所有者の権利だと認められるが、野生の鳥の場合はどうだ?

 人でない存在から奪うのは盗みではないとするなら、何をもって人とする? ジョブに就ける事か? 高い知能を持つ事か? それとも姿かたちが人型である事か?


 では、ジョブに就けない者や、怪我や病気で障害を負って著しく知能が欠けた状態である人間や、姿形が人型でない知的生命体は、人間と定義されないのか?

 そうした判断基準が、異世界からこの世界にやってきた悪神であるジャロディプスは一般的な人間とはかけ離れている。そして、それを彼は自覚している。


『我は野鳥から卵を採集しただけの者を罪人とは呼びたくない』

『我は、人間ではないからと人と同様に心を持つ存在を虐げた者の罪が問われない事に、耐えられそうもない』


「だからこそあなたに頼みたいと、俺とヴィダは考えています」

 そして、ヴァンダルーはそこまで考えるジャロディプスだからこそ裁判官に相応しい神材だと考えていた。

「俺だと基準が偏りますし、判決も苛烈になるか逆に甘すぎるかのどちらかになるでしょう」

『『そうだろうな』』


 そして、ヴァンダルーは自分が裁判官に向いていない自覚がある。数年前にハートナー公爵領の奴隷鉱山で犯罪奴隷を選別するなどしたが、彼は自分が気に入った方に肩入れしてしまう。

 相手が過去に人を何人殺していようが、気に入れば気にしない。気にならなくなってしまう性分だ。


「自分で言った事ですが、そんなハッキリと言わなくても……」

『貴殿の性格の問題ではなく、死者に対して著しい効果を発揮する魅了……導きが問題だ』

『貴殿を前にすれば、どんな死者でも貴殿に夢中になる。改心するだけならともかく、狂ってしまうかもしれん』

『例えば、少しでも貴殿の近くに居られるなら、自ら進んで地獄に落ちようとしたらどうなる?』

「それは困りますね」


 生前の功罪を判断するための仕組み……必要なマジックアイテム等はこれから作るのだが、そうした物があったとしても死者が自らの罪を進んで告白するか否かなども判決を下す材料になる。

 それが不正確になるのは歓迎できない。


 やはり、自分が裁判官役に就任するのは無いなと思った。


『本来なら、こうした役目は法を司る神が適任だと思うが……あれだからな』

『仕方がない。適任の神が新たに生まれるまで、微力を尽くそう』

 二つの頭でそれぞれため息を吐くと、ジャロディプスは裁判官になる事に同意した。


 おそらく、法を司る神の筆頭であるはずのアルダの体たらくを思い出し、「適任ではないから拒否する」のではなく、「適任でなくても、協力できることはやろう」と考え直したのだろう。


『しかし、やるのなら裁判の仕組みから考えねばならない。ヴァンダルー、貴殿はどんな体制の裁判を想定している?』

「そう言えば、『ラムダ』の裁判は俺が知っている物とは違いましたね」


 『ラムダ』世界での刑事裁判は、基本的に為政者、もしくは為政者が定めた代理人が裁判官を務め、検察の役割は罪人を取り調べた衛兵や法律に詳しい文官が行う場合が多い。そして、弁護士は存在せず、多くの場合一審制である。


 そして実は制度的には、神聖国になるまえのアミッド帝国の方が『地球』の法治国家に近い司法制度を採用している。

 裁判は二審制……都市裁判所と高等裁判所で判決が争われ、体制側から独立しているアルダ大神殿の司祭の一人が選ばれ罪人の弁護を行う。


 ……もちろん、当時のアミッド帝国で公平な裁判を受けられるのは帝国が人間と定義する人種、エルフ、ドワーフの三種族のみ。また、弁護人はついてもそれによって無罪が証明されるという事も滅多になかった。それどころか、罪人が犯した罪と担当する司祭の性格によっては、「せめてもの慈悲に、犯罪奴隷にするのではなく斬首刑に処していただきたい」と、減刑を希望しない場合もあったそうだ。


 アルダ神殿の司祭は弁護士と違い依頼人に雇われている訳ではない。それどころか、アルダの教えと自身の心情に沿って行動するので、容疑者の利益を優先するとは限らないのだ。


「一度の裁判で決めるのではなく何回かに分けて審議して判決を下す制度を考えています。また、死者を弁護する役割も設置しようと思います。

 判決まで時間はかかる事になりますが、急ぐことは無いでしょう」


 もちろん、裁判官をジャロディプスだけがするわけでは無い、ジャロディプスの御使いや分霊に仕事を割り振る事で、毎日出る大量の死者の裁きに対応するのだ。

 今後加わる神も同様に。


『一先ずそれでいいだろう。神も間違いを犯す以上、一度の判断で判決を下すのは危険だ』

『侵略者だった我然り、アルダ然り、グドゥラニス然り。全知全能の存在がいれば楽だったのだがな』

「そんな神様がいたら、俺達は存在しませんよ」


 全知全能の神が存在したら、そもそも魔王グドゥラニスと配下だった邪悪な神々は敗北し、どうにかされている。劣勢となり勇者を異世界から召喚する事も無かっただろうから、ザッカートもベルウッドもこの世界に召喚される事は無かった。


 今があるのは、神も間違いを犯す存在だからなのだ。




 その頃ヴァンダルーの【体内世界】では、無数の使い魔王やデーモン、アンデッド達が死後の世界を作るべく働いていた。


「師匠、あまり刑罰を細かく分けるのはお勧めできないな。師匠の【体内世界】は神話のあの世程広くは無いのだからね」

「俺も同意見です。俺の【体内世界】は円形のドーム状。灼熱と極寒の地に分かれている訳でもありませんし、地下に向かって八層に分かれている訳ではありません」


 ヴァンダルーが地獄と聞いて思い浮かべるのは、『地球』の仏教やキリスト教の地獄だった。とはいってもあまり詳しくないし、それらをそのまま【体内世界】で再現するのは無理がある。

 参考にするために『地球の神』に聞きに行ったら、想定していた以上に刑罰の種類が多かった。全てを再現していたら、とても面積が足りない。


「もっとも、そっくりそのまま真似するつもりはありませんでしたが。『ラムダ』の神話に合わせて調整する予定でしたが……それも難しそうですね」

「あの世については、神や宗派ごとにバラバラに伝えられているからね」


 『ラムダ』世界では、いわゆるあの世についてヴィダ達神々は詳しい事は語っていない。何せ、ロドコルテに外注していたのだから。

 説明する時も、『死後はあらゆる生命が平等に扱われる』と言うように嘘はついていないが、端的な事実だけを語っている神が多かった。


 しかし、ヴィダとアルダの戦いの後、神々が地上に長く存在し続けられなくなると、各神殿は人々の死後について様々な神話や伝説を創作し、人々に広めた。

 『ラムダ』世界であっても、死は人々にとって重大なテーマだ。神が直接教えを説く事が不可能になった時代に、人々の不安を取り除き、人生を生きる上で必要な指針を示すのは神殿の重要な役割だ。語らないわけにはいかない。


 アルダ勢力の神々はそれを神域から見ていたが、敢えて間違いを指摘しなかった。あの世に関する創作は、善悪の指針として有用だったからだ。

 それに、間違いを正そうとして神託を乱発するのは好ましくなかった。いずれ復活するかもしれないヴィダ派の神々や、魔王軍残党の邪悪な神々との戦いに備えなけばならないのに力を消費するし、神託は受け取る信者達の素質によって伝わり方が左右される。


 『Aは間違っている。本当はB』だと神託で伝えたとしても、受け取る者によっては『Aは――本当――』としか伝わらず、「そうか、やはりAという話は本当だったんだな!」と解釈されてしまう事が実際に珍しくなかった。

 アンデッド化した後もヴィダの神託を正確に受け取ったヌアザや、アルダの神託を何度受け取っても内容を間違わなかったエイリークのように、神託を受け取る素質に優れた者はそうそういないのだ。


 ただ、ヴィダの新種族が種族ごとに守護神を奉って国を興した境界山脈内部の国や魔大陸、ガルトランドなどは王となった者は神と直接話す事が出来る機会があるため、死後の世界を含めた神話が創作される事はなかった。


「その創作されたあの世ってのは、どんなもんなんだ?」

 ヴァンダルーがどんな地獄をどうやって作るのか興味があった『元魔人王』のゴドウィンが尋ねる。彼は千年以上生きているが、その時間の殆どを境界山脈内部で過ごしてきたので人間社会の神殿がどんな教えを広めていたのか知らないのだ。


 ……近年オルバウム選王国と交流が始まったので、知る機会はあったのだが、その時は興味がなかったので知ろうとしなかったのだ。


「今は滅びたアミッド帝国では、生前に罪を裁かれなかった、裁かれても償い切れなかった罪人は死後にアルダの法廷で裁かれ、監獄で罪を償うまで刑罰を受ける事になる。というのが一般的だ。私も幼い頃、そう教わったよ。

 ……真実を知った後で思い返すと、創作だとしてもツッコミどころが多すぎるな」


「まあ、神殿関係者が信者に説くのが目的ですからね。信者に、『だから悪い事はしてはいけない』と教えるのに都合がよくできています。

 色々言いたくなりますが」


「確かにそうだが、酒を飲まずに愚痴を零しても暗くなるばかりだ。オルバウムの、特にアルダ神殿以外ではどうなんだ?」

「オルバウムの方は俺も詳しくないのですが――」


 悪人は死後、ナインロード神殿の場合は神々の絵筆や楽器に変えられ、悪の心が美しく浄化されまるで芸術を生み出す道具となる。

 ファーマウンの司祭は、性根が叩きなおされるまで修練場で厳しく鍛えられる。

 ボティン神殿では神々の金床の上に並べられ、悪の心が抜けきるまで何度でも炎で焼かれた後槌で叩かれ鍛造される。


 ペリア神殿では、何故罪を犯したのか全てを自ら明らかにするまで、水の無い荒野をさ迷い続ける。

 そしてリクレント神殿では、神々の研究の実験台にされ、ズルワーン神殿では神々の玩具や素材にされる。


「……リクレント神殿とズルワーン神殿でだけ悪人の末路が、他と毛色が違うな」

「リクレントとズルワーンの教義は特殊だからね」

 ルチリアーノが言うように、リクレントとズルワーンの教義は善悪の基準を教えるというより、研究者や芸術家、発明家としての道を説くものだ。


 もしかしたら、アルダ神殿が死後の世界について神話を創作してしばらく経った頃、信者に我々の死後はどうなるのかについて問い合わされたリクレント神殿やズルワーン神殿の司祭が、適当に捻りだしたのかもしれない。


「しかし、そのまま再現するのはたしかに無理だな」

 まさか罪人とされた魂を実験台や玩具にしてもらう為に、いちいち神に来てもらうわけにはいかない。

「そもそも、魂を傷つけずに魂をいたぶる方法を研究するのが先ではないかね?」

「それもそうですね。地獄で行うのは刑罰であって処刑じゃありませんから」


 魂を砕き、喰らう事が出来るヴァンダルーだが、悪人の魂をそうする事は出来ない。ロドコルテが輪廻転生システムの管理者だった時ならともかく、今の管理者であるヴィダにダメージを与える訳にはいかない。


 また、魂を砕くに至らなくても傷つけすぎるのもいけない。魂が傷つくと、人は人格や記憶を失っていく。悪人の人格や記憶を尊ぶつもりは無いが、地獄に落として早々に廃人にして自分が何故罰を受けているのかも分からない状態にしてしまうと、地獄の存在意義が薄れる。


「しかし、死人は魂と霊体だけの状態だ。魂を傷つけずに罰……苦痛を与えるのは難しいのだよね?」

 魂は霊体に包まれた状態で存在している。なら、傷つけるのは霊体だけにすればいいのではないかと思うかもしれないが、繰り返し傷つけると徐々に霊体は綻び、魂にまで影響が出てしまう。


「精神的な苦痛を与える刑罰中心に考えるのは……それこそジャロディプスの神威のような力を使わないと難しいですし」

 そして、精神的な苦痛……生前の自分が行った所業を思い出させるとか、自分を責める被害者の幻を見せるとか、特定の個人にやるのならともかく、大勢の悪人に刑罰として科すのは難しい。


 罪悪感に苛まれている悪人にならともかく、被害者に罵倒されても何も感じないような者も世の中には存在する。肉体的な苦痛を与えるよりも、かなり難しい。


 では、生きている囚人のように懲役を科すのはどうかというと、それも微妙だ。死者は老いないし、疲労も感じない。また、食事も睡眠も必要としない。

 長く過酷な労働を劣悪な環境で過ごすのは不愉快だろうが、生きている頃に受けるのと比べるとさほど苦痛には感じないかもしれない。


「なら、悪人を専用の肉体に込めてから罰を与えればいいんじゃないか?」

 その時、ゴドウィンがそんな事を言いだした。

「ほれ、ゴーレムやアンデッドを作るのは得意技だろう? それで、悪人そっくりの仮の肉体を作って、痛みを感じるゴーレムなりアンデッドなりにすれば、魂を傷つけずに罰を与えられるんじゃないか?」


 肉体が無い死者の魂を傷つけないよう罰を与えるのが難しいなら、肉体を与えて罰すればいいじゃないか。ゴドウィンの何気ない思い付きは、ヴァンダルーにとって衝撃的なアイディアだった。

「目から鱗だけではなく眼球が落ちたような気分です」

「おい、それは大丈夫なのか?」

「まずは、俺が錬神術で仮初の肉体を作って適当な極悪人の霊で試してみましょう。材料は……【体内世界】の土や石、そして俺の血や【魔王の欠片】を使って、【体内世界】から脱走できない仕組みも作って」


 こうして『ラムダ』世界の地獄作りは進んでいく。


毎度更新に時間が空いて申し訳ありません。この話から後日談になります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「ジャロウディプス検察官」と「元転生者の裁判官3人」がバランス良さそうだけどね。
[気になる点] 閻魔大王がいるなら、お地蔵さまも必要なのでは? 嗚呼、使い魔王が居るから別に良いのか [一言] 法の番人「ジャロディプス」、閻魔大王に内定す!
[一言] キツイキツイ言ってるし心底疲れてそうだけどどこか楽しそうだなぁズルワーン……w まぁ今までは落ち着いて悪戯もできなかっただろうし、 そもそも世界がある程度整っていてこそ「かき回す」余地が生ま…
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