五十話 対英雄に七割以上削られた壊れかけドラゴンゴーレム戦
六度目のボークス亜竜草原攻略で【死属性魔術師】がレベル100に達したので、ヴァンダルーは一年以上ぶりに冒険者ギルド跡のジョブチェンジ部屋に向かった。
「これで魚醤をくれ。味噌もだ」
「俺は鰹節と昆布だ」
『蜂蜜は在るか? ワサビも欲しい』
『ドングリ粉をくれえっ!』
「ギーガ鳥の卵は売り切れか。なら、せめてエビと交換してくれっ アンモナイトでも良い!」
現在、冒険者ギルドはヴァンダルーが作った調味料や昆布を含めた食品の配給&交換所に成っている。
ここで配給を受け取り、それ以上に欲しい物があれば魔境から持ち帰った素材と交換するのだ。
品薄の商品を補充するためにボードに依頼が張り出されるため、まるで冒険者ギルドの運営が再開されたように見えるだろう。
「本物の冒険者ギルドも、こんな風にグールやアンデッドで一杯だったら出入りしやすいだろうな」
そんなヴァンダルーの妄想は置いておくとして、調味料は兎も角ドングリ粉等は交換に来なくても自力で作れるだろうに。
なのに何故交換に頼るのかと聞いてみたら、こんな答えが返ってきた。
『オイオイ、ただで味噌や魚醤、昆布や寒天の配給が貰える上に、もっと欲しけりゃ魔物の素材や魔石、材料の団栗やらを拾って来れば交換して貰えるんだぜ。なのに何で時間をかけて自力で作らなきゃならねぇんだよ』
「ドングリ粉って、ドングリを荒く砕いて、水に三日晒して、乾燥させて、粉にすんだろ? それより魔物と殺し合いしてきた方が楽だぞ」
どうも巨人種アンデッドやグール達の労働の価値観は、地球人類とはかけ離れているらしい。
「まあ豚を一から育てて食肉にするよりも、魔境でオークを一匹狩ってきた方が明らかに楽だから気持ちは分かるけど」
そんなヴァンダルーも随分狩猟民族に染まってきたようだ。
因みに、最近は作る物が増えて来たのでドングリ粉と胡桃ソース等は専用の製造施設を建造した。
乾燥させる【枯死】や果肉を腐敗させる【腐敗】等を込めたマジックアイテムを【錬金術】スキルで製造し、粗砕きや灰汁抜き、粉引き等を行う専用ゴーレムを並べたドングリ粉製造ゴーレムレーンや、胡桃ソース製造ゴーレムレーンだ。
石臼型等のゴーレムが連なる様子は、地球の製造工場を思わせる。
燃料は魔力だけなのでとても経済的で自然にも優しい。その上いざという時は変形して戦ってくれる。
メンテナンスフリーで自然に優しい素晴らしい工場だ。
「海苔と寒天も工業化かな。もう少し人の手も必要にした方が、将来の雇用を……でも皆狩猟民族だから気にしなくて良いか? でも後数十年もすれば戦えない歳に成ったブラックゴブリンやアヌビス達が出て来るだろうし」
実に悩ましい。
まあ、社会制度に関しては後で考えよう。
「それでジョブチェンジだけど、今度は【ゴーレム錬成士】だったな」
【既存ジョブ不能】の呪いで未発見のジョブにしか就けないヴァンダルーだが、以前のジョブチェンジでは【死属性魔術師】と同時に【ゴーレム錬成士】がジョブチェンジ可能なジョブとして表示されていた。
だから今回は確実にジョブチェンジする事が出来るはずだ。
落ち着いて、冷静にジョブチェンジ部屋の水晶に触れた。
《選択可能ジョブ 【ゴーレム錬成士】 【アンデッドテイマー】(NEW!) 【魂滅士】(NEW!) 【毒手使い】(NEW!) 【蟲使い】(NEW!)》
「凄く増えた……」
脳内に表示された五つのジョブに、ヴァンダルーは驚きを通り越して呆れた。ロドコルテがかけた三つの呪いの内、この呪いが最も意味が無いようだ。
まあ、将来的には障害になるのだろうが。
【アンデッドテイマー】は、以前表示されなかったのは、エレオノーラからアンデッドは普通テイムできないと知り、自覚したからだろう。
自覚の有無で表示されないと言うのも変な話だが、そんな物なのだろう。
読んで字の如くアンデッドに関するスキルに補正がかかるだろうが、テイマー系のジョブは本人の能力値の伸びが少ない事が多いらしい。
【魂滅士】は、明らかにセルクレントの魂を砕いたのと【魂砕き】スキルを獲得したから現れたジョブだ。
【魂砕き】は全ての攻撃手段にスキル効果を乗せられるので、多分魔術系と武術系のスキル両方に幅広くスキル補正が得られるのではないだろうか?
能力値補正は、分からない。多分力と知力が上がりそうだが。
【毒手使い】は……何だろう? 多分、【格闘術】スキルが一定以上のレベルを超えた死属性魔術の使い手で、一定数の敵を毒殺している者に表示されるジョブだろうか。
スキルと能力値は、【格闘術】や力、敏捷、体力に補正がかかりそうだが……握手を拒否されそうなジョブだな。
握手を求めたら拒否されたり、した直後に手をハンカチで拭われたりしたら、心が砕けそうだ。
【蟲使い】はセメタリービーをテイムしたから表示されるようになったに違いない。スキルや能力値の補正は、アンデッドテイマーを蟲系の魔物に変えた物と同じだろう。
蜂蜜の産出量が増えるのなら、良いジョブだ。カブトムシやクワガタムシの魔物をテイムして、地球では成れなかったムシの王様を名乗るのも面白いかもしれない。
「でも、今回は【ゴーレム錬成士】だ」
何故なら、戦う相手がドラゴンゴーレムだからだ。
どんな鉱物で出来ているか伝わっておらず、氷越しでは【鑑定】も使えないため材質不明のあのゴーレムに対して、【ゴーレム錬成】のスキルが役立つ可能性がある。
直接操るのは不可能だが、戦うのは王城地下にある巨大だが閉ざされた空間だ。床もあれば壁もあり、何より天井がある。しかもあのゴーレムは翼が破損している。万が一にも自由自在に飛ぶなんて事は出来ないだろう。
床や壁をゴーレムにして操れば、ドラゴンゴーレムの自由を奪う事が、最悪でも動きを鈍らせる事が出来るはず。
以前セルクレント達を殺した時も、【ゴーレム錬成】が役立った。石臼ゴーレムから発展したドングリ粉や胡桃ソース製造ゴーレムの開発、タロスヘイムの城壁や王城の修理等、ドラゴンゴーレム戦以降もこのスキルはこれからの人生を生き延び、豊かにするのに役立つはずだ。
《【ゴーレム錬成士】を選択しました!》
《【眷属強化】、【ゴーレム錬成】のレベルが上がりました!》
・名前:ヴァンダルー
・種族:ダンピール(ダークエルフ)
・年齢:4歳
・二つ名:【グールキング】
・ジョブ:ゴーレム錬成士
・レベル:0
・ジョブ履歴:死属性魔術師
・能力値
生命力:90
魔力 :204,506,933
力 :67
敏捷 :46
体力 :71
知力 :238
・パッシブスキル
怪力:1Lv
高速治癒:3Lv
死属性魔術:5Lv
状態異常耐性:5Lv
魔術耐性:1Lv
闇視
精神汚染:10Lv
死属性魅了:5Lv
詠唱破棄:3Lv
眷属強化:7Lv(UP!)
魔力自動回復:3Lv
・アクティブスキル
吸血:3Lv
限界突破:4Lv
ゴーレム錬成:5Lv(UP!)
無属性魔術:4Lv
魔術制御:4Lv
霊体:2Lv
大工:4Lv
土木:3Lv
料理:2Lv
錬金術:3Lv
格闘術:2Lv
魂砕き:1Lv
同時発動:1Lv
遠隔操作:1Lv
・呪い
前世経験値持越し不能
既存ジョブ不能
経験値自力取得不能
ステータスを確認したところ、【死属性魔術師】にジョブチェンジした時ほど能力値は伸びなかった。
まあ、初めてのジョブチェンジと二回目の差だろうか。
「さて、じゃあ早速王城の地下に……行く前にレベルの上がった【ゴーレム錬成】スキルを試して、後【眷属強化】も上がったから、皆の具合も聞いてからにしよう」
検証の結果、【ゴーレム錬成】で以前より少ない魔力でゴーレムを作れるようになっていた。今なら境界山脈を越えるための道を、以前の倍のペースで作れるだろう。
将来的には道を作るとかトンネルを掘るとかでは無く、邪魔な山を動かして道を作る事が出来るようになるかもしれない。……万が一マグマが出てきたら大変だから、簡単にはやらないが。この世界の地質がどうなっているのか、まだ分からないし。
後、ゴーレムが強くなっていた。どうやら、ゴーレムにも【眷属強化】の効果が出る様になったらしい。ドラゴンゴーレムの相手には成らないだろうが、将来役に立つだろう。
『本当に無茶しちゃダメよ、危ないと思ったらすぐに逃げるのよ』
「そのつもりだよ、母さん」
『坊ちゃん、御武運を。ですがいざとなったら逃げるのも勇気ですぞ』
「いざと成ったら壁に穴を空けてでも逃げて来るよ、サム」
ダルシア達の見送りを受けて、ヴァンダルーは厳選したメンバーと王城地下に向かった。
相手はS級昇格が確実視され、生前のボークスを一撃で殺した英雄ミハエルが勝てなかったドラゴンゴーレムだ。
頭部と右腕、翼と尻尾が破壊され体中に罅が入っていて、その上胸に魔槍が突き刺さったままだが、それでも今ヴァンダルー達が挑むには強敵だ。
そのためランク6以上か、身体が全損してもすぐに別の身体を用意すれば復活できる者か、最初から損傷する事を前提にした捨石に参加者を厳選した。
まずランク9のボークス、ランク8のエレオノーラは当然。次にランク6のザディリスとヴィガロ。
そして骨人、骨狼、骨猿、骨熊、骨鳥、サリア、リタ。彼らはまだランク5だが、その体は骨と鎧だ。木端微塵に壊されても代わりの骨、代わりの鎧を用意すればすぐ復活する事が出来る。
そして、肉壁成らぬ石壁にするために連れて行くストーンゴーレムが十体。ドラゴンゴーレムが居る広間の材質が脆かった場合や、魔術的な処置が施されていてゴーレムにし難くなっている場合に備えての予備だ。彼らは身体を張ってゴーレムの脚を止め、盾になるのが役目である。
元はブゴガンの集落に居たオークやゴブリンの霊なので、遠慮無く使い潰すつもりである。
「ただ、ドラゴンゴーレムの材質次第では霊体を傷つける恐れがあるので十分に注意してください」
呪いの氷で出来た壁越しなので、未だにドラゴンゴーレムが何で出来ているのか分からない。まさかただの鉄と言う事は無いだろうが。
「対魔術防御力が高いミスリルなら、俺やザディリスの魔術は効き難いでしょうね。霊体も傷つけるし。ボークス達の物理攻撃頼みになる」
『アダマンタイトなら、霊体を傷つける心配は無いから安心だけどな。ただもしそうなら俺の剣じゃ斬れねえ。逆に、坊主達の魔術が主力になるな』
ボークスはヴァンダルーから受け取った、ブゴガンの魔剣の柄を指で叩いて言う。ただ切れ味と硬度が強化されているだけの魔剣だが、その分攻撃力はかなりの物でボークスが振るえばアースドラゴンの鱗も易々と切り裂く。その魔剣では斬れないと聞き、ヴィガロは息を飲んだ。
「そんなに硬いのか?」
『おおよ、下級の竜種の鱗や骨なんざ比べ物に成らない程硬い魔導金属だ。鉄なんざ、アダマンタイトに比べればスライムも同然だぜ』
「でも、もしそうならヴァンダルー様達の魔術が通用するわ。あの槍を抜いて使うと言う手もあるし」
「後は、罅を狙うしかあるまい。まあ、動きが鈍ければ坊やがゴーレムを床に埋めてしまえば良い」
「まだ手はありますよ。転がっているドラゴンゴーレムの破片を使うとか。同じ材料で出来ているなら、最低でも盾にはなる筈」
そんな事を言いながら、ヴァンダルー達は地下の道を歩く。相変わらず所々に氷の欠片が落ちていて、このタロスヘイムで二百年間一人もアンデッドが居ない唯一の場所なのに、最も不気味だ。
ただ、進む障害に成っていた氷の壁は全てヴァンダルーが溶かした後だ。障害は何も無い。
そしてドラゴンゴーレムが居る広間の前に着いた。分厚い氷越しに、黒い金属の竜の姿が見える。
「……前よりは死の危険が低くなっているけど……まだあるな」
『どうします? 延期しますか?』
「いえ、このまま決行します。ほぼS級の実力を持っていた冒険者を退けたゴーレムだ、壊れかけでも危険も無く倒せる訳が無い」
あの女神謹製のゴーレムを安全に倒すには、それこそヴァンダルーがS級冒険者以上の力を手に入れるか、ボークス達を全員S級並の強さにするかしなくてはならないだろう。
魔力が多いだけの無力な赤ん坊から四年と半ば以上過ぎでここまで強くなったが、そこまでとなると後何年、何十年かかるか分からない。
ダルシアには無茶はしないと言ったが、そこまで待てるほど気は長くない。
(今年の誕生日は、身体の在る母さんと祝いたい)
そう思いながら、ヴァンダルーはゴーレム以外の参加メンバーに付与魔術をかけていく。それにザディリスとエレオノーラも続いた。
全員にヴァンダルーの【エネルギー奪取】で対物理対魔術防御を上昇。
武器にはザディリスの【風の刃付与】で攻撃力を上昇。更に【風の祝福】で敏捷を強化。念のための【矢避け】で飛び道具や攻撃魔術などから回避し易くしておく。メンバーにアンデッドが多く、光属性の付与魔術が使えないのがやや悔やまれる。
そしてエレオノーラの時間属性魔術、【加速】で更に素早く動けるようにする。
最後にヴァンダルーがザディリスとエレオノーラに魔力を最大値に戻るまで譲渡して準備完了。
メンバーの装備はボークスの魔剣やヴィガロの斧以外は、今まで倒した魔物や攻略したダンジョンの宝物庫から手に入れた素材やアイテムで強化している。
中にはアースドラゴンやロックドラゴンの素材を使用した物や、魔導金属の中では価値が低い方とは言え黒鋼製のアイテムも多い。
『グルルル』
特に贅沢な使い方をしたのは骨狼達骨の身体を持つアンデッドだろう。全身の主な骨を、同じ形に加工したドラゴンの物に入れ替えてある。
既にオーガでも彼らの骨を折る事は出来ない。
「じゃあ、行きます」
手をかざして、氷の壁から魔力を抜き取って行く。既に解除した他の壁よりも分厚いが、違いはそれだけで徐々に氷が溶け始めた。
それを感知したドラゴンゴーレムが、のしりと鈍重な動作で動く。横に。
一歩、二歩、三歩。下がるでも前に出るでもなく、真横に進み、丁度落され転がっている自分の頭部の前で立ち止まった。
(まさか拾ってくっつけ――拙い!)
「全員左右に別れて退避!」
瞬間的に鳴り響いた警報に逆らわず、ヴァンダルーは術を中断して逃げた。全員がそれに習って左右に別れる。
そこに黒光りするドラゴンの頭部が突っ込んできた。
何と、あのドラゴンゴーレムは転がっていた自分の頭部を蹴って、飛び道具にしたのだ!
『随分思い切りと頭の良いゴーレムだぜ!』
脆いガラスのように魔氷を砕き、肉壁用のストーンゴーレムを全て砕き、そのままかっ飛んでいくドラゴンの頭部をやり過ごしたボークスが吐き捨てる。
「しかもあれは神の鉄、オリハルコン! ヴァンダルー様しか溶かせないはずの呪いの氷を砕いたのがその証拠よ!」
動揺が滲んだエレオノーラの声で、ドラゴンゴーレムが何で出来ているのかが判明した。
オリハルコン。ミスリル、アダマンタイト、ダマスカス、黒鋼、全ての魔導金属の上位互換であり、神しか扱えないと謳われる世界で最も貴重な伝説の金属。
それがこの全長三十メートル程のドラゴンゴーレムの全身に使われているのだ。
「武器や防具なら分かるけど、恐竜以上に大きいゴーレムに使うなんて飛んだ女神ね!」
『うわ、あれ全部持って帰ったら国が買えますよ』
「じゃあ、持って来てください」
『えっ?』
「リタ、サリア、骨人、皆はゴーレムの欠片を集めてください」
そう指示を出しながら、ヴァンダルー本人はボークスやエレオノーラに続いて広間に駆け込む。
『ギギギギギギギッ!』
金属の軋みか咆哮か判別に迷う音を立てながら、ドラゴンゴーレムは鈍重に、しかし力強く荒れ狂っていた。
『ウオオオ! 【竜殺し】!』
ボークスが己の誇る最高の武技を叩き込むが、それを受けたドラゴンゴーレムの罅だらけの腕は派手な衝突音を響かせただけで、新たな傷は刻まれない。
『クソカテェ! ごはあ゛!』
悪態をついたボークスが腕に跳ね飛ばされ、まるで毬のように吹っ飛んでいく。付与魔術も、脆いガラスのように砕け散って役に立たない。
「アダマンタイトより硬いオリハルコンに通じる訳無いでしょ」
それに呆れながら、エレオノーラは空を飛んでドラゴンゴーレムの隙を伺った。彼女の狙いは勿論、ゴーレムの胸に今も突き刺さっている魔槍だ。
あれを引き抜いて武器として利用する、それが出来なくても柄を叩いてより深くゴーレムに突き立てればダメージを与えられるはずだ。
ヴァンダルー以外の者が作ったゴーレムには、急所が存在する。原動力である魔力が込められた核が、頭部か胴体にあり、それは例え女神謹製のゴーレムでも例外では無いはず。
既にゴーレムに頭部は無いので、あの胴体に核があるはずだ。それを砕ければあのゴーレムは停止する。狙うならそれだ。
状況は……ボークスは壁に打ち付けられる前にヴァンダルーの【停撃の結界】で止められている。ヴィガロはボークスの剣が通じなかった時点で攻撃を諦め、ドラゴンゴーレムの気を引いて囮に徹する事にしたようだ。
ザディリスは風や光の術で攻撃を仕掛けているが、ミスリル以上の対魔防御力を持つオリハルコンの塊に彼女の術は通じない。
最も活躍しているのは、骨狼達だろう。
『ウオオオオンッ!』
ロトンビーストからランクアップ出来なかった彼らは、ヴァンダルーの魔力を浴びる事でランク5のヘルズビースト、地獄鳥にランクアップし、全身の骨が鮮血の様な紅に変化した。
その紅い身体で、砕けたドラゴンゴーレムの欠片を顎に咥え、腕で持ち上げ、爪に引っかけて集めている。ドラゴンゴーレムが頭部のように飛び道具として使わないように、そしてそれを利用するためにだ。
『坊ちゃんっ、ゴーレムに出来そうですか!?』
「……魔力が弾かれる、ゴーレムにするのは無理」
だが、直接利用するのは難しいようだ。
「ヴァンダルー様、ゴーレムの動きを止めて!」
なら自分の出番だと、エレオノーラが叫んだ。それに応えて、ヴァンダルーが【ゴーレム錬成】で床をゴーレムに変える。
『ウオオオオン』
石造りの床から無数の腕が伸び、ドラゴンゴーレムの脚に組みつく。
『ギギギ』
しかし、それらはドラゴンゴーレムが動くだけで小枝のように折れ砕ける。動きは鈍重だが、力の強さは異常なほど高い。
しかしやはり頭部を失ったせいで判断能力に欠けているのか、それとも余程うっとうしいのか足元の床製ゴーレムを破壊する事に集中し始めた。
「今っ!」
エレオノーラは【超加速】で自身の周囲の時間を加速して、ドラゴンゴーレムの懐に飛び込む。
勢いそのままに魔槍を掴み、そのまま押し――ドズ!
「ガ!?」
エレオノーラが掴んだ魔槍から、呪いの氷で出来た氷柱が発生して彼女の胸元に突き刺さったのだ。
アーティファクトには所有者以外が触れると撃退する機能を備えている場合が多いと、知ってはいた。
「馬鹿なっ、二百年以上経っているのにっ」
しかし、所有者の死後二百年以上が経っているのにまだ反応するとは思わなかった。
氷柱はエレオノーラの心臓を見事なほど貫いていた。もう助からない。だがヴァンダルーなら彼女の死後アンデッド化して役立ててくれるだろう。ならまだ生きている内に世界で最も恐ろしい主人のため、この魔槍をゴーレムの内部に少しでも押し込もう。
そのために背中に【魔力弾】を生じさせ、自分ごと魔槍に放つ。魔槍の本体がオリハルコンだろうと、何も寄せ付けない呪いの氷に覆われていようと、これなら押し込む事ぐらいは出来る。
だが、最後の力で振り絞った【魔力弾】が掻き消えた。
『ヌオリャアアアア! 【竜殺し】ィィィィ!』
「【断鉄】! 【円鞭斧】!」
そしてとても剣や斧とは言えない不格好な金属塊を構えたボークスとヴィガロが、ドラゴンゴーレムにそれを叩き込む。
『ギギ!』
ドラゴンゴーレムの身体が軋み、罅が広がって行く。
その事に驚きながらも、エレオノーラの意識が遠くなり……なったまま氷柱が砕けて投げ出され、気が付いたらヴァンダルーに見下ろされていた。
「すみません。危険は感じたんですけど、止めるのが間に合いませんでした。でも命と引き換えにってノリは勘弁してください」
「かっ……もう゛じ……わ……ごぼっ」
血を吐きながら役に立てなかった事を詫びるが、「楽にはならないので、黙っていた方が良いですよ」と言い放たれた。
そして、エレオノーラの見ている前でヴァンダルーの鉤爪が伸びる。
「体が小さいので、あげられるのはこれだけです」
ぽたぽたとエレオノーラの顔に、ヴァンダルーの血が滴った。濃厚な魔力の香りに、エレオノーラは反射的に口を開いて血の滴を受け入れる。
すると見る見るうちに心臓の再生が始まった。ここまで破壊されたら再生しないはずなのだが。
「死を遠ざけましたから。俺の魔力がある間は、致命傷は致命傷じゃありません。痛いでしょうが、頑張って治してください」
「もう……治ったわ。あなたの血のお蔭でね」
まさか心臓を貫かれたのに、その直後に全快するとは。唇に残ったヴァンダルーの血を舌で舐め取れば、それだけで全身に力が溢れて来る。
素の口調でと言う命令が無ければ、エレオノーラは今すぐに彼を我が主よと称え、足に口づけをして感謝と忠誠を表していただろう。
しかし今は働きで忠誠を表すべき時だ。
「私にも剣を」
「えーと、ちょっと待ってくださいね」
しかし、ヴァンダルーは彼女にすぐ剣を作る事は出来なかった。
何せ今、三つの魔術を同時進行中なのだから。
骨熊達が拾い集めたオリハルコンの欠片に、何とか柄だけ着けて辛うじて斧術や剣術が使える形状の塊に形を整え、ヴィガロやボークスに渡した粗製オリハルコン武器。それが形状記憶合金のように元のただの破片に戻ろうとするので、それをそれぞれ【ゴーレム錬成】で止めるのに二つ。
ドラゴンゴーレムの足元の床をゴーレム化して動きを邪魔するために一つ。
エレオノーラの武器を作ると、四つ目になる。
特にオリハルコンの形状を維持するのに魔力がかなり喰われている。
「坊や、手が焼けそうに熱いのじゃが」
ザディリスが頭に治癒魔術をかけ続けてくれているので、これでもマシなのだが。
「もうちょっと我慢してください」
「いや、自分の身を心配せんか」
「大丈夫、まだ【限界突破】は有効ですから」
「坊や……もしかして限界の先は無限とか思っとりゃせんじゃろうな?」
「剣はもう良いわ! 大人しくここで見てるからっ!」
最近笑顔で怒るザディリスと、慌てて前言を撤回するエレオノーラ。彼女達の意思に沿って、ヴァンダルーも大人しくする事にした。
それに、もう見ているだけでも良さそうだ。
バギンゴガンギヂィと、ボークスとヴィガロが粗製武器を振るう度にドラゴンゴーレムの罅が大きく深くなって行く。
ドラゴンゴーレムの反撃は、作り直したストーンゴーレム達が身を挺して囮を務め、砕け落ちたオリハルコンの破片は飛び道具に利用されないよう、骨猿達が拾い集めてその都度捨てている。
ミハエルに半ば以上破壊され攻撃手段を減らされ、動きが硬く鈍重になったドラゴンゴーレムは、ダメージを与える手段さえ見つければ敵ではない。
今も警戒すべきは、エレオノーラの心臓を貫いた魔槍の自衛機能だけだ。それも、うっかり触らない様にすれば良いだけなので、実質的に脅威ではない。
大きな音を立てて、ドラゴンゴーレムの右脚が砕けた。残っていた片腕も、半ばで落ちた。
そして、先に落ちた破片を追うように胴体も崩れる様に倒れた。
勝った。
全員がそれを確信した。損害はストーンゴーレムだけ。ボークスやヴィガロ、骨狼達が勝鬨を上げる。
ヴァンダルーも、それを疑わなかった。ドラゴンゴーレムのずっと後ろの壁にある扉に、視線を向ける。それまで探す余裕も無かったが、あの扉の奥に蘇生装置があるのだろう。
これでダルシアを生き返す事が出来る。
しかしその確信が全て、恐怖に置き換わった。
「に――」
彼の叫びを遮って、ドラゴンゴーレムから無数の氷柱が爆発的に伸びた。
次話は11月17日、11月18日に閑話、11月19日に一章&二章キャラクター紹介を投稿する予定です。