四百八話 神域に轟く絶叫と復活の罪鎖の悪神
『罪鎖の悪神』ジャロディプスにとって、彼の第一印象は奇妙奇天烈だった。
短い時間でもはっきりわかった。気配はグドゥラニスに近いのに、言動が全く異なる。自分の感覚がおかしくなったのかと思ったほどだ。
(なるほど。だから、アルダはあの人間をここへ寄越してベルウッドを目覚めさせたのか)
しかし、同時にひどく腑に落ちた。
アルダの神域に造られたこの暗い部屋に閉じ込められたジャロディプスは、外の情報を知る手段がない。
その名はベルウッドと相打ちになった悪神として神話に残り、畏怖はされていても彼を奉じる教団は途絶え、その教義を知る者は存在しない。そのため、ジャロディプスは神でありながら信者を見る事で外の様子を知る事は出来ない。
体中を杭だらけにされたまま五万年以上の時を過ごすしかなかった。
だからハインツ達『五色の刃』がここに現れた時、内心では驚きを覚えていた。アルダが人間を神域に入れてまでベルウッドを起こそうとする、何が起きたのかと。
アルダのただの失態か魔王軍の残党に裏をかかれたのかはともかく、何らかの原因でグドゥラニスの魂と肉体の封印が解けて復活してしまったのか。
はたまた、異世界から別の魔王が侵略にやって来たのか。
それとも、封印から復活したのはヴィダの方か。
もしくは、目覚めた他の大神がヴィダと同様にアルダと対決姿勢をとったのか。
少し考えるだけで、いくらでも推測する事が出来た。そして、少し考えただけではどの推測が正しいのか確信できなかったので、ハインツごと目覚めたベルウッドに攻撃を仕掛け……今度は完全に封印され意識が途切れた。
そして、ジャロディプスの感覚ではつい先ほど不意に封印が緩んで目が覚めた。訳が分からなかった。アルダの目の届かないところで何万年も放置されていれば、【法の杭】が緩む可能性もあったかもしれない。しかし、ここはそのアルダの神域だ。時間の経過で杭が緩むなんてことは起こりえない。
考えられるとしたら、アルダ自身の身に何か起きた……それこそ封印されるか、消滅したかだ。しかし、だとしたら彼の神域の一部であるはずのここが無事であるわけがない。
とりあえず、封印の隙間から出せる程度のか細い鎖を出して様子を見ていたら、ズルワーン達大神とヴァンダルーが現れたのだ。
(あの時の推測は、どれも正しかった訳か)
ヴィダが封印から復活し、他の大神も目覚めてアルダではなく彼女の側に付いた。そして、グドゥラニスの魂と肉体の欠片の封印が解けた。後者の方は、グドゥラニスとして復活したのではなく、何かに吸収されてしまったようだが。
グドゥラニスが吸収された事は信じ難いが、それよりも驚くべきなのはグドゥラニスを吸収した何かが、大神達と共にいる事だ。
『初めまして。俺はヴァンダルーと申します』
『……『罪鎖の悪神』……ジャロディプスだ』
こうしてグドゥラニスを吸収したらしい存在、ヴァンダルーと言葉を交わすだけでもジャロディプスにとっては驚愕に値した。
「初めまして」と名乗った以上、ジャロディプスとは初めて会うのだろう。つまり、魔王軍に所属していない、人間出身の存在という事だが……寄生されれば例外無く正気を失う【魔王の欠片】を吸収しておいて、何故正気を保てているのか。
もしや、このヴァンダルーとは神をも超越した強靭な精神力の持ち主なのか? とも思うが、それとは何か雰囲気が違う気がする。
『ここには話し合いのために来たのですが、そのままの状態で話せますか?』
『……声を出すのも苦しい。感覚も制限されている』
『法の杭』が緩んで僅かな隙間が出来たおかげで、ジャロディプスはこうして目覚めている。しかし、『法の杭』が緩んで目覚めたせいで苦痛を感じるようにもなっていた。
五万年以上体中杭だらけにされていたので、痛みにもある程度慣れたが……今はハインツ達と遭遇した時よりも刺さっている杭の数が増えている。
しかし、『法の杭』を抜くにしてもアルダ自身でもない限り時間がかかるだろう。
『では、何本か抜きますね。痛かったら言ってくださいね』
しかし、ヴァンダルーはそう言うと、杭の一本を五本の触手……指で掴むと、引き抜いて握り砕いた。遠くから、微かに悲鳴のような叫び声が聞こえた気がする。
『ヴァンダルー……痛いと言っているようだが?』
『そうですか』
叫び声の主は神威を砕かれたアルダだろうと分かっているヴァンダルーだったが、あっさり無視した。
『まあ、仕方ないか。ここまでする必要もないだろうに、これほど杭を打ったあいつが悪い』
『効果に関係ない、完全に私怨だろうしな。しかし、『法の杭』が効いているという事は……アルダは気が付かないほど頭に血が上っていたのか、それとも分かっていて目をそらし続けたのか……』
『私が刺された数の何倍も刺さっているものね。凄いわ』
『……ヴィダよ、光栄だとでも言うべきだろうか? ああ、『話し合い』にはもう支障はない。もう結構だ。感謝する』
ジャロディプスは、ヴァンダルーがあっさり『法の杭』を砕いた事に驚き、やはりアルダは健在のようだが自由とは程遠い立場に置かれているようだと推測した。
『そうですか? では、まず話し合いの趣旨ですが……とりあえず、外で何が起きたのかを話してから、あなたの事を尋ねますね。それで、この世界で新たな神としてやっていくか否かを考えてもらいたいのです』
それからヴァンダルー達はジャロディプスに彼がアルダの神域に囚われた後の大まかなラムダ世界の歴史や、ヴァンダルーが転生してから現在に至るまでの出来事などを伝えた。
ジャロディプスはヴァンダルーが異世界から転生してきた人間である事に驚きつつも、彼が魔王グドゥラニスを吸収して新たな神に至った事は冷静に受け止める事が出来た。
ジャロディプス達邪悪な神々が元々いた世界では、種族ごとに最も強大な存在が神となり、その神の中でも最も強い存在が魔王を名乗っていた。
つまり、ラムダ世界で猛威を振るった魔王グドゥラニスも、最初はただの生物だったのだ。
それにこのラムダ世界でも、生物から……人間から神に至った例はいくらでもある。なら、元々人間であるヴァンダルーがグドゥラニスを超える存在になったとしても……驚愕に値するが、あり得なくはない。
実際、目の前にいるのだから。異世界から召喚された勇者でもないのに、神……それも大神に準じる力があったベルウッドをその身に降ろせたハインツといい、人間の進歩は彼の想定を大きく超えていたようだ。
『そうか、哀れな。ここで眠り続けた方が……いや、それはこれから決まる事か』
ジャロディプスはベルウッドやハインツとデライザの消滅について、そう感想を述べただけで沈黙した。
ベルウッドが目覚めた事でアルダが動き出し、その結果アルダの暴走は止まった。なら、ベルウッドが目覚め滅びた事にも意味があるのだろう。それに、目覚めたベルウッドを再び眠らせられず、ハインツに斬られたのは、そもそも自らの非力故。それを棚に上げて憐れむべきではないと考えたのかもしれない。
『だが、我は礼を述べ汝を讃える義務がある。我が目覚めるのを止められなかったベルウッドを滅ぼし、アルダとその狂信者達を止め、多くの人々を守ってくれた。
汝に感謝と敬意を』
『光栄です』
ヴァンダルーはジャロディプスからの礼を素直に受け取った。ここまで話している間にジャロディプスの人柄(神柄?)については分かったので、悪神らしくない……一部の神々以上に神らしい態度にも戸惑わずに対応している。
『それで、あなたのこれからの事ですが、この世界の神々として世界の存続に協力してもらえませんか?』
そして、ヴァンダルー達はそれまでの様子からジャロディプスには魔王軍残党の神々とは違い、危険性は無いと判断していた。
『罪鎖の悪神』ジャロディプスの教義は、簡単に言えば「全ての存在は罪と共に在る」とし、「己の罪を自覚する事」と「罪を償う事」だ。罪を犯せと唆す事でもなく、他者に罪を着せて陥れる事を推奨するものでもない。
命を弄ぶことを推奨する『悦命の邪神』ヒヒリュシュカカや、生贄を求める他の魔王軍残党の神々とは大違いだ。
もちろん、「罪を償う事」を推奨するあまり自身を罰する事を勧める訳でも、日常生活や結婚や子育てなど人生において重要な事を「罪人だから」という理由で制限している訳ではない。
ジャロディプスはそうした、信者達の人生に密接に関わる部分をどうするかは、基本的に信者達自身に任せていた。
よほどやり過ぎだと感じた時は神託等で直接語り掛けるが、それだけだ。
ジャロディプスは自身が人とは異なる存在である事を自覚していたため、自分が口を出すのは出来るだけ控えるべきだと考えていたからだ。……それ以上に、自身もこの世界にとっては元侵略者。魔王グドゥラニスの配下として、多くの人々の命を奪った罪人だ。罪人が罪人に「こうするべき」等と講釈を垂れるなど噴飯ものだろうと考えていた。
そう言う意味では、ジャロディプスは自身の教義を実践しているのかもしれない。
『是非もない申し出だ。こうしてアルダに封印されるまでは、そうなる事を目指していた……』
この世界と人間を彼なりに愛するようになったジャロディプスは、過去を償う方法としてヴィダ派への合流を目指していた。
元侵略者として裁かれ罰を受ける道もあったが、ジャロディプスにはアルダや当時のベルウッドがそれにふさわしい存在には思えなかった。
そして、それは正しかったと確信している。
『新たなる兄弟よ、当時は接触できず、すまなかった』
『偉大なる大神、リクレントよ。気持ちは受け取ろう。だが、そうなって当然の事柄だ』
リクレントやズルワーンが魔王グドゥラニスにやられてから約五万年眠り続けた責任は、当時魔王軍の一員だったジャロディプスにもあると、彼自身は考えていた。
そもそも、ベルウッドを眠らせる前のジャロディプスは少数の信者を抱えるだけの魔王軍残党の悪神でしかなく、彼がヴィダ派への合流を求めていると知る存在はほぼいなかった。彼がアルダの神域に囚われる前にリクレントが接触できなかったとしても、当然の成り行きだ。
それに、ジャロディプスが五万年前の段階でヴィダ派への転向に成功していたら、ベルウッドを眠らせる事が出来なかったかもしれない。すると、ベルウッドの不在によってファーマウン・ゴルドが正気に戻る事もなく、ナインロードと同じようにアルダ勢力に火属性の準大神として在ったかもしれない。
『そうなるべくしてなった。それだけだ。
しかし……これからは力を借りたい。もはや地上に残る我の名は、ベルウッドと相打ちになった悪神というだけのようだ』
今でも『罪鎖の悪神』の名は残っているが、それはジャロディプスが言ったように英雄神ベルウッドと相打ちになった事への畏怖や恐れが中心で、彼本来の教義は失われてしまった。
アルダ教への反発や、反体制のシンボルとして『罪鎖の悪神』を信仰する組織が存在したが、その信仰は彼本来の教義とはかけ離れており、全く届いていない。
ジャロディプスと同じような状態になった元魔王軍の邪悪な神は、波長の合う人物を見つけて神託で信者となり布教してほしいと頼む(誘惑する)か、信者となる魔物を創造するかの二択を迫られる。
前者を選んだのが魔大陸を追われた『解放の悪神』ラヴォヴィファードで、彼は当時帝国だったノーブルオーク王国のブギータス皇子に語り掛けて信者とし、布教の足掛かりを得た。
そして後者を選んだ例は『五悪龍神』フィディルグだ。彼はリザードマンを創造し、自らを信仰するコミュニティを構築した。そして、『暴邪龍神』ルフェズフォルのように、他の神の信者を乗っ取るという選択肢もある。
しかし、ジャロディプスとしては目の前にそれ以外の選択肢をとれる存在……神でありながら魔王であり、人でもあるヴァンダルーがいるので、素直に彼を頼る事にした。
『もちろんです。ここから帰ったら、さっそく各地に神像を建立しましょう』
そして、ヴァンダルーはジャロディプスの神像の建立を最優先にするようヌアザ達に話すつもりだった。そうする事で、自分の神像が作られるのを遅らせる事が出来るかもしれない。
【神】にジョブチェンジしたので、人でもあり神でもあるという意味での現人神になるのは諦めている。しかし、色々と受け入れるための心の準備期間が欲しい。できれば永劫に等しい時間。
『オリジン』世界の方ではもうかなり大々的に祈られているようだが……あそこはまだ巨大神像を建造してないからいい。
『では、とりあえず残りの『法の杭』を解除しますね』
しかし、まずは封印から解くのが先決だ。ヴァンダルーはまだ百本以上刺さっている杭を手早く砕くために、新たに手を増やした。
『待った、ヴァンダルー。その……神威を一度に砕いて、彼は大丈夫だろうか?』
しかし、ボティンがそう言ってヴァンダルーを止める。視線は明後日の方向に逸らして……いや、その方向にアルダがいるのだろう。
神威を砕かれると、その主である神は分霊を砕かれるほどではないがダメージを受ける。先ほど杭を一本砕いた時も、アルダの悲鳴が響いていた。
本来のアルダなら神威を何百本砕かれても致命的なダメージは受けない。一晩寝込む程度で済むだろう。しかし、今のアルダはヴァンダルーに魂を加工されたばかりだ。ボティンは、その加工されたアルダが耐えられるかどうかを心配しているのだろう。
『まあ、大丈夫でしょ』
しかし、ヴァンダルーの代わりにズルワーンがそう答えた。
『ズルワーン……また雑な事を』
『ボティン、雑とは心外だ。我なりに根拠のある考えだ。第一に、ジャロディプスをこれ以上アルダの神域に囚われの身にしておくのは我々の心が痛む。第二に、やるならアルダの信者がまだ多い内にやった方が良い』
聖戦でヴァンダルーが勝利してから、まだ一日しか過ぎていない。神々はともかく、人間社会にはまだ情報が知れ渡っていないのだ。ヴァンダルーの分身である使い魔王から直接情報を得られる者達や、その近しい人々以外は。
そのため、アミッド神聖国のアルダやアルダ勢力の神々の信者はまだ大きく減ってはいない。
ダメージを負うなら、彼等からの信仰で回復できるうちに負った方が良い。ズルワーンはそう考えたようだ。
『傷も勢いよく切った傷の方が、ゆっくり切られた傷よりも治りが速いという。いっそ一思いにやった方が、奴にとっても良いのだろう』
『なるほど。確かにその通りだね』
ザンタークもズルワーンに同意し、ボティンも納得した。
『では、一気に行きますね』
ヴァンダルーは無数に増えた手を伸ばし、無数の杭を掴み……一気に引き抜き、砕いた。
神域に、アルダの絶叫が響き渡ったという。
アルダの神域から解放されたジャロディプスは、さっそく布教に乗り出す……ような事はせず、ひとまず様子を見る事を選んだ。
『解放感のあまり、何か過ちを犯すかもしれん。それに、我が封印されてから五万年以上の時が過ぎた。さぞ人の世も変わっているだろう』
元々大多数に信仰される質の神ではないジャロディプスは、自身の布教に関してかなり消極的だった。信者不足で消滅したい訳ではないが、自身の信者を多数派にしようとは欠片も思っていない。
『教義の基本的な部分を変えるつもりはない。しかし、その細部や伝え方は変えるべきかもしれない。そのために現代の世を学び、考える時間が欲しい。
……本来なら、それも神である我ではなく人が考えるべき事なのだがな』
神がどんなに人に寄り添っても、人にはなれない。所詮は神に過ぎないから、人に教えを伝えるのは人が最も適している。しかし、ジャロディプスを奉じる信者は長い時間が過ぎる間に途切れているため、ジャロディプスがやるしかない。
『俺が伝えましょうか?』
『貴君の言動もだいぶ常人からは外れてきているぞ』
その例外であるヴァンダルーがそう提案するも、ジャロディプスに一蹴された。
『……自覚がないわけではないです』
『それに、気持ちはありがたいが我は汝の従属神になるわけではないのだ。布教を他の神に頼るわけにはいかないだろう』
『でも、具体的にどうするの? 人の目を通して知ろうにも、信者がいないのではそれも無理でしょう?』
『グファドガーンのように依り代を新たに作るには時間がかかるし、ヴィダとダルシアのように神の化身になれるほど波長の合う人間はそうそう見つからないはずだよ?』
ペリアとボティンに問われたジャロディプスは、二つの頭部で皮肉げに笑って答えた。
『ダンジョンでも作り、その奥で攻略する者を待って勧誘するとしよう。ヴァンダルーが我の像を神殿に祀ってくれるおかげで、幸いにも時間はいくらでもある。百年でも千年でも待てばいい』
人間は長くても百年生きるかどうかだが、ヴァンダルーが治めるヴィダル魔帝国では、数百年や数千年、もしくは寿命に際限がなく何万年でも生きる事が出来る住民はいくらでもいる。
『ダンジョンを創るのにも、力がいるはずだ』
『まさか、ここをそのまま利用するのか?』
『汝にとってあまり気分のいい場所ではないはずだが?』
『その通りだ、リクレント。このアルダの神域に存在する部屋をそのまま頂いて行く。無人の牢獄だけ残しておいても価値はないだろう。
それに……五万年もここにいたのだ。もはや我が家も同然だ』
なんと、ジャロディプスは彼を幽閉していたこの部屋を、新たに作るダンジョンに利用するつもりらしい。彼にとってここは、忌々しい場所ではないようだ。
『場所は、ヴィダル魔帝国の首都の近くにしたいのだが、都合のいい場所があったら教えてほしい』
『分かりました』
遅くなって誠にすみません。
あと、告知をば……。
今月は児嶋建洋先生による拙作のコミカライズ版6巻が、6月28日には拙作の書籍版8巻が発売されます!
また、本日25日金曜日から、今までの拙作の購入特典SSがセブンネットプリントで発売されます。
コミカライズ版6巻は、児嶋建洋先生の勇ましいザディリスが白いヴァンダルーが目印です。
書籍版8巻は、ばん!先生のダルシアとベルモンド、そして王様になって二年以上たって貫禄が出てきた(?)ヴァンダルーが表紙に描かれております。
購入特典SSのセブンネットプリントでの販売の詳細は、一二三書房公式ホームページでご確認ください。
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