四百五話 神をその身に降ろした英雄VS人を自称する大魔王で神
長らくお待たせいたしました。
『そんな……デライザに何をしたのですか!?』
デライザの肉体を奪い取ったヴァンダルーは、自分の物になった肉体が保持している盾から響くナインロードの声を一旦無視して、武器を捨てて『法の杭』で串刺しになったままのグファドガーンの依り代を掴み、自身が吹っ飛ばしたハインツから距離を取った。
「おおおおっ!! があっ!」
何故なら、ハインツは界穿滅虚砲を受けても耐えられるほどパワーアップしたからだ。とはいえ、無傷ではなく耐えられなくなる前に聖剣を振るって界穿滅虚砲を斬り割って体から逸らしただけなので、効かないわけではない。
だが、それはステータスではヴァンダルーに及ばないハインツが数々の装備やスキル、そしてベルウッドに加えてアルダをその身に降臨させたことでヴァンダルーと正面から戦えるようになったことを示している。
もっとも、そのために払った犠牲は大きかった。
「デライザ!?」
「だから、これはもう俺です」
叫ぶハインツに思わずそう返しながら、デライザの体を乗っ取ったヴァンダルーはバスディア達と合流して、ユペオンとニルタークを牽制する。半ば我を失う程激高している彼らも、ナインロードが宿っている盾に攻撃する事を反射的に思い留まった。
『うわぁ。なんていうか、表情がないこと以外ヴァン君じゃないみたい』
『血の匂いは陛下なのは分かりますけど。あと、目が死んでいますね』
「俺としても、正直やりたくはなかったのですけどね。仇の肉体を動かすなんて、気持ち悪い」
おかげで、仇を倒した事で覚えた達成感や清涼感も今一つだ。もっとも、戦っている最中に感慨に浸っている余裕は最初からないのだが。
『ただ、効果的だったので致し方ありません』
ヴァンダルーが何時デライザを攻撃して肉体を奪い取ったのかと言うと、ナインロードの降臨が解けた瞬間だ。
デライザは、ヴァンダルーの返り血を浴びていた。血もまた、【貪血】と同じくヴァンダルーの一部だ。両者の違いは液体か、気体と一緒に宙を舞っているかの違いしかない。
デライザが限界に達してナインロードの降臨を解いた瞬間、そのヴァンダルーの血が彼女の耳や鼻から体内に侵入し、脳を直接攻撃して魂を喰らって抹殺したのだ。
こうして肉体を奪ったのは、グファドガーンの依り代とナインロードが宿った盾をスムーズに回収するため、そしてハインツの不意を打つため……そして何より、あの状況ではオリハルコン製の防具に守られた頑健で強靭な肉体を攻撃して普通に殺すより、鼻や耳の穴から侵入し直接脳を攻撃して食って殺す方が簡単だったのだ。
「ナインロードを降臨させたのが運の尽きでしたね。体にかかる負荷が大きすぎて、『英霊降臨』まで解けたので、その隙を突く事が出来た」
『おのれっ、よくも!』
デライザはただ肉体を乗っ取られたのではなく、もう死亡……消滅している。それを理解した英霊が、宿っていたペンダントから実体化してヴァンダルーに一矢報いようとするが……。
『無駄だ』
だが、攻撃がヴァンダルーに届く前にグファドガーンの本体がアルダ派の神や魔王軍残党の邪悪な神を封印するために用意していたマジックアイテムに、封印した。
『無念……!!』
英霊も神の眷属である事に変わりはないので、神用の封印は有効だ。大型魚用の水槽に、中型魚を入れられない道理もない。
『私ごと滅ぼそうと思えば、出来たはず。それなのに、敢えて私を滅ぼすのを避けるのですか……』
「ええ、お前の言い分も分からなくはないですが」
ナインロードを打ち取った武功は、ヴィダル魔帝国中で讃えられるだろう。そして、今回戦ったヴァンダルーの仲間達はヴィダ派の英雄として讃えられ、死後は新たな神として信仰されるはずだ。
が、ナインロードの誇りや意地を考慮するつもりがあまりないヴァンダルーとしては、ナインロードにそのまま神として世界の維持管理を続けさせた方が都合がいいのだ。
信仰を失い、神殿が廃れ、惨めに消滅する百年後か二百年後か、それとも千年後かは分からないが、それまで働き続けてもらって一向にかまわない。
ヴァンダルー達が勝てば、今後アルダ勢力の神々の信者の数は大幅に減る。ナインロードが完全に力を取り戻す日は永遠に来ないだろう。誰かに加護を与える事ぐらいはできるだろうが、その程度だ。
「お前がどんなつもりだったとしても、それはお前の都合であって、俺達がそれに沿う理由はない」
そうナインロードに話して聞かせているのも、ヴァンダルーにとってはグファドガーンの依り代に刺さった『法の杭』を引き抜く時間を稼ぐためだ。
「偉大なるヴァンダルーよ、感謝します」
完全に封印されていれば、壁画のようにされた『罪鎖の悪神』ジャロディプスのように物理的に動かせない状態にされていたかもしれないが、アルダはグファドガーンの依り代を完全に封印しなかった。単に完全に封印する時間が無かったのか、凄惨な姿を見せる事で挑発し、人質にする意図があったのかは謎だが、ヴァンダルーにとっては都合が良かった。
「そうか……デライザは死んだのか」
ヴァンダルーの言葉や英霊の様子からデライザの死と魂の消滅を悟ったハインツは、それだけを言うと黙祷もせず、呼吸を整えて剣を構えなおした。
彼はデライザの死にショックを受けていないわけでも、悲しみや怒りを覚えていないわけでもない。ただ、それを表に出す余裕が無いのだ。
「【冥盾衝波】」
実際、ヴァンダルーはハインツに盾から武技で衝撃波を放った。彼は難なく剣で弾いたが、少しでも意識が逸れていたら直撃を受けていただろう。
「冷静ですね」
ヴァンダルーは、想定していたよりもハインツの動揺が少ない事に内心忌々しく思いながら、ナインロードが宿った盾をグファドガーンの本体と依り代に向かって放り投げた。そして、使い魔王と自分の肉体に宿るレビア王女達と共にハインツに向かって突貫する。
「ああ、そうでなければ君に勝てない」
ハインツはナインロードを取り戻そうとするそぶりも見せず、デライザの肉体を使って突貫してくるヴァンダルーを迎え撃った。
「【神鉄裂き】、ナインロードは無視ですか?」
「【神鉄斬】! 君こそ、いつまで使い慣れないデライザの体を使うつもりだ?」
デライザの手から生やした黒い鉤爪とハインツが振るう聖剣がぶつかり合い、鉤爪が砕け散って赤黒い血が飛沫をあげて【貪血】に変化し、ハインツに襲い掛かる。
それを合図に、クノッヘンやエレオノーラとユペオンとニルタークの戦いも再開された。
戦いの最中、グファドガーンは手早くナインロードを放り出すために【転移門】を開き、さっさと放り投げる。
【転移門】の向こう側は、念のためにヴァンダルーと関係のないバーンガイア大陸から離れた島を選んだが、デライザという使い手を失ったナインロードが敵として戻ってくることは無いだろう。
(いっそ、戦場をダンジョンに移せればよかったのだが……)
原種吸血鬼ビルカインや『悦命の邪神』ヒヒリュシュカカを倒した時のように、戦場をダンジョンに移す事が出来ればハインツ達を閉じ込める事が出来る。
しかし、それはハインツがベルウッドをその身に降臨させる事が可能である事を考えて止める事になった。
何故なら、ベルウッドはダンジョンを浄化する事が出来るからだ。
本来、ダンジョンを浄化して機能を停止させるのは、魔境を浄化するよりも手間と時間を要する。しかし、ベルウッドは旧魔王グドゥラニスを倒した後、ファーマウンやナイトロード、そしてグファドガーンも協力したとはいえ、彼が本拠地とした魔王の大陸全土を一度浄化しつくして草木一本生えない荒野に変えている。
魔王軍の本拠地として何十柱もの邪悪な神が存在し、魔物の生産工場として大小合わせれば数えきれない程のダンジョンが存在していた魔王の大陸を、短い時間で全て浄化して単なる荒野にするという偉業を成し遂げた。
その後、アルダ勢力の神々が大陸を放置したため結局元通り大陸全土が魔境に覆われてしまったが……ベルウッドが一度浄化しきった事に違いはない。
一度浄化されたダンジョンは、ただの建造物と化す。ダンジョンとして機能していた時は、S級冒険者や亜神でも破壊する事が出来なかった壁や天井が、ただの石材と同じ程度の強度になってしまうのだ。
そうなってしまえば、ハインツはもちろんヴァンダルーの戦いの余波で崩落するのは避けられない。
もちろん、ベルウッドでもダンジョンの内部にヴァンダルーや自分達がいる状況で浄化できるのかは分からない。しかし、もし可能だった場合様々な危険性がある。例えば、ダンジョンを浄化される事でグファドガーン、そして何よりヴァンダルーがダメージを受ける可能性等が。
そのため、ヴァンダルーは地上に造った偽のタロスヘイムからダンジョンに移す策は取らなかった。
『なんと不甲斐ない……!』
いつか必ず、大神や英雄神であろうと浄化不能の、偉大なるヴァンダルーの聖域に相応しい迷宮を創り上げる事をグファドガーンは誓った。
「しかし、今は戦いに集中しなければならない」
『その通りだ』
グファドガーンの本体と、『法の杭』から解放された依り代がそうしている間も、氷と骨の欠片が撒き散らされている。
『おのれ、おのれっ! 汚らわしいアンデッドが!』
『氷の神』ユペオンが、クノッヘンを構成する骨を次々に凍らせていく。その激しい冷気は、極寒の吹雪を超えて生きとし生きる者の生命を一瞬で奪う危険なものだ。
『おおおおおおん? おおおおおおん!』
しかし、クノッヘンはアンデッドで、しかも数えきれない程無数の骨の集合体だ。凍り付かされ粉々にされても、骨が骨片や骨粉になるだけで、骨である事に変わりはない。
『ならばっ、氷の中に閉じ込めてくれる!』
ユペオンは骨を凍らせて砕くのではなく、魔力で生み出した氷の中に骨を閉じ込める戦法に出た。確かに、彼が作るオリハルコン並みに硬い氷の中に閉じ込められた骨は、流石のクノッヘンも動かすことはできない。
『ヂュオオオッ! 【瞬閃】!』
しかし、その状態を維持できるかは別問題だ。クノッヘンの骨の中に紛れ込んでいる骨人の刃と化した骨が、氷を次々にバラバラに切断してクノッヘンの骨を解放してしまう。
『っ!? 氷の神である我の氷を……! スケルトン風情が!』
ユペオンは怒りに顔を歪め、ますます盛んに氷を生じさせクノッヘンだけではなく骨人の骨も氷に閉じ込めようとする。その勢いは、骨人が氷を切り裂くスピードをいくらか上回っていた。
『おおん、おおん!』
だが、全体の数パーセントの骨が氷に包まれただけだ。クノッヘンにとってこの程度はダメージという程ではなく、グファドガーンも「援護する必要無し。むしろ、手を出したら邪魔になる」と見做していた。
『くっ、貴様、亜神だけではなく偉大な大神の骨まで吸収しているのか!?』
しかも、『轟雷の巨人』ブラテオ等の亜神や、『龍皇神』マルドゥークや『巨人神』ゼーノ、『獣神』ガンパプリオ等の一部の骨もクノッヘンは体に取り込んでいる。
寒さに強いだけの魔物の骨ならともかく、肉体を持つ神である真なる巨人、そしてアルダと同格である大神の骨を凍らせるのは、ユペオンには不可能だった。
『おおおおおおお!』
『っ!?』
骨を組み換え、巨大な拳の形に変形したクノッヘンがユペオンを殴り飛ばす。ユペオンは悲鳴をあげる事も出来ず偽タロスヘイムの外の草原まで吹き飛び、墜落。衝撃で草原には巨大なクレーターが出来上がった。
『止めっ!』
そこに、黒い剣を構えた骨人が、ユペオンに止めを刺そうと飛び掛かる。
『よくも……だがこれで終わりだと思うなよ!』
クノッヘンと骨人は強く、ユペオンは彼等との相性が絶望的に悪かった。それゆえに、負けた。しかし、彼らはヴァンダルーではない。そうである以上、魂を砕く事は出来ない。
今はクノッヘンと骨人をつかの間引き付ける事が出来ただけだが、ハインツ……ベルウッドとアルダは必ず勝利する。
その時こそ――
『がっ?』
骨人の剣は、辛うじて身を起こしたユペオンの右肩を深く切り裂いていた。肩がずれるほど深い傷は、人間なら間違いなく致命傷。
しかし、神なら最悪でも行動不能になるだけで、信仰が維持している限り長くても数万年経てば復活する事が出来る。
しかし、ユペオンには自分の存在に関わるダメージを……魂を大きく傷つけられてしまったという、確信があった。
『な、何故っ?』
驚愕と怖気と共に強くなる絶望に目を見開いたユペオンに答えたのは、骨人ではなく彼が持つ黒い剣だった。
『何か、疑問でも?』
装飾だとユペオンが思いこんでいた黒い魔剣の柄の目が動き、平坦で冷たい声が発せられたのだ。
『ま、まさか、魔剣型の分身……!?』
『いえ、お前を斬る瞬間は、本体です』
そう、今もハインツと戦っているはずのヴァンダルーだが、彼は存在する全ての使い魔王に本体と分身の役割を交代できる。
それを利用して、骨人に魔剣型の使い魔王を持たせ、ユペオンを斬る瞬間だけそれを本体にして【魂喰らい】で彼の魂を喰らったのだ。
『そ、んな……ば――』
『【千惨刃殺】』
骨人が振るった武技によって、ユペオンが無数の欠片に切り刻まれる。ガラスが砕けるような澄んだ音とともに、神の肉体が光の粒子となって散っていく様子は、淡雪のようだった。
『散り様だけは美しい』
『おぉん……』
骨人の呟きに対して、クノッヘンはユペオンに骨が無い事をただただ残念がっていた。
『ユペオンっ!? 貴様ら、またしても神を滅ぼすという大罪を犯すとはっ!』
「『氷の神』はヴァン様の糧になったようね。お前もヴァン様に供してやるわ!」
『黙れっ、汚らわしい吸血鬼……いやっ、ヴィダの新種族よ!』
『断罪の神』ニルタークは、偽タロスヘイムから吹っ飛ばされてしまったユペオンの存在が消滅したのを感じ取ると、臓腑が沸騰するほどの怒りを覚えた。邪悪なヴァンダルーとその配下達の大罪を、神として裁かねばならないと奮起し、大鎌を振るう。
もちろん、意気込みだけでは勝てない。依り代に宿らず自力で降臨しているために、こうしている間も力は消費されていく。
『その罪を贖うがいい!』
だが、ニルタークの消費される力を人々の信仰が補っていた。
平時は信者達の信仰は、短時間で劇的な効果を表すようなことは無い。しかし、今はニルターク達神だけではなく、人々にとっても緊急事態だ。
今は亡き教皇エイリークが、そしてファゾン公爵やオルバウムのアルダ勢力の神々の信者達が聖戦だと吹聴した事、そしてオルバウム選王国では各地で邪悪な神々や亜神が現れた事で、人々の危機感が増大し、神への祈りが急激に増えたのだ。
『これが法と正義を信じる者達の祈りの力だ!』
ニルタークが振るう大鎌を剣で受け止めたエレオノーラだったが、剣に大鎌が少しずつ食い込んでくるのに気が付いて舌打ちをした。
「面の皮が厚いわね。マッチポンプの癖に!」
アルダ勢力の神々の指示によって起こされた聖戦はまだしも、封印から解放した魔王軍残党やヴィダ派の神々に魔王の魂の欠片を埋め込んでばら撒いたのはアルダ自身だ。何も知らないアルダ勢力の神々の信者達はともかく、エレオノーラからすればマッチポンプにしか見えない。
『黙れっ! 無力な人々が縋ったのが我々である事は事実だ!』
しかし、ニルタークはエレオノーラに図星を突かれても動揺せず、そのまま彼女の魔剣を切断する。大きく後ろに下がった彼女を追い、今度こそ命を絶とうと大鎌を振るう。
『まるで、自分達だけが選ばれたような物言いね』
だが、ニルタークの前に『生命と愛の女神』ヴィダをその身に降ろしたダルシアが立ちはだかった。
『ぬうっ!?』
大鎌を杖で弾かれ、呻くニルタークにダルシアはそのまま接近戦を挑んだ。神を罰する神威を持つニルタークは、ヴィダを降ろしているダルシアにとって相性のいい相手ではないはずだ。
しかも、ダルシアはビャゼクビョクトと戦うために既に一度ヴィダをその身に降ろしている。相応に消耗しているはずだが、彼女にその様子は見られない。それどころか、精気に満ち溢れている。
『人々の祈りを背負っているのは、私達も同じなのよ』
そう、危機感を覚えたアルダ勢力の神々の信者と同じように、ヴィダ派の神々の信者も祈っているのだ。
しかも、ヴィダ派の神々の信者の数はこの十数年で爆発的に増えている。境界山脈内だけではなく、魔大陸や魔王の大陸、そして人間社会であるはずのオルバウム選王国でもだ。
そのオルバウムの各公爵領では、上空に出現した亜神や魔王軍残党の邪悪な神が現れ、それらからヴァンダルーやその仲間達によって助けられている。
助けられた人々は、当然助けたヴァンダルーやその仲間達に、そして彼らが信仰するヴィダ派の神々に感謝する。それがアルダ信者だったとしてもだ。
突然強大な存在が現れ、それから救われるという体験は人の価値観が変わる十分な理由になる。それに、多くの普通のアルダ信者は命や街の恩人に対して「異教徒だから」というだけの理由で感謝しない程、頑迷ではない。
『命惜しさに寝返るとはっ! もはやファゾン以外の信徒は背信者しかいないのか!?』
もっとも、そう嘆くニルタークは分かっていなかったが。
『命は大切なものに決まっているでしょ!』
ヴィダと同化しているダルシアは、生命属性の大神の前で命を惜しむ事を非難したニルタークに向かって、鋭い前蹴りを放った。
『ぐおぉがぁっ!?』
ヴィダの膝蹴りはニルタークの股間に突き刺さった。彼は男神であっても、亜神ではなく肉体の無い神であるために白目を剥いて悶絶する事は避けられたが、精神的にも大きなダメージを受けて後ろに下がった。
「【冥斧】!」
そこに、ダルシアの陰から駆け出すようにしてバスディアが黒い斧をニルタークに向かって振るう。股間からの衝撃に耐えながら、懸命に回避して大鎌の石突を槍のように使って反撃しようとする彼だったが……。
「【輝姫乱舞】!」
ザディリスが魔術で輝く無数の球体を放ち、ニルタークの視界を眩ませる。
『ぬ……!』
反撃を諦めたニルタークは、彼女達から距離を取る事を優先して後ろへさらに下がった。しかし、急に魔力を失ったような脱力感を覚え、自分の腹を見ると浅いが切り傷があった。バスディアの斧の先端が掠っていたのだ。
「浅かったか」
『でも魔力は削ったので、十分です。焦らず、このまま足止めをお願いします』
バスディアが普段使っている斧とは別の斧、斧型使い魔王とそう言葉を交わす。
「ヴァン様の武器型使い魔王がまだ少ないのが悔やまれるわね」
「仕方あるまい。まさか魔王軍残党やアルダ勢力の神が次から次に降ってくるとは、誰も思わん」
エレオノーラとザディリスがそう言いながら、ニルタークに向かって身構える。彼女達の武器と魔術は神の魂を喰らう事は出来ないが、降臨し続けるための力を削る事は出来る。
彼女達の後ろでは、ダルシアが杖を弓に変形させている。ニルタークが彼女達を倒せる可能性は、限りなくゼロに近かった。
《【神格:氷神】を獲得しました》《【神格:氷神】が【亜神】に統合されました!》
《魔力が回復しました!》
脳内アナウンスを聞き流しながら、ヴァンダルーはベルウッドとアルダを同時にその身に降ろしたハインツと戦っていた。
「また一柱、神を滅ぼしたのか。それが世界を危うくすると、分かっているだろうに!」
ハインツが振るう聖剣が、デライザの肉体を真っ二つに切断する。
「それはそうですが、俺はナインロード程人が良くないので」
しかし、既にそれはただの抜け殻に過ぎず、影に隠れていた本来の肉体に戻ったヴァンダルーが鉤爪で反撃する。
しかも、デライザの肉体に満ちていた血液は全て【貪血】に変化しており、それもハインツを狙う。だが、今のハインツにはそれも必殺の攻撃とは言えない。
お互いに牽制目的の攻撃を繰り返し、有効打を与える隙を狙い合う。ヴァンダルーは、【魂装滅魔神術】を早々に解除し、魂を纏うのを止めていた。
アルダをその身に降ろしたハインツが振るう聖剣に、『法の杭』の効果が宿っている事に気が付いたからだ。『法の杭』には魂を傷つけ滅ぼす力は無いが、封印する事は出来る。そのため、魂を肉体に纏うと的を大きくしてしまう。
【貪血】を構成する肉食微生物程小さくなれば、流石に杭は打てないようだが。
「俺は、俺や俺にとって大切な存在がいない世界に、何の価値も見出せません」
大切な人達が存在する世界のためなら、ヴァンダルーは命を懸けられる。しかし、大切な存在が残っていない……大切な存在を害した者しかいない世界のためには指一本動かす気にはなれない。
だから、ヴァンダルーは自分達の生存を優先する。ユペオン、そしてまだ生き残っているニルタークが消滅したとしても、即座に世界が滅びる訳ではないのだし。
もっとも――
「そんな事になるはずがありませんが」
「余裕だな!」
「お前よりは」
『法の杭』の効果が乗った聖剣の攻撃を、激しく反応する【危険感知:死】で回避し、【結界弾】でハインツの脚を止めようと試みるヴァンダルーには、実はそれほどの余裕はないはずだ。
むしろ、攻撃を受けたら封印されてしまう可能性が高いため、一撃も当たる事が出来ず精神的には追い詰められている。
しかし、それ以上にハインツの消耗が著しいようにヴァンダルーには見えた。
『【流星突き】!』
素早く繰り返される突きを、ヴァンダルーは骨格を変形させ内臓を瞬時に移動させて回避する。亀のように頭部を胴体に引っ込め、胴体をS字に曲げる。
そして、足の指から反撃の【死砲】を放つ。
それをあっさり回避して激しい攻勢を続けるハインツだが、その顔には汗が浮かんでいる。アルダを降ろした事で、彼の心身に大きな負荷がかかっているのだ。
その影響か、言動にもベルウッドだけ降ろしていた時からやや攻撃的になっている。このまま時間がたてば、力尽きて倒れるだろう。
しかし、その時間を稼ぐのは難しい。
「【聖晃連弾】!」
「【吸魔の結界弾】」
アルダを降ろした事で全能力値が激増したハインツは、アルダ単体の時よりも脅威だ。アルダになかった戦士としての鋭い動きで、隙なく攻撃を繰り返してくる。
ハインツが放った光属性の魔術の無数の弾丸を、死属性魔術の【結界弾】をその倍以上放って打ち消したヴァンダルーだったが、【危険感知:死】の強い反応を覚えて確信する。
(あ、避け切れない)
頭部を凹ませ、胴体を逸らし、左足を曲げて回避するが、聖剣が右腕を掠る。
その瞬間、傷ついた右腕が貫かれその場に縫い留められたような違和感を覚えた。このままでは動きが取れなくなり、次の一撃で確実に封印されてしまう。
「ふん」
そう直感したヴァンダルーは、躊躇せず右腕を分離する。ただ片腕を失っただけではない喪失感と共に、魔力が数億削られた。
(魂の一部が封印された、か)
封印は、肉体だけではなくヴァンダルーの魂の一部にも及んでいた。元々『法の杭』は肉体を持たない神を罰し、封じるための神威だから、当然と言えば当然の効果なのでヴァンダルーも驚きはしない。
「やはり魂を分離したか! だが、このまま削り切る!」
そしてハインツも、ヴァンダルーが肉体だけではなく魂を分離できる事に今更驚きはしない。やっと掴んだ勝機を離すまいと、攻勢を繰り返す。
「確かに、このまま魂を封印され続ければ俺でも危険だ。魂は本来なら肉体と違ってすぐに生えない」
右腕を新たに生やし、ハインツの攻撃を回避しながら反撃を繰り返す。だが、伸ばした触手の先端が、節足が、囮にした使い魔王が、避け切れずにハインツの聖剣で斬られる。
その度に、ヴァンダルーの魂は欠けていき、魔力は減っていく。
「本来なら、だと!? 自分は例外だとでも? そんなはずはない!」
そう否定しながらハインツが振るう聖剣が、ヴァンダルーの放った虚砲ごと彼の足首を斬り飛ばす。また一欠片、彼の魂が封印された。
そして、封印された魂の欠片を解放している暇は与えていない。そのはずだが……ヴァンダルーには追い込まれた様子はない。
ユペオンの魂を喰らったから魂の量が増えたとしても、あまりに不自然だ。
「俺の力ではありませんよ。皆のお陰です」
そう語るヴァンダルーの魂には、彼に祈る無数の声が届いていた。
次話は出来るだけ早く投稿できるよう頑張ります。




