三百九十八話 剣は砕け、旧魔王三度の復活
一度変わった流れは、そのまま勢いを増す一方だった。
「止めろっ! 貴様らが討つべきは奴らだ! 英霊様ではないのだぞ!」
「逃げるなっ! 撤退命令は出していないぞ! 敵前逃亡は重罪なのだぞ!?」
聖戦軍の従軍司祭や将軍が何を叫んでも、ヴィダル魔帝国軍と協力して暴走する【魔王の欠片】の封印と、それを邪魔する者の排除を優先する者、そして戦場から逃げ出そうとする者は後を絶たなかった。
特に後者は多い。魔王を倒す聖戦だ、歴史に残る決戦だ、名を上げれば立身出世も夢ではないぞ。そう大々的にアミッド神聖国政府とアルダ神殿が呼びかけて徴兵を行い、冒険者や傭兵を募集してきた。
しかし、実際に戦ってみればそんな華々しい戦いにはならず、始終劣勢を強いられた。
それだけなら、敵前逃亡の罪を恐れて逃げだす者はそういなかっただろう。だが、今は止まっているが龍が空から雷を降らしてくるし、居るはずの『五色の刃』は不在で、代わりに出てきたのは【魔王の欠片】を寄生させた英霊騎士なる一団。
ますます劣勢になり、このままでは敗退どころか皆殺しにされかねない。そんな恐怖を覚えた彼らが期待したのは、聖戦軍上層部の指揮による劣勢を覆すための作戦だった。
だが、指揮官の口から出るのは、御託を色々と並べているが要は「そのまま戦い続けろ」という指示だけ。
「やってられるかっ! この分じゃあ、神聖国の先は長くねぇな!」
「『邪砕十五剣』の『一剣』や『二剣』もやられちまった! 暴走した【魔王の欠片】を無視して戦えだと!? 負け戦ならまだしも、正気の沙汰じゃない! とても付き合えん!」
そうして逃げ出す者達を止める事もできない程、聖戦軍の士気は崩壊状態に陥っている。それに新たに気が付いた者がさらに逃げ出していく、負の連鎖が起きていた。
だが、そんな戦場へ逆に集まってくる者達がいた。
「我はマルムークのボティン神殿戦士団! 【魔王の欠片】の封印を援護する!」
「カラハッドのペリア神殿司祭団! 同じく!」
「ヨンドの魔術師ギルドだ! 我々も援護させていただく!」
ただ、それは聖戦軍に参加するためではない。ボティンやペリアの神託による指示に従って、開戦時に戦場から離れた者達だった。
巨大な龍や猪が現れ暴れているので、戦線には加わるつもりはないが彼らを野放しにするとミルグ盾国が亡ぶのではないかと案じ、様子を見ていたのだ。ヴィダル魔帝国軍も、彼らを放置していたし。
そして、【魔王の欠片】が複数同時に暴走したのを聖戦軍から逃げ出してきた者達から聞き、駆け付けたのである。
……魔術師ギルドの魔術師達は、貴重なサンプルを手に入れる機会だと思っている者も少なくないが。
当然だが、彼らはヴィダル魔帝国軍とは戦わない。むしろ、邪魔をする聖戦軍を殴り倒し魔術で吹き飛ばしている。
「教皇陛下! いかがいたしましょう!?」
どうしようもなくなった聖戦軍の幹部達は、聖戦軍の最高指揮官でもあるエイリークに縋ったが、彼にこの状況を好転させる力はない。
エイリークが優れているのは、神託を正確に受け取る才能だ。それ以外にも教養があり、『法命神』アルダを始めとした神々の神話や聖人の逸話に関する知識は深い。また、魔術と武術も人並みより数段上の素質を持つ、多才な少年でもある。
しかし、逆に言うとそれだけでしかない。
人並みより数段上とはいえ、十代の少年でしかない彼の魔術は大人の凡庸な魔術師や騎士と互角か僅かに劣る程度でしかない。
当然だが、戦場での指揮なんて特殊な経験は無い。将軍や騎士団長がいなければ、百人の兵士を行進させられるかも危ういほどだ。
そしてエイリークのカリスマは、アルダに対する狂信的な信仰心によるものだ。そのため、アルダへの信仰心が途切れた者には彼のカリスマはもう感じられない。
「分かりました。私が直接前線で指揮を執りましょう」
なので、この時彼が出来るのは、「将自ら武器を手に取って戦う」と言う愚策中の愚策だけだった。
(アルダよ、お許しください。聖戦のための生贄の羊は、その半数以上が神の教えを聞かぬ山羊と化してしまいました。私にできるのは、残りの羊たちを生贄の祭壇へ導くためにその先頭を逝く事だけです)
ここに至ってもエイリークの心にはアルダに対する疑念も、死への恐怖も、そして自らが生贄の羊と呼ぶ聖戦軍の将兵への罪悪感もなかった。
あるのは、ただただ聖務を完遂できなかった無念のみ。
「教皇陛下御出陣! 教皇陛下御出陣!」
伝令がそう叫ぶのを聞きながら、エイリークはほぼ儀礼用だったはずの鎧を身に付け、用意されていたメイスと盾を手に前線に向かった。
まだ聖戦軍に属して戦っている将兵達はその姿に奮い立ち、挫けかけていた士気が戻ったが……。
「きょ、教皇陛下が、教皇陛下が討たれたぞー!」
しかし、神託を受け取る才能が天才的で他が並みよりやや上程度の少年が前線に出て生き残れるほど、優しい戦場ではなかった。
「えっ? ……何かの冗談?」
「もしかして、影武者?」
敵の総指揮官らしい奴が前に出てきたので、倒すよう指示を出したビルデとカチアは、その数秒後に「う、討ち取ったみたいです」と返ってきた報告に大いに困惑した。総大将を討ったというのに、全く士気が上がらない程その困惑は大きかった。
「おのれっ! なんとしても教皇陛下の仇を取るのだ!」
そして、エイリークの望み通り、残りの聖戦軍の将兵達の多くは地獄のような戦場に自ら突進していった。
総指揮官が討たれても終わらない悲惨な戦争になりつつある聖戦軍との戦いで、唯一互角の戦いを繰り広げている者達がいた。
「おいっ! 総大将が討ち死にしたそうだぜ!」
「それがどうかしたか!?」
シュナイダーとレオナルドの戦いは、決め手がないまま続いていた。
槍のように鋭いシュナイダーの蹴りをレオナルドが回避し、彼の剣がシュナイダーの軸足を貫き腱を切断しようとする。かと思えばシュナイダーは虚空を蹴ってその反動で飛びのき、逆に攻撃のタイミングを外されたレオナルドの頭を拳で叩き潰そうとする。
「確か、皇帝が崩御した際にはお前らは一旦引いて、次の皇帝が即位するのを待つんじゃなかったか!?」
「俺達のルールに詳しいじゃないか。だが、心配無用だ」
シュナイダーの拳を回避しきれず、片耳を半ばそぎ落とされ血を流すレオナルドは眉間に皴を刻んで答えた。
「あのガキからは、自分が崩御したとしても聖務を続けるようにと言質はとってある。もっとも、それが無くても引くつもりはなかったがな」
「チッ、だろうな」
シュナイダーはレオナルドの瞳を見て、彼が以前から抱えていた狂気が大きくなっている事を理解して舌打ちをした。
いけ好かないどころか、機会があればお互いを殺そうと狙っていた者同士だ。好敵手だなどと思った事はないし、友情など感じた事もない、徹頭徹尾敵同士。
だからこそ、シュナイダーはレオナルドの中で【魔王の欠片】の浸食が進んでいる事に気が付いていた。眉間の皴は、勝負がつかない事に対する焦りや傷の痛みによるものではなく、増していく狂気に抵抗しているためだと。
それでも何故引かないのかと言うと、レオナルドにとっては、ここで引いたところで次はないからだ。
アミッド神聖国はどう考えても、この後滅亡するだろう。ハインツがヴァンダルーに勝とうが負けようが関係ない。これだけの被害を出し、戦力を消耗し、権威を失墜したのだ。しかも、エイリークはこの聖戦……戦争の後国を立て直す施策を一切指示していない。
戦場に赴き、自ら前線に出て死ぬ事を躊躇わなかったのに、後継者を指定すらしていなかった事からも、彼が聖戦後のアミッド神聖国の趨勢と残された人々の命運について無関心だった事が伺えるだろう。
良くて、今まで属国として扱って来たいずれかの国に吸収されるか、分割統治。最悪の場合は、周囲の魔境やダンジョンの魔物を間引けず、暴走した魔物によって埋め尽くされ死に絶える。
そんな国に戻ったところで、先はない。
それに、レオナルドもこれが最期の戦いだと覚悟を決めている。彼はシュナイダーとの戦いに勝つために自ら【魔王の心臓】を、初めて発動させた。
それにより、【魔王侵食度】スキルを獲得し、そのレベルは1から上がりつつある。そのレベルは、【魔王の心臓】の使用をやめても、下がることはない。
つまり、レオナルドが全力を出せるのはこの戦いが最後なのだ。
「悪いが俺が死ぬまで付き合ってもらうぜ! 殺されるのが嫌なら、その前に俺を殺すんだな!」
壮絶な笑みを浮かべたレオナルドが繰り出す、【魔王の吻】による高速で正確な突きを、シュナイダーは全力で回避した。
「そうするぜ! 考えてみりゃあ、テメェを野放しにすること程危ねぇことは無いからな! だがどうする!? 時間はこっちの味方だぜ!」
シュナイダーの言う通り、既にこの場での戦いはヴィダル魔帝国軍の勝利が確定している。
総指揮官は倒れ、残ったのは仇打ちだとがむしゃらに突貫する有象無象。残りは【魔王の欠片】を封印するために、邪魔するアルダ勢力の神々の英霊と戦っている。ジグラットは魔王の魂の欠片から解放された。
ボドドはまだ暴れまわっているが、ヴァンダルーが来ている以上時間の問題だろう。
一方、レオナルドは【魔王侵食度】スキルのレベルが上がれば上がるほど【魔王の心臓】の力を発揮できるようになる。しかし、【魔王侵食度】のレベルが上がる分だけレオナルドの精神の崩壊が進み、剣士ではなく化け物になってしまう。
そして、仲間も欠けていく。
「ぎ、おおっ!」
『あ、アミッドに、アミッドに』
『栄光あれぇぇぇ……!』
魔力を消耗した『一人魔術師団』ビョルソンが、『堕酔の邪神』の姿を現したリサーナの吐息を魔術で防ぎきれず、倒れ伏した。浴びただけで脳まで麻痺して呼吸と鼓動が止まる、死の酒の吐息だ。
だが、そのやせ細った体が不自然に脈動して膨れ上がり、内側から皮膚を破って何かが現れた。
【新たな宿主――】
「はいはい、ヴァンダルーが来るまでのちょっとの間だけど封印!」
【ご、合流……】
リサーナが投げつけたオリハルコンの容器に、ビョルソンに寄生していた【魔王の欠片】は吸い込まれ封印された。
「【魔王の腎臓】だか【肝臓】だか知らないけど、おかげで酒が効きづらくてまいったわ。……どこであんな欠片を見つけてきたのかしら?」
「偶然だろ!」
ドルトンがノトルスに攻撃を繰り返しながら、そうリサーナに叫び返す。そして、彼の叫びは真実だった。
【魔王の欠片】は無数の肉片に割かれたグドゥラニスの肉体が、それぞれ復活するために肉体を再生しようとした結果、別々の部位に変化した物だ。そのため、どんな欠片なのかは封印を解いてみなければ分からない事が圧倒的に多い。
しかし、過去に封印が解けたことがあり、その際の記録が残っている場合はどんな【欠片】なのか知る事が出来る。また、封印を解いて自分に寄生させた場合も、感覚的に【欠片】の性質を知る事が出来る。
それに、【魔王の装具】に加工した場合も、性質を知る事が可能だ。
ビョルソンがどの方法で【欠片】の性質を知ったかは不明だが、結果的にリサーナと相性が良かったので彼が彼女の相手をする事になったのだろう。
「ゾッド! メルディンっ、まだか!?」
「もう少々待っていただきたい!」
「こいつら見た目よりタフなのよ!」
ゾッドとメルディンは他の『邪砕十五剣』を数名倒すことに成功したが、その後に彼等の下部組織である『柄』の構成員が襲い掛かってきて、動きが取れなくなっていた。
言うまでもないが、本来なら『柄』の構成員程度なら何人いても二人は瞬く間に倒すことができる。
『原種吸血鬼ゾルコドリオ! 十万年前のように封印してくれる!』
『『暴虐の嵐』の中で最も弱い貴様ぐらいは倒さなければ、主に顔向けできぬ!』
だが、『柄』の構成員は英霊騎士と同様に英霊の依り代に改造されていた。元々『柄』の構成員は、任務達成のためなら躊躇わず命を投げ出すよう教育されている。
だから、彼らは今回の聖戦に挑む際自らの肉体を英霊の入れ物にするために、自ら進んで廃人になる事を選択したのだ。
エイリーク達は気が付かなかったが、その力は犯罪者の肉体を使っている英霊騎士よりも高くなっている。
「威勢がいいのは口だけのようですな!」
『ごばっ!?』
しかし、ゾッドにとっては「もう少し待って」もらうだけで倒せる程度でしかない。
『くっ、十万年前よりも強くなっているだと!?』
『馬鹿な、奴は【格闘術】の才すらなかったはずだ!』
「ゾッドはあんた達がかけた封印から解放されてから、毎日鍛えていたんだから、強くなっていて当然でしょ。普段は肉体の無いあんた達は、気が付かなかったようだけど!」
そう指摘するメルディンは手足を大きく動かして体全体で舞い、アクロバティックに斧を振るう。彼女の動きに導かれるように、繰り出されるゾッドの拳が英霊達の骨を砕き、放たれる電撃が血肉を焼き、大気を震わせる衝撃波が内臓を叩く。
「いやいや、私一人の力ではありません。これも皆のお陰。仲間との絆の力によるものです!」
メルディンの言う通り、鍛錬を重ね筋肉をより練り上げた現在のゾッドは、十万年前のゾッドよりもずっと強い。だが、その彼の力をより高めているのは共に戦うメルディンとの連携によるものだ。
彼女の動きに合わせる事で、ゾッドは自身に欠如していた【格闘術】の……戦士としての才覚を得て本来以上の力を発揮する事が出来るのだ。
「我々は『暴虐の嵐』! 個人個人の力の大きさなど、意味が無いのです!」
『ぐ、ぐおおおおおっ!? お、おのっ、れっ……!』
ゾッドの体当たりで肉体を砕かれた英霊が、そのまま地上に留まって戦おうとするも、その瞬間にメルディンの斧で頭部から股間まで両断されてダメージを負い、地上に留まる力を失い消えていく。
「まあ、そう言う事かな」
メルディンの斧はオリハルコン製だが、魂を砕く事は出来ないので消えた英霊は神域に戻っただけだが、再び地上に降臨できるようになるのは数千年後だ。実質、リタイアである。
「……そろそろ潮時か。まあ、荷物も届くころだしな」
レオナルドは仲間が次々に倒れていくのを見て、シュナイダーと一対一で戦える時間は残り少ないと判断した。
「なんだと?」
シュナイダーが怪訝な顔をした瞬間、レオナルドの全身から血飛沫が飛び散った。【魔王の心臓】で上がった圧力に血管が耐えきれず、皮膚を破って血が噴き出したのだ。
「目隠しのつもりか!? 【無刀武刃】!」
だが、シュナイダーは血飛沫に構わず手刀を振るった。それは間違いなく当たったが……。
「しまったっ!」
だが、彼はそのまま畳みかけてレオナルドを仕留める事は出来なかった。何故なら、彼が手刀を当てたのはレオナルドの【魔王の装具】を握っていた右手だったからだ。
卓越したスキルによって放たれた【武技】によって、通常なら破れないはずの【魔王の装具】に改造されたオリハルコン製の封印がそれを握っているレオナルドの指ごと切断されてしまった。
解放された【魔王の吻】から逃げるために、シュナイダーは咄嗟に後ろへ下がっていた。
「はっはぁ!」
しかし、逆にレオナルドは狂気を感じさせる笑い声をあげながら、【魔王の吻】へ指の無い手を突き出した。
【我、合流せり!】
そして既に【魔王の欠片】を一つ身に寄生させているレオナルドに、【魔王の吻】は嬉々として合流した。
それだけではない。英霊の器にならなかった『柄』の構成員が、敗れた英霊騎士達が落とした【魔王の装具】を回収してレオナルドの元に駆けつけてきた。彼らは、それを躊躇なくレオナルドに向かって投げた。
「くくくっ! はははは!」
自分に投げられた【魔王の装具】の封印を、体中から生やした【魔王の吻】で貫く。
【【【【我、合流セリ!】】】】
数多の【魔王の欠片】がレオナルドの体に入り込み、変異させる。失った得物と指の代わりに【魔王の吻】が生え、反対側の腕には【魔王の蓋】が現れ盾になり、両膝から下が溶けたように形を変えて【魔王の腹足】となった。
「ははははは! さあ、この刹那の時を遊ぼうぜっ、命と魂をかけてな!」
加速度的に【魔王侵食度】スキルのレベルが上昇し、自我が恐ろしい速さで崩壊していく。レオナルドは自身の記憶も感情も理性も何もかも【魔王の欠片】に差し出しながら、今まで培った戦闘技術と狂気だけを残して駆け出した。
「勝手な事を!」
カタツムリと同じ【腹足】とは思えない高速で、文字通り滑るように間合いを詰めてくるレオナルドを、シュナイダーは正面から迎え撃った。
「【砕山割海無斧】!」
シュナイダーが斧の如く振り下ろした踵落としを、レオナルドは貝類が貝の口を塞ぐのに使う蓋に相当する【魔王の蓋】で防ごうと掲げる。しかし、両者が衝突した瞬間砕け散ったのは【魔王の蓋】とレオナルドの片腕だった。
「殺っ!」
どす黒い血をまき散らしながらも、レオナルドは片足立ちの状態のシュナイダーの目に向かって【魔王の吻】の剣先を突き出す。
「【極即応】!」
しかし、反射速度を強化する武技を使ったシュナイダーはギリギリで【吻】に目を貫かれるのを回避する。しかし、耳を削られて血が派手に飛沫いた。
腕が伸び切ったレオナルドの隙を狙い、シュナイダーは彼の頭部を狙って抜き手を放つ。
「ぜああああっ!」
その抜き手を、レオナルドは砕かれた腕を【魔王の歯舌】に変化させて防ごうとする。表面に細かい歯の生えた舌で、シュナイダーの腕の肉も骨も削り食おうとしたのだ。
「【螺旋突き・極み】! 【金剛筋】!」
しかし、シュナイダーは構わず抜き手を放った。【歯舌】で腕の皮膚が削り取られる。しかし、その下の筋肉は【歯舌】に抵抗し、細かい傷がつくだけで削り取られはしなかった。
「ガガ!?」
シュナイダーの抜き手は止まらず、そのままレオナルドの鼻から上の左側を貫き、吹き飛ばす。頭部の四分の一と脳の左半分をほぼ失ったレオナルドは素早く体勢を立て直すと、再び【吻】で刺突を繰り出す。
しかし、それはシュナイダーの分厚い胸板を貫く事は出来ず、逆に折れてしまった。
そして、レオナルドの剣士としての寿命はそれで終わった。心臓の鼓動に似た不気味な音を立てて体が歪み出し、それまではギリギリ保っていた人としての形が崩れ始める。
「いくら何でも筋肉が固すぎだ。どうなってんだ?」
「ゾッドの奴から【筋術】を習ったんだよ」
「何故、今まで使わなかった?」
「お前の剣の腕なら、筋肉をいくら固くしても無駄だからな」
「そうか……そういや、【歯舌】は剣じゃないな」
その光景は実に奇妙だった。形の変わっていない頭部すら大きく欠けて脳の断面が見えているのに、会話だけは普通に交わせている。
【魔王侵食度】が10レベルになっても崩壊しない程、レオナルドの狂気は強かったのか、それとも彼は既に脳を使用していないのか。
「じゃあ、後片付けは任せた。ああ……楽しかった」
そう言うと、レオナルドはあっさりと自身の心臓と残り半分の脳を【魔王の吻】で突き刺して自害した。
【我に、新たな宿主を!】
その瞬間、レオナルドが死んだことで彼に寄生していたいくつもの欠片が融合したまま一斉に暴走を始める。
「クソっ! レオナルドの野郎、ガキじゃあるまいし、遊び道具を散らかしたまま逝きやがって!」
素早く飛びのいて【魔王の欠片】に寄生される事を避けたシュナイダーはそう毒づく。
「責任者は何処だ!? ぶち殺してやるっ! ……畜生っ、もう死んだ後じゃねえか!」
「確か、『零剣』のカーマインって人が『邪砕十五剣』の纏め役じゃなかったけ?」
「申し訳ないっ、そのカーマインはだいぶ前に私が黒焦げにしてしまいまして……」
英霊を倒すか地上に留まる力を使い果たさせたメルディンとゾッド、そしてノトルスを倒したドルトンにリサーナも合流する。
「【癒しの吐息】」
リサーナがふぅっと桃色の吐息を吹きかけると、シュナイダー達の傷が素早く癒える。
「ありがとよ。しかし……これ、封印できるのか? ざっと数えただけでも五個以上の欠片が融合してるんだが?」
【魔王の欠片】は数が集まれば集まるほど暴走時は強力になっていく。歴史上、記録が残っている中で封印に成功したのは最大でも五つである。なお、その際は国がいくつか滅んでいる。
シュナイダー達もここまで多く融合した【欠片】を封印した経験はない。
「仕方ねぇ。ゾッド、俺達が足止めしている間にヴァンダルーを呼んで来い!」
「それしかありませんな」
『おっと、それには及ばんぞ』
だが、シュナイダー達が動き出す前に何者かが現れ、レオナルドだった存在を飲み込んだ。
次の話は11月22日に投稿する予定です。




