四十八話 虫に居所と定められたようです
気が付けば本作で頂いた感想が、百を超えていました。真にありがとうございます。
その内誤字報告がかなりあるのは、お恥ずかしい限りですが。
これからも投稿を続けますので、よろしくお願いします。
ヴァンダルー達はまず城壁を築き、防御を固め、武器を揃えた。吸血鬼や人間が境界山脈を越えて来るだろうルートにも、無事監視用のアンデッドやゴーレムを置く事に成功した。
エレオノーラ達が使ったルートと、オルバウム選王国側の山脈にあるハートナー公爵領に続くトンネル跡には監視用ゴーレムを配置した後、ヴァンダルー自身入口までだが足を運んで様子を見てみた。
エレオノーラ達のルートは、特に問題無かった。奇妙だったのはトンネルの方だ。
トンネルの入り口を見た限りではただ崩れて塞がっているだけのように見えたが、ヴァンダルーが【ゴーレム錬成】で瓦礫をゴーレムにし、【霊体化】で中に入り内部がどうなっているのか調べてみると完全に壊され過ぎている事が分かった。
ヌアザ達から聞いた話では、二百年前このトンネルを使って逃げた第一王女レビア達が秘密の装置で塞いだ事に成っているが、トンネルの内部はまるで難解なパズルのようになっていた。
崩れた瓦礫の上には大きな石が一つも無く柔らかい土や砂が大量に重なっていて、再建のために瓦礫を取り除こうとすると次から次に土砂が崩れて来る。そんな状態だ。
流石に出口までは調べられなかったが、数百メートルはずっとそんな感じだ。トンネルの上は雲がかかる程大きな山々だと言うのに。
まるで誰かがトンネルを再建出来ないよう、高度な土属性魔術で岩や硬い岩盤を細かい砂に変えたかのようだ。
確かにこれなら当時のミルグ盾国軍どころか、【ゴーレム錬成】スキルを持つヴァンダルーが居なければ未来永劫このトンネルは再建する事は出来ないだろう。
レビア王女がどんな方法でトンネルを崩したのか誰も知らないので、ただタロスヘイム王家に伝わる秘密の装置か魔術が凄かっただけかもしれないが……ヴァンダルーは猜疑心を刺激された。
これも吸血鬼が関わっているのではないか、と。
考えてみれば、境界山脈によって隔てられたバーンガイア大陸南部に存在するヴィダ派の原種吸血鬼を恐れる邪神派の原種吸血鬼達にとって、タロスヘイムとハートナー公爵領の交易は目障りでしか無かったはずだ。
交易が盛んに成ればタロスヘイムを拠点に、大陸南部を調べようと言う動きが何時か必ず出て来る。それに刺激されヴィダ派の吸血鬼達が動き出すかもしれない。
だったらその前に自分は動かずアミッド帝国とミルグ盾国を動かしてと言う事だ。丁度良く宗主国のアミッド帝国も属国の国力を削りたかっただろうし、帝国にも吸血鬼の手先が居るなら戦争を促すのは簡単だっただろう。
エレオノーラはそれについて何も知らなかった。彼女は将来有望な出世頭だったようだが、コミュニティ全体から見れば重要な立場には無く、そもそもまだ吸血鬼に成って十年と経っていない。
それに邪神派は同じ派閥同士でも仲が良い訳ではないようだから、知らなくても仕方がない。
ここでヴァンダルーは推理を止めた。幾ら調べても結局事の真偽は当時を知る人物か霊から話を聞かないとはっきりしないだろうから。今は邪神派の吸血鬼達への殺意を高めるだけに止めて置く。
そして残り一つ、ミルグ盾国側の山脈にあるトンネルも見つかった。
大きな岩に蓋をされているが。やはり十万年以上前にこちら側の山脈にもトンネルを造っていたらしい。
それをボークス達はアースドラゴンやロックドラゴンを屠り、ゴブリンキングの大集落を蹴散らしながら見つけてくれた。
土産のドラゴンの素材は現在タレアの手で武具に加工中である。
こうして監視網は整った。
そして戦力も流石に原種吸血鬼を相手に出来る程ではないが、全体個人共に向上している。
ボークスやエレオノーラ、ヴィガロと言った上位の仲間は流石に数か月程度の時間ではレベルは上がったがランクアップにまで至らなかった。
でもヴィガロはこの前、戦士から斧術に特化したジョブの【斧士】にジョブチェンジした。何故か【伐採】スキルまで身に付いたらしい。トンネル探しの最中、邪魔な木を斧で斬り倒していたら獲得したのだとか。
ヌアザはランク5のリッチにランクアップした。「やっとレッサーが取れました。これで貧弱な若造とはボークス殿にも言わせません!」と骨と皮だけの顔で笑っていた。
他にもブラガはランク4のブラックゴブリンアサシンに、彼以外のブラックゴブリンもブラックゴブリンスカウトにランクアップした。中々の斥候職集団だ。
特にブラガはヴァンダルーから聞き出したニンジャへの道を順調に歩んでいるようだ。
ゼメドとメメディガもそれぞれランクアップし、アヌビスライダーとアヌビスモンクに成っている。ゼメドはダンジョンで捕まえた魔物をテイムする事に成功し、騎乗して戦うようになったら。メメディガは魔術と武術を同時に修業しつつ、ベルグとヴィダ神殿でデートする様になって暫くしたら、ランクアップしたらしい。
これも女神の祝福だろうか。
オーカスのゴーバはまだランクアップしていないが、身長も三メートルのボークスと並び一層強く逞しくなった。
何より、森で見つけたギーガ鳥を生け捕りにしてきてくれた。これによりタロスヘイムには新鮮な卵が供給されつつある。
他にもランクアップしたり、レベルを上げたり、スキルを磨いたりと、皆強くなってきている。
これで密林魔境から逃げ出さなければならなかった時とは違い、戦う事が出来るだろう。
欲を言えば対吸血鬼用の武器や備えがもう少し欲しい所だが、それを整えるにはまだ時間と、何よりスキル、技術が足りない。
だが幸いな事に原種吸血鬼や長く生きた貴種吸血鬼は、時間に対しての感覚が非常にゆっくりした物に成るらしく、彼らが動く時は普通年単位、早くても数か月程の時間をかける作戦に成るらしい。
何せ吸血鬼は寿命が無く、しかも同族同士で固まっているため時間の感覚が人とはかけ離れているのだ。
「ちょっと前」が十年以上前の出来事を指しているなんて事が、往々にある。
流石に十年は放置されないだろうが何か特別な理由でも発生しない限り、吸血鬼達が次の動きを見せるまで二年から五年はかかるだろうと言うのがエレオノーラの推測だ。
だからヴァンダルーはそろそろ自分自身の目的達成のためにも、動く事にした。
タロスヘイムの王城地下にある女神ヴィダの遺産である蘇生装置を手に入れ、ダルシアを蘇生させる。
「そのためにも、俺は強くならなくてはいけない」
そのために必要なのが、遺産を今も守る半壊したドラゴンゴーレムの破壊だ。それだけなら、ヴァンダルーが強くなる必要はない。
ボークスやエレオノーラ、ヴィガロやザディリス達の後ろで援護に徹していればそれで良い。ダルシアの蘇生がかかっているが、何も彼が前に立たなければならない理由は無いのだから。
しかし、ドラゴンゴーレムが守っている広間を塞ぐ呪いの氷はヴァンダルーにしか溶かせず、そしてそれを溶かそうとすると、常時発動している【危険感知:死】に強い反応を覚えたのだ。
それはドラゴンゴーレムがヴァンダルーに気が付き、中に入ろうとした瞬間攻撃しようと狙っている事の証拠であり、ボークス達に戦いを任せようにも入口を開こうとした瞬間、ヴァンダルーはドラゴンゴーレムの何らかの攻撃を受けて殺される可能性が高いと言う事だ。
勿論、初めて氷の壁越しにドラゴンゴーレムを見た時と比べてヴァンダルーは強くなっている。ジョブチェンジもしたし、レベルも上がった。能力値もスキルも上昇している。
特にセルクレントの魂を砕いた時に獲得したスキル、【魂砕き】は強力なスキルだった。
慎重に検証した結果、ヴァンダルーが与えたダメージで減った生命力と同じ数字分、魔力を減少させると言うスキルだった。
これで吸血鬼にダメージを与えれば、生命力はすぐ回復出来ても魔力は減ったままと言う事に成り、対吸血鬼戦にとても有効だ。ゴーレムだって攻撃すれば動力源の魔力を削り取る事が出来る。……ダメージが与えられればだが。
しかし、それでもまだ【危険感知:死】に強い反応がある。だからもっと強くならなければならない。
そのために延期していたダンジョン探索を再開する事にした。
『今から入るのはC級ダンジョンだ。坊主、お前が今まで入ったD級ダンジョンとは格が違う。油断するんじゃねぇぞ』
精一杯厳しそうな顔を作ろうとして、残っている方の唇の端がにやついているボークスに、ヴァンダルーは突っ込まなかった。
「はい。案内よろしくお願いします」
これから攻略するのは、ボークス亜竜草原。ボークスの数える気も無くなる程昔の先祖が発見したダンジョンだ。
D級のガランの谷やドラン水宴洞とは違い、このダンジョンには基本的に冒険者以外は入らない。何故なら如何に強靭な巨人種とは言え、生粋の冒険者以外が入るにはこのダンジョンは危険すぎるからだ。
「そうだぞ、本当にここは厳しい。階層も多いし、魔物が強い。状態異常を起こすような攻撃をしてくる魔物や、厄介な罠は少ないが、とにかく魔物が強い」
「二回繰り返しとるぞ、同じ事を。酔っ払いか」
『だけど本当に強いんですよ、魔物。私達もランクアップしたけど、それでも三階からはヴィガロさん達が居ないときつくて』
『ぢゅう。十一階以降ではギリギリの戦いの連続でした』
今回の探索メンバーはランク6のヴィガロとザディリス、そしてランク5に成ったリタ、サリア、骨人、骨鳥だ。案内人のボークスを除けば、C級ダンジョンの攻略には適性戦力と言ったぐらいか。
そして準備して入ったボークス亜竜草原の内部は、その名の通り草原の地形が多いダンジョンだ。
階層によっては森や川、湖の階層もあるが、基本的には草原である。その風景は――。
「まるで映画の中の様だ」
思わずそう呟きながら、【魔力弾】を放つ。
青々とした草が茂り、まるで緑の絨毯のように見える大地を恐竜が群れている。その風景はまさに白亜紀にタイムスリップしたかのようだった。
本当に感動的な光景だ。
群れている恐竜が、こちらに襲い掛かって来るのに気が付いてもヴァンダルーの感動は消えなかった。
『おーい、早いとこそのラプトルも潰さねぇと……ああ、もうやったか』
のんびり後ろで眺めているボークスの視線の先で、前衛を掻い潜って襲い掛かろうとしたラプトルが、ヴァンダルーの【魔力弾】でミンチ肉に一瞬で変身する。
普通の【魔力弾】はそこまでの威力もないし、弾速も矢や他の属性魔術の攻撃に比べて遅く、弾道も工夫し難く単調に成りやすい。
そんな欠点だらけの魔術なのだが、ヴァンダルーは一発に一万程魔力を込めて自分の身長より大きい【魔力超大砲】とでも言いたくなるほどの大きさの弾を撃つ。その大きさ故に避けるのが難しく、しかも最近では魔力の形を歪めて弾道すら工夫している。
そのため動きの速いラプトルでも仕留める事が出来る。
『他のも、流石に何回か入ってるだけあって一階じゃあ苦戦しねぇか』
ボークスの目から見ればまだまだ未熟なヴィガロやザディリス、骨人達も楽々とラプトル達を屠って行く。
群のボスであるランク4、通常のラプトルより一回り大きく頭も良いヒュージラプトルも危なげなく相手をしている。
数がもう少し少なければ、ヴァンダルーの出番は無かっただろう。
『まあ、ここからだがな』
ボークス亜竜草原の表層部に出て来る魔物は基本的にヴァンダルーが知る恐竜に近い物か、ワニや亀等大型の爬虫類タイプの魔物だ。
何でも、これらの魔物をタロスヘイムでは昔竜種に似て鱗を持つが、竜種では無い魔物として「亜竜」と呼称していたらしい。因みに、ワイバーン等も亜竜に分類されていたらしい。
確かにプテラノドン等の翼竜の仲間だと思っても不自然ではないかも知れない。
一階から二階に、二階から三階にと進むにつれて当然出現する魔物との戦いは厳しくなっていく。
五階以下ではランク3の魔物は全く出なくなり、出現する魔物の中にランク5の魔物が混じるようになった。
「GYAOOOOON!」
「おー、ティラノサウルス」
三角形の巨大なシルエット、そのまま槍の穂先に流用できそうな鋭く長い牙、発達した逞しい後ろ足に対して短い前足。
地球で最も有名だろう肉食恐竜、ティラノサウルス……がランクアップしたアーマードティラノだった。鎧竜のような堅牢な鱗と甲羅に覆われた恐竜だが、このラムダではランク5程度らしい。
この巨大な肉食恐竜がブゴガンより弱く、ワイバーンと同格であると言う事に違和感を拭えなかったヴァンダルーだが、そう不自然な事でも無かったようだ。
『ヂュウゥゥ! 主の糧に成るがいい! 【流水】! 【斬月】!』
骨人は直線的なアーマードティラノサウルスの噛みつき攻撃を流れるような動きで回避し、円を描くような軌跡の斬撃で首を半ばまで切断した。
骨人はヴァンダルーに霊体を追加されてランクアップに成功した後、更に研鑽を積みランク5のスケルトンバロンにまで至っていた。スキルは【剣術】が5、他の【弓術】や【盾術】等は4にまで上がっている。
ランクの上ではアーマードティラノサウルスと互角の筈だが、アーマードティラノサウルスが旺盛すぎる闘争本能のせいで単調な動きしか出来ないのに対して、骨人は複雑で関節可動域を無視した奇怪な動きを当たり前にする。この差だろう。
『主、この死体は如何しますか?』
「もうティラノサウルスのゾンビはいますから、素材と食料にしましょうか。ティラノサウルス系の魔物って、何処が美味しいんでしたっけ?」
『腿肉だったかと』
魔石を抜き取ってアーマードティラノサウルスの鱗と甲羅を剥ぎ取り、腿肉を食べて一息入れたのだった。
十階の中ボスは、草食恐竜だった。
ただヴァンダルーが期待した雷竜……ブロントサウルス等の巨体と長い首を持つ恐竜では無く、猪も逃げ出す獰猛な角竜だった。
「BOOOOO!」
やや牛に似ている様な咆哮を上げ、鼻先に生えた短い一本と額から伸びる長い二本の角からバチバチと稲光を輝かせ、トリケラトプスが突進の構えを見せる。
「……うん、流石異世界」
恐竜もファンタジーな進化を辿ったようだ。
『ランクアップして風属性の魔力を角に宿すようになったトライホーンです、ここは私達に任せてください!』
『前も討伐した事がありますから!』
そう言って前に出たのは、サリアとリタのリビングアーマー姉妹だ。しかし、彼女達の姿は以前とは大きく異なっている。
それぞれランク5のマジックハイレグアーマーとマジックビキニアーマーに至った彼女達は、遂に【霊体】のスキルを獲得したのだ。
その結果、彼女達は鎧だけでは無く目に見える姿を手に入れた。……白い辛うじて人型だと分かる輪郭も無い靄に見える身体を。
強い風が吹けば消えてしまいそうな頼りない【霊体】だが、それ以外にもスキルのレベルは上昇している。ランクは5だが、姉妹二人ならランク6でも大丈夫だと言う。
そんな頼もしい二人は突進してくるトライホーンに正面から突っ込み――
『きゃああああああああっ!』
ぱーんと跳ねられて武器を握ったままの手甲や、脛当て、鉄靴がばらばらに飛んでいく。
「は?」
「し、死んだ!? 死んだのか!?」
『グエ゛!? ゲエエエエエエ!?』
『おいおい、やべぇんじゃねぇのか?』
驚くヴァンダルーに、慌てふためく男性陣+骨鳥。しかしザディリスは慌てず騒がず、呆れの混じった息を吐いた。
「また性質の悪い冗談を」
そう彼女が呟き終わるか終らないかと言った時に、空に大きく舞い上がったリタとサリアの手甲や鉄靴がグルリと翻り、それぞれハルバードとグレイブを握り直す。
「BOOOOOOOOO!?」
そして、二人を倒したと思って勝利の咆哮を上げていたトライホーンの首や腹を背後から突き刺し、切り裂く。
そしてトライホーンが息絶えると、バラバラに成っていた鎧がそれぞれ一か所で合体し、サリアもリタも元通りに成っていた。
『終わりました。トライホーンにはこの方法が有効なんです』
『私達がバラバラになるとそれでやっつけたと思うんでしょうね。それで動きが止まるし、隙だらけになるから楽ちんなんです☆』
『あ、そろそろ喉が渇きますよね、どうぞ。搾りたてですよ、坊ちゃん』
悪びれもしない二人から、トライホーンの生き血で満たされた木彫りのカップを受け取る。
「理由は分りましたが、悲鳴は必要無いのでは?」
『あ、それは……思っていたよりも角がビリビリして、つい』
『姉さんって、ビリビリしてるのに弱いもんねー』
「リタ、お主の悲鳴も聞こえたのじゃがな」
『そ、それはつい……ちょっとした遊び心で』
「そんな遊び心は要らん! それよりも霊体を引き締めんかっ! まるで丸太の様じゃぞ」
『違います! これは私が生前から幼児体型とか贅肉が付いていたとかじゃなくて、まだ未熟だから――』
「未熟者が実戦で遊ぶな! 我までからかったな!」
『おう、ちょっと趣味が悪いぜ、嬢ちゃん』
リタが年長者組にお説教を受けているのを見て、ヴァンダルーは自分からは何も言わない事にしたようだ。
「でも、サリアも気を付けてくださいね。やるにしても、次はもっと上手くしてください。でないと、俺もまた敵に肉や臓腑を斬らせるような戦い方をしますよ」
自分が無茶をしたら叱られるのに、周りはして良いと言うのは不公平だ。これくらいは言っていいはず。
『や、止めてください! 本当に止めてください! もっと上手くやれるように工夫しますからっ』
顔を青く……は成っていないが、慌てて約束するサリア。この様子なら大丈夫だろう。
「話は変わりますけど、さっきのバラバラに成ってから攻撃するのって、どうやったんですか?」
これまで、サリアとリタは一見バラバラだったが、基本的には透明な人型生物が鎧を着ているだけのように、パーツが纏まって動いていた。
しかし、【霊体】スキルを1レベルとはいえ身に着けて靄の様な身体を手に入れた今に成って、パーツをバラバラに成ったまま動かして見せた。普通逆ではないだろうか?
『それは【遠隔操作】スキルを獲得したからです』
「遠隔操作?」
『はい。身体から離れた身体の一部、私達の場合は手甲や鉄靴等のパーツを動かせるようになるスキルです』
何でも、そう言う事が出来ないかなとリタと一緒に練習していたら手に入ったスキルらしい。
『それは中々使えそうなスキルですな。是非私も習得したいヂュウ』
『グエエエエ』
話を聞いていた骨人と骨鳥が声を上げる。
霊体で再現された肉や軟骨、羽以外は骨だけの二人なら、練習すれば確かに【遠隔操作】スキルを獲得できるだろう。霊体を操作すれば骨を外すだけで、何のリスクも負わないだろうし。
【遠隔操作】スキルは元々リビングアーマーやスケルトン、ゾンビ等のアンデッド専用のスキルなのだろう。
ヴァンダルーはまだこちらの世界では見た事が無いが、地球のホラー作品でバラバラに成っても手足が動いて襲い掛かって来るゾンビやスケルトンと言った演出は、お約束だった。
蜥蜴の尻尾の様な例もあるが、あれは操作している訳じゃないから違うだろう。
「それ、俺も習得したいですね」
『『ええ゛?』』
しかしアンデッド専用だからと言って、自分が習得できない理由にはならないと考えたヴァンダルーの発言によって、空気が凍った。
『あ、あの、坊ちゃんがバラバラに成るのはちょっと……』
『もし元通りにくっつかなかったら、主もアンデッドに成るしかなくなるのでは?』
「いや、流石に自分の手足を斬り飛ばして練習しようとは思いませんから」
実際、元通りくっ付かなかったら大事だ。事前に【霊体化】してからならもしかしてと思うが、もしかしなかったら取り返しがつかないかも知れないし。
ブゴガンに斬られた胴体は無事繋がったが、あれは斬られてからすぐくっ付けたからだ。スキルの獲得のために練習して時間が経ってからだとどうなるか分からない。
「とりあえず、髪でやってみましょう」
ヴァンダルーの髪は「これが男らしい髪型だ」とザディリスやバスディアが主張する長髪だ。どうやら、男グールの獅子の鬣のようにしたいらしい。
ダルシアにも可愛いと好評なので、このままでいいかとヴァンダルーも伸びるままに放置しているのでその内腰まで届くようになるだろう。足元に着く前には切るだろうが。
『まあ、髪なら……』
『主、髪で上手く行かないから指に変更とか、そう言う事は絶対に止めてください』
心配させたようだが、ヴァンダルーには獲得したら色々と応用できそうな【遠隔操作】スキルを諦めるつもりは無かった。
獲得しても、斬り飛ばした腕でロケットパンチとかそう言う事はしない予定だが。
十一階以降は、更に過酷さが増して行く。
出て来る魔物は全てランク5で、時折ランク6の魔物が単体で現れるようになる。
『だが十一階からがこのダンジョンの狩場だ。魔物以外にも使える素材が多いからな』
大木の様なシダ植物の若葉は磨り潰すと薬に、干して煎じると苦いが身体に良いお茶に成る。
琥珀を取る事が出来る台地や、砥石に使うと武器が錆びにくくなる石が取れる崖等がある階層を目当てに、当時の冒険者達はこのダンジョンに挑んだらしい。
そして経験値的にも大変美味しい。
「こっちの恐竜は虫の息なので、止めお願いします」
『御意!』
『姉さんっ、そっちにタコっぽいの行った!』
『坊ちゃん! この空飛ぶ巻貝とタコの親戚は何ですか!?』
「アンモナイトだと思いますよ、俺が知っているのは空を飛びませんでしたけど」
『アンモの騎士! ならば私が相手を仕る!』
「いや、別にあれは騎士では……」
貝殻の大きさがヒグマよりも大きい空飛ぶアンモナイトに、雄々しく一騎打ちを挑む骨人。
出現する魔物はアンモナイトも含めて、全て個々の力では同格か格上の相手ばかりだ。当然倒すと大量の経験値が手に入る。
「ウオオオオオ! 【断鉄】!」
見るからに石頭だろう草食恐竜の頭突きに対し、ヴィガロが新しく覚えた斧術の武技で迎え撃つ。
バガンっと卵形の殆ど骨でできた頭部から胸部まで真っ二つに成り、どうっと倒れる。
密林魔境での戦いでグールバーサーカーにランクアップし、更にタロスヘイムでジョブを得たヴィガロの実力はB級冒険者に匹敵しつつある。
【斧術】や【伐採】にスキル補正がかかる【斧士】にジョブチェンジしたので、これからも成長が期待できるだろう。
「うおっ! 魔石まで真っ二つにしてしまった!」
「何をやっておるのやら」
骨肉に混じって魔石を割ってしまった手応えを感じて声を上げるヴィガロに、ザディリスは別の恐竜に魔術で攻撃しながらため息をついた。
レベルは100に達していたがスキルが足りずにランクアップできなかったザディリスは、タロスヘイムに来てから行った修行によって、見事ランク6のグールハイメイジに至った。
やはり姿は大きく変わらなかったが、額に目を連想させる紅い宝玉が出現した。魔術の行使を補助するための器官であるらしい。
そうして成長したザディリスが放つ光属性の攻撃魔術は凄まじく、熱したナイフでバターを斬るかのようにスパスパとアンキロサウルスに似た鎧竜を切り裂いていく。
「うん、【詠唱破棄】スキルも調子が良い。……とと、坊や、ちょっと魔力を分けてくれんかの?」
「はいはい」
魔力も増えているが、流石にヴァンダルー程では無い。調子に乗って使えば魔力が心許なくなるのは当然だった。
そしてボークス亜竜草原で取れる中で、ダンジョンボスの素材を除けば最も貴重な産物がセメタリービーの蜂蜜と蜜蝋だ。
体長三十センチ程の蜂の魔物で、ランクは5。一匹一匹はそうでもないが、群全体が一つの生き物のように襲い掛かって来る恐ろしい魔物だ。
その大顎は板金鎧を紙のように食い千切り、針の鋭さは並の盾職では防げない。そして最も凶悪なのが猛毒だ。
強力な神経毒で、生半可な耐性スキルでは耐えられず数分でショック死してしまう。
この魔物の巣の周囲には蜂型の魔物から取れる中では最高の味を誇る蜂蜜や、最高級の蝋燭や石鹸に加工できる蜜蝋を求める冒険者達の死体が、数え切れない程横たわっているという。
まるで墓地のように。
「そう聞いていたんですが、もしかして意外と人懐っこかったりします?」
『そんな訳があるか……坊主、もしかしてその蜂、アンデッドだったりするか?』
「元気に生きていると思いますよ」
セメタリービーにびっしり張り付かれ、蜂人間っぽくなったヴァンダルーにヴィガロは驚きを通り越して呆れていた。
『甘いもんを欲しがってたから、試しに探してみるかって聞いたらこれだ。坊主、セメタリービーはこのダンジョンで一番珍しい魔物なんだぞ』
「……その割には沢山いますね」
ブブブ。セメタリービー達は羽音を立てながら、顎で噛むでも針で刺すでもなく、舌でヴァンダルーを舐めまわしている。
蜜蜂が天敵に行う、纏わりついて体温を上げ蒸し殺す的な危険も感じないので純粋に懐いているらしい。
『凄いですね坊ちゃん、蜂まで坊ちゃんにメロメロですよ』
『ぢゅう、本当に大丈夫ですか、主?』
「……多分?」
虫嫌いだったら失神するところだが、ヴァンダルーはそれほど虫が嫌いではなかった。地球で子供だった頃はカブトムシやクワガタに憧れたものだ。
そう思っていると、一際大きいセメタリービーが無数の蜂を連れて飛んできた。
ギチギチ顎を鳴らすと、ヴァンダルーの頭に着地。
「坊や、それはもしや女王蜂と言う奴じゃないかの?」
「らしいですね」
「それで、其奴は何をしているのじゃ?」
「多分、テイム?」
「……坊や、もしかしてアンデッドだけでは無く、名前に死とか墓地とか付く魔物は全て魅了できるのか?」
『スゲェな、虫型の魔物は本能が強すぎて誰もテイム出来なかったって聞いた事あるぜ』
「おお、凄いなヴァンダルー。もしかしたら世界初だぞ」
「多分褒められているんだと思いますけど、羽音で聞こえない」
どうやら、【死属性魅了】は虫の一種にも効くらしい。それとも虫アンデッドを使い過ぎて、生きている虫にも懐かれるようになったのだろうか?
次話は11月15日に投稿予定です