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三百九十話 手が足りないと拝む無数の手

『ん? ここは……空?』

 ふと意識を取り戻した彼は、自分の下に雲が浮かんでいる事に気が付いて、首を傾げた。

 地上にいたはずの自分が、何故雲海を見下ろす事が出来るような高い空に浮かんでいるのか。さっぱり覚えがない。


 彼の名は『隠の神』ワイズワーン。『空間と創造の神』ズルワーンの従属神であり、隠……隠されて見えない場所を司る神である。

 その姿は猫の頭部にフクロウの翼、ヤモリの体に蛇の長い尾を生やしている。四頭獅子の姿をしているズルワーンの従属神に相応しい異形である。


 しかし紛れもなく『ラムダ』世界の神だ。そして、眠りにつく前にズルワーンが残した指示通りヴィダ派に付いた神である。

 魔王軍との戦いでは、彼が司る隠し部屋や隠し通路を使い大いに勇者軍を助けた。しかし、その後に起きたアルダとの戦いでは手の内が知られていたため、光属性の神々に見破られて追い立てられたところを封印されてしまった。


『そうだ、我は封印されたはず。それが何故空に? 何故封印が解かれた?』

 封印された後に救出されたのなら、何故戦場だった地上から遠く離れた空に居るのか? そして封印を解いた存在は何処へ行ったのか? そう疑問を覚えたが、心当たりはない。しかし、このまま長々と考え込んでいる余裕もない。


 ここは一応下界で、こうしている今もワイズワーンは降臨している状態であるためエネルギーが消費されているからだ。


 しかし、どこへ行けばいいのか?

(事の経緯を推測すれば、我は封印された後、アルダかその手の者に囚われた。そして何らかの原因で封印が解けた結果、ここに居るはず。なら、我の封印を管理していた存在……アルダ勢力が牛耳っているだろう神域に戻るのは自殺行為。

 だが地上では何故かあのグドゥラニスの気配がいくつかの場所に……我々だけではなく、グドゥラニスの封印まで解けているのか?)


 ワイズワーン達神々は、同じ神々や魔王軍の邪悪な神の位置を正確に把握するレーダーのような能力はもっていない。だから、気配を消して隠れている神の居場所は発見するまで分からない。そのため十万年以上前、ザッカート達生産系勇者達を殺すための魔物に紛れて侵攻してきたグドゥラニスに気がつけなかった。


 魔王軍残党の邪悪な神々がアルダやベルウッドに位置を把握されるまで隠れ潜み続けられたのも、それが理由だ。


 しかし、大きな魔力の流れに気が付かない程鈍感なわけでもない。

 今アルダによってグドゥラニスの魂を埋め込まれたヴィダ派の神々や魔王軍残党の邪悪な神々は、強制的に降臨させられているため莫大な力を消費し続けている。さらに、絶叫を轟かせ狂乱しながら全力で暴れまわっている状態だ。


 これほど大騒ぎされれば、同じように狂乱でもしていなければ存在に気が付く事が出来て当たり前である。

『この気配は……ザンターク様の気配は途絶えた。ファーマウンの気配も途絶えたが……ラファズが倒したのか?ヴィダ様の気配は……人を通しているようだが感じ取れる。グドゥラニスに似た強大な気配からも離れている。まずは事態を把握するためにも、そこに向かおう』

 ワイズワーンは、グドゥラニスに似た強大な気配ヴァンダルーから距離を取り、ヴィダの気配の元へと急いだ。何者かが、自分に寄生していた魂の欠片を抜き取った事に思い至らないまま。




 ハートナー公爵領の主都、ナインランドでは神々による三つ巴の激戦が繰り広げられていた。

 ナインランドは約六年前に城が傾き宝物庫から財宝が奪われる悲劇に見舞われたが、近年はどうにか持ち直しつつあった。


 だが、空の彼方から人知を超えた強大な存在が現れた時、多くの人々はそれも終わりだと本能的に察した。

『GYUOOOO! 下等生物の巣か! まずはこのあたりの生きとし生けるものを殺しつくす! まずは貴様だぁ!』

 先端が鋏や鉤爪になっている脚を無数に生やした甲殻類のような姿の魔王軍大幹部、『殺狂の悪神』ギドラグドラが、隣に現れた異形の神に向かって攻撃を繰り出す。


『BOOOOOO!? BURORORORO!?』

 その神は、一見すると不気味な形をしているだけの巨大な雲に見えた。しかし、ギドラグドラの攻撃を受けると、奇怪な叫び声を轟かせながらその正体を現した。


 巨大な口以外は体の形を変えて生やした触手のみで、全身が黒に近い灰色の雲で出来た『廃雲と魔雨の邪神』バスバリュリュ。彼は同じ魔王軍であるはずの自分を何故攻撃するのかと、ギドラグドラを非難したようだ。


『何故だと!? 殺すのに理由があるとでも思っているのか!? 理由がなければ同士討ちもできないのか!? そんな軟弱な存在は我々魔王軍には不要だ! だからこれは同士討ちではない!』

 だが、残念なことにギドラグドラは『殺狂の悪神』。信者からの祈りではなく、自らが殺した存在と彼に殺される事を恐れる者達の嘆きと恐怖を糧に存在する狂神である。


 魔王軍の大幹部でありながらグドゥラニスですら扱いに困った彼の狂気は、グドゥラニスの魂の欠片を埋め込まれた事で加速していた。


『HOOOO!』

 叫びながらギドラグドラの攻撃から逃げ回るバスバリュリュだったが、このままではジリ貧だと判断したのか、攻勢に出ようと試みた。態勢を立て直すため、雲で出来た体から雨を降らせ、ギドラグドラから距離を取ろうとする。


『黙れ、魔王軍の残党共!』

 だが、そう叫ぶ巨人がバスバリュリュの雨が地上に落ちる前に吹き飛ばした。

 日光を跳ね返す水晶の鎧を身に付けた美しく凛々しい姿に、地上の人々はアルダが遣わした救いの神が現れたと期待したが、当然だがそれは見当はずれだ。


『貴様らも、我自身も、そしてアルダもベルウッドもナインロードも、ファーマウンも奴らに祈る者共も許さん!我が叩き潰す!』

 だが、怒りと憎悪に満ちた宣言にそれは間違った思い込みであると気づかされた。

 彼女の名は『水晶の巨人』ナディア。ヴィダとアルダの戦いで敗れ、封印されたヴィダ派の真なる巨人である。


『その水晶、見覚えがある! 貴様の前の『水晶の巨人』とやらを殺したのは、おそらく我だな! 貴様が殺し甲斐があるかどうか、試してやる!』

『BUOOOOOOO!』

『父祖の仇! 死ねぇ!』

 三柱の神がぶつかり合い、その衝撃は地上にまで及び、人々は転倒しないよう身を伏せ、神殿のステンドグラスは砕け散った。

 そして、路地裏や物陰から蟲や鼠、蛇やトカゲが這い出てきて、無数のカラスが空を飛び、人々は悲鳴を挙げた。


『次はここですかー』

『まさか、また来ることになるとは思いませんでしたね』

 それらの小動物……に擬態した使い魔王達はやれやれと呟くと、集合して一つの巨大な群れとなり……そのまま一体化して大小無数の腕をこね合わせて作った球状のような姿になった。


「政治的な意図を勘繰られそうだから、さっさと倒してしまいましょう。リクレントによると、まだまだ行くところがあるようですし」

 その玉の真ん中に、ヴァンダルーが生えていた。


 だが、彼は他の亜神達と同じく城の尖塔よりもずっと高い、上空数百メートルにいるため地上の人々はヴァンダルーの姿に気が付かなかった。

「お、終わりだ……俺達はもう死ぬんだ……」

「なんでよ! なんで私達の頭の上にあんなのが四匹も現れるのよ!」


 それはヴァンダルーと縁のある街で、境界山脈に接している公爵領だったため、アルダに目を付けられたからだが……それを人々が理解できるはずもない。

(ケイティとルーカスの代理には現在進行形で説明をしているので、何とかなるでしょう)

 そしてヴァンダルーも、今は悪感情と言う程ではないが親しみがあるとは言えないナインランドの人々に、これ以上丁寧に対応するつもりはなかった。


『この気配はグドゥラニス様!? いや、違う!?』

『BOOOO!?』

 グドゥラニスに似た気配を発するヴァンダルーの出現に、彼が健在の頃に封印された二柱の邪悪な神が動きを止め、困惑を露わにする。


『【界穿滅虚砲】』

 その隙だらけの二柱の内、『廃雲と魔雨の邪神』バスバリュリュをヴァンダルーが放った黒い光線、【界穿滅虚砲】が貫いた。

『BROOOOOOOooooo……』

 体が雲で出来ているため物理攻撃に強いはずだったバスバリュリュだったが、ヴァンダルーによって魂を喰われてはひとたまりもなかった。


「良し、ここに来た目的の内一つは無事達成できましたね」

 ヴァンダルーが『再生の女神』リュゼマゼラを助けた次にハートナー公爵領に来た理由の内一つが、バスバリュリュを滅ぼすためだった。


 魔王軍との戦いにおいて、バスバリュリュは『呪毒の邪神』の配下の一柱だった。彼は汚染された魔力が凝縮された液体を雨にして降らせ、地上に魔境を瞬く間に増大させ、人々の生存域を奪った恐るべき邪神だ。

 もしバスバリュリュを放置していたら、ナインランドは早々に魔境と化して普通の人間が生活するのは困難な環境へと変わっていただろう。




《【魔王の食欲】を獲得しました!》




 そして、アルダがバスバリュリュに埋め込んでいたのは【食欲】だったようだ。雲で出来た体を持つ邪神に何故食欲を埋め込んだのか? パワーアップするどころか、バスバリュリュ本来の生態とぶつかり合って双方ともに力が発揮できなくなる組み合わせだと思うのだが。


(いや、アルダもバスバリュリュがパワーアップして魔境を短期間で倍増させたら困るから、俺に直ぐやられるよう故意に相性の悪い欠片を埋め込んだとかでしょうか? いや、どうでもいいか)

 そんな事を考えながら、次にギドラグドラとナディアに意識を向ける。それと同時に、ヴァンダルーは二柱から攻撃を受けた。


『貴様っ! よくもバスバリュリュを! この我の獲物をっ! 嬲りもせず一撃で倒すような手抜きを!』

「うーん、理解が難しい理由で殺意を向けられるとつい冷静になってしまいますね」

『死ねっ、グドゥラニスモドキめ!』

「いえ、生きます。俺もあなたも」


 ギドラグドラが繰り出す鋏を腕で弾き、絡めとって関節を破壊しようと試み、カウンターで殴りつける。

 ナディアが振るう剣を腕で受け止め、他の腕を伸ばして【結界弾】を放ち、彼女の四肢を絡めとって拘束しようと試みる。


 そして飛び散る水晶の欠片や、ギドラグドラがたまに街に向かって放つ魔術を、やはり腕を伸ばして防ぐ。

「手が足りないとはまさにこの事ですね」

 ヴァンダルーがここに来たもう一つの理由は、今猛り狂って水晶の剣を振り回すナディアを助けるためだ。真なる巨人であるナディアは、リュゼマゼラと違って地上で活動するだけで莫大なエネルギーを消費するようなことはない。


 しかし、使い魔王の眼を通して様子を見ていたヴァンダルーの前で、ナディアは自分と同じようにグドゥラニスの魂の欠片を埋め込まれた邪悪な神と争いだした。

 このままではナディアが返り討ちにされてしまう。彼女はただの真なる巨人の一柱だが、相手は魔王軍で大幹部だった『殺狂の悪神』だ。彼女が勝てる道理がない。


 それに、ナインランドに使い魔王以外の戦力を配置していなかったのも大きかった。

(まさか、アルダがここに三柱も、それも一つは魔王軍の大幹部の悪神を放つなんて思いませんでしたからね)

 ハートナー公爵領は境界山脈に沿っているが、結界を直接超える事は出来ず、トンネルの位置は既に把握している。

 そして、ナインランドにヴァンダルーと親しい存在は、強いてあげれば転生者のケイティ一人だけだ。


 そんな場所にこれ程の戦力を投じて来るとはヴァンダルーも想定していなかった。

『ガ! ギィ! ククク! 貴様も命を奪う快楽が分かってきたようだな!』

 ヴァンダルーが伸ばす無数の【魔王の腕】を鋏で弾き、突き刺し、切断するギドラグドラだったが、ヴァンダルーは鋏で弾かれる前に棘を生やし、刺されれば傷口を【魔王の顎】にして鋏を噛み砕こうとし、切断されればその部分を【炎獄死】の魔術で爆発させる。


 しかも他の【魔王の腕】で同時に【死砲】や【虚砲】を放ち、幾度もギドラグドラの体に穴を開けた。

「まあ、倒した相手を糧にして来たので、分かっていないとは言いませんけどね」

 だが、それはギドラグドラを嬲っている訳ではない。


『何故だ! 何故我を攻撃してこない、グドゥラニスモドキ! 我は敵ではないとでも言いたいのか!?』

 思っていた以上にナディアの抵抗が激しいため、大技を放てないのである。

 『水晶の巨人』ナディアの力自体は、以前戦った『轟雷の巨人』ブラテオよりも数段下だ。彼の息子の『雷の巨人』ラダテルより一段上程度だろうか。


『うわああああああ!』

 だが、その暴れっぷりが厄介だった。ヴァンダルーが彼女の脚を腕でつかむと脚を、腕を掴めば腕を、彼女はなんと躊躇いもなく切り落として拘束から脱しようとするのだ。


「いや、敵じゃないからこそここまで苦戦しているのですが」

 仕方ないので、慌てて手を放すしかない。

 敵だったら自滅を待てばいいのだが、助けようとしている対象に自滅されては堪らないため、中々拘束できない。


『なら我が殺して良いな!? 殺して良いのだな!?』

 しかも、それに気が付いたのかギドラグドラがヴァンダルーだけではなくナディアも同時に狙いだしたので厄介さが増している。

 ……しかも、同時にナインランドの人々に被害が出ないようにしなければならない。さらに言えば、こうしている今も各地で分身である使い魔王達がアルダの放った神々に応戦中である。


 バスバリュリュの綿菓子のように甘いがさっと溶けるように消えてしまう魂を喰らった事で回復した分の魔力は、すぐに消費されてしまう。


 正直言って手が足りない。援軍を期待したいところだが、フィディルグとゾゾガンテ、ランドルフ達はパウヴィナの所に向かってもらった後だ。

 しかも、ナインランドでは騎士団や冒険者が街を守るため上空にいる「三柱」の邪悪な神を……つまりヴァンダルーに対しても攻撃しようとしている。ケイティや彼女から正しい状況を聞いた城の文官達が必死に止めてくれているが。


『アヒヒヒヒィ! どちらも殺す!』

『我をどこまで愚弄すれば気が済むのだっ! 我が誇りと命をかけてどちらもこの場で倒す!』

「……もうなりふり構うのは止めましょう」


 もはや限界だと判断したヴァンダルーは、【体内世界】に待機させていたデーモン達を解き放った。

『ハッハァ! 偉大なるヴァンダルー様からのご命令だ! 死守せよ!』

『地を這う人間共を守るのだ!』

 彼らは主戦力として運用するには実力が足らないため、【体内世界】に待機していたデーモン達だ。しかし、その数は千を超える。


 馬車ほどもある水晶や甲殻の欠片から街を守る程度なら、彼等でも可能だ。今までは地上の人間がパニックに陥る可能性を重く見て出さないでいたが、もう構っていられる状態ではない。


「な、なんだ!? どこからこんなデーモンが!?」

『地を這っていない人間だ! どうする!?』

『ならばこいつにも人間共を守らせるぞ! 来い、人間!』

「う、うわあああああ!?」

 決死の覚悟で暴れる「三柱の邪悪な神」を攻撃しようと魔術で空を飛んだ冒険者が、デーモン達に巻き込まれていった。


『手が足りないか? 何なら我が地上の猫と言う獣の手を持って来てやろうか!?』

 そう言いながら、一際大きい鋏をハンマーのように振り下ろすギドラグドラ。

「いえ、足りてます」

 だが、それをヴァンダルーは掲げた腕の一本で受け止めた。そして、鋏が大きく弾かれギドラグドラはそれに引っ張られるようにして体勢を崩してしまった。


『な、なにぃっ!?』

 なんとヴァンダルーが掲げた【魔王の腕】には、【魔王の肉球】が生えており、ギドラグドラの鋏は【肉球】の弾力によって跳ね返されてしまったのだ。


『今だ!』

 その瞬間、ナディアがヴァンダルーごとギドラグドラを水晶の剣で串刺しにしようと突貫を試みる。ヴァンダルーはそれをあえて受けた。深々と突き刺さる水晶の剣、迸るドス黒い血。


『うわあああああっ!?』

 だが、悲鳴を挙げたのはナディアの方だった。彼女が浴びたのはただの返り血ではない。ぬるぬるとした高粘度の【魔王の粘液】を【魔王の墨袋】で染めたものだったのである。


 そこに、新たな影が。今度こそ終わりだと、ナインランドの人々は絶望した。

『KUOOO!』

「ラファズ、来てくれたのですか」

 だが、現れたのは外見は邪悪な神と融合した影響でやや禍々しくなったものの、ヴィダ派である事は変わらない『鳥の獣王』ラファズだった。


『KUOOOO!』

 ラファズはその場で羽ばたき、体勢を崩したギドラグドラに衝撃波や風の刃を叩きつけて牽制しながら、咥えていたオーブをヴァンダルーに投げ渡した。


「ナイスパス。では、二日後と言わず今この場で封印を解きますね」

 そしてヴァンダルーはオーブ……ファーマウン・ゴルドが自らを使って施した封印を解き、そのまま『浄炎の神』ダーマタークに埋め込まれたグドゥラニスの魂の欠片を噛み砕いた。




《【魔王の邪気】を獲得しました!》




『っ! わ、我はどうしたのだ? ここはぁぁぁぁ?』

 そして、ダーマタークは【体内世界】に飲み込み、再度強制封印。魔王の大陸とは違いナインランドの近くには疑似神域がないので、仕方のない措置である。


『貴様ぁ! ファーマウンっ、今度こそ殺してくれる!』

『お前には加減も遠慮も無しだ!』

 そして、解放されたファーマウンは咄嗟に状況を判断して、ギドラグドラに斬りかかる。その間に、ヴァンダルーはダーマタークに続いてナディアに処置を行う。




《【魔王の復讐心】を獲得しました!》




 どうやら、ナディアが自分を含め他のグドゥラニスの魂の欠片が埋め込まれた神を攻撃したのは、埋め込まれた【復讐心】と彼女自身の復讐心が合わさった結果だったらしい。


『かっ……はっ……』

 粘液塗れのまま動く気力を失ったナディアを【魔王の腕】で掴んだまま、この場所に残る最後の敵に向き直る。

「では、手を貸しましょう」

 そして、適当に千切った【魔王の腕】をギドラグドラに向かって放り投げる。


『チィ! また爆発する腕か!』

 ギドラグドラはそれを見もせず、自分の鋏の一本を切り飛ばして迎撃する。そして彼の予想通り【魔王の腕】は爆発したが……噴き出たのは爆炎ではなく赤黒い霧だった。


『なにっ!? ……ギャアアアアアアア!?』

 ヴァンダルーは、【魔王の腕】を神をも喰らう肉食性微生物、【貪血】に変えたのだ。それは既に全身傷だらけになっていたギドラグドラの傷口から入り、彼の望み取り嬲るようにゆっくりと、しかし確実に貪り喰らっていく。


 【貪血】の事を知っていたファーマウンとラファズは、自分も食われる事を覚悟して身を固くしたが……痛みはなかった。

『……? 【貪血】は無差別攻撃じゃなかったのか?』

 そう呟くファーマウンを無視するように、赤黒い霧はギドラグドラへ向けて群がっていく。


「制御できるようになりましたからね」

 肉食のバクテリアと化した血も、ヴァンダルーの一部である。つまり【貪血】は彼であり、彼は【貪血】である。

 そして伝染病をもたらす【ペイルライダー】ジョブなどの力で、ヴァンダルーは【貪血】の制御に成功していたのだ。


「助けに来てくれてありがとうございます、ファーマウン、ラファズ。二人はダーマタークを安全な場所に連れて行ってください。それとも、まだやれますか?」

 ゆっくりと貪り食われていくギドラグドラに、魔力を節約して【魔王の角】を打ち込んで止めを刺した後、ヴァンダルーは二柱にそう尋ねた。


『……まだ一か所ぐらいならどうにかなるが、力の問題よりも俺がヴィダ派として活躍するのは筋が通らないだろう』

 それに対してファーマウンは、人間社会ではアルダ勢力と見なされている自分が活躍しては、将来に禍根を残すと自分の考えを口にして理解を求めた。


「じゃあ、一旦ボルガドンの聖域で待機していてください。それで手が足りない場所があったら、声がかかると思いますから」

 しかし、猫の手も欲しいヴァンダルーは意見を拒否した。


『いや、だが……』

「ラファズはあなたに活躍してほしいそうですよ。正確には、『後々の事を考える余裕があったら、さっさと動け。非常時だ』と言いたいそうですが」


『うっ、それもそうだが……』

「あなたの信者は主に冒険者で、信仰心を高めるために厳しい修行に打ち込むような信者か、それこそアルダやベルウッドの仲間として信仰している信者以外ほぼいない、という事情があり、神託を下して自分の意見を述べる事が出来なかった、と言う事情は理解しています」


 なおも渋るファーマウンに、ヴァンダルーは説得を続けた。

 人間社会でアルダ勢力と見なされているファーマウンが、ヴィダ派に転向した事を信者達に周知するには、人間社会の信者に神託を下すなどしなければならない。

 だが、縁起を担ぐためにお守りとして聖印を携帯し、気軽に祈る。そんな信仰心にそれほど厚くない信者が大多数であるため、神託を下しても受け取れる者がいなかった。


 それに、ファーマウンは積極的に自分がヴィダ派に転向した事を広めるのにためらいがあった。今更どんな顔をして「自分はヴィダ派に転向した」などと言えば良いのか、分からなかったからだ。


「ですが、それはそれとしてお願いだから羞恥心に耐えて力を貸してください」

 それを理解しているが、ヴァンダルーは空いている全ての【魔王の腕】を合わせてファーマウンに祈った。

『……こんなに拝まれちゃ、仕方ないか。分かった、とりあえず『山の神』の聖域で待機だな』

 神の端くれである以上、祈られては仕方ない。そう答えるファーマウンに、ラファズは「やっとか」と言うように小さく鳴いた。


「じゃあ、俺は別の場所に行きますね」

 そしてヴァンダルー本体は粘液塗れで放心状態のナディアを【体内世界】に収納し、展開していたデーモン達を回収すると無数の使い魔王に戻って去ったのだった。




《【魔王の殺意】を獲得しました!》


次の話は10月8日に投稿する予定です。


コミックウォーカーとニコニコ静画で拙作のコミカライズ版が更新されております! タレアの半生をお楽しみください。


10月15日に拙作の7巻が発売予定です! 手に取っていただければ、幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 乙です。 (三百八十四話~三百九十話の「聖戦」全体を俯瞰して感想を書いてます) うーむ、さすがヴァンダルーさん! タロスヘイム防衛戦時もそうでしたが、防御側であろうと一貫しては籠城せず徹…
[良い点] 更新ありがとうございます!面白いタイトルと内容だった 大幹部面白いの多いな 今話でヴァンダルーの動向と成長が見られたなぁ [気になる点] 今頃ヴァンダルーの魂の中ではグドゥラニスは喰わ…
[一言] ギドラグドラが一瞬キングギドラに見えてしまった……
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