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三百八十九話 元魔王軍VS旧魔王軍

 長らく行われなかった伝統的な戦争の作法が実施されていた、ハートナー公爵領とファゾン公爵領の境界線での戦いは、そのどこか間の抜けた雰囲気が乱入者によって一瞬で破壊された。


『勇者は何処だぁああ! 殺してやる! ベルウッドも、ファーマウンも、ナインロードも、八つ裂きにしてバラバラにしてくれる!』

 その乱入者の姿は、一見すると柳に似ていた。ただ、垂れているのは枝や葉ではなく、無数の触手。そして幹に当たる部分は肉色で粘液に包まれており、さらに鋭い棘と口がいくつも生えている。


 その姿に『暴邪龍神』ルヴェズフォルは覚えがあった。

『あれは『欲滅の悪神』ゾビュベロギア! 馬鹿な、奴は十万年前に……ザッカート達がグドゥラニスに殺されるよりも前にベルウッド達によって封印されたはずだ!』


「その封印が解けたって事?」

『はい、パウヴィナ様。しかし、奴の封印は大神達が管理していたと聞いています。故に、今は『法命神』アルダの手元に他の邪悪な神々やヴィダ派の神々の封印と共に在ったはず。それが何故このタイミングで……? まさか!』


 ルヴェズフォルは大きく息を吸い、後ろ足で立ち上がって叫んだ。

『アルダが封印を解いたのか! 奴め、何を考えている!? 我々と同士討ちさせるつもりだったとしても、ここにはファゾン公爵領軍もいるのだぞ! 自分達の信者を巻き添えにするつもりか!?』


「ルヴェズ、なんでそんな大きな声で叫ぶの? そんな大声を出さなくても聞こえるし、別に怒っても焦ってもないよね?」

『これには訳があるのです、パウヴィナ様』

 驚愕と怒りの演技を止めたルヴェズフォルは、元通り前足を地面に着けて説明を始めた。


『ハートナー公爵領軍に情報を行きわたらせるためと、奴がベルウッド達の事を叫び出したので、ファゾン公爵領の連中が奴を我々と同じヴィダ派だと誤解しないよう釘を刺すためです』

 体長約百メートルもある亜神本来の姿を取り戻しているルヴェズフォルの声は、よく通る。大声を出せば、十キロ以上離れた人物にも言葉として認識されるほどだ。


 それを利用して、自軍に情報を共有させると同時に、敵軍へ情報を正確に伝え士気を低下させようと試みたのである。

 実際、ルヴェズフォルの眼には動揺するファゾン公爵領軍の兵士達の姿が映っていた。


『なので、動きの鈍くなったファゾン公爵領軍をゾビュベロギアに相手をさせ、双方が疲弊するのを待つというのはどうでしょうか? そうすれば我々は最小の危険で勝利できるかと』

 なお、こうしたルヴェズフォルの囁き声やパウヴィナの声は、当然だがファゾン公爵領軍には届いていない。


「うーん、まあそうだよね」

「それは……なんだか卑怯な気がしましたけど、仕方ないですよね」

「ええ、まあ敵軍ですし。哀れだとは思いますが」

 ルヴェズフォルの姑息な提案に、パウヴィナとラインハルトは若干抵抗を覚えたが、ファゾン公爵領軍は無力な一般人でもなければ、ただ巻き込まれた人々でもなく、自分達の敵である事を思い出して納得した。


 ファゾン公爵領軍にとって予期せぬ事態だが、パウヴィナ達にとっては彼らと殺し合う相手が自分達からゾビュベロギアに変わるだけだ。

『そうですね。俺個人としてはこちらに投降して保護を求めてきた場合は考慮したいところですが……ここはヴィダル魔帝国軍じゃありませんからね』

 ユリアーナに騎乗されている馬型使い魔王がそうヴァンダルーの意思を述べる。


『彼等の生死に関しては当人達の選択と努力、そしてこちらの軍の指揮官の決定に任せましょう』

 どうやら、ヴァンダルーにとってもファゾン公爵領軍の命を守る優先度は低いようだ。彼が『生命と愛の女神』の信者でも、友好国の軍の指揮官に口をきいてまで助けたいとは思わなかった。


 彼らはこの戦争は聖戦だと宣言していたのだから、相手が改心していないまっとうな悪神になっただけ本望だろうと思わなくもない。

『ただ、あの『欲滅の悪神』ですが、どうやらアルダにグドゥラニスの魂の欠片を埋め込まれているようなので、放置はできません』


 それを聞いたパウヴィナ達は、さすがに驚いてゾビュベロギアの異形を見上げる。アルダがグドゥラニスの魂の欠片を利用するかもしれないとは聞いていたが、まさか現代でも神話に名前が残る魔王軍大幹部に寄生させるとは思わなかったのだろう。


『それは……よくありませんな』

 ルヴェズフォルは冷や汗を流しながら、この事態をどうするか考えた。出来ればゾビュベロギアとは戦いたくないと思っていた。何故なら、『欲滅の悪神』ゾビュベロギアは魔王軍大幹部の一柱であり、彼よりもずっと強い。そして、かの神は彼にとって知られたくない情報を知っているからだ。


『ここは、さっそく本体に来ていただいて、奴を喰ってもらうしかないのでは……?』

 現代には十万年前のようにゾビュベロギアを信仰する魔物や狂わされた人々はいないので、徐々に弱体化して上手くいけばそのまま消滅するだろうが……それまで年単位の時間がかかるし、封印が解けた直後である今は殺意だけではなくエネルギーも有り余っているようだ。

 できれば、すぐにヴァンダルーに来てもらい、グドゥラニスの魂の欠片ごと喰い滅ぼして欲しい。


『あ、すみません。俺の方も色々やる事があるので、ここに来るまでちょっと時間がかかります』

『そ、そんな殺生な!』

「こら、ルヴェズ。ヴァンを困らせちゃダメでしょ」

「そうです。こんな時のために、私達は訓練を重ねてきたのではありませんか」


『ザッカートも、アークも、ヒルウィロウも、ソルダも、口から内臓を吐き出すまで締め上げてやる!』

 一方、ゾビュベロギアは地上の様子に気が付いていないのか、その幹に当たる部分の口が殺意の籠った声で勇者たちの名を吐き出し続けている。凄まじい殺気が異形の姿から放たれているが、それが両軍の人間達には有難かった。


 人間の言語で怒鳴り散らしているから、非人間的な雰囲気が損なわれて精神的な影響が和らいでいるからだ。

「将軍、最早戦争の作法に拘っている場合ではないぞ!」

「分かっています、高司祭殿! 精鋭で討伐部隊を編成し、『欲滅の悪神』を攻撃する! ハートナー公爵領軍へ一時休戦を申し出る、使者をだせ!」


 ファゾン公爵領軍は、既存のファゾン公爵領軍にアルダ勢力の神々の神託を直接受け、もしくは受けた者の指示によって各地から集まってきた精鋭に、アルダ神殿の神官戦士団を加え、それをハートナー公爵領とビルギット公爵領を同時に攻略するために二手に分けた構成となっている。


 元々存在していた軍を中核として、軍人以外の参加者も厚い信仰心を持つアルダ勢力の神々の信者で構成されているため、アミッド神聖国の聖戦軍よりも命令系統がしっかりしており、纏まっている。


「一時休戦!? 馬鹿な、奴らが不意に現れた悪神に浮足立っている間に攻撃を敢行して撃滅せしめ、境界山脈まで突き進むに決まっている!」

「な、何を馬鹿な事を!? 高司祭殿、気でも狂われたか!? それともあの龍の声を聞いていなかったのか!?」

 だが、それは『聖戦』をしている間だけ有効なものだったらしい。


 ファゾン公爵領軍を指揮する将軍は、アルダ信者であり聖戦の大義を信じ、アンデッドやデーモンを人と見なすヴィダル魔帝国を狂っていると断じる男だが、あくまでも軍人である。軍を率いる者としてファゾン公爵の命には従うが、常識的な優先順位で判断し行動する。


 それに対して軍に参加しているアルダ神殿の神殿戦士長である高司祭は、アルダの意思の下で戦えるならたとえ死んでも本望であり、他の信者達もそうであるべきだと考えている。つまり、エイリークと大差ない狂信者だった。


「将軍たちは何をしているんだ? 指示はまだか!?」

「ええい、俺達に棒立ちになったまま死ねとでもいうつもりか!? 俺はもう勝手にやらせてもらうぞ!」

 そして軍に参加している元精鋭部隊はまだしも、冒険者出身の英雄候補達は機能不全を起こした組織に対して見切りをつけるのが早かった。


「どう考えても、あの悪神を倒すのが先じゃないか! 【御使い降臨】!」

 その判断は至極真っ当であり、さらに言えば神々に加護を受けた英雄の行動としても正しいものだった。


『……そこか!』

 しかし、【御使い降臨】を発動した彼の気配をゾビュベロギアは勇者に従う存在として認識した。

『我が糧となれ! 勇者軍!』

 肉の幹をしならせ、無数の触手を鞭のように振るう。ファゾン公爵領軍にとって不幸だったのは、その触手が突然何十倍もの長さに伸びた事だ。


「うわあああっ!?」

「ひぃぃいいいっ!」

 最低でもランク13とされる邪悪な神々の中でも、魔王軍大幹部だった『欲滅の悪神』ゾビュベロギアの力は高く、英雄候補や元精鋭部隊はまだしも、並より多少強い程度の兵士や騎士、神官戦士では太刀打ちできない。クラーケンより強力な触手の一振りで、木の葉のように舞うしかないのだ。


 ファゾン公爵領軍の半分がこの攻撃に晒され、英雄候補や元精鋭部隊の者や運の良かった少数の者以外が触手の群れに打たれ、吹き飛ばされた。


「ぐうっ、助けてくれぇ……」

 だが、何故か攻撃を受けた多くの者が生存しており、転がされた先の地面で助けを求めていた。

「待ってろ、すぐにポーションを飲ませてやる!」

「負傷兵を救助し、撤退を援護するぞ!」

「将軍が、将軍がやられた!」


 途端に軍としての規律が崩壊しかけるファゾン公爵領軍。軍を構成する将兵の半分程が少数の死者以外は重傷者になってしまったのだから、無理もない。

「さあ、これを飲……ぐふ?」

 だが、止めを刺したのはファゾン公爵領軍の将兵自身だった。


「ああ……これが戦友を裏切る背徳……!」

 自分にポーションを飲ませようとした兵士の腹を剣で刺し殺した兵士が恍惚とした表情でつぶやく。


「貴様、なっ、ぎゃあ!?」

「あははっ! 普段から偉ぶっている騎士様が、俺に後ろから刺されて無様に倒れ込んでるぜ!」

「はっははぁっ! 誰でもいいっ、殺させてくれぇ!」

「いいわっ、私っ、私を殺してぇ! いいえ、自分で死ぬわっ! 自殺を禁じる戒律を破って死ぬ!」

「殺せぇ! 儂を侮辱した高司祭のクソ爺をぶっ殺せぇ! 将軍様の命令に従えないのか!?」


 まるで常識や良心、軍の規律や法律を忘れたかのように意味もなく同士討ちを始めた。これによってファゾン公爵領軍は組織としては完全に崩壊した。

 半分が失われただけなら、狂信によって戦闘を継続できただろう。だが、半数が生きながら敵になってしまってはどうしようもない。


 それを為したゾビュベロギアは、上空に浮かんだまま胸が悪くなるような哄笑を上げている。

「皆、あれを倒そう! ラインハルト君達は【状態異常耐性】と【精神耐性】スキルか同じ効果のマジックアイテムを持っていない人は下がるよう、指揮官さん達に言って来て!」

 その様子を確認したパウヴィナは、これ以上様子見はできないと攻勢に出る事にした。


 放置すればヴァンダルーが来るまで信者に変えたファゾン公爵領軍から力を得つつ、本人も気づいていないようだがグドゥラニスの魂の欠片に乗っ取られ、旧魔王が不完全復活してしまう。

 彼女はヤマタと一緒にルヴェズフォルに、そしてユリアーナは使い魔王によって空を飛び、『欲滅の悪神』に迫る。


『ん? 貴様はルヴェズフォル……か? 姿が微妙に違う気がするが、そうだ、貴様に聞きたい事がある。勇者共は今どこにいる? グドゥラニス様や他の同胞達は何処へ行った? 答えろ』

 それに対してゾビュベロギアも気が付いたが、ルヴェズフォルを敵と認識しなかった。やや困惑した様子だったが、横柄な態度で向き直って質問を投げかけてくる。


『はっ! お答えします、勇者共は――貴様が知る必要はない! 死ねぃっ!』

 質問に答えるように見せかけたルヴェズフォルが言葉の途中で放った『激流のブレス』が直撃し、ゾビュベロギアが声もなく地面に墜落する。


『き、貴様!? 気でも狂ったのか!? 我に逆らうという事は魔王様に逆らうも同じなのだぞ! それに我が貴様らの寝返りを認めるよう、魔王様に口を聞いてやった恩を忘れたのか!?』

 そして触手を大地に向かって振り回して地響きをたてながら、そう喚き散らす。


『ぐうっ……さっそくパウヴィナ様やラインハルト君達には知られたくなかった我の過去を!』

 そう、ゾビュベロギアはルヴェズフォルや『猪の悪獣王』ボドド、そしてこの場にいないゾーザセイバ等が『ラムダ』世界の神々を裏切って魔王軍に寝返るとき、グドゥラニスに『面白そうだから使ってやりましょう』と口添えをした大幹部だったのだ。


 もっとも、ルヴェズフォルの素性はパウヴィナやラインハルトだけではなくハートナー公爵軍全体に知られていたため、今更気にする者はいなかった。パウヴィナも彼の頭の上で、「ふーん」と頷くだけである。

 やはり、他人は「いまさら気にしなくていいのに」と思うような事でも、本人にとっては知られたくない過去だったのだろう。


『そうか! 封印から目覚めたばかりの我を謀殺し、我の地位を奪うつもりか! なんと、なんと……素晴らしい! 今、この瞬間、我は初めて貴様を真に我々の同胞に相応しいと心から思ったぞ!』


 一方、ゾビュベロギアの頭の中は十万年以上前、『ラムダ』の神々と魔王軍が戦っていた神話の時代、それも勇者が七人全員健在で、自分が封印された時代で止まっているようだった。

 彼の頭の中では、グドゥラニスがまだ魔王軍に君臨しており、ルヴェズフォルは魔王軍に寝返った下っ端なのである。


『ひぃっ!?』

 そして称賛されたルヴェズフォル本人は、気色悪さのあまり思わず引き攣ったような悲鳴を上げながら怯んでしまった。


『だが、いくら我と同じ価値観を共有しようとも、我に逆らう事は許さん!』

「コラッ! うちのルヴェズを馬鹿にするな~っ! 【爆轟砕棍】!」

 そのルヴェズフォルに向かってゾビュベロギアが振るった触手を、彼の頭部に立っているパウヴィナの棍棒の一振りが砕いて弾く。


『もうすぐ本体が来ますが、援軍を置いてすぐに別の場所に移動するのでもう少し持ちこたえてください』

「援軍? いったい誰が?」

 そうユリアーナが馬型使い魔王に尋ねるより早く、空から二本の杖が降ってきた。それは空中で蠢くと、恐ろしい姿に変じた。


『こんな大物がいる場所に放り出されるとは聞いてないっス! でもやるしかねぇッス!』

 全体的に巨大な手に似た形の、指に当たる部分に単眼の蛇の頭を生やした異形の五頭一尻尾の龍、『五悪龍神』フィディルグ。


『しかし、せめてもう少し後方に落として欲しかったぁぁぁ!』

 一見すると巨大な樹だが、果実の代わりに眼球を実らせた『闇の森の邪神』ゾゾガンテ。

 二柱とも元魔王軍の下っ端であり、当時のルヴェズフォルとは逆にラムダの神々に寝返った邪悪な神である。


 彼らの登場に、思わずルヴェズフォルは叫んだ。

『もっとマシな援軍はいなかったのか!?』

『なんだと!?』

『『『『『いくら本当の事でもひど過ぎる(ッス)!』』』』』


 彼らは戦力的にルヴェズフォルと同程度であり、三柱合わせてもゾビュベロギアに敵わないはずである。

『くっ、下っ端共が揃いも揃ってこの我の地位を狙うとは……いいっ、いいぞっ! たまらん! だが殺す!』

 そう叫ぶゾビュベロギアとの激闘が始まるのを確信しながら、『千刃の騎士』バルディリアは思った。

「この戦いを見る事になる将兵の士気……いや、正気はいつまで持つだろうか?」


 しかし、ヴァンダルーは将兵の精神にやさしい援軍も置いていったようだ。

「お前達、卒業後だが授業だ。科目は音楽」

「ランドルフ、冗談もほどほどにしてくれ」

 左右の手で短剣を構えた『真なる』ランドルフと、元英雄予備校校長のメオリリスがゾビュベロギアの前に立ちはだかった。




 その頃ハインツ達『五色の刃』は、境界山脈内をタロスヘイムに向かって進む途中でヴァンダルーが仕掛けた待ち伏せにあっていた。

「皆、ウォーミングアップだと思って体を動かしておくんだ。くれぐれも、消耗しすぎないように」


 ヴァンダルーが陽動のための魔物を放つために境界山脈に谷を造ったため、ヴィダ派の神々が張った結界に穴が開いた。そこを通ってハインツ達は境界山脈内に潜入した。だが、作戦のために故意に開けた穴の内側を無防備なまま放置するほど、ヴァンダルーは甘くなかった。


 ミスリルやアダマンタイト製の、様々な形状のゴーレムがハインツ達の前に立ちはだかった。

「消耗しすぎないようにって、こいつらと真面にやり合っても消耗するだけだ!」

 ジェニファーが言った通り、ゴーレム達はまともに戦っていたら消耗せざるをえない嫌な構造をしていた。


 使われている魔道金属は、主な武装をオリハルコン製で揃えている今の『五色の刃』の敵ではない。しかし、ゴーレムの体内には空洞があり、そこに仕込まれた物が厄介だった。


 ゴーレムを破壊すると、着火して爆発四散する爆薬。武器とゴーレムの残骸をくっつけてしまう接着剤。空気に触れると気化して毒ガスに変化する薬剤や、空気感染する病原菌。

 そして稀に液体金属ゴーレムが内部に仕込まれており、外側のゴーレムが破壊された瞬間襲い掛かってくることもある。


「ここは一旦引いて、後方の聖戦軍と合流し、先ほどベルウッド達が語ったグドゥラニスの欠片を宿した邪悪な神々を倒す事を優先するべきではありませんか!?

 グドゥラニスを放置すれば、セレンも、そして世界も危険に晒されます!」


 ダイアナがもっともな意見を主張するが、ハインツは首を横に振った。

「すまないが、どうしても行くなら君とジェニファーだけで行ってくれ」

「なぜです!? ヴァンダルーを倒す事を優先するためですか?」

「いや、私とデライザが合流すると逆効果だからだよ」


 ハインツがそう答えると、困惑するダイアナとジェニファーに、デライザが答えた。

「私達、特にハインツが戻って聖戦軍に合流したら、どうなると思う? ヴィダル魔帝国……ヴァンダルーが私達と一時休戦して邪悪な神々と戦うと思う?」

「それは……ありませんね」

「ああ、六道聖の時と同じように三つ巴になるだけだ」


 ダークアバロン事件の事を思い出した二人に、ハインツはさらに言った。

「いや、同じじゃない。ヴァンダルーは邪悪な神々より私達を倒すことを優先するだろう。ヴィダル魔帝国軍を私達から守るために」


 『五色の刃』が、もしアルダの放ったグドゥラニスの魂の欠片付き邪悪な神々を倒す事を優先してきた道を戻り、聖戦軍に合流した場合、ヴァンダルーは戦場に存在するヴィダル魔帝国軍を守る事を優先するとハインツは考えていた。


 何故なら、邪悪な神々が暴れているのは罪もない人々がいるオルバウムではなく、味方と敵しかいない戦場だ。ヴァンダルーにとって守るべき存在と、守るに足らない存在ははっきりと分かれている。

「それに、おそらくアルダが放った邪悪な神々はグドゥラニスの魂の欠片を合わせても、六道聖よりも弱いはずだ。だから、ヴァンダルーには以前よりも余裕がある」


 アルダ信者のハインツも魔王の魂の欠片を埋め込んだ神々を放つなんて正気の沙汰とは思えないが、さすがに六道聖よりも強力になるような存在は放っていないだろうと考えていた。

 だからこそヴァンダルーには余裕があり、ハインツと一時休戦しようなんて考えもしないだろう。


「それなのに私達が戻ったら、ヴァンダルーは私達から仲間のアンデッドや魔物を守るために駆け付けてきてしまう。アルダが他の場所にも邪悪な神々を放っていたとしても。何故なら、ヴァンダルーにとって私たちの方が邪悪な神々よりも脅威だから」


 そう断言しながらも、一体ずつゴーレムを無力化していくハインツにジェニファーは「なんでそう断言できるんだ!?」と聞き返した。

「それは、この待ち伏せが私達を足止めするのには生ぬるいから……本来なら、ここにヴァンダルー自身もいるはずだっただろうに、居ないからだ!」


 故意に作った結界の穴を通ってくる精鋭は『五色の刃』か、『五色の刃』を中心にした精鋭部隊である可能性が高い。それなのに、倒すのがやや面倒なゴーレムしかおらず十分な迎撃戦力とは言えないのは、本来ならここにヴァンダルーかその分身がいてハインツ達を迎え撃つはずだからだ。

 今ハインツ達が戦っているゴーレムは、もしかしたらハインツ達について来ているかもしれない英雄候補に対して用意した露払いのためのものでしかない。


 そのヴァンダルーがいないという事は、彼にとってハインツ達を迎え撃つよりも優先する事があるからだ。例えば、アルダが聖戦軍とヴィダル魔帝国軍が戦っている戦場以外にも、グドゥラニスや邪悪な神々を各地に放ったため、それを倒すために世界中を飛び回っているのかもしれない。


 しかし、仮にハインツが境界山脈外にいる聖戦軍に合流すれば、優先順位がひっくり返ってしまうかもしれない。それでヴァンダルーが仲間をハインツ達から守るために彼を殺すことを優先すれば、邪悪な神々が野放しになってしまう。


「つまり、グドゥラニスの魂の欠片をヴァンダルーに始末させるのか!? あたし達って奴がグドゥラニスに乗っ取られるかもしれないから倒そうとしてるんだよな!?」

「結果的に他の邪悪な神々による被害を防げるならそれでいい。私達の前に現れたヴァンダルーが、既にグドゥラニスに乗っ取られているのか、まだ乗っ取られていないのかは、私達が勝てば関係ない。

 各地に散っているだろうグドゥラニスの魂の欠片に最も早く対処できるのは、私達ではなくヴァンダルーなのだから」


 残念ながら、ハインツ達には世界中を瞬く間に移動できるような機動力はない。


 そして実際、ハインツがもし聖戦軍に合流してしまったら、ヴァンダルーは彼を殺すことを最優先にするだろう。ヴィダ派の龍であるジグラットを守るために。

 狂乱し続けるジグラットとヴィダル魔帝国軍を守りながら、ハインツを殺すために全力を出すヴァンダルーに対して、身を守るためにも全力を出さなければならない『五色の刃』。その余波で聖戦軍は消し飛び、ミルグ盾国は甚大な被害を受ける事になる。


 ヴァンダルーにとって、敵国で顔も知らないミルグ盾国の人々の命よりもボークスやブダリオン、シュナイダー、そしてヴィガロにジグラット達の命の方がはるかに重要で尊いのだから。


 しかも、その間アルダが各地に放った神々はヴァンダルーの仲間達が抑え続ける事になり、失敗すればグドゥラニスが再び不完全復活してしまう。その展開はヴァンダルーも、そしてハインツも望んでいない。


「でも、このまま進んだらタロスヘイムを守るためにヴァンダルーが邪悪な神々を倒す前にやってきてしまうのではありませんか?」

「それはない。この先にタロスヘイムはもうないか、在っても住人のいない偽の都市だ。だから、ヴァンダルーは私達の事を『様子見』で留めていられる」


 陽動のために故意に作った結界の穴の先に罠を用意してあるのに、その先に自らにとって重要な存在を置いたままにするはずがない。

 山脈を動かしたのだから、都市を動かす事も当然できるはずだ。だから、この道の先にヴァンダルーにとって守る価値がある存在はなにもない。

 だからハインツはヴァンダルーが現れるのを待ち続けていた。


次話は9月28日に投稿する予定です。


申し訳ありませんが諸事情により次の話の投稿は、10月3日に延期させていただきます。重ね重ね申し訳ありません。

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ナインロードの登場が少ないから、アルダやベルウッドの思想に対するスタンスがよくわからない…ヴィダ新種族絶滅に全肯定なのか疑惑があるのか
ヴァンダルーの善性に頼り切る判断を下して、でも最後には彼を殺すと? なんかごちゃごちゃ宣ってたけどそう言う事だよな?結論は。 いっそ「自分がそうしたいからそうする」って言えよ。これは自分の我儘ですっ…
[一言] 全手動感想器 様が気になる点に書いていた >「俺達って奴がグドゥラニスに乗っ取られるかもしれないから倒そうとしてるんだよな!?」 これ誰の台詞ですか? の質問に対し、 >>あ、ジェニフ…
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