三百八十二話 決戦準備
今回も短めになってしまいました。すみません。
鼓動、呼吸、それはリズムだ。
「フッ!」
迫りくる巨大な炎の拳を、電撃を、毒液を、ステップを刻んで回避する事が出来る。やはりリズムだ。
「【轟風刃嵐】!」
そして風の精霊に呼びかける言葉も、無数の風の刃による嵐のように激しい攻撃魔術も、それによって全身を切り刻まれた、角を生やし鬣から雷を発し、酸の唾液を持つ恐竜型魔物のアンデッド、デストロイカイザーレックスゾンビや、耐性スキルを持っていても低レベルだと近づくだけで焼き殺されてしまう業火の体を持つブレイズジャイアントゴーストもリズムである。
『GYAOOOOOOO!』
『GOAAAAAAAAA!』
『UOOOOOOOOOO!!』
今も群れで咆哮のコーラスを奏でている。
「つまり、戦いは音楽だ」
「ランドルフ……お前、実はさっきの攻撃が頭に直撃していたんじゃないか?」
唐突に馬鹿な事を言い出した相棒に、メオリリスは胡乱な視線を向けたが、掛け合いに興じるには敵が強すぎたのですぐに意識を戻した。
二人はヴァンダルーが作ったS級ダンジョンで訓練をしていた。
丁度いい敵がいない、と話していたランドルフだったが、それは彼が知る世界での話。ヴィダル魔帝国ではヴァンダルーによって作られたS級ダンジョンと、グファドガーンがダークエルフ国(既にカオスエルフ化した国民ばかりだが、まだ改名していない)に固定した『ザッカートの試練』が存在する。
その内、『ザッカートの試練』の難易度の高さは階層の多さと謎かけの難解さと罠によるもので、魔物の強さはそれほどではないのでヴァンダルー作のS級ダンジョンに彼らは放り込まれた。
使い魔王を相手にしているボークスや骨人とは違う。ヴァンダルーからは「まずは、勘を取り戻しましょう」と言われた。
その扱いはランドルフのプライドに触ったが、実際勘が鈍っている事を自覚していただけに何も言えなかった。
そして、ダンジョンに放り込まれてから思い知った。使い魔王相手の訓練がこれより辛いなら、自分には無理だと。
『GUOOOOOOO!!』
出現する魔物は、S級冒険者として数えきれない程の魔物を倒してきたランドルフでも知識に無い魔物ばかりで、しかもダンジョンのセオリーを無視して、全力でこちらを殺しに来る。
「いや、多少疲労はしているが、俺は絶好調だ」
出現する魔物はヴァンダルーの創造物だが、彼らはダンジョンに侵入する存在を倒すためには手段を選ばない。
ダンジョンボスと中ボスが部屋から出て階段を駆け上がって合流し、お互いに連携しながら侵入者を数と質の暴力で倒そうとするのなんて、既に基本戦略である。
最近はダンジョンボスの部屋の奥にある宝物庫から宝を持ち出し、岩などを積み重ねてボス部屋の前に偽宝物庫を建築し、ダンジョンをクリアしたと気を抜いた侵入者の不意を突くという真似までするようになった。
非常に狡猾で、殺意が高い。
しかも驚くべきことに、このダンジョンの魔物はこの状態でヴァンダルーに導かれた状態である事が判明した。侵入者がヴァンダルー本人だったとしても、情けも容赦も躊躇もせず殺しに来るのに。
どうやら、魔物達は侵入者に容赦なく襲い掛かる事を「それがヴァンダルーのためであり、これがヴァンダルーの願いである」と解釈しているらしい。
いわゆる、愛故に振るわれる鞭、愛の成せる殺業というやつだ。
今、ランドルフとメオリリスに拳を振り上げ、牙を剥くアンデッド達も、愛故に襲ってくるのである。その愛のお陰で、彼の勘は早くも戻っていた。
「その証拠を見せてやる」
そう言うや否や、ランドルフはブレイズジャイアントゴースト……炎の巨人がゴースト化したアンデッドに向かって駆け出していく。
「待てっ、無謀すぎる!」
『GYAOOOO!』
メオリリスの制止の声を、デストロイカイザーレックスゾンビの咆哮がかき消した。ダンジョンに出現する魔物は種族が違ってもある程度連携して戦うが、このダンジョンの魔物はまるで長年同じチームを組んでいたかのように動く。
デストロイカイザーレックスゾンビが、炎の巨人ゴーストに接近するランドルフに向かって電撃の雨を降らせた。そんな攻撃に当たるランドルフではないが、回避のために足が止まり、その隙を炎の巨人が突く。そんな作戦だったのだろう。
「【水乙女の群柱】」
しかし、なんとランドルフは足を止めず精霊魔術で作りだした複数の水の柱で電撃を防いで見せた。
「【水乙女の轟流】!」
『Oooo……!!』
そして、電撃を帯びた水の柱を操り、炎の巨人ゴーストにぶつける。慌てて援護に向かおうとするデストロイカイザーレックスゾンビ達だったが、そこにメオリリスの魔術が降り注ぐ。
ランドルフの隙を突く作戦が失敗した隙を、逆に突かれた事で魔物達は敗れたのだった。
「確かに調子はいいようだが、私が咄嗟に合わせなかったらどうしていたつもりだ?」
「お前なら合わせられると思ったから、やったんだ。そして、それも含めて調子が良いという事だ」
引退後、格下の魔物相手に一人で戦う事しかしていなかったランドルフは、仲間と連携して戦う戦法から離れ過ぎていた。
そのため、最近の彼は仲間と連携して戦うという選択肢を無意識に外して考えるようになっていた。
シュナイダーもパーティーメンバーと協力して戦わなければグドゥラニスの魂の欠片とは戦えないというのに、勘の鈍っていたランドルフがこれでは話にならない。
「……そう言えば、お前が現役の時はこうして組んで依頼をこなしていたな」
「ああ、お前も勘が戻ってきたようだな、メオリリス」
『では、次の部屋に行きますか? それとも、その前に一息入れます?』
二人についてきている使い魔王がポーションを出しながら尋ねると、ランドルフとメオリリスは息を吐いて意識を切り替えた。
「……まず、移動の前に周辺の安全を確認する」
「背後への確認も必要だ。このダンジョンの敵は、扉や階段の陰で何時間でも待ち伏せし続ける奴らだからな」
『いや、罠のつもりはないのですが』
「分かっているが、休んでいる暇はない」
早くこのダンジョンから卒業して、使い魔王との特訓に向かわなければならないのだからと、ランドルフとメオリリスは周辺の安全確認を入念に行うのだった。
「なかなか……いえ、かなり良かったですよ、バシャスさん!」
『雨雲の女神』バシャスが歌って踊りたい……アイドルになりたいと希望したのは、何も歌や踊りに興じたいからではない。彼女の目的は、愛するアーサー、ヴァンダルー、ミリアム、そして彼らの仲間の力になる事だ。
それと歌と踊りに何か関係があるのかと、疑問に思うかもしれない。しかし、関係は大ありだ。
バシャスがマリに加護を与える条件で肉体を作ってもらってまで自身の本体に極めて近い分霊を降臨させたのは、自身の布教を行うためだ。
「ほ、本当ですか? 私、まだ新しい踊りに慣れていませんでしたし……」
「大丈夫ですよ、バシャスさんには強いキャラクター性がありますから! もちろんダンスの完成度が高いに越したことはありませんけど」
ステータスシステムの対象ではない神々には、いくら魔物を倒しても経験値は入らない。彼らが強くなるのに必要なのは、信者だ。
信者が増えればそれだけ信仰の力を得られ、加護を与えられる人数や、信者に降臨させる御使いや分霊を増やすことができる。
しかし、『雨雲の女神』バシャスは神々の中ではマイナーな存在で、主に信仰されているアルクレム公爵領でも信者は少ない。……バシャスを主に祭る大きな神殿は無く、ナインロードや他の神を祭る神殿に合祀されているか、小さな祠が点在するぐらいだった。
しかし、彼女の加護を得たアーサー達の活躍によって『雨雲の女神』バシャスの名は世間に広まりつつある。また彼女のヴィダ派への転向を受け入れたヴァンダルーによって、ヴィダル魔帝国でも彼女への信仰が広まりつつあった。
だが、以前と比べれば格段に増えたとはいえ、まだまだマイナーである事に変わりはない。
「わ、私、頑張ります! は、恥ずかしくて死にそうですけど!」
そこでバシャスは自ら動く事にしたのだ。そのための手段として、歌って踊るアイドルになる事を決断したのである。
アーサーやヴァンダルーが戦っているのだから、自分もじっとはしていられない。力になりたいと。
女神が……実際には本体に限りなく近い分霊だが……直接布教する事に、ズルワーンは笑い転げながら賛成し、他のヴィダ派の神々も良い思い切りだと応援した。
神々が地上にいた太古の時代は神々が直接人々に教えを説いたのだ。それが今できないのは、地上に降臨するのに力を大量に消費するようになってしまったからだ。それが解決できるのなら、止める理由はない。
もちろん、それは依り代を作るマリと布教の場となる舞台を運営するカナコが受け入れればの話だ。
だが、バシャスの場合はカナコが彼女にキャラクター性を見出した事、そして彼女を受け入れる事で後々女神系アイドルをプロデュースするきっかけになると考えたため、諸手を挙げて歓迎された。
「……いいんでしょうか?」
ミリアムはバシャスを応援していいのか、いまいち踏ん切りがつかなかった。アーサーと自分に加護を与えた『雨雲の女神』が、フリフリのミニスカートや丈は長いが深いスリットが入ったロングスカートで、ダンスを踊るのは如何なものかと、つい思ってしまう。
しかし、『ヴィダの化身』であるダルシアだって同じようなコスチュームで歌って踊っている。それも、最初期のメンバーとして。
とはいえ、彼女は『ヴィダの化身』であってヴィダ本人ではない。
だが、それならバシャスだって実際には本体に限りなく近い、記憶と人格を共有している分霊であって、神本人ではない。
「……大丈夫なんじゃないか? 上手く、誤魔化せてるようだし」
そして、ナターニャが言うようにバシャスの正体は公には伏せられている。
バシャスは『雨雲の女神』バシャスの子孫で、代々名前を継承している一族だとされている。
そのため、神像に似ていても「子孫なら似てもおかしくないだろう」と人々には解釈されている。
「あまり喜べないけど、それで揉める人もいないんだし」
そして、バシャスを奉じる聖職者はほぼいないため、バシャスの子孫として同じ名前を名乗る女性がアイドルデビューしても問題視して問い合わせてくる人物も存在しない。
「まあ、オレとしては自分も戦うって言ってきたのに、歌とダンスのレッスンしかしてないけど大丈夫なのかなって思わなくもないけど」
「あ、それはですね、ナターニャさん、バシャス様には戦闘関連の力や権能がほぼないから、戦闘に向かないだけなんです」
ミリアムが言ったように、バシャスは気象神であり凶兆を予言する女神だが、戦闘に関する逸話は全くない。
人間だった頃のバシャスはその知識と経験、そして独自の直感で天気を予報した事で人々の尊敬を集め、死後に風属性の女神となった。そのため、人間だった頃には戦闘をほぼ経験しなかったのだ。武術の嗜みはなく、魔術は多少齧っていたが戦闘に役立つ魔術は殆ど覚えていなかった。
そして神になった後も、既に新しい世代の風属性の神々には『雷雲の神』フィトゥンと言う戦神が存在したため、戦闘関連での信仰は彼女に集まらなかった。
女神だから力を振り絞って降臨すれば、広い範囲に暴風雨を巻き起こし災害を引き起こす事も可能だが……それと引き換えに消滅の危機に瀕してしまう。
そして今から鍛えようとしても、さすがに時間が足りないだろう。
「それもあって、このままでは英霊もいないからこれ以上アーサーさんの力になるのは難しいので、せめて今からでも信仰を集めようって思ったみたいです」
「なるほど。女神様達も色々考えてるんだね」
「あ、あとこの事を本人に言っちゃだめですよ。……僅かな時間で複雑怪奇な経過を経て真の友になって、聖痕とかを刻まれちゃいますから」
「せ、聖痕? あんまり聞かない言葉だけど、なにそれ?」
「はい、ヴァンダルーさんが言うには神の祝福の形の一つらしいです。具体的にどんな効果があるのかは分かりませんけど……多分、加護の一種です」
『ラムダ』世界では、神々が信者に神託を託し、御使いを派遣し、加護を与える事は広く知られている。しかし、聖痕についてはあまり一般的ではない。時折、「神から与えられた祝福の証だ」と聖職者が自身の肉体にある変わった形の痣を見せるなどするが、具体的にどんな効果があるのか説明されてはいない。
しかし、虚ろな瞳で気を付けるよう忠告するミリアムの顔を見たナターニャは、髪を振り乱したバシャスが自分に聖痕を刻もうとする姿を幻視して寒気を覚えた。
「ああ、気を付けるよ」
「あ、二人とも、最後に皆で一度合わせますよ! 終わったら一休みして、次はダンジョンで訓練ですからねー! ほら、脳蟲君ズもスタンバイしてください!」
『『『はーい』』』
カナコの号令に合わせて、訓練で不在のランドルフ達の穴埋めとして導入された脳から直接蟲の足が生えている、カナコ命名脳蟲君型使い魔王達が楽器の準備に取り掛かる。
演奏者の穴埋めは普段クノッヘンの分体が担当するのだが、クノッヘンはヴァンダルーのように遠く離れた場所で分体を動かすことができないため、この体制になった。
なお、彼らはリハーサルの時しか出てこないので、まだ観客が良く訓練されていない場所でのステージだって問題ない。
こうしてミリアム達は、アイドルと英雄の二足の草鞋を履く忙しい毎日を送るのだった。
そして、表舞台に立たない者も忙しくないわけではない。
「さあ、ヴァン様! もっと、もっと吐き出してくださいな!」
タレアは上機嫌で、ヴァンダルーから搾り取っていた。
「ふしゅるるるるる!」
『もぐもぐもぐもぐ』
『じゃあ、次は俺がもぐもぐされますね』
『『『『ふしゅるるるる!』』』』
『角と牙と骨、抜き取り終わりましたよー』
『結晶あがりました』
ヴァンダルー本体が糸を吐き、使い魔王が魔力が尽きかけた他の使い魔王を喰らい、血や角や牙や骨や結晶等の【魔王の欠片】の素材を生産して採取する。
「ふしゅるるるるっ! タレア、ちょっとノルマが厳しいです」
ヴァンダルーがそう軽く泣きを入れるほど、タレアが課したノルマは厳しかった。しかし、彼女も好きでヴァンダルーから素材を搾り取っている訳ではない。
「仕方ありませんわ、ヴァン様。だって、決戦前に装備を充実させなければならないのですから」
武具職人であるタレアの仕事は、仲間たちの武具を作る事だ。そのために、彼女はカナコのレッスンから離れて生産活動に専念している。
「それに、決戦が……つまりハインツとベルウッドを倒すチャンスがいつ来るか分からないのでしょう? だったら、急げるだけ急いでおかないと」
そう言いながらヴァンダルーが舌の先端から出す糸を糸車で巻き取るタレアが主張するように、時間があるうちに急ぐべきなのだろう。
そう、決戦の時は迫っていた。
次の話は8月14日に投稿する予定です。




