三百八十一話 旧魔王を倒せるようになるための真魔王による特訓
すみません、今回は短めです。
アサギの件はとりあえず解決したが、彼の事以外にもヴァンダルーを悩ませている事があった。
「どうやって今以上に強くなるか、それが問題です」
自身のトレーニングである。
「それ以上強くなる必要があるのか?」
このヴァンダルーの悩みに対して、ランドルフは思わずといった様子でそう言い返していた。メオリリスも同じ思いらしく彼の言葉に頷いている。
二人は魔王を倒して世界を救った勇者が「もっと強くなりたい!」と言っているのを聞いたような気分なのだろう。そして、実際そうなので二人の疑問ももっともだ。
「もちろんです」
しかし、ヴァンダルーは今の自分の強さに満足している訳ではなかった。
「現時点で俺はこの世界で最強の一人に数えられるかもしれません。しかし、アルダやハインツは俺を倒せると考えているから、倒そうとしているはずです」
ヴァンダルーも、不完全だったとはいえ魔王グドゥラニスを倒したのに「自分は弱い」と考えている訳ではない。しかし、もう誰にも負けないと考えている訳ではない。
「奴らの思い違いって事もあり得るぞ。できると思ったが、実際にはできなかった。そうして破滅していった連中は古今東西数えきれない程いる。お前の話だと、神も同じミスを犯しているようじゃないか」
だが、ランドルフの主張にも説得力があった。ロドコルテもアルダも、それを繰り返しているからだ。
彼らがそうしてミスを重ねた結果、ヴァンダルーは今もここに存在している。
「それはそうですが、俺もこれまで苦戦せずに切り抜けてきたわけではありません」
送り込まれてくる転生者に、アルダ勢力の神々の信者達。彼らを相手にして、ヴァンダルーも常に余裕で勝ち残ってきた訳ではない。
もし準備や強くなる努力を怠っていたら、もしもっと運が悪ければ、ヴァンダルーは敗退していたかもしれない。……少なくとも、そうヴァンダルー本人は考えている。
「もし本当に俺に勝つ当てがアルダにあった場合、思い違いだと思い込んで何もしないのは危険です」
アルダ勢力には何かの秘策があるのだろうとヴァンダルーは考えていた。実際にはアルダ勢力には何の秘策も無く、ただただ勝てると思い込んでいるだけだったとしても、そう考えて備えるべきだとも思っている。
何故なら、アルダの手元には魔王グドゥラニスの魂の欠片があるからだ。
『生命と愛の女神』ヴィダによると、魔王グドゥラニスの魂の欠片は、魔王との戦いに生き残った大神であるヴィダとアルダ、そしてグドゥラニスの完全復活を万が一にも避けるためこの世界から距離を取っていたロドコルテが持っていた。
その後、ヴィダとアルダの争いでヴィダに勝ったアルダが、彼女が管理していたグドゥラニスの魂の欠片も管理するようになった。
そして、六道聖に仕込まれていたのは彼が転生者だったこと、そしてハインツ達が六道聖について知らなかった事から、六道聖にグドゥラニスの魂の欠片を仕込んだのはロドコルテであり、アルダは関わっていなかった事が推測できる。
それは、アルダがグドゥラニスの魂の欠片を神として正しく管理している事の証明だと解釈する事もできるが……ヴァンダルーはそう思わなかった。
「アルダの手元にはヴィダから奪った分も含めて、グドゥラニスの魂の欠片の封印が無傷で残っています。ロドコルテが管理していた分の欠片も回収したでしょうし……それを、俺達との戦いの際に解放しないとは限りません」
アルダは、『以前までは』グドゥラニスの魂の欠片を正しく管理していた。だが、ロドコルテによってグドゥラニスならヴァンダルー相手に善戦できると、そして何より、ヴァンダルーなら解放されたグドゥラニスを倒せると知ってしまった。
だから、アルダが戦いにグドゥラニスを利用するかもしれない。ただ、ヴァンダルーのこの発言を余人が聞けば「暴論だ」と評すだろう。ハインツがグドゥラニスの魂を喰らったヴァンダルーに対して、いつか君から魔王が復活するかもしれないと訴えたのと同じだと。
「もちろん、これはアミッド神聖国との戦争で起こり得る最悪の場合を想定したものです。広く世の中に訴えるつもりはありません」
「まあ、確かに証拠は無いし……神が普段何をしているかなんて、普通は分からないからな」
「話の趣旨は、特訓の必要性の有無だしな。そして、必要性があるのは十分分かった」
グドゥラニスの残りの魂の欠片と戦う事になるかもしれない。それを理解したランドルフは、顔を顰めた。
前の戦いで、彼はグドゥラニスが魔術とチート能力で生み出した人工精霊を一体相手どるのがやっとで、グドゥラニス本体とはまともに戦えなかった。
長らく格下の相手とばかり戦ってきた影響もあるだろうが、それ以上に自分の実力不足をランドルフは否定できなかった。
そう、S級冒険者『真なる』ランドルフである彼がである。
「……チッ。使い魔王が投影した映像を見たが、俺もグドゥラニス相手に勝てるとは思ってねぇよ」
ランドルフが視線で尋ねると、シュナイダーもそう苦い顔をして首を横に振った。
見れば、骨人もクノッヘンの分体も、本来は邪神であるリサーナも首を横に振って「無理」と答えた。
「魂の欠片一つ分なら……使われている体次第でどうにか出来るかもしれないわ。ヴィダを降ろせばだけど」
「同じく欠片一つ分なら、倒せずとも時間稼ぎなら可能かと。もっとも、その場合は偉大なるヴァンダルーの役に立つのに支障が出る可能性を否定できない」
そう答えたのは、ダルシアとグファドガーンだった。ダルシアは特別製の肉体に変身装具、加えてヴィダを降ろすことで高い戦闘能力を発揮する事が出来る。完全体のグドゥラニスならともかく、欠片一つ分だけの魂が適当に選んだ肉体に宿っているだけなら倒すことも、強引に封印する事もおそらく可能なはずだ。
グファドガーンも空間を操作すれば、戦って勝つことは不可能でも逃げ回る事で時間を稼ぐのは可能だと答えた。
だが、グファドガーンは空間属性のゴーストであるジェーン・ドゥと同様に、戦場全体のフォローを行う事で状況を有利にすることができる。その彼女がグドゥラニスの魂の欠片一つに集中しなければならなくなるのは、痛い。
「つまり、アルダ……敢えてアミッド神聖国と言い換えるが、奴らが封印されたグドゥラニスの魂を解き放った場合、確実に対処するには我々の中核戦力であるヴァンダルーが打って出るしかないわけだ。
……皇帝自身が中核戦力と言う体制に疑問を覚えないわけでもないが、それはこの際無視するとして」
メオリリスがそうまとめた通り、グドゥラニスが出たらヴァンダルーが対処するのが最も確実。しかし、ヴァンダルーはヴィダル魔帝国の一兵卒ではなく皇帝で、しかも戦力の中核である。
ちなみに、アサギ達が研究していた【魔王の欠片】を安全に封印する方法についても、ゲラルド・ビルギット公爵から既に資料を受け取っている。
だが、アサギ達が研究していたのはグドゥラニスの肉体の欠片の封印方法なので、グドゥラニスの魂の欠片にまで有効かどうかは不明だ。
そして、有効だったとしても彼らが発見した方法では、暴走している欠片の宿主を一度倒さなければ封印が発動しないので、結局戦う事に変わりはない。
そのため、ヴァンダルー達が危惧している状況では、アサギ達の研究は全く役に立たないわけではないが頼りにしすぎるのは危険、という微妙な代物でしかなかった。
「まあ、この前倒したグドゥラニスは【本能】と【記憶】に【粉】など複数の魂の欠片と、肉体の欠片だけで出来た肉体、それにチート能力もちの転生者のゴースト、それに六道とエドガーの魂があったからあれほど強かったのです。
魂の欠片一つと適当に選んだ肉体だけなら、ランドルフ先生やシュナイダー、骨人達で充分戦えるかもしれません」
「お前が言うと説得力があるな」
深刻になりかけた空気を、問題提起したヴァンダルー自身が軽くする。グドゥラニスの肉体だけではなく魂の欠片も喰らった彼の言葉には、シュナイダーが言う通り説得力が感じられた。
「なら、アミッド神聖国に考える頭があれば魂の欠片の封印を一つだけではなく一度に二つ以上解放して、適当ではなく特別な肉体に宿らせる可能性もあるわけだな」
だが、ランドルフの言葉で空気の重さが再び増した。この前の戦いを見ていただろうアルダが、ヴァンダルーと同じ分析をするという推測は十分あり得る。
アルダもさすがにグドゥラニスを復活させたくはないはずだが、追い詰められた敵は何をするか分からない。それに、アルダの「これぐらいなら問題ない」と考える基準が狂っていないと信頼できる材料が乏しい。
「……なんだか、マシュクザールを相手にしていた方がいくらかマシだったんじゃねぇかって思えてくるな」
マシュクザールは冷徹ではあっても理性的で、なにより同じ地上に生きる人だった。そのため、同じ人として最低限信じる事が……どんなに追い詰められても自国も滅亡させかねない手段はとらないだろうと思う事が出来た。
しかし、アルダは地上ではなく神域に座す神だ。アミッド神聖国が滅亡しても、バーンガイア大陸以外にも彼の信者は存在するので、消滅する事はない。だから、追い詰められているアルダなら何をしてもおかしくないとしか考えられない。
実際、シュナイダー達は知らないがアルダはヴァンダルー達を倒せるなら人類が十万年前グドゥラニスとの戦いが終わった直後と同じ、残り三千人ほどにまで減っても構わないと考えている。
もっとも、今の状況にならないとそう考える事は出来なかっただろうし、マシュクザールを排除したのはシュナイダーではなくアルダとその狂信的な信者達だが。
「それで特訓なのですが……短期間で劇的に強くなる方法は俺にはもうありません」
こうしている今も、ヴィダル魔帝国の探索者達と行動を共にしている使い魔王から経験値が入っている。そしてテルカタニスが集められず各公爵家や神殿で管理し続けている【魔王の欠片】を、ヴァンダルーに渡すことも決まっている。
しかし、それでヴァンダルーが今よりも劇的に強くなるという事は無い。それほどまでに、ヴァンダルーは既に強くなっているのだ。
数字で例えると、強さが十の者が二十になれば劇的なパワーアップと言える。しかし、強さが千の者が千十になった場合は誤差の範囲でしかないだろう。
「だろうな。それは一定以上強くなった者なら誰もが至る状態だ。仕方がない」
ランドルフが言うように、ある程度以上強くなった者の成長は鈍くなる。それはレベルが極端に上がり辛くなる成長の壁とは、全く別の問題だ。
その原因は、得られる経験値と次に強くなるために必要な経験値の差が開くからだ。
同じ1レベルでも、初めてジョブチェンジを経験した新米冒険者のレベル1と、何度もジョブチェンジを経験したS級冒険者のレベル1では、レベル2へ上がるために必要な経験値は比較にならない。
同じレベル1のスキルでも、ただのスキルと上位スキルでは2レベルに上がるために必要な経験値には、圧倒的な差がある。
そして何より、強くなればなるほど丁度いい強さの敵が少なくなる。
ランク3の魔物は魔境に入れば、それほど時間を掛けなくても遭遇する事が出来る。だが、ランク10の魔物は並の魔境では最奥に行っても存在しない。ダンジョンは難易度が高い物ほど数が少なくなる。
人同士の実戦形式の模擬戦で腕を磨くにしても、やはり模擬戦では実戦に及ばない。
かといって、格下ばかり相手にしても得られる経験値は少なく、ジョブレベルが上がるペースはどんどん落ち、スキルレベルが上がるのはさらに遅くなる。
そのため、A級以上の冒険者は今の実力で満足するか、長い時間をかけて地道に鍛えるかを選ぶことになる。
『暴虐の嵐』のシュナイダー達の場合は、邪悪な龍などの強敵を探して討伐しているが、それでも限度があった。
「そのため、俺の特訓は諦めます」
そして、ヴァンダルーに丁度いい敵を探すのは難しい。だから、彼は特訓を諦めた。
「代わりに、皆に俺の特訓を受けて貰います」
なので、考え方を変える事にしたのだった。
灰色の雲で覆われた空に、荒れ果てた荒野に、深紅の池が点在する地獄のような光景に、無数のデーモン達が遠巻きに存在している。
ヴァンダルーの【体内世界】の一つ、デーモンの住み処。
『ヂュオオオオ……』
『ふぅ……切りがねぇな』
「まったくだ。だが、それよりも……」
そこで骨人、『剣王』ボークス、そしてヴィガロが『敵』と相対していた。
『うおーん』
赤黒い液体がクリスタル状の結晶を包んでいる、不定形の敵。おそらく、スライム型の魔物を参考にしたものと思われる。
『ぎーっぎっぎぎ』
カブトムシを人型にしたような、四本腕にそれぞれ杖や鉤爪、盾を装備した敵。蟲型と亜人型の魔物を参考にしたのだろう。
『がるるるる』
巨大な虎の体に複数の目や角、翼を生やしたような姿の敵。見た目通り、獣型の魔物を参考にしたと思われる。
いずれもランク13を超えているのは明らか。さらに、全ての敵が【状態異常無効】であり、物理と魔術双方の攻撃に対して高い耐性を持ち、その上再生能力も異常に高い。
そして何より、見た目にそぐわない高い技量の持ち主だ。
「それよりもヴァンダルー、その気の抜ける鳴き真似は止めてくれないか?」
『がるるる……ヴィガロ、訓練の最中に話しかけちゃダメじゃないですか』
その正体は、ヴァンダルーが作った使い魔王だった。
そう、ヴァンダルーの言う『俺の特訓』とは、彼が作る使い魔王を相手にして行うほぼ実戦形式の特訓だったのである。
ヴァンダルー達の中で、最も強いのはヴァンダルーである。それはつまり、ヴァンダルーなら彼の仲間たちにとって丁度いい、もしくはやや格上として効果的な特訓相手になる事が出来る。
そして、ヴァンダルーは自身の分身である使い魔王を造る事が出来る。
使い魔王は、ヴァンダルーが本気で戦闘用に魔力を込めて作れば相応に強くなる。そして使う欠片を選び、動かし方を変える事で訓練相手に合わせた戦い方……試練を設定する事が可能なのだ。
「だがヴァンダルー、どうしようもなく気が抜けるぞ」
しかし、ヴァンダルーの分身なので演技力ランクは底辺である。
『そうですか……がるる、ではなく、ふにゃーお! の方が良いですか?』
「勘弁してくれ」
『坊主、俺もそれは無いと思うぜ』
『主よ、無言の方が良いと思います』
『分かりました。では、再開です』
そう言った途端、使い魔王達から寒気が走るような殺気が放たれる。そして、恐ろしい速さで動き出した。
『ヂュオォ! 【流水斬り】!』
異様な動きで迫るスライム型使い魔王に、骨人が全身の骨を分離させて迎え撃つ、彼の剣技と【骨刃】なら液体すら斬る事が出来るが、スライム型使い魔王の体……【魔王の血】は粘度が高い。そして体内のクリスタルは自由自在に位置を変えて刃を回避する。さらに、クリスタルは一つや二つ斬られてもすぐに元通りに再生してしまう。
彼の課題は、スライム型使い魔王の体内にある全てのクリスタルを同時に切断する事だ。
『【限界超越】! 【龍殺し】! 【双龍狩り】!』
『【鋼壁】、【鋼体】、【疾風流し】、【螺旋突き】!』
カブトムシ戦士型使い魔王とボークスが、激しい剣戟の音を響かせる。ボークス、そしてヴィガロの課題はシンプルだ。目の前の敵を倒す事。
「ぬううっ! 【魔壁】! 【魔体】!」
だが、ヴィガロの相手である使い魔王は、見た目に反して遠距離攻撃で彼を攻め立てる。
胴体側面に埋め込まれた眼球から怪光線を撃ち、口から吐き出す液状の油で炎を吐き、尻尾……のように見える象の鼻から圧縮した空気や血を吐きだし、筋肉を高速振動させて発生させた体内電気を角から放出する。
ヴィガロはそれを霊体の腕で保持した盾で防ぎながら、何とかして距離を詰めるか自身の持つ乏しい遠距離攻撃手段で倒さなければならない。
使い魔王はほぼ本気でヴィガロ達の相手をしている。彼らが訓練だからと気を抜けば、致命傷を受けるだろう。……受けた次の瞬間には、【死亡遅延】の魔術がかけられ致命傷から死へと状態が進まないようにされ、ブラッドポーションを浴びるように飲まされるが。
実は、使い魔王が発している殺気も、【大殺界】の効果を下げて殺気を指向性に変えた魔術によるものだ。そうでもしなければ、ヴァンダルーが仲間に殺気を出せるはずがない。
ヴィガロ達もそれを知っているが、治ると言っても致命傷を受けるのは痛いし、見物しているデーモン達の前で恥をかきたくないので実戦と同じ真剣さで取り組んでいる。
なお、使い魔王は込められた魔力を使い切ると材料に使った角や骨、肉などを残して消滅する。だが、ヴィガロ達が持久戦に徹してそれを狙った場合、試練突破とは見なされない。ヴァンダルーが再び使い魔王を作る事になる。
そして、これはダンジョンのボス戦なのではなく特訓なので、試練を突破しても特に何があるという訳でもない。ヴァンダルーからの称賛と労いの言葉があるくらいだし、それは別に試練を突破しなくてもかけられる。
しかも、試練を突破した後は一休みした後、ヴァンダルーと特訓の様子を観察しているデーモン達と反省会を行い、次の特訓内容を考え、それに取り組むのだ。
特訓の目的は試練のクリアではなく、不完全復活したグドゥラニスを倒す事なのだから。
次話は8月9日に投稿する予定です。




