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三百七十九話 メイジマッシャーからの手紙

 会議が終わり、公爵達が退室した後もヴァンダルー達は残って話を続けていた。

「しかし、これでヴァンダルーとパウヴィナもS級冒険者か。アミッドに四人、オルバウムに一人 そしてヴィダルに七人。もう圧倒的だな」

 そう自分達をいつの間にかヴィダル魔帝国所属の冒険者に数えているシュナイダーは、機嫌よさそうにヴァンダルーの肩を叩く。……現在、ヴィダル魔帝国に冒険者ギルドは存在しないのだが。


 ランドルフはそれを指摘せずに、しかし逆に顔を顰めてみせた。


「人数だけ見れば俺一人だけが負け組のようだな」

「先生は現役の内にもっと後進を育てるべきでしたね。そうすれば、引退も出来たかもしれません」

 ヴァンダルーが言うように、ランドルフが引退できなかったのは彼以外にS級冒険者が存在しなかったからだ。もし彼に後継者や後を託せる仲間がいたら、当時の公爵達や冒険者ギルドも彼を強硬に引き留める事はしなかっただろう。


「まあ、口で言う程簡単な事ではないでしょうけれど」

「そうだ。俺はお前と違って導士じゃないからな。それに、当時の俺は弟子をとれるほど人間が出来ていなかった。今でも、臨時講師がせいぜいだ」

 そうため息を吐いて素直に認めるランドルフ。今回はシュナイダーと言い合うつもりはないようだ。


 実際、シュナイダー達『暴虐の嵐』はアミッドの貴族からは恐れられているが、一般市民からは人望があり、彼等を慕う者の中には弟子入りを志願した者達も多い。……そうした者達は殆ど隠れヴィダ派の一員となっているので、アミッド帝国や神聖国に貢献するどころか逆に損失になっているが。

 そしてヴァンダルーも、『暴虐の嵐』のメンバーであるゾッドの弟子の一人だ。


「それより、お前がギルドマスターの言う事を素直に聞くとは意外だった。私はてっきり、通常通り依頼をこなして審査を受けなければ昇級に応じないと言い出すんじゃないかと、内心では冷や冷やしていたよ」

 メオリリスが言ったように、ヴァンダルーとパウヴィナがS級冒険者になったのは、オルバウム選王領の冒険者ギルドのトップであるギルドマスターからの要請によるものだ。その時に見せたギルドマスターの様子を見れば、要請ではなく懇願と評するべきかもしれない。


 英雄予備校とはいえ冒険者学校を卒業したばかりのE級冒険者に、等級ごとの試験も受けさせずS級への昇級を要請。調べるまでもなく、冒険者ギルド史上に前例のない偉業である。

 歴史上、ギルドに登録した後一年でB級に昇級した者や、一気にC級冒険者になった者は何人か存在する。しかし、S級はない。


 実際、ランドルフとシュナイダーもGからF、EDCBAと駆け足ではあったが下から一段ずつ等級を登って、今のS級冒険者の地位に至っている。

 そもそもS級冒険者に昇級する目安が、「相応しい偉業を為す」という曖昧なものだ。そのため、昇級の判断は時のギルドマスターの判断だけでなく世論の動向まで関係する。一概にどうすればS級になれるという基準が存在しない。


 しかし、ヴァンダルーとパウヴィナの場合は例外中の例外である。ヴァンダルーは、復活した一部とはいえ魔王グドゥラニスを倒して『生命と愛の女神』ヴィダに称えられている。そしてパウヴィナは、『暴邪龍神』ルヴェズフォルをテイムしてグドゥラニスとの戦いにも参加している。


 ヴァンダルーはもとより、パウヴィナも文句なく「相応しい偉業を為した」冒険者である。……この二人の偉業が相応しくないのなら、何が相応しいのか分からなくなってしまう。

 それに、ヴァンダルー達をE級冒険者のままにしておくと貴族達がギルドの制度を利用した政治工作を企みかねない。護衛依頼を利用して個人的なコネクションを築こうとする程度ならいいが、欲に目がくらんだ馬鹿貴族が裏取引を持ち掛けたり、正義に狂ったアルダ信者の貴族が暗殺を試みたりしたら大問題に発展しかねない。


 試みの成否は問題ではない。建前としてはだが、政治的に中立であるはずの冒険者ギルドが政治に利用されたという前例が、超大国の支配者やその親族の記憶にはっきり残るのがまずいのだ。


 しかし、英雄予備校で卒業を渋った事からS級への昇級も渋られるのではないかという予想もされていた。それをどうにか説得しなければならないと、決死の覚悟でギルドマスターは懇願したのだが……彼らにとって意外な事に、ヴァンダルーはあっさりと昇級に頷いた。


「俺達も当初の予定では、それなりに段階を踏んでA級ぐらいを目標に昇級するつもりでした。山賊やゴブリンを退治したり、予め見つけておいたダンジョンを『未発見のダンジョン』として報告して探検したり、サムに乗って魔空を攻略したり、魔大陸や魔王の大陸に行ったり」


「真実を知ってから聞くとほぼでっち上げだが、何も知らなかったらたしかにA……いや、S級への昇級は必至な偉業だな」

「自分でダンジョンを作るとか、危険な魔物をこっそり放して事件になってから自分で退治するようなマッチポンプでないだけ良心的だとは思うが」


 人間社会に対して明かしていなかっただけで、ヴァンダルーが今まで行ってきたいくつかの事は、歴史に残すのに値する大偉業である。それを改めて行い、報告しただけでA級への昇級は間違いないし、S級への昇進も狙えただろう。ヴァンダルーはエリザベス達と、パウヴィナはラインハルト達と、そうして昇級していくつもりだった。


 もちろん、エリザベス達の実力も等級に相応しい水準に引き上げながらだが。だが、それも含めてヴァンダルーにとっては楽しい時間になるはずだった。


「でも、グドゥラニスが復活したせいで色々と明らかにしなければならなくなりましたし、エリザベス様も公爵になりましたからね。さすがに今は無理だろうと思いまして。

 ハインツを取り逃がしたせいで、色々対処しないといけませんし」


 しかし、グドゥラニスの復活とその後ハインツを殺し損ねた事から、予定を大きく変えなければならなくなった。色々と明らかにしなければならなくなったので、とても冒険者活動を楽しむ事はできない。

 なら、昇級試験もつまらないだけだ。D級への試験で人を殺すことができるか、殺しても理性を失わず倫理観を揺るがすことはないか試すまでもない。今まで何百人何千人もの山賊や犯罪者を殺し、血を啜り、生け捕りにして人体実験に利用してきた。そしてこれからも殺し、啜り、利用していくのだ。


 それでもヴァンダルーの理性や倫理観に変化はなかった。パウヴィナはあまり人相手の殺し合いの経験はないが、問題はないだろう。


 B級へ昇級するための筆記試験や、上流階級への態度は考えるまでもない。二人に文句をつけられるオルバウムの貴族は存在しないだろう。むしろ、力関係を考えればオルバウムの貴族達が彼らをもてなさなければならないはずだ。


「エリザベス様達の昇級は、本人達に断られてしまいましたが」

 しかし、ヴァンダルーのパーティーメンバーであるエリザベス達とパウヴィナのパーティーメンバーであるラインハルト達は、昇級を断った。正確に言うなら、ギルドマスターは彼女達の昇級を提示しなかった。ヴァンダルーがギルドマスターの要請を聞く見返りに頼みましょうかと尋ねたら、辞退されたのだ。


「ちゃんと実力を伴って追い付くから、安心して待ってなさい」、と言って。

「まあ、あいつらの実力も既にB級に匹敵しているらしいが、A級にはまだだろう。それに、貴族としてはサウロン公爵家の事で既に頼っているから冒険者としても頼るのは避けたいんだろう」


「話は変わるが、ヴィダル魔帝国への冒険者ギルド本部と支部の設置はどうするんだ? 魔術師ギルドも似たような事を言ってきていたはずだが?」

「それは今のところ要検討ですね。探索者ギルドと業務が被りますし、まずヴィダの新種族だけでなくアンデッドや魔物の組合員の存在を認めてもらわないと、話になりません」


 ギルドマスター達はヴァンダルー達の昇級だけを求めてきたわけではない。ヴィダル魔帝国へのギルドの進出も重要な目的だった。

 境界山脈の向こうに国がある。人間社会では見た事もないような魔物や、存在を知られていないダンジョンがある。それを聞いて興味を覚える冒険者は無数に存在する。彼らが堪えられずにヴィダル魔帝国に行き、探索者ギルドに鞍替えしてしまうと冒険者ギルドとしては痛い。


 魔術師ギルドの場合は、より深刻だ。組合員の魔術師達は、ヴィダル魔帝国でしか取れない素材や魔帝国内で生活しているアンデッドを研究したくてウズウズしている。

 ヴァンダルーが山脈を動かせる以上、サウロン公爵領やハートナー公爵領側の山脈に何時ヴィダル魔帝国と繋がるトンネルができ、そこに研究熱心な魔術師達が殺到するか分かったものではない。


 そのため人材流出による影響を最低限にしようと必死になっているのだ。

「まあ、魔術師ギルドの方は受け入れ態勢を整え次第、タロスヘイムにヴィダル魔帝国本部を設置する予定です。魔術師ギルドの方は競合する組織がありませんし、我が国の法律を守るなら問題ありません」


 なお、テイマーギルドの方は既に受け入れが決まっている。もっとも、グールやヴィダの新種族、アンデッドやデーモンや魔物の一般市民等、従魔として判定してはならない存在がいるので、規約や規則の改定を済ませてからだ。


 これで近い未来、ヴァンダルーの仲間たちはテイマーギルドの首輪をしなくても街を歩く事が出来るようになるだろう。……もう既に首輪をしなくても文句を言う存在はオルバウム選王国にはいないかもしれないが。

 そして、そうなったとしてもエレオノーラやアイラは首輪をし続けるだろう。


「じゃあ、ヴァンダルーそろそろ――」

 そこにダルシアが息子に声をかけながら彼の肩に手を置いた。

「そろそろ、その手紙をどうするか考えましょうか」

 そして、現実を直視させた。ヴァンダルーの前には、冒険者ギルドのギルドマスターから渡された簡素な封筒に入った手紙がある。


 差出人はオルバウムに滞在しているB級冒険者、アサギ・ミナミ。【メイジマッシャー】のチート能力を持つ転生者である。

「……母さん、見なかったことにして皆でご飯でも食べに行きませんか?」

 そして、ヴァンダルーにとって相手をするのも面倒な相手だ。


 仲間の仇ではないし、ヴァンダルーの命を狙っているわけでもない。だから、殺すに足る理由がある敵ではない。

 だがしかし、ウザくて面倒な相手なのである。ゲラルド・ビルギット公爵から【魔王の欠片】を安全に封印する研究に協力し、成果を出したとは聞いていた。そのままヴァンダルーに直接関わらない場所で、適当に暮らしてくれればいいなと思っていたのだが……まさかこのタイミングで手紙を出してくるとは思わなかった。


 その手紙を無視してご飯を食べに行く。それは素晴らしいアイディアのように思えた。

 オルバウム選王国のトップ陣を集めた会議で、きっと自分はとても疲れているに違いない。そんな時にさらなるストレスをため込むことは、きっと内臓や頭皮や肌に……つまり健康に良くないはずだ。一国の為政者である自分の健康問題は重要なので、これは手紙を無視するには十分な理由だろう。


 だから美味しいご飯を皆で食べて忘れてしまった方が良いに違いない。最も美味しいのはヴァンダルー自身が作る料理で、さらに言えば皆……何十人何百人といるヴァンダルーの仲間達が一度に集まって食べられる場所はこのクノッヘン城かサムの荷台か、ヴァンダルー自身の【体内世界】ぐらいだが、それでいいだろう。

 疲れている時に皆が食べる分の料理を作るのはさらに疲れる気もするが、疲労解消には適度な運動が効果的だった気がするので、大量の料理を作ると疲労が解消されるので無問題だ。


「ヴァンダルー。お母さんはね、アサギって人の肩を持つわけじゃないの。ただ、この手紙を無視して何か悪い事が起きた時に、ヴァンダルーが嫌な気分になるのが嫌だから言っているのよ」

 現実逃避しながら、何を作るか献立を考え始めたヴァンダルーの頭を左右の手で抱え込むようにして固定して、ダルシアはそう続けた。


「手紙を無視されて自棄になって、アサギって人がファゾン公爵領やアミッド神聖国に行って、オルバウム選王国の人達を傷つけるようなことになったら嫌でしょう?」

 ダルシアが言うように、ヴァンダルーは『地球』ではクラスメイトだったアサギがどうなっても、多少憐れむ程度で深くは気にしない。むしろ、アサギの仲間のテンドウやショウコはどうなったのだろうかと気にするだろう。


 しかし、自分が雑な対応をした事がきっかけでアサギが他の人間に迷惑をかけた場合は、彼に迷惑をかけられた人間に対して罪悪感を覚える事になるはずだ。

 それに、アサギは死属性を含めた属性魔術の発動を止め、既に発動している魔術も消す事ができる【メイジマッシャー】のチート能力を持っている。


 属性を帯びていない魔力を使用する無属性魔術は消す事はできないし、物理攻撃に対しては何の効果も発揮しないので無敵には程遠い。そして【メイジマッシャー】にさえ注意すれば、ヴァンダルーはもちろんランドルフや骨人、クノッヘンなら瞬殺できる程度でしかない。


 しかし、敵に回せば厄介な相手であるのは間違いない。それに、【ロドコルテの加護】も与えられたままだろうから、成長速度も普通よりは速いはずだ。

 今から『五色の刃』に匹敵する程実力を高められるかは分からないが、軽く考えるべきではないだろう。


 それなのにヴァンダルーが彼からの手紙を読むのを後回しにし続けているのは……。

「でも母さん、この手紙にはきっと面倒なことが書いてあるはずです」

 面倒で関わるのが嫌だからである。


「何なら、俺が処理してくるか?」

 そこでランドルフがそう提案した。驚いたように見上げるヴァンダルーに対して、彼は真剣な顔で見つめ返して話を続けた。


「場合によっては汚れ仕事も請け負うのが冒険者だ。そのアサギって男は犯罪者ではないが、自分を厭う大国の支配者に自分から関わりに行く身の程知らずで、礼儀知らずだ。国家運営の障害になるなら、少なくとも俺が知る業界では殺されるのには十分な理由になる」


 その国の貴族どころか国民でも、そして冒険者として活動している訳でもない男が、お互いに冒険者ギルドに所属している事を利用して私的な手紙を出す。これは当人同士が了解している場合ならともかく、そうでないなら冒険者ギルドの情報伝達網と規則を利用した、マナーを無視した外交に当たる。


 それに手紙に書いてある内容次第だが、脅迫するような内容が少しでも書いてあればアウトだ。オルバウム選王国なら、首に賞金を懸けられるだろう。


「ランドルフ先生……汚れ仕事は嫌いでは?」

 ただ、ヴァンダルーが驚いたのは彼が自分から進んで汚れ仕事を提案した事だ。

「ああ、嫌いだ。だから殺すつもりはない。奴の仲間のテンドウって男に、『命は助ける』と約束して協力させて拉致して逃げられないよう処置をして監禁。その後一ヶ月か一年か十年かは知らないが、色々片付いた後に元通りにして解放する、というプランはどうだ?」


 そして、ランドルフとしても汚れ仕事はできるだけ避けたいので、提案するのは暗殺ではなく拉致監禁だった。……それでも十分汚れ仕事だが、殺すよりはマシだろう。

 逃げられないよう施す処置の中には、四肢を切断して両目を潰す、というものまであるのはいちいち説明しない。


「なあ、いっそのことそのアサギって奴を前世にいたっていう『オリジン』に送り返したらどうだ? 前ならともかく、今のお前なら出来るだろう?」

 そしてシュナイダーが、ランドルフとは別の方向で画期的なアサギ対策を提案した。


 以前は世界の壁を越えて生きた人間を異世界に送るなど、『空間と創造の神』ズルワーン以外には不可能だった。しかし、今のヴァンダルーなら『オリジン』限定だが可能だ。『オリジン』の人間である冥や博達をこの世界の物理法則に適応できるようにも出来たのだから、逆にこの世界の人間を『オリジン』世界の物理法則に適合させることもできるはずだ。


 そこまでアサギにしてやる義理はヴァンダルーにはないが、そこまですればアサギは彼が再びこの世界へ連れてこない限り永遠に『ラムダ』世界に戻ってくることはない。

 『オリジン』世界で再び死んでも、転生後に前世に居た世界に生きたまま戻るなんてロドコルテにとっても予想外のはずなので、また『ラムダ』に転生する事はないだろう。……仮にあったとしても、その場合は普通の人と同じように生前の記憶も人格も力も全て無くし、白紙の状態のただの赤ん坊として転生するから、「アサギ・ミナミ」ではない。


 そしてアサギにもメリットはある。自分と同じ転生者しか仲間とみなさない男なので、仲間がいる『オリジン』世界の方が彼にとって居心地は良いだろう。戸籍だとかそうした諸々の問題は、「死んだと思われていたが実は六道聖の実験体として拉致されており、今までは治療に専念するためと彼自身の身の安全を確保するために情報を秘匿していた」とか、そんな風にセルゲイ合衆国大統領に情報操作してもらえば解決だ。


「っ! すごいわ、シュナイダーさん! ヴァンダルー、ナイスアイディアだと思わない!?」

 ダルシアが手を叩いて喜ぶほど、画期的なアイディアだった。ヴァンダルーも思わず、それで行きましょうというところだった。


「母さん、シュナイダーのアイディアに頷きたい誘惑に凄く駆られるのですが、大きな問題があります。今のアサギは、『オリジン』で死んだ時よりも大幅に強くなりすぎているという問題が」

 アサギはこの世界に転生してから数年、経験を積みレベルを上げてジョブチェンジを何回か繰り返してB級冒険者へとなっている。


 ステータスは転生した当時と比べると数倍以上になっているはずだ。

 以前のアサギなら、【ブレイバーズ】の中でも有数の武闘派の転生者程度だったはずだ。しかし、今のアサギは【ブレイバーズ】の他の転生者を遥かに凌駕した超人である。


 転生する前のアサギなら、全力で人を殴ってもせいぜい顎の骨が砕ける程度だったはずだ。だが、今のアサギが『オリジン』の人間を全力で殴ったら、その人間の頭部は熟れた果物を殴った時と同じように潰れて骨と脳の欠片と血をまき散らすだろう。


 転生する前のアサギなら、無防備な状態で銃弾を受ければ当たり所が良くない限りあっさり死んだはずだ。しかし、今のアサギは小口径の銃から放たれた銃弾なら痣にもならないだろう。大口径の銃でも、せいぜい肋骨にヒビが入るくらいではないだろうか?


 魔術の腕も転生する前より数段上がっているだろうし、【限界突破】や様々な耐性スキルを獲得しているかもしれない。さらに、武技を習得していたら『オリジン』世界の人間では手が付けられなくなる。

 雨宮寛人でも今のアサギを抑えるのは難しいかもしれない。


 アサギが仲間である雨宮寛人と衝突するようなことをするかどうかは……ヴァンダルーには予想できない。彼が今の、六道聖にかき回された『オリジン』を雨宮寛人達と協力して建て直そうとするのか、それとも他の【ブレイバーズ】のメンバーを先導して自ら新しい秩序を建てようとさらなる混乱を巻き起こすのか。どちらもあり得そうだなとしか思えない。


 ヴァンダルーにとってアサギは、自分より圧倒的に弱い存在ばかりになった世界で以前と同じ自分を維持できると信じられる相手ではない。

 そして、今のヴァンダルーは『オリジン』をアサギに滅茶苦茶にされる可能性を放置できない。


「俺の一部は『オリジン』で神をしている以上、爆弾を投げ捨てる事は出来ません。ジョゼフ達やセルゲイやめー君と博の両親もいますし」

「うーん、じゃあ【ブレイバーズ】の人達をこっちの世界に呼んで、説得してもらうのはどうかしら?」

「その手もありますが、手紙の内容次第ですね」


 いろいろと勿体つけた挙句手紙を開いたヴァンダルーだったが、その内容は彼が想像していたよりは真面目な内容だった。




 会議の翌日の昼下がり、アサギ・ミナミは監禁されていた。

「……もう何度も言ったが、この扱いはあんまりじゃないか?」

 首と利き腕と脚にそれぞれ枷を嵌められ、別々の場所に鎖で繋がれている。枷と鎖は分厚く太い黒曜鉄製で、アサギでも素手では引きちぎる事はできない。


 魔術を使えば、もしくは自由な方の腕で鎖をどうにかできれば抜け出すこともできるが……

「そう言われる度に答えているが、妥当な扱いだ」

 【千里眼】のタツヤ・テンドウと【イフリータ】のショウコ・アカギが見張っているため、不可能だった。


「妥当って、俺は――」

「あたし達に置き手紙を残して、ヴァンダルーに突撃しようとしたじゃないか。話を聞いてくれなければ、ファゾン公爵領に研究資料を持っていくって脅すつもりだって書いてあったのを読んだときは、心臓が止まるかと思ったよ」


 アサギはヴァンダルーと話をつけるため、事態を知ったら止めるだろうテンドウとショウコに置き手紙を残して飛び出したのだ。

 そして、二人は幸運にもアサギが飛び出した直後に置き手紙を発見。【千里眼】ですぐにアサギの位置を捕捉して、ショウコと共に捕縛。そのままこうして監禁しているのだ。アサギを大人しくさせるために、冒険者ギルドの冒険者同士の連絡を仲介するというサービスを利用して、ヴァンダルーへ彼に書かせて二人が添削した手紙を出させて。


「崖に向かって全力疾走するようなもんだよ。一国の支配者に脅しをかけるなんて、この世界じゃ殺されたって文句は言えない事だって分かるだろ?」

「この世界じゃなくても、時代と国によっては死刑だけどな。ビルギット公爵にも迷惑がかかると思わなかったのか?」


「いや、そんな大ごとじゃないだろ。俺とヴァンダルーは――」

「同じ転生者だけど、それだけ。仲間でも友達でもない」

「通っていた学校のクラスが同じだけの他人だ」

 自分の声を遮って言われた二人の言葉に、アサギは短く呻くと押し黙った。その様子に、テンドウは深くため息を吐いた。


「アサギ……俺達は現在進行形で危ない橋を渡っている。冒険者ギルドを通じて手紙を渡すのだって、本来なら危険なんだ。ヴァンダルーが冒険者ギルドに登録しているから可能だったってだけで、この世界の外交ではかなりの無礼だからな」

 そう語るテンドウの言う通り、ランドルフがアサギの暗殺を提案する程三人は危険な状況に身を置いていた。


「アサギ、あんたはまだヴァンダルーは自分達と同じ転生者だって思っているかもしれないけど、立場が違い過ぎるし、その立場を超えられるような信頼や友情が全くないのにそろそろ気が付くべきだよ」

 ショウコとテンドウも、この世界に転生した当初はヴァンダルーと戦うつもりはなくても、彼の事を危ういと感じていたしカナコ達を危険だと思っていた。


 だから【魔王の欠片】を安全に封印するための研究を提案したアサギに反対しなかった。これならヴァンダルーと直接争う事はなく、もしもの時は彼を穏便に止める手段になり得るだろうと。

 ヴァンダルーも、自分の目の届かない場所……具体的には当時のビルギット公爵領等で、封印が解けた【魔王の欠片】が暴走して罪のない人々が犠牲になるのを望んではいないだろうし、それを防ぐのに反対はしないだろう。


 そしてヴァンダルーが不完全だが復活したグドゥラニスを倒した今も、二人は彼に危うさを覚えている。『地球』……というよりも現代日本の常識や倫理観を覚えている二人は、ヴァンダルーがしている事に対する忌避や恐怖を忘れる事が難しいのだろう。


 だが、だからと言って自分達が口を挟むべき問題ではないと少し前から考えるようになった。しかし、アサギはそう思ってはいないようだが。


「そうかもしれないが……二人だって見ただろ、あのザッカート街って名付けられた場所を。あれを見てもなんとも思わないのか?」

 オルバウムに滞在している間、アサギはビルギット公爵一行の護衛の合間を縫っていろいろと調べていた。彼はヴィダル魔帝国の領土に入った事はない。ヴァンダルーが治める街を見た事もない。だが、オルバウムにはヴァンダルーが復興させ名付けたザッカート街という、彼が治めている国に雰囲気が極めて近いだろう地区があった。


 アサギはそこでデーモンやアンデッドの住人から話を聞いて調べた結果、危機感を覚えた事で今回の行動に出ようとしたのだ。

「思うところは、正直に言えばあるよ。あるけど、それはあたし達の『地球』や『オリジン』での常識や価値観……異世界の物差しで測った結果に過ぎないんだよ」


「ともかく、手紙の返事が来なくてもお前が考えを変えるまで、俺はお前を見張り続ける。分かっ――」

 分かったな? そうテンドウが続けようとした時、宿の部屋のドアをノックする音が響いた。

「ヴァンダルーからの返事を持って来たわ」

「開けてくれる?」

 聞こえてきたのが、聞き覚えのある声だったことに三人は驚いた。


「……ショウコ、彼女達を中に入れてくれ」

「分かった」

 言われた通りショウコがドアを開けると、そこにはテンドウが【千里眼】で見た通りの人物が立っていた。


「さっき言った通り、ヴァンダルーの返事を持ってきたわ。私達がいるのは、返事に書かれている内容に対して質問がある場合、答えるためよ」

 白いワンピースを着た黒い髪の少女に見えるレギオンのプルートーが、手紙を片手にそう告げる。


「私は元仲間のよしみで、これ以上関わらないように説得するために。久しぶりね、三人とも」

 そして三人の記憶にある姿よりもだいぶ幼い姿のマリが微笑んでいた。


すみません、アサギの手紙の内容は次話をお待ちください。


次の話は7月25日に投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
オリジンに送り返してタイミング合わせて即その場で雨宮に「防御力無視」で攻撃してもらうとか。 「バカな…?」とか言いそう(失笑)
[良い点] ザッカート街?ハハッ! ここにヴァンダルー中毒者とブラッドポーションがあるじゃろ?
[一言] まぁグドゥラニス討伐した冒険者を下位ランクに置いとくとか色々な意味で許されないよな……w むしろヴァンダルーとパウヴィナだけに収まっただけ小規模で済んでるというかw (アーサー達も下手すれば…
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