閑話68 ゲラルド・ビルギット公爵
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先の会議では、様々な事が発表された。ヴァンダルーが異世界からの転生者である事、転生者は彼だけではなくカナコ・ツチヤを含めて複数存在する事。そして十万年前にグドゥラニスに砕かれたザッカート達四人の勇者の魂の欠片が数えきれない程の転生を経て生まれたのが、ヴァンダルーだという事。そして、その他諸々の隠してきた正体や真実。
それを聞いたオルバウム選王国を動かす公爵達に、激震が走った。
今は神聖国と名を変えたアミッド帝国初代皇帝は、自らがベルウッドの子孫であると名乗って帝国を興した。それからも分かるように、勇者の子孫であると信じさせることができれば、一国を興す事ができる程の大義名分を手に入れる事ができる。
しかも、ヴァンダルーの場合はダルシアを介して『生命と愛の女神』ヴィダからお墨付きが得られる。必要なら、それこそ何度でも。
アミッドの皇族は現代では本当にベルウッドの子孫か、怪しむ者も多く存在する。敵国であるオルバウム選王国が密偵を通じて流している流言飛語や、皇族に対するただのやっかみを差し引いたとしても。
しかし、ヴァンダルーの場合は勇者の生まれ変わりである事を否定する者が……それがどんなに社会的地位が高く弁が立ち、疑う根拠と証拠を示すことができても、「ヴァンダルーは勇者の生まれ変わりである」という事実を揺るがすことはできない。
疑いがあると訴える人物が誰だったとしても、大神の保証には敵わないからだ。まだ中立を宣言したままのアーサッバ公爵や、日和見故に親ヴィダル魔帝国を表明するのが遅れたレクスト公爵は、ヴァンダルーがバーンガイア大陸……いや、世界統一の野望すら掲げる事ができる大義を持っている事に戦慄を覚えた。
……もっとも、既にヴィダル魔帝国の国民から自主的に巨大像を建造されるほど支持されている【導主】ヴァンダルーにとって、「勇者の生まれ変わり」として新たに得られる支持などオマケに過ぎないのだが。
それに比べれば、カナコも転生者である事や、彼女達はダークエルフではなくカオスエルフという新しいヴィダの新種族である事、Vクリームを使用し続けると冥系人種という種族に変異する可能性がある事、『暴虐の嵐』のゾルコドリオが原種吸血鬼である事、ヴィダル魔帝国の領土が伝説の魔大陸や神話の魔王の大陸にも及んでいる事は小さな……全く小さなことではないが、後半はもうスケールが大きすぎて公爵達がすぐに理解できる枠を超えてしまっていた。
ちなみに、ケイティ・ハートナー達が転生者である事、ゾルコドリオの義理の息子であるジークの実の父親がマシュクザールである事は伏せられたままだ。前者はヴィダル魔帝国の国民ではないケイティの秘密を勝手に明らかにして何かあったら責任が取れないから、後者は明かしても良い事がなさそうなのと親であるゾルコドリオの意向が優先されたからである。
また、ダルシアがミルグ盾国で処刑されて一度死んだ後生き返っている事も明らかにしていない。ハドロスやタッカードならともかく、他の公爵達が完全な死者の復活という奇跡が起こりうることを知って欲望に駆られないかどうか信じる事ができなかったからだ。
……冥系人種等への変異や、アンデッド化やデーモン、魔物への疑似転生が既に知れ渡っているので、杞憂かもしれないが。
そのようにヴァンダルー達が打ち明けていない真実があるだろうことは、会議に参加した全ての公爵が察していたが、誰もその場で追及はしなかった。興味はあるが、ヴィダル魔帝国が圧倒的な強者である真実の方を重視したからだ。
情報とは強大な力の持ち主によって握られ秘されるもので、いつか必ず真実が白日の下にさらされるが、それは百年後や千年後、考古学者が研究の末に発見する場合もある。
人権の概念もあやふやなこの世界で、知る権利について考える者はほぼ存在しない。
もっとも、外交が本格的に始まれば各公爵領の諜報機関が調査する事になるだろうが。
また、そうした秘密を打ち明ける前に宣言したヴィダ原理主義からヴィダ信仰へ名称を改める件は、衝撃ではなく若干の納得をもって公爵達に受け止められた。
『地球』と違い、現在の『ラムダ』世界では原理主義者がテロなど過激な行動を起こして事件や紛争を起こしてはいない。しかし、かつてあまりに過激で残虐な行動に出たためアルダが神罰を下すまでに至ったというベルウッド過激派の事は貴族や神殿関係者なら知っている。
ベルウッド過激派はベルウッドの主張を第一にした、いわゆる過激な原理主義者だった。そのため、貴族や神殿関係者にとって「原理主義」とは漠然とした警戒感を覚えやすい名称なのだ。それを改める事は、十分納得できることだった。
逆に衝撃的だったのは、設置する予定のヴィダル魔帝国の大使館に赴任させる予定の人員についてだった。
大使館とはお互いの国に設置する外交の窓口なので、オルバウム選王国の公爵領の大使館がヴィダル魔帝国に置かれるという事は、ヴィダル魔帝国の大使館が各公爵領に置かれるという事だ。
その大使館にヴィダル魔帝国から派遣される人物について、ヴァンダルーは「とりあえず、使い魔王を数体派遣する予定です」と語った。
「あの発言にはたまげた。思わずマジかよって言葉が口から出そうになった」
この会議で最も成果をあげたのは、そう側近に本音をぶちまけるゲラルド・ビルギット公爵だっただろう。
「まさか踏み絵に二枚目があったとは。目的が大使に任命する人材を選出するまでの代理と、大使館員のストレスを抑える事だと説明されなきゃ、各公爵領をオルバウムのように内部から浸食するつもりかと勘違いするところだった」
精悍な顔つきの狼系獣人種である公爵は、まるで予期していたかのようにヴァンダルーが提示した踏み絵……ファゾン公爵領への対決姿勢をとる事を誓って見せた。
ハートナー公爵領の南に位置し、ファゾン公爵領と近いというのに動揺した様子もなく判を押して見せた。そして何より、アルクレム公爵やジャハン公爵、そして新サウロン公爵のようにヴァンダルーと通じているわけでもないのに。
「まあ、ヴィダの新種族はもちろんですがデーモンやアンデッドを国民として認めている国と外交しようってんですから、大使館に為政者の分身を設置される覚悟くらいしないといけないんでしょうな」
「ボンバルデ、お前は俺より肝が据わっているようじゃないか。俺はそんな覚悟、言われるまで持っていなかったぞ」
大使は国の代表として国交のある国へ赴任する。しかし、まさか為政者の分身が赴任するとは想定していなかった。
想定していなかったが、結局いつかは国賓として本人を招く事になるのだろうからと、ゲラルドは第二の踏み絵も表面上は躊躇いも動揺も見せずに踏んで見せた。それに対して他の公爵、そしてヴァンダルーも若干驚いていたが……。
「俺もまだまだ未熟だな。ただ、踏み絵を踏む以外の条件は想定していたよりも軽かった。その踏み絵についても、考えてみれば、踏まない意味はそれほどない。色々と用意してきたが、無駄になっちまったな」
ゲラルド・ビルギット公爵は、この会議でヴァンダルーから何らかの証を立てる事を求められると予想していた。その中でファゾン公爵領やアミッド神聖国との対決姿勢を明確にすることは、必要最低限……会議に出席する必須条件程度にしか考えていなかった。
他にも通商条約で有利な条件を譲る、領内にヴァンダルー神殿を建立する、ヴィダル魔帝国の要人に自分の親類を含めた領内の綺麗どころの嫁入りや花嫁修業という名目での愛人奉公、家宝の献上を想定して事前にそれとなく手を回していたのだが……。
「他にもヴィダル魔帝国側の要人の子弟を婿養子に迎える政略結婚、そして我が領の将来的な併合まで見据えていたのに……意外に慎ましいというか、遠慮深かったな。
俺から言い出していたら、強い者にすぐ靡く程度の軽い公爵とみられていたかもしれない。いやはや、言わなくてよかった」
なお、ゲラルド同様に政略結婚として親類や家臣の子女を妾や愛人として供する事を考えていた公爵もいたのだが、結局は誰も口にしていない。
エリザベス・サウロン公爵の戴冠式で、ヴァンダルーの第一子として紹介されたバクナワの姿を見た者達からの報告を受けたからだ。
あの姿と大きさは、規格外過ぎた。衝撃のあまり、もう少し情報を収集してヴィダル魔帝国の要人について調べた後で考えた方がいいのではないかと、冷静になってしまう程に。
逆にゲラルドはその他の公爵達が躊躇している隙を突こうとしたわけだが……そうする必要はなかった。
「大将、併合以外は全部恭順に見せかけた関係強化の手段じゃないですか。それと、併合されるプランについては、俺は何も聞いてないんですけどね」
「当たり前だ。そんな事を前もって口にできる訳がないだろ」
側近の熊系獣人種の騎士のボンバルデが呆れたようにため息を吐く。
「ヴィダ様がついているといっても、まだ得体の知れない国なんですから、自国を売るような真似をしないでくださいよ。長老衆が卒倒しますよ」
「既にアルクレムとジャハン、サウロンに出遅れている。他の連中が二の足を踏んでいる間に売り込まないでどうする? あいつらはたしかにまだ得体は知れないが、それはまだ俺達が知らないだけで、大使館ができれば得られる情報量の桁が変わるから、得体も知れる。
それに、ヴィダル魔帝国はテルカタニスの爺みたいな中央の胡散臭い古狸共よりはマシだ。それにもう手遅れだ。オルバウム選王国は半分奴らの傘下みたいなものだからな」
選王国の独立性やイデオロギーや文化を守るため、踏み留まってヴィダル魔帝国と対峙する。それを考える時期はもう過ぎ去ってしまったとゲラルドは分析していた。
「ただ、もちろん故郷を捨て値で叩き売るつもりはない。最低でも自治権を認めさせるつもりだったさ」
ビルギット公爵領はオルバウム選王国の南西に位置する、地形的に東隣のファゾン公爵領と北東が少し接しているレクスト公爵領以外の他の公爵領とは行き来しにくい公爵領だ。西は境界山脈、北のハートナー公爵領とは険しい岩山、そして南の海とも岩山で隔てられている。先祖が苦労してトンネルを掘って海まで繋げたが、大規模な貿易に使える程ではない。
だが、そんな土地だからこそオルバウム選王国が建国されビルギット公爵領と名を改める前から、あの土地には様々な獣人種が集まり集落を構えて部族連合を形成していた。
人種やエルフよりも魔術の適性は低いが、強靭な肉体や優れた感覚に恵まれている獣人種達にとって、ビルギットの土地は山脈と岩山に囲まれた天然の要塞だったのだ。
それはオルバウム建国後も続いたが……ここ数か月で劇的に変わってしまった。
もうサウロン公爵領に対アミッド帝国用の戦力を送りながら、隣のいけ好かないファゾン公爵領との関係に悩みつつ、中央の貴族達が余計な事をしないか気にするだけでよかった時代は終わったのだ。
「だって、山脈を動かせるんだぞ、あの魔皇帝。勝てる訳ないだろうが」
ビルギット公爵領を守ってきた天然の要塞は、ヴァンダルーが境界山脈を動かしたことで何の意味もなさなくなった。不動だった天然の城壁は、ヴァンダルーがその気になればあっさり形を変えられる不確かな物になってしまったのだ。
一応、ビルギット公爵領にも山脈や岩山側に砦や城塞都市などの防衛拠点が存在する。しかし、それは暴走して魔境やダンジョンから溢れだした魔物用であって、作戦を立てて行動する敵軍用ではない。人並みに頭を使う事ができる軍なら、容易く防衛拠点をすり抜けて街に攻め込むことができるだろう。
いや、なんなら、動かした山脈や岩山をそのまま砦や城塞都市にぶつけるだけでもいいはずだ。鈍重な、しかし確実に迫ってくる超巨大な質量は、ドラゴンの一撃よりも容易く城壁を破壊するだろう。
西の境界山脈と南北の岩山が同時に動き出したら、それだけでビルギット公爵領は刃を交える機会も与えられず圧殺されてしまう。
しかも、その場合故郷の土地は山脈にかき混ぜられて、元の姿は永遠に失われる。一旦逃げて雌伏の時を耐え捲土重来を狙う、なんて希望も何もない。国を失った流浪の民になってしまう。
「それを考えなかったとしても、戦争になったら勝てると思うか? ボンバルデ、お前には悪いが俺には惨敗するか蹂躙されるかのどちらかとしか思えない」
そんな状況なので勝ちようがないのだが、ヴィダル魔帝国とビルギット公爵軍の戦力を考えても勝ちようがない。
オルバウムで目にしたヴァンダルー本人や、クノッヘンやダルシア、クワトロ号や『剣王』ボークスや境界山脈の内側から来た元『魔人王』……誰もかれもが圧倒的に強い。しかも、これでまだ本国に戦力を残しているというのだから、総戦力はどれ程なのかゲラルドには想像もつかない。
それでも戦った場合、ビルギット公爵領は孤立する。何故なら、ビルギット公爵領は天然の要塞……監獄に囲まれているからだ。行き来しやすい隣のファゾン公爵領は敵対的で、援軍は期待できない。……もし来たとしても、後ろから刺される心配をしなければならないので、頼りにならない。
そして中央はヴァンダルーを信仰するデーモン達が闊歩している状態で、援軍を出せるはずがない。暴動が起きてオルバウムが再び瓦礫の山になってしまう。
さらに言えば、ゲラルドに……ビルギット公爵領の領民にとって、ヴァンダルーと敵対する意味がなさすぎるのだ。こちらに対する侵略の意思も、経済的に搾り取ってやろうという陰謀も、今のところは何もない。ファゾン公爵領に対して踏み絵を迫られはしたが、それを理由に反発する民が自領に存在するとはゲラルドには思えなかった。
ここまで不利な要因が並び戦う必要性がないのだから、ゲラルドが恭順から共存共栄の道を探る方針をとるのは当然だろう。
しかしボンバルデには言いたい事があるらしい。
「大将、口調が余所行きから完全に戻ってますぜ。馬車の中とはいえ、一応口調には気を付けた方が……」
「そっちか。もっと『俺達の実力を甘く見ないでください』とかなんとか言わないのか?」
「大将、俺だって相手は選びます」
ビルギット公爵領はオルバウム選王国が建国された当時、獣人種の国の中でも主導的な立場にいた狼系獣人種の部族の長を公爵として担ぎ上げ、他の公爵領に合わせて貴族による統治体制をとっているように見せている公爵領だ。
そのため、実際には血筋より強い者を尊ぶ獣人種……ヴィダの新種族らしい社会となっている。貴族家現当主……つまり各部族の長の跡取りより強く性格的にも問題のない者が現れれば、婿養子や養女として迎えて後継者に指名するという事が当たり前のように起きている。
強さには知識や技術も含まれているため、戦いに向かない者が一概に迫害されるわけではないが。
それはともかく、そんな実力主義な社会で公爵直属にまで成り上がったボンバルデもかなりの実力者だ。もしA級冒険者相当の襲撃者がゲラルドを襲撃しても、守り切って見せるという自負もある。
しかし、ダークアバロンが現れ魔王グドゥラニスが復活したあの戦いで目にした、規格外の強者達……その中でも空で戦うグドゥラニスとヴァンダルー。ボンバルデは、自分では足を踏み入れる事もできない戦場が存在する事を知った。
あれは人間が戦ってはいけない相手だ。それこそ神か神をその身に降ろした勇者でもない限り、挑むべきではない存在だ。
その存在の仲間達の内一人ぐらいなら、善戦はできるかもしれない。一合ぐらいなら打ち合って、決死の覚悟で一矢報いる事も可能かもしれない。
だが、戦いになった時点でビルギット公爵の側近としては敗北が決定される。
ヴァンダルー率いるヴィダル魔帝国と本格的な戦闘になれば、その戦闘の余波でどれほどの被害がビルギット公爵領に出るか、考えたくもない。
「他の公爵領も、それが分かっているからヴィダル魔帝国の前で踏み絵を踏んで見せる事になるでしょうぜ。それなのに、ファゾンの連中はなんでそれが分からないのか……正直、俺には理解できませんね」
もし奇跡が立て続けに起きてヴィダル魔帝国に勝つことができたとして、ボンバルデは「でも、勝てたからってそれがどうした?」と考える。
勝ったところで領の運営が破綻すれば、負けと何も変わらないだろうにと。
「ファゾンは昔から気に入らない連中でしたけど、いったいどうしちまったんですかねぇ?」
「俺も連中の考えている事は共感できないが、連中は多分戦争ではなく聖戦をしているつもりなんだろう」
「聖戦、ですかい?」
ゲラルドが口にした馴染みのない言葉に、ボンバルデは思わずそのまま聞き返した。
「そう、聖戦だ。村が焼け街が壊滅し国が亡ぶことになろうと、戦わなければならない。利権や領土、資源や財宝のためではなく、正義や信仰や種族全体の生存、そして世界の存続を守るために」
「それ、別にヴィダル魔帝国と敵対しなくても守れるんじゃないですかね?」
ヴァンダルーはヴィダの新種族の権利を認めるよう、オルバウム選王国に求めた。しかし、強制ではない。圧倒的な武力を背景にしているのでされた方としては脅迫にも思えるが、実際に脅迫はしていないのだ。
受け入れられないのなら、粘り強く交渉して時間を稼ぎながらお互いの妥協点を探るという道もある。例えば、ヴィダの新種族をヴィダル魔帝国へ亡命させる代わりに、領内で活動している危険な魔人族のテロリストを捕縛し、魔帝国へ連れて行ってもらうとか。
政治の専門家ではないボンバルデでも、これぐらいならすぐに気が付く。他の公爵領の者達も、とっくに気が付いているだろう。それにファゾン公爵領の貴族達が考え付かないとは思えない。
「その通りだ。百歩譲って、敵対するにしても外交や経済的な関係だけにして実際に刃を交える事は避けても問題ない。
だが、ファゾン公爵達の頭の中は信仰や大義や正義で満ちていて、それができないのだろう。ベルウッド過激派やアルダ過激派、そして危険な魔人族と同じだ」
そう述べるゲラルドの目に、一瞬ファゾン公爵領の民に対する同情が過った。
自領の歴史に詳しい彼は、他の公爵領から孤立する厳しさを知っている。ビルギット公爵領は、オルバウム選王国が建国された当初から孤立しやすい国柄だったからだ。
アミッド帝国との戦争を繰り返す内にヴィダを信仰するようになったサウロン公爵領と違い、ビルギット公爵領の民は根っからの、そして熱狂的なヴィダ信者だ。そのためアルダ神殿が力を持つ公爵領とは関係が悪い。
近年ではアルダ融和派に急激に靡いた東隣のファゾンとは、小競り合いが起きる程仲が悪い。アルダ神殿と太いパイプを持つテルカタニス宰相からも、「田舎の獣が治める公爵領」と馬鹿にされていた。もちろん、昔からアルダ信者の多かったジャハン公爵領や、二百年前からアルダ信仰が多数派になっていたハートナー公爵領とも関係は良くなかった。
その苦労をこれからはファゾン公爵領の民が背負うのだと思うと、多少は思うところはある。
「まあ、生まれる場所を間違えたと思って、なるようになってもらうしかないが」
しかし、多少しか思うところはないので、彼の目から同情はすぐに消え去った。
「それよりも、踏み絵を踏む代わりに提案した条件が重要ですからね」
「分かっているじゃないか。うちの領に潜んでいた邪神派吸血鬼は消え、魔人族は穏健で友好的な部族ばかりだからいいが、魔皇帝陛下とダルシア様の訪問は口約束だけでもしてもらわなければならん。……でないと、血気盛んな民と俺が山脈越えを企みかねない」
「民はともかく大将は抑えてください。あと、アサギ達の件はどうします?」
「ああ、奴等か。彼らはまあ、冒険者として雇用する分には優秀なんだがなぁ。……会議で得た情報から鑑みると、あの三人も異世界からの転生者だろうから、何かしら因縁があるのだろう」
公爵であるゲラルドは、アサギ達と直接言葉を交わした事はそれほど多くない。しかし、配下からの評判や研究の進捗や成果は頭に入っている。
三人ともB級冒険者に昇格しており、実力的にはA級に匹敵する実力者。さらに、三人ともユニークスキルを持っており、特にタツヤ・テンドウの【千里眼】は強力で、彼が一人いれば敵国の軍事拠点の内部構造を全て丸裸にできる。アサギも、魔術師をほぼ封殺できる事から貴重な戦力として期待されている。
性格面ではアサギに若干の欠点があるようだが、ゲラルドは問題視していなかった。何故なら、アサギがビルギット公爵領の人々に対しては若干の欠点程度で済まされる程度にしか絡まなかったからだ。
彼にとって本当の仲間は自分と同じ転生者だけなので、それ以外の人々に対しては距離をとっていた。そのため、やや熱血漢気味の少年としか思われなかったのだ。
そして【魔王の欠片】を封印する研究も、現在進行形で役立っている。ヴァンダルーを呼べば安全に吸収してくれる事は会議で保障されたが、ゲラルドからすれば【魔王の欠片】が暴走する度に……そうそう起こる事ではないが……まだ確かな友好関係を結んだわけではない超大国の支配者を呼びつけるのは避けたいからだ。
躊躇っている内に大きな被害が出ては遅いので、そんな事は言っていられないのだが。
しかし、【魔王の欠片】を安全に封印する事ができるならどうだろうか? 別に百年や千年先まで封印する必要はない。ヴァンダルーに、「家の領で見つけた【魔王の欠片】です」と献上するまでの間だけ安全に封印できればいいのだ。
結果的にはヴァンダルーに渡すのは変わらないが、外交的な借りが貸しになる。
そして、実際にアサギ達の協力のお陰で【魔王の欠片】を安全に封印する技術は完成した。
今までは、暴走している【魔王の欠片】の宿主を破壊するなどして行動不能にして、新たな宿主に寄生しようとするところを封印するしかなかった。封印に失敗すれば、仲間が【魔王の欠片】に寄生されて暴れだし、再び戦わなければならないという危険が伴う仕事だった。
しかし、アサギ達の協力で開発した封印用マジックアイテムを使用すれば、【魔王の欠片】の現在の宿主を倒せばそれで封印する事ができる。【魔王の欠片】が新たな宿主を得る危険性は無い。
その分、マジックアイテムの使用には高ランクの魔物から採れる魔石が必要になるが、効果を考えれば見合ったコストだろう。
その後ヴァンダルーの元に持っていくことになるので、アサギにとっては不本意な研究成果の使われ方だろう。しかし、彼らの研究成果は安全に封印する方法であって、安全に保管し続ける方法ではない。
それに魔王グドゥラニスが一部であったとしても復活してしまった以上、【魔王の欠片】はグドゥラニスの手に渡らない場所……ヴァンダルーに吸収させるのが一番だ。
とまあ、そういった経緯があるのでゲラルドとしては、アサギ達をどうにかするつもりはなかった。
「そもそも彼らは冒険者ギルド所属の冒険者で、俺にどうにかできる権限はない。魔皇帝に出した手紙も、冒険者ギルドを通じて渡したものだからとやかく言うべきじゃない。俺は良き隣人として振る舞えばいい。
何か起こるまではファゾン公爵領戦に送る戦力の選定や、ヴィダル魔帝国との外交について考えていればいい」
そうしてゲラルドは他の公爵達も頭を悩ませているヴィダル魔帝国との外交戦略に意識を向け、オルバウムにある別邸に戻った。
なお、ピルッチコフ公爵やアーサッバ公爵は将来設置される大使館を利用して諜報員を潜り込ませ、ヴィダル魔帝国に自公爵領の諜報組織を送り込もうと目論んでいたが、それは確実に失敗に終わる。
何故なら、タロスヘイムには使い魔王が全ての通りに、しかも数十体単位で潜んでいるからである。彼らは日頃からヴィダル魔帝国の国民と接している。そして、彼らと五感と記憶を共有しているヴァンダルーは、一度見たものを忘れない【完全記録術】スキルの持ち主である。
見覚えのない人物がいれば、ヴァンダルーにとってはそれだけで目立つ人物になるのだ。
全国民の顔と名前を確認し、即座に情報を共有できる最高権力者の分身が二十四時間三百六十五日、大通りから人気のない裏路地まで常駐している。
そんな国で彼らが今まで通りの諜報活動をできる訳もなかったのだった。
ただいま戻りました。書籍については続報をお待ちください。
本日から拙作も参加しているサーガフォレスト創刊五周年フェアが開催されます! 詳細は一二三書房公式ホームページ、サーガフォレストからご確認ください。
次話は7月20日に投稿する予定です。




