三百七十四話 出会いと別れの季節の別れと、白紙の小切手
『人権』と大きく書かれた紙を前に、男は思わず涙ぐんだ。
(人権……思えば、俺の人生はこの人権とやらに振り回された人生だったな)
男は貧しい生まれで、人としての権利なんて誰も……親兄弟すら認めてくれなかった。生きたい、生物として当たり前なその願いを叶えるために、盗み、奪い、騙してきた。
そして男は、気が付けば犯罪組織の一員として働くようになっていた。世の中には真面目な生き方をしている人間がいる事は知っていたが、自分には関係のない話だと見向きもせずに男は他人の人権を蔑ろにし続けた。
その結果、気が付けば生け捕りにされて衛兵の詰め所ではなく、ここ……ヴァンダルーの工房に連れてこられていた。
男は名前ではなく割り当てられた番号で呼ばれ、実験動物として扱われた。待っていたのは縛り首や鉱山で死ぬまで重労働等ではなく、三食の精のつく食事や怪しげな薬を与えられての強制ハーレムライフだった。
八人の女が相手役に男を選んだため、男は彼女たちの相手を昼夜の区別なく励むことになった。
主に女達のために、男が監禁されている部屋は広くて調度品も整えられており、寝台は巨人種の夫婦が両手足を広げて楽に寝られるほど広くてフカフカ。
そこで男は抵抗しようが、情けない悲鳴をあげて懇願しようが、関係なく搾り取られ続けた。
男の待遇は、とても実験動物扱いされている人物のものとは思えないかもしれない。男の知り合いのチンピラ達も、「そんな牢屋があるなら一生入っていたいぐらいだ」と言うだろう。
しかし、搾り取る女達が全員アンデッドであることを知ったら慌てて前言を翻すに違いない。
実際、男も最初は性的にではなく食物的な意味で食われる実験かと思った。それに、アンデッド……ゾンビ相手にそんな事をするなんて、正気なら……やや狂っていても考えられない事だ。
しかし、実験を主導しているルチリアーノは男達の常識や貞操観念に等興味はなく、何度「無理だ!」と訴えても、「分かった、薬を処方しよう」と精力剤を男の意志とは関係なく飲ませたり吸引させたり注射したりするだけだった。
一部のテイマーはテイムしたオークやオーガー等を繁殖させるために、女の犯罪奴隷を利用する事があると男は聞いていたが、自分がその立場になったのかと絶望した。
いや、相手がアンデッドなのだから繁殖……子供ができるはずがない。自分は縛り首や死ぬまで続く重労働に従事させられる代わりに、狂った魔術師の意味もない実験に腹上死するまで使われる事になるのだと思った。
しかし、そう観念してしまえば楽なものだった。
恐怖がマヒしてからよく見ると、アンデッド達は特に醜いわけではなかった。むしろ、容姿が整っている傾向にあった。
それに、特殊な魔術で腐敗を止められているため死臭はしない。肌に血の気がなくてひんやりと冷たく、瞳に光が無くどろりと濁っている。それを除けば、生きている女と変わらないように思えてきた。
それから男は、アンデッド達に話しかけてみた。すると、男にとって意外なことにアンデッド達は普通に応えてくれた。会話が成立したのである。
それから、男はアンデッド達と積極的にコミュニケーションをとるようになった。最初は、彼女達を利用してここから逃げ出せるかもしれないという期待もあったように思う。
男は悪人で、同じ悪人やそうでない他人を騙し、奪い、食い物にして生きてきた事に何の罪悪感も抱いていない。その過去は男の人格に根付いていた。
そして、アンデッド達の名前を聞き出し、アンデッド化してからの事、なぜ自分を相手に選んだのか、趣味などを聞き出していった。そのために男自身の事も話していた。
気が付くと男はアンデッド達を、『アンデッド達』ではなく『彼女達』と認識していた。
それからの生活は一変した。彼女達に勧められて座学で知識を学び、職業訓練を受けた。食事もデーモンが持ってくるものから、彼女達の手料理になった。
そして驚くべきことに、彼女達の体内に命が宿ったのだ。……それに気がついたのは、彼女達の腹が目に見えて大きく膨らんでからだが。
アンデッドが子を身籠る。男にとって信じられない奇跡だったが、身籠ること自体は研究を主導するルチリアーノにとって予想通りだったらしい。
男は知らなかったが、ヴァンダルーやレギオンのイシスによって生金や霊銀を体内に仕込まれたアンデッドが生者との生殖活動によって妊娠出産できるのは動物実験で確認されていた。
男がモルモットにされた実験では、人との子がどう生まれてくるのか、そしてちゃんと成長する事ができるのか確かめるための物だった。
そして、男と彼女達の子供達が生まれると、ルチリアーノやヴァンダルー、そしてレギオンのイシス達が一人ずつ入念に検査し、調べつくした。生者と不死者の混血児だ。ちゃんと成長できるのかは、重要な問題である。
そうして調べている間に男のハーレムにゴーストの女性が加わり、ゴーストとの子供も生まれた。
実験の終了と、男達の卒業がルチリアーノから言い渡されたのはその後だった。そして言葉では自分以外に実験体がいる事は聞かされていたが、実際には初めて会った同類達と共に工房の広間に集められて卒業式が行われる事になった。
「君達はこうして態々集まって儀式をする事の意味に疑問を覚えているかもしれないが、これは師匠の方針でね。無駄に思える儀式にも意味があり、参加する者の意識に効果を及ぼしているそうだ。
だとするなら、再び人に戻る君達は犯罪者から実験動物に堕ちた過去と区切りをつけるのに、この式が必要なはずだ」
ルチリアーノの言葉に男達は内心首をかしげたが、彼の師……これから暮らす国の支配者の方針に逆らっても意味はない。学が足りないから分からないだけだろうと、自分を納得させる。
「ああ、念のために言っておくが、書類の一番上にある『人権』と書かれた紙は記念品の代わりだ。それをなくしたり傷つけたりしても、君達が手に入れた人としての権利が失われるわけではないから安心してくれ」
人権についてそう説明するルチリアーノ。男達の事を馬鹿にしているかのようだが、そうでもない。この『ラムダ』世界では人権という概念はまだ一般的ではないからだ。
王侯貴族と平民では、まるで別の生き物のように権利が異なる。それが当たり前だと多くの人々が認識しているのがこの世界だ。
概念としては人権を知っていても、具体的に人権が何を保証しているのか知っている者はまずいない。
男達が人権について知っているのは、ヴィダル魔帝国に来た後受けた座学のお陰である。
「ここで師匠から君達への言葉だが……君達に良き親である事を期待するとの事だ」
実験体だった男達は、捕まえた国で例外なく罪を犯していた者達だ。犯した罪や人格を考慮してそれなりに選んだが、犯罪者である事には変わりない。
そんな者達を、功績に報いるためとはいえ自由の身にしてしまっていいのか? そう疑問を覚えるかもしれない。
しかし、ヴィダル魔帝国ではアンデッド化した後とはいえ原種吸血鬼のテーネシアの配下だったアイラやチプラス等の例があるし……そもそもほぼ無実の罪によって落とされたとはいえ、ルチリアーノも元犯罪奴隷である。
それに、実験の結果生まれた子供達から親を奪うわけにはいかない。
実験のために彼らをこの世に生み出した以上、生み出された後の彼らの生をより良いものにする義務があると、ヴァンダルーは考えていた。……実験体の男達が座学や職業訓練を経験できたのは、それが理由である。
実際、男達は変わっていた。過去は変わらないがその償いのため、そして生まれてくる我が子達に誇れる親であろうと前向きにこれからの人生と向き合っている。
その肝心な子供達だが、彼らは卒業式の保護者席に座っている女性のアンデッド達の腕の中で大人しくしていた。
(師匠は、とりあえずの仮称として『屍生児』と名付けたが、これからどんな成長を遂げるのか)
実験の結果アンデッドの女性たちが出産した屍生児は、見かけはただの赤子に近い。親の特徴によって、耳が尖っていたり、下半身が蛇やタコ、クモ等の形をしていたりするが、それぞれ該当する種族の赤子と変わりがないように見える。
ただ肌の血色が悪く、瞳は白目部分も瞳と同じ色をしている。瞳が黒なら白目の部分も黒、青なら白目の部分も青一色になっている。
そして驚くべき点は屍生児は鼓動のオンオフを意識的に行えるということだ。普段は心臓を動かさず、必要な時に心臓を動かし、高い身体能力を発揮する。屍生児にとって心臓は、生命活動に必須な重要な臓器ではなく、いざという時に動かす補助動力のようなものなのだろう。
おそらく呼吸も同様だと思われるが、声を出すためには空気を震わせる必要があるので呼吸は普段からしているようだ。眠っている時は、呼吸を止めるようだが。
そしてジョブとランクを持っており、レベルとランクを上げる事で成長する。生まれた時のランクは、なんと0。ゴブリンやホーンラビット、そしてただのネズミから変異したインプマウスですら1だというのに。ルチリアーノの知識はもちろん、冒険者ギルドや魔術師ギルドに残された文献、そして元魔王軍の邪神悪神の記憶にもランク0の魔物は、生命属性魔術で人為的に創り出すライフデッド以外存在しなかったのにだ。
しかし、子供は泣くのが仕事という言葉の通り、泣いたり笑ったり寝返りを打ったりしながら経験値をため、生後一か月から三か月ほどでランクアップしてランク1になる。
「ぱぱ~?」
「ママ、パパは何してるの?」
そして、新生児から幼児へ成長する。彼らのランクが0だったことも、ステータスを見た彼ら自身から聞き出して判明した事だ。
おそらく、屍生児は年月ではなくレベルとランクを上げる事を積み重ねて成長していく種族なのだろう。どのように成長するのか、いつ成人に達するのか、まだ確かめていない事は多くルチリアーノとしては興味が尽きない。しかし、成長する事が分かれば実験の成果としては十分。後はこれから何年でも何十年でも、時間をかけて調べていけばいい。
『パパはお仕事の途中なの。もう少し待っていましょうね』
「は~い」
『う゛ぅぅぅ、あ゛ぁぁぁ……』
「ママ、よだれ、よだれ」
屍生児に経験値を稼がせて短期間でランクアップを重ねさせることは可能だが、その結果肉体だけが急成長した幼子ができてしまう。屍生児達を急成長させなければ国が亡びるとか、急成長させなければアルダ勢力に勝てない、という緊急性を要する事情もないのだ。なら、やる必要はない。
一部、既に母親よりしっかりしている子もいるが。
「では、書類を受け取ったら君達の新しい住居に案内しよう」
こうして男達は実験動物を卒業し、ヴィダル魔帝国民となったのだった。
一方、オルバウムの英雄予備校でも卒業式が行われていた。
「諸君、卒業おめでとう。本当に、卒業おめでとう!」
壇上では、メオリリスが感極まった様子で繰り返し卒業生達に祝いの言葉を贈っている。彼女にとってはとても大事な事なのだろう。
「では、今期の主席卒業者を発表する! エリザベス・サウロン、以下五名、壇上へ!」
そしてメオリリスが主席卒業者として発表したのは、アレックスとそのパーティーではなくエリザベス達だった。アレックス達も奮闘したが、ヴァンダルーによって鍛えられ経験を積んだエリザベス達の快進撃から逃げ切る事はできなかったのだ。
「悔しくないわけじゃないが、仕方ない」
「ああ、さすがに『魔王殺し』には勝ちようがない。エリザベス達だって、前とは別人のようになった」
「そうね。もうヴァンダルー抜きの状態で勝負しても、勝てないと思う」
追い抜かれたアレックス達だったが、エリザベス達はヴァンダルー頼りのパーティーではない。ヴァンダルーを抜きにしても、今のアレックス達ではエリザベス達に勝つことは難しいだろう。
そんなエリザベス達の成長と実力は、既に英雄予備校の生徒達の間に広まっている。彼女達がヴァンダルーに頼り切っていたなら陰口の十や二十は囁かれていただろう。しかし、いま彼女達に向けられているのは羨望の眼差しである。
「ヴァンダルー、パウヴィナちゃん……うれしいけど入学前から立派だったから、今はなんて言えば良いのかすぐには思い浮かばないわ」
「エリちゃん! あなたっ! マヘリア! みんな素敵よ~っ!」
なお、普通の冒険者学校の卒業式には保護者の席等はないのだが、英雄予備校の場合は生徒の保護者である貴族が見学を希望する事があるので、しっかり用意されている。
まさか隣国の太后と妃(?)が来るとは想定されていなかったため、他の生徒の保護者達の顔には緊張が浮かんでいた。
本来なら、これ幸いと国家的な重要人物であるダルシアとアメリア……特に精神的に問題を抱えているアメリアにちょっかいを掛けようとする者が出てきていたかもしれないが……。
『パウヴィナの卒業は来年の春じゃなかったか?』
「早まったそうですよ。パウヴィナ様のパーティーメンバーにはとばっちりですが」
「それは可哀想かもしれないけど、仕方ないわね。端くれとはいえ龍が従魔じゃあ」
「ただ、ラインハルト達も実力的には卒業しても問題ないはずだ。なら、卒業が半年先でも今でも変わりはないだろう」
しかしボークスやベルモンド、エレオノーラにバスディアの姿があるため、不埒者達は借りてきた猫よりも大人しく彼らの視界に入らないよう静かにしている。
「卒業生の代表として、この学校で学んだ一人として、恥ずかしくないよう務めて参ります」
代表としてパーティーリーダーのエリザベスがそう挨拶し、英雄予備校の卒業式は終わった。卒業証書や記念品の贈呈などはない。冒険者予備校を卒業した事は冒険者ギルドのギルドカードに記載されるので、それで十分だからだ。
そしてこの卒業式では、涙を流すなど激しい感情を吐露する生徒はほぼいない。それはこの英雄予備校に通う生徒たちにとって、この学校はただの通過点に過ぎないからだ。
「ううっ、先生ぃ! 先生に教えられた事は、一生忘れません!」
止めどなく溢れ出る涙を何度も袖で拭いながら、自分にそう言う彼に『先生』は応えた。
「エイサム先生、もう卒業したのでこう言うのも最後になりますが、俺は生徒です」
「はい、ヴァンダルー先生! ありがとうございます! でも、私も講師を止めて冒険者活動を再開するので、もう先生ではありません!」
「これは一本取られましたね。これからはライバルとして、改めてよろしくお願いします」
生徒は泣いていないのに、豪快に泣いているエイサム元先生にヴァンダルーは手を焼いていた。
「ライバルって……冒険者として活動する気なのですか、先生?」
未だにヴァンダルーを先生と呼び続けるのは、やはり英雄予備校の教官であるハービンジャーだった。
「ええ、一国の支配者は冒険者ギルドに登録してはならない、なんて規則はないはずですし」
「そ、そうですか。頑張ってください」
ハービンジャーはそう言いながら、心の片隅でこれからメオリリスに代わって気苦労を背負う事になるだろう冒険者ギルドに深く同情した。
そして檀上から降りたエリザベスは深くため息を吐いていた。
「卒業したくない」
主席になれたのは、素直にうれしい。入学した時から目指していた目標を達成したのだから、達成感もある。
そして、後ろ盾だったリームサンド伯爵からの要望や、それに応えられなかったときは援助の完全停止か体を差し出すかを選ばなくてはならない、という重圧からもとっくに解放されている。
それどころか、「母のために腹違いの兄達の鼻を明かす」という目的も達成している。なので、エリザベスの中から当初あった冒険者を続ける理由は無くなっていた。
しかしエリザベスが冒険者予備校を卒業したくない理由は、重大な目標を達成した直後に発症する燃えつき症候群ではない。
「お嬢様、ダイジョウブです。ダイジョウブと言ったらきっと多分絶対にダイジョウブです。私は常にお嬢様の元にいます」
「そうですよ、ヴァンダルーも切れ者の元文官のアンデッドを派遣すると言っていますし」
「我々も微力ながら……本当に微力ですがお手伝いしますから!」
「自信は全くありませんけど!」
そんなエリザベスに、彼女と姉妹同然に育った最も信頼できる親友であり侍女であるマヘリアが緊張で固くなった口調でダイジョウブですと繰り返し励ます。さらに、腰巾着のマクト・ハミルトンやトーラス・ゼッツ、ユーゼフ・カタロニスも続く。
そんな四人に、エリザベスは涙の浮かんだ瞳を向けて叫んだ。
「あんたたち……気持ちはうれしいけど逆に不安になるようなことを言わないで!」
「すみません、お嬢様!」
「でも、我々も不安でいっぱいです!」
エリザベスが卒業したくなかった理由は、彼女は卒業後サウロン公爵位を継がなくてはならないからだ。……サウロン公爵家の跡取り争いに加わり、惨敗した経緯を考えれば野望が叶ったと言える。しかし、エリザベスとしては今更叶ってもうれしくない。むしろ、迷惑である。
今は母であるアメリアが正気に返っていない事以外は良い方向に進んでいる。目標だった主席にもなれたし、血はつながっていないが弟と妹ができ家族も増えた。これからは、信頼できる仲間と未来に向かって生きていくのだ。
その矢先に、結果的に一矢以上報いて気が済んだ古巣から家督を差し出されても困ると言うしかない。
しかも、これがちょっとした貴族家や商家ならまだしも公爵位である。必要とされる知識や経験と、のしかかってくる重圧の大きさが違い過ぎる。
それを支えるべきマヘリア達もそれは同様で、ただの侍女や最初から家督を継ぐことを期待されていなかったお坊ちゃん達が、いきなり公爵の側近として十分な活躍ができるはずがない。
「そんな悲観することないって。なるようになるわよ、ヴァンダルーが力を貸してくれるっていうし」
唯一、ゾーナだけは楽天的にしか見えない態度で笑っている。
「それじゃあ頼りっぱなしになるじゃない!」
エリザベスはプライドの問題からヴァンダルーに頼りきりになる事が許せず、そう反論した。
「もうお家騒動も終わって継承も終わっているのに……なんでこうなるのよ!?」
英雄予備校に入学する前から、公爵になる目はないと思っていたのにとエリザベスは思わず叫んだ。
「まあまあ、人生は嵐の海を往くが如くです。何があるかわかりませんが、自棄にならずに一歩一歩進みましょう」
そしてその元凶であるヴァンダルーは、説得力のあるセリフを言いながらエリザベス達を励ましている。
「……むぐぅっ!」
元凶ではあるが、ヴァンダルーがもうすぐ前公爵になるエリザベスの腹違いの兄に直接、彼女に家督を譲るよう祟った……働きかけたわけではない。
腹違いの兄やその周囲の人間がヴァンダルーを勝手に恐れ、勝手に家督を差し出してきただけだ。しかもその原因は魔王グドゥラニスが復活した一連の事件と、それを討伐した功績によってヴァンダルー達の圧倒的な力が明らかになったからだ。これでは責める事はできない。
「だから、しょうがないって。あたし達、首席で英雄予備校を卒業しただけの小娘と小僧よ。公爵領の運営に関わるなんて、無理な話よ。素直に、ヴァンを頼りましょ」
そう言いながら、ヴァンダルーを人形のように持ち上げてエリザベスに近づけるゾーナ。だが、エリザベスは視線を逸らす。
「でも、それじゃあ傀儡じゃない。もう一度言うけど、私にもプライドがあるわ」
「……お嬢様、お嬢様のお気持ちはわかります。ですがお嬢様、私達の今の力では公爵領の運営に主導的な形で加わる事は不可能です」
その逃げ道を塞ぐように、正気に返ったマヘリアが立ちはだかり諭す。
「だから、どのみち誰かを頼らなきゃならないのよ。前公爵のルデルの部下だった連中か、ヴァンか。だったら、ヴァンの方がいいじゃない。
頼り切って、その間に勉強して頼らなくても自分達で公爵領を回せるようにして、それから頼りきりだった分の借りをヴァンに返せばいいじゃない」
そして、ゾーナの言葉はもっともだった。どうやっても、エリザベスが短期間でサウロン公爵に相応しい知識と経験を手に入れる事はできない。なら、今はプライドを棚の上に置いてヴァンダルーを頼り、後でその分の借りを返すしかない。
これはもちろん、頼る相手に対して絶大な信頼が無ければ成り立たない考え方だ。並み程度に頭が回る者なら、頼り切っている間にサウロン公爵領を乗っ取られる、もしくは後から取り返すのが難しい利権を奪われる危険性に思い至るだろう。
しかし、エリザベスは既に知っていた。ヴァンダルーにとって、自分達を裏切ってまで手に入れる価値のあるものはサウロン公爵領に存在しないという事を。
「エリザベス様、一応言っておきますがサウロン公爵家を継ぎたくなければ継がなくても良いと思いますよ」
そして、そのヴァンダルーはそんな事を言い出した。
「い、今更何を言い出すの!? サウロン公爵領はどうするのよ!?」
「どうとでも、なるようになればいいと思います」
そして、ゾーナに持たれたまま瞬きもせず言い切るヴァンダルーを見て、それを改めて意識した。
「……そう言う訳にはいかないでしょ」
自分が投げだしたら、ヴァンダルーは本当にサウロン公爵領に対して「どうとでもなればいい」という態度で接しかねない。実際には何かしら働きかけるのかもしれないが、あまりいい手段ではないのは確実だ。
「分かったわ。頼っていいなら頼るけど、音をあげるんじゃないわよ。その代わり、後で借りはどんな事をしてでも返してみせるから!」
覚悟を決めたエリザベスは、そうヴァンダルーの顔に指を突き付けて宣言した。
「分かりました。では、さっそく地形を変えましょう」
しかし、覚悟を決めてもヴァンダルーの行動には驚かされる事になった。
「エリザベス様がどんなことをしてでも借りを返してくれるのなら、俺も頼られ甲斐があるというものです」
「げ、限度があるわよ……」
そんなヴァンダルーに対して、エリザベスは指を突き付けた姿勢のまま、消え入りそうな声で言うしかなかったのだった。
●ジョブ解説:転導士 ルチリアーノ著
転生を経た存在を導くジョブ……だと、魔物や虫、草花を含めたこの世界に生きとし生ける全ての生命が対象になってしまうので、違うと思われる。
おそらく、何らかの要因で意識や記憶……いわゆる同一性が維持された状態で転生を経験した者を導くジョブであると思われる。
例をあげると、疑似転生したパウヴィナや、異世界から魂の状態で転移して転生したレギオン、同じく異世界から転生したカナコ達、そしてデーモン達。さらに師匠が創るアンデッドやゴーレム全般が効果対象だ。
ただ、転生ではなく異世界からやってきた……転移しただけの雨宮冥も、師匠がこのジョブに就いて以降受けている導きの効果が向上している節がある。
そのため、このジョブの転とは転生だけを意味しているのではなく、「自身が置かれている環境が大きく変わった者」を指しているのかもしれない。さすがに転勤や配置転換、転職や転居程度の変化では関係ないと思うが。
●種族解説:屍生児 ルチリアーノ著
アンデッドと実験体の男達、つまり不死者と生者の混血によって生まれた種族。外見や特徴、そして体内の構造(師匠が霊体化して調べた)は、両親が生者だった場合の赤子と同様。ただ心臓による鼓動が生存に不可欠なものではなく、呼吸も同様。おそらく、通常の毒は効かず、病気にもかからないだろう。
誕生した時のランクはなんと0で、レベルアップに比例して成長し、ランクアップするごとに次の段階へ進むと思われる。ランク0で乳幼児、ランク1で幼児(一歳から三歳程)。ランク2以上は現在のところ未確認。
ただ、推測ではランク5程で成人(十五歳過ぎ)になる、その後は魔人族などの不老種族と同様に、成長はしても老化はしないのではないかと思われる。
なお、母親がゴースト系のアンデッドである場合は、肉体が霊体で出来た状態で生まれてくる。その場合の特徴も物理的な肉体がある場合と同じである。
母親がスケルトン系やリビングアーマー系のアンデッドの場合はまだ確認していないが……妊娠が可能になったら、やはり屍生児が生まれてくるのではないだろうか?
次話は6月16日に投稿する予定です。すみません、一日伸ばさせていただきます(礼)




