三百七十一話 自称人間の父と暴食の兄と公爵令嬢な姉を持つアラディア
ヴァンダルーは、オルバウムの街にいる間、人間に見えるよう常に……シルキーやクノッヘンの中や仲間や家族しかいない場所以外では、常に努力し続けていた。
平均をあまり逸脱しない程度の身体能力を意識して動き、手が届かない高い場所にある物を取りたい時も舌や触手を伸ばさず、走るときは両腕も使った四足走行ではなく二本足だけで走り、後ろから声を掛けられても後頭部に目を出現させるような事はせず、また【幽体離脱】からの分身を使う事も抑え気味にした。
鉤爪はダンピールが生まれつき持っている特徴なので遠慮なく使ったが、それ以外は英雄予備校でも自重するようにしていた。実習でも、最近は課題に必要な薬草やキノコなどの素材を探すために額から触角を伸ばした程度だ。
だが、そうした努力の末に手に入ったのは『自称人間』という不名誉な二つ名だった。
これはつまり、人間を自称しているが実際は人間ではないという意味ではないか。
あんまりな仕打ちではないか。恩に着せるつもりはないが、街を救い、国を救い、そして不完全とはいえ復活した魔王グドゥラニスを倒して世界を救ったのに、非人間の烙印を押すなんて。
「そういう訳で、これは抗議するべきだと思いませんか?」
『思いますよね?』
『もっとも、俺は一人でもやりますが』
『世間という強大な力の前に、個人がどれほぎょ――』
『無力だったとしても。バクナワ、話している途中のパパを食べてはいけません』
『自称人間』という二つ名を獲得したショックから立ち直ったヴァンダルーだったが、さっそくこの不名誉な二つ名の返上を目指して世間からの認識を変えるための抗議活動を目論んでいた。
彼の背後では、既にプラカードを持った使い魔王が並んでいる。……早くも一体バクナワに食べられてしまったが。
『兄上、父上が何を言っているのかよく分からないです』
数十メートルの巨体である事を除けば、五歳から六歳ほどの幼女に見えるアラディアは、実の父親の奇行に対して額と左右にある三つの瞳を瞬かせて首を傾げた。
月光で染めたような銀色の髪と白い肌、金色の瞳をした可愛らしく賢そうな容姿をしている彼女は、ヴァンダルーと『月の巨人』ディアナの間に生まれた真なる巨人である。そのため、既に背は五十メートルを超えている。
ディアナの予想よりもはるかに早く生まれた彼女は、真なる巨人としても異様に早く成長している。だがやはり生まれて間もないためヴァンダルーが何故人間である事に拘るのか、想像できないようだ。
『うん、僕もパパが何を言っているのか分からない。きっと、大人の話なんだよ』
そしてバクナワもあまり理解していない。『山妃龍神』ティアマトとヴァンダルーの間に生まれた龍である彼は、実は人間をほとんど見た事がない。
……彼が今ポリポリと齧っている使い魔王の本体である彼の父親を、人間に含めたとしても。
『お姉ちゃんは分かる?』
「まあ、なんとかね」
『すごいね、お姉ちゃん』
エリザベスが、使い魔王をポリポリ齧っているバクナワの胴体にある巨大な口を見ないようにしながら会話する。バクナワから帰ってくる声はとても明瞭で、オリハルコンに匹敵する硬度の使い魔王を噛み砕きながら話しているとは思えない。何か、特殊なコツでもあるのだろう。
しかしこの異形の義理の弟とは、腹違いの兄達よりは仲良くできそうだ。
『姉上、すごいです』
そして新しい義理の妹は、素直にエリザベスを姉として慕っていた。種族も違うし、彼女からすれば摘まみ上げられるほど小さなエリザベスを。
エリザベスとしては、サイズはともかく可愛くて素直な妹ができて嬉しいような、自分の人生の方向性が名状しがたい方向にまた進んでしまったような、複雑な心境である。
「ま、まあね。それより、ヴァンダルー。抗議するべきだっていうけど何をするつもり? まさか、それをもってオルバウムを行進するなんて言わないでしょうね?」
『エリザベス様、まるでそれがいけない事のように言うのは何故ですか?』
「いけない事でやめてほしい事だからよ!?」
ヴァンダルーなら抗議活動を行っても、さぞ規則正しくマナーを守ったものになるだろう事はエリザベスも想像できる。暴動には発展しないだろうし、ゴミを捨てるどころか逆に片づけていきそうだ。そもそも、人々の通行の妨げにならないよう、場所と時間帯を考慮して真夜中にこっそり行うという本末転倒な抗議活動になるかもしれない。
しかし、街を巨大な甲殻類や昆虫類、頭足類や爬虫類等に見える使い魔王が練り歩く光景は悪夢でしかない。「見える」と述べたが、実際には見えるだけで眼球の数や位置、触手や角、四肢の数と形状等普通の動物と魔物にはあり得ない特徴が使い魔王にはある。デーモンやアンデッドに慣れつつあるオルバウムの人々でも、そのインパクトは大きい……のかもしれない。
既に慣れきっていて、目にしても平気どころか誰も気にしないかも。そんな考えがエリザベスの脳裏によぎるが、さすがにそこまでではないだろうとすぐに打ち消す。
(さてはこいつ、ショックで錯乱してるわね!?)
エリザベスは最近になって理解したが、ヴァンダルーは冷静沈着な性格の持ち主ではない。表情が無くて声に感情がほとんど表れず、常に複数の思考を並行して行っているだけなのだ。
「そもそも、そんなことをして何の意味があるの? 使い魔王を見せびらかして『自分は人間だ』なんて主張しても説得力の欠片もないわ! 逆に、『人間を自称している』ってさらに強く認識されるだけよ!」
そんなエリザベスの的確な指摘に、ヴァンダルーはハッとして我に返った。
「たしかに、その通りです。俺が間違っていました」
『バクナワ、この増えた俺達は食べていいですよ』
がっくりと肩を落とすヴァンダルーと、プラカードを持ったまま自らバクナワに食べられる使い魔王達。どうやら、プラカードも【魔王の欠片】製だったらしい。
『わぁい、ありがとう、パパ』
『兄上、わたしも父上が食べたいです』
『うん、このパパは殻が固いから割ってあげるね』
そして、アラディアもやはりバクナワと同じように躊躇なくヴァンダルーの……実の父親の分身である使い魔王を食べ始める。
『おいしいです!』
バクナワが指で殻を割った使い魔王の中身を、唇をつけて啜るようにして食べたアラディアが、そう言って笑顔になる。それをやはり笑顔で見守るバクナワと、無表情だが嬉しそうなヴァンダルー。
その様子を、エリザベスは家族という概念について疑問を覚えそうになりながら眺めていた。
『あっ……姉上もどうぞ』
その様子を誤解したアラディアが、おずおずと二匹目の使い魔王を差し出してくる。既に殻が割られて肉や骨が断面から覗き、ピクリとも動かないエリザベスの数倍以上大きな三葉虫っぽいそれは、どう言い繕ってもグロテスクだった。
甲殻類や昆虫類っぽい見た目の使い魔王でも、外骨格や殻が大きく損傷しても動けるよう内部に骨格が内蔵されているのだ。所詮、「っぽい」だけの人工生命体である。
「待ってっ! 別に私も食べたい訳じゃないから!」
『そうですね、この俺は骨がありますし。アラディアが噛み砕けるよう柔らかくしましたけど、エリザベス様にはまだ辛いでしょう』
『この俺の方が食べやすいですよ、骨は一片たりともありません』
死んでいるように見えたアラディアの手の中の使い魔王がそう言って他の使い魔王を勧め、タコっぽい見た目の使い魔王が自ら進み出てきたが、当然エリザベスにはありがた迷惑である。ヴィダル魔帝国で発生しているヴァンダルー中毒者にとっては天国のような出来事だが、彼女は中毒には陥っていないのだ。
「あんたも勧めないでくれる!? それより、なんで『自称人間』なんて二つ名がついたのか考えるべきじゃないの!?」
「それもそうですね」
『場合によっては二つ名を解除できるかもしれません』
『蜃気楼を掴むような、薄い可能性ですが』
しかし、幸いなことにヴァンダルーはエリザベスの話題転換にあっさり乗った。もしかしたら元々冗談のつもりだったのかもしれないが……答えを聞くのが怖いのでエリザベスはあえて質問しない事にした。
「しかし、これというきっかけは思い浮かびません。オルバウムやアルクレム、ジャハンで俺がそう呼ばれている事はなかったと思いますし」
全ての使い魔王と、【御使い降魔】スキルの使用者の元に派遣される分身と記憶を共有しているヴァンダルーは、生きた情報ネットワークだ。
しかも、【完全記録術】スキルによってヴァンダルーは一度でも五感で捉えたものは完全に記憶し、忘れる事がない。意識せず記憶の片隅に置かれたままになる事はあるが、思い出そうとすれば思い出せる。
それらを駆使して人間社会での自分の評判について情報を集めるが、『自称人間』につながる情報はなかった。
「まあ、『人を超えている』とか『神がかっている』とか、『化け物染みている』とはしょっちゅう言われていますが」
「そりゃあ魔王を倒したんだし、他にも色々やったんだからそんな評価になるわよね。でも、だいたいは良い意味でよね、それ」
十三歳で魔王グドゥラニスを倒し、実は選王国を超える国土を持つ帝国を支配し神々に匹敵する従魔を……一部は本物の亜神を従えた少年。
人々がその評価として向ける言葉としては、そうおかしくない。それに、『自称人間』という二つ名に結びつくとは思えない。
「じゃあ、あんたの使い魔王があまりいない場所で広まった評判のせいかもしれないわね。そういえば、ヴィダル魔帝国ではどうなの? 実はそんな風に思われているとか、そんな事はない?」
「もちろんです」
エリザベスの問いに、ヴァンダルーは自信がある様子で頷いた。
「ヴィダル魔帝国の国々では、誰でも気軽に話せる皇帝として馴染まれていますから。通りで使い魔王を一匹見かけたら、三十匹はいると評判です」
『パパ、すごく美味しそうだね』
「……本当に親しまれてるの、それ?」
元々ヴァンダルーの勢力圏である境界山脈内部やこの魔大陸の街では、使い魔王は特別な存在ではなくなっている。魔物退治やダンジョン攻略に必要な戦力が不足した時に、監視カメラや警備システムや照明システムとして、そして重機の代わりや魔力の生成等、特殊な労働力として使い魔王は活用されている。
なにより、信仰対象の分身であるので相談や話し相手としても親しまれているのだ。
「親しまれていますよ。ただ、皆俺の事を中々人間だと理解してくれませんが。特に、魔大陸や他の街でも俺の巨大像が建立されてからはその傾向が強いので、何度も話すようにしています」
「ふうん、そうなの。……って、何度も?」
「ええ、『俺は神ではなくあなた達と同じ人なので、あれは神の像ではありません』と訴えています」
『父上、それは人間であると自称しているという事ではありませんか?』
「原因はそれよ! 自分の国中でそんな事をしていたら『自称人間』って二つ名がついて当然じゃない!」
アラディアとエリザベスにそう言われて、初めてヴァンダルーも『自称人間』の二つ名を獲得した原因が自分にあると自覚したようだ。目を見開いたまま硬直している。
きっと彼の脳内では無数のヴァンダルーによる緊急会議が開かれているのだろうが……この様子では何らかの結論が出るまでしばらくかかるだろう。
一方、クイーンになる事を目指していたエレオノーラとベルモンドの挑戦にも結論が出たようだ。
「一旦落ち着いて良く考えましたが……諦めましょう。さて、では倒した魔物の解体を手早く行わなければ、午後のお茶の支度に差し支えてしまいますね。マヘリアとゾーナに任せきりにするのは悪いですし。それでは――」
「ちょっ、ちょっと待ちなさい! そんなあっさりと、しかも朗らかに諦めていいの!?」
悩みも何もないような軽やかな足取りと口調で日常業務に戻ろうとするベルモンドを、エレオノーラは慌てて引き留めた。
「そうですね。大切なことを忘れていました」
それに対してベルモンドは、ハッとした様子で立ち止まると引き返し、正しい姿勢で頭を下げた。
「ご指導ありがとうございました」
バスディアに。
「ああ、力になれなくてすまなかった」
「いえ、私こそ我儘に付き合わせてしまいすみませんでした」
「そうじゃなくて、アイラに差をつけられたままでいいのかって事よ!」
お互いに良い笑顔で握手を交わす二人。そしてベルモンドは黙々と魔物の解体を行っている使い魔王達に加わるべく、再び歩み去ろうとするがまたエレオノーラに呼び止められた。
「たしかにアイラに差をつけられたと感じて、こうしてあなたと共にバスディアに協力を願ってランクアップに挑戦しました。ですが……よくよく考えてみれば、別に彼女がノーライフクイーンで私がそうでなかったままでも別に支障はない。そして、そもそもクイーン……女王と名の付く種族になるのは不可能である事に気が付きました」
「な、なんでそうなるの!?」
驚き、困惑して狼狽している様子のエレオノーラにベルモンドは説明を続けた。
「エレオノーラ、私の本分は執事です。誰が女王になろうとなるまいと、私は旦那様に仕えるのが使命。それに……私が執事のままでも血を旦那様に供し、尾を梳いて頂けるのは変わりませんし」
そう言って頬を赤らめながら尻尾をくねらせるベルモンドから漂う色香に、エレオノーラとバスディアも思わず見惚れそうになる。
「たしかにその通りね。でも、不可能というのはどういう事?」
「先ほども言いましたが、私は執事、使用人です。人を束ね、指揮する立場ではありません」
「「ああ、なるほど」」
ベルモンドの言葉に、エレオノーラだけでなくバスディアも納得した。
そんな理由で? と思うかもしれない。しかし、立場というのはランクアップ後の種族の決定に大きく関わってくる場合が多い。
ゴブリンで例えると、ランク3から4へランクアップする場合、ゴブリン達の中で普段からリーダーシップを発揮し、戦闘時にも指揮を執っていた個体がゴブリンコマンダーやゴブリンリーダーになる場合が多い。
ただのゴブリンがゴブリンリーダーにランクアップした途端、唐突にリーダーシップを発揮して【指揮】スキルを獲得する訳ではない。
元々の素質やランクアップするまでに経た経験に行動、そして獲得しているスキルによってランクアップ先の種族は変わるのだ。
ノーライフクイーンになったアイラも、同じヴァンパイアゾンビの団員で構成された闇夜騎士団の団長を務めている。
バスディアは、元々グールの長老のザディリスと若長のヴィガロの間に生まれ、グールとしては異例の若さで高い実力を示していた。ヴァンダルーと出会う前は、グールの社会構造のせいで地位は高くなかったが、若い世代のグール達を率いるうちにグールアマゾネスクイーンとなり、今もランクアップを続けている。
……だったら、この場にいないザディリスは何故プリンセスなのかという疑問が一瞬彼女達の脳裏によぎったが、深く考えない事にした。
「では、エレオノーラはどうする? 続けるなら、私も付き合うぞ」
「そうね……特訓は一旦やめるわ。これ以上ランクアップするにはここでは時間がかかるし……今度、メンバーを募ってヴァン様のS級ダンジョンに挑戦する事にするわ」
神の領域であるランク13を超えたランク14になったエレオノーラにとって、ほとんどの魔物は雑魚でしかない。この魔大陸にはそんな彼女でも簡単には倒せないランク13以上の魔物も存在するが、そうした魔物は知能が高いためバクナワに気が付くと逃げてしまうのだ。
そのため、彼女がこのままランク15へのランクアップを目指すなら、ヴァンダルーが子供達と会うついでに日帰りで特訓する、という予定の範囲から逸脱してしまう。
「それに、今の私じゃランクアップしてもプリンセスのままでしょうし。……アイラが私の部下だったうちに、もっと部下の扱い方を学んでおくべきだったわね」
『あれは、今思えば人事として失敗だったかもしれないと思いますけどね。自分よりもはるかに年上の、生前は敵対関係にあったベテランを部下につけられて、困らない人はいないでしょうし』
そう後悔するエレオノーラに、再び言葉を発するようになった使い魔王がそう話しかけた。
「ヴァン様! 向こうで何か話していたようだったけど解決したの?」
『ええ、だいたい。『自称人間』という二つ名が付いたとしても、俺自身が人間であるという当たり前のことを主張している事を意味しているだけだと、全俺による会議で結論が出ました』
「……ヴァン、それは会議としてどうなのだろうか?」
無数のヴァンダルーの思考が意見を交わすヴァンダルー脳内会議。正しく運用できれば高速で大量の情報を処理し、適切な判断を下すことができるはずだが……しょせん全てヴァンダルーである。思考に差異はあっても、結局は同一人物であるため、最初から方向性が決まってしまう。
バスディアはそんな会議の体制に疑問を呈したが、エレオノーラとベルモンドは遠い眼差しをした後、ほぅっと陶酔の籠った短いが熱い吐息を漏らした。
おそらく、無数のヴァンダルーで占められた空間を思い浮かべたのだろう。
バスディアはもっと強く指摘して、そろそろ人を超えた存在となっている事への自覚を促すべきかと考えた。時に厳しい事を言うのも、妻になるなら必要なはずだ。
「そう! 神がかっていても人間技じゃない事ができても、あんたが人である事は間違いないわ! 自信を持ちなさい! そうよね、アラディア!?」
『え、あ、はい。父上は姉上が言うように人だと思います』
『うん、パパは美味しいから大丈夫だよ』
そう思ったが、エリザベスの必死さがにじんだ声と、姉の意見に付託している様子のアラディアの声が聞こえてきた。
(エリザベスがそういうのなら何か訳があるのだろうから、後で聞いてからにしよう)バスディアはそう考え直して、今は黙っておくことにした。
なお、エリザベスがヴァンダルーの「自分は人間である」という拘りに同意して自信を持つよう言ったのは、「自分は人間ではない」と自覚して拘りを捨てた後のヴァンダルーがどうなるのか想像した結果、かなり怖かったからだった。
その後、魔大陸でベルモンドやマヘリアが淹れてくれたお茶を飲んで一服したヴァンダルー達は魔大陸の『街』まで戻った。そして、そこでヴァンダルーは【霊導士】へとジョブチェンジを行った。
《【霊道誘引】、【導き:霊道】スキルを獲得しました!》
《【霊道誘引】が【阿頼耶識誘引】に、【導き:霊道】が【導き:阿頼耶識】に統合されました!》
《【魔力常時超回復】、【従群極強化】、【魔糸精製】、【生命力増大】、【能力値増強:被信仰】、【能力値強化:ヴィダル魔帝国】、【自己再生:共食い】、【能力値増強:共食い】、【杖装備時魔術力増強】、【ゴーレム創世】、【怪異術】、【整霊】、【舞踏】スキルのレベルが上がりました》
その頃、アミッド帝国でも大きな変化が起きようとしていた。
アミッド帝国の都、年に数度皇帝がそこに立って国民に向けて演説を行うバルコニーに現れたのは現アミッド帝国皇帝サラザール・イリステル。そして現アルダ大神殿教皇エイリーク・マルメ。
そして、『蒼炎剣』にして『ベルウッドの後継者』ハインツ。
それを迎える国民の顔には、困惑や不安が浮かんでいた。いまいち評判の良くない現皇帝が、突然重大発表があると都で城からの使いが触れて回ったのが午前中。何事かと集まってみれば、本来皇帝とその側近しか立つことが許されないバルコニーに、まだ少年の新教皇と見慣れぬ青年の姿がある。
アミッド帝国の人々は、ハインツの名は敵国に渡ってS級冒険者になった男として知っていても、顔を知る者は少なかったのである。
そして、サラザールは重々しく口を開いた。
「愛すべき民よ、余はアミッド帝国皇帝の名において宣言する。ここに我が帝国の帝位を偉大なる『法命神』アルダに還し、その御言葉をもって汝らを統治して頂く事を」
彼の額には脂汗が浮かび、瞳には恐怖と焦燥が浮かんでいたが……それに民が気づく事はなかった。
この日、アミッド帝国の人治は終わりを迎えたのだった。
――――――――――――――――――――――――
●二つ名解説:自称人間 ルチリアーノ著
人間を自称する非人間、もしくはそのように思われている者が獲得する二つ名。
人間であると正体を偽る魔物や邪悪な神を信仰する吸血鬼や魔人族等は、物語から現実まで数多く存在する。しかし、この二つ名を獲得したという記録は残っていない。
何故なら、「人間を自称している」事が広く判明している必要があるからだ。
多くの場合、人間に化けていると公に知られた存在はその時点で退治されているか、近く退治される。それに、仮に二つ名が付くとしてももっと恐怖や憎悪などの感情が込められた名称になるだろう。
そのため、『自称人間』の二つ名は師匠のような人物とヴィダル魔帝国のような環境があって、初めて獲得できるものだと思われる。
もっとも、得られる効果自体はかなり微妙だと思うが。人間に化けるときに効果があるとしても、既に広く『自称人間』であると知られているし。
次の話は5月26日に投稿する予定です。




