三百六十八話 邪神派吸血鬼残党の最後と、何でも褒めて単位を押し付けてくるメオリリス
『悦命の邪神』ヒヒリュシュカカを奉じる邪神派吸血鬼。バーンガイア大陸の歴史の裏で暗躍し続けてきた彼らは、重大な危機に陥っていた。
『あれだけ強固だった……中枢にいた私でも全貌を把握できない程大きかった組織が見る影もないわね』
ビルカインやグーバモン、そしてテーネシアの三人の原種吸血鬼とその腹心の全滅。さらに、組織のイデオロギーの核であった信仰対象であるヒヒリュシュカカの消滅。
「いずれは消滅するだろうと思っていましたが、想定よりも追いつめられているようですね」
最後に残ったビルカインのもとに集まった貴種吸血鬼達は、そのビルカインの死後ヴァンダルーを恐れて逃げ散った。そして、逃れた先で再び組織を結成しようと試みた。
生き残った貴種吸血鬼達の中に抜きんでた実力者はおらず、組織を作らなければ生き残れない……いずれ冒険者や神殿の吸血鬼ハンター、そしてヴァンダルーに狩り出されるのが関の山だと誰もが分かっていた。
何より、彼らは吸血鬼になった瞬間から組織の一員だった。太陽から身を隠す安全な拠点、情報の収集、血を吸うための人間の確保……吸血鬼として生きていくために必要な事を組織の一員となる事でクリアしてきた者達だ。
逆に言えば、彼らは一人で生きていく術に疎い。できないわけではないが、冒険者達に尻尾を掴まれ百年と持たず狩り出される事になるだろう。
それを自覚していた彼らは、一旦は散り散りになったが集結して再び組織を結成しようとした。
しかし、彼らは以前と同じような強固な組織を作る事ができなかった。
オルバウム選王国の中でもヴァンダルーが継続的に手を出していたアルクレム公爵領や、境界山脈沿いのサウロン公爵領やハートナー公爵領、ビルギット公爵領を避けたというのはわかる。しかし、境界山脈から離れたジャハン公爵領等にも組織の大規模な拠点はなかった。
もちろん、アミッド帝国側にも大規模な拠点はない。
なぜそこまで邪神派吸血鬼達が弱体化したのかというと、原因は大きく分けて二つ。どちらも組織を形作る上で必要不可欠なものだ。
『どうせお互いを信用できなかったのでしょう。仲良しゴッコでは組織は機能しませんが……いつ相手がこちらを裏切るかわからないと自分以外の全員を常に警戒しあうような者同士でも、機能しませんからな』
一つは、生き残った貴種吸血鬼達はお互いに信頼関係を構築できなかったことだ。邪神を信仰する邪悪な集団なのだから、お互いに仲が良くないのは珍しい事ではない。むしろ、組織の構成員同士では上司と部下、もしくは競争相手以外の関係を持たない事の方が普通だろう。
しかし、それでも最低限の信頼関係は必要だ。背中を向けた瞬間、この上司は牙を剥いて襲い掛かってくるのではないか、この同僚は情報を漏らしているのではないか、隙を見せたら部下達が徒党を組んで自分を殺すつもりではないか、そんな事を常に疑い警戒する関係では組織が形成できるはずがない。
『元々、ヒヒリュシュカカの教義はそうだったから仕方ないとはいえ……』
「強力な力を持つリーダーでもいれば別だったでしょうけれど、あいにく原種吸血鬼は皆殺しにされ、生き残った貴種にも大した実力者はいない。哀れね」
上を妬んで引きずり落とし、同僚は騙しあいや殺し合いで争う敵、そして部下は服従させ搾取するための存在。そんなヒヒリュシュカカの教えに従ってきた邪神派吸血鬼がそうなっても無理はない。
原種吸血鬼や、その腹心のような強力な実力者がイニシアチブを握れば、それを中心に纏まる事も可能だっただろうが……生き残った貴種は殆どドングリの背比べで、高くてもランク9のヴァンパイアバイカウント、貴種吸血鬼子爵でしかなかった。
そのため組織を一つに纏める事は不可能だったのだ。
『そして、ヒヒリュシュカカに代わる信仰対象を手に入れる事もできなかったか』
もう一つが、奉じる邪神の存在だ。彼らは犯罪組織であると同時に、邪神を奉じる危険な宗教組織でもある。
しかし、ヒヒリュシュカカはヴァンダルーに食われて消滅してしまった。
そのため、逃げ延びた貴種吸血鬼達は新たな信仰対象を必要とした。組織を纏める強力なリーダーが存在しないなら、代わりに構成員に共通のイデオロギーを持たせて纏めなければならないからだ。
しかし、貴種吸血鬼達がヒヒリュシュカカに代わる新たな邪悪な神を奉じても、邪悪な神々は無視を決め込んだのである。それどころか、神託で「関わるな!」と拒絶される事まであった。
これも魔王軍残党である邪悪な神々からすれば無理もない判断だ。ヒヒリュシュカカに代わって、邪神派吸血鬼達の信仰を得られるのなら欲しい。しかし、ヴァンダルーと敵対するのはごめんだ。
どれだけ祈られても、どんな生贄を捧げられても、ヴァンダルーと敵対する事になっては割に合わない。
そのため邪神派吸血鬼達は組織の中核である信仰対象すら確保できず、数人から十数人の小さいグループに分裂して活動する事を余儀なくされた。
そしてグループ同士で情報交換等の緩い協力をしながら、息をひそめて様子をうかがっていた。
そうして手に入れた情報の一つに、ついに自分達の信仰を受け入れる神が現れたというものがあったので、いくつかのグループが集まってきていた。
だが、そこに待っていたのは、彼らがアルダ信者の吸血鬼ハンターよりも恐れる相手。
「なるほど。そう考えると、いっそバーンガイア大陸の外まで逃げた方が良かったかもしれませんね」
原種吸血鬼とヒヒリュシュカカの魂を食らい、彼らの組織を崩壊に至らしめたヴァンダルー・ザッカートとその配下達だった。
『いえ、ヴァンダルー様。バーンガイア大陸の外には他の魔王軍残党の神を奉じる吸血鬼達の組織があり、こいつらはその組織の恨みを買っているので……逃げ込んでも嬲り殺しにされて終わりだったかと』
「……裏社会は殺伐としていますね。もうちょっと、表社会で生きられない日陰者同士の助け合いとか、そういうのが欠片でもあってもいいと思いますが」
邪神派吸血鬼達の組織のあまりの酷さに、ヴァンダルーは彼らをフォローできる点はないかと思わず探していた。
犯罪組織を弁護する訳ではないが、社会においては全く利がないわけではない事がある。意外と地域社会に貢献している場合もあるからだ。
『ヴァンダルー様、残念ながら欠片もありません。たしかに犯罪組織を統率し、結果的に裏社会に一定の秩序をもたらしてはいましたが……それは別に邪神派吸血鬼の下の地元の犯罪組織でも十分可能です』
『むしろ、上納金や血を絞るために孤児を献上させたりするなど、余計な犠牲と手間が増えたかと』
『ウオオオオオ! ウォレ達は、社会のゴミだあああああ! おおっ、おおおおおっ!』
しかし、生前は原種吸血鬼テーネシアの腹心で今は光属性のゴーストと化しているチプラスとダロークに、「社会に貢献したと言えなくもないが、与えた害に対して細やかすぎる」、「むしろ、存在しなくても問題なかった」と言われてしまった。
そして、それはベールケルトが大声で泣き出すしかないほど言い訳のできない真実だった。
「私は奴隷になった後買い手がつかずに鉱山に売り飛ばされて、そこをビルカインの手の者に拾われて吸血鬼になったので恩もあると言えばあるけれど……麻薬を蔓延させたり、政治工作を働いたりした事を考えると弁護はしにくいのよね」
「私も拾われた身なので言いにくいですが……少なくとも社会にとって有益な組織ではなかったでしょう。普通の犯罪組織ならともかく、『悦命の邪神』を信仰する組織でしたので」
命を弄ぶことを教義とするヒヒリュシュカカを信仰する以上、慈善事業をやったとしてもそれは哀れな獲物を騙すための手口に過ぎない。
「き、貴様ら! 黙って聞いていればいい気になりおって!」
「その組織の中核だったのを忘れたか!」
元幹部に言いたい放題されて激高した貴種吸血鬼が、牙を剥きだしにして怒鳴り返した。
『吠えるな、ムシケラが!』
ヴァンダルーの隣にいたはずのアイラが、瞬間移動でもしたかのような速さでその二人に近づき、剣を振るう。
「ギヤアアアア!?」
「あ、脚がぁっ!?」
両脚を腿の半ばから切断された二人の貴種吸血鬼が、地面に転がる。自分の血と土に塗れながら、二人はアイラの太刀筋すら見えなかったことに愕然とした。
しかし、彼らも貴種吸血鬼。従属種とは違い、魔術を使わなくても空を飛ぶことができる夜の貴族だ。だから咄嗟に飛行して体勢を維持しようとした。
「げはぁっ!?」
だが、アイラはそれを許さず一人の背中を踏みつけ、もう一人の首元に剣の刃を当てる。
『逆らっても逃げても構わないわよ。どちらも私が首を刎ねてヴァンダルー様の元に持ち帰るだけだから。それが嫌なら黙って聞きなさい』
その声を聴いた二人の貴種吸血鬼は、怒りはもちろん気力まで萎え体の芯から震えあがった。何もできずそれを見ていた他の貴種吸血鬼達も同様だ。
自分達では絶対にかなわないと理解したからだ。
「それであなた達への要求ですが、生き残っている他の邪神派吸血鬼のグループの居場所を知りたい。後、お前達自身です」
以前のヴァンダルー達は、邪神派吸血鬼の残党を逃げ散るに任せていた。追いきれなかったし、組織という核を失った以上大したことはできないと考えたからだ。散り散りになり、それでも悪事を続けるなら冒険者や騎士、神殿の吸血鬼ハンターに追われていつか狩られるだろう。悪事を極力抑えてひっそりと隠れ住むなら数百年以上生き延びるだろう。
そのどちらでも構わないと思っていた。より正確に述べるなら、彼らがどうなるとしても関心はなかった。
彼らが散り散りになったのはオルバウム選王国で、ヴィダル魔帝国ではない。オルバウム選王国の治安を守る義務があるのは、オルバウム選王国の王侯貴族とそれに仕える騎士だからだ。
当時、活動する場所をアルクレム公爵領に限っていたヴァンダルーとしては、「組織の中核は倒したのだから、残りの始末くらいは自分達でしてほしい」という気分だったのである。
それに、あの当時はオルバウム選王国内のアルダ勢力が健在であり、『真なる』ランドルフの正体もヴァンダルー達にとっては不明だったので、邪神派吸血鬼の残党よりも警戒するべき対象が存在した。
ただ、今はあれから大きく事情が変わっている。
ファゾン公爵領以外のオルバウム選王国がヴィダ派に大きく傾き、ヴィダル魔帝国と交流を持つことになった。主だったアルダ勢力の構成員はファゾン公爵領に集中しており、ランドルフは腕利きのドラマーとして協力してくれている。
そのため、散り散りになった元邪神派吸血鬼達が各公爵領で騒ぎを起こすと不都合が起こるようになった。
「お前達がオルバウム選王国で騒ぎを起こし、捕まってお前達が統制を失った原因が俺だと情報を吐くと、それを理由に俺達の責任だと責める人が出てくるかもしれません。
俺は責められる道理はないと思っていますが、この場合重要なのは『道理』ではなく『口実』です」
各公爵領には、政治力や勢力の大小の違いはあっても自公爵領がヴィダル魔帝国と同盟を組むことが気に入らない者達が存在するはずだ。政治的に大きな変化なのだから、それによって割を食う者や利権を失う者がいるのは当然だ。
そうした者の中には、状況を自分達にとって好転させようと悪足掻きをしようとする者がいるかもしれない。
そうした者達にとっては、ヴィダル魔帝国を非難する口実があれば何でもいいのだ。
「ま、待て! 全て仮定の話じゃないか! 貴様らは我々を後々悪い芽になるかもしれないから、念のために摘んでおこう、そう言っているのか!?」
「そうです」
アイラに踏まれたままの貴種吸血鬼がそう叫ぶが、ヴァンダルーに即答されて一瞬言葉を失った。
「それでは、貴様らは口実があれば道理を無視して非難する人間共と同じではないか!」
「そうです」
しかし、めげずに再び叫んでもヴァンダルーは即座に頷いた。
「もっと言うなら、別にお前達をどうにかしても反ヴィダル魔帝国の人達が何かしら口実を捻りだす可能性は高いので、念のためでしかありません。
やらないよりやった方がいいと思いますし、今では大した手間ではありませんから」
そこまで言われた貴種吸血鬼の瞳から、完全に光が消えた。
「それでお前たちの今後ですが、これまでやった事を償うため、そして職業訓練の意味も兼ねて労役についてもらいます」
「わ、我々に奴隷になれと?」
「ハハハハ! 奴隷だと!?」
貴種吸血鬼が恐る恐る尋ねると、突然笑い声が響いたかと思ったらヴァンダルーの陰から何かが現れた。
「き、貴様はアンドリュー!?」
「バーニョに、フェルポ、シトリン……従属種吸血鬼共だ!」
「お前達、生きていたの!?」
ヴァンダルーの陰から現れたのは、貴種吸血鬼達が逃げるとき自力で飛行できないため足手まといになると判断して置き去りにした、従属種吸血鬼達だった。
殺されてアンデッドにでもされたのだろうと思っていた彼らが生きたままヴァンダルーに従っている事に貴種吸血鬼達はやや驚いたが、それ以上に驚かされる事があった。
「それより、貴様らその恰好は!?」
アンドリュー達の格好が、自分たちの配下だったときとは大きく変わっていたからだ。
「労役とはいっても、労働時間は食事と休憩も込みで一日だいたい十時間! 首輪を嵌められ監視もされるが個室を与えられ十分な食事に週一日の休日を与えられる!」
「意味もなく痛めつけられたり、上役の機嫌を損ねたからと言ってなぶり殺しにされたり、癇癪に巻き込まれて殺される事もない! お前達の下にいた頃と比べたら天国のような場所よ! 一生労役についていたいくらいだわ!」
邪神派吸血鬼の組織で最も下の存在は人間達だ。吸血鬼に支配されている事すら知らされておらず、すぐに切り捨てられる下部組織の構成員や、血を搾り取るための家畜として飼われている人間の扱いがいいはずがない。
しかし組織としての最底辺は、その人間達の上の立場のはずの従属種吸血鬼達だ。彼らは貴種吸血鬼にとっては、貴種にするほど素質や見どころがなかった者達であり、限度はあるが補充が効く存在だ。ビルカイン達原種吸血鬼にとっては、ほぼ有象無象である。
そのため、癇癪を起こしたビルカインから逃げ遅れたり、テーネシアのストレス発散の犠牲になったり、冒険者との戦いや陰謀の最前線に立たされて敗れたり、失態を犯して処刑されたりするのは、主に従属種吸血鬼達だ。
しかも、従属種であっても生命力と再生力に優れており人間よりもずっと頑丈であるので過酷な扱いをされてもすぐにはつぶれない。
そして、そうした扱いに耐えて功績を立てても貴種になれる訳ではない。従属種は、ランクアップしても従属種のままなのだ。
そのためヴァンダルーがアンドリュー達に課した労役は、本人たちにとって苦行でも何でもないのだった。
「いや、それよりもその恰好は……?」
「「「「我々の仕事着だが?(ですが?)」」」」
アンドリューは剣ではなく鍬を肩に担いだ野良着姿、バーニョは掃除夫の格好でモップとバケツを持っている。フェルポとシトリンはメイド服姿だ。
元邪神派吸血鬼組織の従属種たちは、被害者の子供たちと別れた後はそれぞれ仕事を与えられ労役についていた。
「俺は畑で農作業をしている! 植物はいいぞぉ……俺が迷ったとき常に道を示してくれる。植物の指示通り土を耕し、肥料を撒き、歌い、踊る! 最初は意味が分からなかった……だが今じゃあ俺も先輩方のように植物の声が聞こえるようになったぁ! 田植えや収穫では、スキュラのお嬢様方にはまだまだ及ばないがな……」
アンドリューは深淵従属種に変異してから、タロスヘイムの周りにある畑や大沼沢地の田んぼで農作業をしている。
歌うゾンビ農夫になった『緑風槍』のライリーの犯罪奴隷だったフラークの指導の下、歌って踊れる吸血鬼農夫として活躍している。
「俺は掃除夫だ! 皆様の住まいや街を、無限に広がるサム様の荷台を、次々に増えていく建物を! そしてヴァンダルー様の像をピカピカにしている! ヴァンダルー様の分身と一緒に!」
バーニョは掃除夫である。使い魔王と一緒に日々様々な場所を掃除している。ヴァンダルーはそんなに力を入れなくていいと言っているのに、巨大ヴァンダルー像等もピカピカにしている。
「私たちはメイド見習いよ。大丈夫、貴種の皆様でもすぐにメイドになれるわ。必要なのはメイド服、そして過ぎたプライドを捨てればいいだけだもの」
「まずは全てにお辞儀して、敬語を使う事から始めましょう。アンデッド、吸血鬼、人間、植物、蟲、生きとし生ける全ての存在に!」
そしてフェルポとシトリンはメイドである。
なお、この場にいないライケルト達従属種吸血鬼は、それぞれ仕事中だったので連れてきてないだけでそれぞれ働いている。
そして新しい生き方を見つけたアンドリュー達の姿を目にした貴種吸血鬼達は、一様に思った。「やばい、狂っている」と。
ヴァンダルー達からすると、甚だ遺憾な評価である。邪神派吸血鬼組織の価値観で染められた従属種吸血鬼達を、短期間で社会性のある(種族ではなく人間性的な意味で)真人間にしたのだから、ちょっとくらい言動が奇妙になっても仕方がない。
これから経験を積んでいけば、奇妙な言動もなくなり普通になっていくはずだ。……多分。
「も、もしそれが嫌だと言ったら?」
『もちろん、それ以外の道を選んでもらうわ。ゾンビがいい?』
アイラの声に応えて、生前はビルカインの側近だったマギサがメイド服姿で一礼する。
『それともゴーストがいいのかしら?』
『くくく、我々のように輝きたいのかね?』
『ところで儂、なんでここに居るのかのぅ? 早く主人のもとに帰りたいのじゃが』
チプラス達が含み笑いをしながら貴種吸血鬼達を見回し、彼らに殺されゴースト系最下級のウィスプになったビルカインの腹心だった老吸血鬼が、ふよふよと頼りなさそうに彷徨う。
『なんなら、吸血鬼を辞めるという選択肢もあるわね。死んだ後ヴァンダルー様にデーモンや他の魔物として疑似転生させてもらえば、それも可能よ。
さあ、選びなさい。あなた達の後にも残党を探さなければならないのだから、時間を無駄に使わせないでほしいわね』
迫られた選択肢が、生きたまま服従するか殺されてから服従するかの二択である事に、貴種吸血鬼達は青ざめた顔で視線を交わす。彼らはどうすればこの窮地を脱する事ができるのか、力を合わせて協力するか、それとも仲間を利用するか必死に考えていた。
「わ、私は吸血鬼のままお仕えします! どうか首輪をお与えください!」
「私も、吸血鬼のまますべてを捧げます!」
その隙をつくように、貴種吸血鬼の内三分の一……四人ほどが恭順を選んだ。彼らの目はヴァンダルーをまっすぐ見つめており、どこか狂信的な輝きが宿っている。
どうやら、導かれ魅了されているようだ。すぐにそれを言葉や態度に出さなかったのは、導かれていない貴種吸血鬼達に裏切り者とされ攻撃されるのを避けるためだろう。
それ以外の貴種吸血鬼達の反応は様々だった。
「裏切り者が!」
怒りに我を失って、ヴァンダルーに従う事を選んだ元仲間を攻撃しようとした者。
「ふ、ふざけるなっ! 俺はごめんだ、狂うのもアンデッドにされるのも!」
彼らを無視して我先に逃げ出そうとした者。
「俺も従います! 労役でも何でも受けます!」
導かれた者達に追従する者。
「ぎゃっ!?」
「がひゅ!」
追従する事を選んだ者以外の貴種吸血鬼の首が全て切断され、地面に転がった。
『もう一度答えなさい。あなた達はどうしたいの?』
そして、貴種吸血鬼達の首を刎ねたアイラが再度尋ねると、生首達は口をパクパクと動かして答えた。
アンデッドとして、ヴァンダルー様に従います、と。
『よろしい。しかし、さすがはヴァンダルー様。貴種吸血鬼がもうゾンビになっているわ』
「いえ、俺は何もしていませんよ」
『あら、じゃあこんなに早くアンデッドになるなんて――』
「アイラ、あなた、ちょっと雰囲気が変わったようだけど、まさか……」
『なんですって? これは、ランクアップ!?』
その時、アイラに変化が起きた事をエレオノーラが気づき、ステータスを確認したアイラは自身がランクアップした事を知った。
後日、ヴァンダルーはアイラがランクアップしたため、申し込んでいた実習をキャンセルする事をメオリリスに説明するために英雄予備校の校長室に出頭していた。
普通なら実習の担当教官に話せばいいのだが、ヴァンダルーが参加する実習の教官はランドルフかメオリリスが担当する事になったそうなので、校長室まで行かなければならなかったのだ。
「よく校長室に来てくれたな。偉いぞ、ほんとに素晴らしい。だから単位を与えよう。
実習のキャンセルなんて言い出しにくい事をすぐ申し出るなんて、本当に素晴らしい。だから単位を授与しよう。
こう考えてはどうだろう? 君は、実習をキャンセルするという実習に成功し成果を出したのだと。だから単位を受け取るべきだ」
凛々しさと美しさを併せ持つメオリリスが、満面の笑みを浮かべて猫なで声で媚びている。彼女と長い付き合いのはずのランドルフでも見た事がない光景だが、アイラとヴァンダルーには全く通じなかった。
『哀れね、正気を失ってしまうなんて』
「メオリリス校長先生、しっかりしてください」
「……魔王殺しの大英雄で選王国を上回る超大国の支配者が生徒で、まだ教えを受けさせろと要求してくるのだ。少しくらいおかしくなっても責められるいわれはない」
どんな些細な理由でも単位を与えて早くヴァンダルーに卒業してほしいメオリリスは、深いため息を吐きながらそう言った。
「しかも、今度は実習をキャンセルするなんて言い出した。これでまた単位を取らせるチャンスが先延ばしになるじゃないか」
「いやいや、元々受けるはずだったのは冒険者の監督下でのダンジョンでの野営実習で、複数の環境を経験して初めて単位をもらえる授業じゃないですか。エリザベス様達はともかく、俺はまだ三回目ですよ」
「そのあたりは校長の権限でどうにかする。
私は君にできるだけ早く卒業してほしい。頼むから卒業してくれ、私にできる事なら何でもするから」
『校長先生、その言葉はカナコに聞こえる場所で言わない方がいいわよ。でないと、ステージデビューする事になるから』
「……ステージデビュー。なるほど、校長を辞めても何も解決はしないが、私は解放される!」
「やめてください、校長先生。俺にできる事なら今すぐ卒業すること以外なら何でもしますから」
「よし、言質はとった。今すぐでなくてもいいが、留年はするな。いいな、本気だぞ。もし留年したら校長を辞めてやるからな。
それで、実習をキャンセルする訳とは?」
「はい、アイラがノーライフクイーンというランク14の魔物にランクアップしまして」
ヴァンダルーの説明と、誇らしげにしているアイラの姿にメオリリスは眩暈を覚えた。ランク14と言えば、最も弱い邪神悪神や龍、真なる巨人の強さの評価であるランク13より一段上の存在だ。
討伐するならS級冒険者が選ばれるだろうし、選ばれたS級冒険者も生きて帰れるとは限らない。その戦いは伝説ではなく神話として語り継がれるものになるだろう。
そんな存在である。
たしかに、そういわれるとアイラからどこか神々しいような雰囲気を……あまり感じない。どこか妖しげな色香のようなものや、見ているだけで背筋が寒くなるような気配は感じるが。
「それで【不死者活性】というスキルを覚えたのですが、そのスキルには自分の周りにアンデッドを発生させやすくし、発生させたアンデッドを強化する効果があります。
このスキルを制御できない状態で従魔として彼女をダンジョンに連れて行くのは危険かなと」
「アンデッドを発生させやすくする、か。たしかに、魔物の死体が全てゾンビになったら実習どころではないな。そのゾンビが全て君に魅了され服従しているなら危険はないが、結局実習にはならない」
魔物を少々狩るだけで、忠実な戦闘要員を用意できる。しかも、ゾンビ達が倒した魔物たちの死体もゾンビになるから、際限なく戦闘要員は増えていく。見張りは万全。食料さえ用意できれば、ただ平和な森の中でキャンプするだけの実習になってしまう。
……もっとも、ヴァンダルーが参加している時点で英雄予備校が管理しているダンジョン程度の難易度では、平和な森でキャンプするのと何も変わらないのだが。
しかし、実習としての体裁は整えないといけないし、一緒に実習するエリザベス達のためにならない。
「まて、それなら今からでも従魔を変えればいいだけじゃないのか!?」
「いえ、規定では実習に連れていく従魔は一度申し込んだ後は変更できないと定められています」
「校長としての権限で君の従魔は変更可能とする!」
「そんなめちゃくちゃな」
『くっ、ヴァンダルー様と一緒にいたいけど、私がヴァンダルー様の邪魔になるのは耐えがたい! でもあの小娘に譲るのだけは嫌! ……そうだわっ、まだ【体内世界】の中にシトリンやフェルポがいるでしょう! あの子達にしましょう!』
「それはちょっと。エリザベス様達に『また新しい女の子を侍らしている』と誤解されそうですし」
『じゃあ、アンドリューとバーニョならどう!?』
「それなら、エリザベス様達も『また新しいマッチョを侍らせている』と思うだけでしょうから、大丈夫だと思いますが」
なお、邪神派吸血鬼の残党の生き残り集団は、生死を問わずヴァンダルー達の支配下に吸収され、組織として消滅する事となった。
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・名前:アイラ
・年齢:約三万歳
・二つ名:【蝕帝の猟犬】 【首領の情婦】
・ランク:14
・種族:ノーライフクイーン
・レベル:0
・パッシブスキル
闇視
状態異常無効(状態異常耐性から覚醒!)
剛力:5Lv(UP!)
高速再生:10Lv(UP!)
精神汚染:8Lv
殺戮超回復:1Lv(殺戮回復から覚醒!)
直感:6Lv
能力値増強:忠誠:ヴァンダルー:1Lv(能力値強化から覚醒!)
気配感知:4Lv(UP!)
自己強化:導き:7Lv(UP!)
自己強化:変身:3Lv(UP!)
変身装具装備時攻防力強化:大(UP!)
能力値強化:信仰:1Lv(NEW!)
魔力増大:1Lv(NEW!)
色香:1Lv(NEW!)
眷属強化:1Lv(NEW!)
・アクティブスキル
業血:8Lv(UP!)
水属性魔術:9Lv(UP!)
火属性魔術:9Lv(UP!)
無属性魔術:5Lv
魔術制御:8Lv(UP!)
惨殺屍剣術:3Lv
変鎖鎧術:3Lv(UP!)
限界超越:4Lv(UP!)
高速飛行:6Lv(UP!)
追跡:9Lv
拷問:7Lv
指揮:5Lv
家事:2Lv
連携:7Lv(UP!)
騎乗:2Lv
格闘術:5Lv(UP!)
御使い降魔:6Lv(UP!)
魔剣限界突破:1Lv(NEW!)
・ユニークスキル
変幻:8Lv(UP!)
ヴァンダルーの加護
ヴィダの加護
不死者活性(NEW!)
●魔物解説:ノーライフクイーン ルチリアーノ著
命持たざる存在の女王。亜人型の魔物のキングに相当するアンデッドは存在しうるのか。そんなテーマに沿って歴史上様々な研究者が研究と推測を重ねた結果出された答えの一つ。
生命無き者達の王、その女性版と思われる。
正直に言うと、私は師匠がいる限りこうしたアンデッドは出現しないだろうと思い込んでいた。何せ師匠自身がノーライフキング、生命無き者達の王なのだから。
その私の予想を覆したアイラだが、師匠に忠誠を誓う姿勢は全く変わらないようだ。【状態異常無効】スキルを持っているが、死属性魅了や導きの効果は状態異常に含まれないようだ。
まあ、師匠も「自分自身の感情に影響を受けない状態を正常とは言わない」と考えているので、師匠に忠誠を誓う狂信者である状態がアイラにとって正常、という事だろう。……自分でしておいてなんだが、かなり酷い分析だ。
他のアンデッドからノーライフキングやクイーンにランクアップする事はないのか、調べたいところである。
●スキル解説:不死者活性 ルチリアーノ著
周囲のアンデッドの能力値や再生力を強化し、死体や霊をアンデッド化しやすくするスキル。普通なら人類に限らずアンデッド以外の魔物にとっても危険なスキルだ。
このスキルの効果範囲ではただのリビングボーンやリビングデッドも、僅かだが再生能力を持つようになり、放置されている死体は数時間後にはほぼ確実にアンデッド化する。
魚の干物や干し肉はもちろんだが、死体とは言えない加工品……レザーアーマーを含めた革製品や骨細工まで対象になりえる。
また、死体ではなくてもリビングアーマーやカースウェポン等の発生率も高くなる。
そしてあらゆる死体やアンデッド化しそうな物品を排除したとしても、土や石に霊が憑いてゴーレムと化し、霊が直接ゴーストに変化するので、アンデッドの増殖を止めるにはこのスキルの持ち主をどうにかするしかないだろう。
ただし、アイラの場合はこのスキルの効果を加減する事ができること、さらにアンデッド化したアンデッドも師匠がいる場合は師匠に従うので危険性は薄い。……少なくとも、ヴィダル魔帝国とその同盟国の民には。
次話は5月9日に投稿する予定です。




