三百六十四話 時代の流れに戸惑う神
世界は自分の思い通りにならない。
それは当然の事で、自らの意志と力が及ぶ範囲はあまりにも狭く不自由だ。
その事を嘆く存在が一柱いた。
『ううっ、なんなの今の世界って……』
『大地と匠の母神』ボティンである。
褐色の肌に気の強そうな美貌を涙に濡らし、膝を抱えた体育座りのポーズのまま横倒しになっている姿からは威厳も何も感じない。
人の目が届かぬ神域とはいえ、栄えある大神の一柱であり、ザンタークと共にドワーフを生み出した母神でもある彼女が何故こんな痛ましい……はっきり言えば、残念な姿をさらしているのか。それは、彼女の信者達に関する事だった。
ヴァンダルーによって封印から解放されたボティンは、神託によって信者達に彼の功績を伝えようとした。また、魔王グドゥラニスをヴァンダルーが倒した際も同様だ。
しかし、彼女が想定したよりも信者に伝わらなかったのである。
『そりゃあ、昔も神託を受け取れる信者の数は受け取れない信者よりもずっと少なかったわ。信仰心もそうだけれど、それ以前に才能の問題もあるから仕方ないって分かっちゃいるのよ。
でも百人に一人は受け取れたし、受け取った信者は真剣に助言や指示を聞いてくれたのよ……それが……』
ボティンはため息を吐きながらそこまで話すと口を動かすのを一旦やめて大きく息を吸い、叫んだ。
『なんで私の神殿の長に、神託を全く聞けないどころか、信者なのは口先だけの人間が就いてるの!? それどころか高司祭も司祭も全員神託に気が付きもしないって何なの!? しかも神託を聞き取ってくれた若い信者の子を、何故監禁するの!?
あいつら本当に私の信者なの!?』
叫びながら陸揚げされた魚のようにビチビチ神域の床を跳ねるボティン。彼女の御使いや英霊達が、遠巻きにして痛ましいものを見るような顔つきで控えている。
『アミッド帝国の方じゃ、神殿長でも幽閉されたりしているし……もうあたし、時代についていけない……』
そしてぐったりと動かなくなる。
『我々も五万年前に目覚めた時はそう思ったよ』
『然り。姉にして妹よ、それは我らも通った道だ』
そんなボティンに声をかけたのは、『空間と創造の神』ズルワーン、『時と術の魔神』リクレントだった。見ると、ほかの大神や自称人間もボティンの神域に現れていた。
『それ本当? あたしが不甲斐ないせいでこうなったんじゃないの?』
ズルワーンとリクレントの言葉に顔を上げるボティンだったが……。
『『いや、不甲斐ないせいでこうなったのだが』』
そう答えられて床に突っ伏した。
『それはグドゥラニスに封印されたり、傷ついて眠らされたりした私達全員に原因があるって意味よ。ボティンだけのせいじゃないわ』
『■■■■■■!』
『ザンタークが、二柱ともボティンをからかいすぎだと苦言を呈していますよ。動揺しているから、叫び声にしか聞こえないと思いますが。
ボティンもお茶でも飲んで落ち着いてください。今、お供えしますから』
『元気を出してボティン。あなただけが悪い訳じゃないわ。ここにいる全員が、ヴァンダルーは違うけど、それとアルダが悪いのよ。
私も数年前に自由になった後は戸惑ったわ』
ヴィダがそう言って慰める。ボティンが嘆いているのは、魔王グドゥラニスに封印される前の世界と、その約十万年後に封印から解放された事で目にした今の世界のギャップによるものだ。
十万年以上前、神代の時代では神々と人々の距離は近かった。たしかに敬われる存在と敬う存在、守護する存在と守護される存在の差はあった。しかし、同時に神々と人々は同じ世界に生きる隣人でもあったのだ。
そのため神託は現在とは別の意味を持っていた。神々が直接声をかけていたのでは間に合わない、差し迫った危機への警告。神託を受け取れる者個人に対する助言。そうした事に神託は使われてきた。
それでも神託が神々の言葉である事に変わりはなく、神代の時代でも神託を受け取る事ができる者は他者から尊敬を集めた。
しかし、ボティンの知る時代と現代では神々と人々の関係は大きく変わっている。
神々は地上に存在しない。魔王グドゥラニスとの闘いで力を消費し、その後も世界の維持のために余裕がない。そして汚染された魔力である魔素が世界に漂っている事で神は自身にとって快適な空間、神域に籠っている。
地上に残っているのは肉体を持つ龍や獣王、真なる巨人等の亜神達で、彼らは人間に直接教えを説き導くような存在ではないし、神代の時代から人が簡単に会える場所には存在しなかった。
誰もが望めば神に会い、言葉を交わすことができる時代ではない。神々が人々の信仰だけではなく、日々の営み……狩猟や農業、道具の加工や芸術活動を導くのは無理だ。
人が人を治める人治の時代に、ボティンはもちろんリクレントやズルワーン、そしてペリアが眠っている間に変わっていたのだ。
今の世界で神々に会えるのは限られた、それこそ世界を代表するような一握りの存在のみ。人が神々の名を唱えてリーダーシップをとる事はあるが、それは唱えているだけで信仰心が伴っていない口先だけの場合もある。
そして神託は『神の御言葉、ご意思』としてボティン達からすると過度に神聖視されている。同時に、そうでありながら人間の中には、大衆を騙す手段として神託を使っている者が存在している。
神託を聞くことができると称している神殿長が、実は神託を聞くことができない。それどころか、神託だと欺いて自分の意思を信者達に伝えている場合さえ過去には存在していた。
『うう、あたしは『あたしが眠っている間、アルダ神殿と協力して秩序を守るのだ』なんて神託出してないし、アミッド帝国の初代皇帝の味方をするようにって神託を出した覚えもないよ』
『神託って、受け取れない人にとっては本当に受け取ったのか分からないのよね。狸寝入りしている間にそれに気が付いた時には、思わず飛び起きそうになったわ』
涙目になっているボティンに、ペリアが慰めるように自分の体験を語る。
神託を本当に受けた人間と、神託を受けたと嘘を言っている人間。それらを明確に見分ける方法はない。神託を受け取る際に天から光の柱が降りてくるわけでも、神託を与えた神から証明書が送付されるわけでもない。
もちろん嘘をついているわけだから、それを見抜く方法もあるだろう。しかし、そうした嘘をつくものは口が上手いものだし、見抜いた者がいたとしても真実を他の信者達が信じるかはまた別の話になる。
一応、神託を本当に受けたのか判別する事が可能なマジックアイテムがアミッド帝国には存在する。存在するが、それはアミッド帝国のアルダ大神殿で厳重に管理されている。それに、判別用のマジックアイテムの使用は基本的に自己申告だ。
地球で例えれば、宗教の指導者を嘘発見器にかけるようなものだからだ。下された神託の内容が余程疑わしい場合でなければ、真偽をマジックアイテムで判定するようなことはない。
例えば、健在な大神がアルダだけの状態で、「アルダを長と認める」という神託が下されたとしても、人間社会の主だった人々は誰も疑わしいとは思わないだろう。
では逆に、最近『ヴィダ派に味方するように』という神託を受けたと主張する者がアミッド帝国のボティン神殿にいたらどうなるのか。そんな世迷言の真偽を判定するために貴重なマジックアイテムを使用する必要はないと判断されるだけだろう。
『それに、大きな神殿になると代々枢機卿や高司祭を事実上世襲する家が複数あって教皇の座を政治的なやり取りで決めるとかあるからね。
まあ、これをしているのはアルダや以前まで独立していたベルウッドの神殿ぐらいだけど』
『ズルワーンの述べた例は極端なものだが、それも仕方のない事。神託を受ける才能を持つ者は、組織運営の才にも同時に恵まれている者ばかりではない。
神託を受ける者を司祭の一人に抱え、組織運営に長けた者が長になった方がいい場合もある』
『リクレント、神殿が組織運営っていう考え方自体、あたしには衝撃なんだけど』
ボティンにとって……神代の時代の神々にとって、神殿とは普通の意味の組織ではなかった。信者に教えを説くのは司祭ではなく神であり、神殿では神が教えた教義をより深く理解するため、そして授けた技術や魔術の研鑽を積むために修行する場だった。
ボティン神殿なら腕の良い職人が集まり、ザンターク神殿なら戦士達が武術の腕を磨いた。神代の時代では、神殿が現代のギルドの役割を果たしていたのだ。
しかし、現代の神殿では信仰の道を進む者だけが常任し、職人や戦士の信者は神殿に祈りに通うだけになっている。
『それも仕方なき事だ。ヴィダがアルダに貶められ、そのアルダも地上にいられなくなった。人が人を治めなければならなくなった以上、社会の形が変わるのは当然だ』
『それに、神託を受けることができない人の中にも良い人は沢山いるわ。気を落とさないで』
神託を受け取る才能に恵まれなかった信者で、司祭や高司祭、そして神殿長を務めている者の中にも、敬虔な信者は多い。ヴィダの言うとおり、そうした者達が存在しているのに神託を受け取れないというだけで嘆くのは、神として相応しくない態度だ。そう思い直したボティンは、やっと神域の床から立ち上がった。
『そうね……たしかにその通りだよ。ありがとう』
そう礼を言って、ヴァンダルーが供えたお茶を受け取って落ち着きを取り戻すボティン。
『でも、その良い人の半分以上……主にアミッド帝国であたしじゃないあたしに祈っているんだけど……なんで? あたし自身の性質が変わるほどの差じゃないけれど。
これも人治だから?』
『然り然り、人治のせい』
『我々もアミッド帝国等のアルダ信者の勢力が強い宗教国家ではそうなっている。アルダが我々神々の長だと認め宣言したと』
落ち着いたが疑問がまだ尽きていないボティンに、口々にそう答えるズルワーンとリクレント。
古来、神代の時代大神の間には序列はなかった。彼らはリクレントが言っているようにお互いに兄であり姉、妹であり弟。力の総量も差はない。
そのため、何を決めるにしても大神を中心とし、そこに新たに神となった従属神達での合議制で世界を動かしていた。
しかし、現代……特にアルダ信仰が強い国ではアルダが古来より神々を長として纏めていたと伝えられている。
それにはボティンだけでなく、五万年前に目覚めていたズルワーン達も、数万年前に目覚めていたペリアも当時は衝撃を受けた。
『指揮系統の統一は■■■―!!』
『指揮系統の統一は当然だ』
『■■■■■■■■■■! ■■■■■……■■■■■!!』
『一柱残ったアルダがそうしたのも、理解できる。生き残った人間達を一つに纏めるにはそうする必要があったと……だがヴィダを排した身でやっていい事ではない! そう、ザンタークは言っています』
途中から興奮して言葉にならない咆哮を轟かせるザンタークの言葉を、ヴァンダルーが同時通訳して伝えた。それを聞いて、改めて考える大神達。
『言われてみれば、それもそうか。人間達を纏めるのもそうだけど、人が減って少なくなった信仰を自分達活動可能な神に集め、世界の維持や魔王軍の残党に対する備えに必要な力を確保していたと。
そのせいで、封印されていたあたしや狂乱していたザンタークはともかく、リクレント達の復活が遅れたけど……』
『それも織り込み済みだったはずよ。アルダも、できればあたし達に早く復活してほしかったでしょうけど、そのままでは復活するのにかかる時間が数千年か一万年早まる程度。なら、私達の復活を先延ばしにしても動ける自分達が力を蓄えた方がいい。
その判断には、私も異論はない』
そう口々にアルダの判断に理解を示すボティンとペリア。当時は魔王軍残党が多く、『悦命の邪神』ヒヒリュシュカカのような力を持つ存在も多数存在したので、アルダとしては未来の仲間の復活よりも自分達が今力を維持するための活力を必要としたのだろうと。
『だけど、そこまでする必要ができた原因の一つがグドゥラニスを封印した百年後に、ヴィダ達を襲撃したからだからね』
『一方的な奇襲で優位に立ったけど、それなりに力を消費したはずだし……おかげでビルカインのような原種吸血鬼達が何人か魔王軍残党の配下になり、増え始めていたヴィダの新種族とこちら側に寝返った元魔王軍の神や魔物が激減し、境界山脈内部や魔大陸、ガルトランドなど限られた地域に逃げ込むことになった。
……うん、改めて考えてもないわね』
しかし、やはりアルダがヴィダへの襲撃を実行した事には賛同できなかったようだ。
『まあ、ここにいないアルダについて何を言ってもあたしが封印される前に戻らないのは分かったよ。どうにか今の時代に合ったやり方を探すさ。……あまり力になれなくて済まないけど』
『それは仕方ないかと。神殿と政府の間に距離があるのは、人間社会では普通の事ですし』
ボティンの言葉に、ヴァンダルーはそう応じた。
ボティンは自分達を封印から解放したヴァンダルーに報いようと、信者達に彼を支持するよう神託を下したが、その効果は彼女が想定したよりもずっと小さなものだった。
それはボティンが嘆いていた通り、神代の時代と現在の人治の時代の違いによるもの。そして十万年以上に及ぶ彼女の不在によるものだ。
それに、境界山脈等のヴィダ派の国々にいると忘れそうになるが、人間社会では政治と宗教が一体ではない国の方が多い。『地球』の現代日本ほど政教分離がしっかり定められている訳ではないが、政府と各神殿は距離をとっている。
アルダ信仰が強いアミッド帝国であっても、前皇帝のマシュクザールが治めていた時代はアルダ大神殿を表向きには尊重しつつも、神殿の好きにはさせていなかった。だからこそ新教皇のエイリークと彼の勢力がマシュクザールを排斥したのだ。
オルバウム選王国では、政府と神殿の距離はより開いている。ボティン神殿がいくらヴァンダルーの事を「英雄だ」と讃えても為政者は為政者で政治的、経済的な事情も考えて判断しなければならない。
もうずいぶん昔に感じるが、『地球』での記憶があるヴァンダルーには、それは正しい事だと感じていた。……自分たちの国の事を棚上げしているような気がするが。
しかし、ヴィダ派の国で政教一体の国家運営が上手くいっているのは、限られた時期や資格のある者だけでも神に直接会い言葉を交わす事が可能だからこそだと考え直した。……なお、自らが治めるヴィダル魔帝国こそ、皇帝が信仰対象を兼ねている政教一体の国である事には気が付いていない。
『それより、今回俺が呼ばれたのは輪廻転生のシステムについてだったと思いますが?』
『ああ、そうそう。ボティンが参っていたからつい話し込んでしまったけど、本題はそうだったわね』
神々にしか知らされない、人が知ってはならないとされる輪廻転生システムについて、ズルワーン達はついにヴァンダルーにも教えようとしていた。
それは、今後避けられないだろうアルダとの戦いにおいて、ヴァンダルーが敵側の人間の魂を砕きすぎてロドコルテの輪廻転生システムに深刻なダメージを与えることを避けるために必要だと思ったからだ。
……今までも破綻しなかったのだから今後もしないかもしれない、具体的な理由を黙ったままでも頼んだら「分かりました」と頷いてくれる気もするが、説明しておいた方がより確実だと思われたのだ。
『では、その神々しか知ってはならないという輪廻転生のシステムの秘密についてですが……俺は人間なので知らなくていいです。それじゃあ帰りますね』
しかし、ヴァンダルーは知りたくなかった。
『な、何故!?』
『大事なことなので何度でも言いますが、俺は人間なので神々の専門知識を知るのは身に余ります』
『その魂でまだ人間と言い張るの!?』
驚いたボティンが、改めてヴァンダルーの魂を見つめる。そこにあったのは、巨大な黒い何かだ。ドロドロとした泥、表面に光沢のある岩、巨大な何かの骨、脈打つ脳髄、こねくり回された臓物、そうしたもので漠然と人型を作り、巨大な眼球や無数の触手、牙の並んだ口が場所も数もでたらめに配置されている。そして、時々魂の一部が千切れて何処かへ飛んでいく。おそらく、【御使い降魔】で呼び出されたのだろう。
それがヴァンダルーの今の魂の姿だった。グドゥラニスの魂を一部とはいえ食らったことにより、その魂は以前よりもさらに変異している。これでも本人は人型に纏めようとしたらしく、ボティンの神域に現れた当初よりも頭と腕の数が半分以下になるようにまで、纏めている。
『言い張るも何も、俺は人間です』
そして、当人は嘘でも何でもなく自分は人間であると主張していた。数えきれない程あるどろりと濁った虚ろな瞳には、嘘や偽りは含まれていない。
何者にも覆すことができない、狂気が満ちている。
『ソ、ソウダネ、アンタハ人間ダヨ』
『いかん、ボティンがやられた!』
『正気に返れ、ボティン! ■■■■!』
『はうっ!? あんた……いきなり殴るとはいい度胸じゃないか!!』
『いかんっ、ザンタークがやられた!』
『どうしました? みんな落ち着きましょうよ』
『うわぁ、元凶に自覚がない……』
ヴァンダルーが無自覚にボティンの意識を混濁させ、慌てたザンタークがボティンを正気に戻すために頬を張り、殴られたと勘違いしたボティンのアッパーがザンタークを沈めた。
『ヴァンダルー、聞いて』
そんな混沌を収めたのは、ヴィダだった。
『輪廻転生に関する知識は本来人間に明かしてはならない事だけど、あなたは色々と特別だから……知っていてほしいの。お願いできない?』
『分かりました』
ヴィダのお願いに、あっさり態度を翻すヴァンダルー。その光景に、大神達に衝撃が走った。
『たしかにヴァンダルーはヴィダ信者であることを公言しているが、あからさまでは?』
『多分、ダルシアと同一視しているからではないかな?』
(それにしても、ヴィダもヴァンダルーが人間だとは言わなかったな……)
思わず騒めく大神達だったが、ヴァンダルーが素直に聞く気になったので指摘しない事にした。
そして輪廻転生システムについての説明だが、これは実際に輪廻転生システムを模倣して自身のシステムを作り上げたヴィダが行った。とはいえ、神格を持たない……つまり専門知識がない者には聞いても理解できないはずだった。
そのため、当初はヴァンダルーに概要だけ説明して、人の魂を砕くときは気を付けてもらう予定だった。だがなんと、ヴァンダルーは輪廻転生システムの詳細な説明まで理解することができたのだ。
『つまり、死者の魂の生前の記憶やステータスを消し、ランダムな転生先に送り出すための仕組みですね。いろいろ改良点がありそうですが』
『ええ、ロドコルテのシステムを模倣した魔王グドゥラニスのシステムを更に模倣したものだから、問題も多いの。
システムを創った当初の予定では、私が管理しながら時間をかけてこの世界に適応した形のシステムに改良を重ねていくはずだったのだけど……約百年で眠りにつくことになってしまったから、それから約十万年もの間、手つかずのままになっているから』
『なるほど。元々ロドコルテのシステムは複数の世界の輪廻転生を司るためのシステム、一つの世界の輪廻転生だけを司る場合、無駄が多いかもしれませんね』
『地球』で例えるなら、二十四時間フル稼働を前提にした大規模工場の工作ラインを模倣したものを個人経営の町工場で使っているようなものだ。いろいろと合わない部分も多い。
そしてヴィダやヴァンダルーは薄々察しているが、ロドコルテの輪廻転生システムはいかに多くの世界で多くの魂の輪廻転生を効率よく、そしてロドコルテ自身の手を煩わせずに安定して管理できるかを追求したシステムだ。
そのため、人間や動物、植物の魂を分けず全てランダムに振り分けられている。死後の世界も何もなく。
それは自身の補佐をする御使いや英霊、従属神を最近まで持たなかったロドコルテにとって必要な機能だったが、やはり一つの世界だけの輪廻転生を司るには、過剰なのだ。
それに、ヴァンダルーとしては死後の世界……生前の行いによって裁かれる事がないのが気にいらなかった。
悪人だろうと亡くなれば仏様という考え方があるのは知っているが、仏教にも地獄がある。
だが、それは人が信じる宗教で語られていることだ。来世に転生する際には、前世の記憶も経験も残らない。なら、実は死後に生前の行いを裁いて罰を与える必要はないのかもしれない。
「悪い事をすれば罰が当たる」、「死後地獄に落ちる」と教えて人の倫理観を育むための方便でしかないのかもしれない。
だが、死後の世界が存在しない事で問題が発生している可能性もある。その問題がロドコルテにとってはどうでもいい事だったので、放置されていただけで。
『まあ、それはとりあえず、システムが崩壊すると『ラムダ』世界全体の危機に発展するので、人間の魂はできるだけ砕かないようにすればいいと。でも、『五色の刃』のハインツとデライザの魂は砕きますよ?』
『それは構わない。アルダからの要請がなくても、こっそり輪廻転生システムから外すよう頼んでおいたから』
『町田や島田、円藤ですか』
ヴァンダルーにとっては、彼らがズルワーンと組んでいるのはやや意外に感じたが、同時にありえなくもないと思った。あのロドコルテの事だから、何かしでかして彼らに見限られたのだろうと推測できるからだ。そして、それは真実である。
『君には不愉快かもしれないが、この世界以外にも……『オリジン』や『地球』を含む幾つもの世界の存続がかかっている。理解してほしい』
『構いませんよ。特に恨みも何もありませんし』
この世界に転生した直後……つまり『オリジン』で殺されてすぐなら腸が煮えくり返るほどの恨みを抱いていたが、ダルシアと暮らすうちにそれらも薄らいでいった。
それに、もう【ブレイバーズ】のリーダーである雨宮寛人とも和解が済んでいる。亜乱達に今更何かしようとは思わない。
……ズルワーンから聞いたところによると現在進行形で大忙しらしいので、溜飲はもう下がっている。
『分かりましたが、人を導く事はやめようがありませんよ。オルバウム選王国の各公爵領を味方につける必要がありますし……『オリジン』の方は本当にどうしようもないので』
魂を滅ぼすほどの悪影響はないが、ヴァンダルーが導いた存在の魂はヴィダ式のシステムに移行してしまうのでロドコルテのシステムの維持に影響が出る。
しかし、ヴァンダルーが述べたように導くのを止めることはできない。
『それは何年なら誤魔化せるらしいから、大丈夫……だと思う』
そう告げるとズルワーンは途中までは頼もし気に保証してくれた。そして、その後はいくつかの情報を交換してヴァンダルーは神域から去っていった。
『……ヴァンダルー、輪廻転生について理解できていたね。我、ビックリ』
『知識の女神でもある私でも理解できなかったのに』
『おそらく、疑似転生を繰り返している影響だろう』
ぽつりと漏らしたズルワーンと、ショックを受けた様子のペリアにリクレントがそう推測した。
『パウヴィナをはじめとして、ヴァンダルーが死者の霊を疑似的に転生させているのはヴィダル魔帝国では周知の事実。そして、ヴィダル魔帝国ではヴァンダルーは神として信仰されている。
それにより、ヴァンダルーは輪廻転生の神としての神格を元々持っていたのだろう』
『……当人も気が付いていないようだったが?』
まだボティンのアッパーが効いているのか、よろめきながら立ち上がったザンタークがそう尋ねるが、リクレントはあっさりと答えた。
『ヴァンダルーが神となったと同時に備えていたのだ。赤子が生まれた時に、自分の体内にある臓器を意識しないのと同じだ。
さすがはヴァンダルー』
『リクレント、君はヴァンダルーをアークと同一視しすぎるような気がする』
『うんうん、さすが私の子だわ』
『ヴィダ、君はダルシアに引っ張られすぎだと思うの』
『然り、然り』
魂が肉体に戻ったヴァンダルーは……最近魂の分割が進み、自分でも本体とは何なのか疑問に思うが、本体であると認識しているヴァンダルーは、ヴィダ達の神像に改めて一礼する。
ここはシルキー・ザッカート・マンションの屋敷の一室に作った、簡易的な礼拝堂である。
ヴァンダルーが【ゴーレム創世】スキルで作ったステンドグラスから、日の光が……差し込んでいない。
「おや、さっきまで晴れていたのに」
おかしいなと思い首をかしげると、使い魔王の視覚から大変なことが起こったことを知った。
礼拝堂から出て窓から庭に飛び出すと、既に外に出ていた皆が巨大な大木に視線を向けて唖然としていた。
「アイゼン、城より大きくなりましたね」
『お食べよぉ』
城より巨大な大木は、ランクアップしたアイゼンの姿だった。枝には、アイゼンが実らせていたのと同じ果実がなり、太い幹からはアイゼンの声が響いてくる。
「これはまさか伝説に……いや、神話に記されていた世界樹ユグドラシル!? 馬鹿な、あれは記録が正しければ魔王グドゥラニスが現れる以前より存在した植物の祖。神ではないが魔物でもない存在のはず!
しかも、魔王軍との戦いの最中魔素による汚染に耐えられず絶滅したと記されていた……いや、アイゼンがランクアップした事で魔素に適応したユグドラシルの変異種となったのか!?」
ルチリアーノが百面相のように表情を変えながら無意識に解説している。それによれば、アイゼンはユグドラシルに似た何かになったようだ。
「突然庭の中央に立ったアイゼンの枝や根が伸びだして、見る見るうちにこの姿になってしまって」
『ランクアップするのを本能的に察して、広い場所に出たのでしょう。しかし……これからどうしますかな? 今までのように動けるのか……』
エレオノーラとサムがそう言いながら巨木となったアイゼンを見つめていると、幹の一部がボコリと音を立てて変形し……大きさが倍ほど巨大化しているが、それ以外の姿形は以前と同じアイゼンが現れた。
『大丈夫だよぉ。ほらぁ、大きさも元に戻せるしねぇ』
そして、三メートル強だったアイゼンは以前のサイズに戻った。
「うん、何の問題もありませんね。ランクアップおめでとう、アイゼン」
『ありがとう、お食べぇ』
「旦那様、アイゼンが以前と同じように行動できるのは喜ばしい事ですが……近隣住民とコービット選王達には説明が必要かと」
「そうですね。突然生えた巨木に気が付いたクノッヘンやピートやルヴェズフォルが驚いていますし、多分ランドルフ先生も一分以内に駆け込んでくるでしょうし」
めでたい事だが……さすがに突然選王城より高い巨木が出現したら大騒ぎになるのは避けられないのだった。
―――――――――――――――――――――――――――
・名前:アイゼン
・ランク:14
・種族:イグドラシルの幼木(ユグドラシルの変異種の幼木から変化!)
・レベル:0
・パッシブスキル
剛力:8Lv(UP!)
超速再生:5Lv(UP!)
状態異常耐性:10Lv
魔術耐性:10Lv
物理耐性:10Lv
生命力増大:7Lv(UP!)
身体超強化:樹皮枝根:6Lv(UP&身体強化:根を統合!)
果実高速精製:7Lv(UP!)
樹液高速精製:7Lv(UP!)
枝高速精製:7Lv(UP!)
色香:10Lv(UP!)
自己強化:従属:10Lv
自己強化:導き:9Lv(UP!)
・アクティブスキル
格闘術:8Lv
投擲術:9Lv
鎧術:10Lv(UP!)
精気超吸収:2Lv(UP!)
無属性魔術:5Lv
土属性魔術:8Lv
生命属性魔術:8Lv
縮小化:4Lv(UP!)
魔術制御:3Lv
指揮:2Lv
連携:6Lv
料理:1Lv
御使い降魔:1Lv(NEW!)
並列思考:1Lv(NEW!)
・ユニークスキル
ゾゾガンテの加護
賦活:植物
ヴァンダルーの加護
ボティンの加護
大地肥妖化:1Lv(NEW!)
双本体(NEW!)
次の話は4月19日に投稿する予定です。




