閑話65 システムの維持管理は自転車操業
鳴り響く警告音を強引に無視しながら、円籐硬弥や町田亜乱、島田泉は作業を進めていた。
『これだけ煩いと、アルダに聞こえないかと冷や冷やするな』
『どんなに煩くても、この音なら気にしないさ。ただのエラー……人間がアンデッドやデーモン、そしてヴィダの新種族にされた時に出る音だって説明してあるから』
ロドコルテの輪廻転生システムは、ロドコルテが直接動かさなくても働き続ける。しかし、問題が起きた場合はその程度によって手を加えなければならないため、ロドコルテの御使いとなった亜乱達三人がそれを行っているのだ。
何故なら、本来システムを統括するべき立場のロドコルテは自身の神域の中心で数えきれないほどの杭を打たれて行動不能に陥っているからだ。
ただの杭ではない、アルダの『法の杭』だ。神としての力の総量ではアルダを上回るロドコルテだが、『ラムダ』世界の神として認知された事でアルダの法の神としての神威が有効になってしまったため、逃れる事はできなかった。
どれだけ神としての力が上回っていても、ロドコルテに戦闘に関する経験や神格はない。例えるなら、莫大な権力と財力を誇る世界一の大富豪でも、リングの上で行われるデスマッチで勝てるとは限らない。そんなものだ。
そして、ロドコルテが『ラムダ』世界の神となっている事がばれていない限り、アルダが自分に杭を打とうとすることはないと油断しきっていた。
ロドコルテは神が怒るものであり、激怒した存在は我を忘れるものだという事を失念していたのである。
ともあれ、今のロドコルテは意識があっても動く事も話す事もできない状態だ。神としての力を使うなんて、絶対に不可能。……『罪鎖の悪神』ジャロディプスはその不可能を可能にしたが、それはジャロディプスが激痛と長い幽閉に耐える神としても凄まじい精神力の持ち主だったから可能になった事だ。ロドコルテが彼と同じことを成し遂げるのは不可能だろう。
『アルダはもうこの神域にはいないわ。残っている封印されたグドゥラニスの魂の欠片を持って、自分の神域に戻った。残っているのは、ロドコルテを監視する御使いだけよ』
しかも、アルダ本人はロドコルテを監視するために自身の御使いを配置している。そのため、ロドコルテは御使いである泉達の行動を見る事もできない。逆に、泉達もロドコルテに近づけない。……近づく理由がないのだが。
『アルダが最も警戒しているのは私達がロドコルテを助けようとする事だろう。……人から昇華した御使いは、そういう存在らしいし』
『生きていた時はその神の信者だった連中だからな。俺達とは何もかも違うって』
硬弥や亜乱達は、ロドコルテの信者ではない。それをアルダ達は理解できないようだ。……獅子身中の虫になりかねない存在を御使いにしたロドコルテの行動が、アルダ達にとってそれだけ異質だという事だろう。
『私達にとっては、監視されず作業ができて好都合だけど。でも、輪廻転生システムを私達に任せきりにしてどういうつもりかしら? 先の事を考えているなら、今の内から誰かにシステムに関する技術を学ばせるべきだと思うけど』
ロドコルテは信用できない。アルダは、怒りで我を失って杭で滅多打ちにした後も、そう判断して杭を抜かなかった。なら仮にヴァンダルーを倒せたとしても、その後ロドコルテに輪廻転生システムを任せるとは考えにくい。そして泉達三人はロドコルテの御使いである。やはり、アルダ達にとって信頼を置ける存在ではない。
そしてアルダはヴァンダルー……ヴィダとの戦いに勝つつもりだ。そうである以上、戦いの後もロドコルテの輪廻転生システムを運用し続ける必要がある。
ヴィダ式や魔王式の輪廻転生システムを奪うのは、悪手のはずだ。ヴィダ式は管理者が打倒しようとしているヴィダ本人、魔王式に至っては今システムがどんな状態になっているか分からない魔物専用のシステム。転用ができるかも不明だ。
それに、ロドコルテの輪廻転生システムは『ラムダ』世界以外の世界の輪廻転生の運行も行っている。それに支障をきたせば、その異世界の神々がロドコルテを解放するために攻め込んでくるだろう。自身の世界の存亡がかかっているのだから、是非もない。
今そうなっていないのは、輪廻転生システムの運行が問題なく行われているから。そのため、異世界の神々がロドコルテの今の状況に気がついていないからだ。
輪廻転生という重要な役目をロドコルテに依存しているのに、それで問題ないのかと考えるかもしれないが、実際に今まで問題が起きていないから構わないのだろう。
それにロドコルテ自身、各世界と距離を置いていた。異世界の神話に巻き込まれ、それによって影響を受け、システムの維持管理に支障が出る事を避ける為に。異世界の神々は、そのロドコルテの意向を尊重しているだけに過ぎない。……ただ単に、ロドコルテに人望がないだけとも言えるが。
ともかく、アルダは今後もロドコルテ式輪廻転生システムを使い続ける必要がある。だから、今の内からシステムの維持管理を引き継ぐことができる人材(神材?)を育てる必要があるのに、何もしないのは何故かと泉はいぶかしく思っていた。
まさか自分達を自陣に引き抜くつもりなのだろうか? 他の神の御使いを自分の御使いにする事が可能なのか知らないが。と泉が考えていると、硬弥が苦笑いを浮かべて推測を述べた。
『アルダが今から他の御使いや従属神に技術を学ばせようとしないのは、それが今は不可能だからだと思う』
『不可能? どういう事?』
『だったら泉、今自分がしている事を他人に説明してみろよ』
『はあ? そんな事簡単よ。今私達は輪廻転生システムの■■■を■■■■――えっ!?』
亜乱に言われた通り、泉は輪廻転生システムのメンテナンスについてざっと説明しようとしたが、途中から人が理解できない言語……いや、思念になってしまった。驚いて、何度か言い直そうとした泉だが、何度やっても言葉にできない。
『ほらな。俺も最近気が付いたけど、説明できないんだよ。ロドコルテの御使いである俺達にはそれで通じるけど、他の人間はもちろん神や御使いにも理解できないらしい』
『神や御使いにも?』
『おそらく、輪廻転生に関する事は輪廻転生に関する神……神格を持つ存在とその眷属にしか理解できないようになっているのだと思う。以前、六道が輪廻転生についてロドコルテに尋ねた事があったが、ロドコルテの答えを聞いてもその場に居合わせた守屋達は理解できてない様子だった。六道は理解できたし、六道から同じことを繰り返し説明されてもそれは変わらなかった。
いわゆる、門外漢が専門家に難解な話を聞いても理解できないのと、似たようなものかな』
神々とは……少なくとも『ラムダ』世界の神々は万能ではない。それぞれに得意分野があり、得意分野に基づいた役割を果たす。それが本来の姿だ。
『空間と創造の神』ズルワーンは、光属性の管理はできない。そして肉弾戦ができない訳ではないが、『炎と破壊の戦神』ザンタークとは比べものにならない程弱い。
『大地と匠の母神』ボティンも、風属性の管理はできない。そして、魔術に関する技術や知識も全くない訳ではないが、『時間と術の魔神』リクレントと比べれば大魔術師と見習い程の差がある。
知識として学ぶ事は可能だろう。しかし、いわゆる神の御業と呼ばれる段階までその技術を高める事はできないのかもしれない。
人間同士でも、学べば誰もがその道の天才と同じことができる訳ではないのだから、神同士でも……いや、神同士だからこそ差が大きいのかもしれない。
『それじゃあ、ますますどうしようもないわね』
『多分、数百年単位で時間をかけて解決するつもりなのだろう。神格というのは、余程突拍子がない場合以外は後付けする事ができる。それらしい逸話を広め、多くの信者が信じればアルダやその従属神が『輪廻転生の神』になる事は可能だ』
『『地球』でも神だった存在が後世では悪魔になったり、果物の神が菓子の神になったり、後世に変化したけれどそれと同じ?』
『然り然り、多分そんな感じ。アルダは本来光属性の神なのに、既に生命属性の神としての神格も手に入れているし、輪廻転生に関しても同じことができると我は思う』
アルダは既に、本来専門分野ではない生命属性の管理を行っている。それは『法命神』として崇められたからだが……十万年経った今でも苦労している。そこに輪廻転生システムの運用にまで手を伸ばせば、アルダは今度こそオーバーワークで致命的なミスを犯すかもしれない。
『だから、輪廻転生に関する逸話をでっちあげるか、信者の中から適当なのを神にして担当の従属神を創るつもりではないかと我は思う。アルダが、我が思っている程度には理性的だったらだけど。
君達に引き継ぎが要請されるのは、その後ではないかな』
そうロドコルテの神域を覗き見ている……しかも、亜乱達に話しかけているズルワーンは予想した。
『なるほど。そうなると、ダーはどうしましょうか?』
今は亡き六道聖の部下の生き(?)残り、【倶生神】のダー・ロンはまだこの神域の中に存在していた。六道聖が再びの敗北、しかも今度は魂まで完全消滅した事に耐えられず気絶し、そのまま外部からの刺激に一切反応しなくなったため泉達も放置している。
『ふ~む、そのまま放置でいいのでは? 積極的に助けたいわけでも、逆に滅ぼしたい訳でもないのなら』
ダーについて軽く話は聞いたが、ズルワーンとしては『どうでもいいな』としか思わなかった。ヴァンダルーにとって脅威になりそうなら、ヴァンダルーが魂を喰らえる場所までダーの魂を持っていくという選択肢もあったが、そうではなさそうだからだ。
ロドコルテの神域には、彼が管理していたグドゥラニスの魂の欠片はアルダが持ち帰ったためもうない。だから、ダーが我に返って六道聖の復讐を決意したとしても、とち狂ってグドゥラニスの魂の欠片を持ち出してそれを解き放つ恐れはない。
そもそも、今の彼は我に返ったとしてもロドコルテの神域を自力で出る事もできない。できたとしても、神域を出た途端ただの幽霊……ゴーストでもない無力な存在になってしまうのだが。
この神域に残って、亜乱達の妨害をして輪廻転生システムの運行を妨げようと企てても、人間の魂でしかないダーが御使いである亜乱達に勝てるわけがない。チート能力によってはそうも言いきれなかっただろうが、幸いダーの【倶生神】は攻撃力を持たない能力だ。
アルダ達もダーの事を、忌々しい六道の手先の生き残りとしか見ていないようなので、スパイとして使われる可能性も低い。
『そうだな。じゃあ、あいつは放置しようぜ』
『そうね。そんな暇ないし』
そして、亜乱や泉にとっても裏切り者のダーは積極的に助けたい相手ではない。今の状態の彼をヴァンダルーに差し出すのは若干の抵抗があるが、逆に言うとそれぐらいだ。
ヴァンダルーとしても、今のダーを差し出されても困るだろう。……彼が魂を喰らうのは、危険な対象を滅ぼすためであって、スキルを手に入れる為ではないのだから。
『それより、輪廻転生システムの方は問題ないの? さすがに異世界の神々が徒党を組んで襲ってくる事は避けたい』
『このアラームの通り、問題だらけです。ヴァンダルーがオルバウムで大量に人を導いてヴィダ式輪廻転生システムに引き抜いているからでしょう。
でも、どうにかしています』
ヴァンダルーは導きによって、ロドコルテの輪廻転生システムからヴィダ式輪廻転生システムに魂を移動させる事ができる。その度にロドコルテの輪廻転生システムはエラーが起きるのだが、ロドコルテの輪廻転生システムは優秀でいくつかのエラーなら運行に影響はない。
ヴァンダルーが存在する以前から、人間が吸血鬼等のヴィダの新種族に変化するなどしてヴィダ式輪廻転生システムに移る事があった。それに対処するためである。
しかし、さすがに一日で何万、何十万もの大量の魂が移動する事は想定されていない。そのため硬弥達はシステムにかかりきりになっていた。
ただ逆にいえば、かかりきりになればどうにかできる程度の問題だ。
ロドコルテの輪廻転生システムは人間だけではなく動植物も対象に入っている。それを利用して、来世で植物や虫になるはずだった魂を、ヴィダ式に移ってしまった魂の代わりに当てているのだ。
時間稼ぎのための誤魔化しに過ぎないが、世界全体で数えきれないほど存在する虫や植物が数十万減ったところで問題ないだろう。
魂のない体が出てきてしまいそれに霊が入り込んだとしても、虫や植物ではほぼ何もできない。
植物の場合は動けないし、虫は本能通りに動く生き物で多くの場合寿命も短い。悪さをするために魔物化しようとするかもしれないが……意志があっても普通の動植物が簡単に魔物になれるはずがない。可能なのは、ヴァンダルーの周りぐらいだ。
ちなみに、『ラムダ』世界で来世が設定されていなかった転生者の守屋達の魂はともかく、『五色の刃』の一人、エドガーの魂がヴァンダルーに滅ぼされた際には深刻な問題が起きた。しかし、一人だけだったので輪廻転生システムの扱いに対して習熟しつつある亜乱達によって既に対処されている。
『むしろ、ヴィダ式輪廻転生システムの方がどうなっているか不安だ。一度に数十万の魂を受け入れて、問題なく動いているのか……』
『それは我も分からない。ヴィダがシステムを創ったのは、我が眠りについた後だから。でもまあ、ヴィダのシステムは動植物が含まれていないはずだから、その分余裕があるのかもしれない』
グールの出生率の低さや、吸血鬼の自然妊娠のしにくさ等、ヴィダ式輪廻転生システムには不具合と思われる問題も起きている。起きているが、本来の管理者であるヴィダが神域に戻れないので今どんな状態なのかヴィダ本人にも分からない。
なので、ズルワーンもその問題について考えるのは放棄していた。
問題が起きているかもしれないが、ヴァンダルーに他者を導くなというのも無理な話だ。どうしようもない。
『ともかく、輪廻転生システムはどうにかなりそうか、今回は、それを確かめに来た。無理そうなら、我が骨を数百本折ってどうにかしないといけないから』
ズルワーンの骨を折るとは、ロドコルテ式輪廻転生システムが輪廻転生を管理する異世界に事情説明……いわゆるお詫び行脚をしに行く事だ。
どうにかするから、それまで不都合が起きても我慢してほしい。そんな根拠も何もない話を面識のない相手にしに行くのだ。
行った先で神々に激怒されて攻撃される可能性もあり、できればやりたくない。しかし、異世界の神々VSアルダVSヴァンダルーの三つ巴も避けたい。
『異世界を含めた輪廻転生の運行は、ヴィダ式輪廻転生システムに移動するだけなら一千万人でも一億人でも、どうにかなるといえばどうにかなります。来世までには時間があるので、その間誤魔化し続けながらメンテナンスを行えば』
ズルワーンの質問に対する硬弥の答えは、つまり自転車操業で何とかできる、というものだった。
『ただ、ヴァンダルーが一度に何十人、何百人も魂を滅ぼす事になれば一時的にシステムが停止するような事態になりかねないかも』
『今までのヴァンダルーの言動から考えると、そういう事は起きないだろうけれど。転生者も、もう『ラムダ』世界には転生しないだろうし。でも、念のために言っておいてくれますか? 人間の魂を喰らう時は、一度に数人までにしてほしいって』
『んー……分かった。伝えておく』
ズルワーンとしては、ヴァンダルーにも輪廻転生システムに関する事はできるだけ教えたくなかった。それでアルダ達に対する戦いに影響が出るのは困るからだ。
それに、元々人間にはロドコルテの輪廻転生システムについてを秘するのが決まりだった。それは六道聖のように、自らの意志で輪廻転生を可能にして、他者からの信仰を受けずに神に至る存在を出さないようにするのも目的の一つだった。だが、そうでなくても「どんな聖人でも、そして極悪人でも来世は雑草や虫けらかもしれない」と知られるのは拙いのだ。
もちろん、輪廻転生する際人々は生前の記憶や知識、技術をすべて失う。だから、来世はまったく別の存在になるのに等しい。しかし、「来世は雑草や虫けらかもしれない」という事実の方が人々の意識には残りやすいだろう。
死後の世界も、天国も地獄もない。人々の信仰を得て神に至るか、信仰する神の御使いや英霊に昇華しなければ、死後自我を保つことはできない。
それが人間達に広まった場合、あまり愉快な事にはならないだろう。
(ただまあヴァンダルーはもう亜神だし、口止めすれば別にいいかな?)
しかしヴァンダルーは例外という事にして、ズルワーンはロドコルテの神域から去って行った。
なお、アルダ信者達の動向について輪廻転生システムを使って調べる事は、亜乱達がメンテナンスを優先しているためできなかった。
それに、だいたい予想はついているので亜乱達からの情報提供がなくても問題はない。
一方、亜乱達もズルワーンを見送る余裕はない。彼等自身が言ったように、自転車操業の最中だからだ。もちろん、オルバウムの人口にも限りがあるので一日でヴァンダルーに導かれる人の数は徐々に減少傾向にある。
『今やっている処置が終わったら、俺はジャハン公爵領の人間がヴィダ式に移るときの準備に回る。カナコを含めた導士三人でのライブの威力がアルダ信者に与える影響が未知数だからな。どうせヴァンダルーもいるんだろうし』
『じゃあ、私は他の公爵領で漂っている霊ね。これから公爵領と交流するでしょうし、その時ヴァンダルーが近づいただけで魅了されるだろうから……最近大規模な戦争がなくて、彷徨っている霊の数がそれほどじゃないのが救いだわ』
『……『ラムダ』から普通の虫や植物が激減する、なんて事はさすがに起きないだろうけれど、不安になってくるな。
でも、もっと先の準備も必要だ。ロドコルテが動けない間に、私達が動けるだけ動くしかない。肉体的な疲労を感じない存在になっておいて本当に良かった』
次の話は3月20日に投稿する予定です。




