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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十四章 冒険者学校編
454/515

閑話64 独身女性にオーダーメイドで服を送った結果

 エリザベス・サウロンにとって、腹違いの兄であるヴィーダル・サウロンは家族ではない。寧ろ、敵として認識していた。

 それはサウロン公爵家の家督争いのライバルであり、自分の命を狙っている相手としての敵だ。


 家督争いでは今よりも幼かったエリザベスはルデル派、そして目の前にいるヴィーダルの派閥にいいようにやられ惨敗してしまった。

 母であるアメリア・サウロンの根も葉もない不貞の噂を流され、そのせいで「エリザベスはサウロン公爵の遺児であるか怪しい」と、まことしやかに囁かれる事になった。


 母が精神を病んで長い間入院していたのは、後ろ盾だったリームサンド伯爵と精神治療院の院長の陰謀だった事は知っている。しかし、母が精神を追い詰められ伯爵が陰謀を働くきっかけを作ったのは、間違いなく目の前の腹違いの兄達が流した噂が原因だ。


 そうした流言飛語は政治的な戦いではよくある事で、いちいち深く恨んでいては社交界で敵を作りすぎてやっていけなくなる。ある程度……同程度に不名誉な噂を流す、何らかの形で埋め合わせをさせる等……やり返したら水に流すのが通例だ。

 実際、アメリアが長期の間入院し、今も若干正常とは言い難い状態になっているのはリームサンド伯爵と精神治療院の院長の陰謀が主な原因で、そちらにはヴァンダルーが十分やり返してくれた。


 しかし、それで過去の事を水に流すにはエリザベスはまだ若すぎた。

(機会があれば土下座させて母様の事を謝罪させて、靴を舐めさせて、本当に舐めたら顎を蹴り上げて、『あたしは靴を綺麗にしろと言ったのよ、唾で汚せとは言ってないわ』なんて理不尽に痛めつけてやろうと思ってた。……でも)


「なんでも致します! 私と私の手の者がエリザベス様、アメリア様に行った全ての悪行を自供いたします! ルデル兄上に関する情報も全て差し出します! サウロン公爵領の機密情報も、私が知っている事は全て! ですからどうか、どうか私の顔を剥ぐことはお許しください!」

「あー、はいはい、ちょっと落ち着いて静かにしてくれますか」


 そんな憎き相手の一人、ヴィーダルがヴァンダルーの足元で縋りつくように土下座している。しかも、彼に少しずつ這い寄っている。

 顔には苦渋の色はまったくなく、媚び諂っているようにしか見えない卑屈な表情だけがある。とてもあの美形ぶったすまし顔の兄と同一人物とは思えない。


 その兄が、ヴァンダルーが戻ってくるまでエリザベスの足元で同じように土下座していたのだ。多分、その時彼女が「靴を舐めろ」と要求すれば、ベロベロと靴が磨り減るまで舐め回した事だろう。

(なんだろう、気持ち悪い。それに、こんなのを見返すために戦ってきた日々が急に馬鹿馬鹿しく思えてきたような……。そうね、靴を舐めさせて顎を蹴り上げるのは止めよう)


 エリザベスは、とりあえず練っていた主な復讐プランを止める事にした。主に、ヴィーダルが気持ち悪いから。


「サウロン公爵領をどうするのか、具体的には現公爵のルデル・サウロンによりますが……サウロン公爵領の人達を無意味に苦しめたり、お前やルデルの顔の皮を剥いで攫ったりはしません」

「おおっ、本当ですか!? ありがとうございます! ありがとうございます!」


(それに、今直接手を下さなくても、あいつの望み通りにはならないだろうし)

 ヴィーダルは、ヴァンダルーの言葉を聞いて顔に希望を浮かべて何度も頭を下げている。しかし、エリザベスは彼とは逆の感想を覚えた。


 エリザベスが知っている限りだが、ヴァンダルーは基本的に他人を呼ぶ時に「おまえ」とは言わない。あれは他人ではなく、敵意等の悪感情を持っている相手に使う言葉だ。名前がヴィダル魔帝国の国名と似ていても、親しみはまったく覚えていないようだ。

 それに、彼が言ったのは『無意味に苦しめたり』、『顔を剥いで攫ったり』はしない。それだけだ。


 逆に言えば、ヴァンダルーは意味があるなら民を苦しめるし、ヴィーダルやルデルを攫わず殺す事はあり得ると告げているのだ。

 もっとも、前者については嘘にならないように言葉を選んだだけだろうとエリザベスは思った。


 ヴァンダルーは旧スキュラ自治区を占領し、ルデル・サウロンが差し向けた討伐のための軍を何度か殲滅している。その結果サウロン公爵領が失った将兵の数は少なくなく、支払った戦費も多い。民は足りなくなった兵を補うための徴兵を受け、失った戦費を賄うために高くなった税金を払わせられている。

 そもそも、旧スキュラ自治区からの税収が無くなった時点でサウロン公爵領の財政に影響を与えているのだ。


 そのため、ヴァンダルーはサウロン公爵領の民を苦しめていないとは言えないのである。……貴族らしい普通の貴族なら「苦しめていない」と言い切るだろうが。


 そしてヴィーダルとルデルに対しては、ヴァンダルーはアメリアにした事をしっかり根に持っている。特に、現サウロン公爵であるルデルはイリス達レジスタンスを切り捨てたため、ヴァンダルーが良い感情を持っているわけがないのだ。

 そのため、ヴィーダルを丁寧に追い返したヴァンダルーはエリザベスに尋ねた。


「エリザベス様、あいつらをどうしたいですか? テルカタニス元宰相のように公開処刑にするのは現段階ではやりすぎだと思いますが」

「面と向かって聞かれるとは思わなかったけど……公開処刑はやりすぎっていうのは同意よ」


 なお、ウルゲン・テルカタニス元宰相は公開処刑にされた。オルバウムの広場で罪状を発表され、設置された絞首台で吊るされている。

 宰相という責任ある地位にありながら、国を裏切った。しかも、その際魔術などで操られる、もしくは毒を盛られていた等の痕跡はなかったのだから情状酌量の余地はない。


 それにオルバウムの人々は、命は助かった(デーモンに転生した者も多いが)とはいえ貴重な財産を失った者は莫大な数に上る。そうした人々の処罰感情を納得させるために必要な措置だった。……これ以上国民の支持を喪ったら、ヴァンダルーが何もしなくてもクーデターが起きかねないという中央の貴族達の危惧もあった。


 しかしテルカタニス元宰相の妻や子供、親類は事件とは無関係だった事が明らかであり、元宰相の事件前の行動から事前に察知して止める事は困難だったと判断されたために連座で罪に問われる事はなかった。

 ただ、侯爵位は降爵され男爵になり、重い賠償金を支払わされることになったので貴族としては終わりかけているが。いっそ、残った財産を全て売り払って平民になった方がまだ楽だろう。


 その元宰相と同じ罰をヴィーダルとルデルにするのは、やりすぎだとヴァンダルーもエリザベスも理解していた。

「これからサウロン公爵領がヴィダル魔帝国に宣戦布告するとかなら別だけど、そうでないならルデルは公爵領内での評判は良くもないけど悪くもないし、悪政を敷いている訳でもない。公開処刑でなくても、この時期に誰かに暗殺されるか急死したら、あんたが命じて殺させたに違いないとか勘繰る連中が出てくるわ。

 それを国民が信じ込んだら後々面倒よ。あんたがサウロン公爵領と穏当に付き合えるならだけど」


「そして、ヴィーダルの方はあの態度でしたからね。さすがに土下座して全てを差し出すと言っている相手を処刑する程の理由はありません。しかし、なんであんなに卑屈になったのでしょう? 俺、あいつにはまだ何もやっていないのですが」

「あたしが知る訳ないじゃない」

『それはおそらく、我々が奴を救助した際、ヴァンダルー様の力に気がついたからではないでしょうか?』


 音もたてず部屋に入ってきたシルキーの言葉に、二人は「なるほど」と納得した。

 サウロン公爵家の屋敷にいたヴィーダルは、避難の際にヴァンダルーやその仲間の力を目のあたりにして心が折れ、今日にいたるまでそのままになっていたのだ。


『あの時は我々も余裕がなく、お客様のようにおもてなしをすることは難しかったので……やや雑に扱いましたし、なおさらかと』

「そういえば、サウロン公爵領には即刻降伏するようにって報せを送ったと言っていたわね」

「心が折れたとはいえ、貴族とは思えない思い切りの良さと行動力ですね。若干ですが、見直しました。

 それでエリザベス様、サウロン公爵領をどうしたいですか?」


 若干ヴィーダルを評価してから、ヴァンダルーはエリザベスにサウロン公爵領に対する今後の方針を尋ねた。

「だから、それはあたしの手に余る話よ。そりゃあ、最終的にはサウロン公爵になるのを目指してはいたけど、最近はもうただのお題目と化していたし。

 たしかに、あんたに頼めば公爵になれるとは思うけど……もう別に公爵になる事に拘らないって、マヘリア達とも話し合って結論を出したの」


 母であるアメリアが、サウロン公爵領を遥かに超える国力と軍事力を持つ魔帝国の皇帝の妻の一人になった。この時点でエリザベスにとっては、十分やり返したことになっている。……想像していたより気持ちよくなかったが、ヴィーダルに土下座させることもできたし。


 もしエリザベスが大勢の賛同者を率いる派閥の長だったら、彼女個人がそう納得しても止まる事はできなかっただろう。今まで尽力してくれた賛同者や援助者を無下にはできない。

 しかし、主に援助していた後ろ盾は彼女の肉体を狙っていた現在入院生活中の前リームサンド伯爵と、その彼の取り巻き。そして、マヘリア以外に従っていたのはゾーナやマクト達である。


 彼女達も、当然エリザベスに異を唱える事はなかった。


「なるほど……では、後はルデルの出方次第ですね。ルデルが引退して公爵領の主権をエリザベス様に差し出すなら、エリザベス様に名目上公爵になってもらうというのが妥当だと思いますが」

「……公爵って、名目だけで済むものなの?」


「大丈夫です、ヘッドハンティングした優秀な文官に実務をさせますから。吊っただけで、首は繋がっていますけど。

 あと、必要なら俺が手伝います」


『旦那様、言っても無駄なのは分かっていますが働きすぎです』

 こうして、サウロン公爵領に対するヴィダル魔帝国の方針は大まかに決定されたのだった。




 その頃ヴィーダルからの報告書を受け取り、発狂していたルデルは「そんな馬鹿な事があるか!」と報告書を破り捨てていた。

 そしてポルボーク将軍や呼びつけた魔術師ギルドのギルドマスターに、ヴィダル魔帝国という名の旧スキュラ自治区対策を練らせ、諜報組織にオルバウムが現在どうなっているのか情報を探らせた。


 オルバウムで起きた事を自分の目で見ていなかったルデルは、心が折れることもヴィーダルの報告書や、既に報告を行っている諜報組織からの情報を信じる事ができなかったのだ。

 ただそのまま暴走してファゾン公爵領との協力体制や、本来敵国であるアミッド帝国と独自に同盟を組む等という極端な手に出る事はなかった。


 何故なら、ヴィーダルの報告書を目にしてヴィダル魔帝国に対して狂乱したのはルデルやその側近達だけ。そして怒りを覚えていたのは、旧スキュラ自治区奪還作戦の時アルクレム公爵領が自分達を裏切っていた事を知った将や文官達だけだったからだ。


 サウロン公爵領の多くの一般市民達は、ヴィダル魔帝国の事を素直に歓迎していたのだ。そして魔王グドゥラニスを討伐したヴァンダルーを称えた。

 なぜなら、サウロン公爵領は歴史的に『生命と愛の女神』ヴィダへの信仰が盛んな土地だ。ヴィダに祝福され、称えられた皇帝が治める国を敵対視する理由がない。


 ヴァンダルーが従えるアンデッドやデーモンを見れば掌を返す者もいるだろうが、一般市民は伝聞でしか聞いていないため、あまり印象に残っていない。もしくは、魔王を討伐する『救世主』に従うアンデッドやデーモンなのだから、特別なアンデッドやデーモンなのだろうと思い込んでいるのだ。

 ヴィダの新種族に関しても、実際に見ていないのでやはり印象が薄い。


 いや、「ヴィダがそれを認めたのなら」と逆の方向に掌を返しかねない。それだけサウロン公爵領の人々にとって、魔王グドゥラニス討伐という偉業とヴィダからの賛辞を受けた『救世主』というインパクトは大きい。

 では、旧スキュラ自治区を奪われ何年も争ってきた事を民は忘れたのかというと、そうではない。民たちはしっかり覚えている……アミッド帝国とルデル・サウロンの失政として。


 旧スキュラ自治区が最初に奪われたのは、サウロン公爵領を占領していたアミッド帝国によるものだ。だからアミッド帝国が悪い。

 その後、何度攻めても取り戻す事ができなかったのはルデル・サウロン公爵が悪い。税が上がったのも、息子や兄弟を徴兵に取られたのも、全て公爵が悪い。


 『地球』の現代日本だったら、原因は勝手に旧スキュラ自治区を実効支配しているヴィダル魔帝国側にあると理解する人々も多いだろう。

 しかし、この世界の多くの人々は政治に関心がない。貴族に金を貸すような大商人や、神殿でも上位の地位にある者、A級やB級の上位の冒険者、学者などの数少ない知識人等でなければ、政治に関わる機会がないのだから無理もない。


 そして、そんな人々に情報を知らせるメディアもない。せいぜい吟遊詩人の歌や行商人の雑談だ。街なら商業ギルド等が発行している新聞もあるが、その情報量も現代『地球』のメディアには遠く及ばない。

 そのため、多くの一般市民は経緯を考える事ができず誤解したままになる。


 エリザベスはルデルの統治を「良くも悪くもない」と評したが、それはヴァンダルーと敵対しない場合での評価だ。敵対する事を選んだら、民の評価はマイナスに向かって一気に傾くだろう。


 ルデル達は一般市民の誤解を解こうと考えたが、それも悪手である事にすぐ気がついた。誤解を解くという事は、『救世主』であるヴァンダルーを非難する事になるからだ。

 こうなると八方塞がりである。『ラムダ』世界の多くの国同様専制君主制を採っているサウロン公爵領だが、軍が弱っている状態で民にそっぽを向かれれば支配体制を維持できない。


 そうしてルデル達が思案している間に、ヴィーダルの報告書以外の信頼に足る情報が揃ってくるにつれて、ルデルの精神状態は発狂から諦観に似た絶望へと変化していった。

 『旧スキュラ自治区の死神』や、『首狩り魔』等の連中だけでもサウロン公爵軍は負け続きだった。それに加えて他者に変身する個体を含む複数の強大なヴァンパイア、空を飛ぶ蛇体の龍、空を飛ぶ巨大幽霊船に選王城より巨大な骨の群れに、拳でランク10前後の魔物を殴り殺す魔人族やゾンビ……そして数百匹以上のデーモンの群れ。


 とても敵対してどうにかなる戦力ではない。長年の敵国であるアミッド帝国と同盟を結ぶという歴史的偉業を成し遂げたとしても、オルバウム選王国の他の公爵領と国境を接しているのがミルグ盾国からサウロン公爵領に移るだけ。

 後は旧スキュラ自治区とアルクレム公爵領から挟撃されて磨り潰されるのみ。


「命からがらアミッド帝国軍から逃亡し、必死に家督争いを勝ち抜き、懸命に統治してきた最後がこれとは……こうなると分かっていれば最初からエリザベスにくれてやったものを!」

 玉座に拳を叩きつけたルデル・サウロンは、その後力なくペンを握りサウロン公爵位を辞し、エリザベス・サウロンに公爵位を譲る旨を書類に記したのだった。




 十二の公爵領と選王領と評される中央の十三の領で構成されるオルバウム選王国。その中でヴィダル魔帝国に対する態度を決めていないのは六。


 アルダ神殿関係者が起こした騒動によって出遅れたアーサッバ公爵領。

 現選王を輩出したコービット公爵領。

 ジャハン公爵領の南にあり、バーンガイア大陸東部の海に接しており、ペリア信仰が強いジソン公爵領。

 選王領のすぐ東にあり、ジソン公爵領の横にあるボティン信仰が比較的強いゼクトーア公爵領。

 選王領の真南にある信仰よりも商業や芸術に熱心なピルッチコフ公爵領。

 そして、人間社会ともヴィダの新種族とも公平に付き合ってきた……逆に言えば日和見主義のレクスト公爵領。


 まずコービット公爵領は当主である選王が公爵領を治めていた代官の息子を説得し、ヴィダル魔帝国側についた。そしてジソン公爵領、ゼクトーア公爵領も地勢的な理由でヴィダル魔帝国側に。

 アーサッバ公爵領は国内のアルダ神殿勢力の力が大きいため、ジャハン公爵領と同じく中立を宣言した。……ジャハン公爵領が中立でなくなった後も、中立の姿勢を保っているかは不明だが。


 ピルッチコフ公爵領は、暫く中立的な立場で他の公爵領とファゾン公爵領の間に立ち、商業的な旨味を得ようと画策した。しかし、ファゾン公爵領の反ヴィダル魔帝国姿勢が想定していたよりも強硬で、中立的な立場であっても認めないと通告されその思惑は頓挫してしまう。そのため、遅れてヴィダル魔帝国側に就く事を表明した。


 そしてレクスト公爵領は、やはり日和見主義を続けようとしたがビルギット公爵領や領内のヴィダの新種族にせっつかれ、世論に押される形で最後に親ヴィダル魔帝国を表明した。


 これにより、反ヴィダル魔帝国派はファゾン公爵領のみ。中立派アーサッバ公爵領、そして後に親ヴィダル魔帝国派になる事が予定されている暫定的中立にジャハン公爵領。残りのそれ以外の公爵領が親ヴィダル魔帝国派となった。


 各公爵領によって態度には温度差があり、レクスト公爵領など内心渋々なのが透けて見えるようだが……こうしてオルバウム選王国のアルダ信仰が廃れ、ヴィダ信仰が盛り返す環境が整い始めたのだった。




 その頃、オルバウムの再建と復興やジャハン公爵領への布教活動と並行して、魔王の大陸や魔大陸では【魔王の記憶】の有効利用が行われていた。


『意外な事に、大陸の形があまり変わっていませんね。多少端が欠けていたり、逆に海底が隆起していたりはしますが』

『魔王の大陸はベルウッド達が一度更地にしたと聞いていたので、半島が消滅したり、大陸が割れたりしているかと思ったのですが』


『多分、表面を更地にしただけだったのでしょう。地下深く掘り返して耕さなかったのではないかと』

『ああ、だからまた魔境だらけになったのか。地下深くにある洞窟等の魔素を見過ごしたのかも……』

『そして魔境に覆われたため、結果的に何万年もの時間の流れの影響をあまり受けなかったと。おかげで発掘作業がはかどりますね』


 鋭い鉤爪の生えた腕を持つモグラ型やケラ型、巨大な鋏を生やしたカニ型やエビ型、太い角を持つカブトムシ型やクワガタ型、ブルドーザー代わりの牛型の使い魔王達が話しながら発掘作業を進めている。

 ヴァンダルーに喰われ吸収された【魔王の記憶】は、既にヴァンダルーの魂と融合している。そのため、ヴァンダルーはグドゥラニスの記憶を自分のもののように思い出す事ができた。


 それを利用して、ヴァンダルーは神話の時代の遺物の発掘作業を使い魔王に行わせていたのだ。ただ魔王の大陸はまだまだ魔物だらけで、戦闘用ではない使い魔王だけでは作業に支障が出る。

『ヴァンダルー、あまり作業範囲を広めないでくれないか? 目が届かなくなる』

 そう言いながら巨大な矛で魔物を貫いたのは、『月の巨人』ディアナだ。彼女以外にも『山妃龍神』ティアマトとバクナワが護衛として魔王の大陸に来ていた。


『ありがとうございます。気を付けますね』

『それと、変身装具の使い心地はどうですか?』

 この日ディアナは普段纏っている鎧ではなく、ヴァンダルーが作った真なる巨人用変身装具を身につけていた。レオタード状の本体に、深いスリットの入ったスカートと見た目の露出度は高い。鎧部分は額を守るティアラと、肘や膝上より上まである長手袋とニーハイソックスの上に拳や足を守る籠手やブーツくらいしかない軽装仕様だ。


 おかげでディアナの、体のサイズが人間と同じだったら整っているだろうプロポーションが装具の上からでもよくわかる。白い艶やかな肌に、豊かな胸の膨らみ、腰は括れて脚は綺麗に伸びている。


『そうだな……軽装すぎやしないだろうか? 以前の戦装束も重装ではなかったが……これは少し薄すぎだと思う』

 そう言って頬を赤らめ視線を逸らすディアナの顔を見上げながら、使い魔王達は遠い目をして応えた。


『すみません、技術的限界です』

 真なる巨人は龍や獣王と同じく巨大である。ディアナも約百メートルの、人間から見ればかなりの巨体であるため、変身装具を作るのに必要な材料は莫大であった。そして、作るのに必要な手間はさらに莫大だった。

 正確に言うと、作る部分が巨大すぎて手間を惜しまなければいくらでも……何年でも作り続けられる状態だった。


 防御力強化、結界生成、筋力補助、瞬発力補助、耐刃、耐衝撃、耐寒、耐熱、耐電、耐毒、耐光、耐病、自己修復、変形速度上昇、他の変形パターンの追加、水中活動可能化、飛行能力付与……もう考えられる機能をできるだけ高性能に詰め込んでも、まだまだ余る。

 なにせ、人間用の技術だ。真なる巨人用変身装具にはその何百倍、何千倍の容量があるのだ。


 そのため、ヴァンダルーは変身装具の容量を減らして完成させることにしたのだ。……決してやましい理由ではない。

『兄や兄の子らは軽装を好むが、その影響か?』

『いえ、技術的限界です。ですが、装飾を増やす事はできます。どうしますか?』


 重ねてそう答え、さらに露出度を減らす事を提案する。しかし、ディアナは『それよりも』と言って、変身装具を纏った姿をよく見せるために、使い魔王達の前でくるりと回って見せた。スカートが翻り、風が吹き、体長五メートル程の重機代わりの使い魔王達がちょっと揺れる。


『それよりも、お前から見て今の私はどう見える?』

『可愛いと思いますよ。それに脚線美が眩しいです』

 新しい服を着てはしゃいでいる様子のディアナは、人間の女の子と変わらないようにヴァンダルーには見えた。なお、脚線美を褒めたのは使い魔王を通して彼女を見ているヴァンダルーが見えるのは彼女の脚だけだからだ。


『そ、そうか。やはり悪い気はしないな。お前もゼーノの遺骨をくれる事を了解してくれたのだし……』

『ん? いえ、別に変身装具を受け取ってくれなくてもゼーノの遺骨は譲りましたよ?』

 『巨人神』ゼーノの遺骨を、ディアナは先日ヴァンダルーに求めた。しかし、ヴァンダルーは変身装具を着る交換条件としてそれを提示したつもりはないので、そう訂正した。


『本当か!? ま、まあ、お前はグドゥラニスを倒す程の英雄だ。兄やティアマトも前から言っていたが、英雄ならそういうものだな、うん』

『んん?』

 何か大きな誤解が発生しているような気がする。ヴァンダルーはそう思って尋ねようとしたが、その前にバクナワが地響きを立てながら駆け寄ってきた。


『パパ! パパが動かなくなっちゃった!』

『おぶ』

『バクナワ! 今、ヴァンダルーの分身を踏んだぞ!?』

『あ、ごめんね、パパ。踏んじゃった』


 カニ型使い魔王を踏み潰してしまったバクナワの手には、ぴくぴくと小刻みに痙攣するだけになったカブトムシ型使い魔王がいた。


『ああ、急に接続が切れたと思ったら握り潰してしまったのですね』

『パパ、このパパ治る?』

『うーん、無理ですね。脳が潰れています』

 一応護衛としてティアマトとついてきていたバクナワだが、彼はまだ精神的に幼い(実際、生まれてから約一年)なので、仕事ではなくピクニック気分だった。そしてヴァンダルーも、バクナワを連れてきたのは、オルバウムに連れていけない息子を遊びに連れ出すためだった。


 そして、バクナワが持っていた使い魔王はバクナワの玩具用に創った使い魔王である。頑丈さを重視して作ったが、わんぱくな息子のやんちゃには耐えられなかったようだ。

『そっか……ごめんね、パパ』

 使い魔王が蘇らない事を知ったバクナワは、悲しそうに俯きながら使い魔王の亡骸を胸元に持っていき……首元から腹まで縦にある大きな口でペロリと食べた。踏みつぶしてしまったカニ型使い魔王も、口から延ばした舌で殻の破片も残さず舐めとって食べてしまった。


『バクナワ、命の尊さが分かりましたか?』

『うん、パパ。もうパパを間違って壊さないようにするね』

『分かればよろしい』

『なんだか、見ていると不安を覚えるのだが……考え直そうかな?』


 ペット(使い魔王)の死を悲しみ、一歩大人になったバクナワを見て何故か小声で呟くディアナ。何十メートルも上空の呟きはヴァンダルーの耳には届かなかった。

『では、代わりの使い魔王を用意しますね』

『わ~いっ!』

『でも、まずは一度本体を呼ばないと……おや?』

「……おや?」


 使い魔王を創る事ができるのは、ヴァンダルーの本体だけだ。使い魔王が自力で新しい使い魔王を創る事はできない。……最初から分離できるようにすれば数は増やせるが、それは新しく作ったわけではない。

 そのため、本体をグファドガーンに頼んで【転移】させてもらおうと思ったら、使い魔王の影から本体が生えてきた。


『もう【転移】してきたのか?』

「いえ、移動しようと思ったらいつの間にか……推測しましたが、【装魔界術】によるものですね。どうやら、使い魔王も【装魔界術】スキルを使えるようになったようです」


『つまり、これからは使い魔王がいる場所に本体や人や物を【装魔界術】で移動させ、逆に使い魔王が人や物を本体や別の使い魔王の場所に送る事もできるという事です』

「すごく便利になりました。お手柄ですよ、バクナワ」

『すごいや、パパ。ありがとう』


 ボリボリとカニ型使い魔王を咀嚼しているバクナワを褒めるヴァンダルー。これで、ますますヴァンダルーのフットワークは軽くなった。元々使い魔王との接続に距離の制限がなくなっていたので、彼はその気になれば世界中に使い魔王を配置して、自由に……それも【体内世界】に存在する者ごと……飛び回る事ができるようになった。


『すごいが、そのうち本体の数も増やしてしまいそうだな』

「本体の数を増やす……試してみますか」

『……口を滑らせてしまったかもしれない』


『ヴァンダルーや、見つけたぞ!』

 新たな禁忌にヴァンダルーが挑もうとした時、バクナワを追いかけてきたティアマトが何か小さなものを手にしてやってきた。


『ゼーノの骨じゃ! 坊やが飲み干した沼の底の泥の中にあった!』

 十万年以上前に途切れている魔王の記憶を参考に発掘できるものは限られている。それは戦いで地中深く埋まっていたオリハルコン製の武具やその破片、そして『巨人神』ゼーノや『龍皇神』マルドゥーク、『獣神』ガンパプリオの骨である。


『妾の指先程もない程度の小さな欠片じゃがな』

「ありがとうございます、ティアマト」

『うむ、ではこの骨に血を――』

『ティアマト!?』

「それはダメです。ゼーノの骨はディアナが欲しがっていましたから」


 そう言うと、ヴァンダルーは【飛行】でティアマトの手の上に飛び上がり、ゼーノの骨片を両手で持ち上げてディアナのもとに持っていった。

『あ、ありがとう……ヴァンダルー、骨以外にも今すぐ必要な物があるのだが、良いか?』

「俺に用意できる物なら」


 てっきり父親であるゼーノを弔うために、もしくはお守りとして骨が欲しいのだろうと思っていたヴァンダルーだったが、ディアナの要求に特に深く考えず頷いた。

『血と骨と肉と内臓……できれば重要な臓器が欲しいのだが』

「それは俺のですよね? うーん、重要な臓器……【魔王の心臓】はまだないのですよね。脳でいいですか?」


 そう言いながら、ヴァンダルーはディアナの手に血を注ぎ、生やした骨や肉を渡し、さらに【魔王の脳】で作った脳を乗せた。

(……あ、この光景は前にもありましたね)

 そう気がついたヴァンダルーだったが、ディアナは『たしかに受け取った』というと、掌に乗ったヴァンダルーの血や諸々を口にすると、次いでゼーノの骨を飲み込んでしまった。


『これで、暫く経てば私達の子供が生まれるはずだ。私は母神としての権能はティアマト程ではないから必要な物が多くなってしまったが、【魔王の欠片】が集まっていてよかった』

「ですねー」

 どうやら、ヴァンダルーは二児の父になったようだ。満足げに下腹部を撫でるディアナに、(まあ、俺も今年で十三歳。二年早まっただけだと考えましょう)とヴァンダルーは納得した。


『パパ、僕に妹か弟ができるの?』

「そうですよ、バクナワ」

『もうすぐお兄ちゃんじゃな。ディアナは月を司る巨人じゃ、タロス程ではないが生命属性との関係も深い。きっと良い子が生まれるじゃろう』


 神話の時代から生きる亜神たちの結婚観は、現代の人とはかけ離れており、ディアナもその例外ではないのだった。


次話は3月15日に投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
ルデルくんの勘違いしてる点。 アメリア・エリザベス母娘が居ないor真っ当に保護してたとしても、結末は変わらんのよ。 イリス達レジスタンスへの扱いのツケがあるからね(失笑)
ヴィダの新種族達も、案外こんなノリで発生したのだろうか?
[一言] 中立宣言するって勇気ありますよね 宣言しないで判断引き延ばすならわかるけど 宣言するってことは 新しい勢力に屈さない←わかる 新しい勢力に屈した連中と縁を切る←わかる ついでに屈してないこれ…
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