三百六十三話 混沌は秋まで居残る模様
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グドゥラニスが倒されてから一週間の時が流れた。オルバウムでは信じられない早さで街の再建が進み、街を守る城壁や城門、各ギルド施設は元通り再建され人々の間に安堵の表情が戻り、活気が出始めている。
しかし、住宅事情は大きく変わった。
『おいおい、ここに住みたいって本気かぁ?』
「はい! お願いします!」
『クソガキ共、ここに住み続けるってことはもうお客さんじゃねぇ。ここで働くって事だぜ? 分かってんのか?』
「分かっています! 甲板掃除でも何でもします! どうか置いてください!」
『俺からもよろしくお願いします』
クワトロ号の甲板で、十代から二十代の若者達を前に『死海四船長』達は腕を組んで考えこんでいた。彼等は、クワトロ号が救助した者達の一部だ。
話を聞くと、彼らは商人の下働きや使用人見習い、そしてチンピラの下っ端等をしており、職場での扱いがかなり酷くまるで奴隷のようにいびられていたらしい。
そして救助された事で酷い主人から離れる事ができた彼らは、この機会を活かして主人の元から逃げ出して新しい人生を掴もうとしているのだ。
しかし、前の職場より楽そうだから、という理由で転職を希望してくるものを易々と受け入れられるほど『死海四船長』達は甘くない。
『ここでの仕事もそんなに楽じゃありませんよ。なにせヴァンダルー様は、強権を振るう事に躊躇を覚えないお方です。そして、このクワトロ号は軍船でもあります。いざとなれば船と命運を共にする覚悟は当然必要です』
「もちろんです!」
『一応戦闘訓練も受けてもらうが、下働きから始めるお前達に活躍の場はないと思え。さらに、ヴァンダルー様の命により平時は一日八時間勤務が強制されている! しかも週一日は休日を取り、それ以上働いた場合残業や休日出勤手当を受け取ってもらう! 嫌とは言わせん!』
『ククク、今回のような非常時にかぎり制限は免除されるが、それでも後日手当を受け取る事になる。我々のように無制限に働くのは、管理職の特権だ! 貴様らには十年早いと思え!
代わりに保証できるのは、一日三食の飯と四人一部屋の寝床だけだ! 女だろうと特別扱いはしない! どうだ、これでもここで働きたいのか!?』
「「「はい、よろしくお願いします!」」」
オルバウム選王国の、それも酷い部類の商人の下働きや貴族の使用人の労働条件は、一日十二時間以上の労働は珍しくなく、休日は基本無し。手当なんて出るはずもない。
そして一日二食が普通で、寝床も複数の人間で同じ部屋を使うのは常識だ。
そしてチンピラの下っ端などは、その日の食べ物に苦労する事も珍しくない。
そんな生活を送ってきた彼らにとって、『死海四船長』が提示した条件は、天国のようなものだった。
『ならよし! 早速今日から働いてもらうぞ! てめぇらの前の雇い主の所には、俺達から連絡を入れておいてやる』
『さあ、甲板に出なさい! 早速甲板掃除をしてもらいますよ!』
はい! と元気よく新船員達が甲板に上がっていく。その後ろ姿を見送った使い魔王は、首……はないので、巨大な眼球を回転させて尋ねた。
『思っていたよりも簡単に許可を出したようですが、良いのですか?』
『いや、良いもなにも、『俺からもよろしくお願いします』ってボスに言われて断れるわけがないでしょう』
使い魔王の本体、ヴァンダルーは彼らにとって絶対の主であり、クワトロ号にとって創造主である。『よろしく』と言われたら、よろしくしないといけないのだ。
『それはそうでしたね。……それより船長、俺は管理職の残業は制限をつけないと言いましたが、休日は取る規則のはずですが?』
『はっ!? しまった……!』
『今週から交代で休みを取ってもらいますからねー』
使い魔王は触手を伸ばすと、『死海四船長』達を拘束して引きずっていく。
『ア、アンデッドに休めとは殺生なぁぁぁー!』
クワトロ号以外の避難所でも、外に出たがらない人々は意外に多かった。シルキー・ザッカート・マンションでは、扱いが酷かった貴族家からの転職を希望する者が続出し、「必要なら今すぐアンデッドになります!」と言い出すメイドまでいて、慌てて止める騒ぎになった。
……「家の者を引き抜くつもりか!」と怒鳴り込む貴族には、慌てることなく対処したが。
避難用ダンジョンも、空がない事などを除けば内装が建造物風で必要最低限だが家具まで揃っているので、貧しい生活をしていた者には、外よりも暮らしやすい。そのため出たがらない者や、出た後もここで暮らしたいと希望する者も少なくなかった。しかし、やはりダンジョンなので長期間住むには、魔物の間引きを行わなければならない。ヴァンダルー製のダンジョンでも、魂が宿っていない魔物は発生する。そして、それを駆除しないまま放置すると外にあふれ出てしまう。するとダンジョンから出た途端外を漂う霊が宿って、魔物本来の凶暴性を発揮して暴れだしてしまうのだ。
そのため、希望者には悪いが避難所から出てもらい、急ごしらえの仮設集合住宅クノッヘンハウスに住んでもらっている。備え付けの家具も骨製で、時々何処からともなく『おぉぉん』という鳴き声が聞こえる事以外は快適で、白一色であるため清潔感もある仮設住宅である。
上級下級両方の貴族街では、貴族達による財産の発掘作業が急ピッチで進んでいる。家宝の品や絵画などの芸術作品、そして貴族としての地位を保証する財産や、後ろめたい隠し財産もあるので彼らも必死である。
もっとも、ウルゲン・テルカタニス宰相の屋敷は衛兵達によって発掘され、家具の残骸すら残さず国庫の足しにされる事になった。
他にも、コービット選王は実家であるコービット公爵家の別邸の残骸から発掘した財産と土地を復興のための資金にすると発表し、他の公爵家の別邸やドルマド侯爵家や他の中央の貴族もそれに倣ってそれなりの財産を寄付している。
そして開発計画が進む旧スラム街は既に建造物が完成し、内装工事も完了。元々オルバウムで営業していた各商会が、貸店舗に熱い視線を送っている。
地区の名前は計画の立案者が強固に抵抗した事と、政治的な理由でヴァンダルー街と名付けられることは避けられた。結果、ザッカート街と名付けられた新商業区は、事件と共に崩壊したオルバウムの経済を立て直す柱になるだろう。
なお、ここにヴィダル魔帝国のアンテナショップが配置される。複数の屋台が並び、屋台料理が食べられる広場には、デーモンやアンデッド、そしてヴィダの新種族の店主や店員が営業する屋台が並ぶ予定である。
このザッカート街がオルバウムにおけるヴィダル魔帝国街となり、選王国に国家交流を促す一大施設となるのだ。
そして、セレンと彼女の護衛を頼まれていたA級冒険者パーティー『轟く剣戟』達は、ファゾン公爵領へ一旦戻る事になった。
ナインロードによって何処かへ去った『五色の刃』からの連絡がなくなったため、ハインツ達個人とアルダ融和派ともに関係の深いファゾン公爵領に戻り、連絡を待つそうだ。
それを聞いたヴァンダルーは、「それは良かった」と正直に言い、安堵した。何故なら、アルダや『五色の刃』の評判を落とすよう、コービット選王を始めとした主だった貴族や神殿関係者に依頼している。そのため、『五色の刃』の縁者であるセレン達がオルバウムに留まり続けると、嫌な思いをする事になるからだ。
念のためだが、暴動やアルダ信者を狙った襲撃事件に発展しないように調整するよう要求しているし、ヴァンダルーへの得点稼ぎのつもりでセレン達への攻撃や暗殺を企む事のないようにとは言ってある。後者の場合は、「実行した場合、全身の骨をクノッヘンに生きたまま抜かせる」とまで明言した。
ヴァンダルー自身も、目を光らせるつもりだ。ただ完全に思うようにならないのが世論であり、人である。
「今までお世話になりました」
緊張か、感情を隠すためか、幼さを硬い表情で覆い隠して挨拶するセレンに対して、ヴァンダルーは普段通りの様子で応じた。
「いえいえ、あなた達が避難した避難所を運営していたのはジャハン公爵です。俺は特別な事は何もしていません」
心穏やかに応答出来ている事に、ヴァンダルーは内心驚いていた。『五色の刃』が近くにいないというだけで、セレンにもハインツの仲間に対しても何の怒りも嫌悪も、そして苛立ちすら沸いてこない。
もっとも、虚ろな無表情で平坦な口調のままのヴァンダルーの心情はセレン達に読み取れるわけがなく、冷たく拒絶されているのか、ただ事務的に対応されているだけなのか判断する事はできないのだが。
「差し出がましいかもしれませんが、餞別を用意しました。受け取ってください」
そうヴァンダルーが言ったのを合図に、【転移門】が開いて空間に開いた穴から四頭立ての馬車が出てくる。
もちろんサムではない。ただの馬車と、四頭のごく普通の馬車馬だ。
「荷台には生活必需品なども入れてあります。よろしければどうぞ」
「これはありがたい。町がこの様子で、旅に必要な物を何処で手に入れるか悩んでいたんだ」
『轟く剣戟』のリーダーであるレンブランが、驚いた様子で感謝の言葉を述べる。今のオルバウムでは馬車はもちろん、旅に必要な物資を調達するのは難しく、近隣の街や村でもオルバウムの復興に使うために買い集められているので品薄になっている。
ヴァンダルーも、【転移】を利用してモークシーの街で用意した程だ。……それだけセレン達にスムーズにオルバウムから旅立ってほしいのだが。
「っ!? これは……棺?」
幌に覆われた荷台を覗き込んだ『轟く剣戟』のメンバーが、旅の荷物が纏められている場所とは別に置かれた棺に気がついた。
「『灰刃』のエドガーの遺体です。魔術で保存してありますから、ファゾン公爵領かどこかで葬るといいと思います」
六道に胸を貫かれ、頭部をヴァンダルーの魔術で吹き飛ばされ、地面に落下したエドガーの死体。ヴァンダルーはそれを戦いが終わった後回収していた。
そして魔術でエドガー本人の死体だと分かる程度に修復し、棺に納めて保存していたのである。
「エドガーお兄ちゃん!」
エドガーの名を聞いたセレンが、走り出して馬車の荷台に飛び乗るように入って行った。
「……ご厚意、痛み入る」
レンブランがセレンの代わりにそう言って頭を下げるが、ヴァンダルーは「いいえ」と首を横に振った。
「大した手間でもないので、気にしないでください」
エドガーの死を確実にすることで、『五色の刃』に対する人々の期待を盛り下げたり、出てきたら面倒な偽物が発生するのを防いだり、そして関係が悪い人物でも遺体は丁重に扱い無差別にアンデッドを作るわけではないという美談にする目的もある。セレンなど、エドガーの友人知人の事を哀れんだからだけではない。
それに何より、エドガーの魂はもうヴァンダルー自身が喰らって滅ぼしている。死体だけあっても復活の可能性は無い。
アンデッドにするとしても、中身は別人の霊を使わなければならないので性能は格段に落ちる。なにより、ジェーン・ドゥをハインツ達に見せているので、マルティーナの二番煎じは通用しないだろう。
「だとしても、感謝する。……こういっては何だが、あんたは我々の事も憎んでいると思っていた」
六道が出現し、グドゥラニスが復活した事件の時は避難所を利用し、ヴァンダルーの仲間と共に戦ったレンブランだったが、それは状況が混迷していたから可能だった事だと思っていた。
何故なら、以前ヴァンダルーが使い魔王を通してハインツ達に「オルバウムに来るな」と警告した時に、その場に居合わせていたからだ。
蟹に似た使い魔王から放たれる冷たい拒絶の意志。そして意識が飛び、体が勝手に動くほどの激怒。それらは彼の心に、ヴァンダルーにハインツの仲間である自分達も憎まれていると思い込ませるのに十分な衝撃だった。
そんな彼は、ヴァンダルーがハインツ達の評判を落とすようコービット選王達に要求している事を知らない。しかし、知ったところで苦笑いを浮かべるだけだっただろう。何故なら、ハインツ達の評判は何もしなくてもこれから落ちていくからだ。
ヴァンダルーと『五色の刃』が復活したグドゥラニスと戦い、エドガーが犠牲になるも魔王を倒す事に成功した。あの戦いで何が起きたのか、オルバウムの多くの人々はその程度しか知らない。
しかし、魔王が倒された時祝福したのは『法命神』アルダではなく『生命と愛の女神』ヴィダであり、祝福されたのはハインツではなくヴァンダルーである事は誰もが知っている。
そして、ハインツを含めた『五色の刃』は戦いが終わった後オルバウムから姿を消したが、ヴァンダルーは残って再建と復興に惜しみなく(実際には全力というほどではないが)力を尽くしている。ヴィダの新種族やアンデッド、デーモンと共に。
ここまで差があれば、人々は自然とヴァンダルー側に傾く。ハインツ達がS級冒険者であったとしても。神殿の力関係は、建国以前から続いてきた信仰が簡単に変わる事はないだろう。しかし、今回の事件は「簡単に変わらない」事を変えるには十分すぎる衝撃を人々に与え続けているはずだ。
そして、これからヴァンダルー達の影響力がオルバウムに残り続けるならそれは確固たる流れになり、留まろうとする者達を押し流すだろう。
去った英雄と何もしない神よりも、留まった英雄と力を貸してくれる神の方を人々がありがたがるのは当たり前だからだ。
「俺も、あなた達を憎んでいると思っていましたが、実際はそうでもないようです」
『轟く剣戟』達やセレンは、仇の縁者や仲間であっても、仇ではない。それをヴァンダルーは再確認していた。
ゴルダン高司祭や元『五色の刃』の『緑風槍』のライリーの時は、彼を殺した後も徹底的に彼の社会的評価を貶めた。しかし、今はエドガーに対して同じことをする気にならない。
それは自身が社会的立場を手に入れた事で、他人を貶める行為を外聞が悪いと思うようになったからという理由もある。過度に敵対関係を演出して、オルバウム選王国のアルダ信者の反発を煽らないようにしたいという理由もある。
しかし、一番の理由は、自己の幸福のためだ。
「奴本人や、俺達にした事を『功績』と評価している奴らならともかく、それとは関係なく奴の死を悼む親類縁者や友人知人にまで何か感じるのは、疲れますから。
それよりやりたいことが、山ほどあります」
「ああ、うん、そうだろうな」
「それと、憎んでいないだけで、他には何もないので誤解しないでくださいね。困っているのを見かけたら、他愛もない人助け……避難所への誘導や余裕のある物資を融通する程度ならしますが、気にかけてわざわざ様子を見に行くような事はしません」
「いや、それで十分すぎる程ありがたいが……あんたは自分で思っているよりお人好しだと思う」
そう言われたヴァンダルーは瞼を何度か開け閉めした後、答えた。
「俺の良識に沿って行動しているだけです」
そんな事が午前中にあったその日の昼下がり、ヴァンダルーはザッカート街の屋台広場で相談会を開いていた。復興事業に関する相談事や、工事の陳情、ザッカート街の貸店舗を借りたい商会の売り込み、ヴァンダルー像を建立したいデーモン達の訴え、彼氏がデーモンになったのをどう受け止めればいいのかなどの人生相談等、オルバウムの人々の悩みは多岐にわたる。
そんな人々の相談を受ける相談員の一人を務めていた。……なお、デーモンや従魔のふりをした使い魔王がこうしている間も工事に精を出している。
【ゴーレム創世】で建造物を元通り戻すのがもっとも手っ取り早いのだが、それをすると後々建築関係者が生活に困る可能性があるし、オルバウムの人々にも自助努力をしてほしいし、そもそもここは他国なのでやりすぎはいけないと自重しているのだ。
「いったいどうしてですか、ヴァンダルーさん! 私が何かしましたか!」
「そうです。あんまりです、あなた」
そんなヴァンダルーにまず相談を持ち寄ったのは、涙目のミリアムとアメリア・サウロンだった。
「ミリアム、むしろ俺が何をしたのですかと聞きたいのですが?」
とりあえず一人ずつと思って、まずミリアムに声をかけると彼女はある意味おめでたい事を告白した。
「ジョブチェンジしようとしたら! ……【英導士】と出たんです。導士ですよ、なったら英雄の中の英雄にされて、歴史書とかに名前を残されて故郷に銅像が建つ導士ですよ? アーサーさんでもサイモンさんでもなく、私が! おかしいと思いませんか!?」
ミリアムはなんと導士系ジョブを獲得していた。ヴァンダルーやカナコ、ザディリスに続いて四人目だ。
「アーサーやサイモンが導士になったらおかしいと思いますが、あなたがなる分には『とうとうこの時が来たか』としか」
「なんで!? だって私なんですよ!?」
「そんなに自分を卑下しないで。あなたの活躍は私も聞き及んでいます。とても立派だったそうじゃないですか」
「うう、ありがとうございます。でも……」
居合わせたアメリアに自己評価の低さを嗜められ、励まされるミリアム。しかし、ミリアムは納得できない様子で顔を覆って呻いている。
「最初の頃は俺も『何故俺が』と思ったものです」
「いえ、ヴァンダルーさんは妥当だと思います」
「そうよ、あなた」
「……何故か同意してもらえない」
思わず天を仰いだが、悩んでいる友人のためにヴァンダルーは彼なりの推測を述べる事にした。
「これは俺の推測ですが、ミリアムは以前からアーサー達を纏めていました。そして、オルバウムに来てからはヘンドリクセン達複数の英雄候補のリーダーとして活動しました。その時に、何か説いた覚えはありませんか?」
「説くって、ロドコルテについてヘンドリクセンさん達が困惑して落ち込んでいたので、説得しましたけど……それだけで?」
「それだけで、だと思いますよ。思想を説くなんて、聞いた側次第です。話している側はたいしたことではないと思っていても、聞いた側が感銘を受ける事はいくらでもあります」
ヴァンダルーも、当時ミリアムが何を言ったかは知らない。だが、「神も間違いを犯す」、「神に頼り切らない事と、敬う事は両立する」という思想はこの世界の人々にとって新鮮で新しいものだった。
この世界の住人にとって神は偉大な存在だ。選ばれた英雄に加護を与え、御使いを遣わせる。偉大な知恵や助言を神託という形で与えてくれる。
その神が間違いを犯す、失敗するというのは人々にとって想像しにくい考えだ。歴史的に考えれば、そもそも魔王からこの世界を守るために自分達だけでは力が足りず、異世界から勇者を召喚しなければならない時点で、「失敗している」のだ。しかし、多くの神殿ではこれを「英断」として教えている。
普通の人々でもそうなのだから、神から加護と神託を受けているヘンドリクセン達がより強く神を絶対視するのも無理はない。
しかし、ミリアムはヴァンダルーやダルシア(を通じて時々見るヴィダ)やルヴェズフォル、タロス等を直接知っている。そのため、ごく自然と「神を敬っても頼り切らない」という思想が育っていたのだ。
さらに付け加えるなら、アーサー達ヴィダ派の神々の英雄だけでなく、ヘンドリクセン達アルダ勢力の英雄候補達にもミリアムが認められている事も重要だ。
宗派に関わらず、思想を説き認められたからこそ、ミリアムは【英導士】となったのだろう。
「でも、それだったらアーサーさんだって皆に求められていますし、ランドルフさんだって……」
「アーサーはヘンドリクセン達に説いていませんし、ランドルフ先生は教えを説くどころか基本的に孤高ですから、導士は難しいと思いますよ。
それより、何故導士ジョブが出た事の原因が俺にあると思ったのですか?」
「いえ、ザディリスさんみたいに妙な呪いをかけたのかと思って……」
「……皆導士になれー、ミリアムにはさらに導士ジョブが出ろー」
「うわ~んっ! ヴァンダルーさんの意地悪ーっ!」
走り去るミリアムを、ヴァンダルーは親しみを持って見送った。
「ところでアメリアはどうしました?」
「ザディリスさん達はみんなあなたにキスされたそうなのに、私だけしてくれないなんてあんまりですと、抗議しに来ました」
「アメリア、キスじゃなくて吸血ですからね」
「エレオノーラさんから、吸血鬼の方にとっては、同じようなものだと伺いました」
「いや、それも人によるそうですよ?」
「あなたの場合はそうなのでしょう?」
吸血鬼にとって吸血行為は食事であると同時に、愛憎の表現でもある。ただ、その度合いは個人差がある。ヴァンダルーの場合は……吸血対象による。
空腹を覚えた時に吸血した野盗に対しては、食べられる野草を摘まんだ程度の感覚だったし、ダルシアやベルモンドの血を飲む時は深い感謝と満足感を覚えている。
ザディリス達の血を飲んだときは、必要に迫られたからだがもちろん後者である。
「たしかにその通りですが、体調に問題が出るかもしれませんよ。ザディリス達とアメリアは、体の丈夫さが違います」
具体的には、生命力の数値が圧倒的に違う。ヴァンダルーによってレベリングを受けているアメリアだが、まだD級冒険者にも及んでいない。数か月前まで個室に囚われていたも同然の入院生活をしていた事を考えれば、十分な進歩だが。
「……ほんの少しだけでもダメですか?」
しかし、そう言われては拒否できない。ヴァンダルーは常備しているブラッドポーションを取り出してから、舌を伸ばしてアメリアの首筋の血管に先端を刺して血を吸った。
「あっ……」
「ちょっとっ! 昼間から母様と何をしてるのよ!?」
アメリアが艶めかしい声をあげるのと同時に、彼女の娘にしてヴァンダルーが所属するパーティーのリーダー、エリザベス・サウロンが駆け込んできた。
「きゃっ。ダメよ、エリちゃん。あなたが見るのは早いわっ」
「お母さまっ、そう思うなら屋外でしないでちょうだい!」
「まあまあ、屋外で男女が手を繋いだり脚や蔓で拘束したりされたりするのは、珍しくありませんし」
「脚と蔓はあんただけよ!」
実の母と義理の父兼冒険者パーティーのメンバーを叱責したエリザベスは、「それより!」と強引に自分の要件を済ませる事にしたようだ。
「あのオルバウム中に魔物を放ったあのダンジョン。あれの探索を冒険者ギルドから指名で依頼されたんだけど、どういう事!?」
「ああ、それは俺が頼みました」
「なんで!? あたし達まだ冒険者学校の学生で、制度的にはF級よ!?」
英雄予備校と呼ばれる才能ある少年少女が通う冒険者学校だろうが、冒険者ギルドの制度上見習いである事は変わらない。そのため、生徒は学校が管理しているダンジョン以外に入る事は教師の引率がない限り禁止されている。
「大丈夫です。ランドルフ先生が引率してくれます。冒険者ギルドの方は俺がそれとなく頼んでおきました」
しかし、規則はヴァンダルーの権力によってねじ伏せられていた。
「実はS級冒険者だった先生の引率に、ギルドへの圧力……でもなんでこんな事するの? たしかに、あのダンジョンを調査するのも必要だと思うけど、あたし達みたいな未熟者じゃなくて『ハート戦士団』でもあんたの従魔……部下の人達でもいいじゃない」
エリザベスは英雄予備校の生徒達の中でも優秀だが、まだC級冒険者に匹敵する程度だ。A級冒険者でも簡単に倒せない魔物が出現するダンジョンの調査は荷が重すぎる。……S級冒険者であるランドルフと、ヴァンダルーがいるなら問題ないだろうが。
しかし、それならランドルフとヴァンダルーで行けばいいだけの話だ。エリザベス達がいる必要性がない。
「いえ、エリザベス様達のレベリングになりますし、中止になったダンジョンの長期探索実習の代わりになります」
長期探索実習は、英雄予備校で一週間程ダンジョンの中で過ごす実習である。夏に予定されていたが、今回の事件の影響で中止となっている。
「まだ暫く休校が続くそうですから、その間に力を蓄えて休校明けにアレックスを追い越しましょう。休みの間こそチャンスです」
「あ、あんた……もしかして、まだ学校に通うつもりなの!?」
エリザベス達がダンジョンの調査に必要な理由というか、エリザベス達がいなければならない理由に気がついた彼女は驚いて目を丸くした。
ヴィダル魔帝国皇帝であり、『魔王殺し』の『救世主』であるヴァンダルーはなんと現役英雄予備校生を続けるつもりだったのだ。
「それはそうでしょう。単位を全てとっていたとしても卒業は秋ですし。さあ、首席卒業を目指して頑張りましょう」
「冒険者ギルドに圧力をかけたみたいに校長先生に言ったら、即座に主席卒業できると思うけど!?」
「エリちゃん! そんな横暴な事お母さんは許しません! ちゃんと自分の力で卒業しなさい。エリちゃんならできるわ。ねぇ、あなた?」
「そうですよ、エリザベス様」
「ありがとう。でもそういう事じゃないのよ、お母さま! それと国家運営とか復興事業とかはどうするのよ!? 後その他いろいろやらなきゃならない事があるんでしょう!? 学生なんてやっている暇があるの!?」
「同時並行で進めるから問題ありません。そして、時間は作るので大丈夫です。……幸い、俺の数も増やせそうですし」
おそらくメオリリス校長は今すぐにでも卒業してほしいと考えているだろうが、ヴァンダルーはエリザベスが叫んでも卒業するまで在学し続けるようだ。
オルバウムを占拠する混沌は、最短でも秋まで居残るつもりのようだ。
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〇ジョブ解説:冥界神魔術師 ルチリアーノ著
【死属性魔術師】、そして【冥王魔術師】の上位ジョブと思われるジョブ。上位ジョブのさらに上のジョブを出現させたこと自体は、珍しくない。たとえばヴィガロのような【斧士】、【斧豪】、【大斧豪】等だ。
しかし、ジョブだけではなくスキルを上位スキルのさらに上のスキルまで覚醒させた場合は、大変珍しい。
〇ジョブ解説:冥魔王 ルチリアーノ著
おそらく、アンデッドを大量にテイムしている【魔王】ジョブ経験者が就く事ができるジョブと考えられる。ただ、我々は死属性魔術を使えない魔王という存在が思い浮かばないのだが……グドゥラニスはことさらアンデッドを好んで創造し、使役していたという記録は残っていないので、そういうものなのだろう。
〇ジョブ解説:万魔殿 ルチリアーノ著
体内に軍勢を収納する事ができるジョブか、自身の肉体から戦力として使える分身や僕を創り出す事ができるようになるジョブだと思われる。
どちらも師匠以外が就くのは難しいジョブである。【クリフォト】に就く前にこのジョブに就いていたらどうなっていたのか、若干の興味がある。
次の話は、緩和を3月5日に更新する予定です。
また、3月5日は拙作のコミック版の更新予定日です。よろしければニコニコ静画か、コミックウォーカーで閲覧していただければ幸いです。




