三百五十四話 解放されし邪龍の咆哮
エドガーは『アルダの試練のダンジョン』での戦いで、ヴァンダルーに魂を著しく傷つけられていた。その治療を『法命神』アルダに依頼された『輪廻転生の神』ロドコルテは、エドガーに魔王グドゥラニスの魂の一部を使った。
ロドコルテが何故そんな恐ろしい事をしたのかというと、彼にとってエドガーに使用したグドゥラニスの魂の一部は、脅威や危険を覚えるような存在ではなかったからだ。
グドゥラニスの魂をいくつもの欠片に分ける際に出た、意味の無い微細な断片。いうなら、【魔王グドゥラニスの魂の粉】だったからだ。
魂を金属や木材に例えるなら、裁断する際に出る細かな金属屑やおが屑のようなものだ。当然、そんなものにたいした力はなく、エドガーの魂に施したのも傷口を塞ぐ接着剤代わりに使っただけだった。
その結果は、魂の専門家であるロドコルテの施術はたしかであるため、エドガーは廃人になるか回復しても冒険者として復帰するのは難しいという見立てに反して、しかも短期間で復帰する事ができた。
その後、亜神となった六道聖を転生させるための肉体として、魔王グドゥラニスの肉体の欠片を使った。六道の魂にグドゥラニスの【本能】と【記憶】を移植し、他者の魂を砕かないよう呪いをかけて。
その際も、六道を『ラムダ』に転生させた時は上手くいっていた。
しかし魂の専門家だと見込んだアルダも、そしてロドコルテ自身も誤っている事があった。それは、ロドコルテは通常の魂……人間や動植物の魂の扱いには熟練していても、グドゥラニスのような通常の生物とは異なる存在の、異形の魂の専門家ではないという事だ。
六道の経験の補強や、死属性魔術を開発する助けになるだろうという程度にしか思わなかった【記憶】には、その当時のグドゥラニスの思考や感情が克明に刻まれており、それは六道が【記憶】から情報を引き出した時も変わらなかった。
六道の戦闘の勘を補助し、【魔王の欠片】でできた肉体を操るために必要な潤滑油程度にしか考えられていなかった【本能】は、生き残るために狡猾に六道を誘導し、動かした。六道聖の【本能】ではなく、あくまでもグドゥラニスの【本能】として、生き延びるために。
そして、ロドコルテにとってもっとも計算外だったのは、六道に施した【本能】と【記憶】が、エドガーに施した【粉】とお互いの存在を感知して連携していた事だ。元々は一つの魂だったとはいえ、裁断され別々の存在の魂に宿したそれが通じ合うなど、ロドコルテにとって想像の埒外だった。
そしてグドゥラニスはロドコルテやアルダに気が付かれることなく、六道とエドガーを一つの戦場に集める事に成功した。それからは幾度か失敗したが、六道にエドガーを殺させる事に成功したのだ。
(なんだ、俺から何かが抜けて……俺? 俺は、誰だ? エドガー? ルーク? 何故こんなところで胸に風穴を開けられている? ……ああ、そうだ。俺は冒険者で、今日はハインツと、デライザと、ライリーと、マルティーナとギルドに……)
エドガーの魂の傷を埋めていた【粉】が、六道の魂に吸収されていく。残ったのは深く傷ついたエドガーの魂と、英霊であるルークの魂の欠片だけ。
それも、エドガーの肉体が死を迎えつつあることにより、意識を急速に混濁させていく。
【戻ってくる! 我が意志が、感情が、思考が! わずかだが戻ってきた!】
【粉】を吸収し、融合したグドゥラニスの【記憶】と【本能】は歓喜に打ち震えた。【粉】はたしかに魂を裁断した時に出た屑のようなものだった。だが、その屑は魂の各部分……【意志】や【感情】、そして【思考】、そのほかの様々な部分の一部だったのだ。
【粉】だけなら、ロドコルテが考えていた通り何の力もない……それこそエドガーを微かに強化し、その人格に影響を与えるだけだった。だが、他の魂の欠片と融合する事でそれぞれの部分としての機能を取り戻した。だが、やはり元に戻るには圧倒的に量が足りない。
しかし、それを補う存在は既に用意されている。
『な、なん……だだだあ?』
(なんだっ!? 何が起きている!?)
六道聖は混乱の極致にいた。体が勝手に動き、言葉が思うように紡げず、感情が入り乱れ強烈な吐き気と不気味な高揚感、そして全身が端から欠けていくようなゾッとする喪失感が彼の精神を満たしていた。
『こおれええええはああああああっ!?』
(か、体が……体が遠い!?)
感覚が肉体から切り離されていく。視界が、まるで映像を映し出されているスクリーンを見ながら後ろに下がっているように、遠のいていく。
(どういう事だ!? 私は、魔王グドゥラニスの力を手に入れたのではなかったのか!? そしてこの世界で唯一の神に――)
【そうだ! お前は我の力を手に入れ、この世界で唯一頂点に立つ最強の神となるのだ!】
(この声は、まさか――!?)
遠くなっていく肉体の感覚とは逆にこれまで以上に大きく響いた声に、六道は覚えがあった。ヴァンダルーとの戦いの中で目覚め、しかし自身の理性によって完全に抑えられていると考えていた……思い込んでいた声。
(まさか、貴様はグドゥラニス!? 馬鹿な、何故だ、私はグドゥラニスの魂の欠片を完全に制御できていたはずだ!)
【そう、我は貴様に制御された……されたと偽っていたのだ】
(なんだと!? 馬鹿な、思考や理性を伴わないただの原始的な【本能】にそんな狡猾な真似ができるはずがない!)
【何故そう考えるのだ? 貴様が生まれた世界にも、原始的な生物にもかかわらず生存のための小賢しい知恵を持つ存在は腐る程いるだろう? 例えば、天敵を前にして自身の死を装うなど。
それに、貴様の魂には【記憶】も埋め込まれていた。我の遥か過去の【記憶】にある行動を行った事に何の不思議がある?】
六道はグドゥラニスの言葉に寒気を覚えつつも、納得していた。今まで彼は、ロドコルテから教えられた【魔王の欠片】の知識から、全ての欠片は暴走するしか能のない存在だと思い込んでいた。それこそ、【思考】だとか【知性】だとかそうした魂の欠片以外は、知性らしい知性を持てない状態だと思い込んでいた。
【本能】の欠片が、暴走しているのに暴走していると気がつかれないように……まるで偽死でもしているように、静かにじっとしている事ができるなんて考えもしなかった。
(わ、私を利用していたのかっ!)
【はははははは! 盗人猛々しいとはこの事だ! 我が魂と肉体を利用しようとしたのは貴様とロドコルテではないか! 恨むなら、我を御せなかった自身の無力さ、そしてロドコルテの見通しの甘さを恨むがいい!】
(お、おのれ! このまま復活できると思うな! 肉体の主導権を必ず取り戻してやる!)
絶望の予感が這い上がって来るのを感じながらも、六道はその頭脳でグドゥラニスから肉体の主導権を取り戻す方法を模索していた。
(エドガーの魂に仕込まれていた微細な魂の欠片を取り戻した程度がどうしたというのだ!? そんな塵のようなものを加えた程度で、私から主導権を奪い取り、封じ込める事ができるとでも思っているのか!?)
六道はこの事態を絶望的だと思っていても、まだ詰んではいないと考えていた。何故なら、グドゥラニスに肉体を乗っ取られただけだと思い込んでいたからだ。
あくまでもグドゥラニスは寄生しているだけで、主は自分であるという認識は揺るがなかったからだ。
【取り戻す? 主導権を? くくくっ、何を言っているのだ? まさか、我の声がどこからするのかまだ気がついていないのか?】
(何を言って……まさかっ!?)
破滅的な寒気を覚えながら六道はグドゥラニスの、あの不快な笑い声がどこからするのか周囲を見回そうとした。
すると、気がついてしまった。笑い声はすぐ近く……自分の真後ろ……いや、六道自身の後頭部からする事に。
(馬鹿なっ!? そんな馬鹿な!? 私がっ、私の魂がっ、貴様に同化吸収されつつあるというのか!?)
【そうだとも、六道……いや、我よ!】
六道の後頭部には、グドゥラニスの顔が張り付いていた。いや、そう六道が認識した途端、彼はそれまでの認識が間違っている事に気がついた。
(そんなっ! これはどういう事だ!?)
六道が眼球を動かして自身を見下ろすと、そこには自分の背中があった。そう、後頭部に顔面だけが張り付いている状態なのはグドゥラニスではなく、彼自身だったのだ。
(馬鹿なっ! 貴様はっ、貴様は魂を喰らって吸収する事はできないはず! それに、ロドコルテの呪いもまだ機能しているはずだ!)
【然り! その通りだ! 我はベルウッド達に敗れる前から、魂を砕く事は可能でも喰らう事は不可能だった! そして今は煩わしい呪いが我を縛っている! 力を取り戻す前の魂に直接かけられた呪いを解くことができないのは、我も憎きヴァンダルーと同じだ!】
だがしかしと、グドゥラニスは続けた。
【しかし、六道聖の魂は別だ! 貴様の魂を砕いている訳でも、喰らっているわけでもない! 我はな!】
その言葉で、六道は全ての原因を理解した。
(ロド……コルテ……ロドコルテぇぇぇぇ!!)
六道聖の魂には、ロドコルテによって魔王グドゥラニスの【本能】と【記憶】が埋め込まれた。そう、埋め込まれたのだ。グドゥラニスの【本能】や【記憶】が、六道の助けになるように。まさに、一体となるように。
だからグドゥラニスは、ロドコルテの呪いの影響を受けている今でも、六道の魂に干渉する事ができる。何故なら、グドゥラニスと六道は同じ一つの魂なのだから。
もし肉体の欠片が宿主である人間などにするように、寄生しているだけの場合だったらこうはならなかっただろう。
【そうとも、魂の専門家であるロドコルテのお陰で貴様は我と一つになる栄誉を得たのだ! だが、貴様も我を利用しようとした以上、同罪だと思うがな?】
(私は、私は神だ! 神に……!)
【そう、貴様は神だ! 脆弱な人間の魂ではなく、我の一部として機能する事に耐える事ができる、神の魂だ! 貴様の知恵が、感情が、理性が、我の魂の欠片を繋ぐのだ!】
(そんな事が、認められるかぁぁぁ! グドゥラニスッ、私は、私は貴様の踏み台にはならない!)
六道は魂の主導権を取り戻すべく、全力で立ち向かった。短い間に魂での戦い方を学び取り、グドゥラニスに抵抗しようとする。
【おっと】
それに対してグドゥラニスは大きく引いた。魂の主導権を一気に半ば以上取り戻した六道は大きく安堵した。
(やっ……ぐぎゃあああああああああっ!?)
その六道の魂に戻った部分に、ヴァンダルーの【神喰らい】スキルの効果がのった【死砲】や【虚砲】が炸裂する。
六道の魂がどんな状態なのか知らないヴァンダルーが、不気味な痙攣を始めた六道に攻撃を行ったのだ。
【はぁっははははははははは! おかげで吸収しやすくなった! 六道聖よ、貴様が裏切り利用した者達へしていたように感謝しよう! 我が踏み台となった貴様に! これほど愉快な気分にさせてくれた貴様に!】
思考もままならない状態になった六道は、そのグドゥラニスの声を最期に……グドゥラニスの一部となった。
そして、グドゥラニスの意識は外界に戻った。
『わっ、たしっわれれれれぇぇえええええはあ! ふっ、復活っ! ついに復活したぞ! 我こそは、『魔王』グドゥラニス!』
高らかに自らの名を宣言する。封印される前は、わざわざそんな事をしなくてもこの世界の神と人が恐怖と絶望を浮かべながら叫んだ事を。
醜く汚らしい澄んだ青空と、ぬるくて不快な初夏の大気。それですら、今は爽快な気分だった。ヴィダを降ろしている女や、エドガーの仲間だったハインツが愕然としているのもグドゥラニスの気分を高揚させた。
『くはははっ! 実に――』
「ファイエル」
びしゃりと、グドゥラニスの顔面に血と脳漿、そして肉と骨の欠片が飛び散った。
「え、エドガーっ!?」
グドゥラニスの腕に胸を貫かれたままぶら下がっていたエドガーの頭部が、【魔王の欠片】製の弾丸で吹き飛ばされた。ハインツ達は再び悲痛な声をあげる。
『……トドメをさせて満足か? 魂の抜けた、それも後十秒程でただの死体になる体を殺したかったのか?』
そうエドガーの血肉や脳漿を拭ってグドゥラニスが穏やかな口調で、しかしゾッとする程の殺気を放ったまま訊ねると、ヴァンダルーは銃口を向けたままだが素直に頷いた。
「ええ、お前に効くかどうか分からない不意打ちをするよりも、優先すべき事でした。ただ、魂がないのはどういう事でしょうか? 奴の霊は見ていない……あなたが砕きましたか?」
ヴァンダルーは死につつあったエドガーの頭部を吹き飛ばしたが、その魂を喰らう事はできなかった。
『魂を砕いてはいない。我が魂の微細な欠片を取り出した後、我が魂に逆に取り込んである。六道聖と同じようにな』
「なるほど。……ロドコルテは、相変わらず厄介な事しかしませんね」
ヴァンダルーはエドガーと六道に何があったのか、ロドコルテに何をされたのか詳しくは知らない。ただ、六道だけではなくエドガーにもグドゥラニスの何かが仕込まれていて、彼が六道に殺されたのをきっかけにグドゥラニスが何らかの理由で復活したのだろう。そんな推測をした。
つまり、ロドコルテが悪い。
だが、『五色の刃』達には別の意見があるだろう。少なくとも、エドガーが死んだ原因は自分にあるのは明らかだとヴァンダルーは認識している。何故なら、ロドコルテにエドガーが何をされたにしても、その原因は『アルダの試練のダンジョン』で自分がエドガーの魂を廃人寸前になるまで傷つけた事以外にないからだ。
よって、ハインツ達が自分を睨もうが罵倒しようが構わないのだが、彼らの意見は違うらしい。ヴァンダルーよりも、グドゥラニスへ意識を向けている。彼らが何を考えているのか定かではないが、ヴァンダルーよりもグドゥラニスを優先しているようだ。
(ハインツ達がそう出る以上、グドゥラニスより奴らを殺す事を優先していい理由がない。しかたない、後にしましょう。それにグドゥラニスもヴィダ達の、そして遥か昔の俺自身の仇ですし)
ヴァンダルーはそう諦めると、グドゥラニスへ改めて意識を向けた。
「それで復活したそうですが、それがおまえの本来の姿ですか?」
姿は異形の黒い人型のまま、しかし六道だった頃と比べて目つきが鋭くなり、口の両端は耳まで裂け、より凶悪な顔つきになっている。
しかし、それが神話に語られた魔王グドゥラニスの姿かというと何もかも異なっている。
『そんな訳がない。我は貴様らと違い特定の姿に価値を見出していない故、この形状から大きく変化する理由がないだけだ。
それと、我が封印されている間にいくつもの肉体の欠片を奪い、弄ぶ貴様にそれを問われるのは虫唾が走る』
実際、今のグドゥラニスは真の姿とは異なる形態のようだ。六道の姿から大きく変化しないのは、肉体の欠片が不完全だからか、単に変化させる意味がないからかのどちらかだろう。
「偉大なるヴァンダルーよ、グドゥラニスには特定の形態はありません。その時にもっとも都合がいい形態へと、変化する事が可能です」
『魔王軍を率いていた時のグドゥラニスは、私達の前に姿を現す時は王冠のような角に鋭い牙、硬質な殻や鱗に包まれた体をして、皮膜の翼を背中に生やして外套のように見せていたわ。でも、戦いになると姿を変えて、そのたびに腕や脚、頭の数まで変えていたの』
『今なら分かるっスけど、多分前者はこの世界の人や神に対して、自分が魔王だって分かりやすくして威圧して恐怖心を煽るために作った姿だったと思うっス』
『この世界に来る前は、我が知る限りはあんな分かりやすく魔王っぽい姿をしたことはなかった』
『この世界に来てから、今は魔王の大陸と呼ばれている大陸に当時住んでいた人間をいくつか捕まえて調べてからとるようになった姿だ』
グファドガーン、ヴィダ、そしてガタガタと小刻みに震えている五悪の杖に宿るフィディルグの言葉にヴァンダルーはなるほどと頷いた。
どうやらグドゥラニスは特定の姿や形態に思い入れはなく、状況や用途によって使い分けていたようだ。
「まあ、お前の姿の事は比較的どうでもいいです。それよりも、復活したようですがこれからどうするつもりですか? 六道聖の意志を継いで、俺達との殺し合いを続けますか?」
『……まるで、我の意志次第では戦うつもりはないかのような物言いだが?』
「念のための確認です。元々いた世界に帰るとか、その肉体を捨てて人間か何かに転生するとか、色々選択肢もありますし」
グドゥラニスはヴィダ達にとって仇だが、ヴァンダルーとしてはグドゥラニス本人の意思を確認しておきたかった。……ヴィダにとってはグドゥラニスよりもアルダの方が現在進行形で仇だろうし、ヴァンダルーとしても魔王そのものに対して直接の恨みはない。
「なっ!? 正気か!? 魔王を見逃すつもりなのか!?」
「確認だと!? そいつが『復活できただけで満足だ』とか、『もう戦いは止めよう』等と言うとでも思っているのか!?」
「奴から放たれる殺気は、明らかにあなたに向かっていますよ!? 気がついていないのですか!?」
ハインツ、ジェニファー、ダイアナがそれぞれ叫ぶが、ヴァンダルーは視線を向けようともしない。
『黙れ、『五色の刃』共! ヴァンダルー様には深いお考えがあるのだ!』
「そうかなぁ? 言葉通りただの確認だと思うけど。ねぇ、ルヴェズ」
『我は空気、我は空気、我は空気………』
騒ぎ出すハインツ達に向かってアイラが怒鳴ったが、パウヴィナの意見が正しい。ヴァンダルーに深い考えはない。
ただ、時間を少しでも稼げば、サム達が行っている救助活動がその間に終わるかもしれないと思っているが、それぐらいである。
『ふむ……たしかに。六道聖の知識や知恵を手に入れ、ベルウッド達に敗れる前とは全く異なる状況に置かれている現在の我には、いくつもの選択肢があるな』
グドゥラニスはそこまで述べて一旦言葉を切ると、自分を囲むヴァンダルーとその仲間、そしてハインツ達を改めて見回す。そして、選択肢について指折りながら話し始めた。
『六道聖に殉じて、ロドコルテとの取引通りこのまま憎たらしい貴様を殺し、そして目障りな貴様の帝国の生きとし生けるものを殺し尽くして滅ぼし、貴様に尻尾を振る裏切り者どもを滅ぼすというのもイマイチだ。
ロドコルテも我を利用しようとした存在の一柱だからな』
それを聞いて、ヴァンダルー達は初めてロドコルテがヴァンダルーの命だけではなく、ヴィダル魔帝国を滅ぼす事を狙っていた事を知ったのだった。
「……あいつはやはり滅ぼす以外にありませんね」
そう決意を新たにするヴァンダルーと、頷くダルシアやアイラ達。
『今すぐ魔王軍の残党を纏め直し、十万年前に敗れた戦いを再び起こし、この世界を侵略するのも馬鹿馬鹿しい。下等生物の信奉者共に対して口先では魔王復活と唱えながら、実際には我の復活を望まない虚弱な裏切り者どもに用はない』
一方、グドゥラニスは二本目の指を曲げながら侵略の再開を否定した。それに対してハインツ達が「本気で言っているのか?」と懐疑的な視線を向ける。
『かといって、我が元々存在していた世界へ帰還する事はできない。十万年前に既に滅びに瀕していたのだ、今では世界そのものが消滅している可能性も高い。
では憎たらしい貴様に恭順し、配下に加わる……のもありはしない。手に入れた六道聖の頭脳を駆使しても、貴様と共存の可能性は見えない』
とくに悲壮な様子も見せず、故郷への帰還の選択を捨てたグドゥラニス。十万年前に捨てたのだから元々未練はないのだろう。そして、この世界でヴァンダルーの傘下に加わる事も否定する。魔王軍残党のいくつかの邪悪な神々と同じく、グドゥラニスもこの世界の人間とは価値観と好む環境が異なりすぎているのだ。
だからこそ、魔物や魔物を生み出す魔境を躊躇いなくこの世界に創り出す事ができたのだ。
そして、五本目の最後の指を曲げながら言った。
『ならばこの大陸から去り、カスのような無人の島でも適当に見繕ってそこに籠って時を過ごすのが、もっともリスクの少ない選択と言えるだろう。
ロドコルテの傲慢と怠慢、ヴィダとアルダの争いが重なり、こうして運よく復活できたのだ。完全復活や復讐を企み、憎たらしい貴様らと戦う危険を犯す事はない』
現在進行形で凄まじい魔力の気配を放っているグドゥラニスだが、やはり全ての魂と肉体が揃っていた時程の魔力はない。かつて従えた魔王軍も、手駒である魔物もなく、周りは敵だらけ。そして目の前には魂を砕き、喰らう事ができるヴァンダルー。
戦いを避けるのは、現実的な判断だろう。
『だから……貴様らをこの場で皆殺しにしてくれる!!』
しかし、そもそもグドゥラニスは『現実的』な判断を下す存在ではなかった。五本全ての指を曲げて作った拳に、死属性魔術を纏わせて切り離し、ヴァンダルーに向かって投擲する。
「だろうと思っていました……よ?」
黒い拳を鉤爪で受け止めたヴァンダルーは、威力が想定よりも大きかった事にやや戸惑いながらもそう答えた。
「あからさまに俺達に対して悪意を表していましたし、殺気も強くなるばかりでしたからね」
『抜かせっ! 貴様らも我がどう答えようと、結局我を滅ぼすつもりだっただろう!』
拳を切り離した腕に、新たな手首が生えた。さらに、周囲に向かって体中に出現した【魔王の鼻】から猛毒空気砲を吐き出す。
『あたりまえでしょう。ここで見逃して時間を与えたら、魔物の数を増やして攻めてくるだけだもの』
そう言いながら、ダルシアが空気砲を攻撃魔術で相殺する。
『その通りだ! だが、どう考えても準備が終わる頃には貴様らの戦力が今よりも大きくなっているとしか考えられなかった!』
「あたし達の事を馬鹿にしていた割に、やっている事は六道と同じですね!」
『変わるとでも思ったのか!? 貴様らを殺し、ヴァンダルーから我が肉体の【欠片】を取り戻し! アルダ、そしてロドコルテから我が魂を取り戻す!』
「うおおおおっ! エドガーの魂を、解放してもらうぞ!」
カナコが放った水属性魔術をグドゥラニスが腕の一振りで消し飛ばすと、その陰から聖剣を構えたハインツが突っ込んで行った。
「【瞬輝聖閃】!」
ハインツはヴァンダルーと戦った時よりも速い剣技でグドゥラニスの脇腹を薙ごうとしたが、その攻撃は読まれていた。
『かはぁ! エドガーの魂を我は取り込んでいるのだぞ? 貴様の動きなど手に取るように分かる!』
そして、チラリと視線を走らせる。グドゥラニスは気がついていた。この場にハインツ達以外の、ヴァンダルーの味方とは言い切れない存在がいる事に。
「だったら、俺の動きはどうだ? 【絶空百閃】」
ランドルフの放つ無数の剣戟が空を飛び、グドゥラニスの体に命中するが効いていないのか動きを止める事もできない。
『人間風情が! 勇者でもない貴様の剣など効くか! さあ、封印を解いてやろう!』
グドゥラニスが背中に生やした腕から、黒い光線を放った。それを回避できなかった『彼』は思わず叫び声をあげた。
『ぎやああああっ……あっ? ふ、封印が……解けるだと!?』
「ルヴェズっ!?」
『ギュイイイイ?』
黒い光線が命中したルヴェズフォルは、一瞬苦し気な悲鳴を叫んだと思ったら、その巨大なワイバーンだった肉体が凄まじい速さで膨張、変形していった。
そして現れたのは、蛇のように細く長い体にワニを思わせる頭部、短いが鉤爪の生えた脚に鰭のある尾、そして皮膜の翼を供えた水属性と土属性を併せ持つ龍、『暴邪龍神』ルヴェズフォルの姿だった。……体中に封印される前にヴァンダルーや『暴虐の嵐』の面々から受けた傷が完治しないまま残っており、痛々しいが。
『お、おおっ、我が真の姿に、真の体に……!?』
『さあルヴェズフォルよ、封印された怒りと恨みを晴らすがいい! その働き如何で再び我が手勢に加えてやろう!』
グドゥラニスは、ワイバーンの姿に封印されているルヴェズフォルに気がつき、彼はヴァンダルーに心から従っている訳ではないと見当をつけたのだ。
そしてかつてこの世界の神々を裏切って自分に下ったルヴェズフォルなら、再び自分の元に下るだろうと考えた。裏切り者は、一度だけではなく二度三度と裏切るものだからと。
『……言われるまでもない!』
ルヴェズフォルはギラリと瞳に怒りを滾らせると、ブレスを吐くために息を吸った。封印されている間は吐けなかった、竜種ではなく真なる龍のブレスだ。負傷していても、直撃すれば城だろうが街だろうが消し飛ばせる凄まじい力が収束していく。
「ルヴェズ!」
その彼をパウヴィナは愛称で呼ぶと、ピッと指さした。
「やっちゃえっ!」
『御意! 死ねっ、クソ魔王ぉぉぉぉっ!』
そして、ルヴェズフォルはグドゥラニスに向かって怒りを叩きつけたのだった。
『なっ、なんだと!?』
驚きながらも咄嗟に魔術で作りだした盾でブレスを防ごうとするグドゥラニスだったが、その盾はヴァンダルーが放った【黒雷】の黒い電撃によって砕かれた。
『き、貴様っ!? ぐおおおおおおおっ!!』
そして、不意を何度も突かれたグドゥラニスの姿は激流の中に消えていった。
次話は1月19日に投稿する予定です。




