三百五十三話 明かされる真実と復活のグドゥラニス
新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
グドゥラニスの【本能】を解放した六道との戦闘は、苛烈を極めた……『五色の刃』にとって。
「ぐぅっ!?」
六道が生やした【魔王の腕】の攻撃を避けきれなかったジェニファーは、腕を交差して何とか耐えたが動きが止まってしまった。
その隙に六道は攻勢を強める。
『死ねぇっ! 貴様を殺し、私がこの世界唯一の神となるのだ!』
背中から無数の腕を生やし、死属性の魔力を宿した拳を射出する。ただし、ジェニファーに向けてではない。
「唯一とは、いよいよ本音を隠す理性も失いましたか」
迫りくる黒い拳に対して、ヴァンダルーは腕を【魔王の卵管】に変化させて対処した。
「【炎獄死】、卵連弾」
連続して放たれる【魔王の脂肪】が詰まった卵弾は黒い拳に命中すると、小規模の爆発を起こして拳を消し炭にして撃ち落としていく。
なお、ヴァンダルーにとって六道との戦いは、苛烈ではないが慎重である事を強いられるものだった。六道を倒したところで、オルバウムの街に出現する魔物が消えるわけではない。ハインツごと殺そうとすると、ハインツが結果的に六道と協力して防いでしまう。
そして、ジェニファーとダイアナはヴァンダルーにとってハインツ達とは別の立場である。
「下がれっ、ジェニファー!」
そのジェニファーをカバーするため、ハインツとエドガーが六道へ切り込んでいく。ジェニファーは二人の援護を得て、態勢を立て直すために距離を取ろうとしたがそれを邪魔する者がいた。
「【泥蛇の拘束】! 【一閃】!」
泥でできた蛇がジェニファーの体に素早く絡みつき、動きを封じた彼女に向かってハートや星の装飾が施された杖が振り下ろされる。
「くっ!? なんで、お前があたしを狙う!?」
「邪魔だからに決まっています!」
粘度の高い泥の蛇を【英霊降臨】で上昇した身体能力と魔力で強引に振りほどき、振り下ろされた杖を籠手で受け止めたジェニファーの言葉に、カナコはきっぱりと答えた。
「なっ……お前らの敵も六道だろ!?」
「その六道を倒すのに、あなたとそこのエルフの人が邪魔なんです! 【猛爪蹴り】!」
「あたしとダイアナが!? どういう意味だ!?」
脚を猛禽類の蹴爪に変化させたカナコの蹴りを、ジェニファーは身を捻って回避した。それを追って攻撃を続けようとしたカナコだったが、突然放たれた【死弾】を避ける為に後ろに下がる。
「……そういう事かよ」
【死弾】を放ったのは、ハインツやエドガーの攻勢を掻い潜った六道である事に気がついて、ジェニファーは顔を悔しそうに歪めた。
彼女とダイアナは六道に、ヴァンダルーに対する盾として利用されているのだ。
ヴァンダルーは、ダルシアの仇である『五色の刃』のハインツとエドガー、そしてデライザなら殺す事に躊躇はない。今は六道を倒す事を優先しているが、六道を倒すためならハインツ達がどうなろうが知った事ではない。寧ろ、望むところだ。
しかし、ジェニファーとダイアナは違う。何故なら、彼女達が『五色の刃』に加入したのはハインツ達がオルバウム選王国に活動の拠点を移した後だ。つまり二人は、ダルシアの仇ではない。だから、ヴァンダルーは仇ではないジェニファーとダイアナは、故意に殺さないようにしている。
六道はそれに気がつき、ジェニファーとダイアナを先ほどのように利用しているのだ。
その証拠に、たった今六道はカナコに【死弾】を放ってジェニファーを援護した。彼女を利用し続けるために。
『まだ気がついていない様子だったのに、余計な事を』
六道自身もそれを隠さずカナコに向かって毒づいた。
切りかかってきたハインツやエドガーを【魔王の腕】であしらいながらも六道は苦い顔をしていた。だが、直ぐにカナコを嘲り始める。
『しかし、意外だな。土屋君、君が非情になれない飼い主の代わりに、邪魔者の始末なんて汚れ仕事を率先して引き受けるなんて。
なかなかの忠犬ぶりじゃないか。ヴァンダルーは、飼い主としては雨宮寛人よりは有能だったようだね』
嘲りが零れんばかりに乗せられた六道の言葉に対して、犬呼ばわりされたカナコとその飼い主と言われたヴァンダルーは口々に言い返した。
「えっ、急に誉めるなんてやめてくださいよ、反吐が出ちゃうじゃないですか。ねぇ、ヴァン?」
「そうですね。率直に言って、気持ち悪い……いよいよ【魔王の欠片】のせいで正気を失いましたか?」
アイラやエレオノーラなど、進んで犬と名乗る者が多いので、最近は犬呼ばわりが悪口に聞こえないカナコとヴァンダルーだった。
「それに、今のあたしを例えるなら鳥でしょう?」
変身装具を発動させた姿は、美しい翼を広げた極楽鳥のようになっている。しかし、実際には翼と蹴爪は彼女自身の肉体が変化したもので、変身装具自体のデザインはシンプルである。
レオタードタイプの、しかし翼を出すために背中はほぼむき出しになっている本体。腰回りには短いスカート状の装飾に、腿の半ばまであるニーハイソックス。腕も肘までの長手袋で隠されているので、【混沌】で翼を生やしている今の状態では普通に思える。
『くっ、口の減らない連中だ。【魔王の欠片】や死属性魔術をくだらない事に使って……ヴァンダルー! 貴様は自身の行いが自身の力を貶めていると何故気がつかない!?』
「本能を目覚めさせたからか知りませんが、急に短気になりましたね。それと、お前の価値観は俺には理解しがたいものです。自分自身の力を広く有効活用するのが何故貶める事になるのか、俺にはさっぱりわかりません」
死属性魔術で液体金属を作り、【魔王の墨袋】で染料を作り、【ゴーレム創成】で液体金属を加工して服にする。装飾に使うビーズやラメも、【魔王の欠片】から採った素材を加工したものだ。
そうして【魔王の欠片】や死属性魔術を使う事に、ヴァンダルーは抵抗を覚えない。自分自身が自分自身のやりたいことのために、『自分自身』を使っているだけだ。
それはヴァンダルーにとって自己の存在意義の証明であり、他者と繋がるための手段であり、喜びである。そのため、六道の価値観はヴァンダルーにとって想像する事はできても、理解して共感する事は不可能なものだった。
「俺が自由にできる素材で、仲間に高性能な装備を作る事を非難されるいわれはありません。むしろ、『オリジン』での事を考えれば、死属性魔術を貶めたのはお前の方では?」
同じ転生者の仲間や何の罪もない子供まで使って人体実験を行い、最終的には『オリジン』世界をめちゃくちゃにしたのだ。
おかげで『オリジン』で死属性魔術のイメージはかなり悪化した。ヴァンダルーのお陰で六道の無差別大量殺戮は防がれたので、底をついてはいないが。『オリジン』の神に加わったヴァンダルーの一部も、『この分ではめー君と博が帰れるのは何時になる事か』と溜め息を吐いている。
『貴様、いけしゃあしゃあと……!』
しかし、六道が自己を顧みる事はなかった。それどころか、彼が自覚していたのは怒りがさらに高まっている事と同時に、ヴァンダルーの「短気になった」という指摘が図星である事だった。ヴァンダルーや、その手下達に対する怒りが、急速に抑えられなくなってきている。
前世では約十年もの間【ブレイバーズ】の裏で暗躍し続けてきた。雨宮寛人の親友を演じてきた。その忍耐力と精神力はどこに消えたのか。自分でもそう疑問に思うほどだ。
(【そんな事より、奴らを殺すのが先決だ! 奴らを殺せば、それで終わる!】)
だが、際限なく湧いてくる怒りと、それに比例して高まる魔力による全能感、そして何よりも本能の叫びがくだらない困惑を掻き消す。
(そうだ、この闘争や生存を司る本能を全開にしながらも【理性を保っている】今の状態の私こそ最強だ! 私が負けるはずがない!)
『……なら、私の魔術がその装備とやらに通じるか、試させてもらおうか!』
湧いてくる怒りを殺意に変えて、六道は魔力を集中させ、新たな死属性魔術を創造してみせた。
『【斬殺刃群】、命を刈り取る刃を受けるがいい!!』
死属性の魔力が無数の刃となって、周囲の生命全てを刺殺、もしくは斬殺するために六道から放たれた。
「くっ、手当たり次第か!」
「【極挑発】! ……だめっ、やっぱり反応しない!」
【斬殺刃群】の刃は、術者である六道以外の周囲の生命体全てを自動的に狙う性質を持つのか、ヴァンダルーやカナコだけではなく、ハインツ達にもいくつかの刃が向かう。それを好機と見たのか、それとも単に彼らごと攻撃しようとしたのか、ヴァンダルーは【斬殺刃群】に【虚弾】をぶつけて砕こうとした。
しかし、六道が放った死の刃は【虚弾】を悉く切り裂いてしまった。
「おかしいですね、魔力はヴァンの方が圧倒的に多いのに」
「魔力を刃の形状にすることで収束させ、刃の面だけでなら偉大なるヴァンダルーの魔術を上回る術を創り出したのかと」
「なるほど、面の防御を線で破ったと。腐っても技巧派ですね。でも、刃の面だけに気を付ければいいだけですよね」
そう考察するカナコとグファドガーンは、それぞれ魔術で【斬殺刃群】を迎撃している。グファドガーンは空間を歪めて刃をそらし、カナコは土属性魔術で作った岩を操って、刃の側面に当てて弾いている。
ハインツ達も、カナコに攻撃と共に指摘された事実を噛みしめたジェニファーとダイアナが下がって守りに専念した事で、なんとか【斬殺刃群】に対処していた。
そして、集まったところをヴァンダルーが【神霊魔術】によって黒い炎の髑髏に姿を変えたゴースト達が噛み砕いた。
「技巧が自慢なのは、前から知っていますよ。もっとも、対処できる程度ですが」
『たしかに、私の研鑽によって高められた技術は貴様に通用するが、同時に貴様の強大な魔力は厄介だ。だが、私はこうしている間も【アバロン】の能力によってグドゥラニスの力を学び、魔力を伸ばし続けているのだ!
それに……私の駒が揃ったぞ!』
六道がそう言うと同時に、瓦礫と化したオルバウムの街のいたるところから魔物が飛び立った。自前の翼や特殊能力、そして魔術によって空を飛び、六道の命令に従って集まろうとしている。
「いまさら格下の魔物を集めて、何か意味があるとでも?」
『格下の魔物でも、私の……魔王グドゥラニスの魔力によって強化すれば、君でもやすやすとは倒せまい』
【殺傷力強化】の魔術で魔物達の攻撃力を増強し、【死亡遅延】の魔術で致命傷を受けてもしばらくの間動き続けられるようにする。他にも、六道なら即興で新しい魔術を開発して魔物を強化できるかもしれない。
「たしかに、実現すればちょっと面倒な事になりますね」
そう考えたヴァンダルーは、六道に対してそう答えた。そして二人の会話の蚊帳の外に置かれているハインツ達と、次の事態に備えているカナコは顔を顰めた。彼等にとっては、「ちょっと面倒」では済まなくなりそうだからだ。
『さあ、魔物共っ! 我が力を――』
「「「――――!?」」」
六道の声は、魔物達のあげる断末魔や恐怖の絶叫によって掻き消された。
人々の救出や避難を終えたクワトロ号の砲撃が、地上から魔物達を追いかけたボークスやゴドウィンの一撃が、次々に魔物を叩き落としていく。
『ぐるおおおおおおおおおおおん!』
特に猛威を振るったのが、直立したドラゴンのような姿……【龍形態】に変化したクノッヘンだ。冒険者や兵士も含めて誰もいなくなった街の一角へ向けて、骨の翼を広げて【龍毒のブレス】を吐いている。
『GUOOOOOOOooooo……』
毒が効かないはずのミスリルやアダマンタイト製のドラゴンゴーレムすら蝕み、錆びさせて落としていく。恐ろしい威力だ。
『ぐるおん』
しかし、クノッヘンとしては骨の無い獲物には興味がないのか、特に何の感慨もなく残骸を建物の無い方向へ蹴飛ばして、すぐに他の魔物に向かっていく。
『くっ、魔物共っ! 【早くダンジョンから出て来い!】』
魔術がかけられる距離まで近づく前に倒され、見る見るうちに数を減らしていく魔物達に向かって狼狽した六道は叫ぶ。だが、魔物がそれに応えている様子はない。
飛び立つことができない、もしくは飛び立つ余裕のない魔物達と、それらと戦っている冒険者や騎士達以外は無人となった街に立ち並ぶ門から新たな魔物が出現するペースに、変化は殆どなかった。
『ぐぬぅ……っ!』
「実現すればちょっと面倒な事になりそうな策でしたが……実現できそうにありませんね」
悔し気に呻く六道に、ヴァンダルーはそう言った。彼の意識は六道が創ったダンジョン内部で湧き続ける魔物相手に戦っている使い魔王ともつながっている。そのため、新しい魔物が街に出てくるペースが上がらない事が分かっている。
『ギシャアアアアア』
「ヴァン~、来たよ~!」
『ヴァンダルー様!』
「…………」
そして戦場にやってきたのは魔物ではなく、ピートやペインと彼に乗ったパウヴィナ、ルヴェズフォルにアイラ。そして精霊魔術で飛行してきたランドルフだった。
『ヴァンダルー様っ、選王共は無事サム達に回収されました!』
「町の人達の避難はだいたい終わって、取りこぼしがないかサムさん達が探して回って、クノッヘンとクワトロ号は念のためにちょっと距離を取るって!
サイモン達は邪魔が入らないように頑張ってるよ!」
「ああ、アサギの足止めですね。サイモンには、暴れるようなら骨を何千回でもへし折って構わないと伝えておきましょう。パウヴィナもアイラもありがとう。
それでダンドリップ先生、学校の方はどうなりました……おや? 髪を染めてどうしたんです、先生?」
パウヴィナから避難状況を聞いたヴァンダルーが視線を移すと、そこには魔術で赤毛に染めていた髪を金髪に戻したランドルフがいる。
彼は数秒の間黙ったままだったが、意を決したように口を開いた。
「学校の方は問題ない。生徒も俺以外の教職員も、逃げてきた連中も全員ダンジョンの中に避難した。入り口はメオリリス達が守っているから、まず魔物は入ってこられないだろう。
それで、これは今のような緊迫した状況で打ち明ける事ではないとは思うが――」
「あなたは『真なる』ランドルフ!? あなたも駆けつけてくれたのか!? 魔王グドゥラニス復活の危機にあなたの助力が望めるのは、私達の味方でないとしても心強い!」
「空気を読め、若造! 今、俺から名乗るところだったんだぞ!」
自らの正体を打ち明けようとした刹那、ハインツに本名を叫ばれたことで色々と台無しになってしまった。やはり、もっと早く打ち明けておけば良かったと後悔するランドルフだったが、後悔先に立たずだ。
「え、ランドルフ? ダンドリップ先生じゃないの?」
ハインツの声は大きく響き、パウヴィナを含めたこの場にいる全員の耳に『真なる』ランドルフの名は届いていた。
「待ってくださいっ、その人はランドルフじゃありません!」
だが、何故か異を唱える者がいた。彼が尊敬する人物であるカナコだ。
「この声は間違いありません。彼はルドルフ……旅の吟遊詩人です!」
変装する際に声色や口調を変えていたランドルフだったが、カナコの耳を欺くことはできなかったようだ。
「なんと、ダンドリップ先生と『真なる』ランドルフの正体がルドルフだったなんて」
「すまん、カナコ先生。ルドルフもダンドリップも俺が変装していた仮の姿だ。本名はそこの若造が口走った通り、『真なる』ランドルフ。引退したはずのS級冒険者だ」
カナコは、以前アルクレム公爵領のモークシーの街で定期的に公演を行っていた時、現地スタッフとして採用した青い髪のエルフの吟遊詩人、ルドルフとランドルフが同一人物である事を、主に声で見破った。それはたいしたものだが……そもそもルドルフも仮の姿である。
「ええっ!? あんなに演奏が上手いのに本業じゃないんですか!?」
「ああ、本当にすまなかった。だが、あんたの音楽とそれを教えようとする姿勢に感銘を受けたのは本当だ。
……ヴァンダルー、お前に冷や冷やさせられたのも、本当だ。言いたいこともあるだろうが、この場では忘れてくれ」
以前会った旅の吟遊詩人と、英雄予備校の恩師の一人がS級冒険者だった。衝撃的だが、別に裏切られたという訳ではない。カナコも、驚いてはいるがそれだけだ。
「分かりました」
なので、ヴァンダルーはダンドリップがランドルフだったことに納得し、受け入れる事に抵抗はなかった。
「この場で色々話している場合ではないですからね。もっとも、六道は六道の方でそれどころではないようですが」
先ほどから六道は黙ったまま、一点を見つめていた。それは、六道にとってヴァンダルー達のふざけたやり取りの隙を衝く余裕も失うほどの存在だった。
『ヴィダ……まさか大神がその身を長時間降ろせる程の依り代を確保していたとは!』
六道が見つめていたのは、一つに集合したレギオンの上に立つ神々しい輝きを纏った黒い肌のエルフの美女、ダルシアだった。彼女がヴィダを降ろせること自体はロドコルテから知らされていた六道だったが、彼女がそれを長時間可能だろうという事を見抜き、驚愕する。
「ええ、十万年ぶりと言うべきかしら? それとも初めまして? どちらにしても、私達とは相容れない存在のようだけど」
ヴィダを体に降ろして一体となったダルシアは、崩した口調で六道であると同時に仇敵である存在に応じた。
「あと、主なのはこの体の持ち主のダルシアで、私はあくまでも力を貸しているだけなの。まあ、あなたにどっちの名前で呼ばれるかなんて、どうでもいい事だけど」
口調と態度はほぼダルシアのもので、その意思もほぼダルシアのものだ。だが、その全身から放たれる存在感は絶大だ。そして、その力も。
かつてグドゥラニスは、ファーマウン・ゴルドとナインロードの援護を受け、アルダをその身に降ろした勇者ベルウッドに敗れた。そのグドゥラニスの【記憶】を持つ六道は、大神を降ろした存在の強さを理解していた。
(くっ、御使いや英霊ならともかくヴィダそのものを……しかもあの様子では私が予想していたよりも長時間、それも副作用もなく降ろし続ける事ができるようだな。想定外の事態だ……『五色の刃』達を生かしておいた意味がなくなる!)
六道はダルシアを、ヴァンダルーの仲間を侮っていた。ヴァンダルーがオルバウムの人間達を見捨てられず、戦力を分散させたのは計算通り。しかし、魔物をあらかた倒して人々の避難を終え、過剰になった戦力が集まってくるという展開は想定外だった。
このままではハインツがベルウッドを降ろしても『五色の刃』はダルシア達によって戦場から排除され、六道はヴァンダルーと盾の無い状態で戦う事を強いられる。
そうなれば、魔王の【本能】と【記憶】を持つ六道でも生き残るのは難しい。実際、【本能】が【このままでは危険だ!】と叫んでいるのを感じるし、【危険感知:死】の反応が高まる一方だ。
だが、追い詰められているのは六道だけではない。実は『五色の刃』達も同様だった。
「……ハインツ、引き際だよ。セレン達の所に戻ろう」
ダルシアやヴァンダルーの仲間達に排除されるという、六道と同じ未来を推測したデライザがそう訴えた。
『排除』といっても、六道ごと自分達を殺そうとするヴァンダルーの仲間である。特に、ダルシアには以前『許さない』と言われ、当時は仮初の肉体だったがトドメを刺されている。穏当に追いやるだけ、という事にはならないだろう。
「たしかに、引き際か」
ヴァンダルーがもし負けたら、六道を倒せるのはベルウッドを降ろせる自分と仲間達しかいない。だからこの場に駆けつけたハインツだったが、共通の敵……それもオルバウムの街全てを存亡の危機に陥れ、魔王グドゥラニスの魂の欠片を宿す敵を前にしても、ヴァンダルーには共闘を認められなかった。
それでも戦い続けたのは、ヴァンダルーなら六道を絶対に倒せると信じる事ができなかったからだ。そして退こうにも六道が巧みに距離を詰め、位置関係を調整し、迂闊に退けないようにしていたからだ。
だが、大神であるヴィダを降ろす事ができるダルシアや他の仲間達まで集まった今なら、確実に六道を……復活しかけているグドゥラニスを倒す事ができると確信できる。
それに、その六道も今なら自分達の撤退を邪魔する余裕はないだろう。問題はヴァンダルー達がハインツ達を見逃すかどうかだが……。
「殿は――」
「俺が行く!」
私が、と言おうとしたハインツの言葉を遮って、エドガーが飛び出した。【今こそ命を賭ける時だ】という内なる声に背中を押されて。
その声をエドガーは、三つ巴で不利な状況から脱するためにパーティーで最も年長な自分が動くべきだと判断した、冒険者の直感が叫んでいるのだと思い込んでいた。
「うおおおおお! 【ミリオン――」
自身の魂に混じっている英霊ルークの魂の欠片を起動して、【英霊降臨】と同じ状態にして武技を放ちながら前に飛び出る。
六道に向かって。
「スラっ!?」
(っ!? なんで俺はこいつに向かって切りかかったんだ!?)
そして、エドガーは武技の発動に失敗する程動揺して動きを止めてしまった。仲間たちの殿を務めるために、前に出るのは分かる。だが、何故わざわざヴァンダルーとその仲間達に半ば包囲されている六道に切りかかるのか。これではヴァンダルー達に六道諸共殺されてしまうだろうに。
ハインツ達は、エドガーの突然の行動を止める事ができない。パーティーで最も素早いのは彼だからだ。
そしてヴァンダルー達は、エドガーの行動に驚きはしても止めたり排除したりすることはない。彼等にとってエドガーも敵だ。その敵が無謀な行動をして勝手に危機に陥ったとしても、咄嗟にどうこうしようとは思わない。
例外はランドルフぐらいだが、彼も心情的にはヴァンダルー側だ。反射的に体が動くほど、エドガーの事を助けようとは思わない。
それに彼らはロドコルテがエドガーに何をしたのか、知らない。
とっさに動いたのは、六道だった。
(【殺せっ! そして触れるのだっ! その魂に!】)
【本能】の叫びのままに、動きを止めて無防備になったエドガーの胸板を殺傷力を強化した【魔王の腕】の指で貫いていた。
「あっ、しまった」
「エドガぁぁぁぁっ!?」
ヴァンダルーのついうっかりというような声と、ハインツの悲痛な叫びが木霊する。
『な、なん……だだだあ?』
エドガーと自身の行動に困惑する六道だったが、エドガーを絶命させたと同時に彼はその魂に触れた。もちろん、ロドコルテに施された呪いによって魂を砕くことはできない。だが、魂に触れる事だけはできる。普通なら触れるだけで、魂に小指の爪の先ほどの傷をつける事もできない。しかしエドガーの魂にはほかならぬロドコルテによって、あるものが施されていた。
『こおれええええはああああああっ!?』
がくがくと、六道の体が不気味な痙攣を始める。彼自身も何が起こったのか分からないのか、混乱した様子で叫びだすと同時に、六道から放たれる魔王の気配が大きくなっていく。
「【虚砲】、【死砲】、【紅円氷斬】、【冥轟雷槍】」
「っ! 動ける奴は全員攻撃しろ!」
嫌な予感を覚えて攻撃魔術を連打するヴァンダルーに続いて、ランドルフの号令に応える形でダルシアやアイラ達が六道に向かって攻撃を行う。
それらの攻撃は六道の体を抉り、穿ち、斬り、焼いた。だが、その傷はすぐに塞がり魔王の気配は大きくなる。逆に六道の気配は小さくなり、微かにしか感じなくなっていく。
『わっ、たしっわれれれれぇぇえええええはあ! ふっ、復活っ! ついに復活したぞ! 我こそは、『魔王』グドゥラニス!』
そして六道だった黒い巨体はそう宣言すると同時に、ヴァンダルーや冥とは違う荒々しい、しかしヴィダを降ろしたダルシアよりも強大な魔力を放った。
次話は1月14日に投稿する予定です。




