三百四十九話 広がる戦場と明らかになった正体
またまた遅くなりすみません。
「大丈夫じゃ、怖い魔物は儂が退治してやるからのぅ。それ、【怪空破】!」
『怪人物』として衛兵達と顔見知りになっているボルゾフォイが笑顔で杖を振るうと、全身の皮膚が金属と化しているミノタウロスの変異種の周囲の空間が歪み、そして魔物の右肩ごと弾けた。
「グモオオオオオ!? ガアアアアア!」
空間を歪める事で、元に戻ろうとする力を利用して対象を破壊する高度な魔術だ。しかし、仮にも高ランクの魔物であるミノタウロスの変異種は、右腕と肩を肉片にされても倒れない。残った左腕でドワーフの魔術師を叩き潰そうと斧を振り上げる。
「【命樹縛】!」
だが、カリニアの魔術によって斧の柄から突然芽が生え、みるみる成長してミノタウロスの変異種の体に根を伸ばした。
「グモオオオォォォォ………」
そして、根が猛烈な勢いで生気を吸い取っていく。既にボルゾフォイの魔術によって重傷を負っていたミノタウロスの変異種は耐えきれず、金属の皮膚と骨だけを残して衰弱死した。
「さあ、今の内じゃ、スミスさん。先へ行きなさい」
「気を付けて……マルク」
「ああ、あんた達も気を付けてくれっ!」
「この人たちを英雄予備校に送り届けたら、必ず戻ってくるからな!」
二人に守られた、頻繁に通報されるボルゾフォイ達の相手をしていたために顔と名前を憶えられていた衛兵のスミスとマルクは、一般人達を守りながら英雄予備校に向かっていった。
だが、もちろんその英雄予備校の周囲や、そこに至るまでの道にも六道が創り出したダンジョンの入り口が出現している。
だが、門から現れる魔物は、ただのワイバーンからフレイムドラゴン、オーガからミノタウロスハイキングまで、次々に首を落とされ、胴体を両断され命を奪われていた。
「クソ、奴のせいで色々と台無しだ!」
それを行っているのは、臨時講師のダンドリップ先生こと『真なる』ランドルフだった。
次から次に門から現れる魔物を、短剣や弓、そして精霊魔術で屠っていく。それでもランドルフの顔には激しい怒りと苛立ちが浮かんでいた。
「同時に街中に無数の魔物を出現させるとは、想定外だった。……おかげで俺が本格的に変装する時間も、姿を隠して援護するだけに留める余裕も、何もかもなくなった!」
臨時講師として雇われている彼は、今日も職場である英雄予備校にいた。彼がヴァンダルーに頼まれたのが、教職員と生徒の保護と、いざという時避難所になる校舎と地下のダンジョンを守る事だったからだ。
そして、ランドルフは直感的に緊急事態を察して外に飛び出し、そのまま一瞬で数十匹の魔物をたった一人で討伐したのだ。
しかも、現れたのはランドルフから見ればたいした事のない魔物ばかりだが、あまりに数が多い。そのくせ門は他の門とある程度距離を置いて出現している。そのため、街と校舎を守るためには実力を発揮しなくてはならない。
「凄まじい力量だ。周囲の被害を出さず、魔物の頭部や心臓を的確に破壊している!」
「やはり、ダンドリップ先生がランドルフかもしれないという噂は本当だったのか!」
その結果、ランドルフに続いて外に出た他の講師達にも正体がばれてしまった。
「はぁ。……だから正体を明かしておけと言ったのに」
片手で頭を押さえながらも、新たに出現した魔物を瞬殺するランドルフに、メオリリスはそう言ってため息を吐いた。
もしランドルフが前もってヴァンダルーに正体を明かし、彼に「あまり正体を公にしたくないんだ」と頼み込めば、偽のダンドリップ先生を用意してアリバイを確保するなど様々な偽装工作ができたかもしれないのにと。
「クソ、暫くは赤毛の変装は無理だな」
「青や緑ならいけると思うのか?」
「……ちょっと大通りの広場まで行ってくる」
そう言い残して、ランドルフは魔物を瞬殺しながら風のように走り去っていった。言葉通り、大通りの広場まで魔物を退治することで、人々へ避難を促しながらそのための道を確保しに行ったのだろう。
そうツッコミを入れながら、メオリリスは巨大なトカゲに似た魔物、ロードバジリスクの両目をレイピアによる高速の突きで貫く。
「ゲェェェェ!」
両目を潰され絶叫をあげるロードバジリスクだったが、次の瞬間口から舌が飛び出し、その先端についている三つ目の【石化の魔眼】がメオリリスを映した。
「【銀閃】!」
だが、メオリリスが石像と化すことはなく、ロードバジリスクの第三の目を貫いた。続けて最大の武器を喪いただの巨大トカゲと化したそれに止めを刺した。
「さすが校長……! 『刺流星』の名と技は健在だ!」
鮮やかなその手並みを、教官の一人がそう評する。メオリリスは現役時代、その繰り出す刺突の速さから、『刺流星』と評される腕利きのA級冒険者だった。
しかし、本人は渋い顔をしていた。
「思っていたより鈍ったな。現役時代よりも体が重く感じる。さすがに、毎日のようにA級ダンジョンを攻略していた頃のようにはいかないか」
「お前もカナコ先生の所でダンスでも習ってみるか? 舞は武に通じるというぞ。あと、ダイエットにもなる」
「ランドルフ、正体を隠せなくなって機嫌が悪いのは分かるが、八つ当たりは大人気ないぞ。それより、広場はどうだった?」
「貴族街の方の広場は問題ない。前途有望な若者共が大活躍中だったから、任せてきた。住宅街とスラムの方も、問題ない。上級貴族街は……言うまでもないだろう」
「い、一分もかからずにこの街の状況を把握してきたのですか!?」
淡々と報告するランドルフに、教官の一人が驚愕して聞き返した。選王国の首都であるオルバウムは、約百万人の人口を誇る大都市だ。ほんの一分ほどの時間で、それも魔物を倒しながら回れるはずがない。
「把握、というほどじゃないな。俺は貴族街前の広場から商業区の広場を回って、ついでに道中野放しになっていた魔物を退治して帰ってきただけだ。ほとんどは風の精霊から聞いただけで、見たわけじゃない」
それで十分規格外だと、教官は唖然としてランドルフを見上げた。
やはり、引退したと言ってもS級冒険者にまで駆け上がった実力は凄まじい。この人がいるのなら、この危機も乗り越えられるのではないか。そう思った。
「おい、大丈夫そうだと言っても被害が出ないと確信したわけじゃない。油断すればそこからあっという間に崩れる。呆けている暇があるなら戦ってこい!」
「「「は、はいっ!」」」
それをランドルフに見抜かれ、他の教官達も巻き添えにされ叱責されてしまった。魔物を上回る迫力に、冷や汗を浮かべながら再び門から現れようとしている魔物に向かう。
「それと! 言い忘れたが門の内側に入るな! 魔物を操る邪悪な神の力でいつ門が閉じられるか分からん! 魔物の群れと死ぬまで戦い続ける事になるぞ!」
「それはどこから聞いた情報だ?」
「ヴァンダルーの使い魔だ。門の向こうは六道が支配しているダンジョンだから、使い捨てにできる戦力以外入らないようにと、ついさっき言われた」
「そうか。じゃあ、やっとお前の正体がばれたのか?」
「いや、魔物と間違えて攻撃して倒してしまった。その情報だけを言い終えて、崩れて消えた」
「……後で謝っておけよ」
そう言いながら、教官達が討ち漏らした魔物を魔術で倒していくメオリリス。
「それで、ダンジョンというのは本当なのか? だとすれば、奴はいったい何百のダンジョンを支配している?」
「そこまでは聞いていないが……六道って奴が支配しているダンジョンは、広大なのが一つだけだろう」
ランドルフはそう答えると、自身の推測を述べた。
出入り口である門の形状が同じである事や、出現する魔物の種類や強さにある程度の傾向がある事、そして何百ものダンジョンが暴走しているにしては魔物の出現ペースが緩やか過ぎる事。
「門の先が一つ一つ別のダンジョンで、それが暴走しているのなら、それぞれの門から魔物が雪崩のように出続けるはずだ。そうではなく、ぽつぽつとしか出現しないって事はそういう事なんだろう」
「ダンジョンの出入口は一つだけだと思っていたが、例外もあるのか。
しかし、それは逆に厄介だな」
ダンジョンの出入口が一つだけだったら、その周辺は壊滅するだろうが戦力を揃えて出入口を囲みこめば被害の拡大を抑え込むことができる。だが、街中に出入口があるのでは不可能だ。
メオリリスがランドルフの推測を聞いている間にも、避難してきた近隣の住人が校舎の中へ教官達に誘導されていく。
この英雄予備校は見た目からは分かり難いが、並みの砦よりも堅牢に作られている。それは校舎の地下でダンジョンを管理しているからだ。
万が一ダンジョンが暴走したとしても、校舎内で魔物を引き留め対処できるよう設計されている。
「もっとも、内側からは強くても外からは分からない。普通は逆だが、ここは堅牢な城壁に守られた市街地だからな。ダンジョンに避難して、出てきたら校舎が無くなっているかもしれない。まあ、仕方ないか。
それで、お前は事件の元凶を叩きに行かなくていいのか?」
「……作り主を倒しても、ダンジョンは機能を停止するとは限らん。避難が一段落してもまだヴァンダルーに殺されていなければ、行くさ。
お前こそ、生徒達は良いのか?」
「ああ、パウヴィナとそのパーティーメンバー以外は、外で戦うには実力に不安がある教官達と一緒にダンジョンで掃除中だ。心配ないだろう」
ダンジョンの出入口である門は、幸いなことに屋外にしか出現していない。六道がヴァンダルーを焦らせるために、街に魔物が現れる様子を見えやすいようにしたからか、それとも単に屋外にしか出せなかったのかは不明だ。
そのため誰もいない倉庫の中で複数の魔物が現れ発見が遅れる事や、他のダンジョンの内部に門が発生する事はなかった。
おかげで、ヴァンダルーが事前に用意したダンジョンが避難所として使えなくなる、という事態にはならずに済んだ。
だが、全ての避難所がすぐに使える訳ではない。
その頃、いち早く英雄予備校が管理しているダンジョンに入った元C級冒険者の教官達や生徒達は、激しい戦闘を繰り広げていた。
「実戦実習と同じだ! 油断しなければ勝てる相手だ、どんどん行け!」
「避難してくる人達のために、安全地帯をもっと広げるんだ!」
何故なら、彼らは真っ先に避難したのではなく、地上の人々が逃げ込む安全地帯をダンジョン内で確保するためにダンジョンに攻め込んだからだ。
日ごろから管理されているダンジョンなので、一層目の魔物は弱いし数も少ない。しかし、一般人にはランク1や2の魔物でも脅威になる。
それに、比較的安全な第一層や第二層は内部が地下遺跡のようになっているため、使える面積が狭いのだ。十分な数の人間を収容できるのは、出現する魔物がそれなりに強くなる中層の草原や荒野、森の階層になる。
ただ、外にいる魔物の大部分がこのダンジョンのボスより格上なので、地上よりは安全だ。
そんな生徒達の先頭を進む二つのパーティーがあった。一つは、アレックス達のパーティーだ。
「第一層、第二層の安全確保は他の生徒に任せて、俺達は直ぐに追いついてくる教官達と一緒に第三層からやるぞ! まずは階段まで駆け抜けるぞ!」
「おうっ! あいつらには負けてられないからな!」
そう言いながら、ロビンは左右の手にそれぞれ構えた二振りの槍を振るって立ちはだかろうとするゴブリンやジャイアントバットなどを次々に屠っていく。
第一層と第二層は出現する魔物は弱い上に数も少なく、アレックス達のように実力のある生徒や元冒険者の教官達では過剰戦力になる。そのため、彼らは出現する魔物のランクが上がる第三層を目指していた。
「でも、今から追いつけるでしょうか?」
「あいつら、偶然ダンジョンで実習中だったものね」
兎の獣人のトワと、ハーフエルフのアナベルがそう話しながら続く。だが、アレックスは言った。
「難しいのは分かってるけど、俺達には外での戦いは任せられないって先生達が判断したんだ。だったら、中で頑張るしかないだろ! エリザベス達のように!」
その頃、ダンジョンの四層ではアレックス達が目指しているエリザベス達のパーティーが魔物達の駆除を行っていた。
『ウオオオオオオオオ! 【二連突き】!』
『ヌオオオオオオオオ! 【挑発】!』
『【炎弾】! 【風斬】!』
「ちょっとっ! 最初から飛ばして魔力と体力を消耗しすぎよ!」
そうエリザベスが注意を飛ばすのは、魔物を次々になぎ倒す三体の異形だった。全体的なシルエットは漆黒の板金鎧を身につけた巨漢の騎士だが、その頭部と胸部にはそれぞれ巨大な目がはめ込まれている。そして、腕は左右の肩から一本ずつ、そして背中と腰から一本ずつの計四本生えている。
声はやや幼さが残る少年のものだが、それが猛々しく叫びながら槍や剣を振るい、杖から魔術を放つ光景は、命知らずのはずの魔物が怯える程だった。
まさか、エリザベスもヴァンダルーに倣って異形の魔物をテイムして従魔にしたのだろうか?
「マクト、トーラス、ユーゼフッ! 聞いているの!?」
『『『はいっ、聞いています、エリザベス様!』』』
なんと、異形の正体はエリザベスのパーティーメンバーの槍使いのマクト、剣士兼盾役のトーラス、そして魔術師のユーゼフだった。
彼らはヴァンダルーから受け取った、博の防御特化変身装具をベースに改造した変身装具を使っていたのだ。見た目はモンスター風のパワードスーツだが、三百六十度の視界を確保し戦闘と姿勢制御を助ける二本のサブアーム付きで、防御力はマウンテンジャイアントに踏まれても耐えられるのが保証済みの高性能装備である。
『でも、心配ありません! この変身装具、驚くほど頑丈で……しかも魔術だけではなく武技の発動まで補助してくれるのか、いつもよりずっと魔力に余裕があります!』
『これなら、ミノタウロスの攻撃だって受けきれます!』
「調子に乗るんじゃないの!」
興奮した様子のマクト達に、今度はゾーナから注意が飛んだ。
「それは今回特別に、ヴァンが貸してくれた装備なんだから」
「そうです、マクト様達は本来ならもっとレッスンを受けなければ装具は手に出来ないのですよ」
ゾーナと、彼女に続いてそう言ったマヘリア、そしてエリザベスも変身装具を使用している。こちらは以前着ていた改良した汎用の物だ。
『いや、レッスンは関係ないと言っていたような気がしますが……』
「受けてください、皆さんやっているのですから。ダンスの方は、武術にもつながるのです」
『は、はい……』
マヘリアの圧力に屈するユーゼフ。エリザベスは、集まってくる魔物の姿を把握しながら、指示を下した。
「目的は実習の課題達成から、魔物の徹底的な駆除に変わったのだから、頭を切り替えなさい。どれだけ人が避難してくるか分からないけど、三層より下が主な避難所になるわ。
そこに魔物が残っていたなんてことになったら、ここを任せてくれたヴァンダルーがより過保護になるわよ!」
エリザベス達がヴァンダルー達が戦っている地上ではなく、英雄予備校のダンジョンにいるのは彼女達が「まだ第一線は早い」と判断されたからだ。
そのため、いざという時避難所として使う予定だったダンジョンの中に、実習を利用して待機していたのだ。
エリザベス達が足手まといだとは、ヴァンダルーはまったく考えていない。ただ、彼女達の力量に相応の役目を頼んだだけで。
『そんなに過保護でしょうか?』
連絡と万が一の場合の使い魔王を一体つけて。
「過保護よ!」
エリザベスは背後の使い魔王に対して、きっぱりとそう断言した。
英雄候補達が活躍している商業区やランドルフ達がいる英雄予備校からやや離れた上級貴族街では、人々が悲鳴を上げていた。
「うわああああっ!?」
「助けてぇぇぇっ!」
しかし、近隣に住んでいる貴族やそれに仕える者達は魔物が出現した時、避難誘導を無視して自分達で対処しようとした。
なぜなら彼らは騎士や兵士、元冒険者の傭兵を雇っているからだ。そうした防衛力は、選王城の上空で激しい戦いが起きているのに気がついて事態を把握するため屋外に出るか、護衛対象の貴族達の近くにいた。
そのため、門が現れた時に屋外に出ていた者達はすぐに対応する事ができた。
「GURU?」
「ひっ、ひぃぃっ!?」
しかし、出てきたのは並みの兵士や騎士では肉壁となって時間稼ぎをすることしかできない強力な魔物ばかりだった。
もちろん、上級貴族階に屋敷を構える公爵や侯爵達は元B級冒険者の護衛やそれに匹敵する騎士を抱えている事も珍しくない。そうした家は現れた魔物を退治する事が出来た場合もある。
「くっ、ダメだ! 数が多すぎる! 城から救援は来ないのか!?」
「城の上空で何者かが戦っているんだぞ! そんな状態で救援が来ると思うのか!?」
ドルマド侯爵家やテルカタニス侯爵家、そしてコービット公爵家やハートナー公爵家の別邸に詰めていた騎士や護衛は、自分達の屋敷の周りに現れた魔物の第一陣の相手をすることはできた。
門の前に押し留め、炎や雷のブレスを防ぎ、周囲に大きな被害が出るのを防いでいる。しかし、魔物と戦える戦力がいない門からは、二匹目、三匹目の魔物が現れつつある。
「とても持ちこたえられないっ、こうなったら奥様達には逃げてもらうしか……!」
「逃げるのは無理だ! 魔物が出てくる門はここだけじゃなく、そこかしこにあるんだぞ!」
「くっ、なら地下室にでも逃げ込んでもらうしかないか。運が良ければ、助かるかもしれん!」
『ギオオオオオオオオオ!』
悲壮な表情で会話する護衛達の前にも、ランク10のアダマンタイトゴーレムが迫っていた。
「もう終わりだ。まさか、中央から滅びるとは……!」
無念さを噛みしめながら、騎士がミスリルをコーティングした鉄の剣を構えた。
「諦めが早すぎる!」
その時、怒声と共に拳骨が降ってきた。
「は……えぇ?」
『ギュギギギギギギ!?』
突然飛来した拳骨……金属製の籠手が、アダマンタイトゴーレムの頭部にめり込み、ひしゃげさせた。唐突な援護に思わず間の抜けた声を出す騎士。
「何を呆けている!」
再び怒声が響いたと思うと、さらに籠手が飛んできて今度はアダマンタイトゴーレムの膝を殴りつけた。
「剣ではゴーレムとの相性が悪いっ! 見物している暇があったら他の魔物を倒しに向かうなり、自らの主君を守りに行くなりしないか!」
アダマンタイトゴーレムが片膝を突いたことで、騎士達は怒声の主の姿を見る事ができた。自分達の胸程までしかない小柄な人影に、なんと両腕がないように見える。
「あ、あなたは『千刃の騎士』バル……!」
「私の名を呼んでいる暇があったら、さっさと動け! それと、逃げ込むなら地下室ではなく私が世話になっているザッカート名誉伯爵邸か、アルクレム公爵邸に向かえ!」
「は、はいっ!」
「このご恩はいずれ必ず!」
『千刃の騎士』バルディリアに助けられた者達は二手に分かれ、一方は自分達でも善戦できそうな魔物に向かい、もう一方は主君の家族を避難させるために屋敷に駆け戻った。
「ふぅ……戻れ」
『はっ!』
アダマンタイトゴーレムを滅多打ちにしていた籠手が、バルディリアの元に戻って腕に装着された。これは、サイモンやナターニャの義肢と同じ、彼女の新しい腕……という訳ではない。
対外的には旧スキュラ自治区奪還作戦で両腕を喪った事になっているバルディリアだが、本当は失っていない。それを誤魔化すためにヴァンダルーが作った、生前サウロン公爵領の騎士だったらしい霊を籠手に宿らせた特殊なリビングアーマーである。
『ギオオオオオオオ!』
さすがランク10と言うべきか、アダマンタイトゴーレムは頭部と片膝に拳の痕をつけられても再び立ち上がり、今度はバルディリアに向かってこようとしている。
「……さっきも言ったように、私とは相性が悪いのだが」
『ヂュオオオオオ!』
苦笑いを浮かべた『千刃の騎士』バルディリア。彼女の元に駆けつけたのは、魔物の返り血で全身が真っ赤に染まった空飛ぶ人骨、骨人である。
『アダマンタイトでは我が刃を防ぐことは不可能! 【烈刃骨】!』
全身の骨を刃に出来る彼は、瞬く間にアダマンタイトゴーレムの五体をバラバラにしてしまった。
「相性も、絶対的な実力差の前には無意味か。お姉さまの力になるためには、私ももっと強くならなければ」
骨人の活躍を見てそう決意を新たにするバルディリア。そんな彼女を他所に、貴族街の騒ぎは大きくなっていった。
「ひいいいいいっ!?」
「助けてぇぇぇ!?」
『だから助けているのに……』
突然魔物が出現した事に驚いた使用人や衛兵、そして騎士や貴族等が次々に蔦に巻き付かれ、保護されているのである。
『逃げるなっ、諦めて私に収容されなさい! 往生際の悪い生者達め!』
シルキー・ザッカート・マンションによって。
本体が屋敷であるシルキーは移動できないため、避難所として活躍するはずだった。しかし、彼女は貴族街では知らぬ者がいない幽霊屋敷だ。
そのため、言葉で言っても自分から彼女の敷地内に逃げ込んでくる者がいなかった。そのため、彼女達は実力行使に出たのだ。
『グルオアアアア! いたぞっ、追い詰めろ!』
『逃がすなっ! 皆生け捕りにしろ!』
『ギィィィィ!』
「魔物だ! 俺達が時間稼ぐ! その間に連れてけ!」
血走った目に耳まで裂けた口のディープサッカーの庭師達が逃げ惑う人々を次々に力づくで保護し、ジュボッコが蔦で拘束してシルキーの敷地内に運ぶ。ブラガ達ニンジャ部隊は、救助活動の邪魔になる魔物達の相手をしていた。
『こんなに吸ったんじゃ、太っちゃうかもしれないねぇ!』
「では、私が処理しておきましょうか? 輪切りと石像が増えるだけで済みますよ」
そしてシルキー・ザッカート・マンションの塀を越えて侵入しようとする魔物には、アイゼンとベルモンドが相手をしていた。
アイゼンは背から生える枝を魔物に突き刺して養分を吸い、ベルモンドの操る糸が魔物をバラバラにする。
だが、パニックに陥って屋敷の外に飛び出す人々ばかりではない。魔物は屋外にしかいないので、屋敷の中に留まる者達の方が多かった。
しかし、出現する魔物のランクはあまりに高い。地下に非常用のシェルターがあったとしても、高ランクの魔物達が放つ一撃や魔術は地面に大穴を開ける事もある。また、鋭敏な嗅覚や特殊な聴覚で隠れている生存者の位置に気がつく事もあった。
そんな高ランクの魔物が数えきれない程出現している今のオルバウムでは、余程運が良くなければ生き残る事は出来ないだろう。
『はっはぁっ! 見つけましたぞぉ!』
「うわぁぁぁっ!? 天井から馬車が!?」
ある屋敷でも、地下室に逃げ込もうとした貴族達が高ランクの魔物……サムによって発見されていた。
『さあ、ここは危険です! 乗ってください!』
もちろん、目的は救助である。
【亜空間走行】スキルを持つ彼は、建物をすり抜けるようにして亜空間を走り、屋内にいる人々を救助して回っているのだ。
「と、突然現れてなんだ!? 貴様らに命を預けられると――」
ただ、いきなり天井や壁から現れた御者の言葉を信じて怪しげな馬車に乗れる人物ばかりではない。この貴族もそうだった。
「さっさと乗りなさい、手間をかけさせるつもり?」
しかし、幌から現れた赤毛の美女……エレオノーラを見た瞬間態度が変わった。
「はいっ! お前達、すぐこちらのご令嬢に従うのだ!」
エレオノーラの【魅了の魔眼】に魅了された貴族の命令によって、家族や使用人はその全員が、彼自身も含めて馬車に乗車した。
外見は三頭立ての馬車に過ぎないサムだが、その荷台の広さは10レベルに成長した【空間拡張】スキルによって、1024倍になっている。
貴族とその家族だけではなく、使用人や護衛全員を保護しても余裕のある広さがある。
【魅了の魔眼】の効果が切れて正気に戻った貴族は当然騒ぐが、それはすぐに鎮まる。
「今は非常事態だ、静かにしてもらおう」
「あ、アルクレム公爵っ!? 何故あなたがこんなところに!?」
「私は、あなたに仕えている訳では……」
「説明している時間はない! 今は非常事態だ、私の指示に従ってもらうぞ!」
ぴしゃりと言われた貴族達は押し黙り、大人しくなった。そしてアルクレム公爵は荷台に顔を出して、サムに話しかけた。
「【生命感知】によると、次は隣の屋敷の地下よ」
『了解。助かります、マリさん』
ここにいないはずのアルクレム公爵の正体、それは【メタモル】のマリだった。
「だけど、【メタモル】で化けるならコービット選王の方が良かったんじゃない? 私、一度顔を見ているから変身できるけど」
「それはダメよ。選王を詐称すると死刑だから、後々面倒な事になるわ。アルクレム公爵は、本人から許可をもらっているから大丈夫だけど」
後で難癖をつけられた時のために、「影武者として雇った」という書類が既に作成されている。本来は、キュールやアイラが使う予定だったが彼女でも問題はない。
『シルキー達の所に戻るために、さっさと助けに回りますぞ!』
そうしてサムは再び亜空間に潜った。
――――――――――――――
名前:エリザベス・サウロン
種族:人種
年齢:13
二つ名:【お姫様】 【庶子】 【大魔王の娘】(NEW!) 【ヴァンダルー憑き】(NEW!)
ジョブ:魔法少女
レベル:49
ジョブ履歴:見習い魔術師 戦士 魔術師 魔剣使い 変身魔術師 変身剣士
・パッシブスキル
疲労耐性:2Lv(UP!)
精神耐性:2Lv(UP!)
病毒耐性:2Lv(病気耐性を統合&UP!)
能力値強化:導き:1Lv(NEW!)
自己強化:変身:1Lv(NEW!)
魔力増大:1Lv(NEW!)
・アクティブスキル
家事:2Lv
礼儀作法:1Lv
乗馬:1Lv
槍術:1Lv
限界突破:5Lv(UP!)
無属性魔術:3Lv(UP!)
魔術制御:5Lv(UP!)
土属性魔術:4Lv(UP!)
火属性魔術:3Lv(UP!)
生命属性魔術:4Lv(UP!)
剣術:3Lv(UP!)
盾術:1Lv
解体:1Lv
魔剣限界突破:2Lv(UP!)
御使い降魔:1Lv(NEW!)
舞踏:2Lv(NEW!)
・ユニークスキル
ヴァンダルーの加護(NEW!)
ヴィダの加護(NEW!)
名前:ゾーナ・チーノス
種族:ドワーフ
年齢:15
二つ名:
ジョブ:ポールアックスダンサー
レベル:34
ジョブ履歴:使用人 見習い戦士 戦士 斧士 魔斧使い 魔斧士
・パッシブスキル
暗視
筋力強化:6Lv(UP!)
色香:3Lv(UP!)
斧装備時攻撃力強化:中
能力値強化:導き:2Lv(NEW!)
自己強化:舞踏:1Lv(NEW!)
・アクティブスキル
家事:2Lv
枕事:1Lv
房中術:1Lv
格闘術:2Lv(UP!)
斧術:5Lv(UP!)
投擲術:3Lv(UP!)
鎧術:4Lv(UP!)
忍び足:2Lv(UP!)
解体:2Lv(UP!)
気配感知:3Lv(UP!)
限界突破:5Lv(UP!)
魔斧限界突破:3Lv(UP!)
御使い降魔:2Lv(NEW!)
舞踏:3Lv(NEW!)
歌唱:1Lv(NEW!)
無属性魔術:1Lv(NEW!)
魔闘術:1Lv(NEW!)
ユニークスキル
ヴァンダルーの加護
ヴィダの加護(NEW!)
名前:サム
ランク:11
種族:ディメンションコンクエストキャリッジ
レベル:51
・パッシブスキル
霊体:10Lv
剛力:1Lv(怪力から覚醒!)
悪路走行:10Lv(UP!)
衝撃耐性:10Lv
精密駆動:10Lv(UP!)
快適維持:10Lv
殺業回復:4Lv(UP!)
空間拡張:10LV(UP!)
空中走行:9Lv(UP!)
能力値強化:運搬:9Lv(UP!)
自己強化:導き:7Lv(UP!)
亜空間走行:6Lv(UP!)
魔力増大:3Lv(UP!)
・アクティブスキル
忍び足:3Lv(UP!)
高速走行:8Lv(UP!)
突撃:10Lv
サイズ変更:10Lv(UP!)
槍術:3Lv
恐怖のオーラ:9Lv(UP!)
空間属性魔術:5Lv(UP!)
時間属性魔術:5Lv(UP!)
魔術制御:5Lv(UP!)
限界突破:6Lv(UP!)
御使い降魔:2LV(UP!)
・ユニークスキル
ヴァンダルーの加護
ズルワーンの加護
リクレントの加護(NEW!)
●魔物解説:ディメンションコンクエストキャリッジ ルチリアーノ著
空間を征服する馬車型のアンデッド。実際に征服している訳ではなく、征服しているかのように自在に空間を走る事ができる事を意味する。
このアンデッドの前には、どんな堅牢な砦も意味をなさない。行く手を阻む事ができるのは同種のアンデッドか、空間属性魔術の達人、そしてアンデッドを寄せ付けない聖なる結界ぐらいだろう。
だが、ランク11のアンデッドを相手どれる存在は限られ、並みの結界では簡単に破られてしまうだろう。それに、同種の魔物が存在する可能性は限りなく低い。
相変わらず戦闘能力自体は低めだが、突然亜空間から現れる彼の【突撃】を回避するのは至難の業だ。そして、荷台に何が乗っているのか分からないので、サムに追われる事があったら素直に投降する事を勧める。
そして本領である運搬能力は大型帆船を軽く超え、居住性は驚異的である。極寒の地や火山地帯でも、幌の中は快適な温度と湿度が保たれる。
ファイアドラゴンのブレスを浴びた時でも、荷台にいる者が熱を感じる事はないだろう。……サム自身は熱いし痛いし焼けるので、試すのはお勧めしないが。
次話は12月14日に投稿する予定です。




