三百四十七話 自称神と他称神と神に勇者扱いされている英雄の戦場
選王城で大量のネズミが出現し、コービット選王達が避難していた頃。オルバウムの街はその異変に気がついていなかった。城の近くにある重要施設や上級貴族街では、いつになく騒がしい様子から何かあったのかと気がついていた者もいたが、城からやや離れた下級貴族街や商業区、住宅街では何も気がついていなかった。
例外は二つ。一つは、神の加護を得ている者達である。
「城で何かが、何かが起ころうとしている!」
冒険者ギルドの敷地内にある訓練場で体をほぐしていたヘンドリクセンは、『聖槍の女神』エルクの神託によってただならぬ事態が始まっている事を知った。
オルバウムで待機し、備え続けてきたのは今日の日のためだと彼は仲間や他の英雄候補達と立ち上がった。だが、完全武装でギルドを飛び出して人々をパニックに陥れる訳にはいかない。
マントを羽織って武装が目立たないように工夫して、何事もないかのような態度でギルドを出て城を目指す。
「ありがとう、アーサー。気が逸るあまり、思わず走り出すところだった」
「貴族の屋敷がある地区を武装して走り抜けたら、騎士がすっ飛んでくるからな。おかげで無駄な揉め事をしなくてすむよ」
「気にしないでください、走り出したいのは私も同じです。ただ……我々が走り出すと、衛兵の方々とミリアムに怒られてしまうので」
「はははっ! 相変わらず頼もしいな!」
恐縮している様子のアーサー達に、こんな時でも普段通りの冷静さや視野を維持できる事と、ミリアムのリーダーシップをヘンドリクセン達は称賛した。
「そんなことありませんよ」
(走り出そうとする皆さんを呼び止めた理由はそれだけじゃなくて……早く城に着きすぎると都合が悪いからなんですから、そんなに褒めないで!)
ミリアム達がヘンドリクセン達を呼び止め、落ち着かせてから出発したのは、選王城での六道聖捜索が終わるまでの時間を稼ぐためだった。
非常時とはいえ、ネズミ程度の騒動でヘンドリクセン達が城に入れるとは思えない。寧ろ、衛兵達に阻まれるだけだ。だからインプマウス達の安全に影響はない。
しかし、発見した六道聖が城の外に出たら、ヘンドリクセン達はその場に留まって戦おうとするだろう。ただ戦意を向ける相手が六道聖なのか、ヴァンダルーなのか、それともその両方なのかは分からない。
ヘンドリクセン達には街の人々の避難に協力して欲しいので、戦いに直接加わってほしくないのだ。
(ヘンドリクセンさん達にとっては大きなお世話。命を懸けて戦う覚悟を決めている人達を勝手に戦いから遠ざけるのは、侮辱なんでしょうけど……ヴァンダルーさんと敵対してほしくないんですよね)
神の加護を得た時から……いや、冒険者となった時から戦いの果てに死ぬ覚悟はできている。そう語っていたヘンドリクセン達に罪悪感を覚えながら、ミリアムは彼らを誘導していく。
その様子を神域で見ている『聖槍の女神』エルク達は、苦々しさと感心が入り混じった目をミリアム達『ハート戦士団』に向けていた。
『むぅぅ、いったいどうすれば? 結局あの者達に主導権を握られたままだ』
『やはり、神託で警告するべきだったか? 我々と英雄達なら、『迅雷』のシュナイダーの時のような事にはなるまい』
『それは既に、悪手だと結論が出ているだろう』
『こんな事なら、最初から近づかないよう警告しておけば……』
『今になってそんな事を言ってもどうにもならんぞ』
英雄候補に加護を与えている彼らは、『雨雲の女神』バシャス達の裏切りも、ミリアム達がヴァンダルーと繋がっている事も知っている。
しかし、それを神託でヘンドリクセン達に伝えて警戒するように促すのをエルク達は躊躇った。何故なら、ミリアムはもちろんアーサー達も邪悪ではないからだ。
『ハート戦士団』は邪悪な事はしていない。それっぽいのは外見くらいで、言動は至極まっとうだ。冒険者の中でも、善良な部類に入る。法律はもちろんギルドの規則、マナーも破っていない。
怪しげな素振りや言動はあるが、怪しげなだけで無害だったりする。
それどころかヴィダ派や自身に加護を授けた神の布教活動もしないし、一部のヴィダの新種族やアンデッドを従魔にするヴァンダルーの思想を広めようと主導的に動いてもいない。
それは異教徒ながら信徒としてはどうなのかと思わなくもないが、そうした者は古き良き英雄には珍しくない。神殿の権威とは距離を置き、自身の行動で神への信仰を表す。昨今の神殿で増えている、弁舌のみで行動が伴っていない聖職者よりは、余程信徒として優れている。
(正直、裏切り者ながら良き者を選んだものだとバシャス達に感心したぐらいだ)
戦神としての性質もあるエルクは、そう内心でアーサー達を評価していた。
そうした事情もあり、神託でヘンドリクセンにハート戦士団について警戒するよう指示を出す事はしなかった。
もちろん、まだ面識がない状態で『ハート戦士団』の面々の名前や容姿を伝え、『警戒し、近づかないようにせよ』と指示を出す事は可能だった。
そうしていれば、神の言葉に絶対的に従い使命を達成する事に人生の全てを投げ打って全身全霊を尽くす程の狂信者ではないヘンドリクセン達も、『ハート戦士団』を警戒して一定の距離を取り続けたかもしれない。そして、距離があればヘンドリクセン達が見るのは『ハート戦士団』の外見だけで、人となりまで知る事はなかっただろう。
『だが、今の時点では問題ないのではないか? こちらもヴァンダルーに関する情報を『ハート戦士団』から得ているし。迫っている脅威に対して動く際に邪魔をされるどころか助言を受けている』
しかし、そうしなかったのは『ハート戦士団』からヴァンダルー達に関する情報を手に入れられるかもしれないという、狙いがあったからだ。
そして実際、いくつかの情報は手に入ったのだが……。
『何を言うっ! ヴァンダルーが毎朝踊りの練習をしている事や、ブラッシングのテクニックに優れている事を知ったところでなんの意味がある!?』
仲が良くなったのでちょっとした雑談や世間話をするようになったが、雑談や世間話では役立つ情報はほとんどはいらなかった。
『いや、それだけではない。我が英雄は、『ハート戦士団』と合同で行った依頼で危ないところを助けられた』
『ヴァンダルーはともかくとして、『ハート戦士団』までも敵視させるのは最初から無理だったのではないか? 奴ら、怪しげなくせに怪しいところが全くないぞ』
『……もういい』
ドンッとエルクが槍の柄を床に叩きつけ、重い音を響かせると神々は口論を止めた。
『各々方、これまでの反省は後に回せ。これから大きな試練がオルバウムを襲う。まずは、それを凌がなければならない』
『エルクよ、六道聖なる転生者が転生しているというヴァンダルーの言葉を信じるのか?』
『信じるつもりはないが、否定するつもりもない。
だが、城の騒ぎが何かの前触れである事は疑うまでもない。真偽を問う時期はもう逃している。今はこれから起こる事態に対処するのみだ。……できるのならだが。そこは、我々が育てた英雄達を信じるしかあるまい』
『言われるまでもない! 新たに選んだ我が英雄は既に城に駆けつけている!』
『我々の英雄がハインツ達の力となり、魔王討伐の一助となってくれるだろう』
エルクに対してそう言うのは、『陽炎の神』ルビカンテや『制御の神』ミリオーネ達だ。ルビカンテは以前ヘンドリクセンの友人のカルロスという英雄候補に加護を与えていたが、彼がヴァンダルーに導かれると加護を剥奪して、オルバウム選王国のある騎士に加護を与えた。
新しく英雄を育て直す時間はないと考え、既に高い実力を持っていた騎士を選んだのだ。ミリオーネ達は、冒険者ではなく宮廷魔術師や騎士、衛兵を英雄候補に選んだ神々だ。
『誰が一番槍だろうと、一番手柄だろうと、構わん。好きに競え。
重要なのは、これから起こる戦いの結果だ』
アルダ勢力の従属神達が騒いでいる頃、アサギ達には何も知らされていなかった。
「はぁ、いつまで待機し続けなきゃならないんだろうな」
ゼアンの護衛という名目で雇われている彼等だが、アサギ達三人はビルギット公爵家がとった宿に滞在している。
それはヴァンダルーが滞在している貴族街から距離を置くためだったが……実は物理的な距離だけではなく、情報的な意味でも彼らは離れていた。
アルダ勢力の神々からアサギ、テンドウ、ショウコの三人は加護を得ていない。そのため、神々が神託を下す事はなかった。別に疎んでいた訳ではない……頼りにしていた訳でもないが。
ただ、彼ら三人の担当はロドコルテだと思っていたからだ。もし、アルダやナインロード、エルクがアサギに神託を下したとしても、アルダ勢力の神々に対して信心の無いアサギ達には届かなかっただろう。
「だったらいっそ戻る……って言うのは無理なのよね。仕事だから」
「ビルギット公爵の依頼だからな」
「違うだろ! このオルバウムで六道が事件を起こすなら、俺達が止めずにどうするってんだ! ヴァンダルーに任せっきりではダメだろ!?」
「「いや、任せっきりでもいいような気もするけど」」
熱弁を振るうアサギに対して、テンドウとショウコは声を揃えて言った。二人とも、六道に対して言ってやりたいことはあるし、元【ブレイバーズ】として、そうでないヴァンダルーに尻ぬぐいをさせていいのかと思わなくもない。
元仲間の裏切り者を止めるのに、自分達も尽力するのが筋だろうと。
しかし、テンドウとショウコはヴァンダルーに信頼されていない事を理解していた。……前々世で同じ学校に通っていただけの他人なのだから当然だ。しかも、今の自分達はロドコルテの紐付きである。
協力に値する力を持っている自負はある。テンドウの【千里眼】なら、六道聖が潜伏している場所も見抜けるかもしれない。ショウコの【イフリータ】の高い攻撃力も、決定的ではないが戦力になるはずだ。そしてアサギの【メイジマッシャー】なら、六道が習得した死属性魔術を消す事ができる。
能力以外にも、ビルギット公爵領で経験を積んだ三人は以前よりもずっと強くなっている。自力だけでも、A級冒険者相当の実力はある。……【魔王の欠片】の研究に注力していたため、ギルドの依頼をあまり受けていないから実際の等級はB級冒険者だが。
それに、【魔王の欠片】に関する研究でも一定の成果があがっている。本当に一定だけの成果だが。
しかし、ヴァンダルー自身に共闘を拒否され、警告まで受けている。その時点で共闘は不可能だ。寧ろ、今すぐアサギを引きずって去る事がヴァンダルーに対する最大の援護かもしれない。
「ただ、たしかに任せきりにするのが悪いとか、俺達にも何かできるはずだと思っていない訳じゃない」
「状況が深刻になった時、あたし達がいたら誰か一人でも助けられるかもしれないとは思うし。それに、世話になっているビルギット公爵家の人達を見捨てるのは、不義理だし」
「だよなっ! じゃあ、ヴァンダルーに渡りをつけよう! とりあえず冒険者ギルドにいる、あいつの仲間に手紙を渡して――」
「「それはやめろ!」」
行動力溢れるアサギを、二人は慌ててひっつかんで止めた。
このようにやる気はある三人だが、ロドコルテは彼らに六道の情報を渡さず、そしてヴァンダルーが動きだした事を知らせるつもりはなかった。
ロドコルテは、テルカタニスがカナコの前蹴りで気絶した事に気がついている。それでもアサギ達に声をかけないのは、彼らが六道聖の前に立ちはだかるつもりだからだ。
六道を利用してヴァンダルーを倒し、ヴァンダルーの仲間や彼が治める国をそのまま滅ぼしたいロドコルテとしては、今のアサギ達は面倒な存在でしかない。
そのため、神託を下さなかった。しかも貴族街の外の宿に滞在しているので、彼らが異変に気がつくのはずっと後になるだろう。
そして選王城上空では、戦いが始まっていた。
『死属性の魔力を圧縮して放つ術……なるほど、【死弾】!』
早速ヴァンダルーに放たれたのと、同じ魔術を放つ六道。
「【高速螺旋撃ち】」
六道の放った【死弾】を【吸魔の結界弾】で打ち消しながら、投げナイフのように手から生やした【魔王の角】を【怨投術】スキルで投擲するヴァンダルー。
六道はそれを難なく回避するが……。
『むっ!?』
極細の糸が彼の体に絡みついた。回避した【魔王の角】に、【魔王の絹糸腺】から作られた糸が巻き付けられていたのだ。
「【怨投】」
『させんっ!』
動きを封じているうちにと、別の武技を発動させ【魔王の角】を投擲するヴァンダルー。だが、六道は絡みついた糸から素早く抜け出した。その皮膚の表面は、ぬるぬるとした光沢を放っている。
そのまま反撃に移ろうとした六道だったが、城から放たれた怪光線によって攻撃の中断を余儀なくされる。
「急にテカテカになりましたが、あれは【魔王の皮脂腺】と言ったところでしょうか?」
「脂肪を直接生じさせたようには見えなかったので、おそらくは」
六道への牽制や小手調べの攻撃を繰り返しながら、ヴァンダルーは彼を分析していた。
六道が【魔王の欠片】で作られた肉体に転生した事は知っている。通常の欠片の所有者のように自身の肉体に【魔王の欠片】を寄生させるのではなく、【魔王の欠片】そのものが肉体なのだ。
その違いはあるのか、前例がないので分からない。
【魔王の欠片】による攻撃は通用するのか否か、距離をとって探っているのだ。それに、戦いに熱中している時に死の衝撃波を放たれたら、防ぐのに失敗するかもしれないという懸念もあった。
「テルカタニスが、集めた欠片の詳細を知っていれば助かったのですが」
【魔王の欠片】の封印には、どんな部位の欠片なのか記されてはいない事が多い。例外は、一度封印が破られた後再封印した際に、詳細な記録を取る事ができた欠片だけだ。
そのためテルカタニスも【魔王の鼻】……数年前に『五色の刃』が封印した欠片以外は知らなかった。
「【欠片】へ呼びかけてはどうでしょうか?」
これまでの【魔王の欠片】と同じなら、ヴァンダルーを本体とみなして彼と合流しようと宿主を故意に破滅させようとする事があった。それを提案するグファドガーンに、ヴァンダルーは首を傾げて答えた。
「それなのですが、どうにも妙です。六道の【魔王の欠片】は、暴走していないように感じます。何をもって暴走していると定義するかによりますが。
グファドガーンやフィディルグは、何か気がついたことはありますか?」
『あ、あるッス! あいつ、めちゃくちゃグドゥラニスっぽいッス!』
ヴァンダルーが尋ねた途端、それまで無言だった五悪の杖に宿った『五悪龍神』フィディルグがそう叫ぶように言った。
「それは姿かたちの事ですか?」
『違う。そうではなく、雰囲気というか気配というか……そうしたものがグドゥラニスと似すぎているというか、そのものなのだ』
『この気配は、十万年以上経っていても忘れはしない。骨の髄から震えあがるような恐怖と圧力……!』
『とにかく恐ろしいッス! 杖を握っているのがヴァンダルーでなければ逃げ出したいくらいッス!』
フィディルグは六道聖から、魔王グドゥラニスの気配を感じ取り怯えていた。気のせいだ、体全体が【魔王の欠片】でできているから、そう感じるだけだ。そう自分に何度も言い聞かせたが、それでも本能が「あれはグドゥラニスだ」と訴えるのを止めないのだ。
「……私もそのように感じます。もっとも、なぜそのように感じるのかは分かりませんが」
グファドガーンも、小規模の【転移門】を繰り返し開いて六道の【死弾】や【魔王の欠片】を使った遠距離攻撃を転移させて跳ね返しながら、首を傾げていた。
(【欠片】に振り回されず、使いこなしている。だからといって、グドゥラニスと似ているとは感じない。実際、偉大なるヴァンダルーからグドゥラニスと同じ気配を覚えた事はない。
では、何故だ? 体全体が【魔王の欠片】でできているせいか? だとしても、肉体を動かしている魂が別人の物なら、気配も変わるのではないか?)
そう思案するが、答えは出ない。
「六道が転生者である事が関係しているのかもしれませんね。でも、チート能力とは関係ないでしょうから……ロドコルテが何かしたのか?」
「そういえば……グドゥラニスを倒した時、グドゥラニスの魂も分断して封印したのですが、アルダが幾つかの封印と管理を魂の専門家であるロドコルテに依頼していました。この世界に全ての魂が無ければ、グドゥラニスが完全復活する事はないだろうと」
『たしかにそうだったッスけど……いや、そんな、まさか!?』
「……あー、それでしょうね」
ヴァンダルーが六道を見ると、距離や戦闘音にもかかわらず会話が耳に届いていたのか、彼はにやりと口の片端を釣り上げた。その笑みが、何よりも雄弁に答えを物語っていた。
『ヒィィィ!? 正気の沙汰じゃねぇッス!』
『君達に正気を疑われるとは、心外だな』
そう言いながら、六道は胸部に発動した【魔王の鼻】から竜巻のような空気砲を放った。
「お前に心外だと言われる事が、心外です」
ヴァンダルーはその空気砲を黒い光線……【虚砲】で貫いて掻き消し、そのまま六道を攻撃する。
『すべては貴様が原因だ。【魔王の欠片】を多用して己の意志のまま力を振るう貴様を倒すには、同じ魔王の力が必要。そう考える事の何処がおかしい? まあ、ロドコルテが正気か否かなど、今の私にとってどうでもいい事だが』
ヴァンダルーの【虚砲】を軽々と回避して、六道はそう言った。
『それよりも、私に先んじて神に至った君ともあろう者が随分と不自由そうじゃないか。前世でも思ったが、君は博愛の神でも目指しているのかね?』
そう言いながら、六道はヴァンダルーに向かって再度空気砲を放つ。ヴァンダルーはそれを回避せずに、やはり魔術をぶつけ打ち消した。
何故なら、ヴァンダルーの背後には街があるからだ。
「博愛とまではいきません。ただ、お前にない良識と分別があるだけです」
良識はともかく分別については、オルロックやコービット選王達が異議を唱えてきそうだが、ヴァンダルーはあるつもりである。六道にダンジョンに閉じ込められた時に、ダンジョンを破壊して脱出しなかったのもその良識と分別故だ。
ダンジョンの出入口が存在したのは、選王城の最下層。内部からダンジョンを破壊して脱出した場合、選王城は最下層からヴァンダルーの攻撃の余波を受ける可能性があった。それを避けたかったのだ。
そのため、ヴァンダルーは使い魔王を食べて【能力値増強:共食い】の効果で能力値を上げ、グファドガーンは変身装具を使って魔術の効率を上げてダンジョンの外に【転移】する方法を選んだ。
戦いの結果選王城が全損しても、ヴァンダルーとしては被害者の数が抑えられるのなら別に構わない。だが、さすがにコービット選王達の見ている前で、自分の攻撃によって城に大きな被害を出すのは嫌だったのである。
もちろん、最も大きな理由は城の中にカナコが、そして敷地内にテルカタニスに化けたアイラがいるからだが。
『なるほど、神の座に至りながら信者でも何でもない人間達のためにくだらない配慮を続け自分を縛っている。君自身が勝手に枷にかかっているのは、私にとっては都合の良い話だ。
だが、それが気に食わない!』
そして、六道は【魔王の鼻】から空気砲を三度放った。だが、巨大な二つの鼻孔から放たれた空気には、彼が魔術で作りだした病と猛毒が含まれており毒々しい紫色に染まっている。
『己の存在がどれほどの価値があるのか自覚しない愚者めっ! 貴様ほど腹立たしい存在はこの世に存在しない!』
自分自身が特別な存在になる事を狂おしいほど求めた六道にとって、ヴァンダルーの在り方は認める事ができないものだった。
だからヴァンダルーの姿を直接見た途端、脳髄が焼けるような激しい怒りを覚えたのも【当然の事であり、無理はない】と六道は思った。
「大きなお世話です。後、相互理解が不可能なのは分かり切っていた事でしょう」
ヴァンダルーは六道が放った病毒空気砲から、【消毒】の魔術で生命に害になるものを消し、【虚砲】を放って掻き消し、袖の内側から複数の【魔王の卵管】を伸ばす。
「ファイエル」
そして【魔王の卵管】から【角】や【骨】で作った弾丸による連続射撃を行った。
ヴァンダルーにとっても、自分から神になりたがる六道の価値観は理解できないものだ。自身の巨大神像や大神殿を建設しようとする圧倒的な数の民に向かって、果敢にも反対運動を展開する彼と六道がお互いを理解する時は永遠にこないだろう。
『ふんっ!』
だが、六道はヴァンダルーが放った弾丸を体の表面の肉を膨らませて半球体を作り、その弾力で受け止め弾いてしまった。
「あれは……【魔王の肉球】でしょうか?」
『一撃ではダメか。ならこれでどうだ!?』
六道はヴァンダルーが思わず発した言葉にあえて答えず、今度は胸部だけではなく両腕両脚、そして背中にそれぞれ【魔王の鼻】を出現させ、空気砲を放つために唸り声のような音を響かせて息を吸った。
『四方八方に撃たれては手も足も――!?』
でないだろう。そう言い終える前に、目の前に【転移】してきたヴァンダルーの杖に鳩尾を突かれ、思わず息を吐きだしてしまう。
その六道に向かって、ヴァンダルーは拳を構える。その背後にレビア王女が現れ、次の瞬間ヴァンダルーの拳が炎に包まれる。
「【炎獄死】」
『【脱熱】うううう!』
ヴァンダルーの拳ごと爆発した炎が六道を包み、六道は赤黒い炎に対して熱を消す【脱熱】で炎を消そうとするが、消しきれずに高度を下げる。
「実験終了。奴は、魂を砕くことはできないようです」
先ほどの【炎獄死】は、【冥界神魔術】だった。ゴーストの力を借りて発動させる【神霊魔術】ではない。なのに、レビア王女の姿を六道に見せつけた理由は、六道がヴァンダルーと同じように魂を砕き、喰らう事ができるのか試すためである。
しかし、六道にはそうしようとする素振りもなかった。
「【魔王の欠片】による攻撃も、死属性魔術も、吸収等の手段で無効化してくる様子はない。
では考慮するのは地上の被害だけにして、このまま攻め切りましょう。グファドガーン、【転移門】を」
「偉大なるヴァンダルーの意志のままに……ヴァンダルーよ、乱入者です」
【体内世界】に待機している仲間を呼び出して、一気に六道を倒そうとしたヴァンダルー達だったが、乱入者によってそれは中断された。
選王城の上空という、目立つ場所で戦っていたヴァンダルー達だったが、それまで戦いに介入していたのはテルカタニス宰相の執務室にいる使い魔王とカナコぐらいだった。選王国の騎士達は、ルビカンテの英雄候補達も含めて宰相に化けているアイラの誘導によってコービット選王達の安全を確保するのを優先している。
だが、マジックアイテムによって高速で飛行してきた五人の人影がこの神対神、もしくは魔王対魔王の戦いに乱入した。
「【輝烈刃】!」
『ようやく来たか』
攻撃されたというのに、炎に包まれたままの六道は安堵した様子で態勢を立て直し、【魔王の肉球】で光属性魔術を弾き散らす。
「全力ではなかったとはいえ、軽々と……奴が六道聖か」
乱入者、『五色の刃』のリーダー、ハインツはそう言うと新たな剣……かつてベルウッドが振るった伝説の聖剣を構え直した。
「ヴァンダルー、遺憾だろうがここは人々のため、六道聖を倒すまでは共闘しよう!」
ハインツは六道を人々に対する脅威、そして共通の敵として認識してヴァンダルーにそう提案した。だが、ヴァンダルーも、背後のエルフの少女も口を開かない。だが、否定の言葉や殺気が飛んでくることはなかったので、ハインツ達は彼らの沈黙をもって肯定と解釈した。
「行くぞ、皆っ!」
ハインツの号令と同時にダイアナが付与魔法で能力値を増強し、デライザが【盾術】の武技、【極挑発】を発動して六道の戦意を自分に強制的に引き付けようとする。
『フフフッ』
だが、六道は炎を【脱熱】で消しきると、デライザを無視して体の表面を変化させる。
「ダメッ、挑発系はまったく効かない!」
「何をするつもりか知らないが、黙って見ていると思うな!」
デライザの悔しげな声と同時にジェニファーが飛び出し、六道に挑みかかる。
「【千輝爆拳】!」
『ははは! 痒いなっ!』
高速の輝く拳が黒い異形の巨漢の全身を撃つ。しかし、六道は【魔王の肉球】の弾力でジェニファーの打撃を防ぐ。
『では、有象無象には消えてもらおうか! キャサリン!』
六道がそう叫ぶと女のゴーストが……それまで姿を見せなかった彼の部下の一人、【アルテミス】のキャサリン・ミラーが現れる。そして、六道の背中に生じた【魔王の鼻】から病毒空気砲が、明後日の方向に放たれた。
「はぁっ? どこに向かって――嘘だろ!?」
病毒空気砲は、キャサリンの【必中】のチート能力によって生きているように軌道を変えてジェニファーに向かって突き進む。とっさに逃げようとしたジェニファーだったが、六道がそれを許さない。
「【シャイニングスラッシュ】!」
だが、そこにエドガーが飛び込んできた。その瞬間、六道は耐えがたい衝動を覚え、思わず彼に向かって全ての注意を向けていた。
しかし、エドガーの短剣による一撃は六道の皮膚を守る【皮脂腺】から分泌された皮脂によって滑らされてしまった。だが、その隙にジェニファーは六道の間合いから離脱する事に成功し、病毒空気砲はヴァンダルーによって毒性も含めて掻き消された。
「【輝命】! 【滅魔輝真撃】!」
「【界穿滅虚砲】」
そこにハインツの輝きを宿した聖剣の一撃、そして後方からのヴァンダルーの魔術が六道を狙う。
「なっ!?」
ただし、【界穿滅虚砲】はハインツの背中ごと六道を狙っていた。ハインツは慌てて振り返り、切りかかるはずだった六道に背を向けて、【滅魔輝真撃】を自身に迫りくる魔術に向かってぶつける。
『七夜! 【吸魔盾】!』
そして六道はハインツの背ではなく、ヴァンダルーの魔術に向かって彼が開発した死属性魔術を放つ。魔力を吸収する【吸魔の結界】を盾状に展開し、それを部下の【アレス】の杉浦七夜の【威力倍増】で威力……つまり込められた魔力を倍にする。
「……病毒を消す方に気を取られすぎましたね」
『チッ、運の良い奴らッス』
【界穿滅虚砲】を何とか耐えきったハインツと六道の姿を認めて、ヴァンダルーは息を吐いた。
「な、何のつもりですか!? 今は、あなたが訴えた脅威である六道を倒すために協力するべきではないのですか!?」
「それに、さっきは――」
驚いて叫ぶような口調で問いただしてくるダイアナとジェニファーに、ヴァンダルーは殺気を向けながら答えた。
「俺は、共闘するとは一言も言っていません。お前達が誤解するのを期待して、黙っていただけです。
お前達と共闘する気も、必要性も、全くありません」
「っ!?」
静かな、しかし完全な拒絶。まさか、共通の敵が現れても手を組む事ができないとはと、思わずハインツ達は息を飲む。
『クハハハ! 想定通りだ! お前達が共闘できるはずがないという、私の考えは正しかった! さあ、どうするこの世界の勇者よっ! 私と組んでヴァンダルーを倒すかね!?』
「そんな事ができるはずがないだろう!」
「当たり前の事を偉そうに誇るのはどうかと思いますよ」
こうして、戦いは三つ巴の様相を呈したのだった。
次話は12月4日に投稿する予定です。
すみません、次話の投稿が遅れそうです。申し訳ありません。




