三百四十二話 隙を逃した六道聖
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「殺し合いになっても構わないとは、言ってくれるじゃないか」
「待ってくれ、エドガー。彼はヴァンダルーの使い魔だ。戦っても意味はない」
「そんな事は分かってる!」
短剣を構えたまま前に出ようとするエドガーを制止するハインツ。しかし、エドガーはそれでも気が収まらないのか、今にも飛び掛かりそうな様子で蟹に似た使い魔王を睨みつけた。
使い魔王を通してそれを見ているヴァンダルーは、その様子に期待を覚えて見守っていたが、結局エドガーが下がってしまったため、仕方なく顔を上げた。
蟹型の使い魔王の腹に当たる部分の真ん中に、髑髏のような顔が埋め込まれていた。その悍ましさに、ハインツ達の協力者である冒険者パーティーやセレンは小さく悲鳴や呻き声を漏らす。
ヴァンダルーはそれに構わず、ハインツ達に向かって話しかけた。
『殺し合いにはならないようなので、話を進めましょうか。……お前達は、何故オルバウムの都に向かっているのですか?』
「……『試練のダンジョン』にいる間も、伝手を通じて外で起きている事を調べていた」
巨大蟹の口に当たる部分にある髑髏が発しているとは思えない流暢な声に対して、ハインツは慎重に答える。先の言葉からも分かるように、ヴァンダルーがその口調とは裏腹に冷静ではない事を彼も理解しているからだ。
「そうして集めた情報の中に、君がアルクレム公爵領から出て、中央のオルバウムにいる事が分かった。宰相は【魔王の欠片】を集めているし、君はサウロン公爵家の末娘やハートナー公爵家の長女に近づいている。
オルバウムで何かが起きていると私達が考え、それを確かめるために向かってもおかしくないはずだ」
『……それはそうですね』
ヴァンダルーも、オルバウムで活動していれば、いつかハインツが出張ってくる可能性はあると思っていた。ただ、オルバウムで活動する当初は、ベルウッドの力を使いこなすための修行にまだ一年以上かかるだろうと予想していたので、その可能性は小さいと考えていた。
しかし、ヴァンダルー自身や、テルカタニス宰相の動きが大きかったため、ハインツ達が修行を切り上げて出てきてしまったのである。
ハインツ達からすればエドガーに促されたという理由もあるが、促された直後に熱心なアルダ信者だと周りからは考えられていた宰相が前代未聞の提案をしたという情報が、アルダ融和派の貴族からもたらされた。
まだ修行の成果は十分ではないが、このまま閉じこもっていては致命的な事態に発展してしまう。そう思うのは当然だろう。
『それは納得できるのですが、何故彼女までいるのですか?』
ヴァンダルーはハインツ一行の中の唯一の非戦闘員、ダンピールの少女、セレンをハサミの先で指して尋ねた。できるだけ関わり合いたくないのか、視線だけではなく目を物理的に逸らしている。
『まさか、彼女が俺に対する切り札になると考えているなら、それは大きな誤解です』
そう言うヴァンダルーに、ジェニファーやデライザは(そのつもりはないけど、滅茶苦茶効いてる)と内心でツッコミを入れた。
「わ、わたしは――っ」
「セレンを連れて行くのは、彼女自身の安全のためだ。ダンピールである彼女を狙う存在は、君が原種吸血鬼を倒してくれた今でも多い」
アルダや『眠りの女神』ミル、そしてベルウッドから神々が知っている情報を得た事で、ハインツはヴァンダルー達がこれまで行った事を不完全ながら知っていた。
さすがに信者や神の目の届かない場所で行われたことは……境界山脈内部や魔大陸、ガルトランド、そして『岩の巨人』ゴーン達アルダ勢力の亜神が倒された後の魔王の大陸等での出来事はアルダ達も知らないので、ハインツも知りようがないが。
遥か上空から眺める事はできるので、バクナワと一緒に魔境をある程度浄化している事や、タロスヘイムで巨大な自身の像を建てた事は分かっているけれど。
ハインツが言ったように、邪神派吸血鬼の残党……を名乗る犯罪者集団や、アルダ過激派、反融和派などなど、ダンピールであるセレンを害そうとする存在はまだ多い。
それらの多くはファゾン公爵やアルダ融和派の同志達で対抗できる程度ではあるが、最も彼女が安全なのはハインツ達の眼の届くところであるのは間違いないと、彼らは考えている。
それは、冥や博を【体内世界】に滞在させていたヴァンダルーも理解できる話だ。もっとも、六道を【体内世界】に取り込んで戦う可能性があるため、今は【体内世界】から出してヴィダル魔帝国やシルキー・ザッカート・マンションで生活してもらっている。
いざという時、六道を取り込んだ【体内世界】の一部ごと……つまりヴァンダルーの体を半ば消し飛ばすような事になるかもしれないので、念のためだ。
『……彼女の存在が俺達に対する抑止力になると考えているのなら、あの事を話しますよ?』
だからセレンを連れてきている事に理解はできるが、釘は刺しておかなければならない。なのでそう言うが、ハインツ達はもちろん、セレンにも動揺は見られなかった。
『もう話していましたか』
「ああ、ミルグ盾国で私達が君達親子に何をしたのか、セレンには全て話してある。そして、抑止力として利用するつもりはない。
……セレンの事を政治的に利用しようとする動きはあると思うが」
『それはそうでしょうね。そのあたりの事は、どうでもいいです』
すまなそうに視線を伏せるハインツ。セレンはアルダ融和派の旗頭の彼が保護している、ダンピールだ。アルダ融和派の聖職者や支持している貴族達からすれば、重要な象徴である。政治的に利用せず、普通の少女のように扱うなんて、あり得ない話だ。
ヴィダ原理主義というものを主張しているヴァンダルー達にとっては、歓迎できない動きだが……今回の用件にはないので、ヴァンダルーはさっさと話を進める事にした。
『では、主な用件ですが……お前達は、テルカタニス宰相の背後にいるだろう、六道聖に協力するつもりですか?』
もし万が一そうだったら、合流される前にここで『五色の刃』を叩かなければならない。
「六道聖……しばらく前、ビルギット公爵が行っている【魔王の欠片】研究の協力者、アサギが教えてくれた名前だ。彼が宰相を操っているのか?」
しかし、やはり予想通り『五色の刃』、そしてアルダは六道と組んでいなかったようだ。
『アサギはそっちに行っていたのですか』
「ああ、以前は君と仲間だったと言っていたが――」
『俺の尊厳をかけて断言しますが、そんな事実はありません。クラスメイト……同じ時期に同じ場所にいた二十人から三十人ぐらいの集団の一人というだけの他人です』
「クラスメイト……冒険者学校の同期という感じか。わかった。話では、六道聖について警告されたが、彼も死属性魔術師なのか?」
『そうです。もっとも、だからといって俺と同一視されるのは困ります』
「彼の説明でも、そう言っていたような覚えがある。ただ、彼からは六道よりも何故かカナコ・ツチヤという君の仲間の転生者について、強く警告されたのだが……」
『えぇぇ?』
ハインツの言葉に、思わず彼への殺気と警戒心が緩むほど呆れるヴァンダルー。何故『オリジン』世界を滅茶苦茶にしようとし、ヴァンダルーが防いでなお歴史に残る混乱をもたらした六道より、カナコの危険性を訴えるのか。
ヴァンダルーにはその思考が理解できない。たしかにカナコ、そしてダグとメリッサは前世でアサギ達を裏切ったから、憎むのは分かる。しかし、それはカナコ達を背後で操っていた六道も同じだろうに。
このままアサギが各地でカナコ脅威論を流布するようなら、どういうつもりなのか問いただした方が良いかもしれない。……意見の相違だけで殺し合うつもりはないが、風評被害が広がるのを放置するのも問題だ。
これがただの一般人なら、ただの好き嫌いと言える。しかし、アサギはそれなりに等級の高い冒険者で、ビルギット公爵に雇われているので、一般人以上の発言力を持っている。その点を、アサギ自身も自覚してほしいものだ。
そう思うヴァンダルーだが、カナコはライブやコンサートでヴィダ信者を増やしていく【芸導士】なので、宗教的にも対立しているハインツ達に危険な存在であると警告する事は、間違っていない。
アサギ達はカナコが【芸導士】である事を知らないし、宗教的な意識が薄いのでそういう意味で警告したのではないのだが。
「うっ、うわあああっ!」
「っ!? ま、待てっ!」
その時、ハインツ達が連れていた冒険者パーティーの弓使いが突然矢を使い魔王……ヴァンダルーに向かって放った。
おそらく彼は、極度の緊張状態にあったのだろう。ヴァンダルーが「殺し合いになっても構わない」と言い放ち、常に殺気を向けていた事で、それは緩むどころか高まる一方だった。使い魔王が、普通なら嫌悪感を煽る姿をしている事もそれを加速させた。
そのヴァンダルーの殺気が、突然消えたのだ。隙ありと見て、反射的に攻撃してしまうのも無理はない。
そして弓使いの男が矢を放つと、ジェニファーの制止の声を無視して剣や槍を構え、魔術を発動させようとする冒険者パーティー。だが、次の瞬間激しい衝突音が響いた。
「【輝鋼壁】!」
弓使いの前に移動したデライザの盾が、使い魔王のハサミを受け止めていた。
「なっ!?」
ヴァンダルーが、弓使いが反応できない速さで使い魔王の片腕を伸ばして攻撃したのを、デライザが防いだのだ。
そしてハインツは使い魔王の、蟹の頭部に当たる部分に剣を突き付けていた。
「こちらの不手際だ、すまない。だが、このまま話し合いを続けてほしい」
その足元には、弓使いが放った矢が落ちている。ハインツが剣で叩き落とし、使い魔王に当たるのを防いだのだ。
『…………彼が狙ったように、剣を突きつけるなら顔の方では?』
「その髑髏の事を言っているのなら、そんな分かりやすい弱点を君が作るとは思えない。急所はこっちだろう」
『忌々しい事に正解です。では、話を戻しましょう』
反対側のハサミはエドガーに押さえられていたので、仕方なくヴァンダルーは殺し合いを始める事を諦めた。
ヴァンダルーも、理性では分かっている。今はハインツ達『五色の刃』と六道、どちらを優先して殺すべきなのかを。
彼が殺したいのは『五色の刃』で、おそらく強いのも『英雄神』ベルウッドや英霊の力を使える『五色の刃』の方だろう。だが、危険なのは六道聖の方なのだ。
この使い魔王で、『五色の刃』の今の強さがどれほどか計る。そこまではいい。しかし、ハインツを殺すためにヴァンダルー本人や戦力を率いてオルバウムから移動するのはいけない。
その隙に六道が『オリジン』でしたように死の衝撃波を放つなどして無差別殺戮を行ったら、目も当てられなくなる。
衝撃波の威力がオリジンと同じなら、D級冒険者と同等かそれ以上の生命力を持つ人々なら一度目は耐えられるだろう。二度目以降は、魔術やマジックアイテム、武技で衝撃波を防げるかもしれない。
しかし、それで冒険者やオルバウムの騎士達が生き残れても、戦いとは縁のない人々は運が良くない限り全滅してしまう。
本来なら正式に国交を結んだわけではない国の首都の安全を守る義務は、ヴァンダルーにはないが……仮の身分とはいえそれぞれのギルドに属する冒険者であり、テイマーであり、商人だ。
それにアルクレム公爵家の代官には何度も世話になっているし、ハドロス・ジャハン公爵ともかかわったし……義務がどうのこうのと考えられる段階は通り過ぎている。
だから、ハインツ達を殺すためとはいえ、オルバウムを離れる訳にはいかないのだ。
『六道の当座の目的は、俺を殺す事でしょう』
意識をハインツに向け直し、再び殺意と警戒心を高めてからヴァンダルーは話を元に戻した。ハインツも剣を鞘に収める。……エドガーは中々下がらず、ハインツに促されてやっと下がった。
「当座の目的、という事は最終的な目的ではないの?」
『この世界に転生した六道にとっては、俺を殺してそれで終わりという事にはならないでしょうから。多分、俺を殺す事ができた後は、この世界で『オリジン』……前世にいた異世界でやろうとしたことをやろうとするのではないでしょうか?』
ハインツの横に戻ったデライザの言葉に、ヴァンダルーはそう答えた。もっとも、六道が【グングニル】のカナタのように、ヴァンダルーを殺したらすぐに自殺して、他の世界に転生する取り引きをロドコルテと纏めている可能性もある。しかし、ヴァンダルーはその可能性はないと考えていた。
ロドコルテにとってはアンデッドを爆発的に増やす事ができる六道のような死属性魔術師を、そのまま他の異世界に転生させるとは思えないからだ。
(まあ、俺にやったように呪いをかけて行動を縛っている可能性はありますが。しかし、それは俺が心配する事ではありませんし)
自分が殺された場合の事を考えるよりも六道を殺せるように努力し、達成する事を考えるべきだろう。
「異世界でやろうとしたことというと、この世界の神になろうとするのか? だが、この世界でそれはあり得る事だが……」
『人々の信仰を得て、死後に神になるような穏当で時間のかかる手段はとらないでしょう。アルダ達が認めるとも思えませんし。
既存の国を滅ぼし、生き残った人々を自分の信者として洗脳するとか、それぐらいはやりそうな気がします』
自身の巨大神……石像や、自身の人生をアトラクションにした大神殿の建設に反対するため世論に逆らうヴァンダルーとしては、六道聖が考えている事は想像して分かる事はできても、理解して共感する事はできない。
そもそも肉体がある以上、信者からの信仰が無くても生きていけるし、立身出世を目指すならバーンガイア大陸統一国家の樹立でも目指せばいいのにと思う。
「そうか。どう考えても、君以上に危険な存在だな。その六道聖を倒すまで、共闘する事はできないか?」
『無理です』
「……少しは考えてくれないか?」
ハインツの悍ましい提案を即座に蹴ったヴァンダルーに、彼は渋面を浮かべる。しかし、それはヴァンダルーにとってあり得ない事だ。
『オークとオーガーの群れが争っているのを見て、お前達はどちらかの群れと協力しようと考えますか? ああ、お前達をオークやオーガーに例えている訳ではありません。考えやすい例としてあげただけです』
ヴァンダルーが言った状況を冒険者が見たら、争いに生き残った方を退治して漁夫の利を得ようとするか、その隙に逃げる事を考えるだろう。戦闘狂の冒険者なら、どちらの群れも自分の手で退治しようと、争いに介入するかもしれない。
だが、オークかオーガーの味方をしようとはしない。肩を並べた瞬間、攻撃されるからだ。
『なので、俺達が六道聖を倒すまで邪魔をせず、オルバウムに近づかないようにしてください。用件は、それだけです』
ヴァンダルーの用件……『五色の刃』への要求は不干渉だった。協力する事ができない以上、三つ巴になる事は避けたかったのだ。
ただ、同時にハインツ達を殺す機会を先延ばしにするのはヴァンダルーにとって苦痛であるため、『殺し合いになっても構わない』という言動になってしまっていた。
一応、ハインツ達ならそう苦戦せずに倒せる程度に使い魔王の性能を抑えた。もし殺し合いになっても、ハインツ達にあっさり負けて、冷静になる時間ができるように。
しかし、そうした矛盾を抱えた会談も終わりだと、ヴァンダルーはハインツ達から離れたところで【魔王の欠片】の素材の残骸を回収されないよう自壊するため、走り出そうとした。
「待って! わたしにとって、ハインツお兄ちゃん達は、大切な人なの!」
だが、その時セレンがヴァンダルーに向かって叫んだ。
「だから――」
『それは理解しています』
ヴァンダルーは、そのセレンの叫びを遮って言い返す事にした。彼女に恨みはないが、『五色の刃』の近くにいる以上巻き込まれるのは避けがたい。それに、今後そう機会があるとは思えないが、同じことが繰り返されるよりはここではっきりしておいた方が彼女にも、そして自分の精神衛生上にも良いだろうと考えたのだ。
『あなたの境遇は、だいたい知っています。手紙に書いてありましたから。彼らが過去に何をしていようが、命を助けられた事に恩を感じるのは当然ですし、長い時間を一緒に過ごしていれば家族同然に思うのも自然な流れでしょう。それは納得できますし、理解します』
ヴァンダルーの言葉に、セレンが驚いたような顔をする。ダイアナやジェニファーも、まさか理解を示されるとは思わなかったので、戸惑った様子を見せた。
『ただ、それだけです。あなたにとって大事な人だからといって、俺が殺さない理由にはなりません』
だから、そのヴァンダルーの言葉とそれに込められた拒絶の強さに、セレンは思わずよろめいた。
「そんな……」
『そんなものです。あなたを保護した後、『五色の刃』が【魔王の欠片】の封印を持っている人魚の集落を襲撃したでしょう?
彼女達の事を大事に思っている人もいました。しかし、彼らは襲撃して何人もの人魚を殺した。それと同じ事です』
ヴァンダルーの言葉に、ハインツ達は過去にファゾン公爵に依頼されて行った事を思い出し、はっとする。
「まさか、あの人魚達と【魔王の欠片】の封印は……」
『『紅南海の正悪神』マリスジャファーを崇める人魚達と、彼女達と友好的な関係にあった魔人族は俺の元にいます。【魔王の欠片】も。俺がお前達を殺したい理由の一つです』
人魚の女王のドーラネーザや、獣魔人のデディリアの事を述べるヴァンダルー。
「……理由の一つってことは、それは主な理由じゃないんだろう? なあ、ハインツ達を許してもらう事はできないのか?」
その時、ジェニファーが悲痛そうな様子で投げかけた問いに、ヴァンダルーの思考は止まった。
「お前の母親を引き渡したのは、アミッド帝国の冒険者ギルドの依頼だったからだ。それに死んだ母親だって、どうやったのかは知らないが生き返った。なら――!?」
「ジェニファー、下がるんだ!」
ヴァンダルーが何も考えず接近して、ジェニファーに向かってハンマーのように振り下ろした鋏を、ハインツの剣が受け止めていた。
「【ソニックスラッシュ】!」
そしてハインツごとジェニファーを狙った反対側のハサミを、エドガーが切り落とす。
「エドガーッ!」
「向こうから仕掛けて来たんだ、仕方ないだろ!」
「ハインツ、エドガーの言う通りです! それにこれで終わりではありません!」
エドガーに非難の声をあげるハインツだが、ダイアナが警告したようにそれで終わりではなかった。エドガーが切り落とした切断面から無数の触手が生え、なおもジェニファーを襲おうとする。
しかも蟹の腹のドクロの顔が、口を大きく開いた。すると口腔から黒い筒が伸びる。
そして轟音を響かせながら何かを撃った。
「【全能力値強化】!」
「くっ、仕方ない、【蒼光炎刃】!」
「【千輝爆拳】!」
「【輝鋼壁】!」
ダイアナが仲間の能力値を強化し、デライザが盾で使い魔王が【砲術】で撃ち出した結晶の弾丸を防ぎ、ジェニファーが高速で繰り出す拳が触手を打ち抜き、ハインツの放った斬撃が使い魔王の胴体を袈裟切りにした。
使い魔王の体から、紫色の血が飛沫をあげて飛び散り、瞬く間に蒸発して毒々しい煙をあげる。
「下がれ、毒だ!」
血に揮発性の強い毒が含まれていると気がついたハインツが叫び、全員咄嗟に下がって距離を取る。使い魔王はそれを追撃せず、蟹の頭部が斜めにずれたまま言葉を紡いだ。
そして、使い魔王は動きを止めた。
『ん? 何の話をしていたのでしたっけ? ……ああ、ハインツ達を許す事ができないか、という質問でしたね』
まるで先ほどの攻防も、自分が傷つけられた事も意識していないかのように、ヴァンダルーは使い魔王を通して会話を続けた。
『たしかに、母さんは俺達が生き返らせました。ですが、それが何故ハインツを許す事に繋がるのか、俺には理解できません。
もし、『五色の刃』が母さんを生き返らせてくれたのなら、そうなるのも分からなくもないですが』
ダルシアは生き返った。だが、それはヴァンダルー達の働きによるもので、ハインツ達はそれに何の協力もしていないし、助けになっていない。
被害者が自己の努力で被害から回復したら、何もしていない加害者を許さなくてはならない。そんな戯けた話こそ、許されるべきではない。
『それに、ハインツは二度母さんを殺しました。三度目を起こさせないためにも、殺します』
「ですが、ハインツを殺せばそれであなたの母親が安全になるって訳ではないはずです! ハインツ以外にもあなた達には敵がいくらでもいるでしょう? それに、私達がハインツ達を殺した事を恨みに思ってあなたに復讐しようとしたら、どうするのです!?」
『たしかにその通りですが、それが何か? それと、あなた達が俺に対して復讐を企てた場合は、ただただ叩き潰すだけです。何度でも、何度でも、俺が存在する限り永遠に』
ダイアナの主張はもっともだ。ハインツ達を殺したからといって、ダルシアの安全が保障されるわけではない。
魔物の存在しない『地球』でだって、交通事故や天災等で死ぬ可能性は常にあった。ハインツの抹殺は、数ある危険の中の一つを排除するだけに過ぎない。……ただ、ヴァンダルーにとってハインツは、危険要因の中でもっとも大きいものなので、排除する意味は大いにある。
それに、ハインツ達を殺した事で復讐の連鎖が発生したところで、だからどうしたというのか。恨みは連鎖するものだ。ヴァンダルーがハインツ達に対するものだけを止めたところで、別の場所で別の人々の間で、永遠に恨みは連なり続ける。
ヴァンダルーは既に山ほど人を殺しているし、それを恨みに思っている者もいる。犯人がヴァンダルーだと知れば、復讐を企てる者も少なくないだろう。
そしてこれからもヴァンダルーは人を殺す。テルカタニス宰相も、多分殺す事になるだろう。
いつか争いが終わるなんて、幻想である。生物は今も昔も争い続けているし、死後も恨みや憎しみを忘れないから悪霊等が存在するのだ。
だからハインツ達をヴァンダルーが許す理由はないし、許さなければならない理由もない。
『もう、聞きたいことはありませんね? それと、そちらの弓を持っている方。さっきはすみませんでした。俺も緊張していたので、お互いさまという事にしてくれたら幸いです。
それでは……おや? 上手く動け……な……い?』
再び身を翻そうとした使い魔王だったが、その拍子に胴体の上の部分が完全にずり落ち、二つになってしまった。それで限界を迎えたのか、動かなくなると端からボロボロと崩れ塵になっていく。
「……あたしには一言もないのかよ」
思わずそう呟くジェニファーに、デライザが答えた。
「多分、あなたに攻撃した自覚がないのよ。怒りのあまり思考が飛んでいた……そんな状態だったから、まるで何事もなかったように話を続けたんじゃないかと思うわ」
デライザの答えに、ジェニファーは冷や汗を流した。事実なら、自分は先ほど龍の尾を踏み抜いたことになる。ヴァンダルーが本体ではなく、分身で来ていて幸運だった。
同時に、いざという時は先ほどと同じような言葉でヴァンダルーの狙いをハインツ達から自分へ逸らす事ができるかもしれない、とも思った。……逸らした後、すぐに殺されないようにする必要があるが。最低でも、【英霊降臨】をした後にするべきだろう。
「……思ったより、たいした事ありませんでしたね。ランクは、11ぐらいでしょうか?」
しかし、あの蟹型の使い魔王自体の強さはそれほどでもなかった。ハインツが【英雄神降臨】を、デライザ達が【英霊降臨】をせずに倒せたのが、その証拠である。
しかし、それはヴァンダルーがその程度に強さを抑えたからだ。
「それぐらいだな。ただ、これはハインツが言ったようにヴァンダルーの使い魔、分身みたいなもんだ。奴にとっては、いくらでも作れる使い捨ての駒だ。
本体もたいした事ない、なんて考えるなよ」
それを見抜いたわけではないが、エドガーは協力者の冒険者にそう言って釘を刺した。
(あの蟹を見た瞬間、怒りで頭が熱くなった。なんでそんなに俺は怒りを覚えたんだ? 前に殺されかけた恨みか?)
ただ、自分の言動や感情に対して困惑も覚えていた。そう自問していると、【前、殺されかけた恨みに決まっている】と自答し、困惑は収まった。
(そうだ、前に殺されかけたんだから、怒りを覚えるのは当然だよな。それに、俺だけじゃなくてハインツやデライザも酷い目に遭っているし、ジェニファーとダイアナだってショックを受けていた。
あれくらい怒りを覚えても当然だよな)
そう、残されているエドガーの人格は判断した。
そして彼の魂に混じっている魔王グドゥラニスの魂の小さな粉は、苛立ちを覚えていた。自分自身の体の一部を使って、あんな魔物モドキの使い魔を創るなんて……。
人間に例えると、眠っていて意識の無い間に酷い凌辱を受けた事を見せつけられたような気分だった。
もう少しだ。もう少しの辛抱だ。
そう繰り返し念じて、魂の粉はエドガーの魂の奥底に潜み続けている。
「お兄ちゃん……」
「セレン、怖い思いをさせてしまったね」
ハインツはセレンを安心させるように頭を撫でる。
「……やっぱり、オルバウムに行くの?」
「ああ、六道聖という転生者が危険である以上、野放しにはできないし……ヴァンダルーに任せる事はできない」
ヴァンダルーの願いとは裏腹に、ハインツはオルバウムへ行く意思をさらに固くしていた。
(六道聖の野望を絶つまで、彼に殺されるわけにはいかなくなったな)
ハインツはヴァンダルーに会ったら、条件次第では自分の首を差し出すつもりだった。そしてその条件とは、仲間たちとセレンの身の安全と、アルダ融和派が穏当であるかぎり攻撃(布教等での対立ではなく、積極的に命を狙うなど)はしない事。そして、ヴィダの新種族だけではなく人間も守る事だ。
最後の条件は、確認程度のものだったが、それらを守るとヴァンダルーが神、そして母親の名に懸けて誓うなら首を差し出す事に躊躇いはなかった。これはベルウッドも、そしてエドガーやデライザ達も了解している。セレンには、まだ話せていないが。
アルダは異論があるだろうが、首を差し出すと決めたハインツの意志を強制的に曲げさせることはできない。
神託での指示も、加護の剥奪も、死ぬと決めた者には罰にならない。無力である。
それに、自分という英雄を失えば、アルダはヴァンダルーと戦うための中心戦力を失うとハインツは考えていた。
自分を過大評価するつもりはないが、アルダにとっても自分程の英雄はそうそう用意する事ができない存在のはずだ。簡単に、それこそ百年や千年で自分と同等以上の力を持つ英雄を仕立てる事ができるなら、この世界はとっくにアルダの望む形になっているはずだからだ。
何せ、魔王グドゥラニスの戦いから約十万年、そして『英雄神』ベルウッドが『罪鎖の悪神』に封印されてから約五万年経っている。できるなら、しているはずだ。そうでないから、できないのだろう。
……ヴァンダルーという、アルダにとっては魔王軍残党よりも大きな危機感を抱かせる存在が出現したという理由もあるだろうが。
(だが、私の首を差し出した後、ヴァンダルーが六道聖に万が一にも負けてしまったらこの世界を守る者がいなくなる。
この話をヴァンダルーに提案できるのは、六道聖が倒された後だ)
その頃、オルバウムのシルキー・ザッカート・マンションでは、ヴァンダルーがただの屍のようになっていた。
「ヴァンダルー、頑張ったのね。偉いわ」
「ぁぁ……」
「ヴァン、よしよし、いい子いい子」
ダルシアに抱き上げられても、パウヴィナに撫でられても、「あー」や「うー」といった声なのか肺から空気が漏れているだけなのか、判別がつきにくい声が漏れるだけだ。
『ジュースをお飲みよぉ』
「ヴァン様っ! 金粉を塗したステーキに金粉を浮かしたスープに、巨大なプリンよっ!」
「むぅ、金貨の風呂も用意するべきかの? しかし、前やった時に『実際にやるものではないと分かりました』と、ずいぶんと不評だったのじゃが……まあ、やるだけやるか」
アイゼンが自分の果物のジュースを用意し、エレオノーラがあらゆる料理を金粉で飾り、ザディリスがお湯の代わりに金貨を詰めた金貨風呂の準備をするかどうか悩んだ挙句、実行に移す。
「ヴァン、見ろっ! お前の好きなリラックスポーズからの……ダブルバイセップスだぞっ!」
ユーマが優れた肉体美を披露するが、やはり反応は薄い。
「くっ、やはり俺だけでは……そうだっ! ヴァンの【体内世界】の中に誰かいないのか!?」
「それが、ウルリカさんやマリさん達は、冥ちゃんと一緒にタロスヘイムに……今いるのは、元皇帝さんぐらいなの」
「なんてタイミングの悪い……! 城からレギオン達を引き揚げさせるわけにもいかないし……骨人には筋肉がないし」
そう嘆くユーマに増援を送るべく、やはり筋肉の無いサリアとリタが立ち上がった。
『アーサーさんもサイモンさんも、ポーズ! 私達にない筋肉があるんですから! ほら、ナターニャさんもっ!』
「ええっ!? いや、ポーズったって、四肢がないから……」
『腹筋とか広背筋とか大胸筋とか大殿筋があるじゃないですか! アーサーさん達も筋肉が見やすいように、服を脱いでください! というか脱げ!』
「ま、待ってください! サリアさん、リタさん、未成年もいる前で下着姿になれだなんて――」
『アーサーさん、誰が下着姿になれと言いました!? 全部です!』
「そ、そんなご無体な! 堪忍してください!」
「に、兄さんっ! 逃げてっ! 今の内にっ!」
「ひぃっ!? 師匠っ! 起きてくれぇぇぇ!」
「リタさん、サリアさん、落ち着いてください! ヴァンダルーさんも全裸は要求しないはずです!」
だが、リタとサリアはヴァンダルーの今までそうなかった状態に、ほぼ我を失っていた。その彼女達からアーサー達の柔くない肌を守るため、ミリアムやカリニアが立ちはだかる。
『ほ~ら、坊ちゃん、パレードですぞ~』
「ギシャギシャギシャ」
「キュイィィ」
『キーラキラ、キラーキキラ、俺キラキラ!』
『アババッバババッバババ!?』
『キンバリーさんっ! オルビアさんに漏電してます!」
『アバババッバアババッバ!?』
『そのキンバリーも漏電で自分の一部が強制的に流れ出るショックで、動けなくなっているようですな』
「ううん、歌っても声がオルビアとキンバリーの悲鳴にかき消されますね。やっぱり、準備と打ち合わせなしにやるもんじゃありませんでしたね」
ホールに【サイズ変更】や【縮小化】スキルで適度に小さくなったサムやピート、ペインを、ベールケルトやレビア王女達ゴーストが電飾代わりに飾った、見かけは豪華なパレードを室内で行う。そしてサムの御者台に乗ったカナコが歌うはずだったが、ぶっつけ本番で行ったため、キンバリーとオルビアがぶつかって漏電するなどのトラブルが起きて上手くいかなかったようだ。
ちなみに、シルキーも室内を豪華仕様に模様替えするなどしているが、今の段階では成果をあげていなかった。
「旦那様、私の血を飲んでください。少しは良くなるはずです。それに、わ、私の尻尾も好きにして構いませんから」
「わ、私の血も……ああ、どうしましょうっ!? 私ったら尻尾が無いわ!」
「お母さまは止めてっ! 貧血で倒れちゃうからっ! それに尻尾は無くていいのよ!」
「お嬢様、なら私の血を。一応鍛えていますから、奥様よりも丈夫です」
「マヘリアもダメよっ! そもそも今のヴァンダルーって何か飲めるのっ!?」
「この中で存在感を出していくのは、なかなか難しそう……」
「ゾーナッ、何をしているんですか、あなたもパレードに参加するんです! レッスンはもう受けているんですから!」
「うええええっ!? まだ始めて一か月も経ってないですよっ!?」
「観客は身内だけだから心配無用っ!」
我が身を供しようとするベルモンドに、続こうとして愕然とするアメリア。その母を止めようとするエリザベスに、なら自分が代わりにと言い出すマヘリア。そしていち早く距離を取ったはずのゾーナは、カナコによってパレードへ強制参加させられていた。
『あ゛ぁぁぁぁ!』
『俺達も、何か……しなければぁ』
『ぎしぃぃぃ』
そしてリビングに入ってくるブラッドサッカーやジュボッコ達。
その日、シルキー・ザッカート・マンションの内部はヴァンダルーを励ますためのパーティーが即興で催されたのだった。
もし城にいたレギオンや骨人、ブラガ達がここにいれば、シルキーの防音能力でも近隣住民に騒ぎを隠蔽する事はできなかっただろう。
六道聖がヴァンダルーの隙を突けるとしたら、この瞬間だったかもしれない。
なお、ヴァンダルーは極度のストレスで倒れただけだったので、一時間後には復活した。
次話は11月9日に投稿する予定です。




