三百四十一話 戦いに来たわけじゃないが、殺し合いになっても構わない
ヴァンダルーによって、外見と大きさはそのままだが魔物に変化したネズミ、インプマウスがブラガ達に加わった事でオルバウム選王城の探索は進んだ。
インプマウス達は城内部のあらゆる屋根裏や床下に精通し、敵国などに攻められた時のために用意された隠し通路や隠し部屋の在りかも探り出してくれた。
魔物となった事で知能が上昇し、恐ろしい罠(ネズミ捕り)や致死毒(猫いらず等)も掻い潜った彼らはテルカタニス宰相が隠していた【魔王の欠片】の封印や【装具】……その抜け殻も発見した。
筒状のオリハルコンはその復元力によって、外見は傷一つ残さず元通りになっていた。しかし、内部に【魔王の欠片】が残っていないのは、ヴァンダルーにとっては明らかだった。
これでウルゲン・テルカタニス宰相が【魔王の欠片】を使って何かしようとしている事は、決定的になった。彼が独自に神殿等から【魔王の欠片】を集めていたのは、確かな事実だ。この空になった封印を他の貴族達の眼の前で彼に突きつけ、事情の説明を求めればウルゲン・テルカタニスは失脚。宰相の地位を追われ、即座に牢へ繋がれ場合によっては首を刎ねられる事になるだろう。
しかし、そのテルカタニスを背後で操っている黒幕の居場所がまだ分からない。
黒幕……『法命神』アルダの手の者は、【魔王の欠片】を集めて隠すだけならともかく、封印を解くのは考え難いので、やはり六道聖だろう。だが、その六道がどこにいるのか分からないのだ。
既に城を抜け出ている可能性も考えて、オルバウムの街とその周辺地域全てを捜索しているが、現時点で当たりはない。
あまりに手掛かりが無いので、オルバウムから離れた町や選王領以外の公爵領に潜伏しているのではないかとも思ったが、さすがにそれは考えづらい。
現時点で六道が利用している『ラムダ』世界の人間は、テルカタニスただ一人。痕跡を残さず潜伏し続ける事は難しいだろう。【魔王の欠片】を何らかの形で利用しているのなら、尚更。
それに、彼はテルカタニスに【魔王の欠片】製の武具を渡したはずだから、その前までは確実に選王城に存在したはずだ。
それ以後はヴァンダルーが選王城を探っているし、その時にはオルバウムの街中に霊による監視網が敷き詰められている。通常の手段では脱出できるはずがない。
だが、手掛かりが得られないまま時は過ぎて六月になっていた。
「こうなっては、俺の誕生日パーティーは延期するしかないでしょう」
六月生まれのヴァンダルーは、シルキー・ザッカート・マンションの一室で重々しく言った。
『どことなく嬉しそうですな、坊ちゃん』
「ヴァンダルー、ヌアザさんが誕生日に合わせてテーマパーク計画を発表したいって言っていたからって……」
「母さん、あれはテーマパークではありません。テーマパークの皮を被った、俺を褒め殺すための殺戮施設です」
タロスヘイムの大神殿を、ヴィダ神殿の神殿長のヌアザが企画し、建設計画が進んでいる。
大神殿と銘打っただけあって、ヴィダ派の神々や新しくヴィダ派に加わったガルトランドのポヴァズ達、アルクレム公爵領の『山の神』ボルガドンの神像も祭られ、紹介されている。
更に、オルバウム選王国や魔大陸、魔王の大陸、ガルトランドの紹介コーナーもあって、教養を深め、今後の交流の促進にも役立つことが期待できる。
さらに売店や屋台、レストランやフードコートも併設してショッピングや食事を楽しむこともできる。しかも、施設内にはステージを併設。コンサートやヒーローショー等のイベントも行う事ができる。
それだけならヴァンダルーを褒め殺す要素は無いのだが……。
「ヴァンダルーコースターは面白そうだと思うぞ。乗り物に乗って、今までのヴァンダルーとヴィダル魔帝国の歴史を現す模型を順番に見て回れるのだろう?」
『私達も出てくるらしいしねぇ』
「うむ。まあ、確かに照れ臭いが」
オニワカことユーマ、アイゼン、そしてザディリスが期待するヴァンダルーコースター(仮称)とは、乗り物に乗って進むタイプのアトラクションだ。
通路の左右にヴィダル魔帝国……と言うよりも、ヴァンダルーの激動の人生の場面を現した模型を見ながら知る事ができるアトラクションである。
そして、それこそがヴァンダルーが恐れる、彼を誉め殺すための殺戮施設である。
「ヴァンダルー様、それに褒め殺しとまでは言えないと思うわ。事実をそのまま脚色しないで説明しているのだし」
「もっとも、多少の簡略化は行う予定のようですが、それは仕方がないかと。旦那様の人生は濃度が高いので」
エレオノーラとベルモンドも、大神殿プロジェクトに賛成派のようだ。
「確かにそうですが……それでも十分褒め殺しです」
ヌアザの企画書には、ヴァンダルーの人生が詳しく書かれていた。それを説明するための模型や音声(朗読)による説明の台本も、よく考えられている。
ヴァンダルー本人や関係者への取材を行い、模型を作る職人達との相談も密に行ったのだろう。
しかし、ヴァンダルーが今まで行った事が克明に語られすぎて、ヴァンダルー本人からすると褒め殺されているとしか思えないのだった。
『坊ちゃん、それは仕方ありません。真実です』
『因果応報、自業自得。諦めてください、坊ちゃん』
『それに坊ちゃん、私個人としては乗り物の形状が馬車の荷台を模している点を評価したいのですが』
「あと、私からも一言よろしいでしょうか?」
そこですっと手を上げたのは、黙っていると怒っているようにしか見えない強面の巨漢、『雨雲の女神』バシャスから加護を受けている『ハート戦士団』のアーサーだった。
彼はヴァンダルーを見つめて、言った。
「褒め殺しにされる対象があなた一人の場合は、殺戮施設ではなく殺人施設なのではないでしょうか?」
何を言うつもりなのかと見守っていた周囲の者達は、彼の発言に思わずよろめいた。
「なるほど、確かにその通りですね。ありがとう、アーサー」
そしてヴァンダルーの返答に、更によろめいた。
彼にとって、アーサーが殺「人」施設と評したところが高ポイントだったらしい。
「あたしとしては、イベントスペースがあるのは評価できますけど……このマスコットキャラ案は全部没にするべきだと思いますね。ヴァグビー君とかヴァンサー君は、絶対に没です。ヴァンの狂信者以外泣いて逃げます」
カナコはそう言いながら、企画書に書かれた大神殿のマスコットキャラ案……ヴァンダルーの巨大生首の切断面から蟲の脚を何本も生やした形状のヴァグビー君や、やはりヴァンダルーの頭部の側面に蟹のハサミや脚を生やしたヴァンサー君を指して渋い顔をする。
ちなみにヴァグビー君は、ヴァンダルーの生首の略であり、バグ(蟲)をもじったものである。そして、ヴァンサーはやはりヴァンダルーと蟹をもじったものだ。
どちらも蟲や蟹の魔物にヴァンダルーの頭部の着ぐるみを被せるだけでできると、企画書には書かれている。
「そうですか? よくこういう姿の俺を夢で見たという話を聞いたので、仕方ないかなと思っていたのですが」
「なんでそこは微妙に賛成なんですか!? 最近人間としての感覚が薄れていますよ!」
「その一言は心を抉るのでやめてください」
べちゃりと、力なく倒れ伏すヴァンダルー。こうして時々ヴァンダルーが倒れるので、シルキー・ザッカート・マンションの床は常に磨かれている。
「ヴァンダルー」
そのヴァンダルーの両肩を掴んで立たせたエリザベスは、彼を問いただした。
「誕生日パーティーで、お母さまの事を発表するって予定は、まだ有効よね?」
ヴァンダルーを夫だと思い込んでいるエリザベスの母親、アメリア・サウロンとの婚約をヴァンダルーは正式に発表する予定を組んでいた。
ただこの正式発表をきっかけに、他の婚約者との結婚や、新たな婚約者候補の出現などが予想される。そのため、エリザベスはヴァンダルーがうやむやにするつもりではないかと不安を覚えたようだ。
「もちろんです。既に主だった人物への根回しは済んでいますし、台本もできていますし、記念品として飾るアメリアの肖像画、式典で着て貰うドレス、万が一戦闘に巻き込まれた時のための変身装具、そしてレベリングの計画書も完成しています」
「……後半二つはともかく、まあそれならいいわ。じゃあ、テルカタニスと六道って奴らへの対応は十分なの? 延期にするってことは、そっちに集中するって事なんでしょう?」
「ええ、情報収集以外にも色々しています。戦場にするためのオルバウムの街に似たダンジョンや、逆にいざという時避難するためのダンジョンを創るとか」
以前アルクレム公爵領の交易都市、モークシーの街で原種吸血鬼ビルカインやその手下と戦う時に行った戦法……グファドガーンの空間属性魔術で町を模したダンジョンに【転移】させ、街の人々に絶対犠牲が出ないように戦闘を行った。それと大体同じ事ができるよう、ヴァンダルーは準備していた。モークシーとオルバウムでは規模が異なるため、精度はかなり落ちるが。
そしていざという時に避難所に使うためのダンジョンは、敵ではなくオルバウムの人々を避難させるためのダンジョンだ。もちろん、事前の避難訓練どころか存在の周知すらしていないダンジョンに人々が逃げ込むはずがない。……というか、ダンジョンをいざという時の避難所になんて発想を、人間社会で生きる人々は普通しない。
人々にとってダンジョンは危険地帯という認識だからだ。
境界山脈内部のように避難所や食料供給のための手段、そして居住空間としてダンジョンを利用していないため、その発想がないのだ。
ヴァンダルーも、グール国やザナルパドナ等の国々に行かなければ思いつかなかっただろう。
なので、もしもの時はグファドガーンとジェーン・ドゥが空間属性魔術で、レギオンが限定的死属性魔術で逃げ惑う人々を【転移】させる予定だ。アルクレム公爵家やジャハン公爵家等の協力者の力を借りて。
協力者たちに『避難所』を開いてもらい人々をそこに誘導し、その『避難所』の入り口に【転移門】を開いてダンジョンの内部と繋げてしまう作戦である。
もちろん、避難誘導を行っている余裕や時間が無い可能性も考えられるが……その場合は六道をなんとしてもダンジョンやヴァンダルーの【体内世界】に取り込むか、街の外に戦場を移すしかない。
「ダンドリップ先生にも話して、協力を求めるのはどう? あと、メオリリス校長も。校長先生は並みの貴族より顔が利くし、いざって時は助けになるはずよ。
それにテイマーギルドのマスターとも、仲良いんでしょ?」
当人たちが聞いていれば、眉間に皺を刻みそうな事を言うエリザベス。事態が事態なので知らないままでいるよりは大分マシなはずなのだが……。それと、オルロックは『仲が良い』という言葉に、「いや、仕事上の付き合いだけじゃから」と全力で否定するだろう。
「そうですね。先生達には話しておいた方が良いかもしれません。特に、ダンドリップ先生はかなりの腕利きです。おそらく、今現在俺達や六道を除けばオルバウムで最も強いのはダンドリップ先生でしょう」
「そうね、あの男……かなりの腕前だわ。A級冒険者じゃないのが不思議なくらい」
ヴァンダルーの従魔として実習について行ったエレオノーラの目から見ても、ダンドリップの実力は高かった。
ダンドリップの名が冒険者ギルドに残っていないのが、不思議なくらいだ。
「『真なる』ランドルフでも出てくれば話は別だろうけど」
「……そういえば、何処にいるんでしょうね。『真なる』ランドルフ」
テルカタニス宰相に雇われている形跡がないので、ヴァンダルーは『真なる』ランドルフについて放置していた。興味がない訳ではないが、今は探している場合ではないと思ったのである。
見つけ出しても味方になるとは限らないし、自分を探すヴァンダルー達に対して危機感を抱いて拠点を移すだけならともかく、こちらに敵対する事を選んだりしたら藪蛇を突くことになる。
それに、アルクレム公爵とジャハン公爵がコネクションを通じて連絡を取ってみたが、連絡がつかず、どうやら長期の依頼を受けている事が分かっている。
「後は六道の居場所が分かれば無問題ですが……しかし、ついに来てしまいました。奴らが来ます」
「奴らって……『五色の刃』?」
「いえ、アサギ達です」
「……うげぇ」
「カナコ、アイドルが出してはならん声が口から出ておるぞ」
「今はプライベートだから良いんです。ファンの前でもないですし。それに、こうして普段見せない面を垣間見せると心の距離が近づくんですよ」
『いや、でもうげぇじゃ距離は縮まらないと思いますよ』
『それで坊ちゃんとの距離が近づくなら、ヴィダル魔帝国はうげぇが流行語になってしまいますね』
「カナコ、我が国のためにちょっと心の距離を遠ざけますね」
「ええぇっ!?」
「それはいいから! そのアサギって連中や『五色の刃』はどうするのっ!?」
話を強引に元に戻したエリザベスに、ヴァンダルーは答えた。
「とりあえず、『五色の刃』にはメッセンジャーを送りました。それで警告するつもりです。ロドコルテがアルダと組んでいる以上、アサギやハインツが六道と組んでいる可能性は、低いけれどありますからね」
「ん? アサギ達には送ってないんですか? まあ、交渉が無駄に終わりそうって印象はありますけど」
カナコの言葉に「俺も同感ですが」と頷いてから、ヴァンダルーは答えた。
「アサギ達がオルバウムに来るのは、スポンサーであるビルギット公爵の意向です。移動中も彼等だけではなかったので、別口の使者を送っています」
対【魔王の欠片】研究の意義を試す機会がやってきたとして、転生者のアサギとテンドウ、そしてショウコは研究責任者であるドワーフのゼアンの研究協力者としてオルバウムの街に向かっていた。
【千里眼】のテンドウと【イフリータ】のショウコとしては気の重い旅だが、雇い主であるビルギット公爵に対して説得力のある口実も無いのに断る訳にはいかない。
それに、オルバウム選王国全体に関わる話となれば、知らぬ振りはできない。
そのため、彼ら三人はゼアンと共にビルギット公爵家が用意した馬車に乗ってオルバウムを目指して旅をしている。そして、今は宿でゼアン達とは別の部屋に集まって意見交換をしていた。
「しかし、ヴァンダルーは宰相と組んで何をするつもりなんだ? やはり、選王国を動かしてアミッド帝国と対決するつもりなのか?」
そして【メイジマッシャー】のアサギは、ヴァンダルーがテルカタニス宰相と組んで何かを企んでいるに違いないと思い込んでいた。
何故なら、彼の中に「ヴァンダルー=【魔王の欠片】」という公式が刻み込まれていたからである。
寄生された犠牲者が暴れ回っているような、今までにもあった事件ならともかく、【魔王の欠片】製の武具を将兵に配備させようとするなんて前代未聞の事は、ヴァンダルー絡みに違いない。そう考えているのだ。
「いや、そうと決まった訳じゃないだろう」
「魔王軍の残党の邪悪な神が糸を引いているって可能性も……残っているとは思う」
「あと、宰相が実は危険な思想の持ち主で、独自に企んでいるだけという事もあり得るかもしれない」
テンドウとショウコも、内心ではヴァンダルーの関与を疑っているが、それ以外の可能性も考えていた。
「それに、六道が何か企んでいるのかも」
「……六道か。確かに、奴ならあり得るかもしれない」
アサギ達は、六道聖がテルカタニス宰相を唆して【魔王の欠片】を集めさせたことも、【魔王の欠片】で創りあげた肉体に転生した事も、そして今どこで何をしているかも、何も知らなかった。
それはロドコルテが彼らや、バーンガイア大陸から離れているマオ達に情報が渡らないようにしたためだ。彼らがヴァンダルーに情報を漏らすとまでは考えていなかったが、しばらく前に会った【五色の刃】等のアルダ勢力の神々の信者に話す恐れがあったからだ。
いくら自分以外の存在の心情が理解できないロドコルテでも、魔王の魂の欠片を六道聖の魂に埋め込み、【魔王の欠片】で肉体を創って転生させるなどという真似をしたとアルダが聞けば、激怒するという事は分かった。
激怒するだけではなく、六道聖をヴァンダルーよりも優先して攻撃するようハインツに命じる可能性も高い。ヴァンダルーは『ラムダ』世界を滅ぼさないが、魔王グドゥラニスは『ラムダ』世界を滅ぼすのだから当然だ。
場合によっては、ヴァンダルー達と一時的な共闘も辞さないだろう。……ヴァンダルーが受け入れるかは、ともかくとしてだが。
なので、ロドコルテはアサギ達に何も教えていなかった。……六道が死んだ時点では【魔王の欠片】を利用する事は思いついていなかったので、「六道聖が死属性魔術を習得したが、『オリジン』世界でヴァンダルーによって殺され死亡した」事は御使いの亜乱達によって伝えられてしまったけれど。
「でも、いくら六道の奴が死属性魔術を習得したとしても、【魔王の欠片】をヴァンダルーのように扱う事ができるとは考えにくい。そう思わないか? もちろん、六道を庇う訳じゃないが」
アサギにとって六道聖は、かつては仲間だったが今はカナコ同様に【ブレイバーズ】を裏切り、更には世界中に大きな災禍をばら撒こうとした悪だ。
そして六道聖を狂わせ、多くの人々に非道な人体実験を行って手に入れた死属性は、やはりこの世界にはあってはならないものだと信念を新たにしたのだった。
だが、六道聖が【魔王の欠片】をヴァンダルーと同じように扱う事ができるか否かについては、テンドウとショウコも同意見だった。
しかし、それ以外には異議があった。
「だけど、この件にヴァンダルーが関わっていたとして……狙いは何だ? テルカタニス宰相を味方に引き込むのは分かる。どうやってやったのかは分からないが、できれば選王国全体に影響力を及ぼせるようになるからな」
「だけど、【魔王の欠片】製の武具を軍で採用させる必要があるのかって話よね。確かに実現できれば、アミッド帝国に対する軍事力を増強する事ができるけど、実現するまでに時間がかかるのは目に見えているし……そこまでしてオルバウム選王国の軍を使って、アミッド帝国と戦う必要があるとも考え難いはずよ」
「ヴァンダルーなら、並みの兵士はストーンゴーレムの群れでも作れば簡単に対抗できるし……そもそも、あいつが抱えている戦力なら、並みの兵士は勿論、騎士だって一掃できる。武具を作って選王国軍に配備するよりも、その方が早いし手間も少ない。
窓の外にいるあんたが、そのあたりの事を説明してくれると助かるんだが?」
前世では【千里眼】のコードネームをつけられたテンドウは、見る事に関する複数のチート能力を持っていた。透視能力もその一つで、『ラムダ』に転生してからはステータスシステムの補正も活用して、その能力に磨きをかけている。
そのテンドウの目は、窓の外にいる黒づくめの男の姿を捉えていた。普段なら殺し屋か泥棒だと考え、わざわざ声をかけたりせずに捕縛するのだが……その男が懐に『ヴァンダルーより』と書かれた封筒を忍ばせている事に透視で気がつき、近づいてくるのを待っていたのだ。
「……説明はできない」
黒づくめの男は、窓を開けると外からそう言った。
「詳しくは、その手紙に書かれている」
「お前は、ヴァンダルーの仲間なのか?」
「違う。俺はあの方に仕える奉仕者……罪を償うために生きている」
「身のこなしはどう見てもプロの暗殺者だけど?」
「元殺し屋だ。尤も、あの方に命じられれば殺しもするだろうが……俺如きに声がかかる事はあるまい」
そう言いながら元殺し屋の男は、懐からヴァンダルーと差出人の名が大きく書かれた封筒を取り出し、部屋の中にいるテンドウ達に向かって投げ渡した。
「俺の使命は、その手紙を渡す事。それを読んで、判断するがいい」
「待てっ! お前は罪を償うと言ったが、ヴァンダルーに従う事で償いになると思ってんのか!?」
身を翻そうとした男に向かって、アサギがそう問いただすと男は意外な事に振り返って答えた。
「アサギ・ミナミ……お前は考え違いをしている」
覆面の間から見える目は、虚無を抱えていた。
「俺はスラムの孤児を攫い、薬を投与して組織のための暗殺者……人形に仕立てていた。それを罪だと思い、悔い改めるために償おうとしている訳ではない」
「な、なんだとっ!?」
男が告白した、想像以上に悍ましい悪事とそれを犯した事への言葉に、思わずアサギは拳を握って気色ばむ。
だが、男が覆面を脱いで口を開くと顔色を変えた。
「俺が罪を償うのは、あのお方の傍にいるため。あのお方が罪と定義する行いを犯していたから、それをあのお方が示す償いへの道を歩むのだ。
人形である俺には、それ以外の存在の仕方が分からない。組織にいた人形でない者は、もう人の形をしていないから、あのお方以外指示を出せない」
覆面を脱いだ男の顔つきは、アサギ達が想像していた以上に幼かった。
素顔を見せた後、改めて身を翻した男が去って行った後、立ち尽くしているアサギの後ろでショウコは手紙を無言のまま拾い上げた。
そこにはテルカタニスの背後にいるのは、自分ではない事。そして、黒幕はおそらく六道聖である事が書かれており、それでも自分達の邪魔をする場合は敵として排除する。ただ、できればお互いに不干渉でいる事を望む。そう情報と警告が記されていた。
そして、この手紙を持った者を傷つけた場合も、敵対の意志ありとみなす、と最後に書き添えられていた。
エドガーの提案もあって、ハインツ達『五色の刃』とセレン、そして数名の協力者はファゾン公爵領の『アルダの試練のダンジョン』を出てオルバウムに向かっていた。
宰相が【魔王の欠片】製の武具を軍に正式配備しようと提案したという、前代未聞の事態に対応するためだ。
彼らは、ヴァンダルーやヴィダ派の神々が自分達を警戒するのと同じくらい、ヴァンダルー達の襲撃を警戒していた。
ベルウッドの力を得たハインツでも、不意を突かれればあっさり殺されてしまうかもしれない。その危機感は凄まじく、本来なら何の危険もない道程が途方もなく長く感じられた。
「……そこにいるのは誰だ!?」
だからこそ、気配を消して隠れ潜む何者かに気がつく事ができたのだ。
『ばれましたか』
平坦な声が響くと、彼らが進んでいた街道の脇にある草原の一部が突然動いた。
「魔物かっ!?」
「草原に擬態していたのか!」
現れたのは、巨大な蟹のような存在だった。背中に草を生やし、外骨格で覆われた脚やハサミを体の下に隠して擬態していたのだ。
協力者のA級冒険者パーティーは、剣を抜き、呪文を唱えて魔物と戦おうとした。
「待てっ!」
しかし、ハインツはそれを止めた。そして、驚く協力者やパーティーの仲間達の見ている前で、蟹のような存在に話しかけた。
「何の目的で姿を現した? 殺し合いとは思えないが?」
『メッセージを伝えに来ました。もっとも、殺し合いになっても俺は別に構わないのですが』
蟹のような存在……使い魔王は、瞳に宿る憎悪を隠そうともせずハインツの質問に答えた。
次話は11月4日に投稿する予定です。




